「いわて幸せ作戦会議(in宮古)」(令和7年12月25日)

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ページ番号1094245  更新日 令和8年2月13日

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日時
令和7年12月25日(木曜)10時30分から11時50分まで

場所
宮古地区合同庁舎 3階 大会議室

出席者

・参加者(敬称略)

   重田 正憲 (宮古市地域おこし協力隊 移住コーディネーター)

   奥地 裕恵子 (田野畑村商工会 経営支援員)

   三浦 健太郎 (広告制作業 AKSK 代表)

   中居 知子 (一般社団法人 BlessU 代表)

・県側

   達増 拓也 知事

   渡辺 謙一 沿岸広域振興局副局長

   小野 博 政策企画部長

開会

小野部長
 
ただ今から、県政懇談会を開催させていただきます。
 皆様には、御多忙のところ御出席いただきまして、誠にありがとうございます。心から感謝申し上げます。本日は、「地域で描く、三陸の未来。」を懇談テーマといたしまして、宮古地区でお仕事や地域活動など様々な分野で、復興やふるさと振興に取り組まれている皆様にお集まりいただいています。
 私は、本日の進行役を務めさせていただきます、県の政策企画部の小野と申します。どうぞよろしくお願いいたします。

知事あいさつ

写真:懇談会の様子1

小野部長
 それでは、開会に当たりまして達増知事から挨拶申し上げます。

達増知事
 
はい。皆さん、おはようございます。
 県政懇談会は、昔から知事が県内各地、各分野で活躍する方々と直接話をして、県政に役立てるということでやっております。最近は「いわて幸せ作戦会議」ということで、「いわて県民計画(2019~2028)」の10年計画の基本目標が、「東日本大震災津波の経験に基づき、引き続き復興に取り組みながら、お互いに幸福を守り育てる希望郷いわて」というものなので、「いわて幸せ作戦会議」というふうにしております。宮古地区は、岩手県の沿岸の真ん中で、比較的人口が多いというところもあるんですけれども、人口の少ないところに広がっているという地理的な、そういうところもあって、非常に多様性があり、また、いろんな可能性もある地域であります。今日はそういうところで、様々な、現代的であり今日的な課題に挑戦したり、またチャンスを生かす活動を展開している皆さんのお話を聞いて、県政に役立てたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

出席者紹介

小野部長
 
ありがとうございました。
 それでは、この後の進め方についてですが、まず、私からお一人ずつ御出席の皆様を御紹介しますので、続けて1分程度の簡単な自己紹介をお願いいたします。その後、本日のテーマに沿ってお話をいただきますが、お一人ずつお話が終わった都度、知事がコメントするというような形で、区切りながら進めていきたいと思います。そして、最後に自由懇談の時間も設けたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。
 それでは、本日御出席の皆様を御紹介いたします。初めに、宮古市地域おこし協力隊、移住コーディネーターの重田正憲さんです。

重田 正憲
 はい。令和6年4月に着任いたしました、宮古市役所企画課次世代交流支援室、地域おこし協力隊、移住コーディネーターの重田と申します。私のミッションは、移住定住に向けた関係人口の創出です。個人的に、今年7月に宮古エンターテイメント株式会社というのを立ち上げました。地域の魅力発信や交流の創出に、民間の立場からも取り組み始めております。本日は、このような貴重な機会をいただき、誠にありがとうございます。よろしくお願いします。

小野部長
 
どうぞ、よろしくお願いいたします。
 続きまして、田野畑村商工会経営支援員、奥地裕恵子さんです。お願いします。

奥地 裕恵子
 本日は貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございます。私は、田野畑村商工会の奥地と申します。出身は釜石市で、結婚を機に田野畑村に移住し、ご縁があり商工会でお仕事をさせていただいております。主に小規模事業者支援を中心に業務を行い、令和5年度には、田野畑村の寿司店の事業承継を伴走支援した事例が評価され、「いわてビジネスイノベーションアワード」で優良職員表彰をいただきました。本日は、「地域で描く、三陸の未来。」というテーマのもと、人口減少が進む中、田野畑村の若手経営者たちが地元の衰退を最前線で実感しながら、地域の未来を見据えた役割を果たすために努力している活動を、お伝えできればいいなと思っております。本日は、どうぞよろしくお願いいたします。

小野部長
 ありがとうございました。
 続きまして、広告制作業AKSK代表、三浦健太郎さんです。お願いします。

三浦 健太郎
 はい。岩泉町の三浦と申します。本日は、お招きいただきましてありがとうございます。私は大学卒業後、2010年度から2023年度まで岩泉町役場で働いておりました。その後、退職しまして、2024年4月から広告制作業を起業しております。昨年度は、それこそ「龍泉洞冬まつり」のプロモーションを少しお手伝いさせていただいたりしているんですけれども、官民問わず地域の皆さんと一緒に情報発信をやっております。本日は、よろしくお願いいたします。

小野部長
 
よろしくお願いいたします。
 最後に、一般社団法人BlessU代表、中居知子さんお願いいたします。

中居 知子
 おはようございます。今日は、すてきなクリスマスプレゼントになりました。ありがとうございます。一般社団法人BlessUの中居と申します。私は、今休眠預金を活用して、シングルマザーの就労支援を行っています。私自身もシングルマザーで、15年が経過したんですけれども、やっぱり学び直しの機会っていうものが必要だなと思いまして、今50名のシングルマザーの方が沿岸から集まっております。今日は、いろんな話ができればと思います。よろしくお願いします。

小野部長
 
どうぞ、よろしくお願いいたします。
 県からは、達増知事、そして沿岸広域振興局宮古駐在の渡辺副局長が、本日出席でございます。どうぞ、よろしくお願いいたします。また、本日は県議会議員の皆様にもお越しいただいておりますので、御紹介いたします。宮古選挙区選出の城内愛彦議員です。

城内愛彦議員
 
おはようございます。よろしくお願いいたします。

小野部長
 
続きまして、畠山茂議員です。

畠山茂議員
 今日は、よろしくお願いいたします。

小野部長
 
どうぞ、よろしくお願いいたします。

懇談

写真:懇談会の様子2

<テーマ>
 
地域で描く、三陸の未来。

小野部長
 
皆様のお手元にお菓子と飲み物を準備しておりますので、是非召し上がりながら御懇談いただければと思います。まず、渡辺副局長から、本日のお菓子、それから重要な懇談テーマにつきまして御説明いただきます。よろしくお願いいたします。

渡辺副局長
 
改めまして、沿岸広域振興局副局長、宮古を担当しております渡辺でございます。よろしくお願いいたします。
 始めに、お菓子とお飲み物について御紹介をさせていただきます。お手元の資料、県政懇談会の茶菓についてという資料を御覧願います。まず、お菓子でございますが、田野畑村のパティスリーフィエルテさんによる「宮古市よしはま農園いちごとクリームチーズのクランブルタルト」でございます。バターとアーモンドで仕上げたクランブルの生地と、濃厚なクリームチーズにいちごを合わせた一品でございます。パティスリーフィエルテさんは、県産食材を活用したお菓子づくりに力を入れてございまして、今年8月の「岩手ぅんめぇ~もん!!グランプリ2025」では、出品した「山地酪農プリン」が最優秀賞を受賞しております。本日は、宮古産の旬のいちごを使用したタルトを御用意いたしましたので、是非御堪能いただければと思います。また、飲み物でございます。どうぞお召し上がりながらお聞きいただければと思います。お飲み物ですが、道の駅たのはた思惟の風のオリジナル商品、「クロモジ茶」でございます。「クロモジ」は日本固有種の低木で、和製ハーブとも呼ばれておりまして、枝に黒い模様があることから、その名がついたと言われています。田野畑村で育った「クロモジ」を採取し、葉と枝を乾燥させ低温焙煎しているとのことでございます。「クロモジ」ならではのほのかな甘みと、さわやかな香りをお楽しみいただければと思います。
 続きまして、本日のテーマについてでございますが、今回の県政懇談会の主要テーマは、復興・ふるさと振興です。三陸のより良い復興、ビルド・バック・ベターの実現に向けまして、幅広い分野、世代の皆様の取組、課題等につきまして意見交換を行うものです。本日の具体的なテーマは、「地域で描く、三陸の未来。」としてございます。宮古地域は、三陸の豊富な魚介類を背景に水産業が盛んで、タラは長年、全国有数の水揚げとなってございます。また山間部では、畜産、酪農が行われ、乳製品の加工にも力を入れております。農林業における畑わさびは、全国1位の生産量を誇り、干ししいたけについても、全国トップレベルの品質を維持しております。また、今年全線開通6周年を迎えました「みちのく潮風トレイル」は、美しい風景、風土を楽しむ道でありますとともに、「震災をいつまでも語り継ぐための記憶の道」との位置付けもされてございます。近年は、海外からの注目度も高く、国内外からの多くのハイカーが訪れています。三陸沿岸道路や宮古盛岡横断道路によりまして、交通アクセスが格段に向上し、関係人口、交流人口のさらなる拡大が期待されています。加えまして、宮古港ではクルーズ船の寄港が増えており、宮古地域の魅力を発信する機会となってございます。一方で、進学や就職期の県外への転出等によりまして、社会減、そして出生数の減少による自然減により、人口減少が進んでいる他、主要魚種の不漁や、鳥獣被害、担い手不足など、宮古地域は様々な課題に直面してございます。こうした状況を踏まえまして、関係人口、交流人口の拡大や、地域課題の解決に向けた新しい取組に焦点を当て、復興の先にある三陸の未来について懇談いただきたく、テーマを地域でなく、三陸の未来といたしました。
 本日御出席の皆様は、それぞれの分野で三陸の未来に向けた取組をされている方々でございます。率直な御意見を伺い、県政に反映して参りたいと考えておりますので、本日はどうぞよろしくお願いいたします。

小野部長
 
はい。ありがとうございました。
 それでは、早速ですが懇談に入らせていただきます。ここからは、ただいま渡辺副局長から説明ございました、今日のテーマ「地域で描く、三陸の未来。」に沿いまして、皆様の現在の取組や課題、今後の方向、御自身の抱負、県への期待なども含めてお話を伺います。先ほど、皆様の自己紹介の中でも、それぞれ異なる分野や立場で活躍されておりますので、きっと興味深い素晴らしいお話が聞かれるんじゃないかなと期待を申し上げております。それでは、先ほどの順番で、重田さんからお一人5分程度お話をいただきまして、それぞれ知事からコメントをしていくというような形で進めて参りたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
 それでは、重田さんからお願いいたします。

重田 正憲
 
はい。よろしくお願いします。まず、冒頭で少しだけお時間いただきまして、私がなぜ岩手、そして三陸に関わるようになったのかをお話させていただきます。
 私は、2015年からネスレ日本のCSR活動の一環として、三陸鉄道や宮古と連携しながら、三陸沿岸地域の震災復興活動に関わってきました。その取組は、物資を届ける支援だけではなく、地域の皆様の被災後の暮らしの質、QOL、クオリティー・オブ・ライフの向上を目的とした活動でした。その活動を続ける中で、宮古市役所の皆様、そして地域の方々の御協力があって、ここまでやってくることができたと感じております。この経験を通じて、私自身が岩手、そして三陸に関わり続けたいと考えるようになりました。2016年の台風10号で、岩泉ヨーグルトの工場が被災した際、ネスレ日本が行った義援金付きキットカットのプロジェクトに関わり、2017年に商品完成の御報告で達増知事を始め、関係者の皆様に直接お会いする機会をいただきました。当時は支援する立場として関わっていましたが、今はまた別の立場で、こうして同じ三陸の未来について考える場に参加させていただいていることを、個人的にはとてもありがたく、うれしく感じております。
 前置きが長くなりましたが、今回のテーマである「地域で描く、三陸の未来。」についてお話させさせていただきます。私は、地域の魅力を外に伝えるだけではなく、地域に暮らす人が、その場所に誇りを持ち続けられる環境をつくることが重要だと考えております。私自身、高校生の頃に千葉県の自宅から東京の高校に通い、そのまま大学、社会人と生活の重心を東京に置いて参りました。ですので、宮古や沿岸部から、盛岡、仙台、首都圏へ人が移動することは、ある意味で自然な流れであり、仕方のないことだと思っております。親元を離れてみて、生活してみて初めて、家に帰れば温かいご飯があることや、脱いだ服が翌日には洗濯されて畳まれていることに、心から感謝できるようになりました。離れてみて、離れるからこそ、初めて気付く価値があると感じております。宮古に来てから、私自身、価値は距離によって見え方が変わるということを強く意識するようになりました。そのことを象徴する、少し個人的な話をさせていただきます。小さい頃、住んでいたマンションのベランダから毎日のように、ディズニーランドの花火が見えていました。時計にアラームをかけて、楽しみに待っていた時期もあります。ですが、いつの間にか見なくなりました。花火は、今も変わらず同じ時間帯に上がっているにも関わらずです。一般的に見れば魅力的なものでも、日常になると、慣れによってその輝きが見えなくなってしまいます。
 宮古に来て感じたのは、その花火が三陸の海の幸ということでした。毛ガニは、宮古のスーパーでは一杯千円台で買うことができます。しかし東京では、毛ガニはそもそもスーパーに並んでいません。飲食店で、一杯7千円ほど払って食べるものという認識です。これは、ウニやアワビも同じことです。長く住んでいると、本来とても価値のあるものでも当たり前になり、魅力が見えにくくなってしまいます。だからこそ、私のような外から来た人間や、一度外に出て戻ってきた人間が、外の視点でその価値を伝えていくことが重要だと考えております。それが、地元の方が改めて誇りを持つきっかけになると思います。
 そして、三陸の未来は、必ずしも全員が地元に住み続けることで描かれるものではないとも感じております。一度外に出ても関わり続ける人、伝え続ける人が増えることで、地域の価値は、内側でも外側でも育っていく、住み続ける人と離れても関わり続ける人、その両方で描いていくことが、これからの三陸の未来につながっていくと思います。そして、正解は一つではないともちろん思っております。
 ただ、私自身が大切だと感じていることが三つあります。一つ目は、外に出ることを否定しないことです。出て行くことを失敗にしないことで、いつでも戻れる、関われる余地が生まれると思っています。二つ目は、地域の価値を外の目線で言語化することです。当たり前になっている魅力ほど、外からの視点で初めて再発見されると感じています。三つ目は、住まなくても関われる関係人口を意識的に増やしていくことです。その土台として、地域に暮らす方が自分たちの場所を誇っていいと思える環境を作ることこそが、ふるさと振興及び三陸の明るい未来への出発点だと考えております。以上です。

小野部長
 
重田さん、ありがとうございました。
 今日のテーマ「地域で描く、三陸の未来。」といったことですけれども、住み続ける人、そして外の人も、地域を描くことができるんだという非常に重要なお話をいただきました。
 それでは、知事からお願いいたします。

達増知事
 
はい。重田さん、ありがとうございました。宮古に来て、宮古のネクタイをつけて、宮古にいてもらってありがとうございます。ネスレ関係の支援も、東日本大震災津波の時、そして2016年の台風の時も大変お世話になりました。
 毛ガニが宮古のスーパーでは千円で、東京だと飲食店で7千円というのは、非常に分かりやすい、岩手、宮古の価値ということだと思います。外の視点の大切さということ、ありがたみというものが、外の視点がないと分からないということだと思います。
 今、世界中で分断ということが言われていて、その分断というのは情報通信技術の発達で、SNSとかで、アメリカで言えば外国人と一緒にやっていくのがいいという人たちと、外国人とは一線を画すという人たちが、ネット上で完全に分断し、自分たちの言い分ばっかりを聞くようになって、お互いのことを全然知らない状態になって、そこに分断が起きているという、そういうことが世界中で起きているんですけれども、日本における中央と地方といいますか、都会と地方といいますか、そこの関係というのは、そういう情報以前の分断があって、お互いが意外に知り合ってないということで、都会、中央の人たちが地方のことを知らないというのがまず大きくあるわけですけれども、地方は地方で、東京や中央のことをよく知らないまま、イメージだけで憧れていたり、絶対善のごとく都会や中央の方が、地方より良いに違いないみたいに、実態を全然知らないままそう思い込んだり、そういう情報ギャップというのが構造的にあるんだと思います。ですから、そこをどんどん乗り越えるような情報の共有ということがすごく大事だと思います。
 外に出ることを否定しないというのは本当にそのとおりで、明治維新以降も、職業選択の自由、居住移転の自由というやつは、戦後の日本国憲法以前、150年前から日本では保障されているので、そういう基本的な自由というのを否定せずに、外に出る自由を否定しなければ、次いで、やってくる自由とか、あとは帰ってくる自由とか、それを否定しないということになりますからね。外に出ちゃ駄目みたいに変に囲い込もうとすると、それは他所もそれをやって、結局向こうからは来ない、一旦出たら戻って来れないみたいな不自由な話になるので、外に出ることを否定しないということで、かえって自由に帰って来れるし、やってくれるというふうにできるんだと思います。そういう移動の自由の中で、情報の共有というのが図られれば、いいものがたくさんある宮古エリアというのはどんどん発展するし、関係人口、住んでなくても関わる人たちがどんどん増えるというのは、お互いそこで情報を共有しながら、ますます宮古地域が発展するということで、県としてもそういう考え方でやっていきたいと思います。ありがとうございます。

小野部長
 
はい。ありがとうございます。
 それでは続きまして、奥地さんからお願いいたします。

奥地 裕恵子
 
改めまして、田野畑村商工会の奥地と申します。私は日頃、小規模事業者の支援や、地域振興を中心に行っているため、本日は皆さんと少し違う立場になるかと思いますが、田野畑村の若手経営者の現状をお伝えできればと思います。
 先ほども少しお話させていただきました、田野畑村の寿司店の支援についてですが、補助金支援や事業承継、店舗改装まで実施することができました。ここまでくる背景には、たくさんの困難があり、その中でも特に難しいと感じたこと、それは人の意識改革です。事業承継という不安や、リスクを負ってまでやるべきことなのか。人は危機感を感じると、より安泰を求め、挑戦するという意識が遠のいてしまいがちです。いつか実現できたらいいなという目標を実現できるようにお手伝いすることが、私たちの役割でもありますが、意識改革というのはなかなか難しく、正直、私一人ではできませんでした。そこで、商工会青年部という団体組織のセミナーや研修会、交流会を通じて、若手経営者のネットワークを構築することで、他業種の若手経営者の成功事例や、悩みを共有できる環境を活用しました。困難を乗り越えて実現することで、事業者のモチベーションは当初と比べ物にならないくらい向上いたしました。
 その商工会青年部ですが、主に45歳以下の経営者や、経営者候補で構築されております。先月には、全国大会が当県で開催され、約3千人以上にも及ぶ青年部員が全国から集まり、盛会裏に大会が終了いたしました。しかし、青年部員の減少は全国的にも大きな課題となっており、県内で最も最小なのが当青年部です。部員は5名と最も少ないですが、先ほどもお伝えいたしました事業承継を得た寿司店の大将が、部長としてリードしており、部員は本日御用意していただきました、このお菓子の製造をしてくださっている洋菓子店さんや、山地酪農さんなど、現在県内外で活躍している方たちです。当青年部は、子育て世代や高齢者、若年層が一堂に会し、楽しみながら地域の課題を共有し、支え合える関係づくりを目指しております。若者が自ら企画、運営に携わる、そういうことで地域課題への関心と当事者意識を育てて、将来的な地域の担い手を育成します。その中でも、最近部員同士の意見交換が活発になってきておりまして、私自身まとめる立場として実感することは、当初よりも他の人の意見を聞き入れること、自分の事業だけではなく部員全員の事業につなげ、全員が役割を持ち、全員が成功させるという目標が、自ずとでき上がってきております。
 私が支援する中で、経営者として成功する鍵の一つとして、人の意見をしっかりと聞くこと、そして自身の業種以外でも、情報を吸収する人だと感じております。他業種との交流は、いつか自分自身にプラスとして返ってくると感じますし、たくさんの情報が入る人ほど、スムーズな取引や新たな発想もできます。青年部員は一会社の代表となる方たちですので、自身のやり方や思いが強い方たちです。時に熱くぶつかり合うこともあります。ですが、地域を発展させたいという目標はみんな一緒です。経験を得て、部員のやってみたいという気持ちが強くなっているのが現状で、私自身こういった地域を担う若手経営者の支援を行っていますが、その中で、みんな将来はこういうお店にしていきたいですっていう夢があり、このような若手が描く発想を聞くことも、とても楽しいです。そして、私自身もお客として利用させていただき、目線を変えて意見を言い合えるというのも一つの楽しみとなっています。誰かが苦しいときに、業種を超えて手を差し伸べあう仲間ができ上がっていることにも、私はとても感動しております。ですが、若い力だけでは限界がくること、それ以上伸びないこともあります。その時に、先輩方の力を借りて、両方手を取り合い力を合わせることで、本当の地域の発展になるのではないかと考えております。
 三陸の未来、田野畑村の未来は、地域に暮らす私たち一人ひとりの意思と行動の積み重ねによって形づくられています。行政や関係団体、教育団体との連携を深め、地域全体で同じ方向を目指す体制を構築することも不可欠であり、青年部はその連携の中核を担う存在として、地域の声をつなぎ行動へと結びつけていく役割を果たす活動を目標として、今頑張っております。私からは以上となります。

小野部長
 はい。ありがとうございました。商工会青年部が5名といったことで、小さくはあるんですけれど多業種間で、非常に熱い意思を持って行動をされているということを伺いました。ありがとうございました。
 それでは知事いかがでしょうか。

達増知事
 
まずは奥地さん、田野畑村の商工会で働いていただいてありがとうございます。私からも御礼申し上げます。
 田野畑村のお寿司屋さんは、基本的に「鯛寿司」しかないわけですよね。だからもう固有名詞で言いますけど、「鯛寿司」が事業承継を成功させて、今でもある(経営を継続している)。今年ちょっと(お店に)寄らせてもらいましたけれど、大変美味しかったです。握り寿司をしょうゆにどうつけて食べるかといつも悩むんですけど、握り寿司にたれを、しょうゆを塗って出してくれたり、あれは、事業承継をした青年部長の御主人が、東京の料亭で働いていたことがあったんでしたかね。

奥地 裕恵子
 
そうです。

達増知事
 
そういう寿司屋じゃないところのノウハウを寿司屋に取り入れていて、大変美味しく食べやすいお寿司を出してもらって素晴らしかったです。
 岩手県で人口が最も少ないのが普代村と田野畑村なんですけれども、東京一極集中を逆転しなきゃならないという、これは地方創生の基本的な発想で、日本全体、国を挙げて目指す姿なんですよね。それを岩手からもやっていこうという中で、やはり東京一極集中を逆転させるには、日本で人口が一番多い東京への集中の正反対、田野畑村とか普代村みたいなところがきちっと発展していくということをやることが、東京一極集中の正反対、それを裏返していくことだと思っておりまして、そういう視点を持たないと、都道府県でみれば岩手県のようなところが発展していかないと、東京一極集中は逆転できないということで、田野畑村や普代村が希望を持てないようになってしまっては、岩手県全体が希望を持てなくなることになりますので、そうならないようにしなきゃと思っています。
 普代村の方が人口は少ないんですけれども、商店街があります。三鉄の駅があって、役場があって、商店街があるというあの辺の立地は、その商店街を地縁にして、そこで若い人たちも頑張るというのを組み立てやすい環境だなと思っているんですけれども、田野畑村の場合は商店街というものがないと言っていいんですかね。駅は沿岸の方にあり、役場は高いところにあり、お店も沿岸の方の店とかそこでの経済活動もあれば、基本的には役場に近い高いところ、もともとの45号線沿いに、この「パティスリーフィエルテ」などそういうお店が立地して、「鯛寿司」はまたそこからちょっと奥に入ったところに立地しているわけですね。商店街や中心市街地とかという、伝統的な商業のあり方から見ると、不利な条件のような感じではあるんですけれども、むしろ、そういう伝統的な街道沿いにお店が並んでいるというのは、江戸時代のあり方ですからね。そういう古い、商店街とか中心市街地のあり方からもう脱皮して、お店がそれぞれ離れていたとしても、インターネットでもつながるわけですし、その5人の青年部のメンバーという、そのネットワークを中心にしながら、そしてそのネットワークというのは田野畑村の境界を越えて、全県に、そして全国、あるいは海外にまでつながり得るということで、そういうつながりのネットワークとしての拡大の可能性としては、岩手県で、田野畑村が商工関係の将来の可能性というものを一番持っているんじゃないかなというふうにしていかなければならないと思いますね。だから、そこは県もいろいろ考えて、そういう商業の集積はないけれど、ネットワークでものすごい機能をするというやり方は、岩手全体としても、そういうやり方で生きていかなきゃならないし、また北東北というところもそうで、集積がなくて拡散しているけれども、情報通信技術とかを使えば、あと交通も便利になっていますからね。そうすると、伝統的な商工業とは全然違うやり方で、希望を持って発展していけるという、そういう田野畑モデルを岩手モデルに拡大し、北東北モデルぐらいには拡大するようなビジョンのもとで取り組んでいきたいなと思います。是非、この調子でお願いします。ありがとうございます。

小野部長
 
はい。それでは続きまして、三浦さんお願いいたします。

三浦 健太郎
 
はい。岩泉町の三浦です。よろしくお願いいたします。今回の懇談の主要テーマに、復興・ふるさと振興とございましたので、まず復興ということについて、私の思いを、これは一地域住民としての立場になりますが、お伝えさせていただければと思います。
 私、役場職員時代に大きな災害、東日本大震災と台風10号災害がありました。他にもたくさんの災害に見舞われたわけですけれども、私自身も、沿岸の小本地区というところの出身でして、震災後の光景というのは、もう今でも忘れることができません。これからどうなるんだろうかと、ふるさとがなくなってしまうんじゃないかと、絶望的に感じたことはありませんでしたし、これは台風災害の時もそうです。その他にも、たくさん地域が災害に見舞われてきましたけれども、それらを終えて私が今思うことは、やはりこんなにも多く災害、被害にあってきて、それでも今この地域で生きている私たちのこの強さ、今風に言えば、これはレジリエンスと言い換えることもできるかもしれませんが、これをもっと私たち自身が、誇りに思っていいのではないかということを強く思っています。もちろん全国の皆さんからも、多大な支援をいただいてこれましたし、そのことは当然感謝の気持ちを持ちながらも、何よりこの三陸の人たちが踏ん張って、頑張ってきたっていうこと、この事実を大切にすべきではないかなと思っています。ただ、文字どおりに「復興」というこの2文字について、これ復興が完遂したか、なったかというのは、これはまだ私自身としては答えを持ち合わせておりません。もちろん、行政上ですとか、計画上の区切りとして年数とか数値で区切るというのは理解できますけれども、その災害以前のふるさとを知っている人たちからすると、どうしても昔の風景を懐かしんでしまうときもあります。10年後、20年後、もしかしたらもっと先に、この令和平成の時代に、私たちが頑張ってきたのは、これは確かに復興のプロセスであったと、私たち自身が評価できるように、これからも私自身も頑張っていきたいという思いです。
 次に、私自身の今の仕事について申し上げます。この今の仕事につながる転機は、町の広報誌「広報いわいずみ」とか、県でいえば「いわてグラフ」というものの担当になったことでした。令和元年度から3年間、広報誌の担当者として町の各地を歩きまして、その中で、自分がやはり人に伝えるものを作るということが楽しかったですし、同時に町や地域の文化、産業、人や技術、今日でいえば、多分「クロモジ」なんかも、都会の人にはなかなか浸透していないものじゃないかなと思っています。まだまだ伝わっていない魅力が、この地域にはあると思っています。地域の、やはりこの人柄というか人情といいまして、自分たちから「これはもう素晴らしいんで、どんどん買ってください」っていうことを発信するっていうのは、なかなか難しいというか、苦手な人が多いのも事実だと思いますし、もしかしたらそのマンパワーとか、そういうスキル不足で積極的な魅力発信ができないという団体や企業さんも多いと思います。私は、そういった皆さんのお役に少しでも立ちたいと思っていますし、やはり地元の人間だからこそ気づけたり、掘り下げられる部分があるというふうに信じています。私自身としては、これからも情報発信に必要なスキル、これは網羅的に浅く広くというわけではないですけれども、特定のスキルだけで一人の営業ができるような経済規模ではございませんので、網羅的に伸ばしていって「AKSK三浦健太郎に頼めば、ある程度何とかできる」というふうに信頼を得ていくというのが、当面の目標となっております。
 もう一つの目標としては、地域の若い世代、特に子どもたちに、クリエイティブな仕事の選択肢を持ってもらえるように、私自身の仕事をちゃんと経営ベースで成り立たせることが目標です。これからの地域づくり、まちづくりを考えたときに、町の中にそういう仕事や働き方があるかないかというのは、これは少し小さいですけれども、非常に大きな要素としてあるのではないかなと思っています。私の伸びしろっていうのは、そんなに結構ないんじゃないかなと思っていますけれども、もっと若くて情熱がある人材を発掘して、一緒に取り組んでいきたいなという夢がございます。そのためにも、どんな仕事で、どのぐらい収入があって、どのぐらい忙しいんですかという具体的なイメージを若い世代の皆さんに持ってもらって、私自身も何とか苦しいときがあっても、それこそレジリエンスを発揮して事業を継続していきたいと強く思っています。
 最後になりますが、私自身、開業2期目でして、あと1週間で2期目も終わるんですけれども、結構「順調ですか」っていうふうに聞かれたりしますんで、結構これは元同僚とか、公務員の方がですね、結構「順調ですか」って聞かれたりするんですけども、やはり皆さん気になるのかなと思ったりもするんですが、ちょっと全然そういう「順調ですか」と言われて答えることもできないんですけれども、ひたすら私自身としてはもう目の前の人と、目の前の仕事と向き合って、しっかり積み重ねていきたいと思っています。はい、以上です。ありがとうございました。

小野部長
 
はい。ありがとうございました。若い人たちに、将来に向けて具体的なイメージを持ってもらえるように頑張っていると、御自身、そして次につなげたいという非常に強い思いを持たれていることに感銘を受けました。
 それでは、知事からお願いいたします。

達増知事
 
はい。三浦さんありがとうございました。
 岩泉町は、東日本大震災津波で小本(地区)が大きな被害を受けて、そして2016年の台風(10号豪雨災害)で、これは岩泉町全体がもう万遍なく被害を受けるという大変なことになり、一つの自治体の全域が被災し、被害が出てそれを復旧、復興させていかなきゃならないという経験は、なかなか近代日本の歴史の中でもないことだと思っていまして、大変だったわけですけれども、ちょうど今年の、ちょっと前に(台風10号豪雨災害の被災から)9年で、基本的な復旧事業はすべて完了したということで、復興が終わっているかどうかということからすれば、復興ということとしてはまだ続いている感があるとは思うんですけれども、復興の大きな一歩を着実に記すことができたかなと思います。
 この9年間で私が感じたところは、岩泉町の町民の皆さんのやはりレジリエンス、強靱さですし、自分の家の前の橋を自前で作って、(災害で)流されてしまって「さあ、どうしよう」みたいなそういうたくましさから始まって、そういう力強さを持っているということに加えて、東日本大震災津波全体の復興について、地元の底力プラス様々なつながりの力、これが合わさって復興の力になると思ってやってきていまして、岩泉町も地元の底力プラス様々なつながりの力が、復興の力になっていたなと思います。龍泉洞は日本中から人気がありますし、岩泉ヨーグルトもそうですし、あと中野七頭舞(芸能)は、星野源さん(俳優)も習いに来たとか、どっかで習ったとかといわれているくらい、日本の民俗芸能や郷土芸能の中で、本当にトップクラスのすごい芸能なので、そういう中野七頭舞があって、子どもも踊ったりしているというのは、すごいことだと思いますよね。日本中に岩泉ファンがいて、そういう人たちの励ましや具体的な支援もあって、9年間で復旧というのはまず一段落したかなというふうに感じております。あとは、自治体の全体が被害を受けた災害から復旧を成し遂げているということは、レジリエンスとしてどんどん発信すべきだと思います。ちょっと前、インドネシアのアチェ州からスマトラ、あとタイの一部にかけて、サイクロンでものすごい大雨が降って、自治体が丸ごと被害を受けるということが起きていたりしまして、そういうのは、岩泉町の復旧復興のケースが参考になると思います。アチェ州は津波の関係で(東日本大震災)津波伝承館、県と交流があるので、アチェ州の方に岩泉の例を御紹介しましょう。いろんな交流が考えられると思いますし、あとは観光、物産、文化、芸術の面での様々な交流や、経済活動や社会活動というのも、これからどんどん岩泉町はすごいということで全国的に、展開できると思います。プラスみちのく潮風トレイルは、海外からも人が来ますので、海外から来る人たちも巻き込んで、岩泉町の新しい時代を切り開いていければいいんじゃないかと思いますが、そこで広告制作業は、やはり大事だと思いますね。情報をただ発信するんじゃなくて、相手の心の中にちゃんと入るようにし、相手の頭の中に残って、そして行ってみようとか買ってみようにつながるような、そういうより効果的な情報の発信とか共有とかというのが大事でありましょうし、そしてイベントとか、いろんな企画というのがますます大事になり、その担い手というのも、これからも必要とされていくと思うので、是非この調子で頑張って欲しいと思います。ありがとうございました。

小野部長
 
はい、ありがとうございました。三浦さんの名刺にも、萬(まん)、「よろず」と呼んだほうがいいですかね。地域の様々なものということで、これから様々な情報をという思いを込めて多分つけられているのかなというふうにお受けいたしました。
 それでは四人目、最後に中居さんからお願いいたします。

中居 知子
 はい。改めまして中居です。よろしくお願いいたします。
 私は、震災の3か月前に離婚しました。当時は、まだ26歳だったんですけれども、時給が650円で、建設業の事務をやっていたんですけども、これからどうやって生きていったらいいのかなという、お先真っ暗な中で震災があって、さらにちょっといろいろ考えるところがありまして、転職のきっかけになったんですね。国際NGOに勤めて地域開発っていうものをやってきたんですけども、その中で、私の人生を変えるような出会いっていうのがすごくいっぱいあったんですね。それは被災された方だったりだとか、それをサポートする周囲の人たち、そういう人生を変えるほどの出会いがあったので、今の私があるんですけれども、今山田町の拠点に集まっている50名のシングルマザーの方のお話を聞くと、養育費をいただいているのは1割、1割です。半数が非正規雇用です。なので、働いても働いても働いても生活が楽にならない。これ私も15年間、離婚の生活の中で本当に同じように思ってきたんですけれども、私も生活を立て直すのに10年かかったんですね。
 なぜ、私が一般社団法人BlessUを立ち上げたかというと、やっぱり自分の可能性を信じて、挑戦できる世の中になって欲しいなという願いを込めています。というのも、私がへこんでいると子どもたちもへこむんですよね。平気なふりするんですけれども、それも通用しない年齢になってくるわけですよ。そうなると子どもたち、この地域に住むの嫌だっていうんですよね。なんかもう仕事、働き方、生き方、お母さんを見ていると、この地域に住んでるのが嫌んなるよって言って、うちの息子二人とも社会人になったんですけれども、一人は県外に、一人は県内に、今私は41歳にして初めて一人暮らしをしています。このBlessUのビジョンにもあります、自分の可能性を信じて挑戦できる社会の創造、これ本当にBlessUの、その拠点が人生を変える出会いの場になって欲しいなという思いで、休眠預金を採択いただいて、デジタルスキルを50名のお母さんに得ていただいて、全国のWeb会社6社からお仕事をいただいているんですけれども、そのお仕事をお母さんたちに任せちゃうんですね。そうするとパソコンを習いながら収入も得られる、本業は本業として、パートタイムだったり、正社員だったりで働いている方が、夜の空いている時間に仕事をしたりだとか、休日を使って子どもたちと一緒に学び、収入を得られる、そんな仕組みを作りました。これ、私は自分が苦しかったとき欲しかったなと思っていた仕組みなので、欲しかったものを作っています。お母さんたちが学んでる間に、近所の高齢者だとか中高生が、子守ボランティアに来てくれるんですね。子どもたちと、中高生のお兄ちゃんお姉ちゃん、高齢者っていろんな世代がうちの拠点で集まっているんですけども、これは私やっぱり手が足りなかった経験から、高齢者の方でも中高生のお兄ちゃんお姉ちゃんでも手を貸して欲しいなと思って、このようにしています。
 私たちシングルマザーっていうところを主にはしているんですけども、実際来ていただいているのは、ひきこもりで長年仕事をしていない若者だったりだとか、あと軽度知的障がいでB型就労の施設に行ったんだけども、どうしても馴染めなかったという方だったり、シングルマザーに限らずいろんな方がパソコンを学びに来てお仕事をしています。今は支援される側にどうしてもいるんですけども、今後シングルマザーのお母さんたちと地域を動かすような取組っていうものに変化していけたらなと思っています。というのも、高齢者とシングルマザーの共通点って、この地域に住み続ける選択肢しか持っていないんですよね。それは、もう選択肢がないから住まなきゃないんです。高齢者の貧困だとか孤立だとか、移動の課題も含めて、これシングルマザーの行く先なんですよね。私もすごく恐怖を覚えています。これをどんなふうな仕組みができたならば、解消できるのかなというところで、今度シングルマザーのお母さんたちが子どもを連れたまま高齢者の移動だとか生活課題を解消できる、そんなビジネスっていうものを立ち上げようと思っています。これはビジネスでありながら、社会の課題を解決できる。これは、ちっちゃい地域だからこそできるかなと思うんですね。こういう過疎地域をどのようにして活性化していくか、どのようにして再生していくかっていうものの、事業のモデル、先駆的なモデルになったらいいななんて思っています。ママの生き方、働き方、それこそ若女室(県若者女性協働推進室)では、デジタル女子(いわて女性デジタル人材育成プロジェクト)というものを推進しているかなと思うんですけれども、やっぱり、そこに挑戦しようと思ったけど、ハードルが高くて挑戦できなかったとか、パソコンを持っていないんですとか、特に沿岸部の女性たちはパソコンに触ったときもなかったり、限られた職種にしか就けなかったりするので、そこを何とか改善して、子どもたちの未来をつくるためにお母さんが変わっていく、そのような機会を、今後いっぱいつくっていくので、県としても応援していただけると非常にありがたいなと思っています。以上です。

小野部長
 
はい、中居さんありがとうございました。先ほど高齢者とシングルマザーとの関係から、ビジネス、そして社会問題の解決という形で新たな仕組みづくりといったことをお話いただきましたし、お話を聞いて、デジタルというのはシングルマザーの皆さんの暮らしといった上でも、非常に重要なスキルなんだなということを改めて確信いたしました。ありがとうございました。
 それでは知事からお願いいたします。

達増知事
 
はい。中居さんありがとうございます。自らの経験をもとに、シングルマザーの皆さんに寄り添った、きめ細かい効果的な支援から自立の仕事、そして、さらに高齢者を支援しながら、またそれが仕事になるというふうに展開されて広がっているということ、大変素晴らしいです。ありがとうございます。
 シングルマザーの方々、ともすれば貧困になってしまうという課題は、直していかなきゃならないんですけれども、よく行政はいろいろ支援メニューを設けはするけれど、ただそれが伝わらない。当事者の皆さんが、行政はちゃんとホームページに掲載しているとか言っても、そういうホームページのその項目を見る機会なんていうのが、普通にしていればないので、なかなか行政が成功していない分野なんですけれども、そこを当事者側とともにあることで、成功させているということ、行政も改めて反省しながら参考にしていかなければならないと思います。そして、養育費の問題とか、非正規雇用の問題とか、そういう日本全体が抱えていかなきゃならないところもありますが、そういったところも、やはり行政がしっかり対応していかなきゃならないと思います。
 そしてNGOで働いて、そういう地域開発の仕事をしたということで、私も昔外務省で働いていて、外務省の仕事のかなりの部分は、発展途上国への経済協力で、そこの開発になるわけですけれども、知事になって思うのは、地方の地域振興といわれるようなことで、ここ10年は地方創生の名のもとにやっていることというのは、途上国の開発ともうほとんど同じだなということで、要は自由経済市場に任せっぱなしにしないということで共通するんですよね。世界全体、先進国はもうこれは市場経済に任せておけば大丈夫、でも途上国はそうじゃないっていわれるんですけれど、地方の経済社会っていうのは、全然市場に任せっぱなしじゃうまくいかないような状況なので、行政がいろいろ基盤を作ったりとか、経済開発や社会開発、人材の開発みたいなものを行政がやらなきゃならないなと思うんですけど、震災の後、2015年ごろにSDGsができて、そのサステナブル、DevelopmentGoalsですからね、実は先進国もそういう開発しなきゃならないことがいっぱいあって、ジェンダー平等とかもそうなんですけれど、実は先進国も市場に任せっぱなしじゃ駄目で、ちゃんと行政なりに多様な主体が力を合わせて、地域の開発とか、社会の開発をしていかなきゃならない、人の開発をしなきゃならないというのがSDGsで、また示されたんだと思います。そういうことを必要に迫られて、ずっと地元でやっているというのは大変素晴らしいことでありますので、この成功事例に県としても寄り添いながら、さらに成功していくようにということと、あとは県内のあちこちで同じようなことが必要になっていると思うので、そういうことを展開していきましょうということですね。ありがとうございました。
 「BlessU」というのは、「神の祝福を」みたいな意味だと思うんですけれども、欧米、英語圏では、くしゃみをした時に言ってあげる言葉でもあって、何かちょっとくしゃみして「あれ、風邪をひきかけているのかな」とか、なんかちょっとそういう「おや」ということに対して、それを日本語の世界では、人がくしゃみしても放っておくわけですけれども、英語圏だと、そこに「BlessU」と言って、何かちょっと構う、関わるという、それが名前になっているというのはすごくいいなと思っていまして、「BlessU」でいきたいなと思います。ありがとうございました。

小野部長
 
ありがとうございました。四人の皆様からお話をいただきました。お話を伺いまして、一つには地域の力、地元の力といったものを、その意思を行動につなげていくといったこと、あるいは地域だから掘り下げられることもあるといったこと、そして自分たちの力を信じて、あるいは広げるため、あるいは子どもたちのために仕組みづくりが重要だということ、そしてさらに、重田さんからお話いただきましたように、様々外とのネットワークが必要になると思うんですけれど、その時に外の視点で言語化するといったことも、ネットワークあるいはコミュニケーションの上で非常に重要なテーマというふうに受けとめました。
 ここからは、残りの時間大体15分ぐらいでございますが、他の皆さんのお話を聞いて改めて話し足りなかったこと、あるいは全体を通じてといったこともあるかと思いますので、是非自由懇談といった形でお話をいただければと思います。いかがでしょうか。では、重田さんお願いいたします。

重田 正憲
 
はい。皆様三名の方が、すごい輝かしい仕事の内容の話をおっしゃっていたので、活動事例ということで、2点紹介させていただきます。
 昨年11月、宮古市大通りの寿司店に御協力いただきまして、震災時に支援を受けた方々への感謝を形にするというイベントを、東京の文京区千駄木で開催しました。2日間で約80名に来場いただき、宮古出身者や震災当時に関わった方々が再会する場になりました。宮古の味と人の温かさの両面から、地域の魅力を伝える取組になったと感じています。
 二つ目が、今年3月に宮古市重茂出身の、宮古市の観光親善大使を務めている女子プロレスラーのMIRAI選手という方がいるんですが、御協力いただいて、宮古重茂の食と、宮古市の観光スポットとかを紹介するイベントを都内で開催しました。宮古の海の幸をきっかけに、スポーツと地域資源を組み合わせた発信を行い、首都圏での認知向上や、関係人口の創出につながったと感じております。

小野部長
 
着々とつなげるといった取組を具体化されているということで、本当に普段からのつながりを大切にして、そして東京の方ともつなげていくといった形でございます。ありがとうございます。
 他に皆様から何かございますか。中居さんからお願いいたします。

中居 知子
 
私も今年の4月に、100%県産材を使った拠点「リタニティハウス」を開所しました。これは、大阪の企業さんが4千万円を出資してくださったんです。というのも、やっぱりお母さんたちに働くということを、学ぶということのモチベーションを上げていこうぜっていうことで、カフェ風の拠点を設けてもらったんですけども、これも関係人口というか、4千万も地域の大工さんにお願いしたので、ここ(地域)にお金が落ちているということだったりだとか、今年の2月に私はクラウドファンディングを初めて挑戦してみたんですね。そのクラファンも、5百万円を集めようという目標で達成しました。314人の方が応援してくださって、これ実は金額の規模からするとすごい人数が多いよっていうお話だったんですね。ほとんどが、他県の方だったんです。なので、やっぱり地方を想う都会に住まれている方、きっと実家のお母さんを思い出したのかなとか、実家のばあちゃんを思い出したのかなというような方々の思いっていうのが314人届いているので、何かこのように、直接足を運ばなくても関わることができるのかななんても思っています。以上です。

小野部長 
 はい。ありがとうございました。県産材100%のカフェ風といったことで、皆さんの評判はいかがですか。

中居 知子
 
私はずっといるので匂いとかもう慣れちゃったんですけれど、みんな来る来る人「いい匂いするね」なんて声をかけてくれるんですね。あと、最近地震も多いじゃないですか。(建物が)びくともしないんですよね。全然ガタつきもないですし、いや、木のこの大きくなったり縮んだり、すごいななんて思っています。

小野部長
 
ありがとうございました。環境としても素晴らしい環境ですね。ありがとうございました。
 その他、いかがでしょうか。いろいろな活動の紹介でも結構ですし、あるいはこれからの希望、あるいは経営の期待みたいな形も含めて何でも結構でございます。いかがですか。三浦さんからお願いいたします。

三浦 健太郎
 
感想というか、希望というかになってしまうんですけれども、今回非常にありがたいお話をいただいたなと思っておりまして、それというのも、やはりどうしても自分の町の中でしか今まであんまりこういうつながりというか、頑張っている方々と交流する機会ってなかったものですから、小本地区はわりと車で30分圏内で、岩泉地区、あるいは宮古市、田野畑村、普代村、4市町村ぐらいまではいける、わりと立地のいいところだと思っているんですけれども、それでもやはり岩泉町の枠組みの中でしか、いまいちこう動けていなかった部分がありますので、今回このようなお話をいただいて、本当にありがとうございます。ですので、やはりこういう広域的な目で物事を進められるというのは、非常にやっぱり岩手県さん、あるいはこの沿岸広域振興局宮古地域振興センターさんのお力が非常に大きいかなと思っておりますので、是非そういった部分の、お金とか補助金とか助成金とかではなく、そういったソフト面の支援というか、是非何か考えていっていただければ、非常に私たちとしても心強いところであります。よろしくお願いします。

小野部長
 
ありがとうございます。そういった広域をつなぐといったところが、非常に重要なテーマとなっております。今日主催しております、私ども広聴広報課、まさに発信するところでございますので、いろいろなところでそういったPRや発信もしていきたいと思います。よろしくお願いいたします。
 その他、何かありませんか。それでは、奥地さんお願いします。

奥地 裕恵子
 
私は支援している中で、先代の方だったりとか先輩の方だったり、そうした方が承継した、あと第三者承継もありますけれども、その方とやっぱり意見が食い違うことが結構あります。先代の方は根強い考えを持っていまして、でも若い方たちは挑戦したい。そういうところの食い違いで、やはりバチバチするところもあります。そこを、私の中でも上手に上手にしているつもりではあるんですけども、何かそこをうまくできるアドバイスが、知事の方からあればいただきたいなと思います。

達増知事
 
できれば、お互いに納得の上で進めていければ良く、若い人は経験がないだろうと経験がある人たちは思うんでしょうが、一方経験ある人たちが知らないような、最近のいろんな情報通信技術とか、世間のいろんな新しい動きを若い人たちは知っているというところがあると思いますし、あとは、特に商工の分野は、農林水産業とか他のいろんなものと比べても、結構新しいものに挑戦していくということが求められる分野ではないかなと思います。基本は事業計画として、ちゃんと収益が上がって食べていけるということを、説明できればいいんだと思いますが、でも前例のないこととか、まだやったことがないようなことについて、なかなか事業計画で年配の人に説明し納得させるのは、そう簡単じゃないのかもしれませんけれども、あとは、いろんなことを信頼できる人たちに助言してもらって、事業計画が「これは立派なものだ、うまくいくよ」というお墨付きを、金融機関からももらうとか、そういう分野で成功しているような人たち、いろんな経済関係の役についているような人とか、著名人とかそういう人にお墨付きをもらうとか、そういう点もあるかもしれません。あとは行政を巻き込むのも手で、行政を巻き込みながら、行政のお墨付きみたいな感じで後押しできるような形を作ることができるかもしれませんが、でも一番効くのは金融機関ですよね。政策系の金融機関などがそういうの得意だったりしますしね。(金融)公庫とかですよね。ああいうところも事業承継の支援などを、どんどんやっていかなきゃならないという問題意識を持っているみたいですから、そういうところにどんどん働かせて、手伝わせるのが大事かと思います。

小野部長
 
ありがとうございます。奥地さんもまさにプロとして、様々苦労もされてスキルを磨かれて、成果を上げられているんですけども、そういったスキルというのは、どういうふうにして蓄積されていったのか教えていただければと思いますが、いかがでしょうか。

奥地 裕恵子
 
私は出身が釜石市なので、とにかく村内の方と交流を、お話をすることを、そして商工会職員として、自分が私生活で活用できるところ、飲食店だったり小売店だったりとかはすべて周ること、あと地形を覚えること、とにかく田野畑村を知ることを頑張りました。

小野部長
 
ありがとうございます。
 まだ少し時間がございます。重田さんから先ほど、特に外の立場からの言語化といったことのお話がありましたが、工夫されている点がありましたら、教えていただければと思います。

重田 正憲
 
言語化でSNSですね。先ほど達増知事の方からもありましたけれど、令和6年度に総務省が発表した、情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書っていうのが総務省から出ていますけど、その中で、現在最も利用されているSNSはインスタグラムとありまして、実際に沿岸9市町村をすべて合わせた投稿件数は、これはちょっと前の数なんですけど、約42万件なんですね。9市町村、岩泉町から陸前高田市までですね。盛岡市になると、約43万件なんです。仙台市が約89万件。東京、これはちょっと他とは違うんですけど、他のは仙台市とか、盛岡市とか、宮古市とかなんですけど、東京っていうだけのワードでいくと、ディズニーランドとかも入ってきたりもするんですけど、約3,200万件なんですね。これ桁が二つ違うんです。なのでこのSNSに、情報というところでいくと、もっと戦略的で意識的にインターネットというSNSの海の中に、地域の情報を泳がせていく必要があるのではないかなというところですね。ちょっと質問の意図と違っていたら申し訳ないんですけど。

小野部長
 
ツールとしてSNS、インスタを中心にまずは流さないとということですね。ありがとうございます。
 あとはいかがですか。まだもう少し時間ございます。

重田 正憲
 
一件だけいいですか。さっきの誇りっていうところと地元への愛着のところで、先日、岩手県の県名の由来になったっていわれる三ツ石神社っていうところに行ってきたんですけど、皆さんは行ったことがありますか。(三ツ石神社の)岩のどこかに鬼の手形があるっていう話を聞きまして、そこには苔が生えないっていうのを聞いていたんですが、実際に探してみても、ちょっとはっきり分かる場所が見つけられなくてですね。そこで管理されているっていう桜山神社の方に伺ったところ、「まあ、随分昔の話ですからね、伝奇のようなことですから」っていうのをおっしゃっていただいたんですが、昔は地域の方が、ここが鬼の手形っていうところの、そこの場所の苔を定期的に掃除していたっていうのを聞いたんですね。この話を聞いて、伝承っていうのが事実かどうか以上にどう大切に扱われてきたかが重要なのではないかなと、岩手県というのは、県名の由来に鬼が登場する珍しい地域なので、こうした物語やイメージを丁寧に育てていけば、例えば今の若い世代に人気のある、鬼をモチーフにした漫画や映画と結びつけた新しい発信ができるのではないかなと思っております。
 皆さん、三ツ石神社に、手形はないんですけど是非行ってみてください。

小野部長
 
心の目で見えるかもしれません。ありがとうございました。

達増知事
 
全集中すれば見えるかも。

小野部長
 
そうですね。大体時間が迫って参りましたが、よろしいですか。四人の皆様から様々なお話をいただきました。ありがとうございました。冒頭で知事からもお話いただきましたけれども、地元の底力、そして広い県外、世界につながる様々なつながり、この力で三陸の未来を描いていくといったことを、その時にその地元と外のつながり、どういうふうにコミュニケーションといいますか、橋をかけるか、そこのところに様々な課題がありますし、アイデアがあるというふうにお聞きいたしました。県といたしましても、今日伺った御意見、それをしっかりと受けとめまして、県の施策に反映させて参りたいと思います。

知事所感

小野部長
 
それでは、最後に知事からお願いいたします。

達増知事
 
はい。中居さんから100%県産材拠点を作るにあたって、大阪の企業から4千万円いただいたとか、あとクラウドファンディングで5百万円を達成したとか、それは大変素晴らしいことでありまして、岩手県は何でもあるといってもいいと思います。もう、ほとんどないものはないといってもいいくらい岩手県には何でもあるんですが、ただお金だけはないと思っていまして、全くないわけではないんですけれども、行政にせよ、民間にせよ、お金は非常に少ないところなので、いかにして、県外からお金をいただくか、投資してもらったりとか寄付してもらったりとか、あとサービスや商品を購入することで、お金を払っていただくかという、それが岩手県にとっては非常に鍵になるところがあるので、そこをうまくやられたのは本当いいなと思いました。
 お金以外はもう何でもある岩手県ですので、それをフルに活用して、そしてその何でものかなりの部分は海に面しているところにありますので、是非それを生かして「地域で描く、三陸の未来。」、今日はある程度描けたのではないかと思いますので、頑張って参りましょう。今日は、どうもありがとうございました。

閉会

小野部長
 
皆様、本日は貴重なお話をいただきまして本当にありがとうございました。いただいた御意見につきましては、県の関係部局と共有いたしまして、今後の県の施策にしっかり生かして参ります。それでは、これをもちまして、県政懇談会「いわて幸せ作戦会議in宮古」を閉じさせていただきます。ありがとうございました。

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