「いわて幸せ作戦会議(in二戸)」(令和5年12月13日)

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ページ番号1071400  更新日 令和6年1月29日

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日時
令和5年12月13日(水曜)10時30分から11時50分まで

場所
二戸地区合同庁舎 2階2AB会議室

出席者
・参加者(敬称略)

 上野 早紀(九戸村地域おこし協力隊)
 近藤 陽子(ヘアーサロンINITY(アイニティ―)代表)
 髙橋  瞭(ハラハチブデザイン代表、二戸市移住コーディネーター)
 鎌田 公子(LET’S GOここプロ合同会社代表社員、県立盛岡みたけ支援学校奥中山校PTA会長)

・県側
 
達増 拓也 知事
 阿部  博 県北広域振興局副局長
 小野  博 政策企画部長

開会

小野部長
 
ただ今から、県政懇談会「いわて幸せ作戦会議in二戸」を開催いたします。
 皆様には、御多忙のところ御出席をいただきまして、本当にありがとうございます。本日は、「北いわてで暮らす、私らしく生きる」を懇談のテーマとし、二戸地域で地域の魅力の向上、それから活性化に取り組まれていらっしゃいます皆様にお集まりをいただいております。
 私は、本日の進行役を務めさせていただきます、県の政策企画部長の小野と申します。どうぞよろしくお願いいたします。

知事あいさつ

写真:懇談会の様子1

小野部長
 それでは開会に当たりまして、達増知事から御挨拶申し上げます。

達増知事
 
皆さんおはようございます。
 県政懇談会「いわて幸せ作戦会議in二戸」ということで、県政懇談会といいますのは、県知事が岩手県内、各地域各分野で活躍している方々の生の声を伺って、県政に生かしていくということでやっておりますが、ここ数年「いわて幸せ作戦会議」という名前でやっているのは、今の県の総合計画「いわて県民計画」の基本目標が、「東日本大震災津波の経験に基づき、引き続き復興に取り組みながら、お互いに幸福を守り育てる希望郷いわて」というものでありますので、このお互いに幸福を守り育てるための作戦会議というような趣旨で、こういうタイトルにしております。
 そしてこの北いわて、県北の二戸地域でありますけれども、岩手の他の地域、岩手沿岸は復興の成果で、震災前になかったような道路や目を見張るような中心市街地など、新しいまちづくりが進んでいるところが目立ちますし、岩手県南は自動車半導体産業集積というのが大変目立っております。盛岡広域、岩手県央はニューヨークタイムズが盛岡市を取り上げたということで、大変今盛り上がっているところであります。ここ二戸地域は、実は歴史文化、自然、地域資源、そして再生可能エネルギーのポテンシャルなど、人と自然が共生し、人と人が共生する21世紀の世界や、日本のあるべき方向性という観点からすると、岩手の中でも最も最先端を行けるところ、また既に行っているところではないかと思っております。是非そういう県北、二戸地域の可能性をさらに切り開いていらっしゃる皆さんのお話を伺って、県政の参考にしたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
 県議会議員の方にもいらしていただいてありがとうございます。よろしくお願いいたします。

出席者紹介

小野部長
 
ありがとうございました。
 この後の進め方について簡単に御説明いたします。まず、私からお一人ずつ御出席の皆様のお名前を御紹介いたしますので、続けて1分程度で簡単な自己紹介をお願いいたします。その後、今日のテーマに沿ってお話をいただきたいと思います。概ね5分程度でいただければと思います。お一人ずつお話が終わった都度、知事がコメントするというような形で、区切りながら進めて参りたいと思います。最後に自由懇談の時間も設けておりますので、是非お話足りなかった部分など、様々自由にお話をいただければと思ってます。
 それでは、座席表に従いまして本日御出席の皆様を御紹介いたします。初めに、九戸村地域おこし協力隊の上野早紀さんです。1分程度で自己紹介をお願いいたします。

上野 早紀
 
おはようございます。
 本日は、お集まりいただきありがとうございます。貴重な機会をいただいて、ありがとうございます。
 私は、九戸村地域おこし協力隊の上野早紀と申します。神奈川県横浜市出身で、前職は医療に携わっておりました。3年前に岩手に移住してきて、自伐型林業の実践と普及をミッションに活動を行っております。活動内容としては、放置林の整備活動と、そこから出た木材を使ってものづくりを行う事業をしております。
 本日は、よろしくお願いいたします。

小野部長
 
よろしくお願いいたします。
 次に、ヘアーサロンINITY(アイニティ―)代表の近藤陽子さんです。

近藤 陽子
 
皆さん、こんにちは。
 ヘアーサロンINITY代表の近藤陽子と申します。今回、軽米から参加させていただいております。普段は軽米で美容室を経営しながら、布小物作家としてハンドメイドの仕事をしております。一昨年あたりからマルシェやイベント、あとフェスなどの主催、運営もしております。「ナニコレ商店」というイベント企画部の代表も務めさせていただいております。
 今日はこのような会に参加できて、皆さんのお話も聞けるのがとても楽しみです。どうぞ、よろしくお願いします。

小野部長
 
よろしくお願いいたします。
 次に、ハラハチブデザイン代表、二戸市移住コーディネーターの髙橋瞭さんです。

髙橋 瞭
 
二戸市から髙橋瞭と申します。
 元、二戸市の地域おこし協力隊ということで、今年が卒業というか任期が満了して1年目の年になってございます。妻と子供と移住をしてきまして、大変住みよい地域だなと思って今も暮らしておりました。
 主に、仕事としては今は「ハラハチブデザイン」という屋号で、紙媒体の制作だったり、ウェブサイトの制作だったりというところで、地域の方々から御依頼をいただいたものをお作りするという仕事をさせていただいております。
 今日は、よろしくお願いします。

小野部長
 
よろしくお願いいたします。
 次に、LET’S GOここプロ合同会社代表社員、県立盛岡みたけ支援学校奥中山校PTA会長の鎌田公子さんです。

鎌田 公子
 
一戸町、LET’S GOここプロ合同会社代表、鎌田と申します。
 私は、一戸町出身で福岡高校卒業して、その後看護師を目指して埼玉県にある専門学校の方に進学をいたしました。その後、埼玉県の卒業した学校の付属の病院で3年間看護師として務めてから、一戸町に帰ってきております。その後は、ずっと看護師として県立一戸病院に勤めて、あとは出産後ちょっと息子たちの病気が分かったタイミングで一度退職しております。3年ぐらい、専業主婦というか子育てに専念する時期があったんですが、地元の「ふくもりたこどもクリニック」って小児科あるんですが、そこの先生から「少しでもいいからちょっと仕事しないか」って声かけてもらって、そこで約5年ぐらい看護師として務めております。
 現在は、一戸病院の元食堂だった場所で、「LET’S GOここプロカフェ」というカフェを運営しております。来月でちょうど一周年を迎えるので、まだまだできたばかりのカフェです。こちらのカフェは、低糖質と食物アレルギー、卵と乳と小麦を不使用した食事メニューとデザートメニューでお出しをしております。一般の、食にちょっと不便を感じてるなっていう方でも、そうでない方でも、どんな方でも来てもらえるカフェを一戸町に作りたいなと思って、看護師とは全然違う仕事を始めております。
 今日は、よろしくお願いいたします。

小野部長
 ありがとうございます。皆様から自己紹介をいただきました。
 本日、県からの出席は、達増知事、県北広域振興局の阿部副局長でございます。よろしくお願いいたします。
 また、本日は二戸選挙区選出の県議会議員の方にもお越しいただいておりますので、御紹介申し上げます。田中辰也議員です。

田中 辰也議員
 よろしくお願いします。

小野部長
 よろしくお願いいたします。

懇談

写真:懇談会の様子2

<テーマ>
 北いわてで暮らす、私らしく生きる

小野部長
 
皆様のお手元にお菓子と飲み物を準備しておりますので、お召し上がりいただきながら、御懇談いただければと思います。
 それでは、まず阿部副局長から今日のお菓子と懇談テーマを御紹介いたします。どうぞお召し上がりいただきながらお聞きいただければと思います。副局長、よろしくお願いいたします。

阿部副局長
 
副局長の阿部でございます。
 まず、本日お配りしておりますお菓子とお飲み物について御説明、御紹介いたします。お菓子は、軽米町の老舗菓子店「千本松本舗」さんの「五穀豊穣ケーキ」です。2002年、平成14年に軽米町商工会と共同で、雑穀をテーマとした特産品開発に着手をされまして、1年間かけて完成をいたしました。2003年の発売開始以来、今年で20周年を迎えたロングセラーの銘菓となっております。県産の雑穀を使用した生地に、黒豆、そばの実、胡桃が入りまして、体にやさしい素材が豊かに揃った、まさに五穀豊穣のお菓子でございます。お飲み物は、二戸市福岡にある就労継続支援B型施設「三の丸ひまわり」さんの「りんごジュースふじ」でございます。二戸市で収穫されたりんごをまるごと絞ったストレートジュースで、施設の利用者さんがパッケージのシール貼りをされています。収穫時期に合わせまして、北斗、ふじ、はるかの三種類がございますが、本日は11月頃から盛んに収穫される、ふじを御用意いたしました。ふじは、酸味と甘みのバランスがよく取れていて、りんごのフレッシュ感が味わえる仕上がりになっているかと思います。
 続きまして、本日の懇談テーマ「北いわてで暮らす、私らしく生きる」について御説明をいたします。ここ二戸地域には、先ほど知事からもお話がありましたとおり、長い歴史や文化、多様で豊富な地域資源がございます。そして、多様な生き方、考え方、暮らし方がございます。本日御参加の4名の皆様は、本業とそれ以外の仕事や趣味などの活動があいまったライフスタイルを確立されており、その生き方や考え方、北いわてで暮らすことの意義などについて、意見交換を行いたいと考えております。知事からも先ほどお話がありましたとおり、「いわて県民計画(2019~2028)」では、「お互いに幸福を守り育てる希望郷いわて」を基本目標に掲げておりまして、本日の懇談会を通じて、二戸地域で主体的に活動されている皆様方の取組を広く県全体で共有できればと考えておりますので、よろしくお願いいたします。
 どうぞ皆様、お召し上がりになりながら懇談を進めていただければと思います。

小野部長
 ありがとうございました。

達増知事
 雑穀が入っているんだなという舌触りで、口の中でいろんな雑穀の種類を感じられるケーキですね。美味しいと思います。

小野部長
 
是非、お召し上がりいただきながら懇談を進めて参りたいと思います。
 それでは、懇談に入って参ります。本日の幸せ作戦会議ですけれども、阿部副局長の方から説明がございました「北いわてで暮らす、私らしく生きる」に沿って、皆様の取組などにつきましてお話をいただければと思います。それでは、先ほどの順番で、まずは上野さんから5分程度でお願いいたします。

上野 早紀
 
よろしくお願いいたします。
 私は、横浜市の大学で経営学を専攻しておりまして、人に消費を促す側として方法論を学んできました。ところが、消費や経済を主体として、効率性だったり採算性を一番にすることで、いろいろと生じてくる問題、例を挙げますと、環境破壊、貧困、健康問題等いろいろ歪みが起きてるんだなということに気づきまして、このままでは地球上の資源がもたない、また自殺者が年々増えていたりとか、人の心もどんどん荒んだ方に進んでいくのではないか、このままではいけないんじゃないかという問題意識を持ちまして、何か良い方法はないだろうかというのを学生時代から考えてきたんですね。経営学とは全く異なる、独自で自分で勉強しまして、経済を第1にしなかった社会ってあったんだろうかというのを、歴史を学んだりしていく中で、縄文時代に興味を持ちました。北東北の文化をいろいろ図書館で調べたりする中で、すごい興味を持ったんですね。それで、大学3年生の夏に自転車で3週間くらい北東北を放浪しておりまして、それで岩手にたどり着いた経緯があります。そこで、自伐型林業に携わっている方に出会いまして、自伐型林業というものを知ったんですね。
 自伐型林業を御存知ない方も多いかと思うんですけども、お手元の資料の1ページですね。森がもともとあります。山に木がたくさん生えております。通常の林業ですと、(資料の)右の方にある何も木が描かれてない状態、ある一定の区画の面積を全て切ってしまって、再造林をして、また循環させていこうという林業なんですけども、自伐型林業っていうのは次のページにあります通り、この木を全部切ってしまうのではなくて、間伐を繰り返して森を残しながら、森を育てながら行っていくような林業です。1ページの方の林業と比較して、こちらの自伐型林業っていうのは、継続的に山から利益を生めるというのと、あと自分で作る、使うものを自分で取ってくるということで、海外の方の搾取につながらなかったりとか、あと地球上の資源を持続可能に活用していける、また生物多様性も保護できるというような、すごく私の感じてきた問題意識を解決するような、すごい良い方法なんではないかなということを気づいたんですね。
 大学を卒業してから一旦医療の仕事に就いたんですけども、やはり自伐型林業に取り組んでみたいということで3年前に九戸村に来て、自伐型林業を始めました。(資料の)下の写真の通り、私が木を切ってる写真ですとか、重機を操縦して道を作ってる写真があるんですけども、こういった研修を重ねてきました。これが生業になっていけばすごく良かったんですけども、関わっていく中で、すぐには生業にならないことに気づいたんですね。次のページの「放置林を持続可能な森へと変える」っていう写真の左の写真ですね、まず放置されている森林がかなり多くてですね、そこに最初に入っていって自伐型林業を実践するんですけども、こんなふうにもう放置されてる森林は、つるに覆われて、入っていくのもままならない状態で、まずそこから木を切る前の段階で、下草を刈ったりですとか、つるを切ったり、あと質の悪い木から切っていったりしていく必要があるんですけども、こういう作業って全くお金にならないので、これを生業にしようとなったらかなり厳しくなってきてしまうんですね。ただ、こういう作業をして初めて価値の高い山林になっていく、100年単位で将来に良い森が残せるのですけども、実際、現実問題これではお金にならないということで、どうしたらいいかと考えたときに、質の悪い木に何か価値がつけられないかということを考えまして、(資料の)下の「あますことなく」っていうこの画像ですね、「KUNOHE木工女子部」というものを今年の4月に立ち上げまして、こういう山の使われない素材を使って、商品を作っていくという事業を始めました。これは未利用材の活用事業ということで、かなりメディアに取り上げていただいたりですとか、お客さんの方、地元の方から多くの反響をいただいております。かなりニーズのある事業なんじゃないかなと思っていまして、来年度、私協力隊を卒業するんですけども、これまで通り放置林の整備と、そこから出た木を使ってものづくりをしていきたいなという思いがあって、起業したいというふうに考えております。ただですね、やっぱりお金の問題がありまして、今ある林業に対する補助金というものは、先ほど申し上げた今のスタイル、全ての木を切ってしまうようなスタイルの林業に補助が多くついてまして、私のやっている林業にはボランティア補助金ぐらいの補助金しかない状態ですので、もう資金がないってことで、私、その次のページの資料ですね、今クラウドファンディングをやっておりまして、やはり北東北ってすごい魅力を感じていて、森と人との共生っていうのを自分のテーマにしておりますので、ここで活動を続けていきたいという思いがあります。資金集めのためにクラウドファンディングをさせていただいているというところですね。
 県政への要望としましては、やっぱり今お金と労力をかけてでも自伐型林業をやっていくことで、将来に本当に資源が残っていく、その残った資源を活用していくことで本当に持続可能な資源の調達と、生活に必要なものを賄っていくことができると感じています。ですので、ここに投資、補助金をつけていただくのが一番、広がっていくのかなというふうに考えておりまして、具体的にはですね、間伐率2割以下に抑えて長期で作業していくスタイルの林業にも補助金をつけていただいたりですとか、道幅2.5m以下の山を壊さないような作業道というものがありますので、そういったものを作ることに対して補助金を充実させていただいたりしていったら、もう少し自伐型林業の流れがついていくのかなというふうに思っております。
 また、このように持続可能な方法で採ってきた木材を、県を挙げて使っていく運動ができていけば、100年後の岩手県民に良い財産も残せて、地元の材を使って、やりがいを持って仕事をしていくっていうことにも繋がりますし、良い影響が出てくるのではないかと思っております。
 僭越ながら話させていただきました。どうも、ありがとうございます。

小野部長
 
上野さん、ありがとうございました。
 自伐型林業に、持続可能性を見つけてクラウドファンディングなどもしながら、引き続きこれを進めていきたいというお考えの上野さんでございました。知事の方からお願いいたします。

達増知事
 まずは、岩手県九戸村に来てくれてありがとうございます。改めて、私からも御礼を申し上げます。
 自伐型林業ということで、江戸時代や昔の林業はこれが普通だったんでしょうね。それで、山に行けばいろんな物が採れたりするし、適度に木の実とか、動物とかもいるというような山を維持できていたんだと思います。
 なるほど、今の国や地方の林業支援制度は、全部切って、またそこに植林をというサイクルを前提にしているのが基本でしょうから、やはりもっと森林保全とか、そういう視点から広く林業を支援するようにしていかなければならないんだと思います。自伐型林業の支援の仕方を具体的に提案いただきましたので、これは是非県でも検討し、また市町村の支援もいいかもしれません。林業や森林保全のために国の方でまとめて税金を徴収したものを、県と市町村にも配るということが最近新しく始まっています。国、県、市町村が役割分担をし、または協力しながら日本の林業を、森林を守っていこうと、持続可能にしていこうという流れができていますので、それをより確かなものにしていきたいと思います。未利用材をどんどん使って、身の回りに木で出来た物を増やしていくというのは非常に大事で、岩手からやっていきたいと思いますね。ありがとうございます。

小野部長
 
今、知事からもお話ありましたが、上野さんからお話をいただきました県への要望などにつきましては、知事、副知事以下、関係部局のトップが集まるような会議の場で、全部共有をして取組につなげていきたいと考えておりますので、是非皆様からもお話をいただければと思います。ありがとうございました。
 続きまして、近藤さんからお願いいたします。

近藤 陽子
 
改めまして、ヘアーサロンINITY代表の近藤陽子と申します。よろしくお願いします。
 ヘアーサロンINITYは、創業が平成16年で、私が26歳の時なので今で丸17年が過ぎようとしています。場所は、軽米町の町中にある本当に小さな美容室です。でも、ここまで続けることができたのも、やっぱりお客様や、両親や家族の支えがあったからこそだと思っています。そして、美容業のほかにハンドメイドの仕事もしております。私のハンドメイド歴は24年で、今は海外から生地を輸入したり、自分で生地デザインして、それを布小物にして販売しています。マルシェに出るようになってからは丸4年ぐらいで、Instagramとか、あとSNSを活用して対面販売もミックスさせてやることで、売り上げがぐんと伸びております。いろいろ試行錯誤した結果、今ではマルシェに出店している作家の中で、1番の売り上げのお店へと成長しました。
 マルシェに参加するに当たって私には目標があって、いつかみんなに認めてもらえるぐらいの実力がついたら、自分でフェス(マルシェ)を開催したいという夢がありました。軽米でやってみたいという夢があって、そして初めて軽米でマルシェをしたのが一昨年の11月で、本当に、その日は本当に忘れもしない夢のような一日でした。「この人たちとだったら組んでやってみたい」と思う、五人に声をかけて実行委員になってもらって、最初のきっかけがそれで、その時は300人ぐらいの来場者に来ていただきました。
 回を重ねるごとに(マルシェへの)来場者が増えていって、お客様も巻き込んでの一体感のあるマルシェを4回ぐらい開催したぐらいに、「軽米で大きな施設が建つからマルシェをやってみませんか」と役場からお話をいただいて、つい3日前に「笑う」に「フェス」で「笑フェス」という名前のハンドメイドとフードのイベントをやらせていただきまして、規模も一気に大きくして総勢40組ぐらいの参加者を招待させてもらった、大きなフェスを開催することができました。「笑フェス」の動員数の目標が1,000人だったんですけども、それを遥かに越した1,500人ほどの動員数で、本当に、これもみんな一人一人が、私だけじゃなくて、みんな一人一人が一生懸命頑張って宣伝したり、一生懸命活動してくれた結果だって思っています。本当に、何かみんなが笑顔で、町民の人たちもすごい笑顔で、何か「本当に頑張ったかいがあったね」ってみんなで話しながら終わりました。本当に、何かその笑顔見てるだけで私はすごい嬉しくて、もう感謝の気持ちでもう泣きそうになりながら一日を終えました。
 やっぱり、私にはお金もないし何もないけど人の御縁には恵まれてると思っていて、それはやっぱり何にも替え難い財産であり、私の宝物だと思っています。やっぱり、私の母も「人を大事にしなさい」とかそういう人で、何かやっぱり目の前にいる人を大事にしたり、「今を精一杯生きましょう」とか「どんな状況でも楽しめる人になるんだよ」とか言ってくれる母なんです。それで、私も本当にそうだと思うし、何ごと、どんなことでも何かそれって全部に通ずることだなって思っているんです。だから私の次の夢は、いつの日か、何かディズニーランドに向かう前のウキウキした気持ちとかあるじゃないですか、どっかに行く前のウキウキ、「やった、今から行ける」みたいな、その気持ちで行きたいと思えるようなイベントを岩手でもできたらいいなって思ってます。目標は大きくです。
 これからも感謝の気持ちを忘れずに、何歳になっても感動したり、楽しくてワクワクする人生を歩んでいきたいし、それで、私たちがそういう気持ちで、何かスタッフたちとみんなでやってたら、きっと町民の人たちも楽しい気分で毎日を送れるんじゃないかと、私たちが楽しい気持ちでやらなければ、その気持ちは伝わらないと思うし、まず、そこからやっていかなければいけないなと思って頑張っています。
 これで私の発表を終わります。ありがとうございました。

小野部長
 
ありがとうございました。軽米で、人の縁で笑顔が集まるようなイベントのお話を、そして、この先の夢もお持ちということで、まさに幸せ作戦会議のような感じのお話でございました。
 知事の方からお願いいたします。

達増知事
 
ありがとうございました。
 着ていらっしゃる物とか、かぶっている物も手づくりなんですかね。

近藤 陽子
 
そうですね。海外輸入の物が元々好きなので、海外から服を輸入したりとかもしていて、やっぱり付けている物とかも、私のお友達の作家さんが作ってくれた物とかを身に着けていることが多いです。

達増知事
 
なるほど、なるほど。
 非常にかっこいい物ばかりで、思いきったデザインといいましょうか非常に良い感じだなと思います。資料の写真もかっこよく、思いきった感じの物がたくさん並んでいて勢いを感じますし、「笑フェス」のポスターとか、あと5番の写真に写ってる整理券もすごいですね。ここまで徹底して、かつ思いきっていると、これはただならぬものを感じさせます。
 いろんな国で、地域づくりや都市再生などで、新しいウォーターフロント地域とか若い人たちの手づくり雑貨を売る場所というのが、アメリカやヨーロッパやシンガポールなど、あと中国の上海とか北京の新しいところにもあって、いろいろ見てきましたけれども、全然引けを取らず、そういうところに勝るとも劣らない品揃えで、これを軽米でやったというのはすごいなと思います。これはちょっと、うっかりして見逃していたなと思って、今日教えてもらって非常にありがたいなと思います。是非、この調子で頑張っていただきたいと思いますし、岩手の他の人たちも見習って頑張って、思いきってどんどんやって欲しいなと思いますね。
 あと、お話の中でSNSを利用するなどすごい先端的な手法も取り入れつつも、基本、人間関係を重視するというアプローチで物事を進めているというところが、やっぱりいいんだと思います。こういう小物雑貨というのが順調に発展していくというのは、なかなかないことだと思うのですけれども、やはり人間関係重視の姿勢に裏付けられてるところが強いんだなと思います。(資料の)1番の写真みたいな感じに人間関係が広がっているんだなと思います。ありがとうございました。

小野部長
 
それでは次に、髙橋さんからお願いいたします。

髙橋 瞭
 改めまして、髙橋と申します。よろしくお願いします。
 では、ちょっとお手元に資料があるようなので、そちらをもとに進めさせていただきます。改めて、自己紹介ということでもうちょっと詳細なプロフィールなどを含めて、私という人物を少しちょっと知っていただきたいなと思ってお話させていただきます。まずですね、出身が青森県八戸市でして、すぐ隣のところなんですけれども移住してきております。うちの妻が一戸町の出身で、ちょうど間の二戸市ということで、タイミングもよく協力隊員の募集がありまして移住ということになっておりました。前の仕事は、東北電力の配電の仕事をしてまして、これを言うと、もう必ず言われるのが「なんでそんないいところ辞めたんだ」と言われるんですけれども、私もちょっと小生意気な性格をしてまして、せっかく入ったけれども、将来は自分で事業をやりたいという思いがずっとあったので、思ったより早かったですけれども26歳の時に退職をして、デザインという仕事を選んで、独立を目指したというところになっております。
 前の仕事は、ちょっと(資料の)写真が小さくて見にくいかもしれないすけど、これ左下の雪深いところとか、これは全国ニュースでもよく名前が出る、青森市の酸ヶ湯温泉のところまで電気を引っ張ってる配電線路なんですけれども、こういうところに車が行けないので、歩いて入って行って、その着雪といって雪のような氷のようなものがすごい堆積してしまうものを、電気が止まる前に落としたりという仕事をしたり、あとは夜中に台風が来て、強風で電柱が倒れましたっていうときも、その呼び出しが自動で着て現場に駆けつけて直していくという仕事をしていました。昔は(携帯電話を)マナーモードにしても、「ブー」って鳴ればすぐ起きれちゃったんですけれども、もう今は何にも起きれなくなってしまってですね、妻にたまに小言を言われることがあります。ということで、このような形で自己紹介ということでした。
 普段のお仕事ということで、デザインの仕事をしているということで言ってましたので、視覚的にあった方が分かりやすいかなと思って、一応作例めいたものを何点か用意してございます。前の仕事が東北電力だったということで、全然デザインの仕事と関係ないところだったんですけれども、その退職を機に1年間ぐらい、ちょっとまるっと空けて勉強期間だということで、書籍を買ったりだとか、参考になるデザインを真似したりだとかということでお勉強していたんですけれども、協力隊の募集が出てきたときに、「あなたは二戸に対して何を提供できますか」と言われまして、「私はデザインという仕事をやってるので、地域の方々で(チラシやHPの作成を)頼む先がなくて困ってらっしゃる方がいっぱいいると思うから、私が二戸に行くことによってその人たちを助けることができる」ということを臆面もなく言いまして、そのときはまだ1回もお客さんからお金もらって仕事したことないんですよね。だけども、頼む側としては「いや、できるかできないか分かんないんですけど多分できます」って言われるよりは、絶対に「やあ、任せてください。絶対できますから」と言われた方がいいだろうなと思って、ちょっと吹かしました。ちょっと吹かしまして、デザイナーとして、協力隊としてお呼び立ていただきましてというところです。それが、このA3の方の(資料の)表の1番右上の仕事ですね。これが初めてお金をもらってやった仕事なんですけれども、「ああ大丈夫です。できます。1週間ですか。1週間あれば全然できますよ」って言って吹かして、もう毎日毎晩ほぼほぼ寝ずに何とか作ったのがこれです。私もちょっと思い入れのある仕事なんですけれども、そういう経験を経て、どんどん自分もスキルアップをして、最近ではようやくちょっとデザイナーって言われても、むずがゆくないかなというところまできたような感じがします。ちょっと、はったりを効かせて今までやってきたみたいなところがあったので、恥ずかしかったんですけれども、今回は二戸のデザイナーということでお呼び立ていただきまして、何とか喋れているという次第でございます。この仕事の話をするとあれですけど、地域おこし協力隊としてっていう話だったんですけれども、やはり丸3年という任期はありながらも、人生を設計する上で3年っていうのは意外と短いっていうことで、その協力隊の方々が、どうしてもキャリア形成だったり、卒業後の仕事というところの面で、近隣の市町村の方からもいろいろ話を聞くんですけど、同様に皆さん悩まれてらっしゃって、私は割と成功例というか、自分で言うのもちょっとおこがましいんですけれども、今年独立1年目で、12月なので会計の処理の年なんですけれども、今のところ生活していくには何ら心配ないくらいの生計を立てられているようになってまして、これも何て言うか、自分の結構工夫して努力してやってきた面があるので、いろいろ共有はしたいなとは思って、と言いつつも何か上から喋っているようになって、あんまり言えないなっていうのがあるので、ちょっと何とも言えないんですけれども、その周りの協力隊の方とかにフィードバックできればとは常々思っておりました。
 これが主だった普段のお仕事でして、ちょっと私やりたいことということで、この場を機会に紹介したいのが、漆の木の資源化っていうのをすごくずっとやりたいなと考えていました。協力隊、デザインっていうことで応募する前は、二戸で他に漆掻きの方の協力隊募集もあったんですね、私はずっと中(学生)高(校生)ぐらいから「和風総本家」だったりとか手仕事系の番組がすごい好きで、必ず漆っていうものにフューチャーされるときがあるじゃないですか、あのときからもうずっと漆っていう文化が気になっていて、漆掻き職人、塗る方の職人でもいいからなりたいっていうふうには思ってたんですけれども、ちょっと家族の説得がうまくいかず、ちょっと諦めたっていうところがあって、でも、今でもやはり関心があって、この漆の木っていうのが今現在未利用材だと、全然使われる道がなくて、何でかっていうと割れやすかったり、木質としても柔らかかったりということで、あまり使いようがないということらしいんです。国産漆の8割が、ここ二戸市で生産をされているので、漆掻き職人さんも「これ使えばいいのにな」なんてことを思いつつも、今まで使い道がなかったというところを、何とか資源化できれば、冬の仕事に悩まれてらっしゃる職人さんも数多くいらっしゃったので、そのあたりもカバーできるというか、年間通して漆に関わる仕事でやっていけるんではないかなということで、今アイディア段階ですけれども進めたいと考えていました。その下の方(の写真)ですね、どんな感じで物を作っていくのかっていうところですけれども、掻き傷がやはり最大の特徴だと思いますので、その樹皮をそのまま活かして、樹脂で封入してしまって、レジンテーブルっていうものがあるんですけれども、こういう形でやれればそのテーブルとして使用しつつも樹脂で完全コーティングされているので、かぶれるという問題もクリアできて、これ高いんですね、この紹介にちょっと参考資料として三つぐらい(写真が)あるんですけれども、大体70、80万(円)位、真ん中の物にいたっては、200万円位の物があったりとかして、こういう高単価の商品で、ここ二戸市でやるからこそのストーリーというのが打ち出されるのかなというところで、何とか進めたいなと思っているところでした。今年の7月に、二戸市内にちょっと縁がありまして古民家を買いまして作業場自体は確保できて、その時間があったら進めたいなと思って、主業のデザインの方の仕事が毎月絶え間なく、ありがたいことに絶え間なく入って、まだちょっと動き出せてはいないんですけれども、こういうことをやっていきたいなと、漆の木の資源化っていうのをやっていきたいなと思っておりました。
 はい、以上です。

小野部長
 
はい。ありがとうございました。髙橋さんから、デザイナーだけにデザインに溢れるお話をいただきましたし、また夢として将来に向けて漆の木の資源化といったような御紹介もいただいております。
 知事の方からお願いいたします。

達増知事
 
岩手県二戸市を拠点にしてもらってありがとうございます。
 そしてポスターを見せていただきましたけれども、非常にプロの仕事だなという抜かりない感じがいいなと思いまして、こういうクリエイティブの仕事は特に慣れない人がやったりすると、雑なところというのがどこか見えてくるわけですけれども、雑なところがないのがすごくて、前職でミスが許されないような、人の命にも関わるような安全を守ることを仕事にしていたということが、デザインにも生きているんじゃないかなと思いました。これはもう本当に仕事として、お金を取れる十分なプロの仕事だなと感じます。
 そして漆の木の資源化ですね。なるほど、樹脂で固めれば大丈夫というのはグッドアイディアだと思います。趣味の良い人というのは日本や海外にもいるので、そういう人たちに良い値段で買ってもらえるように、岩手県としても、漆は岩手の看板の一つですので、こういうの物もあるということをどんどん発信していきたいと思います。ありがとうございました。

小野部長
 
ありがとうございました。それでは4人目、鎌田さんからお願いいたします。

鎌田 公子
 鎌田です。よろしくお願いします。
 事業について、ちょっと紹介を先にさせていただきたいなと思います。LET’S GOここプロ合同会社は、次の2月で設立してちょうど丸2年を迎えます。事業としては、「ここから始まるプロジェクト」っていうのを根底に、持続可能なことで現在の問題を解決し、生涯にわたり必要とされる事業と、あとは一人一人の可能性を信じて、どんなことでも一緒に考えて行動し、一人一人のやりたいを叶えるワクワクした事業を目指したいなと思って開始しております。その中でも、障害福祉事業っていうのと、あと食、ちょっと食は幅広いんですが、低糖質と食物アレルギーのところを2大コンセプトとして、展開しようと思ってやってきております。
 なぜここに行き着いたかというのなんですが、私には一卵性双生児の息子がいます。双子なので2人なんですが、今中学校3年生で、一戸町にある特別支援学校のみたけ支援学校に通学しております。息子たちは、「グルコーストランスポーター1異常症」という指定難病になっている病気を抱えております。病気が分かったのは4歳7ヶ月の時で、生まれつきの病気ではあったんですが、なかなか分からなく、てんかんだったり身体知的の遅れはあったけれど、何の病気か分かんないという時期が4年ちょっと続いたということになります。「グルコーストランスポーター1異常症」というのは、根本的な治療はなくって、完治することはない病気です。唯一の治療法というか、より生活を少し良くできる治療法が、唯一食事療法だけという説明が医師からありました。聞き慣れない食事療法なんですが「ケトン食」と言って、簡単に言うと低糖質の食事をとって、高脂質の食品を摂取することで、常にケトン体(アセトン・アセト酢酸・β-ヒドロキシ酪酸の3つの物質の総称)っていうのを体の中でつくり出していかなきゃいかなければならないということで、ちょうど病気が分かった4歳7ヶ月の頃からこのケトン食を始めていますので、今ちょうど11年目ぐらいになります。
 食事療法って薬とも違うし、食事を毎日しなきゃないし、必要なものも食べさせなきゃないし、でもやっぱり幼い子供に制限をするっていうのはとても本当に苦しくて、お互い息子たちも食べたい物が自由に食べられないのと、食べさせてあげることができないという、いつも家族の中で、この食事に対しての葛藤とか、食べるって何かなって、食べて楽しいとか美味しいとかそういうところがなく、私はこれを息子たちに食べさせなきゃない、息子たちはこれを食べなきゃないっていうのが、もう食事が楽しいものではなくなってしまってて、すごくそこは悲しいという、まあ仕方がないけれども、何か食事って実はこうじゃないのになと思いながら、ずっとやってきていました。あとは外食とか、あとはイベントやお祭りなんかでもそうなんですが、食べることに常に「これは食べてもいい」「これは食べては駄目」とか、常にどこの場面でも制限っていうのは強いられてきております。「ケトン食」っていうか、息子たちの食事療法に関してはこれ一生涯続くので、自分が40歳を過ぎたあたりから、「この子たちより自分って早く年齢的にいなくなっちゃうなって、そしたらこの子たちの食事って、どう管理して誰がどう見てくれるのかな」とか、そんなこともちょっと、ふっと考えたりしてて、「そうだ、家庭だけじゃなくって社会の場に低糖質のカフェっていうか、食事できる場所を作れないかな」とか、そんなこともちょっと思っていました。病気があってもなくても、食事制限があってもなくても、お腹いっぱいっていう満腹感だけじゃなく、やっぱり満足感って得られる飲食店をできないかなと思いました。食べられる物がないわけじゃないんだけれども、(食べる物を)選べる自由っていうのはもう常に息子たちにはなかったので、自分が作る飲食店では「もうどれ食べてもいいよ」と選べる満足感を作れないかなと思いました。自己紹介の時に少しお話させてもらったんですが、地元の小児科クリニックに勤めてたときの経験で、ちょうどそこの先生がアレルギーに関しても結構力を入れているクリニックっていうこともあって、食物アレルギーを持つお子さんの受診だったり、親御さんの悩みとかを聞く機会も多くありました。幸いなことに、うちの息子たちは食物アレルギーはなかったので、ちょっと話を聞いたり、専門的に勉強すればするほど、食物アレルギーというのもすごい常に食べることにすごく神経を使うし、食べることで命を落としてしまうかもしれないということで、毎日大変な思いをされているなんていう苦労をちょっと知ることもできました。自分がカフェをやりたいと思ったときには、低糖質だけにこだわった、特化したカフェと思ったんですが、食物アレルギーのお子さんとか御家族も、病気は違くても自分たちと同じような思いをしてきている方たちが少なからずいることを知って、3大アレルゲンの卵と乳と小麦はうちのカフェでは使用しないで食事とデザート類は提供できないかなと思って、挑戦というか、結構大変ではあるんですが挑戦することにしました。食事のこともですが、来月で1周年を迎えるカフェですが、一応カフェを始めるときに本当は障害福祉事業の就労継続支援B型事業所として出発したくて準備はずっとしてきたところだったんですが、ちょっとスタッフの関係で同時スタートはできずに、今もその状態で障害福祉事業はできていないところなんですが、近い将来、今やっているカフェをそのまま障害福祉事業所として開所をしたいなという思いがあります。
 障害福祉サービスについても、息子たちの病気というか、知的障害とか身体障害があるところで、小さいときから障害福祉サービスは受けてはきたんですが、特性が強いとか、手がかかるという理由だとは思うんですが、やっぱり思うように希望した通りに利用がずっとできていないという現状がずっと続いてきてて、毎日の学校への送り迎えというので、自宅から片道30分を2往復するので2時間通学に、私か夫がそこを担ってはきたんですが。なので、サービスがあるのに利用できない、したくても利用できない現状っていうのは、これいつになったら解消するのかなってずっと思ってはきているんですが、どうしても、なぜかうちだけが、双子だからなのか、ちょっと手がかかるっていう理由なのか、職員さんの確保ができないっていう理由とかで利用できていないので、利用できる場所がないんだったら、自分でちょっと作るしかないかなというところで、今息子たちは中学校3年生なんですが、高校を卒業する3年後には、ちゃんと息子たちが通える日中の居場所作りをしたいなと思って、障害福祉事業も視野に入れているところです。
 (資料の)写真のところを少し見ていただいて、カフェの商品もちょっと写ってるんですが、2番3番は双子の息子です。これは初めてカフェに連れてきたというか来たときに撮った写真で、4番が一緒に私と映ってる写真です。5番8番はお祭りのときの写真です。お祭りがすごく大好きで大好きで、もう8月中旬の「九戸まつり」から始まり、10月上旬の岩手町の祭りまでも、ほぼほぼ毎週この近隣でお祭りがあるので、もう本当に毎週お祭り三昧をして今年も過ごしました。7番は、一戸高校の懇話会にお招きいただいてお話させてもらったときの写真です。2枚目の写真は、カフェの店内の写真も載せてますが、14番、いろんな食材が雑然と並んでいますが、うちの一つの大きな特徴というか私のこだわりで、今日使っている食材は調味料含めて全部提示するということでやっています。これは食物アレルギーを持っている方が来たときに、ちゃんと確認をしてもらって、安心して召し上がっていただきたいなという思いで、こんなふうに展示というか出しております。(資料の)1枚目の、宣伝にはなるんですが、6番、あんまり写真が下手で美味しそうに見えないんですが、これは「とりの唐揚げ」なんですが、うちのカフェの1番人気のメニューです。カリカリして、皆から褒めてもらっているメニューです。
 私は、今いろんな事業を始めて、いろんな方からいろんなことに挑戦させてもらう機会を本当にびっくりするぐらいいただいてて、でも実は自分って、本当にこういう場にも呼んでいただけるような人ではないし、本当に安全な人生をずっと送ってきてたつもりで、そんなに人より何かができるとか、そんな得意なこと持ってなかったんですが、結局息子たちのおかげでというか、病気があって病気を持つ子供を育ててきて、いっぱい悔しい思いもしたし不便な思いもしてきたけれども、でも、今になったら息子たちがいたから「こういうことをやってみようかな」とか、「こんなことを自分が生まれ育った町に行ってやりたいな」と思えています。「LET’S GOここプロ」っていうのが、「LET’S GO」は、ちなみに息子の名前で、「レツ」と「ゴウ」って息子いうんですが、息子たちがいたからこそ出来た会社と場所ってことで、息子の名前を入れてしまいましたが、そんな感じでやっております。話が下手で申しわけないんですが。

小野部長
 
ありがとうございます。お子さんの御病気をきっかけに、食を楽しいものにしたいという強い思いを持たれて、本当に大変なチャレンジをされているというふうにお聞きいたしました。
 知事の方から、お願いいたします。

達増知事
 はい。6番の「とりの唐揚げ」、小麦粉を使っていないのですね。何が衣になっているのでしょう。

鎌田 公子
 
片栗粉なんです。

達増知事
 
やはり今までなくて、自分で作んなきゃならないということ、その積み重ねで、こういうふうにもう地域を変えるようなことをされているという高みにまで到達されていて、非常に頭が下がる思いがいたします。
 障害福祉サービスは、なかなか合わない、利用ができないという問題をいろんなところで耳にしますので、やはりそこはもっと柔軟にといいますか、あるいはいろんなケースに合わせて利用できるようにしていかなきゃと思いますので、そういうところは行政でもう一度勉強し直し対策を講じていきましょう。
 食事というのは、毎日必ずしなければならない、することなので、そこに課題があると本当に大変なんだと思います。それを少しずつ克服されていくということで、アレルギー対応もできるような食事も作るようになったのですね。活動の幅が広がっているのは本当にすごいことであります。また、一戸病院にそういうカフェを作ることができて良かったと思います。順調にいくように私も気をつけていきたいと思います。ありがとうございました。

小野部長
 
ありがとうございました。ここまで皆さんからお話をいただきました。
 ここからは自由懇談の時間といったかたちで、これまでも北いわてで私らしく生きるということで、それぞれの分野で御活躍、頑張っていらっしゃるお話を伺いましたけれども、もう少しここを話したいというところがあると思います。10分ちょっと時間ございますので、是非皆さんから何かありましたらお話をいただきたいと思いますけれども、いかがでしょうか。
 はい。上野さんどうぞ。

上野 早紀
 私は、自伐型林業に3年間関わってきまして、やはりまだまだ自伐型林業はマイナーな林業なんですね。いろいろとハードルが高過ぎて、私もいろんなことが頓挫したりとか、山の確保から機材の問題からいろんな問題を解決しなくてはいけない中で、どうしてもこう暗中模索で、もう孤独に陥って、神奈川帰るしかないんじゃないかみたいなことになったりもしてきた中で、こうして地道に活動を続けて、ありがたいことにこういう場に呼んでいただいたりしているんですけども、もう少し、いろんな業種、皆様とか県の方とかと繋がって、何か木の出口ですとか、コラボして木育とか、そういった方に発展できれば、もう少し道が開けてくるのではないかなっていうふうに今日お話を聞いて感じました。そういった、何かその木の出口とか、岩手の木を使って、持続可能な方法で採った木を使っていきましょうっていう運動が起きてくれば、何かブレイクスルーになっていくのではないかなと。日本の森林率って世界でも有数ですし、でもまだそれが十分に活用しきれていないっていう現状がある中で、そういった例が作れれば、この県はかなり注目されていって、世界からも注目されるような可能性があると自分は信じてますので、もう一歩かなって思うんですね。なので、そういう木の出先で何か共同の取組ができていけば、すごく素晴らしいことだなと思うんですけど、その辺の何か知見というか、アドバイスがありましたらお伺いしたいなと思っております。

小野部長
 
県でも農林水産部の方で、岩手の森林木材の活用といったことに力を入れていて、様々な企業様にも御協力いただきながら、例えば、コンビニを岩手の木材で内装や外装も含めていろいろデコレーションしたり、県庁の中も林業の分野のところについては、エレベーターホールをかなり木で覆ってみたり、そういった工夫もしております。盛岡市内にある地域商社が経営しているカフェといいますか、そういったところも木を活用した内装等を工夫してるところもありますので、そういった川上から川下までしっかりつながっていくような林業振興はすごい重要だなというふうに思っております。
 もう一つ、上野さんが進めていらっしゃいます「KUNOHE木工女子部」は相当売りになるんじゃないかと思うんですよね。女子部の力で九戸の林業を進めているというのは、是非戻ってしっかりと関係部局の方にも話しをして、いろいろな機会で活躍、そしてクラフト系まで進めていらっしゃることを広めていけたらいいんじゃないかなと私も感じました。是非そこはしっかりと県庁内の方にも周知したいというふうに思います。

達増知事
 
私も、スマホカバーは岩手の木で出来たケースを使っています。
 県の事業でやってる「いわて木づかい運動」とか、とにかく木を使いましょうという運動があるんですけれども、結局、事業は木をふんだんに使って建物を新たに作ったりリフォームしたりする企業、事業者を相手にしている事業だったり、あとは木をふんだんに使った住宅を作る人への補助金とか、一つ一つがあまり目立たない事業がたくさんあるけれども、求められているのは、もっと普通の県民やあるいは県外の人に向けて木をどんどん使うってこういうことなんだなというのが見えてくるような感じの木を使おう運動だと思うんですね。そこは工夫していきましょう。
 今年6月に、全国植樹祭を岩手県陸前高田市でやりまして、そこを頂点にしながら前後1年度ずつぐらいは木を使う、そして、林業、森林の振興というのを全国の中でも一番目立つ場所にしていきたいところでありますので、ちょっと工夫したいと思います。

小野部長
 ありがとうございました。
 もう一方どなたかいかがでしょうか。はい、鎌田さん。

鎌田 公子
 
すみません、さっき長くなったので要望まで言ったらちょっと長いかなって思って切ったんですが、食事と関わるところで、児童生徒って給食を食べてるんです。食育に関連した給食メニューも結構市町村で工夫してる、献立表の裏に必ず「食育だより」が一戸町ではついてくるんですが、でもアレルギーだったり、他の病気もそうですが、理由で個別対応できない生徒児童達は毎日お家からお弁当を持参してて、これお母さんお父さん、お家の方の苦労もその通りなんですが、一番は子どもたちがいつも違う、皆と同じものを食べることができない、一緒のものがいいかって言ったらそうじゃないかもしれないけど、いつも違うって思ってずっと9年間過ごすのと、何かちょっと工夫して、ただアレルギーってなると全部はやっぱり難しいのは理解はしているんですが、何とかご飯だけは給食のご飯食べられるとか、何かちょっとした工夫を、乳成分入ってない調味料を、コンソメにしても何か使うときにちょっとした配慮があればいいのになとそこは思っております。私はもう息子たちが6年生になるまでは毎日弁当を作って持たせてて、給食に関する相談を、ケア会議という結構いろんな方が来てくれた会議で相談する機会あったんですが、結果は「個別対応はできません」っていうことだったんですが、一応一戸町とみたけ(支援学校)の先生と、県とおそらく偉い人たちの話し合いで、一応「ハイブリッド型でいいですよ」と言われて、食べられない家は、ご飯とかパンは普通のは食べられないので、食べられないものは自宅から持参して、食べられるおかずは給食を食べるという方法をやらせてもらってました。プラス、その時の町の担当の方が、「給食は御希望には沿えない形にはなってしまう。でも町として何かできることがあるかもしれないからちょっと考えさせて欲しい」って、「食事療法することに関する補助金を出せるかもしれない」というので一戸町は独自で条例作ってくれて、食事療法に関する補助、助成金という形で申請したらもらえるというものなんですが作ってくれました。これがアレルギーのある方も、特別な食材ってやっぱり高額ですし、労力だけじゃなくいろんな負担がある中で、何かちょっとした給食を食べられないお子さんに対して何か補助だったり、でもこれお金が欲しいわけじゃないんですよ。当事者の人たちって、皆口そろえて言うんですけど、何かこう行政から寄り添ってもらってるという安心感とか、そういうのがちょっと何かしてもらえたらすごくいいなと思っています。
 もう1点なんですが、災害時のアレルギー対応の充実を岩手県もできないかなと思ってます。非常食を、例えば特定原材料28品目不使用で全部そろえる、これは費用とかもあるので難しいかもしれないんですが、そこをちょっと目指して少しずつやっていくとか、あとは災害時パニックになってる状態で、ビブスを久慈市のアレルギーの親の会の方たちが率先して作ったって聞いたんですが、ビブスを着て、例えば「小麦が食べられません」って誰もが見て分かるように、わがままで食べないんじゃなく、食べられないというのをちゃんと周りにいる人が知って安全に災害時の食事をとるとか、そういう何か工夫ができたらいいなという思いです。これは絶対やって欲しいということじゃなくて、すぐにできなくても、少しちょっと寄り添ってもらえたら嬉しいなと思います。

小野部長
 はい。ありがとうございます。
 特に、今お話いただいた災害時のアレルギー対応は、本当に命に関わることでもあると思いますので、是非持ち帰りたいと思います。
 また、食育で先ほどハイブリッド型というお話もありましたけども、ちょっとした工夫で何かというような思いは、やはり親御さんや皆さんがお持ちだと思いますので、これも教育委員会や、あるいは市町村の方の話もあるのかもしれませんけども、しっかり教育委員会の方にも持ち帰りたいと思います。ありがとうございました。

知事所感

小野部長
 
本当は、まだまだ皆様からお話を頂戴できればと思っていますけれども、そろそろお時間がきております。お話いただけなかった点は、司会の方で至らなかったところもあるといったことでお許しいただければと思います。
 最後に、知事の方からお願いいたします。

達増知事
 
はい、「北いわてで暮らす、私らしく生きる」というテーマで、まさにそのとおり生活し働いている皆さんの生の声を聞くことができて大変参考になりました。これを県全体の県政にも活かしていきたいと思います。
 本日は、誠にありがとうございました。

閉会

小野部長
 
皆様、本日は貴重なお話をいただき、ありがとうございました。これをもちまして、県政懇談会を終了いたします。

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