「いわて幸せ作戦会議(in久慈)」(令和2年9月15日)

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ページ番号1034130  更新日 令和2年10月16日

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日時
令和2年9月15日(火曜日)10時30分から11時50分まで

場所
久慈地区合同庁舎 6階 大会議室

出席者

  • 参加者(敬称略)
    高橋 新(ダナスプランニング 久慈エリアタウン誌「月刊DANASS(ダ・なす)」 編集長)
    坂本 梓沙(地下水族科学館もぐらんぴあ スタッフ、北限の海女)
    松田  直美(カフェ&スペース「hironoba」 代表)
    山口  光司(野田村地域おこし協力隊)                                          鬼束  拓哉(TOFokU店主、合同会社無 代表社員)                          

 

  • 県側
    知事、県北広域振興局長、政策企画部長

開会

八重樫部長
 ただいまから県政懇談会を開催いたします。
 皆様には御多忙のところ御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。
 本日は、「復興のその先へ~私たちが描く地域の未来~」を懇談テーマとし、久慈地区で地域づくりや観光など様々な分野で地域の復興に取り組まれている方々にお集まりいただいております。
 私は、本日の進行役を務めさせていただきます県の政策企画部長の八重樫と申します。どうぞよろしくお願いいたします。

知事あいさつ

写真:懇談会の様子1

八重樫部長
 それでは、開会に当たりまして達増知事から御挨拶を申し上げます。

達増知事
 皆さん、おはようございます。お忙しいところお集まりいただきまして、また中平、岩城両県議会議員のお二人も御出席いただき、ありがとうございます。
 県政懇談会というのは、昔から知事が県民の皆さんから意見を伺って県政に反映させるということでやっていたのですが、この「いわて幸せ作戦会議」というふうに銘打っているのは、昨年度から始まっている県の新しい総合計画いわて県民計画(2019~2028)におきまして、「お互いに幸福を守り育てる希望郷いわて」というのを基本目標にし、県民の幸福度をどんどん高めていこうというのを県政推進の基本戦略としているところから来ております。
 東日本大震災からの復興という大きなミッションがあるわけでありますけれども、そこに様々4年前の台風10号災害とか、去年の東日本台風災害なども重なり、そして今は新型コロナウイルスの流行というのもあるのですけれども、そういった危機に対処しながら、そういう大きな課題に向かい合うことで、かえって地域の本当の力、地域の本当にいいものを見詰め直し、地域の力を引き出して地域振興、このふるさとに残る、ふるさとに帰る、ふるさとにやってくるというような新しい地域づくり、ふるさと振興にもつなげていこうというような最近の考え方でやっております。久慈エリアで活躍している皆さんに今日はお集まりをいただきまして、その地域、分野での最前線でのお話を伺うことで県政に役立てていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

八重樫部長
 それでは、この後の進め方についてですが、まず私から御出席の皆様方を御紹介いたします。その後、お一人ずつ自己紹介をお願いいたします。その後、本日のテーマに沿ってお話を頂きますが、お二人のお話があった後に知事がコメントをするというような形で区切りながら進めさせていただきたいと思います。そして、最後に自由懇談の時間も設けたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。
 それでは、座席表に従い、本日御出席の皆様を御紹介いたします。ダナスプランニング「月刊DANASS」編集長、高橋新さんです。

高橋 新
 よろしくお願いします。

八重樫部長
 地下水科学館もぐらんぴあスタッフ、北限の海女継承者、坂本梓沙さんです。

坂本 梓沙
 よろしくお願いします。

八重樫部長
 
カフェ&スペース「hironoba」代表、松田直美さんです。

松田 直美
 よろしくお願いします。

八重樫部長
 野田村地域おこし協力隊、山口光司さんです。
 
山口 光司
 よろしくお願いします。

八重樫部長
 TOFokU店主、合同会社無代表社員、鬼束拓哉さんです。

鬼束 拓哉
 よろしくお願いします。

八重樫部長
 県からは達増知事、県北広域振興局の高橋局長でございます。
 なお、本日は県議会議員の皆様にお越しをいただいておりますので、御紹介をさせていただきます。
 久慈選挙区選出の中平均議員です。

中平均県議
 よろしくお願いします。

八重樫部長
 岩城元議員です。

岩城元県議
 よろしくお願いします。

八重樫部長
 それでは、よろしくお願いいたします。
 皆様のお手元にお菓子と飲物を準備しておりますので、召し上がりながら御懇談いただければと思います。
 まず、本日のお菓子を御紹介いただきます。

高橋局長
 それでは、私のほうから御紹介させていただきます。
 本日用意させていただきましたのは、今回御参加をいただいております鬼束さんが製造されております豆腐の食べ比べセット香絹と久慈市、竹屋製菓の黒豆茶でございます。
 豆腐のほうでございますが、右側にありますのが宮城県産のミヤギシロメ、左側が山形県産の里のほほえみという国産、いずれも東北の大豆が使用されております。
 本日は黒蜜ときなこ、鬼束さんとも相談をいたしまして、黒蜜ときなこを用意してございますので、お好みでかけながら食べ比べをして味の違いを楽しんでいただけたらと思います。開発のお話など詳しいところは後ほど鬼束さんからお話があると思いますので、よろしくお願いいたします。
 それから、竹屋製菓の黒豆茶でございますが、岩手県産の黒豆100%を使用してつくられたお茶でございます。今年の1月から2月にかけまして、昨年の台風19号の復興支援として大阪伊丹発、いわて花巻行きの飛行機で提供されたものでございます。香ばしい味と香りをお楽しみいただければと考えております。どうぞお召し上がりください。

懇談

写真:懇談会の様子2

<テーマ>
「復興のその先へ~私たちが描く地域の未来~」

八重樫部長
 それでは、召し上がりながら懇談に入らせていただきたいと思います。
 最初に、お一人2分程度で自己紹介をお願いいたします。
 お話しいただく順番は、高橋新さんから順にお願いいたします。
 それでは、高橋さん、お願いいたします。

高橋 新
 久慈地域のタウン誌「月刊DANASS」の編集長をしております高橋新と申します。私がつくっているのはこういうものになります。
 「月刊DANASS」は、久慈市、洋野町、野田村、普代村を中心としたエリアで発行している月刊誌で、2003年の創刊から地域の方々に支えられ、ここまで毎月休まず発行させていただいております。私自身は2008年に編集部に入りまして、しばらく副編集長という立場だったのですけれども、今年の6月に創刊から200号という節目がありまして、それに合わせて編集長を拝命させていただきました。
 私がこの仕事についた2008年から現在に至るまで特に大きな話題として、東日本大震災と「あまちゃん」があると考えております。どちらも復興に関わる話題となりますので、そのあたりも含めて今日はお話をさせていただければと思います。本日はよろしくお願いいたします。

八重樫部長
 続いて、坂本梓沙さんお願いいたします。

坂本 梓沙
 坂本です。東日本大震災をきっかけに久慈市に帰ってきました。今は地下水族科学館もぐらんぴあで売店のレジや商品の管理など、あとは土、日、祝日に行われている海女の素潜り実演を担当しております。今年はコロナウイルス感染拡大防止のため中止となりましたが、小袖海女センターでも潜っていて、北限の海女として活動しております。海女を始めて3年目になりました。よろしくお願いします。

八重樫部長
 ありがとうございました。
 松田直美さん、お願いいたします。

松田 直美
 今年の3月で3年間の洋野町地域おこし協力隊の任期を終えました松田といいます。久慈市出身で、3年半前に埼玉から移住しました。協力隊の任期中は移住定住推進員として役場の企画課に在籍していました。自分が洋野町に移住するときに困ったことをサイトにまとめたり、SNS等で情報発信をしたり、移住イベントに参加し、移住希望者とつながりを持ったりしました。現在は、洋野町内でカフェとレンタルスペースの運営の準備を進めながら町内のNPO法人エンパワメント輝きで週一、二回ほど引きこもり対応支援や生活支援コーディネーターに関わる仕事をしています。
 現在準備中のカフェとレンタルスペースですが、初めは洋野にある場所であることしか決まっていなかったので、洋野の場、「hironoba」と名づけました。町中心部の小さな古民家で地域の方の手づくりの雑貨を扱うカフェを10月にオープンの予定です。現在はリノベーションを進めながら、一般社団法人fumotoの仮の事務所としてレンタル中です。よろしくお願いします。

八重樫部長
 ありがとうございました。
 続いて、山口光司さんお願いします。

山口 光司
 野田村地域おこし協力隊の山口光司と申します。出身は栃木県宇都宮市です。2018年の4月から岩手県のほうに来ました。今年で協力隊の任期が3年目になります。山ブドウの生産支援員ということで野田村の山ブドウの生産や生産農家の方への連絡調整や出荷調整などの各種業務、山ブドウに関わることは何でもやっています。
 岩手県に来たきっかけは、学生時代に所属していたボランティアサークルのほうで震災の被災地に通ううちに復興に向かう地域で働きたいというふうに考えていたところ、知人の方から協力隊の募集についてお知らせいただき、来ることになりました。来年度は、村内の山ブドウの畑をお借りして山ブドウの生産農家として活動していく予定です。本日はよろしくお願いします。

八重樫部長
 ありがとうございました。
 続いて、鬼束拓哉さんお願いいたします。

鬼束 拓哉
 初めまして、鬼束と申します。2015年に普代村地域おこし協力隊として入りまして、2017年12月で退任しました。その退任時に普代の豆腐屋さんが高齢で辞めてしまって、おいしかったし、もったいないなと思って、その豆腐屋さんを承継してちょうど丸2年になったところですかね。もともと先代の上下豆腐を借りて上下豆腐2.0という名前でやっていたのですけれども、7月に名前を変えてTOFokUにしました。ローマ字でTOFUの中に「ok」を入れて、「ok」はいいねとか、肯定的な存在であり続けることを考えて「ok」をつけて、東北とかけてTOFokUという形にしています。あと裏的な、鬼束の「O」と上下の「K」を入れてTOFokUとしました。あと豆腐を食うと、ニュアンス的に伝わるかなと思って、この名前にして営業しています。まだまだ全然売上げ的には厳しいところがあるのですけれども、先週全国の豆腐屋さんとか機械屋さんとか豆腐マイスターという認定講座の方々とつながる機会があって、その中で機械屋さんがうちまで来て豆乳のつくり方を教えてくださって、すごくいい豆乳ができるようになったので、これまでの香絹はちょっと味が悪かったかなというところがあったのですけれども、自信を持って提供できるような商品になってきましたので、今後ともよろしくお願いします。

達増知事
 そういえばテレビで見たことがありますよ。

鬼束 拓哉
 ありがとうございます、先月ですかね。

達増知事
 地元の豆腐屋さんを引き継ぐという、ちょっと前に、1年くらいか2年くらいか、ちょうどそのお店を引き継ぐと決めたあたりのやつをテレビで多分ニュースかな、見ました、思い出しました。

鬼束 拓哉
 ありがとうございます。

 

八重樫部長
 ありがとうございました。
 それでは、ここからは本日のテーマ「復興のその先へ~私たちが描く地域の未来~」に沿って、現在の皆さんの取組や課題、今後の方向、御自身の抱負、県への期待なども含めてお話を伺いたいと思います。
 先ほどの順番で、高橋さんからお一人5分程度でお願いします。お二人ずつお話をいただいた後、達増知事からコメントしていただくという形で進めてまいりますので、よろしくお願いいたします。
 初めに、高橋さんお願いいたします。

高橋 新
 東日本大震災の瞬間、私はもぐらんぴあにおりました。地震が起きた直後というのは、あまり特別な意識というのはなかったのですけれども、施設を出て隣接する久慈国家石油備蓄基地の職員の方が総出で施設の点検に走っている姿を見て、これはただ事じゃないんだなというのを知りました。
 震災の直後から被害の様子だったり、被災地への支援というのを雑誌を通じて紹介してきたわけなのですけれども、一つの使命として、災害という記録を後世に残していかなければならないなという意識があります。近年久慈地域では、2016年の台風10号、そして昨年の台風と短いスパンで大きな豪雨災害が発生しています。
 近頃、昭和33年に起きた台風22号の写真集を見る機会がありまして、久慈の駅前をはじめ多くの箇所が水浸しになっている様子を見ました。この写真集をたまたま見なければ当時の被害状況は知る機会もなかったでしょうし、同時に50年たった今も当時と同じように被害が出てしまうということに、災害から何を学んで何を生かしていかなければならないのかと、行政が唱える住民にとっての安心した暮らしというのは何なのだろうなというのを改めて考える機会になりました。
 私どものつくっている雑誌は有料の雑誌になりますので、その高い保存性を生かして災害の教訓を未来の人たちに考えていただくようなきっかけづくりができればいいなと思っております。
 震災を経て久慈地域に活気をもたらしたのが「あまちゃん」の存在です。私は、放送局だったり、久慈市をはじめ関係者のご厚意で、時にエキストラとして参加しながら取材をさせていただきました。一頃に比べると観光客は減っている現状はあるのですけれども、コアなファンは確実に増えておりまして、久慈地域に関心を寄せている人は全国にいらっしゃるのではないかなと思っております。
 映画やドラマのロケ地を紹介する雑誌があるのですけれども、最新号にいつか行きたいロケ地ランキングという企画が掲載されております。約2,000人に実施したアンケートで、1位は「北の国から」の富良野市、2位が「君の名は。」の飛騨市、そして3位に「あまちゃん」の久慈市がランクインされているそうです。
 この新型コロナウイルスをきっかけに、オンラインで何でもできるような社会になりつつあるのですけれども、その分実際に行きたい場所に足を運んで、ネット上では感じ取れないような現地ならではの味だったり、香りだったり、対面でのコミュニケーションというものにより高い価値が生まれてくる可能性があるなと考えています。
 安全性を保ちながら積極的に誘客を図るということは、最後まで感染者ゼロを守ってきた岩手ということで、岩手モデルをほかの県に示していけるのではないかなという期待を持っています。
 今後の展望になるのですけれども、創刊から200号という契機に地元で頑張っている人だったり、頑張ろうとしている人の背中を押したり、その頑張っている人から地域全体に共感を広げていけるような内容の雑誌にしたいという思いがあります。
 営業面では、地域特有の雑誌ということで限られたマーケットということになりますので、そこをいかに打破して、収益性のある外向きの事業にも取り組んでいかなければいけないなという課題も感じています。
 小規模の編集部になりますので、限られた人員の中で新しいことに取り組んでいくというのは当然時間と資金がかかるわけですけれども、アイデアがあっても毎日の仕事に忙殺されて、なかなか実行に踏み出せないという現実もあります。できれば県にはそういった事業者へのサポートもお願いできればありがたいなと思っています。
 これからも一家に1冊あれば家族みんなで回し読みできるような雑誌を目指して地域の皆さんと一緒に歩んでいければいいなと思っております。
  以上です。

八重樫部長
 ありがとうございました。
 続きまして、坂本さんお願いいたします。

坂本 梓沙
 よく「あまちゃん」がきっかけで海女さんになったのですかと聞かれることがあるのですが、全くそんなことなくて、正直なところ自分が海女を始めるまでは応援はしていたけれども、他人ごとというか、海女をやることはないのだろうなと考えていました。その考えが変わったのが2016年、もぐらんぴあ再開後に始まった海女の素潜り実演のために種市高校海洋開発科のプールを借りて約3か月間練習する機会があって、久しぶりに泳ぎ、楽しい気持ちになりました。あとは海女の素潜り実演のときに海女さんを補助する仕事があり、間近で先輩方の泳ぎを見て自分も海女さんたちのようになりたいと思うようになって始めたのがきっかけです。
 活動していて思うのが、やはり高齢化や後継者不足などの課題があります。先輩方がつないで守ってきてくれた伝統を終わらせるわけにはいきません。難しい課題ではありますが、どうにかしていかなければならないなと自分では思っています。
 もぐらんぴあは、今コロナ禍ということもあり、感染対策をしての営業をしていますが、企画展やイベントなどはできない状況で、混み具合によって実演の中止や一部体験の中止などの対策をしながらの営業となっております。やはり思うのはもどかしいというか、もうちょっとお客さんと接したいけれども、接することができない現状があったりして、早く落ち着いてくれればいいなといつも思っています。
 もぐらんぴあと海女センターはどちらも東日本大震災で被災しましたが、復興した施設です。復興のその先へということで考えましたが、やはり地元に愛され続ける、なくてはならない施設にしていければいいなと思い、活動をこれからも続けていきたいなと思っております。
 以上です。

八重樫部長
 ありがとうございました。
 それでは、ここで知事からコメントをお願いしたいと思います。

達増知事
 DANASSももぐらんぴあもそれぞれ地域を代表する存在でありますが、DANASSも東日本大震災から復興について取り上げていただいて、また「あまちゃん」についても取り上げてというか、もう登場人物の一部となって、混然一体となって活動されていることに敬意を表し、また感謝を申し上げたいと思います。
 そうですね、「あまちゃん」というのはものの見方とか考え方とか、あとコミュニケーションの仕方、いろんな発信の仕方というのを岩手においてがらっと変えるような一つの革命的なものだったと思うのですけれども、それをDANASSさんは会得して進めていること、本当にいいと思います。
 私は、愛媛県の「坊っちゃん」、夏目漱石の「坊っちゃん」がライバルだと思っていて、あれは100年ちょっと前に書かれたものですけれども、今でも名作として語られているので、ドラマ「あまちゃん」も100年たっても語られる名作として残していけるだろうと思っていますし、残さなければならないなと。そのためには地元が頑張らないと残していけないみたいなところがあって、小説とドラマは違うのではないかみたいな感じもあるのですけれども、でもドラマも一つの完結した物語としていつまでもこれは残りますし、青森県などはそうですね、あれは80年代の中頃ですから30年以上前の大河ドラマ「いのち」という青森県を舞台にした大河ドラマ「いのち」の名前をいまだにお菓子の名前とかに使っていますからね。それは見習わなければならないと思いますし、あと「坊っちゃん」というのも後に伝えられる中で、小説の中身がかなり忘れられているところがあって、マドンナという女主人公のように思われているのですけれども、小説の中ではほとんど出てこない、背景の風景のような感じでちらちらと出てくるだけの存在なのですけれども、「坊っちゃん」を盛り上げ、地域おこしをするみたいな中でマドンナの存在というのが原作以上に高められているような、そういうもとの中身を変えてまで残していくようなところもそのくらいどういうことをしてでも残していくみたいな強い意思の力というのはまねしてもいいのではないかなと思っておりました。
 そして、もぐらんぴあは、北限の海女になるというのは実際海に、プールに潜ってみて自分もやってみようかなと、そしてあと素潜りの補助をしてみてやってみたくなったということで、数億年前、あらゆる生き物はみんな海の中にいて、陸上には生き物がいなかった時代が地球上では長く、人間にも海の中で自由自在に上がったり下がったり、潜りたい、そして泳ぎ回りたいというような本能みたいなやつがあるのかもしれません。それを刺激され、実際にやってみるというのは、人にも伝わって、見ている人たちにも自分のそういう本質的なところをくすぐられるところがあるのではないかと思いますので、非常にいいと思います。
 そして、コロナ流行の中でお客さんと接するのは現場でその場、その場の判断という難しい判断が常に求められたり、こうすれば絶対いいという正解がなかなかないところですからね。ただ、経験を積んでいくにつれてより上手になっていくというものでもあると思うので、やはり安全な感染リスクの低い形で接したり、コミュニケーションしたりということは今ここでこうやっているようにやればできることですし、それに習熟する、よりうまくやれるようになっていくというものでもあると思うので、まず地域の中で気心の知れた者同士でそういうことを安全にやれるようになっていって、そして県外とか、あるいは外国から人が来ても大丈夫みたいにしていければいいと思っております。
 ありがとうございます。

八重樫部長
 それでは、次に松田さんお願いしたいと思います。

松田 直美
 よろしくお願いします。私は久慈市出身なのですが、東日本大震災や平成28年の台風10号のときは埼玉にいましたので、大きな被害を遠くで見るだけで何もできないもどかしさをとても強く感じていました。地元に何かあったときに駆け付けられる距離にいたいという気持ちと、あとは家庭の事情があって久慈市近隣での仕事を探していたときに洋野町の地域おこし協力隊の募集を見つけて移住につながりました。
 私は、任期中は移住定住推進員という名前で活動していましたが、移住は希望者をサポートすることで可能だとは思うのですけれども、移住してきた方が定住するかどうかというのは地域の受入体制次第だと思っています。現在準備中のhironobaでは、地域の人と外から来た人が交流できる場所にしたいと思っています。また、学校や家庭以外の居場所が必要な方が来やすい場所にもしたいです。支援されるための場所だと行きたくないと思う方もいるのではないかと感じていて、居心地のいい懐かしい雰囲気の空間をつくり、心の繊細な方たちにも来てもらえるようにもしていきたいです。
 今年度hironobaでは、町から委託を受けて引きこもり当事者カフェを2か月に1度開催しています。その参加者や家族の方がふらっと立ち寄れるような場所になれたらと思っています。また、古民家の雰囲気は若い方には新鮮に感じるのではないかと考えて、若者にもぜひ来ていただけるようなメニューの開発をしていきます。子連れの方が気軽に行けるカフェが町内には少ないので、子どもにもお母さんにも優しいお店にもしたいです。病院も近く、駅までの通り道でもあるので、年配の方にも来ていただけたらなと思っています。つまり、欲張りかもしれませんが、老若男女問わずいろんな方に利用してもらいたいです。
 私は、移住してきたときにいろいろな人に助けてもらいました。今度は私も助ける側にも時々なりながらお互い様の気持ちで助け合える町になっていけたらうれしいです。コロナもあり、生活様式は一気に変わりましたが、このことをきっかけに地方に気持ちが向いた方も多いのではないかと思います。リモートでできる仕事など地方でもできる環境を整えて、移住者も町に溶け込める雰囲気があれば地方こそとても過ごしやすいと思うので、私は私のできる範囲で取り組んでいきたいと思っています。自由にできるのが個人事業主の強みだと思っているので、誰かが何かやりたいと思ったときには「hironobaを使ってやってみて」と言えるようにしたいです。誰かの背中をそっと押せるような存在のお店をつくっていきたいです。まだまだこれから始まることなのでどうなるかは分かりませんが、前向きに楽しみながら頑張っていきたいと思っています。
 以上です。

八重樫部長
 ありがとうございました。
 次に、山口さんお願いいたします。

山口 光司
 自分のほうからは、地域の未来というほど範囲は広くはないのですが、今自分が行っている野田村の山ブドウ生産の未来のために来年度から自分が行っていきたいことについて話していきたいと思います。
 先ほど坂本さんのほうからも担い手が、今海女さんが高齢化されているという話があったのですけれども、野田村の山ブドウの農家の方々も高齢化されていて、生産者の方も亡くなられたり、あと病気などの理由で栽培を続けられなくなったりしている方が増えていて、もともと10軒ほど農家さんがあったのですが、ここ数年では実際に出荷している方は今6名ほどに減っております。山ブドウは手間がかかるのですけれども、単価が低いなどの理由で、専業で山ブドウで経営して生計を立てていくということが難しいということがありまして、実際事業を継承してやっていく方もなかなか少ないということになっております。自分は来年度から野田村の山ブドウの価値を、単価を高めて販売していくために幾つか実行できることを考えております。
 1つは、今外部委託している山ブドウジュースの加工を村内で行っていくことです。村内で加工できるようになれば生産者への還元率が上がります。加えて、品種別、収穫期別、瓶、ラベル、パッケージなどより細かくこだわってジュースの製造を行うことができるようになり、品質向上のための努力が今まで以上に見えやすくなります。今年も10月初旬頃から収穫作業が始まるのですが、今年試験的に村内でリンゴジュースの加工設備を持っている方の加工施設をお借りしてジュースを搾って商品化する予定です。
 そして、2つ目に自分がやっていきたいことは用途別での商品の開発になります。現在は道の駅や一部の商店のみで卸しているジュースなどの加工品を出産や結婚などの贈答品として提供できるようになれば新規で販路が開拓できる可能性があります。そして、山ブドウの花言葉は「人間愛」という意味を持っています。花言葉の意味と生産者の思いを伝えられるパッケージにすることで、今まで山ブドウジュースを買ってこなかった若い世代の方々に興味を持っていただけるような商品を開発していきたいと思っております。
 そして、3つ目は収穫時の人件費と手間を軽減することです。天候に左右されて短い期間に人件費がかかり過ぎて、生産者に幾らも残らないということが現在課題になっております。今年は収穫期のボランティアを募ることにしました。コロナ禍ということもあり、遠方からのボランティアは望めませんが、ボランティアに来ていただいた方と顔の見える関係性をつくっていって、卸に頼らない個人、個人の山ブドウのファンを一人一人増やしていって、手伝って、自分がつくった山ブドウの製品を買っていただくような販売をしていきたいと思っています。縁起のよいものとして、お祝い事なら野田村の山ブドウと言ってもらえるような製品をつくって、山ブドウの価値を高めていきたいです。
 新型コロナウイルスの中で今地方移住への気運が高まっているので、自分が山ブドウを生産していく中で若い世代が山ブドウの担い手となりながら山ブドウ栽培を自分も行っていきたいと考えています。
 以上です。

八重樫部長
 ありがとうございました。
 それでは、知事からコメントをお願いいたします。

達増知事
 松田直美さんですけれども、洋野町は海や山の豊かな資源もあり、地域資源を核にした地域振興の可能性というのはあるところだと思います。そして、松田さんも今新型コロナウイルスで都会の人の心が地方に向いているのではないかという話をされましたけれども、そのとおりで、アンケート調査でも東京23区在住の若い人たちの地方移住定住への関心が高まっているという数字が出ていますし、あとは7月でしたかね、人口移動の統計で東京から人口流出になったと、逆に東北として人口流入になったというのがそれぞれ何年ぶりかで、岩手県としても人口流出の数が大きく減ったというような統計も出ています。暮らしとか仕事とか見詰め直す機会で、より本当によい生活とか、仕事とかと考えたときに洋野町をはじめ岩手のようなところでの暮らしや仕事というのは現実的な選択肢としてより高まってきているときですので、今がチャンスだと思います。そのためにも今住んでいる人たちがより生活満足度が高まる、これはイコール幸福度が高まると言ってもいいのですけれども、どういうことをすればそうなるかというのをきめ細かく探りながら少しでも暮らしや仕事の幸福度が高まるようにしていくといいのではないかと思います。やっぱり地元にまず今いる人たちが幸せそうにしているということがその地域の魅力になって移住定住も促していくという、ぜひその調子でお願いしたいなと思います。
 そして、山口光司さんでありますが、なるほど、野田村では海が見えるワイナリーでワインになっていて、どんどん評判も高まって結構高くても売れるワインがつくられているのですけれども、でももともとのジュースや、さらに生産のコスト削減のようなところが大事だなと改めて思いました。地元での山ブドウの生産というところがより順調に行われることが大事ですし、あとはワインもいいのですけれども、やはりジュースですよね。私も盛岡に生まれ育っているのですけれども、時々山ブドウジュースを飲む習慣というのはうちにもあって、女性の出産の前後に健康にいいとか、あと男でも、子どもでも、大人でも健康にいいということで飲む習慣がありましたので、結婚、出産のお祝いなどというのはそういう伝統にもかない、科学的にも合理的理由のあることでありましょうから、花言葉人間愛とも絡めて、そういう線でPRしていくというのは大変いいのではないかと思います。山ブドウは、岩手県全体としても全都道府県で第1位の生産高を誇る岩手の看板作物でもありますので、ぜひ頑張っていただきたいと思います。

八重樫部長
 ありがとうございました。
 それでは、鬼束さんよろしくお願いします。

鬼束 拓哉
 
豆腐屋さんを継いだことのきっかけがもったいないなと思ったことなのですけれども、それと併せてそこの元々やっていたおばあちゃんの焼き豆腐を使った田楽屋さんが普代村にいまして、そこの田楽がおいしかったので、遠方から2時間とかかけて購入しに来るお客さんとかもいらっしゃって、その田楽がなくなるということが本当にもったいないなと思って承継しました。そこの田楽屋さんは今うちの豆腐は使ってもらえていないのですけれども、田楽を自分でつくってネットで販売していこうと考えていて、真空包装パックにしてネットで売っていく予定です。それをクラウドファンディングでやろうとしていまして、それで復興庁の事業で採択されて、今後やることになりました。多分10月か11月ぐらいから開始すると思います。
 あとは、オイスターリーフという海のカキの匂いがする葉っぱが自生していまして、今普代の仲間内でその自生している葉っぱを研究して栽培していこうという、今年の1月にカネシメ水産の金子さんが県政懇談会に出られて話していますが、その金子さんと一緒にやっています。
 未来への投資として、元々僕はSEだったので、プログラミングスクールを久慈の仲間と一緒にやっていこうというような動きがありまして、今後来年以降になると思うのですけれども、そういうプログラミングや、デザインの考え方を高校生に教えていこうという動きがあります。コロナでもプラグラミングやデザインを培うことはリモートでできるし、僕個人的には人が減ったほうがいいとは思っているのです。1億人以上いて、この狭い土地の中でやっていくには人を減らして、人が流動的に生産と消費をやっていくような形をやればいいのかなとは思っていて、そこで、住んでいるところで税金を納めるような仕組みではなくて、仕事をしているような場所で税金を納められるような仕組みがあるといいなとは考えています。
 私からは以上です。

八重樫部長
 ありがとうございました。
 それでは、知事からコメントをお願いいたします。

達増知事
 そうですね、日本全体1億人は多過ぎるというのはそうかもしれません。岩手県の人口密度は北海道を除くと県の中では一番低く、日本全体の人口密度の平均よりずっと低いのですけれども、その岩手の人口密度というのは大体フランスの人口密度ぐらいなところがあって、そのくらいが人間にはちょうどよくて、日本全体の人口密度はちょっと高めなのかもしれませんし、まして東京の人口密度なぞは桁違いに高くなって、そこはずっと住むのはいかがなものかという感じなのだと思います。
 両方食べましたけれども、豆腐は非常においしくて、これはネット販売とか、それをクラウドでというのは非常に楽しみですね。岩手県内、岩手県民の皆さんは豆腐を食べるのが好きな愛好家なのですけれども、全国的にも健康にいいですし、あとやはりおいしさから来る得られる幸福度というのも結構高い食べ物だと思うので、SEとかプログラミングとの相性もいいかもしれません。そういうのは頭脳を使ったところ、頭脳の栄養補給をしたり、また子どもたちには脳細胞のたんぱく質を補給するのにちょうどいいのではないかなと思いますし、新型コロナウイルスの流行でますますネットとか、そういうのもリモートとか、ウエブ会議とか必要性が高まっているのですけれども、そうでなくてもそういう情報通信技術というのは大事だし、特に広々とした岩手みたいなところほどそういう技術によってより暮らしや仕事が質的に高まる可能性が高いので、プログラミングスクールもぜひ成功して普代村を中心に地元の子どもたち、若い人たちがプログラムなんか普通にやれてしまうようにぜひぜひなってほしいなと思います。

八重樫部長
 ありがとうございました。
 皆様から一通りテーマに沿ったお話をお伺いしました。さらに追加で述べたいことや、他の方の発言、意見交換等を通じて受けた感想なども含めて、これからは自由に御発言をいただきたいと思います。懇談テーマに関わらない御意見でも結構ですので、よろしくお願いしたいと思います。いかがでしょうか。
 では、高橋さんお願いします。

高橋 新
 移住の話が先ほどから出ていますので、少しお話をしたいのですけれども、私は地元の青年会議所に所属をしておりまして、今年は県の岩手ブロック協議会のほうに出向しております。その中で、このコロナウイルスがありまして、東京一極集中のリスクというのがすごく浮き彫りになりまして、地方への移住を拡大するいい機会というか、チャンスになったということで、岩手県への移住というのを促進したいなということで、県内に移住された方3人の方にインタビューをさせていただいて、ユーチューブの動画を作成しております。10月に公開になる予定なのですけれども、その際に県の担当の部署のほうにも進捗状況等を御相談してお話をさせていただいたのですけれども、県としては純粋な移住者の数字というのは持ち合わせていないということで、市町村の単位でとどまっているのだという話をお伺いしました。もしかして取りまとめるに当たって、何か弊害というのがあるのかもしれないのですけれども、県として戦略を立てていくのにはある程度取りまとめをしていったほうがいいのかなというような気はそのときはしましたので、そういうことも検討されていればいいのかなと思っています。
 このとおり今日もいらっしゃっていますけれども、移住者の方が地域をよくしていくという事例もたくさんあるので、そういったことがこれからもどんどん加速していくような取組になればいいなと思っています。

八重樫部長
 ありがとうございました。移住定住の関係について、今高橋さんにおっしゃっていただいたとおり、県で取りまとめをして、しっかり政策を進めていったほうがいいということですので、そのことについては県としてそういう取組をしていきたいと思いますが、実際に久慈御出身で、帰郷された坂本さんと松田さん、先ほどのお話でも地元愛というか、いろんなお話があって、もちろん地元のよさというのも分かるでしょうし、あと外に出て、そこから見た岩手なり久慈なりのよさというところも感じられて帰郷なさったわけですけれども、その辺移住定住の話に関連して、お二人にそうしたさらに移住定住が進んでいくようになるためにはこんなことがあったらいいなとか、そういうところをお話しいただいてよろしいでしょうか。
 坂本さんから、お願いします。

坂本 梓沙
 先ほど松田さんが話されていた地域の受入体制を整えることはとても大事なのだなと思いました。移住となっても多分市内のほうだろうし、小袖地区となれば、厳しいというか、そういう現状なのではないかな。そういう現状が海女の後継者不足というか、そういうのにつながってきているのではないかなと自分は考えています。そのためには、やはり地元の人が受け入れる、当たり前のことだけれども、「よそ者」とかそういう言葉を使わないで、「よく来てくれだね」みたいな感じで受け入れることが大切だなと思います。

八重樫部長
 ありがとうございます。
 松田さんは、まさにそうした方々のサポートなり、居心地のよさというか、その場をつくろうと考えていらっしゃるのですけれども、その辺含めて、さらにちょっとお話を頂ければと思います。

松田 直美
 やはり受け入れる側というか、もともと住んでいる方が地元に誇りを持っていると、それが子どもたちにも伝わって、いい町だなと子どもが思っていくと思うので、それが大事だと思うのですけれども、年配の方たちがちょっとあきらめがちなところを、こんなにすてきだよと外から来た人が声かけたり、何か面白いことを始めましょうみたいなのができていくと年配の人も、子どもも含めて楽しい町ができていくと、言葉がちょっとまとまらないですけれども、移住も受け入れやすくいくのかなと思って、そういう場所をつくりたいなと思っています。

八重樫部長
 そして、山口さんと鬼束さんは実際それぞれ岩手県外から来られて、そのまま移住定住、山口さんも定住してくださる方向で今考えておられるという話ですけれども、実際移住定住のことに関してどのようにお考えになっているか、山口さんからお話をいただければと思います。

山口 光司
 移住定住に関しては、自分の場合は本当によくしていただいたというか、来てから村内のいろんなキーパーソンというか、この人とつながっておいたらいいという方々とつなげていただいて、恐らく人のつながりがあるとすごく定着率も上がるというか、どこか事業所とか会社とかだけの人間関係になってくるとそこだけで完結してしまうので、幅広くいろんな方と仲よくさせていただく中で残っていこうというような考えが醸成されていくのかなというふうに思っていて、そこを誰がコーディネートするのかということで、コーディネート役になってくれる方がいるかいないかというところが結構課題というか、重要だなと感じています。久慈市と普代村と協力隊の方々は結構来ているのですけれども、帰られる方も多くて、そこでなかなかいきなり来て、「じゃ、自由にやってください」と言われて、人も知らないとそこの部分がなかなか難しいところがあるので、最初の人のつながりというものをつないでくれたり、こういうことができると、こういう常識があるというのを教えてくれる人がいるといないとだとなかなか変わってくるのかなと感じております。

八重樫部長
 鬼束さんいかがでしょうか。

鬼束 拓哉
 私が移住を決めたのは、普代の人に対する恩返しで決めたのですけれども、親のようにしてくれる人たちが結構いて、その人たちに恩返しもありますし。
 ちょっと話は変わるのですけれども、先ほど松田さんがおっしゃっていた普代村、自分の地域に対する自己肯定感、ここに住んでいる誇りというか、そういったのは大切だなと思います。僕が協力隊に来た当初、「よくこんなところに来たね」とかよく言われたりして、何でそういうことを言うのかなとか自分なりに咀嚼して考えてみたら、自分の住んでいるところに対する自己肯定感というか、誇りがないからかなと思って、協力隊時代は「普代村に起こされ隊」という肩書きを勝手につくって活動していました。そうすることで、実際自分が普代の村人たちと関わることで自分自身が起こされていく、成長していくような感覚がありましたし、それを普代村の人に伝えて自己肯定感が培っていければいいなと思って、そういう名前で活動していました。
 今豆腐づくりやっているのもお金を稼がないと続いていかないというところがあるので、そこを実際自分でやって、普代村の人たちに見せて、補助金頼りにしないような考え方というか、そういったのも見せていけたらいいなとは考えています。
 以上です。

八重樫部長
 ありがとうございました。
 今様々地元の誇りだったり、地域に住んでいることへの自己肯定感みたいな話で、実際久慈とかは「あまちゃん」ファンもいっぱいいて、全国のロケ地のベストテンでも上位に来るようないろんなファンの人がいて、そういった中で地元への愛着だったり、地元への誇りだったり、そうした共感を広げていくという部分で高橋さんいかがですかね。

高橋 新
 まさに「あまちゃん」こそが地元、久慈地域に対していいところなのだよというのを教えてくれた作品で、それがあって地元の人たちが地元のよさに気づけたものだと思っています。客観的な視点が入ると、地元の人にも誇りにつながると思うので、そういう意味でも移住者の拡大というのは必要になってくるのかなと思っていまして、一つの目安として地域おこし協力隊の方々の人数というのである程度移住者はどうなのだろうなというのを見たりするのですけれども、久慈は割と少なくて、何でだろうなとふだん考えるのですけれども、移住者の方にお話を聞くと、きっかけとして東日本大震災というのが一つのきっかけになっていることが多くて、例えばボランティアで当時来ていたとか、大学でボランティアで来ていましたとか、そういうことが多いのですけれども、久慈に限って話をすると、被害というのは周辺の市町村に比べると少なかったもので、ボランティアとの関係人口というのは他の市町村に比べると非常に少ないというところが一つあって、野田村でも普代村でもそうなのですけれども、大きい大学の学生たちが定期的に入って関係人口を築いていって、移住につながるというケースも結構見受けられますけれども、久慈にはなかなかそういうことがなくて、被害がなかったというのは幸いなことなのですけれども、関係人口のつくり方というのは今後一つ課題になってくるのかなと思っています。

八重樫部長
 ありがとうございました。まだ少し時間がございますので、どんな内容でも結構ですので、それぞれ御発言等があればよろしくお願いしたいと思いますが、いかがでしょうか。
 鬼束さんお願いします。

鬼束 拓哉
 全然関係ないのですけれども、知事にちょっとお願いがありまして、三鉄のホームページやチラシを見ると、こういう行事、イベントがありますというのがあるのですが、沢山更新されているのですけれども、そこのチラシにQRコードを載せてウエブとの動線をつけるようなことをきちっとやってほしいなというところがあります。そうすることで、三鉄は「三鉄で検索」ということばかり書かれているので、その動線きちっとつくってほしいなと思い、何度かツイッター上とかで言ったりはしているのですけれども、なかなか直らないところがあるので。

達増知事
 そうですね、ちゃんと分かるように伝えましょう。

八重樫部長
 今の意見はしっかり伝えさせていただきます。

鬼束 拓哉
 お願いします。そうすると、外からのお客さんも分かりやすいと思うし。

達増知事
 はい。

八重樫部長
 ほかにいかがでしょうか。
 山口さん、山ブドウジュースの加工なり贈答用の用途別の商品をつくるだとか、様々御自分のアイデアでいろいろやられて、あと付加価値を高めて販売するとか、人件費削減とか、その際先ほどもいろんなつながりの中でいろんなアドバイスがあったというふうなお話でありましたけれども、行政のほうといいますか、市町村なり県、そういったところともいろんな御相談とかされながら進められているものでございますか。

山口 光司
 贈答用品として売っていくので、今までよく使っている瓶のスクリューキャップの普通のものでなくて、本当に使った後にずっと取っておけるような瓶にしたいのと、あとパッケージを本当におしゃれなものにしないと贈り物として贈れないので、その辺はデザイナーの方とかとやってきちんとしたものをつくりたいので、デザイン料とか、あと瓶とかをつくるのと、あと贈り物にできる化粧箱とパンフレット等、それに附属品をつけるために自己資金だと結構厳しくなってくるので、その辺の商品開発のための費用というものは助成があればぜひお願いしたいというふうに考えています。

八重樫部長
 ありがとうございます。
 知事お願いします。

達増知事
 もう10年以上前になるのですけれども、東京のほうで健康にいい食べ物、飲物を売っているというようなところに行くと野菜ジュース、フルーツジュース、しゅっとした細い瓶の中に入っていて、すごく高い値段で売られていたりする、ああいう瓶とか、あとパッケージとかのデザインというのはものすごく大事だなと思います。お安くできるところとしては、県の産業技術短大などにデザイン科があって、三陸鉄道のロゴとかいろんなのをそこにデザインしてもらったりもしているのですけれども、何かいろいろありますよね、振興局的にもそういうデザインできるところとかしたい人とかとのつなぎを。


高橋局長
 御相談いただけるとこういうところありますよということで御紹介してつなぐことができることがあるので、デザインに限らずいろんな場面でいろんな御支援があるので、御相談いただければと思います。

知事所感

達増知事
 あと地域の受入体制については、新型コロナウイルスの流行の中で差別偏見問題というのがあって、県外から来た人を差別するとか、ただ岩手の場合は、私も特にそれはよくないと、差別偏見はよくない。岩手というのは、東日本大震災やそこからの復興など、特に全国から来てもらった人に支えられて今があるし、そして今現在も復興の仕事で入ってきている県外の人たちもいっぱいいるし、震災や復興が縁で岩手に来てくれている人もいっぱいいるのだから、岩手は特に県外から来た人たちに対しては偏見、差別などせずむしろ優しく、親しくしなければ駄目だということを言っています。
 これ全国的に日本のいじめ問題のような体質との関係で構造的な問題として指摘され、そうそう、政府でもコロナウイルス対策本部の分科会の一つにそういう差別偏見対策プロジェクトチームだかを立ち上げるくらい、今国民的な問題になっているのですけれども、岩手はそういう中では比較的いいほうみたいなイメージで今捉えられているところがありますので、ぜひそういうイメージに応えていくようにしていかなければと思いますね。まずは、行政はきちっとそういうのには対応し、差別偏見は許さないというのを、これは県外から来た人とかだけではなくて医療従事者とか、あるいはスーパーで働いている人とか、そういう不特定多数が集まるところで働いている人まで家族に近寄らないみたいなことが言われたり、行われたりというのはやめましょうというのは岩手は特に強く行政のほうからも言っていきますし、逆にコロナウイルス対策でそういうところを乗り越えることができれば日本でも最もそういう差別偏見のないところというふうに岩手がなっていけばいいなと思います。
 そうですね、記者会見のときに引いた例で、源義経が平泉に若い頃に逃げてきて、源平合戦で活躍した後、また源頼朝に追われて、源義経は平泉に逃げてくるのですけれども、そういう県外から来た人材を大事にしている頃は奥州平泉もうまくいっていたのですけれども、その義経を討ってしまえということで、それで平泉は滅びてしまったわけなので、やはり外から来た人は大事にしなければならないということを言ったりしていたのですけれども、実は岩手は歴史上要所、要所で県外から来た人に大きく発展させてもらっていたりとか、近代以降近江商人によって岩手の近代経済の基本はつくられたとか、やたら外から来た人によくしてもらっている岩手県という歴史もあるので、やはりそれを踏まえやっていかなければと思います。
 また、地元の人というのも何代か遡るとそこにやってきて、そこを開拓したとか、そこに新たな仕事を始めた、商売を始めたとか、結構よそから入ってきたという人が多いので、遅いか早いかの問題にすぎないというところもあったりします。移民の問題というのは世界中でも今はヨーロッパとか、あとはアメリカの人種問題も元は黒人がアフリカからやってきたという移民の問題でもありますし、人類普遍の問題ではあるのですけれども、そこにうまくきちっと対応できた地域というのが世界の中でも頭を抜いて、一等地を抜いていい場所だというふうになっていくでしょうから、岩手は頑張りどころだと思います。
 繰り返すと、行政はそこをまずきちっと守り、あとはキーパーソンとかコーディネーターになるような人がいるといいと、新しい人を古い人とつなぐような、そういう役割もまず行政はそれをきちっとやりつつ、さらにNPOとか、あとは地域おこし協力隊やそのOB、OGの皆さんもそういう役を担っていただき、そういう輪が広まっていくとよく来てくれたね感覚というのをきちんと構造化していくことができるでしょうから、そういうふうにしていきましょう。

八重樫部長
 ありがとうございました。
 今知事からもお話があった県外から来た人をしっかりサポートしてあげる、あと高橋さんから今日お話のありました感染者ゼロを長く続けた岩手県の岩手モデルというようなところもしっかり示しながら、なお今日皆さんからお話のあった、まさに地元愛であったり、地元の誇り、そういったことで地元の人たちが生活満足度、幸福度を高めていくことが大事で、それが県外からの移住定住にもつながるというようなお話をいただきました。本当に今日はありがとうございました。皆さんから貴重なお話をいただきまして、ありがとうございます。そして、頂いた意見を県のこれからの政策等にもつなげていきたいと思いますので、引き続き皆さんよろしくお願いしたいと思います。

閉会

八重樫部長
 これをもちまして、県政懇談会を終了したいと思います。今日は本当にありがとうございました。

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