養殖生産効率化技術開発事業について(R4~R6)
1.背景
岩手県では令和元年度に久慈市でサーモンの海面養殖が開始されました。その後は県内の他の地区でも生産が始まり、対象魚種もギンザケ、トラウト(海面養殖ニジマス)、サクラマスの3魚種へ広がっています。生産量は令和元年の18トンから令和3年の570トン、令和5年には約1,800トンへと増加しています。
現在、岩手県で生産が最も多いのはギンザケですが、トラウトは解凍時のドリップが少ないなどの品質面で優位性があり、令和5年の単価においてもトラウト946円/キログラム(宮古市平均)と、ギンザケ654円/キログラム(釜石市平均)を上回る単価を示しています。
一方でトラウトはギンザケと比較して、採卵から海面移行までの種苗生産に要する期間が長い、小型サイズでの馴致が難しい、海面での成長が遅い、などの生産性の面で課題が残っています。対策として、成長の早い輸入種苗を使用することも可能ですが、種卵が高価であることや、耐病性や新たな疾病の持ち込みリスクなどの課題もあります。
本事業では、従来のトラウト種苗の生産過程において塩餌給餌や希釈海水といった塩分経験を計画的に付与することで、従来より小型での海面移行の可能性と、その際の生理反応および移行後の成長への影響を検証しました。
※本事業は「県産サーモン養殖確立支援事業費」(令和4年度~令和6年度)を利用し、岩手大学に試験委託を行い事業実施したものです。
2.材料と方法
本事業では、岩姫養魚場(岩手県滝沢市)系統の0歳ニジマス(Oncorhynchus mykiss)を供試魚とし、淡水飼育期に異なる塩分経験を付与したうえで海水移行時の生理反応および移行後の成長を評価しました。
試験1:塩分経験が海水適応能に及ぼす影響
試験1では、魚体サイズの違いによる海水適応能の把握と、塩餌給餌および希釈海水による塩分経験の有無が生理反応に与える影響を評価しました。
魚体サイズの違いによる海水適応能の把握
海水移行は7月、9月、11月、12月、翌2月に実施し、各時期に15~70尾の供試魚を海水に投入しました。それぞれの試験において24、48、72時間後のへい死数を計数するとともに、生残魚から5~15尾をサンプリングし血清浸透圧、血中Na濃度を測定しました。(7月時は24時間後のみ実施)
塩分経験の有無が生理反応に与える影響評価
塩餌給餌区では100尾の供試魚に令和4年12月6日から27日までの21日間10%食塩添加餌料を21日間給餌し、令和5年1月6日に海水投入しました。海水へ移行して24、48、72時間後のへい死数を計数し、各15尾ずつ血清浸透圧、血中Na濃度を測定しました。
希釈海水区では30尾の供試魚に令和5年1月10日から31日まで75%海水で21日間飼育したのち、2月4日に海水へ投入しました。海水へ移行して24、48、72時間後のへい死数を計数し、各5尾ずつ血清浸透圧、血中Na濃度を測定しました。
塩餌給餌区及び希釈海水区にはそれぞれ同数の供試魚を対照区として比較対象としました。
試験2:塩分経験が海水移行後の成長に及ぼす影響
試験2では、試験1で塩餌給餌処理および希釈海水処理を行った魚を対象に、海水移行後の成長への影響を検証しました。
試験1で塩分経験させた魚(塩餌処理区40尾+対照区40尾、希釈海水区10尾+対照区10尾)を、そのまま海水中で飼育し、翌7月まで概ね月1回体重を測定し、成長推移および成長不良個体の発生状況について試験区と対照区を比較しました。
試験3:塩分経験時期の前倒しが海水適応および成長に及ぼす影響
試験3では、海水移行直前ではなく9月に塩餌給餌および75%希釈海水飼育を行い、塩分経験の「前倒し」が海水移行時の生理反応および成長に及ぼす影響を確認しました。
供試魚を(1)塩餌給餌区、(2)希釈海水処理区、(3)対照区に各80尾ずつに分け、令和5年9月11日から9月25日まで(1)には10%食塩添加餌料を給餌、(2)は75%希釈海水で飼育を行い、その後通常飼育に戻しました。供試魚は11月20日に海水へ移行し、海水移行後24、48、72時間後のへい死数を計数し、各10尾ずつ血清浸透圧、血中Na濃度を測定しました。残りの供試魚((1)37尾、(2)30尾、(3)38尾)について、海水移行後の成長を評価しましたが、12月11日に水質事故が発生し、その後の成長の追跡調査は中断しました。
3.結果と考察
試験1:塩分経験が海水適応能に及ぼす影響
試験1では、小型個体ほど海水移行後のストレスが大きく、へい死率が高いことが明らかになりました。7月(平均7.6 g)では24時間後に3割がへい死し、9月(22.6 g)でも72時間までに6尾が累積でへい死しました。一方、12月(平均75.7 g)以降の魚ではへい死は確認されず、血清浸透圧および血中Na濃度の上昇幅も小さく、回復も速い傾向がみられました。
表1 各成長段階における海水適応能(海水投入後のへい死数)
|
平均体重g |
総供試尾数 | 24時間後 |
48時間後 |
72時間後 |
備考 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
|
7月29日 |
7.6 |
20 |
6/20 |
- |
- |
24時間のみ実施 |
| 9月20日 |
22.6 |
59 |
2/49 |
1/37 |
3/26 | |
| 11月9日 | 53.9 | 50 | 1/40 | 0/29 | 1/19 | 72時間後2尾瀕死 |
| 12月12日 | 75.7 | 70 | 0/55 | 0/40 | 0/25 | |
| 2月1日 |
137.8 |
15 |
0/15 |
0/10 |
0/5 |
塩餌給餌区では海水移行後24〜72時間の血清浸透圧およびNa濃度が有意に低く推移しました(p<0.01)。希釈海水区でも24時間値において血清浸透圧が有意に低下しました(p<0.01)。
淡水飼育期に計画的な塩分経験を付与することで、海水移行時の浸透圧調節ストレスを低減できることが示唆されました。とくに塩餌給餌は、海水移行後24~72時間にわたり血清浸透圧および血中Na濃度の上昇を一貫して抑制し、馴致ストレス軽減に有効であると考えられます。
試験2:塩分経験が海水移行後の成長に及ぼす影響
試験2では、塩餌給餌魚の群平均体重は対照区と大きな差は見られませんでしたが、個体別に見ると成長不良個体の割合が試験区で少ない傾向が示されました。
希釈海水魚では、試験区の方が成長が良好な傾向を示しましたが、有意差は認められませんでした。成長不良個体の割合は両区で概ね同程度でした。
海水移行後の成長に関しては、試験区の平均では明瞭な差がみられなかった一方、個体分布の観点では塩餌給餌により成長不良個体の割合が減少する傾向が見られました。
試験3:塩分経験時期の前倒しが海水適応および成長に及ぼす影響
塩餌給餌区では、海水移行72時間後の血清浸透圧が有意に抑制されました(p<0.01)。希釈海水区の血清浸透圧、血中Na濃度の推移は対照区とほぼ同様の傾向を示しました。また、希釈海水区では淡水飼育期の成長は抑制され、海水移行後1か月で対照区に追いつく傾向が見られました。
塩餌給餌においては、塩分経験を前倒しした場合であっても、効果が海水移行時点まで持続する可能性が示されました。処理タイミングを検討することで、より魚体が小さい時期におけるコストを抑えた塩餌処理が可能となることが示唆されます。一方で、水質事故により海水移行後の成長の検証が不十分であるため、追加の試験が必要と考えられます。
4.まとめ
1.供試魚の体サイズが大きいほど海水適応能が高く、海水移行後のへい死が抑制されました。
2.淡水飼育期の塩分経験、とくに塩餌給餌は海水移行後の血清浸透圧および血中Na濃度の上昇を有意に抑制し、海水移行ストレスの軽減に資することが示唆されました。
3.塩分経験した魚の海水移行後の成長促進効果は限定的でしたが、塩餌給餌により成長不良個体が減る傾向が見られ、移行後の成長安定化に寄与する可能性が示唆されました。
4.前倒しで塩餌給餌した場合でも効果が持続する可能性がある一方、海水移行後の成長については追加の検証が必要と考えられます。
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