岩手フロンティア・フレッシュトーク(平成21年7月23日)懇談記録

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ページ番号1000918  更新日 平成31年2月20日

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写真:懇談会の様子1

  • 対象地域:沿岸広域振興圏
  • 日時 平成21年7月23日(木曜日)
  • 場所 宮古地区合同庁舎
  • 出席者
    参集者 佐々木 学(広田湾漁業協同組合 潜水士)
    亀森 絢子(陸前高田市総 務部総務課行政係 主事補)
    伊藤 聡(小さな風 会長)
    元持 幸子(理学療法士)
    山崎 敏(農業)
    大堀 くるみ(主婦)
    県側
    達増知事
    高橋大船渡地方振興局長
    若林釜石地方振興局長
    田山宮古地方振興局長

「将来、私が地域でやってみたいこと」をテーマに、農業・漁業や、福祉、まちづくりなど様々な分野で活躍されている青年層の方々と知事が懇談しました。

開会

田山宮古地方振興局長
それでは、ただいまから県政懇談会「岩手フロンティア・フレッシュトーク」を開催いたします。
私は、進行を務めます宮古地方振興局長の田山でございます。よろしくお願いたします。

知事あいさつ

田山宮古地方振興局長
それでは、開会に当たりまして、知事から一言あいさつをお願いします。

達増知事
皆さん、こんにちは。皆さんそれぞれお忙しいところをようこそいらしていただきました。「岩手フロンティア・フレッシュトーク」という企画は、いわば作戦会議のようなものでありまして、それぞれの地域あるいはそれぞれの分野で活躍されている皆さんに近況報告していただきながら、岩手全体に参考になるやりとりをしたいと思っているのですが、特にこのフロンティアという言葉の意味でありますけれども、岩手を4つに分けた広域圏ですね、ここであればこの沿岸広域圏でありますけれども、そういう市町村を越えた大きな地域の可能性を追求するという意味でフロンティアであります。そして、フレッシュというところは、若い皆さんということでありまして、この広域の中で若い力をどう生かしていくかというところから、特に重点を置いて話ができればというふうに思っております。
それから、岩手県は今、新しい長期計画10年計画を今年中につくろうということで取り組んでおりますので、そういう10年後を見据えた岩手の未来の姿に参考になるような意見もいただければと思っております。よろしくお願いいたします。

田山宮古地方振興局長
それでは、本日のご出席の皆様を紹介させていただきます。名簿に従って、陸前高田市の佐々木さんでございます。
それから、同じく陸前高田市の亀森さん。
釜石市の伊藤さん。
大槌町の元持さん。
岩泉町の山崎さん。
宮古市の大堀さん。

懇談

写真:懇談会の様子2

田山宮古地方振興局長
それでは、早速懇談に入らせていただきます。
本日の懇談は、皆様から「将来私が地域でやってみたいこと」ということをテーマにして自由にご意見等をお伺いしていきたいと思っております。
最初に、自己紹介を兼ねて5分くらいで佐々木さんのほうから順番に今自分、皆さんが何をやっていらっしゃるか、そういったことを中心に紹介していただきたいと思います。
佐々木さんからお願いします。

佐々木学
広田湾のほうから来ました佐々木学です。よろしくお願いします。この名簿、広田湾漁業組合の潜水士となっておりますけれども、これ実際はカキ養殖している水産業をやっているものです。潜水士というのは、自分の養殖施設の下に、海に潜ってアンカーのロープの交換とかしているので、名刺に一応潜水士と書いただけで、それで潜水士になっています。
私は今26歳で、水産のほう、カキ養殖始めて3年ぐらいです。それまでは高校を卒業してから大阪のほうに3年ぐらい行っていました。それで、こっち、岩手に帰ってくるきっかけというか、実家がカキ養殖しているので、大阪に住んでいるときに家から結構カキとか送ってもらっていて、大阪にいる友達とかお客さんとかに配っていたら、結構評価が良かったのです。

達増知事
大きいし、おいしいし。

佐々木学
はい、そうなのですよね。それで、これからみんな年とってきて漁場を返して空き漁場が出てくるから、一緒に帰ってきて規模大きくしないかみたいなことを言われて、それで帰ってきました。それで、去年結婚して子供も1人産まれてもうすぐ1歳になります。これからどんどん頑張っていこうかなと思っているところです。
もっと話するのですか。

田山宮古地方振興局長
まだ時間あります。

佐々木学
広田湾の米崎というところでカキ養殖しているのですけれども、築地のほうではすごく評価が高くて、品質は日本一とも言われているのです。でも、地産地消とか言われている中で、岩手県内では余り流通してないというか、結構カキの単価が高過ぎて地元企業には手が出せないというか。あっちの築地とかも、東京のほうの需要が多過ぎてこっちに出す手も回らないという状況で、すごく恵まれているところでやっています。将来的にはもっと増やしてこっちのいろんなところに認知されるように頑張っていきたいかなとは思っております。

田山宮古地方振興局長
ありがとうございました。亀森さんお願いします。

亀森絢子
陸前高田市役所総務部総務課に勤めております亀森絢子と申します。私はもともと埼玉県出身なのですけれども、大学生のときに陸前高田市の生出地区というところに林業体験という大学が主催するフィールドワークで陸前高田市を訪れて、生出地区に1週間ほど滞在して林業を少しだけですけれども、体験したのがきっかけで、そこで初めて陸前高田市を知って、そしてその後林業体験がすごく印象に強く残りまして、その後卒業論文書くときに当たっても、今、日本の各地でいろんなところで行われているグリーンツーリズムのこともありまして、林業体験のことについて生出地区と都市の学生との交流について卒業論文で書きまして、そういったことからこちらの陸前高田市のほうに移住したいなと思って、それがきっかけで市役所を受けて、今陸前高田市で暮らしています。

達増知事
この間、生出に行って、毎年毎年の立教大学の皆さんの寄せ書きとか残ってあるものを見てきましたよ。炭の小屋みたいなところ。

亀森絢子
そうです。今やっている仕事は、市役所で統計の仕事を担当していまして、統計の調査員の方に、ちょうど今は経済センサスという調査がありまして、こちらの調査をやっている状態です。統計以外にも区長さんに対して区長文書を発送するのをしたり、あと庁内の郵便関係の仕事をしていると、それが主な仕事の内容です。

田山宮古地方振興局長
では、伊藤さん。

伊藤聡
釜石から来ました「小さな風」という会の会長をしております伊藤と申します。うちの会なのですけれども、平成16年にできて、今は6年目になる会なのですけれども、釜石と大槌の若い我々20代、30代ぐらいのメンバーが集まって地域を元気にできないか、小さな風を吹かせられないかなということでできた会なのですけれども、基本的にそれぞれメンバーが集まって何かしたいということで、いろいろと毎年いろんなことをやっているのですけれども、主に「あつまれえがお」という子供向けのイベントをやっています。釜石にシープラザ遊という大きなテントがあるのですけれども、そこに手づくりでいろんな遊ぶコーナーをつくって、子供たちと一緒に遊んだりとか、あと平成20年にはお産フォーラムというのを開いたり、その時々にこういうのをやりたいねというのをやりながら一度地域を元気にする活動を続けている会です。
自己紹介ということなので、私は本業は自営なのですけれども、私も含めてみんなそれぞれ勤めているメンバー、空いた時間、仕事が終わって夜に集まったりとか、土日に集まったりとか、小さな活動ではあるのですけれども、最近はお陰様でこういったところにも呼んでいただけるような感じで評価を受けていまして、ありがたく思っています。
さっき1歳になる子供がいるということを佐々木さんからお話がありましたけれども、私も先月子供が産まれまして、新人のパパです。よろしくお願いします。

田山宮古地方振興局長
ありがとうございました。元持さんお願いします。

元持幸子
皆さん、こんにちは。大槌町から来ました元持幸子といいます。ちょっと名字のほうが珍しいのですけれども、沿岸のほうに住んでおります。
私は、現在は大槌のほうにいるのですが、今年の4月まで2年間コスタリカのほうへ青年海外協力隊、JICA、よく聞かれると思うのですが、それのプロジェクトに参加していました。職種は理学療法士として今回2年間コスタリカのほうで活動してきました。その中で、理学療法士というのはリハビリテーションというふうな大きなくくりにはなるのですけれども、地域全体を活性化させようとか、障がいを持ったお子さんたち、障がいを持った青年の方、また高齢の方も住みよい地域をどういうふうにしていったらいいかなというふうな、そういった形のプロジェクトに関わってきました。やはり今現在帰ってきて、4月に日本に戻ってきたばかりで、少し日本の部分を見る視点というのがまた違った形で新鮮に見えたり、驚きであったり、素晴らしいところ、あっ、どうしてこうなったかなというふうな、そういったところという別な視点ができたというのは今回のこの派遣では大きな意味があったかなと思いますし、またこのようなことでお話を受けたので、そういったことも皆さんとお話しできたら嬉しいなと思います。
そこで、外に出たからこそわかったこと、また自分のふるさとというのがすごく大事に思えるというのが最近の私の率直な感想です。この3カ月間いろいろなところでお話しをさせていただく機会があったのです。地域の婦人会の方であるとか、高校生であるとか、先日は大槌町の国際交流協会の皆さんからお声をかけていただいて私が感じたこと、いいところというところをお話しさせていただきました。今そういった活動をしています。
あともう一つ、コスタリカという国では自然と開発の部分をうまく共存させているというところで、世界の中で今幸せ度の評価が出たのです。その中で1位をとったのがコスタリカだったのです。でも、そこにいた私が思うことは、やっぱり自分の生まれたここも自然もいっぱいあるし、人もいいなというところで、やはり素晴らしいところではないかと思うのですが、そういったところをどういうふうに、外から出た者ですから伝えていけたらいいかなというのが私の今の課題でもありますし、何かそういったアクションを皆さん、地元で頑張っている皆さんに逆に教えていただきたいなと思っている今日このごろです。よろしくお願いいたします。

田山宮古地方振興局長
ありがとうございました。山崎さんお願いします。

山崎敏
こんにちは岩泉町から来ました山崎敏です。ここに農業と書いてありますが、私のうちでは酪農をしておりまして、20ヘクタールの畑がありまして、そこにホルスタイン種60頭を飼育していまして、日量で800リットルの牛乳を生産しております。
私は、高校までは地元の岩泉高校で普通の科で勉強していましたけれども、卒業後なのですけれども、金ケ崎町にあります県立農業大学校に進学をしまして、そこで3年間ですごい自分の農業に対する人生観というか、変わったなと思いまして、そこで目覚めたというか、農業に目覚めたといいますか、そこで勉強もすごくしまして、その後なのですが、北海道の別海町という北方領土が見えるほうなのですけれども、冬はマイナス20度、雪が降ると吹雪で道路も閉鎖されて、どこにも行けないような場所だったのですけれども、そこで1年半ほど酪農実習、農家さんにいまして、平成14年に就農しまして、今年で7年目になります。
あと就農と同時にですけれども、実習先の隣で実習していた彼女がいまして、そこで知り合った彼女と一緒に、就農と同時に結婚しまして、現在子供が3人おります。地元に帰ってきて酪農のことで地元に褒められたことはないのですが、嫁さんを連れてきたことだけはすごくみんなに褒められる、そういう感じで現在酪農しておりますし、あとうちは両親とおじいさんがおりまして、4世代8人の大家族で農業をしております。
あと私の住んでいます岩泉町の小本の大牛内という国道45号沿いなのですが、畑が350ヘクタールある、岩泉町では考えられないような地域がありまして、そこですごく畜産が盛んな場所で農業をしているわけですが、遊休地がないのです。みんな規模がどんどん大きくなっていって、岩泉町内で見るとたくさんあるのですけれども、ここの大牛内地区だけは遊休地がない、そういう地域になっております。そういうところで今やっていますので、この先の規模拡大というのがなかなかできない状況にあります。
あと日頃の活動なのですけれども、町内酪農家5軒、みんな年上なのですけれども、みんな30代後半から40代の人たちを相手に私が代表を務めている岩泉ET研究会という研究会をつくりまして、ちょっと専門的な話になりますけれども、和牛の受精卵を活用して、少しでも販売額を上げようという取り組みをしまして、そういうので町の中で普及をできればなと思って、今現在4年目になりますし、今年その活動発表が1月にアグリネットワーク2009で発表しまして、評価されまして、最優秀受賞、県知事賞をいただきまして、今年11月に東北大会がありまして、そこに行って発表して、できれば3月の全国大会までいって、少しでも明るい話題を持ってこれればなと思っております。
あと後継者対策としまして、昨年度からなのですけれども、北海道のホルスタインナショナルショウという牛の品評会があるのですけれども、昨年から私たちのグループで2頭ぐらいずつ連れて行ったのですけれども、そこに後継者を連れて行きまして、北海道の有名な酪農家の息子たちと一緒に競えるリードマンコンテストというのがあるので、そういうのにも去年から参加をさせていただいています。北海道に牛を連れて行く、いい牛でないといけないというのとすごく経費がかかりますので、町にしゃべってもなかなか予算をとってくれないというか、それで認定農業者の関係で、去年は担い手の協議会から少し予算を出していただいて、すごく助かりましたけれども、そういう後継者対策を毎年継続してやっていければなと思っております。今年は牛の選定中ですが、今年9月にあるので、何とか行ければいいなと思っております。今日はよろしくお願いします。

田山宮古地方振興局長
ありがとうございました。大堀さんお願いします。

大堀くるみ
皆さんのお話を聞いていますと、いろいろと地域のためになるようなことをなさっているなと思いながら聞いていました。私が普段していることはそんなに大きなことではないので、ちょっと気が引ける部分はありますけれども、よろしくお願いします。
大堀くるみといいまして、今30歳で2人の子供がいます。上が小学校2年生で、下が今保育園の年長なのですけれども、3年ほど釜石のケーブルテレビで働いておりまして、その後契約終了しました。釜石のケーブルテレビで働いていたときは、正直言って子育てというのはほとんど人任せでした。7時半ぐらいに宮古を出て、帰ってくるのがもう9時、10時という感じだったので。宮古で一日暮らすということになって初めて地域のこと、子供のことに向き合うようになったという感じです。
さて、仕事が終わりました、どうしましょうとなったときに、子育てをしながらその範囲でできることは何だろう、そして今まで自分がやってきたことを生かせることがあるかなと思って、司会業だったり、時々番組に関わらせていただいたりとか、そういう仕事を少しずつしているところです。
そして、活動といいますか、宮古にミニFM、今コミュニティーFMにしようという活動があるのですけれども、NPO法人のいわてマリンフィールドで今運営していまして、私が関わり始めたのが一昨年の冬ぐらいだったと思うのですが、去年一通りいろいろと放送して、今年から定期的に放送していこうという、そういう段階です。
最初はとても軽い気持ちで、ラジオをやってみたいという気持ちで始めたのもありまして、やっていくうちにやはり今のところ一部のものでしかなく、これから続けていくにはちゃんと地元の人に必要とされるものでないといけないなというのはすごく感じているところで、それぞれの、ボランティアですけれども、パーソナリティーの人たちの勉強していかなければいけない部分、地元の人たちに必要とされる、例えば広告を出しても意味があるようなものであるかとか、そういう部分も含めてこれからはもっともっと成長しながらきちんと地域に認められるようなものになっていけばいいなと思って関わっているところです。
あとは地元のイベント、お祭りなどに司会という役割でボランティアで参加をしてみたりだとか、あとはバンドをやっていまして、そういう活動を通して地域、宮古、釜石で活動している音楽をやっている人たちが集まってイベントをするときに、MCで参加するときもありますし、あとは出演という形とか、いろんな形で盛り上げていこうという関わり方はしています。
基本的に自分の興味があることに首を突っ込んでいることでしかないのですけれども、ずっと通して言えることは、田舎だから主婦がいて、子供がいて、ちょっと身動きがとれなくて大変だからとか、そういう環境でもあきらめないということをずっと考えてやっています。結構周りには「そんなことよくやっているね」と言われるときが多いのですけれども、でも地元でずっと長く暮らしていくためにはしたいことをできる、いろんなことにチャレンジできる、例えば岩手なら盛岡に行かなくても、日本だったら東京に行かなくても何か自分のしたいことに少しでもチャレンジできるという何かそういうものをつくっていけたらいいなとは思っています。そういう感じでしょうか。よろしくお願いします。

田山宮古地方振興局長
ありがとうございました。一回りしましたので、この辺で知事のほうから一言。

達増知事
フレッシュトークということで大変若々しい近況報告だったと思います。何か大きな壁にぶつかっているというのではなくて、どんどんそういうのを乗り越えながら前進している感じがうかがえて、大変素晴らしいなというふうに思いました。基本的にその調子でやっていただきたいと思います。
あとはもう一巡の中で。

田山宮古地方振興局長
皆さんから自己紹介をしていただきましたけれども、今度はこれから自分がどういうことをしていきたいのか、それぞれの皆さんどういう夢をお持ちなのか、その夢を実現させていくためにはどういう課題があるのか、それをどうやって乗り越えていこうとしているのか、自由で結構ですので、また佐々木さんのほうからお話しお願いします。

佐々木学
これからの夢というわけではないのですけれども、農業は水産の10年ぐらい前を行っているような感じがするのです。だんだん場所が空いてきて、企業が入ってきてとか、今若い人たちを斡旋しているとか。その10年後ぐらい結構水産が同じようなことをやっているかなという感じがするのです。
今若い人たちをどんどん雇ったりとか、興味ある人どうぞみたいな感じでやっているので、もし10年後ぐらいにはやっぱりこの広田湾でいいカキとかとれるから、やってみないかみたいな、10年後ぐらいになると同じ地域でも後継者がいなくてやめる人も結構半分ぐらいいるので、そういうときにいいものをつくって岩手ブランドでこういうカキ出しているのですみたいなアピールしていけば興味持ってやってくれる人がいるようなカキつくっていると思うので、そういうふうにして。うちでは4人か5人ぐらい毎年人を雇って、地域の人たちなのですけれども、そういうところで雇用も生まれるので、もっと地元を元気づけさせるためにもそういうところをちょっと頑張っていこうかなと思っていました。
それとなのですけれども、カキは養殖でやっているのですけれども、自分たちでえさをあげるのではなくて、自然からもらったりするので、そんなに手がかからないといえばかからないのですけれども、広田湾では結構大きな問題がありまして、津付ダムわかりますよね、エスポワールいわてで大規模事業評価委員会やっているところなのですけれども、あのダムができると湾全体で結構大きなダメージが出るみたいなことを水口先生という大学の先生を呼んで勉強会したときに教えてもらったのです。
今カキは広田湾全体で7億7,000万円ぐらいやっていて、ダムが悪いのではなくて、建設とかするあたりに水が濁ったりとか、あと大雨で褐色の水が来ると結構カキは弱くて死んでしまうとかあるのです。それで、できればなのですけれども、ダムの工事を止めていただきたいと、言いにくいのですけれども、よく調べると津付ダムというのは穴あきダムで、そんなに洪水対策にもならないようなダムで、河川改修工事したほうがいいのではないかなということも言われていて、そうすれば海のほうでも影響は少ないので、うまく言えないのですけれども。例えばダム工事をするとサケの遡河回遊、帰ってくるのがちょっと減るので、広田湾は養殖も有名なのですけれども、定置網とかで結構生計が成り立っているのです。定置網でもサケが4億7,000万円ぐらい去年とれたのですけれども、そういうところでも帰ってくるサケの確率が減るとダメージが大きくなるというか、安心して養殖できないような、今後そういう感じになってくると思うので、そのダムをつくってもいいのですけれども、できればダム建設前に環境評価とか、あともっと住民に説明とかしてもらったら助かるのです。環境評価してもらえれば、例えば10年後ぐらいにダムできて、湾全体に影響が出たときに下手すれば裁判とかで争ったりするときに事前に環境評価とかしてもらえばすごく助かるなと思って、そういうことを言いに来ました。

田山宮古地方振興局長
どうですか、大船渡の局長。

高橋大船渡地方振興局長
津付ダムについてはさまざまな議論がされております。ただ、先ほど佐々木さんもおっしゃったように穴あきダムということで、普段は流れてきたものをそのまま下流に流してやるのです、水は貯めませんので。だから、洪水以外のときはダムがあってもなくても同じなのです。ただ、穴の大きさが限られていますので、洪水になったときはその穴から出る分しか流れない。その分はダムの上流部で水がたまるということなのです。洪水が終わった後は、たまった水も全部自然に下流に流れていくという仕掛けのダムなので、従来みたいに水を貯めるダムよりは環境への負荷は少ないだろうというふうに考えられています。
そういうことで、洪水に効かないのではないかというお話しされましたけれども、これは穴の大きさによって洪水に効くか、どういうふうに効かせるかということだと思っていました。ただ、そうは言っても環境への影響というのはゼロとは言い切れないお話しかなということで、つくった場合に果たして海までどういうふうに影響が出るかというのはなかなか難しいところではあるのですけれども、できるだけ我々もできるデータはお示ししながら、あるいは今まで検討したデータもいろいろありますので、それもお示ししながら、説明は一生懸命沿川全体で説明会なんかもやっていますけれども、漁業者の方までまだ手が回っていない部分があるのかなということで、これからも説明はさせていただきたいと思いますし、必要な調査はどんどんしながら説明させていただきたいというふうに思っていました。
今のところ言えるのはそれぐらいです。

田山宮古地方振興局長
どうですか、今の説明で疑問点は大分解決されましたか。

佐々木学
漁協の組合長がどっちかというと反対しない派なので、最近漁民のほうが自分たちで勉強するようになったりとか、そういう説明が今まで余りなされていなかったというのもあるし、広田湾は岩手県側と宮城県側の唐桑半島もあって、あっちのほうへも多分影響出るだろうみたいなことが言われて、唐桑の人も結構興味持って最近参加するようになったので、そちらのほうへも説明とかしてもらったほうがいろいろ助かるかなと思っております。
あとこれ水口先生……、水口先生というのは東京水産大学の先生なのですけれども、勉強会開いたときの資料を一応持ってきましたので、DVD-Rとかに焼いて。知事も見ていただければと思って持ってきました。

田山宮古地方振興局長
いずれ疑問に思ったことはどんどん普段から大船渡の振興局のほうに出していただければ、解決すると思いますので。ということでよろしいですか。

佐々木学
はい。

田山宮古地方振興局長
亀森さんお願いします。

亀森絢子
これからの自分の夢といいますか、目標というのはやっぱり陸前高田だけではなくて地方の市町村で抱えている問題として、過疎化という問題が大きくありまして、若い人が東京やこちらですと仙台など都会のほうに行ってしまって、若い人たちがなかなかいないというのは、こっちに、陸前高田に越してきて本当にそのとおりだなというふうに買い物をしていても大学生とか、私と同年代ぐらいの20代の若い人が本当にいないのだなということがすごく強く感じたことで、やっぱり地域を明るくするためには若い人たちがいないというのは大きなことなのだなと強く感じていますし、陸前高田の駅をおりまして、目の前にあります駅前の商店街が本当に閑散としていまして、地域、地方が抱える問題がそのまま陸前高田にあるのだなというのを強く感じたので、やっぱり若い人たちが高校を卒業した後、大学は東京に出ていったとしても、その後戻ってきたいと思えるような地域づくりというのが必要なのだなというふうに強く感じましたので、この先地元の人たちが帰ってくるだけではなくて違う地域からも陸前高田に人が訪れて、そこに就職して住みつくような人たちがもっと増えればいいなというのがすごく感じているところです。
私も大学のときに陸前高田市というのを初めて知ったので、周りの友達に就職先どこなのと言われて、岩手の陸前高田だよと言っても通じる人というのは全然いなかったので、やっぱり陸前高田という名前を周りに知ってもらうというのもこれから実現していきたいものだと感じています。それを実現するに当たっての課題としては、やっぱりまだこちらに越してきてまだ3カ月ぐらいしかたっていないのですけれども、地域のことをもっとよく知るためにいろいろと区長さんの関係ですとか、調査員さんとのお仕事の関わりを通してもっともっと地域のこと、細かいことを知っていきたいなというふうに思っています。

田山宮古地方振興局長
きょう午前中、他の地域から岩手にいらした方との懇談会があって生川さん、自然農園をやっていらっしゃる生川さんがきょう午前中いらして、生出地区の魅力で生出に入ったというお話がありました。亀森さんも生出地区の魅力に引かれて来たわけですよね。

亀森絢子
はい。

田山宮古地方振興局長
若い人が戻って定着できるようになればいいわけですけれども、生出地区の魅力というのはどういうところでしたか、若い人たちを引きつける生出地区の魅力というのはどういうところなのでしょう。

亀森絢子
関東で暮らしているときは周りに自然が全然なかったので、生出の自然はすごく近くにきれいな川が流れていて、まずそれが私がすごく気に入ったところで、あんなにきれいな川がすぐそばに流れているというのはとても感動したことで、あと地域の人たちが本当に皆さん優しかったというのが大きいですし、炭の家で滞在している間に地元の人たちが川で釣った魚ですとか、自分の家でとれた野菜とかというのを差し入れたりしてくれて、こういった自然豊かなところに囲まれて暮らしているというのはすごく魅力的だなと思いました。また、地域の人たちがすごく明るくて、自分たちの暮らしに自信を持っているなというのがすごく魅力的な点でした。

田山宮古地方振興局長
ありがとうございました。伊藤さん、お願いします。

伊藤聡
これからの自分の夢ということなのですけれども、自分というか、「小さな風」の中で自分がやってみたいなと、これから思っていることをちょっと言わせてもらいたいのですけれども、私は自然と関わるような活動をぜひやっていきたいなと考えていました。岩手全体もそうですけれども、釜石も海もあり、川もあり、山もあり、すごく自然が豊富なので、そこら辺を子供たちと一緒に活動できたらなと、漠然とですけれども、まだ考えていまして。というのは、自分もそうだったのですが、小さいときというのは山に行って基地をつくって遊んでみたりとか、海で泳いだり、川で遊んだりとか、釣りもしたりとか、そういうことをしていて、もちろんうちらが小学校のときはファミコンもありましたので、ゲームもいっぱいしましたけれども、でも覚えていることというのは自然と関わったことというのがすごい思い出に残っているのだなと最近思っていました。
私は釜石南高校を出て、仙台のほうに進学したのですけれども、終わってすぐ釜石に戻ってきました。というのは、戻って来たくて戻ってきたのです。そのときには普通に戻ってきたのですけれども、やっぱり戻ってくるということは、釜石が好きだったから戻ってきたのだろうなと思っていまして、そういう今の子供たちと一緒に自然と関わっていい思い出をつくる活動をすれば、今の子供たちも、高田もそうでしょうけれども、うちも高校の上がないので、釜石には。進学する場合は必ず釜石から出るのですけれども、ぜひ終わって戻って来たくなるような、そういう思い出をつくりたいなと考えています。
今年からうちで市民農園というのを借りて、1区画幾らというのを借りて、畑をつくり始めたのです。みんな農業全く素人で、この間見に行ったらキュウリも全然なってなくてとか、ジャガイモとかそういう簡単なものはできていたのですけれども、そのぐらいのうちら素人がやっているものなのですけれども、そういう活動を続けていって、またさっきも言いましたけれども、今うちの子供もまだ首も据わっていない状態なのですけれども、一緒に外で遊べるようになったら一緒に畑に行って泥んこになってみたりとか、そういうのをやっぱりやりたいし、自分たちの子供のころが本当に楽しかったので、だからそういう感じのことをやっていきたいなと考えておりました。

田山宮古地方振興局長
この間バトルトークを開催したと新聞に出ていましたけれども、若い人たちも入ってのバトルトークなわけですね。

伊藤聡
バトルトークというのは、うちの「小さな風」のメンバーで集まって、毎年テーマを設けていろいろ話すのですけれども、バトルトークという名前ですけれども、俗に言うワークショップで、各テーブル分かれて、今回「希望」というテーマでやったのですけれども、うちのメンバーは基本的に30代くらいのメンバーと、あと今回釜石のほかの団体、結構そっちは高齢の方が多い団体なのですけれども、あと局長を初めアドバイザーの方にも来ていただいて、「希望」というものを語り合いました。

田山宮古地方振興局長
そういうときに、先ほど亀森さんから話のあった若い人たちが戻ってこれる、若い人たちが定着するにはどういうことが必要かというお話にもなるのですか、町の魅力というような話で。

伊藤聡
町の魅力というのはやっぱり出てきますね。そこはやっぱりみんな共通のテーマ、共通のキーワードというのがやっぱり出まして、新聞にも出ていたと思うのですけれども、つながりというのが大事だなというのはみんな実感したみたいですね。

田山宮古地方振興局長
つながり。

伊藤聡
というのは、この間のが結構年の離れた人たちの交流だったので、余りそういう機会がなかったので、そういう年、先輩方に学ぶこともすごくいっぱいあったので、そういった意味ではつながりというのが大事なのではないかなというのが出ました。

田山宮古地方振興局長
我々が考えるには雇用の場の確保などという面を、行政的に物を考えるのですけれども、そのつながりということが出てくるわけですね。

伊藤聡
そうですね、出てきました。

田山宮古地方振興局長
では、元持さんお願いします。

元持幸子
私も皆さんの話を聞いて、納得、納得というところがすごく多くありまして、やはり地域が元気になってほしいという思いがすごく根底にあります。その中で、今自分ができることはというところと、やはりどうしても沿岸地域、高校を終わってしまうと、高校から外に出る人も多いのですが、次のステップとして、どうしても家を出てしまう。仙台なり、東京なり、また私のように海外に行ってしまったりとかしてしまう方が大半だと思うのです。戻ってきたいと思っていてもなかなか戻れない、その理由がやはり雇用の問題もあると思うのですけれども、何でしょう、やりたいこと、情熱はあるのだけれども、やはり人材の部分、経済的なところ、チャンスをこれから求めたいといったときに、そういったところがいっぱい来るところにやはり若者は集中してしまうのだなというのは、私自身もそうだと思うので、何か地元に戻りたいのだけれども、そういった基盤が、もう少し後押しが欲しいなというのが正直なところです。
高齢化社会が進んでいるのですけれども、高齢者に対してはいろいろな保険とかあるのですが、若者に対してのそういうサポートであるとか、リーダー育成というふうな点では何かあったらこういった若者たちのこういうグループであるとか、そういった人たちがもっと力をつけていける、さらにつながりが大事といったところで何かつながりができていくかなと思います。やはり外に出なければいけない、外ではないのですけれども、でもやっぱり自分が戻ってくる場所はあったり、そういった地元のいいところ、戻ってこれる人はすごくラッキーだし、自分で能力を持っていたり、そういったのもあるのでしょうけれども、それまでもいかない人たちがすごくいっぱいいると思うのです、戻りたいけれども、戻れないという。その中でも何か地域とのつながりというのは別な形で、実際に戻って住むではない、別な形のつながりというのもできるのではないかなと思いました。それを今模索はしています。やはり人づくりというところで、今自分ができることというと経験を話したり、小学校、高校とか、そういった話をして地元のいいところ、すごいところ、何か自慢できること、みんな誇りに思ってもらいたいなと思ったのです。やはりお話しとかしていて、何かいいところないですかといったときに、地元の方は普段あるものなので普通なのですよ、すごいきれいな山があって、海があって、カキがあって、でも地元の人はその価値というところが普通なので、これはすごく幸せだなと思うのですけれども、そこにもっと自慢していいと思うのです。東北人のいいところでちょっと控えめだったり、優しいところはあるのですが、やっぱりこれはうちのいいところですというふうに自分のアイデンティティーではないのですが、すごく自慢していいと思いますし、本当に誇りに思っていいのではないかなと思うのですが、やはりちょっと控えめだったりするのです。魅力はすごくあるのですけれども、アピール力とか、本当に若い人というところのパワーがもうちょっとあったら嬉しいなと思うところが今日この頃です。

田山宮古地方振興局長
午前中の懇談会でも岩手の人の情報の発信力が弱いのではないかというようなお話をいただきましたけれども、そういったところですね。

元持幸子
そうですね。

田山宮古地方振興局長
1つお聞きしたいのですけれども、JICAに行こうとしている人たちが周りにもいるわけですか、そういう人たちへのアドバイスということはどういうことがありますか。

元持幸子
職種はいろいろあると思うのですけれども、自分ができること、自分と真っ正面に向かい合うということがすごく大事な部分になると思うのです。どうしても外国人が1人行ってしまう、私の場合も地域に日本人は私しかいなかったので、逆を言ったら私ですし、プラス大槌ですし、プラス岩手県、日本というふうな形で背負ってしまう部分があるのですよね。ですから、そこの中で自分の無力さも感じますし、でもすごくいいところも伝えたい、日本のイメージ、岩手のイメージ、そういったところをうまく周りの人に伝えていく、そういった強さといいますか、いい面、悪い面、見る力と自分をアピールではないのですけれども、そういった地域の代表というところでうまく皆さんとコミュニケーションとっていくということが大事かなということをアドバイスさせていただきたいと思います。

田山宮古地方振興局長
それがまたJICAというか、海外支援の魅力なわけですね。

元持幸子
そうですね、JICA、青年海外協力隊、お金を出すわけではないので、私自身がお金を出して物をつくるわけでもないし、ダムをつくったりするのですかとよく言われるのですけれども、そうではなくて、私自身が地元に溶け込んで、その中で、その人たちが本当に必要なことであるとか、声を一緒に聞いて考えていくというふうなプロセスをとるというのが仕事のベースになります。ですので、その人たちが持っている力を逆に外から来た人たちがいいものを持っているというふうに言ってあげるだけでも大きな変化が出ていくという、そういったことでのボランティア活動ですね。物ではないというところでした。

田山宮古地方振興局長
そういうのを今後若い人たちのつながりをつくる中で生かしてもらえればいいですね。

元持幸子
そうですね。

田山宮古地方振興局長
ありがとうございました。山崎さんお願いします。

山崎敏
私の今住んでいる大牛内地区というのもすごい農業が盛んな地域ではありますが、やっぱり高齢化が進んでいまして、私は今30歳ですけれども、農業者としては一番若いのです。若いし、その下が育っていない。40代になっても若い者だとしゃべられると思うのですけれども。
350ヘクタール草地があるわけですが、そのうち50ヘクタールを岩泉町が所有しています、農業振興公社が利用していまして、そこで山のほうの人たち等に対して自給粗飼料を生産して販売をしております。それがあるから助かるなと思うのですが、自分たちも今の規模では雇用も使えない、ただ、今の労働力も厳しくなってきている。なかなか中途半端な規模から抜け出せないでいるのです。また、山のほうに行きますと遊休地はたくさんあります。農業者もどんどんやめております。そうした山のほうの方々の支援として農業振興公社はやっていると思うのですが、私のお願いとしては、私の地域にある畑は農家に貸し出して、山のほうにある遊休地を公社がどんどん活用して農業を振興していただきたいというのが私の希望です。そうすれば遊休地も解消されて、大牛内地区の方々も規模拡大して、また雇用が生まれる、一石二鳥ではないかと思うのですが、なかなかそういう農業振興公社がやっていることというのは、うちらの規模も抑えて、山のほうの人たちもそこから餌を買えるのであれば自分たちは自分の地域で牛の餌をつくらない、そうすれば遊休地はどんどん増える、そういう逆に今進んでいるので。
ただ、農業振興公社も、岩泉町の考える粗飼料を生産しようという、この理念は間違っていません。本当にこれは絶対これから必要なことでありますし、ただやり方を変えていただきたい。ただ、私のような若輩者が岩泉町に行ってしゃべってもなかなか何も変わりませんので、ここで何とか方向転換しないと10年先、20年先、本当に農業者は多分岩泉町、今農業で頑張っていると思いますが、多分もうやばい状況になるのではないかなと思います。雇用を入れる事で生産者という立場から経営者という立場にもう転換していかないと、年とっても雇用を入れて農業を続けられる規模に持っていかないと、今の家族経営だけでやっていたのでは、まず農家はなくなります。そういったことから、まずは方針の転換ですか、考え方は間違っていません。そのやり方をですね、そういった中で、岩泉町では普代村の遊休地を活用してトウモロコシ、牛の餌をつくっているみたいですが、そんなほかの市町村の遊休地を活用しなくてもいいのではないか。地元にたくさんある遊休地を何で活用しないのか、本当に疑問に思っております。
そうすれば私たちの地域もどんどん規模拡大が進みますし、遊休地も解消されれば、そうなったら地域として盛り上がってくるのではないかなと思いますし、また農業振興公社、私たち農家が絶対持てないような立派な機械たくさん持っていますので、それをフルに活用していただく、その辺を県の農政部であったり、きちっと指導なり監視をしていただきたいなと思います。本当に10年先、20年先となると、私たちが主として地域を引っ張っていかなければいけない時代になると思うのですが、そこで仲間がいないのでは私もどうしようもないので、ある程度仲間が残っていただければ本当に助かりますし、雇用も生まれてどんどん人が集まってくると、それが例えば都会からのアルバイトもあります、そういうのも入れてお嫁さん対策になりますし、すべてがうまく回っていくような流れに持っていきたいなと考えて、それが私が北海道で実習してきた酪農家のその周辺がそういう形ですごい道外からの研修生、都会ですね、関東、関西からもアルバイトの女性たちもたくさんいまして、すごく地域として、生き生きとして、そしてその方々が意外とお嫁さんになる、そうすれば子供も増える、学校もなくならない、すべてにつながってくるのではないかなと思っておりますので、何とか方法、やり方を考え直していただきたいなと思っております。

田山宮古地方振興局長
大牛内の50ヘクタールというのはある程度まとまりのいい農地なのですか。

山崎敏
農業振興公社は大変立派な機械を持っていますので、農家が1ヘクタールの畑やっていれば農業振興公社は5ヘクタールとか、大きな畑を大きな機械でやっているのですけれども、それだったら、それを農家に貸して、農家が大変そうな傾斜があるとか、圃場が悪いようなところを逆に借り入れてやるとか、高齢者の人にあんな坂をトラクターで登ってかわいそうにとか思わないのかと、そういうのも農家支援という形でもあるのではないかなと思います。ただ、大牛内育成牧場という、農家から育成牛を預託受けている牧場がありますが、あそこも規模がだんだん縮小していますので、50ヘクタールなんて要らないのではないかと、今でも余って販売していますので、何とか大牛内地区を衰退させないような方法で考えていただきたいなと。
酪農家は町内に50軒ありますが、10軒大牛内地区にあります。その10軒で岩泉町の3分の1の生乳を生産しておりますし、和牛農家さんも岩泉町で100軒ありますが、大牛内地区に15軒あります。その15軒で岩泉町の和牛の子牛生産の3分の1を生産しております。そういう伸びる地域を伸ばしていかないと、やはり先が見えてこないのではないかなと思います。

田山宮古地方振興局長
公社が持っている大型機械をフルに活用させるには平らなところでなければ稼げないでしょうからね、公社としてもまた苦しいところもあると思うのですよね。

山崎敏
農業振興公社というのは方向転換して、NPO法人にしてもいいのではないかと思うのですけれども、営利は、利益は求めない、農家支援に徹する、そういう形でやっていただければいいのではないかなと考えております。逆にいえば大きな機械のほうが安定感があって小さい機械よりは傾斜なり安全ではあるのですが。

田山宮古地方振興局長
ただし、まとまった農地でないと大きな機械は稼ぎづらいでしょうからね。
山崎さんは農作業体験の場も子供たちに提供しているそうですけれども、その感触はどうですか。

山崎敏
まず、来たいという方々はとりあえず教育の観点から引き受けるようにしております。2年前には修学旅行生が仙台から来ましたけれども、全然牛とかに触れ合ったことがなくて、最初は臭いとか言っているのですけれども、やっぱり触れ合う機会がないのか、すごく喜んでやっていくのです。最近思っていることなのですが、出前教育みたいなこともやりたいなと、牛を学校に連れて行って、子供たちに牛乳を飲んでもらうには牛のことをわかってもらわなければならない、牛乳はこういうふうな効果があるのだということをわかってもらう。意外とお店に行って、売っている方に牛乳ってどういう効果あるのですかとか、牛肉って何なのですかと聞いても意外とわからない販売者がいるのです。やっぱり販売する方であっても、生産する方であっても自分が扱っているものに関してはスペシャリストであってほしいというのが、岩泉乳業も結構大変な経営状況にありますが、今度ここへ行ったら、牛乳はどういう効果があるのですかと聞いてみようと思っているのですけれども、多分わからないのではないですかね。やっぱりそういうところがわからないと、次の販売のマーケティングですね。沿岸部はマーケティングが弱い部分がどうしても熟知していない人たちが多いので、私も全然熟知していませんけれども、宮古振興局で主催しましたトップスクールであったり、牛塾等に参加しまして、マーケティングについてすごく勉強しております。

田山宮古地方振興局長
では、大堀さんお願いします。

大堀くるみ
これからどういうふうになっていけばいいかなというのは、個人的にいろいろなことにボランティアなんかで関わって思うのが、新しい人が入っていきにくい環境だなというのをすごく感じています。今ボランティアをしている人たちがすごく仲よくて盛り上がっている、だからそこに入っていけないというのもなくはないと思うのですけれども、釜石に行っていたときは番組で告知をするためにいろいろな情報を集めるわけです。そうすると「小さな風」の「あつまれえがお」だとか、そういうイベントが、情報が入ってくるけれども、宮古に来て、いざ自分がそういう情報を入手する側になるとないのです。すごく釜石ではいっぱい小さな団体が頑張っているというのを見てきただけに、宮古でもたくさん多分あるのだと思います、そういう団体は。ただ、それがわからないというのと、あとはほかの地域、宮古だけではなく山田、大槌、釜石、あとは南のほうの大船渡とか高田とか、そういうところの頑張っている人たちの情報というのをもっと発信してあげられるものがあればいいのになとすごく感じます。
そういうイベントなんかもそうですけれども、農業だとか、漁業だとかということも、もちろん地元のもののほうがいいとみんな思っていると思います。地産地消というのもすごく浸透してきているところですし、ただそこが私たちのところに来ない、結びつかないというのが生活をしていて思いますね。誰かがそれを起こせばいいのだろうけれども、やっぱりそれは結構難しいことだと思うので、できれば大きいところで、そういう動きがあると、そこからどんどん、どんどんみんながもっと動けるようになっていくのではないかなというのは感じます。
あとは、ものすごく個人的な趣味でバンドをやっているということなのですけれども、それをやってきて思うのが、例えばその趣味、音楽をやるということがなければ絶対につながることのなかった人たちとつながるのだなというのをすごく感じています。話していく中で、ある年代から関われなくなっているのだなというのも感じていて、上の人は例えば高校生だったりとか、20代の人たちのところとは仲よくなれないのだなと思っている。下の人たちは、上の人たちのところに入っていけないと思っているというのがわかって、そして宮古では音楽団体をまとめるものをつくったのです。ホームページを立ち上げて、所属ではないのですけれども、いろいろと団体の紹介をしたりだとか、イベントのときにみんなでまとめてやったりとかということをしているのですけれども、それで思うのが人と人との関わりというので、高校生だったりとかがちょっと勇気を出してバンドをやってみようと、そうなったときに、そこからさらに引っ張ってあげられる大人が関われればいいなとすごく思いました。結局は高校生だけで終わってしまって、昔であれば、やっていることによって、もっと年上のミュージシャンのおじさんたちがちょっと違うんじゃないのとか、こうやらなければだめだよとか、そういうことで、でもそういうことが実際に今ないと思うのです。そういうつながりがあって、人が育っていくのではないかなと、人とコミュニケーションをとれる人間になっていくのではないかなということをすごく感じています。
私、自分もいろんなことにチャレンジしながらも、30歳という年齢になって20代とか10代というところを引っ張っていかなければいけないのだなというのを感じるので、そういう世代間のつながりをもうちょっとできるようなことをこれからどんどん考えていければいいなと思っています。
あとはイベントなんかによく盛り上げるという意味で参加するのはどうしてもボランティアになるのですけれども、そういうボランティアで参加するとなると子供がいると結構難しいものがあるのです、現実的に。なので、例えば子供も一緒に参加できたりとか、あとはそこに平日の日中だったら保育園なんかがあるからいいのですけれども、託児という部分で、そういうものも含めて独身の若い人たちだけが参加できるものではなく、幅広い年代のいろんな生活スタイルの人が参加して一緒に盛り上げていけるような、何かそういうものがあるといいなと思います。すごく身近で小さいことではありますけれども、そういうふうに思っています。

田山宮古地方振興局長
さっき釜石で活動しているときはこういう情報が入りやすかったけれども、宮古で家庭に入るとなかなか情報が入ってこないというお話がありましたよね。その情報が入りやすくする、情報を得る方法としてどういうことが考えられますかね。

大堀くるみ
難しいですね。

田山宮古地方振興局長
インターネットなんかだと入りやすいということなのでしょうか。

大堀くるみ
どうなのでしょう、自分で情報を得たければ、それこそ広報だったりとか、ポスターだったりとか、いろいろあるのでしょうけれども、例えば宮古市内だとか、岩手県の沿岸、岩手県全部をカバーするとなるとちょっと大変だと思うので、団体のバンクみたいなものがあると、問い合わせれば、例えばそういう小さな子供たちを対象にイベントを開いている団体はありますかとか、そういう問い合わせをすれば何団体か出てくるとか、インターネットというのが一番管理的に楽なのかもしれないのですけれども、そういうのが使えない人でも問い合わせができるように、登録になるのですかね、そういうのを申請しておけば1カ所に行けばわかるようなシステムがあるといいのではないかなと思います。

田山宮古地方振興局長
伊藤さんは、今こういうお話が出ていますけれども、これに関しては何かご意見ありませんか、人とのつながりということで。

伊藤聡
難しいですね。

田山宮古地方振興局長
どうすれば情報がうまく伝わるとか。

伊藤聡
いい方法は全然出てこないですけれども、うちらでそういう活動をしていても、結構ほかの団体との交流というのは、お互い知らないからだと思うのですけれども、ちょっとうまく言えないのですけれども、でもそういう1カ所で整理してくれるようなところがあれば何かいいかなとは確かに感じますけれどもね。

若林釜石地方振興局長
釜石でやったのは、各団体がいっぱいあると。あるけれども、それぞれの団体がよくわからんと。わからんから、その団体が何やっているか、とにかく発表の場を設けようと。そのときにそれぞれの接触の機会があれば、次からまた何かが発展するのではないかということで「フェスタかだって」というやつをやっていたのです、3年ぐらいだったかな。今年からは、またもうちょっと違って、団体と団体と、何か一緒にできないのというような仕掛けをやっていけばその密度が濃くなれば何かが生まれていくのだろうなというふうに思います。さっき言った団体が何をやっているかというのを我々が、NPOでやるのか行政がそこをお手伝いするのかという手段はちょっとあると思います。

田山宮古地方振興局長
亀森さんも行政の人ですけれども、行政としてもこういうことは非常に重要なことですよね、情報をどうやって、地域のやる気のある人たちに情報を伝えるかということは非常に我々も、市町村でも重要だと思いますけれども、いかがですか。

亀森絢子
情報発信のことはちょっとよくわからないですけれども。

田山宮古地方振興局長
例えば行政で持っているホームページにそういう書き込み板、掲示板みたいなものをつくっていけば、ある意味情報発信できるのかなと思ったりもしているのですけれどもね。

亀森絢子
そうですね、市で取りまとめれば、市のほうにアクセスすればすぐわかるとなれば一番早いのかなというふうには思いますね。

若林釜石地方振興局長
でも、そのときにはあれだものね、みずからがアクション起こさなければだめなので、そこがちょっと一歩踏み出すのがなかなか難しいというところがあって、だから基本的に世代間で結構分かれているのだよね、団体が。それをつなげてやって、とにかく何かバトンタッチしていこうよという地域になれば結構長い時間かかるかもしれないけれども、それが本物ではないかなと、ちょっと疎になってきた縦のつながりとか、世代間のつながりをちょっともう一回取り戻そうというところから始めないと、これはなかなかうまくいかないのではないかなと。

田山宮古地方振興局長
今日の皆さんのお話しを聞いていても、そのつながりというのがいろんな意味でのキーワードになっていくと思うのですよね、その辺は皆さんは。
どうぞ。

佐々木学
情報発信ということでひとついいですか。広田湾の米崎支所というところで漁業に取り組んでいる若い人たちの青壮年部というのがあって、エゾイシカゲガイ知っている人いますか。

若林釜石地方振興局長
はい。

佐々木学
食べたことありますか。

若林釜石地方振興局長
はい。

佐々木学
感想はどうでしたか。

若林釜石地方振興局長
うまいよ。

佐々木学
うまいですよね。ホタテよりは結構うまみ成分とか。

田山宮古地方振興局長
どんな貝なのですか。

佐々木学
赤貝に似たような貝なのですけれども、すごい名前が地味とかがあるのですけれども、僕はカキ養殖で、結局エゾイシカゲガイ養殖はやってないので、普段こういうところとか、漁協の中でももっとこういうふうにアピールしていけばいいんじゃないのとか言っても、お前関係ないんだから邪魔するなみたいなことで丸め込まれます。例えばエゾイシカゲガイという名前がすごく地味なので、地元の高校とか小学校とかに行って、名前を募集して、商標登録して、もっといろいろ情報出していっていろんな市場を広げてはどうですかみたいなことは言うのですけれども、漁協の職員とかも口が軽い割には腰が重いというか、お酒を盛られて、酔っぱらっているうちは言うのですけれども、次の日は昨日何したっけみたいな……。実際養殖に取り組んでいる人も自分で売り方はわからないし、全部漁協に出して一山何ぼではないですけれども、それで終わりみたいな、お金もらって。漁協の人が売るみたいな感じなのですけれども、もっとこういうふうに名前出していろいろアピールしていけばいいなと思っているのですけれども、周りがうまく動かないというか、すごい間に挟まれているような、抱えているのですけれども、うまく出せないというのもあるし、どのようにアピールしていったらいいかなというのもあるのです。エゾイシカゲガイなのですけれども、イシガキガイという名前で盛岡の「清次郎」で出ているので、もし機会があったらちょっと食べてもらえばいいかなと思います。養殖している本人たちも無料で出して、食べてもらってとかということもやらないのですよ、1個幾らみたいな感じで、アピールするためにある程度自腹切って出していかなければだめなのだけれども、そういうこともできないような、水産やっている人、現場の人は結構閉鎖的な環境にあるというか、だからもっと亀森さんとかにも手伝ってもらって、いろんなところから情報発信していければなと思います。
エゾイシカゲガイというのは養殖が簡単で、自然にタネがとれてどんどん、どんどんやる気があれば2倍、3倍と量がふえていくし、岩手県の広田湾だけなのですけれども、今は。そこはどんどん、どんどんタネがとれて量が増えて、よその湾では余りうまくタネがとれなかったりとか、養殖がまだ未知数というか。だから、今のうちに商標登録とかやることやって、先駆者ではないですけれども、どんどんアピールしていきたいのですけれども、そのやり方がわからない。すごく困っています。こういうことをおれが言うと、地元の人たちはお前やってないのに何言っているのだとかよく言われるのですけれども。

田山宮古地方振興局長
そういうのは若さの特権だから。

佐々木学
そうですね。すごい人たちが集まっているので、どういうふうにしてアピールしていけばいいのかなというのをちょっと聞きたいなと思って、今言ってみました。

田山宮古地方振興局長
その辺が1次産業に携わっているお二人通じるところがありますね、やっぱりね。

若林釜石地方振興局長
今はすしネタだけです、使っているのは。広田湾で始まって、種苗がとりやすいのだよな。

佐々木学
はい。

若林釜石地方振興局長
たらいみたいなやつに砂入れて、ある時期にやるとそこに入ってくる。それがホタテの種苗だとか、そういうのがいっぱい入るのですけれども、広田は単位面積当たりについてくるやつが多いという話です。大槌でも始まっているのだけれども、なかなかそれが大きくならない。多くとれない。歩留まりが結構あるということで、2年ぐらいで大きくなるみたいですけれどもね。

佐々木学
温暖化とかで高水温になるとホタテの養殖もだんだん厳しくなるだろうという感じでエゾイシカゲガイに取り組んだのです。現状でホタテがすごい歩留まりが悪いというか、値段が安いのです。イシカゲガイで勝負しなければいけないのにそのやっている当事者たちはアピールしていかない。だから、市場がすごく狭いのにどんどん増えていくので、来年は市場ではけきれないぐらいの量が出るのですよ、来年にはみんな行き詰まってしまうような状況なのですけれども、何もアクションを起こさない、そういう状況なのです。

若林釜石地方振興局長
あとは販路、物はあるからどう売るかだと思う。

佐々木学
どう売るか、やっぱり商標登録をしたいのです。エゾイシカゲガイというすごく地味な名前をどうにかしたい。

田山宮古地方振興局長
地味かどうか、いずれちょっと私らも知らなかったので。
それには振興局の水産部は絡んでいるのですか。

佐々木学
水産部の人も絡んでいて、振興局の人たちは県内のほうで販路を探すみたいな感じで「清次郎」さんとかには幾らか出しているのですけれども、そんなに量も、知らない人が多いので、だからそんなに量も出ないというか、生産量はすごく出てきて安定しているのですけれども、やっぱり販路のほうがない。

田山宮古地方振興局長
いずれ今後今日の話をきっかけに振興局のほうでもいろいろあるでしょうから。

佐々木学
結構面白いところはあるのです、ホタテがテレビの映像でふわふわと泳いでいくのがあるではないですか、あれに近いものがあって、ころころ、ころころ、転がって歩くようなすごく面白い貝なので、アピール力はあるのですけれども、アピールする力がないというか。

田山宮古地方振興局長
ころころ貝がいいのではということだそうですよ。
今まで皆さんから伺ってきましたけれども、お互いに聞きたいということがあれば。よろしいですか。
こういう機会を生かして若い人たちのネットワークをぜひつくっていただきたいと思います。
きょうはお忙しい中、県議会から菅原先生にいらしていただいておりましたけれども、菅原先生から感想があれば一言。

菅原一敏県議
若い人たちの話を聞けて本当に勉強になりました。ありがとうございました。ぜひ知事さんの所感をまとめていただきたいと思います。

田山宮古地方振興局長
ありがとうございます。

知事所感

田山宮古地方振興局長
では、知事からコメントお願いします。

達増知事
それぞれ自分のやっていることについては基本的に順調にいっているけれども、周りの人たちの動きとかの中でもっと合わせればいいのになというところが多く見えてくるという、そういう感じかなという印象を受けました。
それで、ほかの人を動かすというのは容易ではないです。こういうふうにやればいいのにな、やってほしいのになというとおりにほかの人に動いてもらうというのは、何というのでしょうか、思ったように動いてもらうというのはまず不可能と言っていいと思うのですが、ただ「思ったようにはならないが、やったようにはなる」ということわざがありまして、働きかけ方で、やっぱり何かやってほしい、動いてほしい人が悩んだり、迷ったりしなくて済むくらいにまで本当にあとはこうすればいいだけですという、もうパッケージを提供して、これやれば絶対得しますよみたなところまでその当人が考えなくても、悩まなくてもすぐアクションに移せるぐらいお膳立てしないとなかなか人は動かないし、そこまでやっても動かないことのほうが多いのではないかと思うのですが、ただそこまでパッケージが決まってきたら、あとは私からお願いしますという感じで、私のためにやってくださいみたいなお願いの仕方、そうすると結構粋に感じたりして動いてくれるようなところがありますよね。ですから、本当に何か動きやすく、やりやすく、お膳立てすべて整えた上で頭を下げてお願いするみたいなことをして初めて他人は動いてくれるというところがあります。そういうことをしなければならない局面というのは人生において少なからずあるので、そういうときには、やらなければならないときには全力でやってもらえばいいと思いますし、あとそれは自分の中に一定のエネルギーがたまってこないとそこまでやる気にはならないので、それまでは自分の守備範囲のところをきちんと完璧にしておくということが大事なのではないかと思います。
そして、ほかの人を変えるというのはすごく容易ではないのですけれども、自分を変えるには、これは自分がその気になれば自分を変えることは非常に容易であって、人間本当に変えれるものというのは自分自身しかないというところもあります。ただ、変えようと思えばどのようにでも変えられるのが自分というところもあるので、だからそういう意味ではまずやりたいことができる自分、そしてほかの人たちを動かせる自分というような、そういう自分づくりみたいなことにエネルギーを注ぎ込んでいくといつの間にか周りも変わっているというふうになるのではないかと思います。
今日お集まりの皆さんはかなり周りを変えつつある皆さんでありますので、そういう意味でもまた最初に戻りますけれども、その調子で頑張っていただきたいということをメッセージにして終わりたいと思います。

閉会

田山宮古地方振興局長
では、以上をもちまして「岩手フロンティア・フレッシュトーク」を終了したいと思います。今日はどうもありがとうございました。

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