【移住者インタビュー】最新号

ページ番号1053516  更新日 令和4年12月27日

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【第31回】東北株式会社 宍戸 那央樹 さん

『ネットの情報だけではわからない部分に陸前高田の面白さがある』

宍戸 那央樹(ししど なおき)さん
千葉県出身
東北株式会社
インタビュー実施日:2022年11月24日

―ご出身はどちらでしょうか。

 千葉県千葉市出身です。コロナが本格化した2020年4月からお試しで移住し、2021年から実際に住民票を移したので、本格的な移住としては2021年2月からとなります。

 

―移住をしようと思ったきっかけを教えてください。

 特定非営利活動法人SET(以下、SET)のプログラムに参加したことがきっかけです。

 実は、通っていた大学を中退しまして。その後、何とか親とも話して、東京の方で就職することにしたんですけど、通っていた学科ともまったく違う業種に就職しようとしました。当時は、「働かなきゃいけない」「お金を稼がなきゃいけない」という焦りから、何となく就職することを決めたようなところがあり、自分の中で「その選択が正しかった」と言い聞かせるしかなかったんですけど、やはりどこかもやもやとした感覚がありました。「自分が本当にしたいことは何だろうか、自分はどうしていたいんだろうか」ということを、一旦落ち着いて考える時間が必要だと思っていたところに、SETで実施している「Change Makers’ College」というプログラムのお話をいただき、参加することにしました。

 そのプログラムは当初、「移住留学」とも呼ばれていました。4か月という期限付きではありましたが、陸前高田にお試しで移住して、ワカメ漁のお手伝いやウニの殻剥き、田植えのお手伝いなど、地域の皆さんと交流しながら暮らしました。その中で、いろいろと地元の方との御縁もあり、仕事のお話をいただき、陸前高田に完全に移住することにしました。

 

―SETとつながるきっかけは何だったのでしょうか。

 実は、大学1年生の頃にSETの活動に参加して、陸前高田の広田町に何度も通っていました。高校の先輩からの紹介で、そのときは「Change Maker Study Program」という、陸前高田とは縁もゆかりもない大学生が一週間、この町に来てまちおこしをしたり地域の人とのつながりを作ったりする活動に参加していました。最初は参加者としてでしたが、次第に運営スタッフとして、SETのメンバーの一員として活動に関わらせていただきました。ですので、SETにはずっとお世話になっています。

 

―移住をされるまでにどのような準備をされてきましたか。

 準備は特に何もしていないですね。

 ただ、移住する上で一番ネックだったのがお金の部分でした。もともとそんなに貯金もなかったので、まずひと月暮らせるのか心配でしたね。生活していくために自分が支払わなければならないお金と、そのお金をどう生み出すかについて、他の移住者からいろいろと話を聞きました。SETのメンバーのほとんどが移住者だったので、その点は頼もしかったです。生活するのに必要な最低限のお金を用意したり、借りていた奨学金の返済の猶予を一時的にいただいたりと、「これだったらいけそうだ」と自分の中で折り合いがつくまでいろいろ準備をしました。やっぱり現実味がなかったので。

 気持ちの面についても、特に不安とかはありませんでした。SETの活動として何度も陸前高田に通い、つながりができていたので、実家に帰ってくるような心持ちでした。陸前高田は第2の故郷だと思っています。

 家については、移住当初はSETのシェアハウスを使わせてもらっていました。ただ、本当にお金がなかったので、食事については、つながりのあった地域のおばあちゃんの家にお邪魔して、朝昼晩とご飯をいただいていました。そのお礼として、何か荷物を運んだり庭の草刈りのお手伝いをしたりしていました。そのようにして、地域の方々とも交流したり支えてもらったりしながら生活してきました。陸前高田には育ての親みたいな人がいっぱいいますね。

 

―SETでの活動を通して地域の人とのつながりが既に生まれていたことが、陸前高田への移住の決め手になったのですね。

 そうですね、逆にもうそれしかない。

 ちょうどコロナの流行期と同じタイミングで移住してきたので、今となっては家族からは「移住して良かったんじゃないか」と言ってもらえていますが、当時は猛反対でした。「家を出る覚悟で行け」とも言われましたが、移住を後押ししてくれたのはやっぱり地域の方々や移住の先輩方でした。「一旦来てみればいいよ」「待っているから」と声をかけていただいて、移住しようと決めた感じです。こういうつながりがなかったら移住はしていなかったんだろうなって思います。

 

―陸前高田市で生活してみて何か感じたことはありますか。

 感じることはいっぱいあります!

 一番はやっぱり、陸前高田は人があたたかすぎるということです。先ほどのお話とも重複しますが、本当にお金がなかったときは、まちのおばあちゃんの家の庭の草刈りとかを手伝って、朝昼晩ご飯を食べさせてもらっていたので、本当にありがたかったですね。シェアハウスで生活していた頃、気付いたら玄関前に白菜とかの野菜がドンと置かれていることが何度かあって、それも嬉しかったですね。だいたいどこの家の方がくれたのかわかるんですよね。「またこんなに大きいのくれて~」「いいから余ったから」「ありがとうございます、今度また草刈り行きますね」みたいなやり取りもして、何かそういうのはすごく良いなって思いますね。

 それから、陸前高田を若者たちが将来への選択肢や可能性を感じられるまちにしたいという思いもあります。やはり東京や仙台とかの都市圏に比べると、このまちは何においても経験値を積みづらい場所ではあるかもしれないですが、それでも「このまちでもできることはある」ということを、大人たちが伝えていけるまちでありたいなと思います。

 2022年5月に、岩手県の事業で、県立高田高校で1年生を対象に行った若手社会人との交流会に参加させていただき、生徒さんたちの話を聞いたことで、よりこのまちの可能性を感じ取ってほしいなと思うようになりました。僕もあんまり年は変わらないかもしれませんが、自分たち大人が頑張っている姿やわいわい楽しくやっている姿を少しでも見てもらえたら嬉しいなと、生意気ながらも考えていますし、そういった思いが今の自分の原動力にもつながっているかもしれません。

 

―陸前高田市に移住してから印象深かった経験や思い出はありますか。

 「お風呂の水を半分残しておくと冬場は凍らずに済む」みたいな、何かそういう生活の知恵みたいなものをたくさん教えてもらったのは印象に残っています。

 あとは、地域の祭りもすごい楽しいですね。大の大人が子どもよりも本気になって太鼓の練習をしているところとか見ると、本当にかっこいいなって思います。祭りに限らず、このまちの人は皆、本気でやる姿がかっこいいです。地元の漁師さんの船に乗せてもらったことがあるんですけど、昼間一緒にお茶っこしたときには見えなかった本気の姿を垣間見ることができて、感動しました。

 祭りで言うと、千葉にいた頃は、祭りには参加せずただ遊びに行く側だったんですが、陸前高田に移住してからは自分も祭りに参加させていただくようになりました。広田町の黒崎神社の五年祭に参加した際には、太鼓を叩かせていただきました。そのときに、陸前高田の祭りって「地域のお祭り」というか「地域のみんなで作るお祭り」なんだということを感じて、すごい素敵でしたね。

 

―地域内での移動手段について教えてください。

 もっぱら車ですね。この東北株式会社がレンタカーの事業を行っているんですけど、この社用車を使わせていただいています。一度、車が使えなかった日に釜石まで行く用事があって、BRT(バス高速輸送システム)と三陸鉄道を使って行きましたけど、少し不便さを感じてしまいました。ですので、この地域において車は必需品だと思いますね。市内には歩道や街灯が少ないところがあり、その道を人が歩いていたり夜になったりすると走行していて怖いと感じることはあります。ですので、気を付けて運転するようにしています。

 あとは、自分の話ではないのですが、弊社がレンタカー業を行っているのですが、ずっとレンタカーが使われるわけではないので、週に2回、地域のコミュニティバスとして7人乗りのワンボックスカーを貸し出しています。おじいちゃんやおばあちゃん方が、みんなで乗り合わせてわいわいがやがやお喋りしながらマイヤ(地元のスーパーマーケット)に行ってお買い物して、みんなで帰るみたいなことを一部の地域でやっていただいています。皆さんの楽しそうな姿を見るとほっこりしますし、地域の人たちが集まる一つのきっかけになっているのは、この地域ならではですごく良いなと思っています。

 

宍戸さん写真(1)
レンタカーである電気自動車を充電している様子

―宍戸さんの現在の活動について教えてください。

 現在、陸前高田市地域おこし協力隊の一員として活動していて、課題解決分野として「観光二次三次交通」分野を担っており、レンタカー業を営んでいるこの東北株式会社に配属となりました。協力隊の任期は今月(令和4年11月)末までです。

 「観光二次三次交通」というのは、観光目的である地域に来たとき、そのあとの地域内での移動手段のことで、たとえばバスなどの公共交通も含まれます。岩手県は、二次三次交通の移動距離や時間がとても長いと言われており、せっかく観光で来ていただいた方が地域周遊を楽しんでもらえるようにするために、課題解決に向けて活動しています。レンタカーはもちろん、いろいろなバス会社と連携して大規模イベントでのバス輸送計画の策定などをしています。それから、先ほども話しましたが、ずっとレンタカーが出るわけではないので、その休眠期を活用して「お買い物バス」や、陸前高田市からの委託を受けて、「高齢者見守り事業」として週に1回、高齢者へお弁当を配達する活動もしております。

 一応、この東北株式会社での活動がメインになるんですが、それと並行して、三陸花火大会実行委員会の事務局長も務め、併せてFIREWORKS株式会社という花火総合プロデュース会社にも所属しており、花火分野の活動もしております。「観光二次三次交通」を活かすためには、まず陸前高田に人が来てもらう必要があるので、そのために観光コンテンツを作ろうということで花火大会の企画などをしております。この地域は鉄道が通っていない代わりにBRTが走っていますが、大規模イベント時は臨時のシャトルバスやライナーバスでの輸送も実施しています。それから、「パークアンドライド」といって、目的地から少し離れたところで自家用車を停めていただき、そこからバスに乗車して目的まで移動するという方法の実証実験なども行っています。「花火」と「二次三次交通」を連携しながら活動しています。

 花火大会については、地域全体に影響がある大規模なイベントですので、応援の声や心配の声もいただきます。地域の皆さんにはご迷惑やご心配をおかけしてしまっているなと思いつつ、それでも「応援してるから」と言ってくださったり、他の地域の方に自慢している声を人伝に聞いたりすると嬉しい気持ちになりますね。

 

―宍戸さんの思う陸前高田市のおすすめスポットを教えてください。

 個人的に好きなのは、黒崎仙峡にある黒崎展望台なんですけど、そこから見る朝日は絶景ですね。ちょうど東側を向いているので。そこにはよく早起きして行ってました。

 あとは、気になっているのは箱根山や氷上山です。高いところから俯瞰して景色を見るのが好きなので、ちょっと登ってみたいなと思っていました。中心市街地のかさ上げエリアから防潮堤を見ることもよくあります。防潮堤付近が花火大会の会場になっているので、花火が打ちあがっている風景をイメージします。

 

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三陸花火大会で打ち上げられた花火。宍戸さんお気に入りの一枚。

―今後活動していく上での目標を教えてください。

 花火大会の成功はもちろんなんですけど、今は、同世代の人や若者たちに可能性を感じてもらえるようなまちにしたいという思いがあります。「仕事したい」とか「遊びたい」となっても、場がない、きっかけがない、つながりがない、という話になって結局、盛岡や仙台、東京とかに行ってしまう。そうではなくて、このまちでも面白いこと、楽しいことができるんだぞっていうことは伝えていかなければならないし、それを伝えるのってやはり同世代の若い力が強く作用すると思うので、地域の若者たちと一緒になって楽しめる場所を作っていきたいというのが目標です。

 花火の方でも、青年部というのがあって、大船渡や陸前高田出身の20~21歳の若者だけで構成されていて、地元を盛り上げるためにいろいろ精力的に活動している子たちもいます。何かそういったところでも、今後少しずつ仕掛けていきたいなと考えています。

 

―移住しようと考えている人に対してメッセージをお願いします。

 一度ぜひ現地に来ていただいて、いろいろと見てもらえたらいいかなと思います。やっぱりネット上にある情報だけを見てもわからない部分に陸前高田の良さ、面白さがあると思っています。ご飯を食べたり、風土を感じたり、まちの人と交流したり、地域の生業や衣食住の部分を感じ取ってもらった上で、「自分はどこで何をしたいのか」「どんな生活をしていきたいのか」っていうのを考えてもらえるといいのかなと思います。このまちの雰囲気が自分に合うか合わないかは人それぞれですし、それはやはりネットだけの情報ではわからないので、だからぜひ陸前高田に「けらっせ」という感じですかね。

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