岩手県畜産試験場研究報告 第22号(平成8年11月発行)

ページ番号2004887  更新日 令和4年10月11日

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放牧による肥育粗牛の低コスト育成技術の開発

北上山地の放牧利用による双子生産ならびに交雑種の生産技術の開発

第1章 緒論

(摘要なし)

第2章 日本短角種および交雑種を利用した放牧による双子の哺育育成

集治善博・豊田吉隆・谷地 仁

 受精卵移植等により得られた双子産子を、日本短角種、交雑種(B×D)を母牛として用い、放牧育成するための技術確立をめざして一連の研究を行なった。得られた結果の概略は次のように要約される。

  1. 日本短角種の体重差法による泌乳量は、180日間で1,672kgと算出された。供試母牛の産次がそろっていたこと、半きょうだいの関係にある個体が多いなどの理由により、泌乳量の個体差は小さかった。1日あたり泌乳量のピークは、分娩後約60日の放牧期間中にみられた。母牛の泌乳量と子牛の発育の間には、明確な関連がみられなかった。これは、黒毛和種に比較し、同品種では乳量と発育の関連が明確でないことによると考察した。
  2. 黒毛和種と日本短角種の哺乳行動には、品種間差は認められなかった。日本短角種に比較して、黒毛和種では哺乳行動と子牛の発育との関係が大きかった。このことから、両品種の泌乳量とそれによる子牛の栄養充足との関連について考察した。1日あたりの哺乳回数や哺乳問備は、変動幅が非常に大きかった。また、哺乳行動の日内分布に特定のパターンがみとめられた。これらのことから従来の肉用牛の泌乳量測定方法の問題点を指摘した。
  3. 哺乳子牛の母乳以外からの栄養摂取量ならびに栄養充足率は、日齢の経過に依存することが示された。また、これらは母牛の泌乳能力とは無関係であると考えられた。これらのことから、子牛の発育と栄養摂取量の関係について論じた。
  4. 母牛に交雑種を用いることによって、黒毛和種双子の放牧条件下での標準的発育は達成されるものと思われた。一方、母牛に日本短角種を用いた場合には、双子子牛は標準発育に達するのは困難であると思われた。上記の結果から、日本短角種を母牛として用いた場合、双子子牛が標準的発育のための栄養摂取についてのモデルを作成した。その結果、母乳のみでは栄養摂取が不足し、必要な人工乳の量は335kgと算出された。このことから、母牛の日本短角種を用い、双子の放牧育成を実施する場合には、クリープフィーデイングを併用することが必要になると考えた。
  5. 日本短角種飼養農家では、双子の1子を人工哺育していた。自然双子の発生率は2~3%、生時体重は小さめで、特に異性双子でその傾向が顕著であった。双子率が非常に高い母牛の系統がみられ、遺伝的影響が大きいと考察した。双子分娩による繁殖障害、連産性等の問題は農家では認められなかった。

第3章 交雑種(F1およびF1クロス)の放牧適正及び哺育能力

佐々木祐一郎・橘 千太郎・菊池 雄・鈴木暁之・谷地 仁・集治善博・吉川恵郷・豊田吉隆・高橋公子・沼尻洋一

 本章では放牧による肥育素牛の低コスト育成技術の諸問題のうち、肉専用種と乳用種との雑種による生産性の向上について、交雑種(F1及びF1クロス)の放牧適性及び哺育能力を検討した。

  1. 当歳子牛の親無し放牧における日増体量(DG)は補助飼料無給与条件ではBD種、B種とも0.2kg前後と低く、補助飼料を子牛体重比1%給与したことで、0.5kg~0.6kgに改善された。またBD種については、入牧時の体重120kgを境として、その後の発育に有意差(p<0.05)があった。以上から、BD種当歳子牛の放牧育成には、入牧体重は120kg以上とし、放牧時に補助飼料を給与することが必要であると思われた。
  2. 抗病性のめどとなる当歳子牛のヘマトクリット値の推移は、品種間に有意差がみられなかった。BD種、B種当歳子牛のピロプラズマ原虫寄生数の推移は、入牧5~9週目にわたって急激な増加がみられたが発症にはいたらなかった。原虫はすべて小型ピロプラズマ原虫であった。これらから、抗病性についてBD種とB種は類似しており、放牧衛生面からはピロプラズマ病に関して同等に対応すれば良いと思われた。
  3. BD種の泌乳量は、双子を分娩した経産牛で、180日当たり約2,500kgが推定された。また、哺乳された双子子牛の発育についても良好であった。BD種は、単子でも双子でも十分に哺育できる能力を有していると考えられた。

 交雑種のBD種は、子牛の放牧育成でB種やN種と比較すると抗病性にはっきりと差がでなかったものの、放牧期、補助飼料1%給与条件での増体量などB種と同等以上の放牧適性を有すると思われた。また母牛としては、豊富な泌乳量から、双子でも十分に哺育できる能力を有し、双子生産のための母牛として利用価値が高いと考えられた。

第4章 交雑種雌牛の二産取り肥育の産肉性

大宮 元・川村祥正・帷子剛資・沼尻洋一

 交雑種雌牛の分娩後産子を人工哺育とした場合における、産次(未経産~二産)による産肉性等の違いについて検討した。

  1. 二産取り肥育
     二産区では、平均DGが3区の中で最も高かったが、分娩後、濃厚飼料飽食給与への移行期の下痢により増体が停滞し、屠殺月齢が遅延した。分娩は介助を要せず、乳房炎の発症もなかった。枝肉形質についは、枝肉歩留は低く、逆に内臓脂肪重量が他の区に比べて最も重く、肥育効率の低いことが示された。また、脂肪交雑、しまり及びきめは他の区に比べて劣った。
  2. 一産取り肥育
     一産区では、平均DGは肥育期間中の分娩により低い値となった。分娩は介助を要しなかったが、乳房炎が1頭発症した。枝肉歩留はやや低い値となったが、肉質面では未経産区と同等の成績であった。
  3. 未経産肥育
     未経産区は、平均DGが交雑種肥育雌牛としては良好な値であった。さらに、開始月齢が若く体重も小さかったため、飼料効率は最も優れた。肉質では、脂肪交雑、しまり及びきめにおいて良好な成績を示した。

 以上のように、交雑種の二産取り肥育は、枝肉歩留及び肉質の面で一産取り肥育に及ばないことが明らかとなった。交雑種(BD種)肥育牛の存在意義を考えた場合、輸入牛肉以上の品質を確保することが当然の目標となろうが、今回の成果からは、交雑種(BD種)の二産取り肥育牛は肉資源としての活用性が高いとは言い難いと考えられた。

第5章 牧草地・野草地・林地の組み合わせ利用技術と家畜の生産性

鈴木暁之・砂子田 哲・渡辺 亨・太田 繁・佐々木祐一郎・集治善博・橘 千太郎・豊田吉隆・谷地 仁

 牛肉の輸入自由化の対応策として、黒毛和種における放牧を促進し、低コスト生産をはかるため、牧草地・野草地・林地の組み合わせ利用技術について検討した。

 牧草地における輪換放牧体系に、夏季の野草地と初冬季の林地を組み合わせることにより、放牧期間を201~207日にすることができ、慣行より50日以上の期間延長が実証できた。この際の成牛1頭当たりの組み合わせ放牧地面積は、それぞれ牧草地約30アール、野草地80アール、林地1.8ヘクタールであった。また、夏季の野草地、初冬季の林内における適正放牧圧は、それぞれ40~100CD/ヘクタール、20~40CD/ヘクタールと考察された。

技術転換投資を伴う大規模酪農経営の展開条件

渡邊康一・上野昭成

 近年、酪農経営において導入志向の高まっているFS-MP方式について、その導入投資の適正指針を求めるため、岩手県内における酪農経営概況の把握とFS-MP方式導入農家の経営実態調査を行なった。それらの結果を踏まえ、生産技術体系をもとに経営モデルを設定し、シミュレーション試算により投資経済性評価を行なった。投資経済性評価手法にはキャッシュフローを用いた割引現在価値法を用いた。

 経営シミュレーションでは、40頭規模タイストール・パイプライン方式の酪農専業経営が60頭規模FS-MP方式へ移行することを想定し、乳量水準、乳価、牛舎建築単価を変数として試算を行なった。設備投資の評価については、投資後のキャッシュフロー増分を償還財源とする現在価値法によって行なった。シミュレーションにおいては、副産物価格および乳価の下落を想定しており、かなり厳しい条件設定を課したものであるが、その結果によればFS-MP方式の投資効果が発現するためには、経産牛群の乳量水準を1頭当たり年間7,500kg以上に向上させること、あるいはその収益水準に匹敵するコスト低減対策を講ずるべきであることが示唆された。また、TMR技術についてはFS-MP方式導入に先んじて定着させておくことが重要な条件であるものと考えられた。

 FS-MP方式の導入による大規模酪農経営の展開は、酪農技術構造の大幅な変革を伴うものであり、経営者の酪農に対する理念の切り換えを迫るものでもある。具体的な変化としては、個体管理から群管理へ飼養管理の重点が置き換えられてTMR技術が必須となること、多頭数飼養への労力競合などの面からロールベール・ラップサイレージ体系のような飼料生産における省力化技術が必要となることなどが挙げられる。さらに、多頭数飼養がもたらす糞尿や作業廃水の増大は畜産環境公害を容易にもたらすため、処理施設の整備も必要である。このような技術転換に伴う様々な課題を解決することが大規模な酪農経営を展開して行く上での条件となろう。加えて、FS-MP方式の導入投資によって発生する負債を無理なく償還し得る綿密な資金計画を立てると言った経営管理努力は、技術導入の表面にはなかなか現れないものの、経営展開を推進する上で最も重要な要素であると言える。FS-MP方式の導入は大きなリスクを負った経営転換である。このとき、酪農経営における意思決定の重要性が再認識されることになる。

 酪農経営における新たな展開方策として、作業外部化と言う選択肢が近年重要視されている。経営の大規模化は、家族経営における労力限界がボトルネックとなるが、酪農作業の一部を外部依託することによって、飼養管理部門への労力集中が図れ、従来の限界規模を超える頭数規模の飼養が可能となる。今後の酪農経営の展開を考える上では、作業外部化のシステムを取入れて地域内での機能連携を重視し、地域酪農分業体制あるいは地域農業システムの模索といった方向性を検討する必要がある。

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