岩手県農業研究センター研究報告 第13号

ページ番号2004383  更新日 令和4年1月17日

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【報文】リンドウ褐斑病の病原菌、発生生態および防除法に関する研究

猫塚修一

 2000年から2003年および2007年から2009年までの7年間にわたり、リンドウ褐斑病の病原菌、発生生態および防除法に関する一連の研究を行った。成果は次のとおりである。

1 病徴および発生消長

  1. 品種「ジョバンニ」と「イーハトーヴォ」の葉では、はじめ葉の表側表面に灰白色の微細な斑点が形成された。この斑点はしだいに大きくなり、直径5mmを超える円形病斑となった。病斑の周囲は黄色になり、やがて褐変腐敗した。「イーハトーヴォ」では、葉の裏側にも病斑を生じ、その初期病徴は葉表と同様で、後に淡桃色~淡褐色を呈した。また、病斑の葉表には退緑斑を生じた。「蒼い風」と「衣川プリンセス」の葉では、褐色の円形病斑を明瞭に生じ、灰白色の病斑は目立たないかほとんど認められなかった。
  2. 圃場における初発生は、8月上旬であった。8月中旬までは漸増し、8月下旬~9月上旬にかけて急激に増加した。発病の垂直分布は、はじめは下位葉に発病が多く、後に中位葉に伸展し、上位葉での発病は少なかった。圃場内における発生分布は、はじめ散在して発生し、後に罹病株に隣接する株で新たに発生した。発病位置は、畦の条間で多かった。

2 病原菌の分類学的所属

  1. エゾリンドウ(G.triflora)から分離した褐斑病菌(K18株)を、小林ら(2009)がササリンドウ(G.scabra)から分離したMycochaetophora gentianaeのタイプ菌株(MAFF 239231)と以下の点について比較検討し、M.gentianaeと同定した。
    (1)培養的性質:両菌株ともにPDAでは5~30℃で生育し、33℃以上では生育しなかった。生育適温は20~23℃であった。
    (2)病原学的性質:両菌株ともにG.triflora(品種「安代の秋」)に激しい病徴を示したが、G.scabra(品種「安代のさわ風」)には病徴を示さなかった。
    (3)形態的特徴:両菌株ともにMycochaetophora属菌特有の箒状の胞子体を形成した。分生子は、先端の形態を除いてほぼ一致した。
    (4)遺伝子解析:両者のITS領域は99.6%一致した。
  2. M.gentianaeの分生子柄は短く、分生子が出芽状(blastic)に形成された。その離脱様式は裁断型(schizolytic)であり、分生子痕は厚くなく目立たなかった。
  3. 分子系統解析を実施し、M.gentianaeの系統学的な位置付けを明らかにするとともに、本菌と分生子形成様式や形態が類似したPseudocercosporella様不完全糸状菌類との系統学的な関係を以下のとおり明らかにした。
    (1)3ヶ所のrDNA(SSU+LSU+5.8S)を用いた高次の系統解析から、M.gentianaeはビョウタケ目に属することが明らかになった。しかし、科レベルでの系統学的な位置を明らかにすることはできなかった。
    (2)ITS領域を用いた低次の系統解析から、M.gentianaeはビョウタケ目のPseudocercosporella様不完全糸状菌類3属(Helgardia、Rhexocercosporidium、Rhynchospo-rium)と近縁であるが、形態的および系統学的に独立した属であることを示した。
    (3)M.gentianaeは、Cadophora属、Leptodontidium属およびPyrenopeziza brassicaeと系統学的に近縁であった。

3 病原菌の生理学的性質

  1. 分生子の発芽
    (1)素寒天平板上では、温度10~30℃の範囲で発芽し、適温は20~25℃であった。pHは3~9で発芽し、至適pHは4~9であった。素寒天とPDAでは、発芽率に差が認められなかった。
    (2)スライドグラス上では、空中の相対湿度99%以上を必要とし、100%が好適であった。分生子懸濁液をいったん風乾した場合は、風乾しなかった場合に比べて発芽率が高かった。
  2. 培養性質
    (1)PDA、PCA、V8ジュース、オートミール、麦芽エキスおよび酵母エキス寒天では生育は良好であった。V8ジュースおよびオートミール寒天の培養菌叢は、黄~オリーブ色の着色を呈した。酵母エキス培地ではフェルト状の菌叢を生じた。いずれの寒天培地においても分生子の形成は認められなかった。
    (2)pH3~10で生育し、pH3では生育が劣った。
  3. 分生子の形成誘導
    (1)PCA平板を用いたスライド培養によって胞子体の形成が誘導された。この胞子体は、カバーガラス表面に伸長した菌糸やカバーガラス置床部を超えて伸長した菌糸上に形成された。また、カバーガラスやセロファンで被覆培養し、被覆を除去することで胞子体を形成した。
    (2)PC液体培地を用いた振とう培養によって分生子の形成が誘導された。胞子形成適温(15℃)では105個/mlを超える分生子懸濁液を得ることができた。

4 発生生態

  1. 感染条件
     分生子懸濁液を用いた接種試験により、発病の影響する要因として分生子濃度、温度、葉面濡れ時間、および葉齢が明らかになった。
    (1)分生子濃度:102~105個/mlで発病した。分生子濃度と発病葉率との間には線形的な関係が認められ、R2 = 0.840であった。
    (2)温度:15~25℃の範囲で発病し、適温は25℃であった。
    (3)葉面濡れ時間:24時間の葉面の濡れでは全く発病が認められず、より長時間を要した。発病葉率50%に要する葉面濡れ時間は、25℃では36時間、20℃では48時間、15℃では60時間であった。
    (4)葉齢:上位葉は、中位葉や下位葉に比べて抵抗性であったが、その影響は温度や葉面濡れ時間の要因に比べて小さかった。
  2. 分生子の感染動態
    (1)リンドウ葉面上における分生子の発芽適温は20~25℃であった。また、48時間の葉面の濡れにおいて温度15~25℃の範囲ではすべて発芽した。
    (2)接種7日後に出現した病斑上では1~数個の分生子が認められ、いずれも発芽管と付着器の形成が観察された。付着器は、発芽管の先端に形成され、多くは棍棒形~卵形、無色~やや褐色で、大きさ8~10×5~8μmであった。この分生子の直下の表皮内には、感染菌糸がマット状に広がっていた。
    (3)付着器の形成は、表皮細胞の間隙の近くに高い頻度で観察された。付着器の形成割合は、温度が高く葉面濡れ時間が長くなるほど高くなった。48時間の葉面の濡れでは、付着器の形成割合は5℃と10℃で0%、15℃で8%、20℃で26%、25℃では73%であった。温度と葉面濡れ時間の増加に伴い付着器の形成割合が増加する傾向は、発病増加する傾向とよく一致した。
  3. 潜伏期間
    (1)接種後、25℃で管理した場合、接種7日後から微細な病斑が現れ、接種14日後に明瞭な病斑として認められた。
    (2)接種後、低温条件下(15~20℃)で管理した場合、25℃に比べて初発生時期が遅く、発病も少なかった。
  4. 病斑上における胞子体形成および分生子の分散
     罹病葉を湿室に静置することで病斑上に胞子体が形成された。この胞子体の形成に対して、病患部の罹病程度、リンドウの生育ステージ、温度、および相対湿度の影響が認められた。分生子は、胞子体から水中に分散した。
    (1)病患部の罹病程度:褐変腐敗を伴う病斑で胞子体を形成したが、これを伴わない病斑では認められなかった。
    (2)リンドウの生育ステージ:生育初期(5~6月)や収穫後(9~10月)のリンドウに接種して生じた病斑では、胞子体の形成適温は15℃であった。着蕾期(7~8月)のリンドウでは、胞子体の形成適温は20℃であったが、形成量は少なかった。
    (3)相対湿度(RH):RH 99%以上を必要とし、RH 100%が好適であった。RH 86.5%では分生子柄の形成も認められなかった。
    (4)分生子の分散:病斑上に滴下した水滴に分生子が分散した。罹病葉をRH 100%の湿室で3日間維持した場合は20℃で分散数が最も多く、6.2×102個/mlであった。4日間維持した場合は、3日間に比べて各温度ともに分生子の分散数が著しく増加し、25℃が最も多く4.2×104個/mlであった。
  5. 第一次伝染源
    (1)素焼き鉢内の擬似環境下で越冬させた病葉では、回収直後の病斑上には胞子体は認められなかったが、湿室に静置することで表皮下の菌糸から分生子柄を生じ、次いで胞子体を旺盛に形成した。この胞子体の形成は、4月が最も高かったが、気温の上昇とともに減少し、8月には認められなくなった。
    (2)前年の発病株元土壌にリンドウを定植することで、本病が発生した。また、罹病茎葉を前年秋期に地表面に配置し翌春にリンドウを定植することでも発生した。さらに、定植前に前年罹病残さを除去しても発病した。発生量は、罹病残さを残した場合に多かった。病斑の発生は下位葉~中位葉で多かった。
    (3)前年罹病残さの伝染性試験において発生した病斑から本病菌を分離し、SSU rDNAをPCR法により増幅した。分離菌のSSU rDNAの増幅産物(約1,600bp)は、接種菌株(K18株)と同一の位置にバンドが検出され、対照のJ4株のSSU rDNA(約1,000bp)とは異なった。
    (4)分生子の土壌灌注による伝染性試験では、2008年は発病が認められず、2009年は1病斑だけ発病が認められた。発生頻度が著しく低いことから、再現性について今後検討する必要がある。
  6. 圃場における感染実態
    (1)4ヶ年(2001年~2003年、2008年)実施した曝露試験から、本病菌の感染は少なくとも6月下旬~7月上旬に始まり、9月まで続いた。感染量が多い時期は、初発生前では7月上旬とその前後、初発生後は8月中下旬であった。これら感染量が多い時期は、降雨日数も多かった。
    (2)上記の曝露試験から得られた時期別の発病葉率を目的変数、各種気象要因を説明変数とする重回帰分析の結果、6~7月の曝露試験における発病葉率(Y1)および8~9月の曝露試験における発病葉率(Y2)は、いずれも「2日間の連続する降雨の延べ回数」によって説明することができ、前者はR2=0.366、後者はR2=0.640であった。
    (3)上記曝露試験から得られた潜伏期間は、曝露期間中に最初に遭遇した降雨日に感染したと仮定した場合、2002年は約14日間、2003年は20~38日間であった。

5 品種と発病の関係

  1. 実生苗を用いた接種試験において、K18株(G.triflora由来)とMAFF239231株(G.scabra由来)は、G.trifloraの6品種に対していずれも病原性を示したが、G.scabraの「アルタ」には病原性を示さなかった。
  2. 切り枝を用いた接種試験において、G.trifloraの10品種、および由来不詳の「ラブリーアシロ」と「ニューハイブリッドアシロ」は発病したが、G.scabraの「アルタ」と「安代のさわ風」、およびG.trifloraとG.scabraの種間交雑種「アルビレオ」は発病しなかった。
  3. 種間交雑種「アルビレオ」の交配親である磐梯系(G.triflora)は罹病性、九州系(G.scabra)は抵抗性であった。さらに、「アルビレオ」と交配組合せを逆にした系統も抵抗性であった。これら結果から、G.scabraの抵抗性が優性遺伝することが明らかになった。

6 防除法

  1. 圃場における薬剤防除試験の結果から、既報の塩基性硫酸銅、TPN、クレソキシムメチルの防除効果を確認するとともに、新たにチウラムが優れることを明らかにした。
  2. TPN水和剤の散布時期と防除効果の関係を2001年~2003年の3ヶ年検討した。その結果、6月下旬~7月下旬のいずれかに散布することで防除効果が認められた。このうち、2002年と2003年は、7月上旬とその前後に散布した場合に高い防除効果が認められ、この時期は曝露試験で感染量が多い時期と一致した。しかし、この前後を無防除とした場合や防除効果の劣る薬剤を組み入れた場合は、クレソキシムメチル水和剤またはTPN水和剤を6月下旬~7月下旬まで連続散布した場合に比べて、10月の発生量が多くなった。以上から、岩手県における防除適期を6月下旬~7月下旬とした。

7 病原菌の生活環と岩手県における発生生態

 リンドウ褐斑病に関する一連の研究結果から、本病菌は圃場内において分生子を介した生活環を形成していることを明らかにした。病原菌の生活環と岩手県における本病の発生生態は以下のとおり要約される。

  1. 生活環
     梅雨期の6月下旬~7月下旬に、罹病残さ上に形成された分生子によって第一次伝染が起こる。8月上旬になると葉上に病斑が出現し、この病斑上に形成された胞子体から分生子が雨滴とともに分散し第二次伝染が起こる。病原菌は罹病葉内で越冬し、翌年の第一次伝染源となる。
  2. 第一次伝染源
     罹病残さは、温度15℃付近で数日間の濡れを経ることで、胞子体を旺盛に形成する。岩手県では梅雨期の6月下旬~7月下旬にかけて第一次伝染が起こる。この感染は、岩手県では梅雨入り間もない7月上旬とその前後に多く、梅雨期間を通じて続く。
  3. 感染と発病
     分生子による感染は、葉面濡れ時間が制限要因となる。24時間の葉面の濡れでは感染できず、他の植物病原菌と比較しても著しく長時間の葉面の濡れを必要とする。温度は15~25℃の範囲で感染可能であり、温度が高くなると感染に必要な葉面濡れ時間は短くなる。分生子は葉面で発芽後、付着器を形成する。付着器の形成は、温度が高く葉面濡れ時間が長いほど多くなる。すなわち、感染と付着器の形成には密接な関係が認められる。付着器から表皮下に侵入して感染が成立すると推定されるが、未検証である。
     感染から発病までの潜伏期間は、感染成立後の温度条件により異なる。25℃条件下では潜伏期間は約14日間であり、温度が低くなると長くなる傾向がある。岩手県では本病の初発生は例年8月上旬であるが、このことには梅雨明け後の気温の上昇が関係していると推察される。
  4. 第二次伝染源
     葉上病斑における胞子体の形成は、病患部が褐変腐敗を伴うことではじめて行われる。相対湿度(RH)99%以上を必要とし、RH100%が好適である。葉面の濡れ時間(RH100%)が長いほど、胞子体の形成量は増加する。胞子体から分生子が雨滴に分散し、これが飛沫して伝染する。8月に発生した病斑は、ごくわずかであっても第二次伝染源として以降の流行に大きく影響する。

【報文】岩手県におけるキュウリホモプシス根腐病の発生生態と防除に関する研究

岩舘康哉

 2005年から2012年までの8年間にわたり、キュウリホモプシス根腐病の発生生態および防除法に関する一連の研究を行った。成果は次のとおりである。

1 病徴および発生実態

  1. 岩手県で本病は、2002年に県内58市町村のうち県南部の3市町で初発生が確認された。2012年には県内33市町村のうち県北沿岸部を除くほぼ全域にまたがる16市町村(2002年当時の市町村区分では29市町村)まで急激に発生地域が拡大した。本病の発生と連作年数の関係をみると、長期連作圃場だけでなく、新規作付圃場や作付5年以内の栽培歴の浅い圃場で発生する事例も多数認められた。本病による被害発生圃場における土壌消毒の実施割合は、2007年から2011年の平均で約40%であり、被害圃場の約60%では、土壌消毒を実施しないまま栽培が継続されていた。
  2. 岩手県における主力の露地夏秋キュウリ圃場における本病の特徴的な病徴は、定植30日以降の収穫開始期前後から認められる萎凋症状と、根部での疑似微小菌核(Pseudomicrosclerotia)および偽子座(Pseudostromata)の形成であった。萎凋症状は、曇雨天後の晴天など宿主の水分ストレスが急に高くなる条件で発生が多かった。 また、露地夏秋キュウリの場合、本病の被害は夏季高温年よりも夏季冷涼年に被害が大きくなるものと考えられた。
  3. 圃場には本病類似の急性萎凋症状も同時に確認され、その原因は、1)キュウリ株の根群形成不良に起因するもの、2)栽培・肥培管理に起因するもの、3)病害虫によるものが認められた。病害虫によるものでは、キュウリモザイクウイルスとズッキーニ黄斑モザイクウイルスの重複感染、つる枯病、つる割病、疫病、ネコブセンチュウ害、黒点根腐病などであった。
  4. 本研究中にキュウリ黒点根腐病が国内初確認された。本病の特徴は、地上部の萎凋と根部での子のう殻の形成であり、形態およびPCRによる同定の結果、病原菌はMonosporascus. cannonballus であることが明らかとなった。本病は自根キュウリでのみの発生確認であり、カボチャ台木を用いた接ぎ木栽培の場合は発生が認められなかった。

2 病原菌の諸性質および発生生態

  1. 本病菌の生育適温は20℃~25℃、生育の最低限界温度10℃、最高限界温度30℃であった。本病菌生育の至適pHは4~5付近であり、pH6以上では菌糸生育は抑制された。本菌死滅温度は40℃では2~4日間、37.5℃では4~5日間、35℃では5~7日間であった。32.5℃では42日後でも完全に死滅しなかった。
  2. 本病は、乾燥条件、過湿条件いずれでも発病するが、乾燥条件ではキュウリの生育が劣り、外観上の発生程度は大きくなった。本病は、0.01%(w/w)と極めて低密度の汚染土壌の混入でも感染・発病した。また、圃場において本病菌は土壌深度30~40cmまでのすべての層位に存在した。本病の発病適温は、20℃~25℃であり、30℃では発病が抑制された。
  3. 本病は、キュウリ地際もしくは地下部組織の胚軸や根の残渣組織上に形成される偽子座や疑似微小菌核が耐久生存器官としての役割を担っていると推定された。根部残渣に形成される偽子座や疑似微小菌核は、乾燥状態では短期間で病原性を失うが、湿度が保たれた条件では長期間生存可能であった。

3 抵抗性台木およびクロルピクリンくん蒸剤を用いた防除技術

  1. 本病の抵抗性が強い台木を検索した結果、ウリ科植物のうち、クロダネカボチャやトウガンが優れていた。接ぎ木親和性を含めて評価すると、キュウリの接ぎ木用台木としてはクロダネカボチャが本病の被害軽減に有望であった。
  2. 本病防除に有効な土壌消毒剤はクロルピクリンくん蒸剤であり、処理方法としてはマルチ畦内処理が有効であった。マルチ畦内処理とクロダネカボチャ台木の併用は、これらの対策を単独で用いるよりも顕著な防除効果が得られた。
  3. マルチ畦内処理で防除効果を安定させるためには、キュウリ苗の定植位置を出来るだけ畦中央部とすることが重要であった。
  4. 防根透水シートを用いた根域制限処理とマルチ畦内処理の併用は、極めて高い防除効果が得られる反面、地上部の生育や収量に負の影響を与えることから、現時点での実用性は低いと判断された。高畦やマルチ裾埋め込み手法とマルチ畦内処理の併用は、畦高15cm・マルチ裾埋め込み15cmや畦高25cm・マルチ裾埋め込み5cmは根の通路方向への伸展遅滞効果が確認され、萎凋株および根部の発病抑制効果がともに高かった。一方、高畦栽培では無潅水の場合は生育や収量に負の影響を及ぼすため、十分なキュウリ生育および収量を確保するためには適切な潅水が必要と考えられた。
  5. クロルピクリンくん蒸剤の剤型とマルチ畦内処理は、クロールピクリン(液剤)、クロピクフロー(フロー剤)、クロルピクリン錠剤(錠剤)、クロピクテープ(テープ剤)のいずれの剤型も防除効果が認められ、実用性が高いと考えられた。一方で、薬剤間の効果差をみると、クロピクフロー=クロールピクリン≧クロルピクリン錠剤>クロピクテープの順であった。
  6. クロルピクリンくん蒸剤による深層土壌くん蒸処理はマルチ畦内処理より若干防除効果は劣ったが、十分な防除効果が得られた。本法は通常のクロルピクリンくん蒸剤の処理法と異なることから、生産圃場で利用するためには、新たに農薬登録(適用拡大)を取得する必要がある。

4 転炉スラグを用いた土壌pH改良による被害軽減技術

  1. ホモプシス根腐病は転炉スラグ処理により防除できる可能性が示唆され、処理量が多く土壌pHが高まるほど、ホモプシス根腐病の発生を抑制できた。特に、「パワーZ2」台木、「黒ダネ南瓜」台木では、改良目標pH7.5とした転炉スラグ処理により実用的な発病抑制効果が得られたが、キュウリ自根苗では土壌pHを7.5に改良しても必ずしも十分な防除効果は得られなかった。転炉スラグにより育苗培土pHを7.5に改良した場合のキュウリ苗の生育は、転炉スラグ無処理区と同等であった。しかし、育苗培土の種類によっては、生育量に問題はなくとも、マグネシウム欠乏症や根が褐色化する現象が認められた。
  2. 本病抵抗性の強い台木「黒ダネ南瓜」と慣行台木「パワーZ2」の接ぎ木苗ではいずれも、転炉スラグの処理量が多く土壌pHが高い区ほど萎凋症状が抑制された。しかし、その反面、マグネシウム欠乏症等の生理障害の発生リスクも高まり、目標改良土壌pHは7.5程度が適当と判断された。
  3. 現地圃場において、目標土壌pH7.5、土壌改良深10cmとした転炉スラグ処理は、萎凋株の発生抑制効果が高かった。一方で、根部の発病抑制効果が低い試験事例もあり、本技術の被害軽減効果は完全ではなかった。
  4. 圃場への転炉スラグ処理は、キュウリの初期生育に優れ、栽培期間を通して商品化収量が多いなど、慣行区と比較しても収量や品質面での負の影響はなかった。育苗培土への転炉スラグ処理を併用した場合でも、慣行培土で育苗した苗とほぼ同等の商品化収量であり、実用上問題は無かった。
  5. 転炉スラグ処理によるキュウリホモプシス根腐病の発病抑制メカニズムは、カルシウムによる直接的な病原菌への作用や、植物体中のカルシウム含量増加、カルシウム処理による病害抵抗性の活性化等が主体ではなく、土壌pHの上昇に起因するものと推定された。

【報文】岩手県内の黒毛和種および日本短角種における牛肉中の脂肪酸組成と枝肉形質の遺伝的パラメータの推定

佐藤洋一・安田潤平・米澤智恵美・藤村和哉・熊谷光洋

 近年、牛肉の脂肪酸組成は味に影響するとされ、新たな改良形質として注目されている。枝肉形質の改良との両立のためには、改良対象集団における遺伝的パラメータを推定し、枝肉形質との関連を明らかにすることが重要であるとともに、日本短角種では脂肪酸組成に関する知見がほとんどないため、岩手県内の黒毛和種および日本短角種集団における脂肪酸組成の改良について検討することを目的に、脂肪酸組成と枝肉形質の遺伝的パラメータを推定した。
 材料は1050頭の黒毛和種と280頭の日本短角種を用いた。脂肪酸組成は、C14:0、C14:1、C16:0、C16:1、C18:0、C18:1、C18:2、SFA、MUFAを、枝肉形質はCW、LMA、RT、SFT、BMSを対象形質とし、プログラムMTDFREMLを用いて遺伝的パラメータを推定した。さらに、黒毛和種種雄牛のMUFA育種価とSCD、FASN遺伝子型との関連を分散分析により検討した。
 脂肪酸組成の遺伝率は、黒毛和種ではC18:2が0.19と低かったものの、SFA、MUFAはそれぞれ0.81、0.79と高かった。日本短角種でも中程度の遺伝率が推定されたが、脂肪酸による遺伝率の差は黒毛和種よりも小さかった。枝肉形質と脂肪酸割合との表型相関、遺伝相関は両品種とも概ね低い値であったが、黒毛和種ではLMAとMUFAとの間に、日本短角種ではCWとMUFAとの間に中程度の遺伝相関が推定された。黒毛和種種雄牛のMUFA育種価にはSCD遺伝子の影響が認められ、A/A型とV/V型間の差が有意であった。
 岩手県内の黒毛和種および日本短角種集団でも脂肪酸割合は遺伝的影響が大きく、脂肪酸の改善には遺伝的改良が有効であることが判明し、黒毛和種種雄牛のMUFA育種価とSCD遺伝子型の関連が認められた。SCD遺伝子をはじめ、既知遺伝子は遺伝能力の一部を説明しているにすぎないことに注意する必要があるが、育種価が推定できない場合にはSCD遺伝子で能力を推定することもある程度有効であると考えられる。
 和牛肉の食味評価に関する研究動向に注視しながら、枝肉形質の改良と併せて、新たに「味」に関する改良に取り組むことが「いわて牛」のブランド評価向上に結び付くと思われる。

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