岩手県農業研究センター研究報告 第8号

ページ番号2004388  更新日 令和4年1月17日

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【報文】秋播性コムギの冬期播種栽培に関する研究

荻内謙吾

 コムギの本作化が進む中、岩手県においては通常の秋播栽培では播種作業が水稲などの夏作物の収穫作業と競合することが営農上の大きな課題となっている。水田転換畑とりわけ水稲後においては、秋雨などの影響で耕起作業が困難なことが多いために適期播種ができず、排水対策も不十分な場合が多い。
 本研究では、これらの問題の解決に資するために、秋播性のコムギを根雪前に播種する「冬期播種栽培」の技術を開発し、先ず根雪前に播種した秋播性コムギの越冬性を調査し、冬期播種栽培に適した品種の選定と最適な播種期および播種法を確立した。次いで、冬期播種栽培において多収と高品質を両立させるための効率的な窒素施肥法、冬期播種栽培に適した病害・雑草防除体系について明らかにした。さらに、冬期播種栽培がコムギ縞萎縮病の発生におよぼす影響について調査し、冬期播種栽培が本病の被害回避策として有効であることを明らかにした。また、冬期播種栽培したコムギの加工品質は、秋播栽培したものと同等以上を確保できることを明らかにした。本論文はこれらの成果を述べたものであり、以下に概要を述べる。

1 冬期播種栽培に適した品種の選定と播種法

 秋播性のコムギを根雪前の冬期に播種する場合、収量性を高めるためには越冬後に十分な茎数を確保することが重要である。そこで、根雪前に播種した秋播性コムギの越冬性を調査し、冬期播種栽培に適した品種の選定と最適な播種期および播種法について検討した。耐寒雪性を異にする秋播性コムギを根雪前に播種した場合、播種翌春の生存個体率は各品種の耐寒雪性の強さとよく対応しており、耐寒雪性の弱い品種では生存個体率が低く、根雪前の播種は不可能と考えられた。このことから、冬期播種栽培には「ナンブコムギ」のような耐寒雪性の強い品種が適すると結論づけた。根雪前に出芽がみられる時期の播種では、凍上害による枯死株率が高まることから、より安定的な越冬後の苗立ちを確保する播種期(冬期播種栽培の播種適期)としては、根雪前に出芽しない時期の播種、すなわち例年の根雪始めからさかのぼって0℃以上の積算平均気温が95℃以下の期間であり、岩手県においては12月上旬から12月下旬の時期である。また、播種時期が遅くなるほど稈長、穂長等の生育量が小さくなり、穂数が減少することから、冬期播種栽培においてより安定的な子実収量を確保するためには播種量を増やすことが必須であり、播種量は350粒/m2(千粒重43g換算の播種重量で15g/m2)とすることで最も安定した子実収量が得られることが明らかとなった。

2 冬期播種栽培における施肥法

 冬期播種栽培において、多収と高品質を両立させるための施肥法、特に窒素施肥法について検討し、さらに子実タンパク質含有率の制御についても検討した。施肥時期として播種時施肥と融雪期施肥を検討したところ、播種時施肥は融雪期施肥に比べて成熟期の生育量が多く、多収となることが明らかとなった。播種時施肥では、越冬後に出芽した時点で十分な量の肥料が既に溶出しており、窒素吸収が早まったために初期生育が促進され、栄養生長量が増加したことが要因と考えられた。基肥窒素量としては、普通畑、転換畑のいずれも10g/m2とすることで、倒伏せずに秋播栽培と同等以上の子実収量を確保できることがわかった。施肥窒素量が増加すると普通畑は転換畑に比べて子実収量が高まる傾向がみられたが、普通畑では出穂期までの窒素吸収量が転換畑よりも多く、これが栄養生長期の分げつをより促進する方向に作用したためと考えられた。転換畑においては子実タンパク質含有率が普通畑よりも低く、基肥窒素量を増やしても子実タンパク質含有率にはあまり変化がみられなかったが、穂揃期の窒素追肥により子実タンパク質含有率が増加し、その増加度合いは特に転換畑で顕著であった。このような圃場間差は、土壌窒素の無機化の時期や量が圃場間で違いがあったことが要因の一つと推察された。また、用途に応じた子実タンパク質含有率を得るためには、穂揃期の窒素追肥による制御が必要と考えられた。この場合、普通畑では子実タンパク質含有率が高いことからパン用としての利用に適するが、無追肥では目標とする子実タンパク質含有率を下回る場合もあることから、追肥量は2g/m2が妥当である。また、転換畑では日本めん用、パン・中華めん用いずれも窒素追肥による子実タンパク質含有率の向上が必要であり、目標とする子実タンパク質含有率を確保するため、日本めん用としての利用を考えた場合は追肥量を2g/m2とし、パン用としての利用を考えた場合は追肥量を4g/m2とすることが妥当である。

3 冬期播種栽培における病害および雑草防除

 冬期播種栽培に適した病害防除および雑草防除体系について検討した。うどんこ病、赤さび病は、無防除では秋播栽培に比べて冬期播種栽培で発生が多かったが、これには施肥レベルの差や生育量の差などの影響が考えられた。赤かび病は、栽培法の違いによる発生程度の差が判然とせず、むしろ生育時期のズレによる出穂後の気象条件(特に降水量)の差による影響が大きいものと考えられた。秋播栽培の慣行の防除体系に準じて実施した防除により、いずれの病害も有意に病害の発生が抑えられたことから、冬期播種栽培においては秋播栽培の慣行の防除体系が適用できると判断された。また、冬期播種栽培におけるこれら病害の効率的な薬剤防除体系を考えた場合、生育期の病害防除としては止葉期+開花期(開花期以降に多雨が予想される場合は開花期7日後に追加防除)の2~3回の防除体系が妥当である。除草剤の処理により残草量が有意に減少したが、転換畑ではイネ科雑草の発生が多いことから、冬期播種栽培における雑草防除は、広葉雑草とスズメノテッポウに効果のあるチフェンスルフロンメチルの使用が妥当と考えられた。また、冬期播種栽培では、除草剤1回処理でも慣行の秋播栽培並に雑草を制御できるが、使用する圃場の雑草発生量に応じて、体系処理や茎葉処理剤の複数回散布などの検討も必要である。

4 冬期播種栽培によるコムギ縞萎縮病の被害回避

 土壌伝染性ウイルス病害であるコムギ縞萎縮病は、播種時期を遅くすると発病が軽減されることが知られている。そこで、根雪前に播種する冬期播種栽培がコムギ縞萎縮病の発生に及ぼす影響を明らかにし、本病の被害回避策としての実用性を検討した。コムギ縞萎縮病多発圃場において、秋播栽培、冬期播種栽培の発病程度を比較したところ、秋播栽培では全ての株が発病し、発病度も高かったが、冬期播種栽培では全く発病しないかごくわずかに葉の黄化症状がみられるにすぎず、高い発病抑止効果が認められた。冬期播種栽培では播種から根雪期間終了後の3月下旬まで5℃以下の低温で経過していたことから、播種後の低温条件によりコムギ縞萎縮ウイルスのムギへの感染が妨げられたことが、発病が抑止された大きな要因と考えられた。秋播栽培では、多発、少発といった圃場の種類によって発病程度に差がみられたが、連作していくと圃場間の差はみられなくなった。一方、冬期播種栽培では、いずれの圃場においてもコムギ縞萎縮病の発病がほとんどみられず、連作をしても発病抑止効果は高いことが明らかとなった。子実収量を比較すると、冬期播種栽培は秋播栽培に比べて穂数が多く千粒重が重い傾向にあり、発病程度の高い秋播栽培に比べて最大で149%増収した。薬剤防除では、TPN粉剤の処理により、秋播栽培におけるコムギ縞萎縮病の発病度の低下と子実収量の向上をもたらしたが、その効果は年次によるフレがみられた。TPN粉剤を処理しても、コムギ縞萎縮病の発病程度は冬期播種栽培に比べるとはるかに大きく、次作の伝染源密度を減らすには至らなかった。また、コスト的にみても、TPN粉剤による薬剤防除に比べて冬期播種栽培は耕種的防除法として有利である。

5 冬期播種栽培したコムギの加工品質

 冬期播種栽培した秋播性コムギの加工品質を明らかにするために、岩手県の主要品種である「ナンブコムギ」と「ゆきちから」を用いて、アミログラム特性や製粉性、60%粉特性、製パン性、製めん性について調査し、秋播栽培したものとの比較を行った。冬期播種栽培では、秋播栽培と比較して成熟期が3~5日遅くなるものの、多雨条件となる前の7月上旬の収穫が可能であり、熟期の遅れによる降雨の品質への影響を回避できた。冬期播種栽培は秋播栽培に比べて千粒重が軽かったが、容積重は秋播栽培と同等以上であり、製粉特性や粉の色相、ファリノグラム特性値は両区で有意な差がみられなかった。また、原粒の灰分含有率は冬期播種栽培が秋播栽培よりも低く、タンパク質含有率は統計的に有意ではないものの冬期播種栽培が秋播栽培と同等ないし高い傾向であった。製パン特性やゆで麺特性は統計的な差は認められなかったが、「ゆきちから」では冬期播種栽培のパン体積やパンの合計点が秋播栽培を上回った。冬期播種栽培のタンパク質含有率の向上は、冬期播種栽培の施肥レベルが秋播栽培に比べて高いことに起因し、それが製パン性の向上につながったものと考えられた。以上のことから、秋播性コムギの冬期播種栽培は、慣行の秋播栽培と比較して生育相が大きく異なるものの、子実の外観品質のみならず、アミログラム特性や製粉性、製パン性、製麺性といった加工品質も慣行の秋播栽培と同等以上を確保できると判断された。

【報文】オビルピーハの生態および根群・根粒形成

大野 浩・紺野 直・金野廣悦・佐々木 仁・金浜耕基

 陸前高田市総合営農指導センター圃場においてオビルピーハ(Hippophae rhamnoides L. ssp. mongolica)の生態および根・根粒の分布を調査した。その結果、オビルピーハはヨーロッパ系統(H. rhamnoides L. ssp. rhamnoides )よりも発芽~開花期は1~2日程度早く、収穫期は1ヶ月程度早かった。根の水平分布は主幹からの距離75cm、深さ25cmまでの範囲で密度が高いものの、根径5mm以下の細根は深さ25-50cmの層でも深さ25cmまでの層と同程度の密度であった。根粒は主幹から75cm、深さ25cmまでの範囲に多く存在し、深さ25cm以上の土層には認められなかったことから、主幹から狭い範囲の浅い地表下に着生することが示された。

【要報】液状コンポストの成分特性及びその利用法

松浦拓也・高橋好範・折坂光臣

 奥中山地域では家畜排せつ物の有効な活用を目的として、液状コンポスト化施設の導入が検討されている。液状コンポストは、家畜ふん尿の固液分離後の液分を曝気処理したものである。その利用に当たって必要となる、成分組成及び成分含量の季節変動などの解明を行った。液状コンポスト(貯留槽中)の成分含有率の平均値はT-N(%)-T-P2O5(%)-T-K2O(%)=0.27-0.18-0.34、乾物率(%、100-水分%)=3.4であった。NH4-N(%)=0.175で全窒素のうち60%程度がアンモニア態窒素として存在する。成分含量は、主に降雨による希釈が原因と思われる季節変動及び固形部分の沈降等による濃度勾配が見られる。肥料成分は、T-N、T-P2O5、T-K2OについてEC、乾物率、簡易型反射式光度計数値、アンモニア態窒素試験紙指示値から簡易推定をすることができる。液状コンポスト中の窒素の無機化速度は速く、肥効はかなり化学肥料に近いため、液状コンポストを牧草及びデントコーンに利用する場合は、全窒素で慣行窒素施用量の2割増となるように施用することで、慣行並の収量を確保することが可能であり、化学肥料の節減が可能である。

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