岩手県蚕業試験場報告 第10号(昭和63年2月発行)

ページ番号2004908  更新日 令和4年10月12日

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岩手県における桑胴枯病の発生生態の解明と防除技術の確立 -桑の主・支幹における胴枯病の発生生態と防除技術-

及川英雄・鈴木繁実・八重樫誠次

 岩手県における桑の仕立は、大半が高根刈仕立あるいは中刈仕立であることから、積雪地帯においては主・支幹が胴枯病に侵されることが多い。このため、桑の主・支幹に発生する胴枯病に重点をおいて、発生生態および発生要因を明らかにし、抵抗性品種をベースとした耕種的防除技術と薬剤による防除を組合せた総合的な防除技術を検討した。

1 発生実態の解明

  1. 岩手県では奥羽山系および北上山系に沿って積雪地帯が分布しているが、積雪量の割に根雪日数の長いのが特徴であり、最深積雪量80~150cm、根雪日数80日以上の地帯で桑の胴枯病が多発している。
  2. 最深積雪量および根雪日数と胴枯病被害率の関係は、積雪量が多いほど、また、根雪日数が長いほど被害率が高い、正の相関が認められた。
  3. 本県は秋冷が早く、10月中に早霜をみることが多いが、この気象条件が桑の寒枯れを誘発し、さらに、胴枯病も併発することにより、積雪量の割には胴枯病の被害率が高く現れるものと考察した。
  4. 傾斜地桑園では、北面>東面>南面>の順で胴枯病の被害率が高く、尾根に当たる場所では低かった。なお、平担地では凹地に当たる場所で著しく被害率の高い例がみられた。
  5. 本県における桑の仕立法は大半が高根刈または中刈仕立であるため、主幹または支幹の被害が多発し、累年の被害によって枯死する株が多くみられた。しかし、主幹が枯死しても、欠損株になることは少なく、地際部から再生して根刈のような状況を呈する事例がみられた。
  6. 同一条件で栽培されているゆきしのぎと剣持の中刈仕立について9カ年にわたって追跡調査した結果、剣持の主支幹は3~5年目に被害が多発したが、ゆきしのぎのそれは常に10%以下に止まった。
  7. 仕立法別にみた胴枯病の被害実態は、中刈単幹<中刈多幹<高根刈仕立の順であり、高根刈仕立は主・支幹、枝条とも被害率が高かった。
  8. 前年晩秋期の伐採程度により翌春の被害率は、深切りほど高かった。
  9. 栽植密度の高い桑園は被害率が高かった。
  10. 春期に発病した枝をそのまま放置している桑園は、除去した桑園に比べ被害率が高かった。

2 発生生態の解明

  1. 罹病枝条における胞子の形成は、日陰の地面、株間地面、土中、水浸、堆積、室内等、何れの設置条件でも柄胞子の形成がみられ、室内以外では子のう胞子の形成もみられた。
  2. 垂直に吊した罹病枝からは、降雨と共に柄胞子が流下し、その量は6月上旬~8月上旬では降水量と連動する形で増減し、以後漸減した。この場合、枝条より樹齢3年の支幹で柄胞子の捕捉量が多く、また、長期に及ぶ傾向がみられた。
  3. 地面に敷いた罹病枝条からは降雨の都度柄胞子が雨滴と共にはね上がり、その高さは30cm以下で多かったが、40~50cmでも捕捉された。時期的な推移は、春切桑園と夏切桑園で異なり、春切桑園では5月下旬から7月下旬の降雨時に多かったが、夏切桑園では夏切直前まで胞子の飛散が少なく、夏切後急激に多くなった。これは桑葉の繁茂状況に左右されたものと考察した。
  4. 土壌カラムに胴枯病菌の柄胞子懸濁液を潅注した場合、深さ2cmまで多量に胞子の分布をみたが、3.5cmより深くなると全く検出されなかった。
  5. 主・支幹における病斑の形成および胞子の形成は、枝条のそれとほぼ同様の経過を示したが、主・支幹は幹径が大きいことから、病斑が幹周をとり巻き、単年度で枯死に至るケースは少なく、病斑を形成したまま生育を継続することが多かった。
  6. 主・支幹へ時期別に胴枯病菌を付傷接種した場合、3~4月接種ではその年の5~6月に発病し、5~6月に接種した場合は、半数以上が当年と翌年にまたがって発病し、残りは翌春発病した。7~11月に接種した場合は、何れも翌春に発病した。
  7. 主・支幹または枝条に胴枯病菌を皮目接種し、12月上旬から4月上旬まで乾・湿のもみがらにより埋没処理した結果、乾燥したもみがら処理では発病がみられなかった。
  8. 桑枝に焼傷をつくり、一定の期間を置いて胴枯病菌を接種した場合、何れも発病したが、新しい傷口への接種が、より病斑の拡大がみられ、35~90日経過後の旧い傷口では、主・支幹、枝条とも病斑が小さかった。
  9. 主・支幹の太さ別に胴枯病菌を接種した場合、焼傷接種では幹径の大小を問わず発病し、病斑の拡大もほぼ同じ大きさを示した。皮目接種では、幹径が太くなると発病しにくくなる傾向を示した。剣持、ゆきしのぎの場合、幹径40mm以上では皮目感染による発病が少なかった。現地における主幹部への発病状況を勘案しながら考察すると、剣持、ゆきしのぎ等の中度耐病性品種では、幹径6~7cm以上の樹幹は、安定した感染抵抗性を示すことが伺われた。
  10. 主・支幹に通年にわたり形成されている病斑について、冬期間その病患部組織を培養した結果、10月から4月まで胴枯病菌が検出されることが多く、病患部においては翌春の発病時期まで胴枯病菌の生存することが確認された。
     また、この病患部から二次発病が考えられるため、3~4月に旧病斑の周縁部に接して形成された新しい病斑、つまり、二次的に感染発病したとみられる病斑を調査した結果、二次発病とみられる病斑が多数発生した。この場合、旧病斑の大きさによって二次発病の割合が異なり、旧病斑の大きさが31mm以上では70%を超える二次発病割合を示し、10~30mmでは40%台の発病割合であった。なお、10mm以下の小病斑では、二次発病とみられる病斑はみられなかった。

3 発病要因の解析

  1. 桑品種と発病
     現地5ヵ所に7~8品種を植栽し、5ヵ年にわたって発病状況をみた結果、新桑2号は何れの地帯においても常に安定した耐病性を示したが、ゆきしらず、ゆきしのぎ、ふかゆき、かんまさり、橘桑、剣持は地域によって発病状況が異なったことから、地帯別に適応品種を示した。なお、特異的に剣持の被害率の高い地帯がみられたが、剣持は寒枯れに抵抗性の弱い一面をもっていることから、これが胴枯病を併発あるいは被害を助長するものと考察した。
  2. 桑の仕立と発病
     主・支幹の被害は総合的にみて高根刈>中刈多幹>中刈単幹の傾向が認められ、枝条の被害は根刈>高根刈>中刈多幹≒中刈単幹であった。なお、樹齢6年目のゆきしのぎについて、主幹・支幹・枝条別に胴枯病の被害率をみた結果、高根刈、中刈多幹、中刈単幹仕立ともに、支幹の被害率が最も高く、次いで枝条>主幹の順であった。これらの結果から、積雪150cm以下の地帯では、主幹の高さを45cm程度とした中刈単幹仕立が有利であることを明らかにした。
  3. 肥培と発病
     ゆきしのぎ、ゆきしらず、剣持、改良鼡返について肥料3要素の施用量と発病との関係をみた結果、N、P、Kの半量施用区、P、K半量施用区、およびN倍量施用区は被害率が高く、標準施肥区との間に有意差が認められた。また、P、Kの半量施用区およびP、K無施用区では、病斑の拡大が標準施肥区より大きかった。夏肥の施用時期と発病の関係について、ゆきしのぎを用いて3年間検討したが、施用時期による差は認められなかった。
  4. 収穫法と発病
    ア. 晩秋期の伐採程度と発病……春切桑では50cm残し以下で発病が多い傾向を示したが、わい小枝を残した場合は、50cm残し以上(ゆきしのぎ)では被害率に影響がみられなかった。しかし、一春一夏輪収体系では、晩秋期の残枝条長によって翌春の桑収量が左右されるので枝条を80cm以上残す必要がある。夏切桑の場合は、剣持、ゆきしのぎとも、基部15cm残しでは発病が多いが、30cm残しでわい小枝を残した場合は影響がみられなかった。
    イ. 晩秋期の残葉と発病……晩秋期中間伐採収穫後の残葉数が少ないほど翌春の発病が多く、その程度は桑品種によって異なった。また、残葉部位では下位葉の場合、上位葉残しに比べ被害率が高かった。
     なお、晩秋期の残葉に関連して、枝条成分の消長を検討した結果、残葉数が少ないほど冬期間における枝条の容積乾重が軽く、水分率が高かった。また、全摘葉の枝では12月下旬において0~-2℃で凍結した。枝条成分では残葉数の少ない枝ほど、粗たんぱくの減少が目立ったほか、粗脂肪、還元糖、でんぷん等も少ない傾向を示した。
  5. 栽植密度と発病
     10アール当たりの栽植本数を15,000本、3,000本、800本に設定して5年間発病状況を調査した結果、栽植密度が高いほど、胴枯病の被害率が高い傾向を示した。

4 耕種的防除法

  1. 耐病性桑品種の選定
     積雪寒冷地向の7品種について、慣行の栽培を行い、5年間にわたって、胴枯病耐性、桑収量等を検討した。その結果、新桑2号が安定した耐病性を示し収量も多かったが、桑葉質に問題があり実用性に乏しいと評価された。ゆきしのぎ、かんまさり、剣持は桑収量からみて大差のない数値を示したが、かんまさり、剣持はゆきしのぎに比べ、胴枯病耐性が不安定であり、総合的にはゆきしのぎが勝ると判断した。しかし、ゆきしのぎはクワシントメタマバエ・裏うどんこ病等には弱い一面があることから、品種の選定に当たっては、複数の品種を選びそれぞれの特性を活かした使い分けをする必要がある。
  2. 圃場衛生的防除
     春期に罹病枝条を、桑園内から早い時期に除去することにより被害を軽減することが出来た。また、根刈仕立の桑を春切後、ポリマルチあるいはワラマルチすることにより、柄胞子の飛散を防止する効果があり、翌春の胴枯病被害も少なかった。

 なお、耕種的防除については、発病要因の解析の中で検討した栽培管理(仕立、収穫、肥培)と発病の結果を併せて総括した。

5 薬剤による防除効果

  1. 薬剤の効率的使用法
     桑胴枯病の防除薬剤として適用登録されているホルマリン、PCP銅剤は、単用では効果が不安定であることから、混用による効果を検討した。その結果、ホルマリン15~30倍とマシン油20~60倍の混用が安定した効果を示し、経費面でもこれまで多く使われていたホルマリンとPCP銅剤の混用より効率的であることを明らかにした。
  2. 主幹の防除法
     桑を中刈仕立にした場合、幼木期にその主幹が被害を受けることから、主幹のみを対象とした防除法を検討した結果、育蚕用資材として用いられているピロシートを、ホルマリン15倍とマシン油20倍の混用液に浸漬処理して陰乾後、主幹を被覆する方法が有効であり、1回の処理で約2ヵ年の持続効果があることから、小規模の桑園に適用出来ると思われた。
  3. 春期における薬剤防除
     胴枯病の病斑が拡大する前の3月下旬~4月上旬に、病斑を形成した枝の表面に、大豆油とトップジンMの混合剤またはカルサンド(建築資材)を塗布処理することによって、病斑の拡大阻止効果が認められたが実用化するには更に検討を要する。

6 総合防除技術の組立実証

  1. 仕立法による防除技術の現地実証
     最深積雪150cm以上の多雪地および80~120cmの中雪地5ヵ所を選定し、ゆきしのぎをベースとした仕立法による胴枯病防除の現地実証試験を行った。その結果、中刈単幹仕立が何れの地帯においても胴枯病の被害が少なく、その実用効果が証明された。特に中刈単幹仕立は、植付後6~7年目以降は無消毒体系とするところに大きなメリットがある。しかし、中刈単幹仕立は、植付初期(2~3年)の収量が少ない傾向を示すので、この点留意する必要がある。
  2. 地帯別消毒体系の実証
     ホルマリンとマシン油の効率的な混用濃度を明らかにするため、県内の中・多雪地6ヵ所について現地実証し、積雪地帯別にその混用濃度を明らかにした。
  3. 総合防除技術の組立
     県内の積雪地帯を、中・少雪地帯(最深積雪50~80cm、根雪日数70~80日)と多雪地帯(最深積雪80cm以上、根雪日数80日以上)に分け、桑品種、仕立法、収穫法、管理、消毒法等を総合した防除体系を組立てた。

クワ枝皮層組織における抗菌性物質の生成と誘導

鈴木繁実・及川英雄

 積雪地帯で特異的に多発するクワ胴枯病の発生機構を解明することを目的として、主にクワ枝に含まれる抗菌性物質の生成・誘導と発病との関係について検討した。
 概要は次のとおりである。

  1. クワ胴枯病抵抗性の品種間差異を枝皮層組織のファイトアレキシン(PA)生成量の多少で分類しようと試みた。すなわち、抵抗性品種ではPAの生成量が多く、そのため細胞内での胴枯病菌菌糸の進展を速やかに阻止し、罹病性品種ではPAの生成量が少なく、そのため細胞内での菌糸の進展を許すであろうという仮説を立てた。その結果、罹病性品種である改良鼡返の抗菌活性が高く、抵抗性のヤマグワ系品種の抗菌活性が低く現れ、仮説は証明できなかった。
  2. 抵抗性を異にするクワ品種を用いて、胴枯病の病斑拡大に及ぼす温度の影響について検討した。その結果、焼傷接種によるクワ切り枝上の胴枯病斑は、培養初期では高温ほど大きく、低温ほど小さかったが、次第に逆転し、低温ほど病斑が大きく、高温では小さかった。また、培養24日後における病斑の大きさを品種別に比較すると、いずれの温度条件下でも、ゆきしのぎ>新桑2号>改良鼡返≧剣持であった。
  3. クワ胴枯病の病斑拡大と温度およびPA生成との関係について考察した。
  4. 晩秋期に摘葉処理したクワ枝の抗菌活性は、残葉数が少ないほど低い傾向がみられ、特に、全摘葉区では残葉区に比べ低く、有意差が認められた。
  5. クワ枝を浸透移行性の殺菌剤・除草剤に浸漬しただけでは枝皮層組織にPAは誘導されなかったが、環状剥皮するとその皮層組織にのみPA誘導が認められた。クワ枝を枯死させるような薬剤では、誘導されるPAの抗菌活性は高いのに対し、薬害をおこさない薬剤では、誘導されるPAの抗菌活性は低い傾向が認められた。
  6. カスガマイシン水溶液に浸漬したクワの切り枝に、胴枯病菌を焼傷接種したところ、病斑の拡大が抑制された。カスガマイシンによって誘導されたPAの抗菌活性は低いことから、PAとは異なる抵抗性因子の存在が示唆された。
  7. カスガマイシン水溶液に浸漬処理したクワ枝の皮層切片の抗菌作用を、「直接法」により調べたところ、高い抗菌活性が認められた。このことから、胴枯病病斑の拡大阻止反応は、いわゆる「直接法で示される抗菌作用」が当該薬剤により増強または活性化された結果と推察した。
  8. クワ枝皮層組織の「直接法で示される抗菌作用」を増強させるカスガマイシン剤を供試し、クワ縮葉細菌病に対する防除効果を圃場試験により検討したところ、対照薬剤のストレプトマイシン・オキシテトラサイクリン剤散布区とほぼ同等の効果が認められた。

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