岩手県立農業試験場研究報告 第9号(昭和40年3月発行)

ページ番号2004869  更新日 令和4年10月6日

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水稲の赤枯れ(開田病)に関する調査研究

黒沢順平・千葉 明・菊池忠雄・関沢憲夫・米沢霄子・及川芳幸・浅沼正次

 岩手県下においてはダムの造成に伴ない約15,000ヘクタールの開田計画がたてられ各地に開田が行われている。これら開田地の水稲の生産性を安定させ収量の増大を図ることは岩手県として大きな問題であり、これが実現すれば県全体の米の生産量も飛躍的に増大することが考えられる。開田地において水稲の生産性の低い理由は概して環境条件が不良で気象等に恵まれず、又瘠薄な土壌条件にあるということが、その根本をなす場合が多いが、開田当初に発生する赤枯れ(開田病)に由来することも少なくない。そこで赤枯れの原因とその対策を解明しようとして現地調査、及び栽培試験を行った、その結果を要約すれば次の如くである。

 俗に開田病といわれる水稲の赤枯れは葉身部に発生する褐色の斑点の外に根腐れ、また時には鉄の異常沈着、稈基部の節腐れが特徴的であり、とくに節腐れはその判定が容易であり、稲の刈株を見て赤枯れ発生の有無を知ることも出来るので、現地土壌調査の際に有効な判定の指標となし得る。また農家においてしばしば赤枯れと稲熱病とを混同し薬剤撒布などをする場合があるが、この際の判定などにも有効である。

 葉身部の斑点の発生は写真にも見られるように小斑のものと大斑のものとあるが、小斑のものが概して一般的であり葉身の先端から発生し次第に全面に広がる。被害が軽い場合は葉の伸長に伴ないその斑点は部分的に集合したような形となり斑点は目立たなくなってくるが、激しい場合は下葉は枯死し斑点の発生は止葉に迄及ぶ。又節間の伸長に伴ない節腐れも地上部にまで達する。また、赤枯れ水稲の根に最も多く見られる現象は根腐れであるが、そのほかに鉄の異常に沈積した赤褐色の根毛の多い根もしばしば見られる。赤枯れ発生水田において畦畔部の水稲のみが健全に生育しているのを見ることが多いが、これらの根は白色の太いものが多い。

 赤枯れ発生の時期は土壌の性質と気温に影響され、移植期から分けつ期の気温が低い場合は発生が遅い。一般的な見方をすればその発生は2回に分けられ移植後1、2週間から1ケ月間程度の間に発生し、これが第1次の発生で、さらに穂ばらみ期に急激に発生するものがあり、これが第2次の発生で、ほぼこの両者に分けられる。初期の発生は新鮮な易分解性有機物の多量に存在する場合に見られ、後期の発生はやや難分解性の有機物、例えば黒ボク等の存在がかなり影響しているようで、従って高気温の年での発生が多く、一般には初期の発生に比べ少ない。本研究での調査も第1次の発生のものが多い。しかしこの両者がだらだらと合併して発生することもある。

 赤枯れの発生は新鮮な易分解性有機物の存在と土壌の透水性に影響されることが大きい。すなわち土壌の母材としての性格よりあらわれた養分の豊否等は、水稲の生育には大きな影響を与えているにしても赤枯れの直接的な原因ではない。例えば赤枯れの発生は火山灰土壌の燐酸欠乏地帯にかなり多く見るので、そのため燐酸不足に由来すると考えられがちであるが、現地調査の結果でも栽培試験の結果でもそれが本質的な原因でないことは明らかである。燐酸問題についてのみ言えば例えば土壌の燐酸吸収係数の6%のP2O5施用というような条件においてもかなり激しい赤枯れの発生は認められている(昭和40年岩手農試現地試験、未発表)。

 地質的な見方をしても赤枯れの発生は沖積層、洪積層、火山灰、三紀層、花崗岩、蛇紋岩、等の各種の地層にその発生が認められる。赤枯れの発生の直接の誘因となるものは土壌中の有機物の過多、とくに新鮮な易分解性の樹木根のようなものの存在が大きく影響しており、根腐れ及び有害物質の吸収に起因することが多いと考えられる。樹木根の多量に混入したような水田では土壌腐植の少ない褐色系の土壌であっても赤枯れは発生する。さらに赤枯れの発生を長びかせる原因としては土壌の酸化還元の問題があり、透水性の不良な湛水状態の水田では開田後5、6年でも尚激しい赤枯れの発生が見られるのに対し、透水性の良好な水田では開田初年日にかなりの発生を見ても以後の消失は明らかに早いことが認められる。

 赤枯れ発生田の土壌を時期別に非発生田に比較すると、PH、Ehは高目に又活性Fe+2含量も高目に経過し、還元的傾向の強い例が極めて多い。Fe+2の影響についての一例としては三紀層の腐植含量の少ない土壌に含鉄資材を多量投入した結果赤枯れに強いハツニシキにも節腐れが発生し赤枯れと同様の症状を示し、Fe+2過剰の影響の大きいことも認められている(昭和40年岩手農試現地試験、未発表)。

 又赤枯れの発生は窒素欠乏、加里欠乏という条件を附加するとさらに激しくなる。しかし実際の圃場においては赤枯れ発生時の土壌中の窒素、あるいは加里の欠乏は殆ど問題にならず、むしろ土壌中に存在しても吸収出来ないような環境条件が問題である。赤枯れに伴なう養分吸収の阻害は暖地における湿田の赤枯れの吸収阻害の傾向とかなり類似することが認められる。すなわち水稲体内の含有率を見ると赤枯れ水稲では発生の初期は窒素、燐酸、加里の三要素いずれも含有率低下の傾向が見られ、逆に鉄含量は高い。その後出穂期から収穫期にかけて稲は出来おくれの傾向が著しく、珪酸の含有率の低下が著しく逆に窒素含量の増大が明らかである。加里は全期低目に、鉄は多目に経過する場合が多い。珪酸の欠乏は下葉の枯上りの原因でもあり、又窒素含量の増大は赤枯れ水稲の出来遅れを助長する原因と考えられる。

 しかし、いずれにせよ赤枯れ水稲の生育は健全水稲に比べ極めて不良なことが多いので、全吸収量としてはいずれの成分も少ないことが多い。開田地における赤枯れの発生は開田前の地目に影響することは現地農家においてもしばしば見聞するところである。腐植質火山灰土壌について地目の異なる土壌を採取し、赤枯れの発生程度を検討した結果、針葉樹、原野、牧草畑に発生が多く普通畑に少なく、このことは現地の聴取とほぼ一致する傾向である。しかし、これら土壌中の赤枯れ発生に及ぼすと思われる有機物の質については検討を加えることが出来なかった。

 以上のことから開田地の水稲の生育は(土壌の肥沃度)×(赤枯れ発生要因)によって規制され又赤枯れによる被害の程度は(有害有機成分+Fe+2)×(透水性)により規制されることが多いと考える。赤枯れに対する抵抗性の品種間差異は明瞭であり、本県において開田地に多く栽培される可能性のある品種についてその大要を述べれば、まず早生品種であるトワダ、藤坂5号、フジミノリ等のいわゆる藤坂系統の品種は、いずれも赤枯れに対して極めて弱い。

 現在のところ赤枯れに対して強く、しかも耐冷性が強く、且つ多収を期待出来る早生品種は見当らず、とくにフジミノリの栽培面積がかなり多いことから考えて、この赤枯れに弱いという性格は残念なことである。中生品種ではハツニシキが極めて強い。そのため本県の開田地で赤枯れの発生が予想されるような地帯では基幹品種として殆どハツニシキをとり上げている。ハツニシキであればよほど土壌条件の不良な場合でないかぎり赤枯れ斑の発生、あるいは節腐れの現象は見られない。しかし、これら品種間の抵抗性の差は斑点の発生程度、あるいは生育収量に及ぼす影響等を比較すればかなりの相違はあるが、ハツニシキであっても赤枯れの発生し易いような土壌壌件のところに栽培されたものは明らかに生育の様相が異なり、又収量も劣ることが認められる。すなわちそのような土壌に栽培されたハツニシキは一般に燐欠的生育相をとり易く葉色は遅くまで濃く生育後期になり葉身先端部が赤褐色に枯れ上り、一方水稲体内の燐酸含量も一般に低くなるようである。その外珪酸含量の低下、窒素含量の上昇等の傾向はフジミノリ等赤枯れに弱い品種と同様であり、出来遅れの現象も見られる。したがって根本的な対策は単に品種の選択ということのみでは解決されず、さらに基本的な環境条件の整備が必要となる。

 赤枯れ回避の根本的対策は中干、排水等の水管理であり、このような対策を行わない施肥管理のみではその効果は極めて低い。中干、排水等の操作を行った上での施肥の適正化が赤枯れを回避し収量を高め得る手段である。例えば開田地に多く見られる燐酸欠乏土壌ではこれを増施し、中干、排水等により窒素不足になることもあるから、これを増施し、更に珪カルの施用により珪酸の吸収を多くし同時に窒素、燐酸の吸収も有利にして下葉の枯上りも少なく収量の増大を図ることが出来る。

 現地調査の結果、赤枯れ水稲の収穫物中の珪酸含量の低下の著しいことが認められたが、一般に赤枯れ発生地での珪カルの肥効は高いことが栽培試験でも認められている。しかし、燐酸質肥料として過石単用の場合の珪カルの施用は生育初期に燐欠的生育相をとることがあるので注意が必要である。しかし熔燐主体の施肥法であればそのような傾向は認められないから(昭和40年岩手農試現地試験、未発表)過石の場合はおそらく水溶性燐酸の石灰との結合による不可給態化が問題になっているものと考えられる。土壌中の有機物を早目に酸化的に分解させ赤枯れの消失を早める手段として秋耕も考えられるが、腐植質火山灰土壌で検討した結果、その効果も認められ収量も増大した。

 開田当初の未熟な堆厩肥の多量投入も赤枯れを助長することが明らかである。赤枯れの発生状態とも考え併せて、年次経過と共に徐々に堆厩肥の多施に心がけ地力の培養に努めることが必要である。赤枯れ水稲は加里含量の低下が認められるが、加里の増施あるいは加里の追肥等の効果は明瞭ではない。このことはもともと加里は土壌あるいは灌漑水からの供給が比較的豊富であり、しかも赤枯れは養分的な欠乏よりもむしろ根系の障害による吸収阻害にその原因があると考えられるので、加里の施用は効果が少ないものと理解される。

 赤枯れの発生し易い土壌に栽培されたフジミノリ系統の品種は、いわゆる赤枯れを起し、これを中干、排水等の操作により回避することが可能であることは前に述べたが、この場合排水等に伴なう窒素の損失は収量に大きく影響し、逆にハツニシキの場合は赤枯れの発生し易い土壌に栽培しても普通赤枯れは発生せず、むしろ燐欠的生育相をとる。そして中干等栽培を行った場合でも窒素の損失による収量への影響は比較的少ないようである。これらのことから考えるにフジミノリ系の品種においては窒素の適量施肥ということがかなり大きな問題となり、逆にハツニシキの場合は窒素よりも燐酸の適量施肥に問題があると考えられる。品種による栄養生理上の問題については本谷、速水氏の研究があるが、これら一連の研究がさらに赤枯れとの関連において検討されることが望ましいことと考えられる。

 以上のようなことから本県に発生している開田地の赤枯れは、馬場、田島氏らあるいは山口氏らにより研究されている湿田の赤枯れ症状とかなり類似したものであり、ただそれがたまたま開田という急激な物理的、化学的変化をうけるためにその障害が一時的に急激に現われたものであろうと考えられる。その徴候が暖地湿田地帯のように長く続かない例が多いのは、もともと純然たる湿田も少なく、又概して有機物の集積も少なく、又易分解性有機物の分解も間もなくおさまり、その分解生成分も流失又は分解され、しかも耕土の均一化ということもあって赤枯れも少なくなり、そこに開田病と加われるゆえんもあると考えられる。この外に赤枯れを助長する一因として徒長苗を使用することによる深植や、ブルドーザーによる鋤床の締め過ぎによる透水不良なども関係する。

 結局、開田当初は土壌の透水性が不良であり、かつ有機物の混入が多く赤枯れの発生が予想されるようなところでは、特に水田を新しく所有した農家にあり勝ちな、水稲であるから水は栽培期間中全期にわたりかけていなければならないというような考え方を止めて、水稲の生育時期とも考え併せて出来るだけ土壌を酸化的にし、あるいは有害物質の流去に努め、それにより損失を来すと考えられる肥料はこれを補給することにより根は健全に、養分吸収は多くという稲の育て方をすることが必要である。土壌の透水性のみにこだわり過ぎて窒素不足の稲を作ると赤枯れの発生は少ないが収量の増大は認められないということもあるからである。

 このような考え方で水稲栽培を続け、早くどのような品種でも作付の出来るような状態にすることが肝要で、そうした上で更に堆厩肥、あるいは無機成分の積極的な増施を行ない地力の培養を図ってこそ、はじめて開田という呼び名を冠する必要のない水田になったと言えよう。このようないわゆる開田地の分布面積が本県においてはかなり広く、今後県の米生産に寄与する比重がますます大きくなっている今日、一日も早く一般水田なみの安定した収量を上げ得るようになることが望まれる所である。

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