岩手県畜産試験場研究報告 第13号(昭和59年3月発行)

ページ番号2004896  更新日 令和4年10月12日

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寒冷地における草質改善による放牧牛の栄養障害防止技術の確立 第1報 放牧地における低マグネシウム(Mg)血症性テタニーの発生要因と防止対策

及川稜郎・久根崎久二・小針久典・谷地 仁・落合昭吾・新渡戸友次・笹村 正・山田和明・蛇沼恒夫・道又敬司・菅原休也・帷子剛資・渕向正四郎・桜田奎一・佐藤勝郎・沢田 実・太田 繁・吉川恵郷・菊池文也

1 放牧地における低Mg血症性テタニーの発生要因

  1. 低Mg血症性テタニー発症牧野の特徴
     放牧地における低Mg血症性テタニーの発生要因の第1は、放牧地ならびに放牧環境にある。
    ア)土壌の化学性
     置換性MgO、CaOが少なくK2Oが多い。このためK2O/MgO比が著しく低下している。
    イ)施肥による土壌の変化
     苦土、石灰を施肥することなく草地化成N(2):P2O5(1):K2O(1)のみの施肥では、5年後には低Mg血症テタニー発症しやすい土壌となり、K2Oの多施用は土壌の悪化速度を早める。
    ウ)牧草中のミネラル含量
     Mg、Ca含有量が少なく、N含有量が多くK/Ca+Mg当量比が高い。
    エ)牧草地の植性
     オーチャードグラス、チモシー等の一般的にMg、Ca含有量の少ないイネ科牧草の割合が多く、Mg、Ca含有量の多いマメ科牧草の割合が極端に少ない。
    オ)気象状況
     放牧時の平均気温が10℃以下で気温の不安定な冷湿な気象条件が続く。
    カ)放牧時期および放牧地の飼料草
     低Mg血症性テタニーの多発する時期は早春晩秋であり、牧草地が大部分を占める放牧地に放牧された時に発症することが多い。
  2. 低Mg血症テタニーの発症しやすい放牧牛の特徴
     発症要因の第2は放牧牛個体の側にある。
    ア)子付の繁殖牛である。
    イ)放牧時の泌乳量が多い。
    ウ)高年齢牛ほど発症する確率が高い。
    エ)舎飼期の栄養状態が悪い。
    オ)放牧前の血清Mg値が低い牛ほど発症する確率が高い。
    カ)放牧馴致がほとんど行なわれていない。
     低Mg血症性テタニーの発症要因を現象面から捕えると以上のように要約される。
  3. 低Mg血症性テタニーの発生予知
     放牧牛の血清Mg値を推定することにより、低Mg血症性テタニーの発生予知技術を確立した。
     牧草のミネラル成分および放牧環境を用いて行なわれた重回帰分折の結果からは、春季における低Mg血症性テタニーの発症要因は、牛体に摂取されるMg量も大きな要因であるが、むしろMgのルーメン吸収を阻害するN、Pの摂取量ならびにエネルギー代謝を促進する低温が最も大きな要因であろうと推定された。
     また、分析により得られた結果から放牧牛の血清Mg値の推定式を作った。
     Y=4.756x-1,898x3-0.173x5+0.02x8+2.148
      Y…推定血清Mg値
      x…牧草中のMg含量(DM%)
      x3…牧草中のD含量(DM%)
      x5…牧草中のN含量(DM%)
      x8…平均気温(DM%)
     この式から得られた血清Mgの推定値と実際に測定して得られた血清Mg値を比較したところ、両者の間には高い相関があり、かなりの正確度で放牧牛の血清Mg値を推定することが可能であった。
     この結果から、推定値で血清Mg値が1.80mg/dl以上であれば低Mg血症性テタニーの発症する危険性はなく、1.80mg/dl以下~1.20mg/dlであれば低Mg血症性テタニーが発症する可能性があり、1.20mg/dl以下であれば発症する危険性がかなり高いと推定された。
     但し、この推定式は高標高の寒冷放牧地のデーターを用いて作られたものであるため、その適用範囲は同条件の放牧地に限定されるべきものと考える。

2 放牧地における低Mg血症性テタニーの防止対策

  1. 野草・樹葉の利用が放牧牛の血清ミネラル組成に及ぼす影響
     野草、樹葉の放牧利用による低Mg血症性テタニーの防止技術を確立した。その内容の第1は野草、樹葉の大部分はミネラルバランスが良好であり、これらの放牧利用により牛体の血清Mg濃度は上昇もしくは維持されることが確認されたことから、秋期の低Mg血症性テタニーの防止に野草地放牧が有効であることと、第2に野草地の放牧開始は平均気温が前半旬期より2~3℃低下する時期、もしくは10℃以下になる時期を目安とし、また利用期間は約4週間程度でよいということである。
  2. 牧草と野草、樹葉の組合せ利用が放牧牛の血清ミネラル組成に及ぼす影響
     低Mg血症性テタニー防止のための野草地のタイプと、それに組合わせる牧草地の比率ならびにその配置を明らかにした。
     低木雑草型野草地の植生はバラ科、キク科の野草が多く、これに樹葉が加わった形のものであるため、そのミネラル組成もCa、Mg含量が多く、N、P、K含量が少なくK/Ca+Mg当量比も低い。したがって、ミネラルバランスの良い野草地であるといえよう。
     このような野草地に牧草地を数か所に20%前後の割合で点在させた場合、野草の利用率も高く、その結果利用した牛群の血清ミネラルは、ほぼ正常に推移し、同時期に牧草地に放牧された牛群の血清Mg値より有意に高い値を示した。
     このことから、低木雑草型の野草地に牧草地を20%前後の割合で点在させた形の組合せ牧区であれば、低Mg血症テタニーの発症は防止できるものと考える。
  3. Mg入り配合飼料給与による低Mg血症性テタニーの予防効果
     Mg入り配合飼料給与による低Mg血症性テタニーの予防効果は、激烈な発症が予想される放牧環境にあってもその効果は多大であり、放牧前の血清Mg値の差に関係なく低Mg血症性テタニーの発症を防止することができる。
     Mg入り配合飼料の給与方法は、放牧前の血清Mg値が低い牛の場合は、1日1頭当り1kgのMg入り配合飼料を放牧前後2週間給与し、放牧前の血清Mg値が正常な場合には、放牧直後から2週間給与すれば良い。また、注射法と本法を併用する場合には、放牧前の血清Mg値が低い牛であっても放牧直後から2週間の給与で良いものと考える。但し、前例において放牧時の気温が長期にわたり低下する場合には、あと1週間程度の給与の延長が必要である。また、放牧前だけのMg入り配合飼料の給与や注射は低Mg血症性テタニー防止効果はないものと考える。

3 低Mg血症性テタニー牛の治療

  1. Mg剤投与による治療効果
     低Mg血症性テタニーの治療法を明らかにした。
     本試験で発生した痙攣発作を主微とする疾病は、臨床症状、血液所見、病理解剖所見から低Mg血症性テタニーであることが確認された。本症は血清Mg濃度が0.77mg/dl以下でCa濃度が8.0mg/dl以下、Ca/Mg重量比が10以上の期間が数日続くことにより発症し、Ca濃度の低下は病勢をより悪化させるものと推定された。
     本症の治療は軽、中症のものであれば、下表に示したMg入り配合飼料の給与で病状が回復するが、Mg剤注射を併用すれば病勢回復速度を早める。重症例では痙攣発作をくり返し起すものでは予後不良となる例が多く、その原因は骨格筋および心筋織の変性によるものと推定された。痙攣発作が1回で治まるような症例では病勢の回復も早く予後も良い。
     重症例の治療には硫酸Mgの20~25%溶液を200mlを連日3日間皮下注射し、ボログルコン酸Ca250mlの静脈注射を1~2回連日または隔日に行ない症状に応じて、抗性物質、強心、強肝、輸液などの処置を適宜実施することにより、骨格筋、心筋維織等に変性を起してないかぎり病勢は回復するものと考える。

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