岩手県農業研究センター研究報告 第14号

ページ番号2004382  更新日 令和4年1月17日

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【報文】日本短角種における遺伝的マーカーを利用した育種方法に関する研究

佐藤洋一

 日本短角種はマキ牛による繁殖方法が主流であり、放牧地で同一牧区内の50頭前後の雌牛の集団中に1頭の種雄牛を混牧し自然交配により繁殖する。このような繁殖方法のため、改良面と流通面の課題がある。改良面では一種雄牛の後代産子数を増やすことには限度があり、能力の高い種雄牛の影響が黒毛和種に比べ小さいこと、産肉性だけではなく野外での自然交配に耐えうる体格が求められること、多数の放牧地での供用が必要であるため選抜圧が弱いこと等が挙げられる。一方、流通面では、夏季の放牧が交配時期であるため分娩時期、出荷時期が偏ることが課題であり、牛肉の流通時期を平準化するため肥育期間を調整して出荷が行われている状況である。 このような実態を踏まえ、以下の考察を行った。

改良方法の検証と新たな改良形質

 BMSナンバー等の肉質関連形質は、遺伝率が低いものの、育種価の導入以降、着実に改良が進んでいることが判明した。しかし、その改良量の絶対値は小さく、関係者が改良成果を実感するまでにはなっていない。これはBMSナンバーの標準偏差が小さいことからも評価の問題を孕んでいることが考えられる。遺伝標準偏差単位では着実な改良が認められるため、従前の改良方法でも肉質の改良は可能であると思われるが、より良い改良方法の改善のためには、現行の格付規格に加えて画像解析など客観的なBMS評価を取り入れることも考えられる。歩留に関する枝肉重量、ロース芯面積、バラの厚さ、皮下脂肪厚の形質については、相互の遺伝相関が複雑であることから、総合的な指数により選抜を進めていく必要性が考えられる。さらに、赤身肉主体である日本短角種の牛肉において脂肪酸組成と食味との関連を確認することなどの課題があるが、脂肪酸組成のような客観的な測定データによる形質を新たに評価・改良形質として導入することが、日本短角種に適した枝肉評価と改良方法に結び付く可能性が考えられた。

直接検定牛の選定

 種雄牛の候補である直接検定牛は、放牧地において生後4~5カ月齢の雄子牛から予備選抜される。その際、両親の育種価から期待育種価を算出し、判断材料とすることの他、経験的に体型や増体からマキ牛としての能力を推測し、選択されている。期待育種価が高くても成長性や体型に劣る牛は、マキ牛としての能力や産肉能力を不安視され、選抜されないことが多い。しかし、GHSR1aのDelR242の研究から、直接検定牛の選定方法に関しての問題点が浮かび上がった。DelR242アリルは直接検定開始時の尻長、管囲に有意な影響が認められたものの、検定終了時の体型測尺値や枝肉形質との関連は認められなかった。DelR242アリルと直接検定開始時の尻長、管囲の関係が、種雄牛集団でDelR242アリル頻度が繁殖雌牛集団よりも高い一因であると推察されたが、一方で、その尻長と管囲への効果が検定終了時には認められないため、直接検定牛を選抜する若齢期の体型が産肉能力と関連するかを確認する必要があると思われた。具体的には種雄牛の直接検定期間の体重や飼料摂取性に関する形質、体型測尺値について、枝肉形質の育種価との相関を解析することが1つの方法として考えられる。枝肉形質との相関が認められる体型測尺値等が明らかになれば、その部位の測尺値を指標として直接検定牛を選抜することで、より正確に産肉能力が高い牛を選抜することが可能になると思われた。
 DelR242アリルと飼料摂取性との関連が明らかになったことは大変興味深く、日本短角種が粗飼料利用能力に優れることとDelR242アリルの頻度が高いことの関連が示唆され、1kg増体あたりの濃厚飼料摂取量および粗飼料摂取量の効果からDelR242座位のヘテロ接合型の個体が飼料利用能力に優れることが考えられた。しかし、DelR242頻度が集団中に0.3以上であり遺伝分散に対するマーカーの寄与率は低いことから、このDelR242アリルを直接的な飼料摂取性の育種マーカーとして利用することは有効ではないと考えられる。一方で直接検定開始時の体型に影響することから、直接検定牛の選抜に際し、DelR242アリルを考慮して尻長、管囲を診断することで、過度に外貌に偏重せずに、より遺伝能力本位の選抜が可能になることが期待される。

黒毛和種の候補遺伝子の日本短角種での効果

 黒毛和種で枝肉重量との関連が報告されている遺伝子は、日本短角種では枝肉形質との明確な関連は認められなかった。黒毛和種と日本短角種の遺伝的背景の違いと、日本短角種の生産方法の特徴が影響している可能性が考えられた。つまり、遺伝的背景が異なるため遺伝子頻度が極端であり遺伝子型の効果が十分に現れなかったことと、体重を目処にした集荷時期の決定方法と肥育期間による出荷調整から、遺伝的潜在能力を十分に発揮していない可能性があることである。
 遺伝的背景の違いの影響から、日本短角種独自のQTL解析を行う必要があると思われた。マイクロサテライトによる解析は半きょうだい家系を対象として解析することが主流であったが、日本短角種はその繁殖方法から大規模な半きょうだい家系の構築が困難であった。さらに中小家畜で行われているような複数世代で家系を構築する手法も世代間隔が長いことから容易ではなかった。しかし、近年では高密度SNPチップの開発により、多数のSNPを用いて半きょうだい家系に依存しないゲノムワイド相関解析が可能となっている。この方法を応用すれば、大規模な半きょうだい家系が構築しにくい日本短角種でもゲノムワイド相関解析によるQTL解析が可能であると思われる。今後は日本短角種においてSNPチップを用いたゲノムワイド相関解析を行い、日本短角種集団独自のQTLの探索が課題であると考える。
 遺伝的潜在能力を十分に発揮していない可能性の懸念に関しては、サンプリング方法を検討することが必要であると思われる。出荷時期の調整のために増体性を調整する飼養管理を行ったか、または、さらなる体重の増加の可能性が残る若い月齢で出荷したか、等の飼養管理方法を考慮するべきと考えられるが、そのような要因情報の正確な収集・整理は現時点では困難である。そのため、一定の平均日増体重(DG)以上、一定の屠畜月齢範囲内の材料を対象とするなどのサンプル抽出方法の検討が必要であると考えられた。

 以上により、育種価評価に基づく改良方法は、形質評価方法からもたらされる難点があるものの、概ね着実に改良が進んでいることが判明した。表型値を基準にした場合はその改良効果が明確ではなくても、育種価を基準にし、遺伝標準偏差単位で評価することで、改良の成果が確認できた。このことから、喫緊の課題は改良方法の改善よりも、日本短角種のどのような形質を評価し、改良していくかを決定することであると思われた。また、脂肪酸組成のような新たな評価形質で、日本短角種の評価・改良ができる可能性が示唆された。このような牛肉の食味に関する形質を改良形質と位置付けることも1つの方法であると考えられる。一方、直接検定牛の選定方法とゲノム研究方法の課題が浮かび上がった。このような課題について、引き続き検証を行い、育種価による改良方法に新たな形質やその遺伝的マーカーを取り入れることで、さらなる日本短角種の改良推進が可能であると考えられた。
 日本短角種の改良は、生産者・関係者のコンセンサスを得ながら改良の方向性を定め、その方向性に基づいて改良目標を設定し、種雄牛や繁殖雌牛に関してその改良形質を評価し、産肉能力現場検定により改良の達成度合いを確認しながら改良を推進することが重要であると考えられる。日本短角種の特徴的な飼養体系は改良スピードの制限要因にもなっているが、前述のとおり中山間地の有効利用や自給飼料の活用、放牧による景観の維持や安心のイメージなど他の和牛品種にはない価値がある。現状の遺伝的な特徴と傾向を把握したうえで、日本短角種に適した評価方法と改良方法を確立することが急務であると思われる。

【報文】アワ新品種「ゆいこがね」の育成

仲條眞介

 「ゆいこがね」は、2005年に岩手県農業研究センター県北農業研究所において、二戸市から収集された「仁左平在来」を母とし、大槌町から収集された「大槌10」を父として人工交雑を行い、その後代から選抜育成された品種である。

 母本「仁左平在来」の黄色い胚乳色と大粒性、父本「大槌10」の糯性を併せ持つ品種である。消費者・実需者に好まれる外観形質をもつことから、岩手県としては43年ぶり、5番目のアワ奨励品種に採用された。

 「ゆいこがね」の収量性は「大槌10」並で現行の在来系統「平」を30%程度上回るうえ、その胚乳色は「平」や県保有の黄色い糯アワ遺伝資源よりも鮮やかで濃い黄色である。その鮮やかで濃い黄色の粒色が、新たな雑穀関連商品の開発・利用による糯性アワの生産・需要拡大に利用できる多収品種として品種登録の申請を行った。

【要報】放牧地における作溝式播種機を用いた簡易更新の有用性

佐々木正俊・菊池恭則・増田隆晴

 傾斜のある放牧地において、作溝法による春期および初冬期の草地更新技術について、その有用性を検討した。春期施工では、前植生を掃除刈りすることで新播牧草出現率が高まった。また、更新後、草丈約15cmおよび30cmの状態での放牧で80%以上の新播牧草定着率を確保できることが分かった。初冬期施工では、融雪や梅雨による土壌流亡が完全更新より著しく少なかった。以上から、夏秋以外の時期における作溝法の有用性が明らかとなり、作溝法による年間の簡易更新施工面積拡大の可能性が示唆された。

【要報】飼料用とうもろこし栽培における耕起作業前後のたい肥施用効果

山形広輔・尾張利行・佐藤直人

 耕起作業前後のたい肥施用が、飼料用とうもろこしの栽培における収量性に与える効果について検討を行った。
 耕起後のたい肥施用は初期生育が良好となるが、収量は子実収量が少ないことで、乾物総収量が劣った。これはたい肥をすき込む深さが浅く有機物の分解速度が速いために幼穂形成期(雌穂)以降の十分な窒素供給がされなかったためと考えられ、プラウ耕によりたい肥をすき込む深さを深くすることで、幼穂形成期(雌穂)以降の十分な窒素供給が行われ乾物総収量が確保できる可能性が示唆された。

【要報】くず大豆を輸入大豆粕の代替として用いた発酵TMRの産乳性、消化性の評価

齋藤浩和・木戸場結香・佐藤直人・嶝野英子

 飼料に用いる輸入穀類のうち、主要な蛋白質源である大豆粕を国産のくず大豆で代替し、発酵TMR調製した。発酵TMR調製後の生理活性物質含量および、泌乳牛に給与した場合の産乳性、消化性について検討を行った。
生理活性物質は、くず大豆で代替する割合が増加するほど含量が増加した。最も多く含まれたのはエストロゲン活性が低いダイゼインであり、繁殖性への悪影響が強いとされるクメストロールやゲニステインも検出されたがその含量は低く、大豆粕を50%代替(乾物割合5.5%)する程度のくず大豆の利用では、繁殖性に悪影響を及ぼすような量ではないと考えられた。
 トウモロコシサイレージが乾物中概ね40%以上となる発酵TMRを対照飼料とし、対照飼料中の大豆粕を、2010年は、10%、20%および30%、2011年は50%くず大豆で代替した。2012年には物理的加工処理の必要性の検討をくず大豆の発酵TMRの乾物中構成割合10%となるように調製して実施した。
フリーストールでの飼養試験において、くず大豆へ代替した発酵TMRの給与により、乳量および乳成分は対照区と試験区との間で差は認められなかった。また、2012年にくず大豆の物理的加工処理の有無による比較では乳量、乳成分は同等であった.
 繋留での消化試験では、乳量および乳成分、乾物摂取量、飲水量、乾物消化率、CP消化率、ルーメン内容液pHに対照区と各試験区とに差はなく、くず大豆による大豆粕50%代替(乾物構成割合5.5%)までは消化性に影響を与えないと考えられた。
 2012年に行った破砕処理大豆と丸大豆の比較では、飼養試験と同様に乳量と乳成分、消化性に差は見られず、消化率の向上を目的とした物理的な加工処理は必要ないと考えられた.なお、2010、2011年の結果と比較し2012年には乳脂肪分率、MUNが低くなる傾向が見られたので、くず大豆の原料乾物構成割合を10%程度まで高めた場合は、組み合わせる原料構成割合や設計飼料成分について、さらに検討を加える必要性が示唆された。

 以上から、くず大豆を発酵TMRの調製原料として使用する際は、大豆粕の50%代替(原料中乾物割合5.5%)までは可能であること、破砕処理せず丸大豆での利用が可能であることが示された。しかし、くず大豆の原料乾物構成割合が10%を越えるような場合の生産性へ及ぼす影響については、さらに検討を加える必要性が示唆された。

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