第21回・企画展「昭和初期の食品加工・貯蔵用器具」
展示期間:平成16年 1月 8日 〜 3月23日
| ◎食生活の基本は「自給」 | |
| 昭和20年代ころまでの岩手県は、中央の消費市場から遠いうえに交通輸送条件に恵まれていないこともあり、肉、魚、卵、乳製品等の食材や味噌、醤油、砂糖等の調味料などは農村に出回ることは少なく、常時購入できる農家も少なかったものでした。このため、この頃の農家は、穀類や野菜等の自給農産物を中心として、野山や川、海などの見近に得られるもの、更には、物々交換やわずかな購入品を食材とした食生活が大部分でした。 このように、当時の岩手では“自給型食生活”が基本となっており、その原点は、「自給を主とした原料をどう蓄え、その持ち味をどう活かすか、素材同士をどう組み合わせ、どのように変化をつけるか、また、周年的にどのような食生活を組み立てていくか」とされています(聞き書 岩手の食事、農文協)。 また、これらの食生活を通して、広大な面積を有する本県にあっては、それぞれの地域ごとに自給される農産物や採取される山菜、魚介類等も異なることもあり、長年の間にその地域に根ざした独特の食文化が培われてきました。この本県における地域と食文化の関係を、前述の「聞き書 岩手の食事」(農文協)では次のように表しています。 |
|
![]() |
|
| 以上のように、本県は、地域に賦存する自給型の食材を活かした特色ある食文化が定着し、今に続いている伝統食も数多い県として知られています。 | |
| ◎昭和初期の食事 大正時代から昭和初期にかけての本県では、県中南部、県北部、沿岸部等の地域によって食材が異なっていたものの、食事は「粒食」、「粉食」、「もち」を基本として、農作業事の仕事食、農閑期の食事、冷害時の非常食、そして節目の行事や冠婚葬祭等の晴れ食等の食事が工夫され作られてきました。 |
||
| <食事の基本> | ||
![]() |
||
| これらの中から、それぞれの地域に共通して食されていた代表的な食品として、当時農家で常食されていた「カデ飯」や、団子・蕎麦・餅等の「しとねもの」、また、本県で幅広く利用されていた「豆腐」について、それらを作るために使用された主な器具、器材は概略次のとおりです。 | ||
| ◎平常食と晴れ食(行事食、冠婚葬祭食、出生祝い食等) | |
| 平常食は普段摂っている食事であり、晴れ食は、正月、盆、年越等の神仏に祈願する年中行事や農作業の節目に執り行う諸行事、それに冠婚葬祭や出生祝い等に作る特別な料理です。これは、使用する食材や執り行う行事等は地域によって若干異なるものの、いずれの地域とも大差なく行われていました。 | |
| ◎「カデ飯」と加工器具 明治年代における本県農村部の平常食は、米産地である県中南部であっても、米の飯は、盆、正月、田植えや休日などの行事日か、訪問客の接客用とされており、普段は、白米にアワ、ヒエ、麦等の穀類や、大根、かぼちゃ等を混ぜた「カデ飯」がほとんどでした。 これは、当時の米は、水田面積や反収が少ないことなどで恒常的に米不足の状況にあったこと、加えて明治6年(1873年)までの地租は現穀の年貢であったことや、その後の米は換金作物として重要であったことなどで、普段はなるべく米を大切にして「カデ飯」を食べていたためです。 しかしながら、これらの食習は、大正末期から昭和にかけては米の混合割合が徐々に多くなってきますが、昭和9年の大凶作、太平洋戦争当時の食糧不足がすさまじく、明治の食糧難時代のように、多くの農家は、しだみ、栗等の木の実やヒエに、うるい、いも、野菜を入れたもの、わらびや葛の根等を用いた「カデ飯」を食べたと言われています。 |
||
(1)カデ切り 大根カデを切る道具。 真ん中の支柱の隙間に大根を差し込み、柄を上下して大根を賽の目状に切る。切った大根カデは、水炊きし、柔らかくなったら水にさらしておいて使用する。
|
![]() カデ切り |
|
| (2)押し麦機 うるかした大麦を押しつぶす道具。 潰した大麦は、一旦乾かして蓄えておき、主穀に混ぜて炊いた。この押し麦機が普及する昭和初期までは、大麦を固めに炊いて麦カデを作り、水にうるかしておいて適量ずつ主穀に混ぜて炊いたとされる。 (3)すり鉢(かあらげ)、すりこぎ すりこぎで、ゴマやクルミの実、味噌等をすりつぶすのに用いる鉢。 すり鉢は、ヒエ飯に相性がよいとろろ汁、ソバ餅や麦餅に入れる小豆、黒砂糖、クルミ味噌、豆腐や餅田楽等のタレ作りにも使用された。 |
![]() 押し麦機 |
|
| (4)おにおろし(おろしがね) 大根おろしの道具 大根は、春夏秋冬の食膳に生のまま供されるほか、煮物、漬け物、更には茎葉部は乾燥して干し菜としても利用された。生大根のおろしは、多量のジャスターゼを含み消化促進としての薬味や適度の辛みによる食欲増進効果などもあって、古来から農村では多く食べられていた。 |
![]() おにおろし |
|
| (5)てんつき ところてんを入れて、ツキベラで突きだして細状に打ち出す道具。
|
![]() てんつき |
|
| ◎「粉食」(しとねもの)と加工器材 食事は通常朝食、昼食、夕食の1日3食ですが、過重な農作業の多い春から秋にかけての農繁期には、午前、午後のコビリ(小昼:間食)を入れ、1日5〜6食にもなりました。 なお、この間食には、にぎり飯のほか、干し餅、前夜に用意する麦餅、蕎麦粉の串焼き餅などを食べました。 また、しなだんご、ひっつみ、そばけもち等は日常食として利用されたほか、彼岸だんご、きりせんしょ、そば切り等は晴れ食として出されるなど、屑米や小麦、そば等を粉にして加工した「しとねもの」は、日常食、晴れ食として極めて多く利用されてきました。 |
| (1)しとねものの素材 しとねものには、米や小麦、そばを使うが、米は上米の外、ご飯として炊けない屑米やしいな米も製粉して使った。 (2)製粉方法と用具 製粉には、「木臼」を使ってきねで搗く方法と「石臼」でひく方法があるが、きねで搗く粉はなめらかな粉になり上米を製粉するのに使用した。これに対して石臼では、屑米やしいな米、小麦、そばの製粉に用いた。なお、いずれの方法でも、「とおし」を使ってふるい、2度、3度繰り返して細かく製粉した。 |
![]() ![]() (左)・木臼、(右)・石臼 |
(3)しとね方の手順と用具 しとねものは、 1)水を入れて練り上げる 2)こねて粘りを出す 3)のして包丁で切る の手順があるが、これらの段階にはそれぞれの食べ方があり、加えて、これらには、ゆでる、蒸す、焼く等が組み合わされて多様な食べ方がなされる。 しとねる用具には、「ねりばち」、「のしいた」、「のし棒」、「そばきり包丁」等がある。 |
![]() ねり鉢 ![]() のし板、のし棒、そばきり包丁 |
| (4)しとねものの食べ方と用具 しとねものをゆでたり煮るためには、一般には囲炉裏にかけるて使う「鉄鍋」があり、その鍋を攪拌する「へら」が必要となる。煮上がると「すくいざる」を使い、「あげざる」に取り上げて水切りする。 彼岸だんごは、こねた上米粉で皮を作り、小豆あん等を入れて丸め「まんじゅう型」に押し付けて紋様を付けた。くるみやゴマを入れたきりせんしょづくりは、「きりせんしょ型」を使って形良く作り、いずれも「せいろ」又は「蒸しかん」で蒸した。また、米・小麦・そば粉等の焼き餅作りには、蒸した後さらに「あぶりこ」や「竹串」で焼いて作られた。 |
|
![]() ![]() (左)・すくいざる、(右)・あげざる |
![]() 「型」のいろいろ |
一方、当時は小麦粉を用いてせんべい作りをする農家が多く、「煎餅型」が必需品であった。 |
![]() 煎餅型 |
| ◎豆腐づくりと用具 | |
| (1)大豆の利用 大豆は、農村における貴重な栄養源として古くから数多く食べられてきた。中でも、畑の多い県北部では、地力の保持する輪作作物として、また、莢や枝は家畜の餌としての利用もあり、いずれの農家でも毎年多く栽培されていた。 |
|
![]() |
|
| (2)豆腐づくりと道具 豆腐は、以下のような手順で作られます。 1)うるかした大豆を「石臼」でひく 2)大鍋に強火で湯を沸騰させ、どろどろになった大豆汁を入れ、生臭さが抜けたころ火を止める 3)「樽」又は「半切り桶」の上に台を置きさらし袋で煮汁をこし、さらに「麺棒」を使ってしぼり、豆乳ときらずとに分ける 4)豆乳ににがりを入れてよくかき混ぜる 5)固まってきた大豆汁を「へら」でかき混ぜ、「ひしゃく」で汲んで、さらし布を敷いた「型箱」(豆腐箱)に入れ、重しをして水切りする 6)水切りがすんだら型をはずして包丁で切り、冷たい水にはなす |
|
![]() 石臼 |
![]() 型箱 |
(3)豆腐と料理 豆腐は、冬期間に作る凍み豆腐も含め、その利用はみそ汁の実や煮しめ、でんがく、湯豆腐、冷ややっこ、野菜との和え物(白あえ)等であり、農家には欠くことの出来ない食材です。このため、どの農家でも豆腐づくりの道具を持って手作りしており、家庭の主婦は家族の好みにあった豆腐作りに工夫をこらしたとされています。特にも、豆腐の固さは、生豆腐で食べる場合と焼き豆腐、凍み豆腐、でんがくにすることなどで異なっています。 |
![]() とうふ田楽 「食の匠」(発行:岩手県農政部)より |
参考・引用文献
「日本の食生活全集B 聞書 岩手の食事」/「日本の食生活全集 岩手」編集委員会 ・農文協
「川井村民族誌 民具編 図説・民具とその周辺」/川井村
「滝沢村誌」/滝沢村
「軽米町誌」/ 軽米町
「岩手県農業史」/ 岩手県
「日本の民俗 岩手」/森口多里・著 第一法規