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盛岡市手代森遺跡出土土偶 盛岡市繋遺跡出土深鉢
縄文時代晩期・重要文化財 縄文時代中期・重要文化財
 手代森遺跡出土土偶の目を中心とする表現は、エスキモーなど極北の人々が雪面の強い紫外線から目を護るために用いた遮光器を連想させます。こうした遮光器土偶は、縄文時代晩期、東北地方北部を中心にみられます。  深鉢は、元来は煮炊きに用い、粗製な作りのものが多いのですが、繋遺跡出土の深鉢は丁寧な作りで、焼きあげた後、底部にあながあけられています。こうした土器には、乳幼児の遺体を納めたものがあります。
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盛岡市萪内遺跡出土土偶 軽米町大日向U遺跡出土ガラス玉
縄文時代後期・重要文化財 縄文時代晩期末〜弥生時代前期
 萪内遺跡出土土偶は、大型土偶の頭部にあたるもので、仮面をかぶった姿を表現したものとされています。頭部や顎には、鳥の羽やひげ様の繊維質のものを差し込むあながあけられ、儀式をとりしきる呪術者の姿を連想させます。  このガラス玉は、縄文時代晩期末から弥生時代前期ごろのもので、わが国で最も古い段階のガラス製遺物です。ガラスの製作技術は大陸から伝わったと考えられていて、これは製品として入ってきたものとも考えられます。
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北上市愛宕山遺跡出土ナイフ型石器 熊堂古墳群出土和同開珎
旧石器時代 奈良時代
 ナイフ型石器は旧石器時代を代表する石器のひとつです。このナイフ型石器は剥片を用いたもので、急角度の刃潰しが行われています。頁岩製です。  近年、7世紀後半の富本銭が我が国最古の貨幣と判明しましたが、和同開珎は、それに次ぐもので、和銅元年(708)に鋳造が始まり、全国的に出土しています。岩手県内では、末期古墳などからの出土例が知られています。