古代の色



ベンガラぬりの「つぼ」
 二戸市 雨滝(あまたき)遺跡
(縄文時代晩期)


日本には古来から桃色、とき色、紅梅(こうばい)など四季おりおりの微妙(びみょう)な変化や自然をおりまぜた色があります。また、このような色のほか人間が工夫をくわえて発色される方法も古くからあったといわれ、岩手県内の遺跡からも色のついた土器、木製品、土偶(どぐう)、くしなどが発見されています。

 "色"といって思いうかぶものには染物(そめもの)、焼き物、絵画、ガラス・・・とさまざまですが、今日はその中でも器にぬったり絵画に使われる『顔料(がんりょう)』、とくに"赤"と"黒"という色がどんなふうに使われていたのかをさぐってみることにしましょう。




盛岡市 萪内(しだない)遺跡
(縄文時代後期)



これら顔料の多くは土の中にある成分からつくりだします。 "赤"の場合、ベンガ
ラとよばれる赤い粘土や鉄のさびを粉末にしたり、辰砂(しんしゃ)・朱砂(しゅしゃ)という水銀をふくんだ石を粉にするのが一般的だったようです。

このとき、ベンガラにくらべて辰砂のほうがよりあざやかな赤を発します。"黒"は土器を火にかけた時にまわりにくっついたスス、または鉄分を黒色に変化させたものなどを使ったといわれています。

たとえば、器に色や文様(もんよう)をつけるときにはしっかりと色がつくように動物からとった油や、木からとった樹液(じゅえき)とその粉末とをまぜあわせます。その樹液のひとつに"うるし"があります。うるしは体にふれるとかぶれてかゆくなる人もいるので、みなさんももう知っていますね?顔料は"うるし"にまぜると光沢(こうたく)のあるものに仕上がるともいいます。そのとき赤や黒の顔料は比較的うるしと相性がよいのですが、色がかわってしまうものもあります。


色は赤や黒のほかにも青、黄、緑、白・・・とまだまだたくさんあります。それぞれの色をまぜあわせることによってより多くの色を生み出していくこともできますが、それらひとつひとつの岩を粉にしたり、たくさんの工夫や苦労を重ねて色というものをつくりあげていたのです。

今、みなさんが何の苦労もなく24色や36色の色エンピツやクレヨンを手にしているのを見たら、古代の人たちはさぞかしびっくりすることでしょうネ!
うるし塗りの「くし」とくしの復元模型
盛岡市 萪内遺跡
(縄文時代後期)