華鬘(けまん)


華鬘(中尊寺金色堂) 部分(拡大)



平泉町にある中尊寺金色堂(ちゅうそんじこんじきどう)は、その美しさと秘められた歴史で私たちの心をひきつけてきました。
まるごと文化財といえるこのお堂には、貴重なものがたくさん伝えられています。その中から今回は華鬘(けまん)を紹介しましょう。


華鬘というのは花の輪をかたちどった飾り物のことで、寺院のお堂の中を飾るものです。もともとは花を糸で連ねて輪に結んだアクセサリーのことでした。それが仏教に取り入れられて、仏さまを飾る仏具(ぶつぐ)となり、花以外のさまざまなもの(糸・牛皮・金銅・木)で作られるようになります。


それでは、この華鬘を観察してみましょう。
うちわのような形をした全体に、流れるように連続する文様(もんよう)がほどこされています。これはつる草の花や葉やつるをデザインした文様で宝相華唐草文(ほうそうげからくさもん)といいます。この文様は西アジアに起源をもち仏教でさかんに用いられました。

そして、中央には紐(ひも)をリボンのように結び(総角結=あげまきむすび)飾り、その左右に舞うように翼(つばさ)をひろげて迦陵頻伽(かりょうびんが)が向き合っています。よく見るとどちらも花びらを盛った花かごを両手にささげて、蓮華座(れんげざ)に片足で立っています。人の顔と鳥の身体をもった迦陵頻伽は、極楽浄土(ごくらくじょうど)にいるという声の美しいめでたい鳥のことです。この鳥は極楽浄土という「別世界」を象徴(しょうちょう)するモチーフとして、平安時代の寺院でよくみることができます。


平泉町の毛越寺(もうつうじ)には、舞楽(ぶがく)『迦陵頻(かりょうびん)』が伝えられています。
頭にかんむり、背に鳥の翼をつけて朱色の衣装をまとった4人の子供が、手にもった銅拍子(どひょうし)を打ちながら舞うもので華やかでかわいらしい舞いです。

(※「庶民のくらし・・まつりと芸能」に展示中)

金色堂に伝えられている3種類6面の華鬘のうち、この資料はもっとも優雅(ゆうが)なつくりのもので、透彫(すかしぼり=唐草文の部分)、鋤彫(すきぼり=肉高に彫る技法−宝相華の部分)や打出し(迦陵頻伽の部分)などすぐれた技術によって作られています。

華鬘といえば金色堂のこの華鬘のかたちが思いおこされるほどに、わが国の平安時代を代表(だいひょう)する金工芸品です。金色堂にはこの華鬘と同じ作りのものが三面残されており、金色に光りかがやくお堂の中の中央壇(ちゅうおうだん)を飾ったものと伝えられています。今から八百数十年前に岩手に花開いた奥州平泉文化の華やかさを物語るものといえましょう。