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2008年4月9日(水)更新
高校日本史教科書」で柳之御所遺跡の出土品が紹介されました
 

 平成20年度の高校日本史の教科書に柳之御所遺跡の出土品が掲載されました。実教出版が発行した「高校日本史B」では、コラム「歴史のまど」で柳之御所遺跡について解説し、柳之御所遺跡の井戸跡(50SE3)から出土した中国産白磁四耳壺を掲載しています。

リンク先→http://www.jikkyo.co.jp/bookDetail.do?book_id=70003

 これまで日本史教科書では、中央の浄土信仰が地方にも浸透した事例として中尊寺「金色堂」や毛越寺「浄土庭園」を紹介しており、平泉の文化遺産を主に仏教美術の観点から扱ってきました。今回はこれまでとは違った観点で、白磁四耳壺を奥州における武家社会成立を象徴する貴重な文化財として位置づけたものです。


実教出版 『高校日本史B 新訂版』より


2008年1月8日(火)更新
第8回平泉文化フォーラム」基調講演の概要について
 発表者について詳細が決まりましたので、お知らせします。

 【基調講演】12:50〜14:00
         東京大学大学院教授 村井章介先生
           
          
『境界論からみた外の浜と平泉』

概要
 古代・中世を通じて、日本列島両端の境界空間は、人・物・情報の交錯する活力に満ちた場であった。それは近代の国境とは違って、輪郭のあいまいな広がりであり、時期によって、また見る人の違いによって、その相貌を変える。境界は、異民族間の交易や葛藤の場であったり、ケガレたものを「内部」から排出する場であったり、「境界人」たちの生業の場であったりした。奥州藤原氏以前の平泉は境界的な場所だったが、藤原政権の成立に伴って、白河関から外の浜にいたる王国の中心に位置づけなおされた。さらに王国外の「北方世界」から特産品が外の浜、奥大道を経て平泉に集積され、さらに畿内へと運ばれていった。同様の光景は、列島の反対側の喜界島や琉球でも見出される。




[村井章介先生]
略歴:1949年大阪市生まれ。1974年東京大学大学院修士課程終了。東京大学史料編纂所     を経て、現在、東京大学大学院人文社会系研究科教授。
専門分野:日本中世史、対外関係史
最近の関心テーマ:港町・船・航路・東アジアの文化交流・文禄・慶長の役
平泉への期待:ありえたかも知れない別の歴史の可能性をシミュレートしてほしい。
 
入場無料となっておりますので、是非皆さんで参加して下さい。尚、受付は9時30分からとなっております。場所は奥州市文化会館(Zホール)です。

そのほかの日程時間については以下の通りです。なお、時間は変更になる場合があります。



【研究発表】
10:15〜 磯野 綾 氏(千葉工業大学大学院) 
       「平泉の市街地形成 〜建物軸方向の特徴について〜」
   
10:40〜 関根 達人 氏(弘前大学人文学部)
       「平泉文化と北方交易2 −擦文期の銅鋺をめぐって〜」
   
11:05〜 鈴木 弘太 氏(鶴見大学大学院)
       「12世紀の二つの都市 −平泉末期と鎌倉初期の遺物様相−
   
14:10〜 前川 佳代 氏(京都造形芸術大学)
       「『苑池都市』 平泉−浄土世界の具現化−」

【発掘調査報告】
11:30〜 柳之御所遺跡
11:45〜 人首川流域の平泉関連遺跡調査
14:35〜 白鳥舘跡
14:50〜 長者ヶ原廃寺跡
15:05〜 無量光院跡
15:20〜 花立T遺跡


午前中は平泉文化共同研究の研究発表と柳之御所遺跡、県立博物館の調査発表
午後は基調講演と各遺跡の発掘調査報告という二部構成となっています。途中からの参加も自由ですので遠慮なくいらしてください。



2007年7月19日(木)
第8回平泉文化フォーラム」のお知らせ
 今年度行われる第8回平泉文化フォーラムの開催日と会場が決まりました。

  ■日にち:平成20年2月2日(土) 午前9時30分〜午後3時45分

  ■会 場:奥州市文化会館(Zホール)


※科研費特定領域研究「東アジアの海域交流と日本伝統文化の形成」及び岩手大学と共同開催です。

2007年5月11日(金)
 泉の歴史を勉強しにきました 
 5月11日(金)、柳之御所遺跡に隣接する柳之御所遺跡資料館に、宮城県の岩切中学校第一学年の生徒が訪れました。浅野先生が見守る中、最後のグループが資料館内部に展示されている遺物を熱心に観察し、説明パネルを読んでいました。
 発掘調査から分かったことや大学の先生方の文献調査などで分かったことはたくさんあります。十分調べきれなかった柳之御所遺跡の歴史は「見学用シート」を参考にしながら見学の成果にまとめていただきたいです。
岩切中学校の生徒さんご苦労様でした。

 柳之御所遺跡資料館見学用シートをご利用ください 
 柳之御所遺跡には毎年小中学生が平泉文化を学ぶために見学に来ています。現在遺跡内は整備工事のため中に入ることができませんが、柳之御所遺跡資料館で出土した遺物を見ることができます。今まで展示物を見て各生徒が自分なりにメモを取っていたと思いますが、県教育委員会では新たに遺跡の学習を手助けするワークシートをつくりました。小学生高学年から中学生対象として作られていますので、興味のある方はご利用ください。
 シートは本ページにPDFファイルとして貼り付けていますので、興味のある方はダウンロードしてご利用ください。また、下記の場所にも見本が置いてありますので、お問い合わせください。
 


柳之御所遺跡見学用シート・・・PDF(1.6MB)

(資料についての問い合わせ先)
 柳之御所遺跡資料館
 〒029-4102 岩手県西磐井郡平泉町平泉字伽羅楽108-1
  Tel/Fax 0191-34-1001
 柳之御所遺跡調査事務所(岩手県教育委員会)
 〒029-4102 岩手県西磐井郡平泉町平泉字泉屋17-2
  Tel/Fax 0191-46-2820






2007年3月15日(木)
平成18年度平泉遺跡群検討会終わる
 3月15日(木)に平泉町郷土館ホールで平泉遺跡群検討会が行われました。この検討会は、岩手県が平泉文化について学術的な調査研究をすすめることにより、平泉文化の情報を広く発信することを目的とする事業の一環として行われました。例年平泉文化フォーラムで報告しておりましたが、今年度は11月に行われた第7回平泉文化フォーラムが岩手大学と共催で行われたため、研究部分を本検討会で実施することにしたものです。
 平日ではありましたが、約150人が参加しました。あらためて世界遺産登録を目差す平泉文化への興味の高さが示されたと思います。
 本検討会は岩手県教育委員会と平泉町の共催で行われ、主催者を代表して、岩手県教育委員会事務局所生涯学習文化課中村英俊担当課長と平泉町教育委員会佐藤敏雄教育長が挨拶されました。
 午前は共同研究者による発表を、午後からは平泉遺跡群の調査成果の発表が行われました。
<午前の部>
 「平泉文化と北方交易1−北奥出土のガラス玉−」        関根 達人
 「『聖地』平泉−清衡の平泉創造−」                 前川 佳代
 「中世平泉の市街地形成−中世前史の建物立地との比較−」 磯野 綾
 「12世紀柳之御所遺跡における掘立柱建物の研究」       鳥山 愛子
 「柳之御所遺跡の発掘調査と検討作業」       柳之御所遺跡調査事務所
 講評                                    大矢 邦宣
 
  左写真:「『聖地』平−清衡の平泉創造」について発表する前川佳代氏
  右写真:共同研究者の発表について講評をする大矢邦宣平泉郷土館長
<午後の部>
 「特別史跡無量光院跡第18次発掘調査」         平泉町教育委員会
 「志羅山遺跡第94次発掘調査」               平泉町教育委員会
 「坂下遺跡第10次発掘調査」     (財)岩手県文化振興事業団埋蔵文化財センター
 「接待館遺跡調査概要」                   奥州市教育委員会
 「長者ヶ原廃寺跡」                      奥州市世界遺産登録推進室

無量光院跡調査報告についてコメントを述べる杉本宏氏(京都府宇治市歴史資料館)
※ この検討会のレジメをPDFファイルで掲載していますので、興味のある方はご覧ください。

・ 共同研究者の発表原稿(PDF) 8.3MB / 表紙 62KB
・ 調査報告1(PDF) 4MB
・ 調査報告2(PDF) 2MB

2007年1月31日(水)
第二回 平泉遺跡群調査整備指導委員会報告
 第二回平泉遺跡群調査整備指導委員会が平成19年1月31日、岩手県庁で開かれました。

 会議内容は次の通りです。
1 協議 柳之御所遺跡整備計画について
   @H18年度野外調査成果
   A壁材、建築部材検討結果
   B整備対象期柳之御所遺跡堀内部地区の再検討状況
   C遺構等の表示方法
   D案内・解説板等の表示方法
   E修景盛土植栽計画
   FH18・H19整備工事概要
   Gガイダンス施設基本設計
   H整備全体計画
   I衣川流域遺跡群埋蔵文化財調査結果
2 報告 H18年度平泉遺跡群発掘調査成果
   @平泉町
   A(財)岩手県文化振興事業団埋蔵文化財センター
   B奥州市
   C一関市
   D岩手県立博物館
   E世界遺産登録推薦書の提出
1−@について西澤調査員が次のような発表をしました。
<概要>
 第65次調査は5月よりはじめた。2調査区(西区:園池西北側、北区:中心建物群北側)を設定した。西区は遺構の空白部分がある範囲で、31次、41次調査に引き続き、3回目の調査である。
 31SB5では部分的に柱穴が検出されていたが、新たに8個検出された。これで5×2間の総柱建物跡となる。他に塀跡が建物にほぼ並行するように3条見つかった。塀に囲まれた部分は道路状として使われたと思われる。

<55SX2>
 再調査の結果、5個の柱穴規模が大きくなった(特に、1,9,21,20)。このうち柱穴番号1,9、21は以前調査されたものよりひとまわり以上大きくなった。平均径1m以上、深さも1m前後、周辺の柱穴より際立って大きい。
 一部抜き取りがある。柱痕が確認できないものもある。断面から柱痕の径を計測すると、だいたい30cm前後である。床面は平らではない。遺物がはいっていたので、サブトレ2をいれた。1層はブロック混じりの粘土層、2層が砂層である。2層は地山、P1が1層を切っている。遺物混入+粘土ブロック混入から人為堆積と推測されたが、貼床か埋土の残存かは難しい。 この部分では貼り床を張ってから柱穴を構築したようだ。全床面については言えるかは不明である
柱穴エレベーションでみると、さきほどの柱穴(1,9,20,21)は際立って大きく、深い。 他とは区別される。小さい柱穴は張り出しなどに使われているが、どのような構築のされ方をしたのか今後検討したい。
<31SB5>
 以前は9個の柱穴が見つかっていたが、新たに8個検出され合計17個となった。
 断面Fで見ると左側がえぐれ、P153 P152底面レベルが揃っている。えぐれは底面レベルより低いので、後世の削平でなくなったと思われる。このことより、もともとは18個柱穴を持つ建物跡と推測される。他の建物よりきれいにつくられ、柱穴の大きさが平均90cm 深さ50cmであり、さきほどの竪穴建物跡より小さいが、中心建物跡群とほとんど同じ大きさである。
 下図に柱穴の断面を並べた。一部(財団)岩手埋文で調査した図面もはいる。以前は建物跡かどうかわからなかった。断面図から確認すると、抜き取りらしき痕跡がある。一部柱痕跡確認した。今回の調査でも抜き取りと考えられる痕跡、断面図で赤色部分が柱が腐った跡の堆積した土であり、柱痕跡の部分がいくつか確認された。したがって、全部の柱を抜き取ったのではなく、一部は上を切った可能性がある。平面的にも検出した段階で丸く見えたものもある。掘り下げの途中で痕跡の見えたものもいくつかある。このことより、柱穴番号250、147は一部廃絶の段階で残っていたもと思われる。今回の出土した遺物量は少ない。細片が多くて手づくねかロクロか分からなかったものが多くある。前回の調査も同じだと思っていたが、4倍くらいのかわらけが出ていることがわかった。その中には手づくねかわらけも含まれていた。建物の軸線は20度東に傾くので、柳之御所遺跡の中で最初の建物と考えていたが、手づくねかわらけがはいることより、手づくねかわらけが使われる段階までは建物跡が残っていた可能性がある。したがって、当初調査段階では軸の向きでもって古いと考えていたが、若干時代が下がる要素はある。

2006年7月20日(木)
 第一回 平泉遺跡群調査整備指導委員会報告 
 第一回平泉遺跡群調査整備指導委員会が7月19日(水)〜20日(木)に開かれ、遺跡整備や遺跡調査にかかわる助言・指導をいただきました。
 
7月19日は平泉町役場会議室で行われました。
   ○ 柳之御所遺跡整備計画
     ・堀・土塁
     ・遺跡の変遷
     ・建物についての学説と検討
     ・ガイダンス施設基本計画
   ○ 各市町等平泉遺跡群調査計画
     ・奥州市・奥州市教育委員会
     ・一関市教育委員会
     ・平泉町教育委員会
     ・(財)県埋蔵文化財センター
     ・県立博物館  
 
7月20日は現地視察を行い、その後平泉町郷土館で助言・指導などが行われました。
   ○ 現地視察及び指導・助言
     ・柳之御所遺跡
     ・無量光院跡
     ・瀬原U遺跡
     ・坂下遺跡
   ○ 柳之御所遺跡園池修景案
   ○ その他
     ・平泉文化共同研究について
     ・世界遺産登録について