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大船渡港の概要

ID番号 N8272 更新日 平成26年1月17日

大船渡港は、県沿岸の南部に位置し明治14年に軍艦「雷電」の入港により天然の良港であることが認められ広く紹介されました。

その後、港湾の整備はほとんど進みませんでしたが、大正11年に内務省の指定港湾となり、昭和7年に時局匡救事業、冷害対策として、野々田地区において港湾修築に着工し、昭和11年に水深-7.3メートル岸壁1バースが完成しました。一方、これと前後して、背後地への連絡の動脈たる国鉄大船渡線が開通し、港勢に大きな影響を与えました。昭和23年に大船渡港修築事業計画の樹立に伴ない、岸壁の増築等計画に着手し、茶屋前地区に昭和30年、水深-6メートル岸壁(延長108メートル)、水深-4メートル物揚場(延長195メートル)が完成しました。昭和32年5月の東北開発関係法制定以来、本港の重要性はさらに増し、小野田セメント大船渡工場(現太平洋セメント大船渡工場)のほか、石油基地としての利用が活発化されてきました。

昭和34年6月に本県では3番目の重要港湾として指定され、昭和35年には、茶屋前地区に、水深-9メートル岸壁1バースが完成しました。

政府は、昭和35年のチリ地震津波を契機として特別措置法を制定し、これに基づいてチリ地震津波対策として直轄施行により、昭和38年、湾口防波堤の築造に着手し、4年の歳月と19憶円の巨費を投じて我が国初の深海防波堤の完成を見ました。

昭和43年、茶屋前地区工業用地に木工団地が形成され、木材輸入の特定港に指定されました。昭和45年には永浜地区の貯木場が、昭和47年には茶屋前地区に水深-6メートル岸壁の2バース目、昭和50年には水深-9メートル岸壁の2バース目が完成しました。

一方、古くから利用されている野々田地区は、近代的なふ頭として背後の都市整備と併せ整備されることが、昭和49年3月港湾審議会第60回計画部会の議を経て決定され、昭和54年6月に地元住民からの同意を得て、同年着工しました。その後、エネルギー需要など地域経済活動の変化を踏まえ、昭和57年3月港湾審議会第97回計画部会の議を経て、-13メートル岸壁1バース及び-7.5メートル岸壁2バースの建設が開始され、これらは平成元年3月に完成しました。

平成4年3月には、「永浜・山口地区の公共ふ頭」、「茶屋前地区の旅客船ふ頭」及び「湾口防波堤周辺地区の公共マリーナ」の整備を骨子とし、港湾計画が改訂されました。

平成19年3月には、県内初の国際貿易コンテナ定期航路(大船渡港から韓国・釜山港)が開設され、大船渡港と世界各地を結ぶ新たな物流ルートが誕生しました。

上空からの大船渡港

地図

このページに関するお問い合わせ

県土整備部 港湾課 港湾担当
〒020-8570 岩手県盛岡市内丸10-1
電話番号:019-629-5913 ファクス番号:019-629-9130
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