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宮古港の概要

ID番号 N8264 更新日 平成26年1月17日

宮古港は、県沿岸部の中央に位置し、外海から遮へいされた天然の良港として知られ、沖合に豊かな漁場を持つ漁業基地として古くから栄えてきました。

明治、大正年間において、地元町及び県によって港湾の開発が進められ、昭和2年には第二種重要港湾に指定されました。昭和4年には内務省直轄施工により出崎ふ頭の修築工事に着工し、昭和12年に-7.3メートル岸壁2バース、閉伊川左岸物揚場1,336メートルの完成をみて近代港湾としての形態を整えるに至りました。

さらに、昭和26年には現行港湾法の制定と同時に重要港湾に指定され、昭和28年には岩手県が港湾管理者となりました。

出崎ふ頭修築工事の完成と時を同じくして、国鉄山田線が東北本線と連絡し、さらに閉伊川筋の電力資源の開発に伴い、窯業・鉱業・木材工業関連の企業が相次いで設立され、戦後の経済復興のなか背後立地企業の原材料及び鉱産品などの港湾取扱貨物量が急増しました。これにより、港湾機能の増強が強く求められるようになったことから、出崎地区において-9メートル岸壁1バース、-2から-4メートル物揚場569メートルの建設が国庫補助事業として昭和29年より始まり、昭和31年の国の直轄事業への事業主体の変更を経て、昭和39年に完成しました。

昭和40年代に入ると、背後地の鉱工業のさらなる進展による輸入木材等港湾貨物の取扱量増加に対応するため、藤原・神林地区において公共ふ頭及び木材港の整備が進められました。昭和42年に木材港が完成し、昭和51年には公共ふ頭の供用が開始されたことにより、宮古港の物流機能は藤原・神林地区へ順次移ってきました。また、都市再開発に伴う土地需要に対処するため、工業用地の造成が併せて進められました。

その後、昭和61年には、将来における貨物船の大型化等へ対応するための藤原・神林地区公共ふ頭計画の見直しや、鍬ヶ崎、出崎、高浜地区における漁業関連機能及びレクリエーション機能の充実を図るための小型船だまり計画などを骨子とする港湾計画が策定され、さらに平成7年には藤原・神林地区のマリーナ計画が追加されました。このマリーナについては平成11年5月に供用開始され、平成11年8月に開催されたインターハイのヨット競技会場として利用されました。

この間、平成10年6月には横浜港との間に内航フィーダー船が定期就航しており、現在整備が進められている宮古盛岡横断道路によって、県都盛岡市を中心とする内陸部との結びつきが強化されることから、コンテナ貨物の取扱量増加が期待されています。

平成12年3月には、「市民も気軽に訪れることのできる魅力あるウォーターフロント空間である交流拠点」の形成や、藤原地区の「耐震強化岸壁」の整備を骨子とし、港湾計画が改訂されました。

出崎地区においては、宮古市が整備した「シートピアなあど」(広域総合交流促進施設及びタラソテラピー施設)が平成15年11月にオープンし、平成17年7月には「みなとオアシス」に、同年8月には「道の駅」に認定され、現在、宮古市が進めている開発計画と一体となった施設整備が進められています。

上空からの宮古港

地図

このページに関するお問い合わせ

県土整備部 港湾課 港湾担当
〒020-8570 岩手県盛岡市内丸10-1
電話番号:019-629-5913 ファクス番号:019-629-9130
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