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岩手フロンティア産業人座談会(平成21年2月16日)

ID番号 N11684 更新日 平成26年1月17日

対象地域:沿岸広域振興圏
開催場所:釜石市

県政懇談会「岩手フロンティア産業人座談会」懇談記録(沿岸広域振興圏)

  • 日時 平成21年2月16日(月曜日)13時30分から15時00分
  • 場所 釜石地区合同庁舎 4階 大会議室

開会

若林局長
それでは、ただいまから県政懇談会「岩手フロンティア産業人座談会」を開催させていただきます。
ご出席いただきました沿岸広域振興圏の皆様には、大変お忙しい中ご出席賜りました。まことにありがとうございます。心から感謝を申し上げます。
私、本日の司会進行を務めます釜石地方振興局の若林と申します。よろしくどうぞお願い申し上げます。

知事あいさつ

若林局長
それでは、開催に当たりまして知事の方から一言ごあいさつを申し上げます。

達増知事
皆様、こんにちは。今日は、県政懇談会「岩手フロンティア産業人座談会」にお集まりをいただきましてありがとうございました。
この「岩手フロンティア産業人座談会」といいますのは、一種の作戦会議でございまして、それぞれ地域、また産業分野の中でご活躍されている皆さんに近況報告のようなところから将来の希望などを語っていただきまして、県の政策に役立てるとともに、またお集まりの皆様にもそれぞれの仕事や地域での活動にお役立てていただきたいということでございます。
「フロンティア」という言葉が入っていますのは、これは沿岸広域振興圏を一つの「フロンティア」としておりまして、県北、県央、県南と並んで沿岸広域振興圏で開催させていただきますが、既存の市町村の枠を超え、また県の全体でやるのとも違う、既存の行政の枠組みにとらわれないで、そこにある会社、団体、また個人が自由に地域づくりをしていけるような仕掛けをどんどん進めていきたいと思っておりまして、この座談会はその一環でもございます。
また、県は、現行の長期計画が来年で終わりますので、その後の10年くらいの長期計画を大体今年中につくっておかなければなりませんで、その作業に着手しているのですけれども、10年後の岩手というところ、これを今岩手で生きる県民の皆さんが10年後どういう風になっていたいか、10年後何をしていたいか、そういうのを束にして岩手の10年後というのができてくるのではないかと思っておりまして、そういうことについても参考になるご意見を伺えればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

若林局長
ありがとうございました。
それでは、本日の出席者をご紹介申し上げたいと思います。資料にございますけれども、順番にご紹介を申し上げたいと思います。
株式会社理工電気代表取締役の崎山淳史様です。
きのこのSATO販売株式会社代表取締役、佐藤博文様です。
株式会社釜石電機製作所代表取締役、佐藤一彦様です。
かまいし水産振興企業組合理事長、三塚浩之様です。
有限会社エス研工代表取締役、佐藤久人様です。
三社自動車株式会社常務取締役、松原安子様です。
では、県側の出席者を紹介いたします。宮古地方振興局長の田山です。
大船渡地方振興局の高橋です。
先ほどごあいさついたしました達増知事です。

懇談

若林局長
今日は、先ほど知事の方からお話がありました、皆さんが今までそれぞれ各分野で取り組まれている状況なり、それから現場現状、それからいろいろ地域に対する思いとか、それからいろいろ課題もあると思います。第1巡目は、大体そのぐらいをお話を、自己紹介を兼ねましてお願いをしたいなという風に思います。自己紹介を兼ねて仕事の内容だとか、地域に対する思いだとか、こういうことを大事にしているとか、それからこういう課題もあるなというところまでを一回お話をしていただいて、その後その中で議論を深めていきたいなと。次には、それでは今長期計画をつくろうとしているのですが、10年後どういう形でなればいいなとか、自分の中でこんな感じで考えているなということをお話しいただくということにしていきたいなという風に思います。よろしくお願いを申し上げます。
佐藤博文様、お願いします。

佐藤博文
陸前高田から参りました、きのこのSATOの佐藤でございます。よろしくお願いします。
当社は、もともと今でもやっているのですけれども、コンサル、設計、測量設計の方を二十数年やらせてもらっておりまして、公共事業の激減というところから6年前に農業参入をしようということで菌床シイタケを栽培しております。おととしの夏、すごい暑い夏で、菌床シイタケがかなり大打撃を受けまして、それに代わるものということで、去年よりキクラゲ栽培を始めまして、10月に東京ビジネスサミットというのが開催されて、そこに出展したのですけれども、その中でアグリビジネス部門という部門賞をいただきまして、さらには6部門ある部門の中から大賞をいただいてまいりました。選考理由としては、中国産キクラゲの残留農薬問題が半年ぐらい前からずっと新聞、テレビに出ていまして、さらには消費者が食の安全の意識が非常に高まったというのが1つあるということでした。あとは、オンリーワンの商品であるということから、ますます全国に向けた需要が拡大するのではないかという評価だったようです。
あとは、特産化に向けた取り組みをしておりまして、新規参入の方々を入れて技術指導、販売支援等の評価もありましたし、障がい者の雇用も一応考えて、去年9月から3カ月ほどずっと継続で障がい者の方に来てもらっていろいろ、試験的ということもあったのですが、そういった取り組みが非常に高い評価を受けて、大賞いただいたということなようでした。
平成21年度の計画として、キノコの中で一番おいしいと言われるハタケシメジというのを本格的に栽培する予定で今計画をしております。露地栽培としては、大規模栽培ということで全国で初となると思います。既に試作品を去年の秋にいろいろ営業して回ったところ、首都圏のレストランから注文をいただき、かなり期待をしながら今計画しているところです。
あともう一つ、この施設を拡大することに関して森林・林業・木材産業づくり交付金事業というのがありまして、これもちょっと今年になってから話を聞きまして、ぜひその部分を手助けをいただいて、一気にハタケシメジを大きくしようということでお願いしていたところ、当初予算の方にはちょっと厳しいというお話をいただきまして、ただこのハタケシメジは秋に出るものですから、最低でも7月に仕込みをしなければだめだというのがありまして、ぜひ補正の方で何とか措置していただければなという個人的なお願いなのですが、というのがあります。
あとは個人ではないのですが、気仙地区の有志が集まった三陸の食卓をおすそわけ実行委員会という組織がありまして、私会長をやらせてもらっているのですけれども、この会は官民一体となりまして三陸気仙の海、山、里の食材をイベントや物販を通してPRしております。また、PRだけではなくて、インターネットサイトを気仙中心に今展開しているところなのですが、その中でネット販売につなげようという取り組みをしています。
また、地元の食材がなかなか地元で食べられないという観光客の方のいろんな意見もありまして、地元で食べられるお店の輪を広げようという活動も並行してやっております。この三陸の食卓をおすそわけ実行委員会が主体となりまして、平成20年度地方元気再生事業というのを受託しております。金額にすると2千百ちょっとのお金をいただいて、これで現地の海のライブカメラを使ってネット配信をして、関東、仙台、盛岡圏の消費地に生の絵を見て注文をもらおうという取り組みが評価されての受託になっておるようです。
あとは、三陸の感動物語ツアーというのも企画していまして、地元に来て、地元の生のものを食べて、かつ生産者と一緒に生の作業をして感動してもらうと。東京では、例えばアワビ1個、料亭で何万円するのが地元に来ると1,000円、2,000円で食べられるわけです。その分の差額をツアー分に充てて岩手に来てもらおうというのが最初の目的で、いろいろ活動しています。きのうも東京に物販で3日間おりまして、きのうの夜遅く帰ってきて、今日に至っておりました。
以上でございます。

若林局長
ありがとうございます。ちょっと質問があります。キクラゲってどういうふうに出てくるのですか。

佐藤博文
キクラゲ、基本的にはシイタケの菌床なのですけれども、菌床をつくる際に上にシイタケの種をまくのですが、多少は変わるのですが、全く同じやり方の中で種だけを変える。そうすると、シイタケの種をまいたのはシイタケが出る、キクラゲの種をまくとキクラゲが……。

若林局長
キクラゲが出る。

佐藤博文
ただ、栽培方法なり、いろんな発生方法なりというのはキノコによって大分変わりますけれども。

若林局長
あの黒いのがそのまま出てくるのですか。

佐藤博文
そうですね。本格的に九州の方では国産としてつくられてはいたのですが、ほとんど中国からの種でつくっているというキクラゲがほとんど。うちのところは、東北でとれた種を東北でつくっているということで、もう純血の日本人ですという営業をさせてもらいながら今PRをやっています。

若林局長
何かあと交付金で補正という話ありましたけれども、それにはコメントはないですか。

高橋局長
その辺のところは制度的な問題とかいろいろあるので、いずれどういう道があるかということについては振興局としても一緒になって考えていきたいし、いろいろ道探っていきたいということで、一緒に進めていますので。

若林局長
はい、わかりました。感動物語ツアーというのは、どの辺でやっているのですか。

佐藤博文
その計画自体が急だったものですから、最初は仙台圏と盛岡圏の方に本当に1週間ぐらいのPRで、こういうツアーありますよということでやったものですから、なかなかお客さんの目にとまらないというのもあったのですが、最近では飲食店関係の人たちがぜひいいものがあるというのは分かっているのだけれども、現場は行ったことないというので、そういう人たちがものすごい反応を示しています。ただ、お仕事の関係で土日だったりするものですから、ちょうど飲食店、忙しい方たちなものですから、ちょっと時間的にずれて。

若林局長
そうか、現場に見に来る日程が合わないのですね。

佐藤博文
そうです。

若林局長
どこ見るのですか、それ。

佐藤博文
まず、一番最初に陸前高田の酒造会社、醸造会社を回って、マイボトルを持たせて、自分のしょうゆとかお酒を自分で。それを持ったままツアーをやるのですけれども、朝食に卵を、自分で生まれたての卵をとって、それを御飯にかけて、そのマイしょうゆをかけて食べるとか、あと朝早く定置網に一緒に船に乗って、一緒に網を揚げたり、船が上がってきた朝方に市場で一緒にその荷物を揚げるのを手伝ったり、その魚をそのまま朝飯、そこでさばいて、しかも番屋で、作業している場所ですね。あそこで炭で焼いて、そこでという本当に地元の人も味わえないツアーです。

若林局長
酒飲みにはこたえられない。

佐藤博文
皆さん感動して帰られます。

若林局長
はい、分かりました。ありがとうございました。
それでは、引き続きまして釜石電機の佐藤さん。

佐藤一彦
釜石電機製作所の佐藤でございます。説明をできる機会をいただきましたことをまずもって感謝したいと思います。資料をちょっと私どもの封筒の中に入れておるのですけれども、ちょっといっぱい持ってき過ぎているので、かいつまんでご説明申し上げたいと思うのですが、私どもは釜石という地域柄、もともとは製鉄などの企業城下町で培ったというか、育ててもらった会社でございます。主にモーターとかポンプなど回転機のメンテを主としてきていたわけでございます。現在もそれが主力でございます。その技術の中で溶射という技術を従来から使っていたわけですけれども、その溶射という技術を使って岩手県の工業技術センターさんと一緒に光触媒という酸化チタンをコーティングする技術にトライいたしました。共同で特許をとるに至るまで来て、商品化、製品化というところで今現在動いておるわけでございます。地域というふうな、岩手県という地域柄ということも一つ大きいファクターでございまして、それとあと非常にローカルな零細な企業が大手さんと伍して競争するにはどうしたらいいかということで、一緒の土壌でけんかしてもどうにもならないだろうということが一つございまして、岩手県という地域性をやっぱり生かそうと、また逆に大手さんが余り手を突っ込んでこないだろうというところで畜産という部分を、農業という部分にこの光触媒の技術を応用してみようということでトライいたしました。
まず、生まれてすぐの子牛が自分の排せつするおしっこのにおいで気管支炎とか風邪を引いたり病気になって最悪死ぬと。どうにかならないかというお話があって、我々も工業の方については多少なりとも知識がありますが、農業についてはまるっきり知識がないものですから、やってみましょうかということでやったら、非常にびっくりするぐらい生育がよくて、今でも驚いているところでございますのですが、その中からできればこの装置が日本の畜産の未来につながる装置であって欲しいと。また、人間と動物と環境の共生ができる装置に、システムに仕上げたいと。また、昨今マスコミ等々毎日のように言われている食の安全という部分がやっぱり私ども岩手県というその地域、食料供給県という位置付けということから、そういう風な面からの切り口で何とかこのシステム、装置を一丁前に育て上げたいなという風に今鋭意努力しております。その面で振興局さんを初め、何せ農業のほうの方にちょっとお邪魔するにしても工業だと敷居が高いというか垣根が高くて、なかなかお会いすることも難しいということで、振興局さんのお力をお借りしたり、アドバイザーの方に同行していただいて農業改良普及センターさんなどを回って歩いて、いろいろご支援をいただくような格好で販売に向けて今鋭意努力している最中でございます。
以上でございます。

若林局長
ありがとうございます。畜舎の空気清浄システムですか、それで随分子牛のストレスがなくなる、環境が良くなるということで非常にいいという話を伺っていますし、今モデル的にもやられているというですので、その辺のことをちょっとお話しいただけますか。

佐藤一彦
豚については私どもの知識のなさと、要は床下が全部便槽だということを全然知らなかったものですから、光触媒の装置を4部屋につけて、残りの4部屋を比較対象で効果を見てみようと思ったら、下がつるつるになっておりまして、ちょっとこれは……ということで、今別な方法を考えておるのですけれども、牛につきましては、牛についても鶏についてもそうなのですが、牛につきましては特に2カ月で60キロから70キロに体重が1カ月ちょっとで増えたとかと。
あと着床率、要するにお産の受精卵を入れると非常に歩どまりが悪くて4割、5割の成功率のところを、私たちが手がけている畜産農家のところは丈夫な立派な牛ができるものですから、これはちょっとやってみようかしらということで、たまたま受精卵の補助金もついたということも相まって入れたと。8頭入れたら全部成功したということで、びっくりして、もう3年ばかりたつのですけれども、現在もずっと、常に10割とはいかないが9割近辺をずっと維持している。でも、世の中から見れば4割、5割の世界が9割近辺ですから、随分違うのだと。
あとは、やっぱり県の獣医さんからのお話で、ただ太ればいいというものでもないとおっしゃられて、それはそうだなと。市場に出ての評価がどうなのかということがやっぱり一つ大きくあると。先ほどの農家から出た子牛、要するに搾乳農家ですから、自分のところでお乳を搾るための後継牛として残す分と、あとはお産しなければいけない牛、お乳搾れませんから売り払うと。子牛で普通は10カ月育てて売るのだそうですけれども、あそこではもう1カ月ちょっとで売ってしまうと。ですから、10カ月の分のえさ代が非常に助かっているというようなお話。その中でも非常に高値で、どれぐらいもうかっていますかと言うと、いやいや、それは相場だから時々だと。だけれども、ほかの生産者さんから出てきた牛よりは高く出ていますと。要するにリピーターがついて、あそこで育った牛は、仮に盛岡に持っていっても、私も余りよく分からないのですけれども、要するに一から育て直すのだそうですけれども、もうそういう必要がなくて、その延長線上で育てられると。その分手間が省けているということで、非常に高く買ってもペイするのだという買われる方々のお話をおっしゃっていましたので、ですから我々も買われている先のところまで追っかけてみたいのですけれども、なかなかちょっとブラインドがありまして行っていないというのが現状でございます。

若林局長
あとは農協関係とか、そういう方々と今までなかなかできなかった農工連携ですよね。

佐藤一彦
そうですね。

若林局長
だから、水工連携だとか、そういうところがひとつこれからの着目点になっていくのかなという風に思います。

佐藤一彦
そうだと思います。

達増知事
空気がいいというのは、すごい健康にいいということなのですね。

佐藤一彦
ええ。それは、言葉のしゃべられない動物がいみじくも実態、実証していただいているものですから、非常にこれだけ違うのかなと。この間も日本獣医師学会が盛岡で開催され、なぜなのかというのは、我々もなぜなのでしょうねというのが正直。ですから、これは魔法の装置ではなくて、ただ単に補助装置、サプリメントという言葉がありますけれども、そういう装置ではないかというふうな説明、多分そうだろうなというお話だったですね。

若林局長
はい、ありがとうございました。
それでは、続きまして三塚さんからお願いをいたします。

三塚浩之
かまいし水産振興企業組合の三塚でございます。魚を売るのが本業でございますが、結構売るPR、その他で宮崎に行ってのコラボであるとかというのがよく私を紹介する中で言われているのですが、昨年も知事の中央会の懇談会に参加させていただいて、そのときに最後に、知事に岩手のブランドとは何かと、岩手のブランドの定義とは何かという質問をさせていただいて、知事からは岩手のブランドというものは嘘をつかない、正直で、岩手の気質を売ることが岩手のブランドであるということを教えていただきまして、その中で私が地元の水産物を売る上で何ができるかなということを考えて、様々な地元での水産物の消費であるとかということを考えたときに、何を実践できるかということで4月に地元の食材を使った食堂をオープンさせました。ただ地元のものを使っているのではなくて、毎日の生活に反映するレシピも提供しようということで、だったら日替わり定食専門にしようということで、知事のお手元にありますけれども、そのファイルにありますが、毎日8時45分にその日のメニューを紹介して、産地その他、昼過ぎた時には今度は画像を配信しております。ちょっと安直に携帯の無料ページでやっているものですから、画像がいっぱいでもうサーバーがぱんぱんの状態になっております。子供たちの魚離れであるとかというものをどういった取り組みでやっていこうかなというので、とりあえずは私たちのできる岩手ブランドの実践ということでそれは運営して、何とかお客様もついてやっております。
もう一つは、産業育成センターの支援を受けまして、チョウザメを何か加工に利用できないかというお話がありましたので、それで今かまぼこ、その他の練り製品の開発を何十回か繰り返しております。その過程でできたさつまあげのようなものに関しては、一定のレベルまではいっているのですが、かまぼこというのはやはり小田原というのが完全にかまぼこを確立しておりまして、ぷるんとした食感、あれはチョウザメではもうできないなと感じました。それよりは、あそこまでのものはできなくても素朴さといったもので魚を食べているという実感をさせるというのも一つの手なのかもしれないということで、また別な道を今探しているところです。二、三年後には計画でいけば、かまぼこ類、練り製品であっても全国展開できるぐらいの原料の量があるということと、水産の原料の中では珍しく工業的に生産できる。気候、気象条件に左右されないし、量が少ない多いということもない。

若林局長
一定程度ちゃんと量があって安定供給できるという。

三塚浩之
ええ、原料も金額も量も確保できて、こちらもコンスタントに生産できるという利点もあるので、何とかこれを形にしたいなとは思っております。

若林局長
それチョウザメですか。

三塚浩之
チョウザメです。そこで、宮崎ですけれども、宮崎の方でも私たちの思いを酌んでいただいて、先方の農協さんは秋の収穫祭では釜石産の、うちのサンマをぜひに送ってくれと。その1,000人分のサンマに対して、うちも1,000人分のかんきつ類でコラボして、自分たちのかんきつ類を売りながら、あなたたちのサンマもPRしましょうということをしていただいておりますので、少しずつではありますが、釜石の名前を売っているつもりではおります。
以上です。

若林局長
ありがとうございました。その素朴さというのは、ねちゃっとではなくて、何かちょっと食感的にはぼろぼろっとしているけれども……

三塚浩之
ええ、もうちょっと粗くてもいいのではないか。ただ、かまぼこの定義として、薄く切って、こう持ったときに折れないのがかまぼこの定義らしくて、大学の教授から聞いたら、一番分かりやすいのはそういうところだそうです。ほかの練り製品と違う、何をもってかまぼことするかといったときに、折れるか折れないかの弾力があるかないかがかまぼこだという、そのぎりぎりの状態までは持っていきたいなとは思っています。

若林局長
さつまあげなんかよくありますよね。例えば海藻が入っているさつまあげとか。

三塚浩之
はい。

若林局長
ああいうものは、何かこの辺でできるのでしょうか。

三塚浩之
できるとは思います。あれはもう応用は、さつまあげの時点だと、地元の農産物というものを混ぜ合わせられるという利点もあるし、応用範囲が広いです。ゴボウ1本にそれを巻いて揚げただけでも、それでも一つの商品になれるというのもあるし、宮崎に行ったときに、飫肥天(おびてん)という商品があって、あれは地元の豆腐をまぜて弾力を出しているのです。前回試したときには、県産の大豆を使った豆腐をまぜ合わせてやってみようといってやったら、そのさつまあげの方は成功しました。店に来るお客さんたちもみんな少しずつ食べてもらって、これはさつまあげかと聞いたら、これはさつまあげだと、九州の人たちにもさつまあげだと言われて。ただ、宮崎の人にもそれを紹介すると、飫肥天というさつまあげというと、宮崎の人は怒るのですよ。薩摩ではないから。

達増知事
関西でてんぷらと言うのですよね、さつまあげを。

三塚浩之
はい。

若林局長
うちは三陸揚げ。

三塚浩之
三陸というので、何かを考えなければならないなとは思っております。

若林局長
はい、ありがとうございました。
では、引き続きまして佐藤さん、お願いいたします。

佐藤久人
エス研工の佐藤と申します。よろしくお願いします。
まず、会社の紹介からいたします。平成10年11月、個人で創業しまして、翌年、平成11年4月に法人化いたしまして、有限会社エス研工といたしました。生産品目としてモールド金型部品の加工を主にやっております。モールドというのはちょっと皆さん聞きなれないとは思うのですけれども、コネクターの部分の絶縁体を形成するプラスチックの金型の部品を当初つくっておりました。それに加えて平成19年8月にコネクターの端子部の金型の部品加工を始めるということで、製造の多様化及び取引先の拡大ということをテーマに計画支援を申請いたしました。同年8月に経営革新の承認を得、11月に工作機械の拡張、あと新工場への移転ということで、プレス金型部品加工を開始いたしました。現在会社の規模は小さく、従業員は10名ですが、会社の目標として顧客に満足していただける高信頼性の製品を提供するということをモットーにして今頑張って仕事をこなしています。しかし、昨年の9月のリーマンショックですか、そういうものがかなり響きまして、受注量はもう昨年の8割から9割激減しています。宮古地区というところは、コネクターの生産に関しては全国の中でも4割にも上るほどのコネクターの生産量があったのですが、現在では、8割、7割というぐらいまで落ち込んでおります。

達増知事
それは、8割、7割減って、残り二、三割しかないという状態なのですよね。

佐藤久人
そうです。我が社は今まで宮古地区での仕事がメインだったのですが、これを機に他県、関東、関西、あと遠くは九州まで足を延ばして仕事をとりに行っています。けれども、結果と、成果はなかなか出ないという状況で、今非常に苦しんでおります。そういった中で、他県、他社へ、営業に行く機会が結構増えた中で感じることは、我々の宮古地区は、今現在加工技術はかなり高いものがあるとは思うのですが、工作機械だとかソフトの面などが、他社他県に比べると一歩遅れている部分が目につくということが現在私が痛感しているところです。そういう面で、やっぱり開発を主とした産業に転換していく必要があるのではないかという風に思っております。
以上です。

若林局長
ありがとうございました。ちょっと質問ですけれども、例えばコネクター関係のいろいろな技術力はあるのだけれども、ソフトが足りないというのは、具体的に言うと例えばそのソフトというのはどういうものになるのですか。

佐藤久人
金型自体を製品設計する際のCADシステムだとか、あと工作機械が日々発展している中で、どうしてもコネクターの部分に偏った設備を宮古地区が重視しているというのがあると思います。金型というのは、コネクターだけではなくいろんなものがありますが、そういうものを応用してつくるシステムになっていないというのがきびしいと思います。

若林局長
ちょっと特化し過ぎている部分があると。

佐藤久人
特化し過ぎてしまったという感じが受けます。

若林局長
なるほど。はい、分かりました。ありがとうございました。
それでは、松原さん、お願いできますか。

松原安子
三社タクシーの松原と申します。我が社は、昭和28年の創業開始でございまして、今本当にタクシーは不況産業と一番取り上げられる業種でございますが、昭和59年から観光タクシーというところに注目いたしまして、観光の方へ、まずは関わりのございました大手旅行業者7社と契約を結びまして、その中で画期的だったのは魚彩王国に参加させていただきました時に、旅行社さんのご希望で個人向けの商品はどうしても1人当たりの商品を売り込みたいということで、相乗りタクシープランというものを立ち上げました。これは、あくまでも旅行社主催でございますので、何とか私どもで受けてやれたということで、本当に日本初だったものですから、かなり注目をされまして、他県でも相乗りタクシーをやるタクシー会社が増えてきたということがございます。
タクシーは本当に不況産業なものですから、何度も申し上げますが、皆様のお話を聞きながら、うちももっとひどいなと思いながら聞いておりました。やはりタクシーだけに特化していくと、どうしても本当に厳しいのです。平成9年なのですけれども、息子がカナダに留学しておりましたときに、日本の情報を逆に外国で聞いて教えてくれたのが、タクシーだけではなくて、こちらのタクシー業者もそうですけれども、例えば便利屋タクシーみたいなものがカナダで、バンクーバーですごいはやっていると。それは、どうして始まったかというと、タクシーだけやっているともうからないというのもありますけれども、小回りが利くということで注目されているのだよということを教えてくれました。でも、日本ではそれは難しいだろうと思っていたら、広島でそれを立ち上げたタクシー会社があったのです。それを聞きまして問い合わせましたら、平成7年に既に、私どもはちょっと理解が遅かったのですが、平成7年に通達されていると。そういう支援事業をしてもいいという通達が流れているということを知りまして、平成9年におつかいタクシーというのを立ち上げてみました。そこから一つの突破口が出てきまして、いろんなことをできるようになったのです。介護事業もそうですし、おつかいタクシーから始まったのが介護タクシーなのです。介護事業とこれには載っていませんので、福祉タクシーをさせていただくことになりました。観光タクシーと福祉タクシーと、それからタクシーでやれるものは何だと考えましたら、やっぱり代行もあるなということで、タクシーができること、あらゆることにチャレンジしてまいりました。おかげさまで、本当に大変なのですけれども、下支えにそれがなって何とか従業員の人数を減らさず営業させていただいている状況です。やはりタクシーは、地域の皆様から支持されて一番のものなので、考えましたのは、自分たちだけがやっていればいいということではなくて、地域にどんなことができるのかなということを考えまして、実はその時に一番力になったのは振興局さんなのですけれども、一番最初のスタートは花と水の回廊が始まりましたときにちょっとお手伝いさせていただきまして、そのお花の事業がずっと続いて、今は宮古市の支援を受けましてウエルカムフラワーで迎える街並み創出事業という事業をさせていただきまして、宮古駅や商店街や浄土ケ浜にお花を飾る事業をさせていただいております。
それから、またもう一つございまして、昭和通りのおかみさんもてなし隊というのを平成15年9月の秋祭りの日に立ち上げました。それで、メンバーは38名ほどの本当におかみさんたちだけなのですけれども、そのおかみさんたちで年に6回ほど感謝の催しと称しまして、今からですと3月にひな祭りをやり、5月は端午の節句、7月は七夕、9月は秋祭りに参加、11月、12月は宮古のクリスマスということで、みんなで協力をしてまちづくりというか、市民の皆さんにも楽しんでいただけるような事業をさせていただいております。できればそれが、よく旅行社さんに言われるのが、まち歩きをするまちになることが観光地として一番いいという表現がありましたので、こちらの浄土ケ浜という素晴らしい、もう日本一と思っているのですけれども、浄土ケ浜という美しい浜がございますが、浄土ケ浜だけでは本当30分いれば飽きてしまうというお客様もいらっしゃるので、まち歩きを楽しんでいただけるようにということで、そこへ何とか持っていきたいと思いまして、もてなし隊をつくったのです。皆さんも本当に15年からですから、今年5年目になるのですけれども、とても気軽に参加してくださるようになりまして、おひな様の事業もすごく遠野とか大迫とか盛岡とは全然比べ物にならないささやかな催しなのですけれども、宮古広報に載せていただきましたら、問い合わせが殺到いたしまして、本当に別の方からも私は、ではお琴を弾いて差し上げたいとか、いろんな方から、全然知らない方からも申し出があったりして、ああ、やっぱりみんな人と人が関わり合うことが一つのまちづくりにもなるし、観光にもつなげていけるのかなと思いながら取り組んでいます。

若林局長
ありがとうございました。タクシー、いろんな顧客を開発して開拓して、いろんな多用途に使っていくという形。でも、いろいろお客さんに即したような車種も要るのでしょうね、きっと。

松原安子
そうですね。

若林局長
福祉タクシーなどになってくると。

松原安子
はい。福祉タクシーは2種類ございまして、ストレッチャーを積んだ大型のものと、それからあと車いすごと乗れる小型車とございます。通常はやっぱり小型の、私たちは「はまなす号」と呼んでいるのですけれども、その小型車の方の需要がとても多いのです。当然売り上げの方も担当している者が一番トップにいます。ただ、やっぱりタクシー乗務員ですので、何でそんなことするのというのが最初で、皆さん、ただドアをばんとあけて、自動ドアですので、自動ドアをぱっとあけて乗せて、行き先を聞いたらぶいっと行って料金をいただくという、それがタクシーだという方がすごく多かったのです。ですので、こういうことをしていたらタクシーがだめになるというのが社長の考えで、自分が代表取締役になったときに全面的に変えたのです。その抵抗は、すごいすさまじいものがございました。制服、制帽、ネクタイ着用ということにしたら、制服を、制帽を投げつけてた人もいたり、もう大変でした。それが昭和59年のことだったのですけれども。しかし、制服、制帽をきちっとつけたことで、旅行社が視察に来て契約できたわけです。そのとき、その当時なのですけれども、大手旅行会社に大変厳しい審査基準があって、そこへ到達しなければ契約できない状況でした。その会社と契約できたことが一番大きな転機だったと思います。今真冬でも旅行社から送客があるのも、先ほど広域と知事さんおっしゃいましたけれども、広域でのタクシー観光が可能になったのです。例えばあさってお迎えするお客様は八戸から出発なのです。2泊3日のお客様です。これはどうしてもその旅行会社でやりたい、売り込みたいという強い希望があったものですから、お受けすることになったのですけれども、実際はタクシー会社は冬はちょっと観光したくないところもあるのです。雪が降ったり条件が悪いので、列車が動かなかったりとかありますけれども。ただ、そこを考えた時にうちの社長がそれであれば三社1社でやるのはだめだと、連携して各地域でやれば可能ではないかということで、また旅行社さんとご相談させていただいて、八戸のタクシーさんが宮古まで参りますし、宮古から釜石と遠野の観光をさせていただくのは三社タクシーで。

若林局長
リレーするのですね。

松原安子
はい。そして、次に一関までの観光が陸前高田のタクシーさんが受けて、3つの会社でそのコースをやっています。

若林局長
ありがとうございました。自己紹介含めて、携わっている仕事の内容も含めてお伺いをいたしました。
ここで、知事から感想を伺いたいと思います。よろしくお願いします。

達増知事
まず、農林水産業絡みのきのこのSATOさん、あと釜石電機さんもですし、あとはかまいし水産振興企業組合ということで取り組んでおられる。県もやはり岩手の基幹産業は農林水産業ということで、そこから加工、流通まで6次産業的に発展させていきたいというのがありますし、あとは農商工連携ですよね。物づくり分野との連携を伸ばしていって、農林水産業の方の所得を高めていくとともに、それをベースにした物づくり産業の発展にもつなげていきたいということでやっていまして、それぞれ本当に成功事例でぜひその調子でやっていただきたいなという風に思います。
それから、タクシーは本当に大変な分野だと思うのですけれども、いろんな観光、今までやったことないようなことにもどんどん挑戦されて、何とかやっているというのは素晴らしいと思います。
あとおひな様のことで、遠野、盛岡、大迫と比べてという話もありましたけれども、宮古というのはカルチャーで、まだまだ潜在力があって、個人とか、あるいは家とか、かなりのレベルのものが埋もれているのだと思います。それがもう少し商店街単位になったりとか、地域で目立つくらいにまでいけば、宮古市だったらいろんなそういうことが可能なのではないかなという風に思いました。
あとは、理工電気さんとエス研工さんは、今の金融危機のもとでの経済危機の中で本当に大変なところなのだと思います。エス研工さんの方でふだんつくっている以外の金型、こういうときにばっとできればということで、どうなのでしょう。理工電気さんの関係で普段つくっているものがこういうとき取引先が買ってくれない中で、なかなか普段つくっていないのをつくるとかというのはやっぱり難しいのですかね。
振興局のほうでもいろいろ考えて工夫して、ヒントとかを集めたり、何か地元でそういうのがあればまたいいのでしょうけれども、何か農業で、ある小さい部品のようなものが実はすごい、それがあると農作業が便利になるような、何かそういう部品があるのかもしれなくて、何かハウスを組み立てるのに使う部品かもしれないし、農業用機械とか、何かそういうニーズを県内でも発掘できればいいのだろうなというようなことを考えながら今話を伺っておりました。

若林局長
ありがとうございました。特化するということは、非常に専門性があっていいときはいいのです。ところが、リスクがかかってくるともろに受けてしまうという、リスク分散型をどうするかというところも、一方でこっち、一方では違う方向で、例えば地場向けに何かがあってやりながら外向けはこっちでいこうというような形になれば一番強いのでしょうけれども。これからの課題がその辺だと思います。今までは農業と工業が連携するというのはなかなかなかったのですよね。農業機械はもう完全に外から来るという話で、地場の企業が行くという話ではなかったのですけれども、今は少し出てきているのは釜石電機さんの部分もあるし、あとはペレットのボイラーも少し、温室用のペレットの、あと水産業では今ワカメの刈り取りを海の中でやらないで、もう陸まで持ってきて、陸に上げて刈り取ったら楽ではないかとかという刈り取り機械ということをやり始めてきていましたので、そうすると普及していくと技術も上がって、また何か新たな必要な部分が出てくるかなという風には思います。そこを何とか進めていければなという風に思っています。
さて、それでは2巡目ですが、ではこれからの話をちょっと皆さんにお話をいただきたいなというふうに思います。いろいろ厳しい状況もあるのですが、この地域が例えば10年後あたりはこんな感じなのだろうなとか、こういう地域に対して思いがあったり願いがあるというようなことのご意見があれば承っていきたいなと。それをなるべく少しでも施策に反映できるようなシステムにできればなと。
ちょっと私が困っているのは、沿岸で非常に人口減少が激しくて、とんでもない数字になりそうな状況なので、この辺も非常に危惧はしているのですけれども、ただそうは言いながらこの地域でとにかくいいものはいっぱいあるので、何らかの形で住んでいる方々がいい人生を送れたとか、良かったというような満足度を高めるにはどうすればいいかとか、その辺の何かアドバイスというか、そういうことが聞ければ一番いいなという風に思っております。
佐藤さん、お願いをします。

佐藤博文
農林業の代表ということですけれども、10年後というのを実際考えたことはないのですが、現時点で農業をやっている方、林業をやっている方の年齢がものすごい高いです。非常に高いです。後継者がいるかとなると、水産は比較的後継者いるのかなという気はしますが、農林に関しては皆無とは言いませんけれども、お父さん、おじいちゃんがやっている農業、林業に対しても生活できると思っている若い人が恐らく一人もいないのではないかなという気もします。最近産直で自分で値段をつけて売れるシステムが多くなってきて、恐らく若干所得、同じ量でも所得が若干上がっているのかなという気はしますけれども、農業に関しては農協さんに納めるのが目的で、値段がどうだこうだ、高く売ってくれというレベルの考えを持った人たちがいないのです。ましてや自分で売ろうとする人たちはほとんどいないのかなと思っています。私は、異業種から参入したという立場もあって何でもやれる立場なので、直接持っていって銀座にある県の銀河プラザをお借りして、シイタケをねじり鉢巻きしてたたき売りしたり、そういうことをしていると地元では余り、普通の値段よりもいいなぐらいの値段でしか売れないのですけれども、やっぱりきちっと評価するお客さんの前に行くと、この辺で500円ぐらいで高いなと思って売っているのが、向こうに行くと倍以上の値段で売れるのです。いいものを出していると高い商品、銀座でシイタケで1パック1,000円で売っているのですけれども、600円とか500円並べて1,000円、わざと安く見せるために1,000円の値段つけてやったら、もう1,000円から売れていったのです。ですから、やっぱり見る目のある人というか、余裕のある人は世の中にいっぱいいるわけですから、そういったお客さんをねらった売り方をすれば、少ない量でも少しずつ所得は上がっていくのかなというのは、ここ数年おすそわけのイベントの中で感じております。
実は、昨日もさっき言ったように東京で物販してきたのですけれども、1,000円の商品が800円に落としても売れなかったのです。やっぱり今の現状でお財布がすごい締まっているのです。800円、それを600円にして、さらに500円にしてもなかなか売れないのです。最後は1,000円の在庫いっぱい余って、2つ買うと1つ付きますよなんて言ったら、いきなりばっと売れて、在庫は全部はけてきたのですけれども、そのときに地元の東京にいる野菜関係のいろんな経験をした人がお手伝いに来てくれて、私もその人の話聞いてびっくりしたのですが、この商品は百貨店に行くと3,000円ですよと言われたのです。ですから、さらに銀座で1,000円の商品が評価する人がいれば3倍の3,000円で売れるのです。これが10個売れば3万円になるのです。シイタケ1パック100円ですから、3万円売るためには300売らなければだめですよね。ですから、今までの農業の感覚の、農協に出して農協が市場に出して、市場が値段つけて、手数料引かれて入ってきて、利益が少ないなというのが続いて、それを見た若い人たちも絶対これは農業やりたいという風には思わないなと。ですから、今の現状というか、10年後は果たして農業者はいるのかというのが非常に心配です。
対策というか、私の考えの中では、1人ではリスクが大き過ぎるのですね、初期投資も含めて。ですから、やる気のある人たち数人で、例えば5人とか4人でグループをつくって、そこに行政なりいろんな協力をお願いした上でリスクを、当初のリスクを少なくして、あとはさっき言った販売です。ただ、どんと上げるのではなくて、売り先がある程度見えていれば、今度は頑張っていいものをつくってやる気になれば、若い人たちは一生懸命仕事すると思います。そういう人たちがいっぱい出てくると、岩手は土地もありますし、環境もいいですから、まだまだ農業は捨てたものではないなという風になるのかなと思いました。
また、私個人ごとなのですが、キクラゲが私が思っている以上に評価が高いのです。キクラゲだったらやりたいという漠然と、最近テレビやら新聞やら出させてもらって、県内では情報が多い中で、私もやりたいという人たちが実はぽつぽつ出てきているのです。ただ、私とすれば怖くて、会社やめて来いとは言えないのです。自分すらまだ確立していなくて、大きなこと言って2年後には300トンつくるぞ、3億いくぞなんて、ちょっと大きなことを言って盛り上げているつもりではいるのですけれども、果たしてそこまで数字が上がらなかった場合、その人たち引っ張り込んで、その人たちの家族まで含めて私が責任とるわけにはいかないので。それでも実は1人、先週会社に辞表を出して1年間うちで修行すると。丸1年勉強して、ただでもいいと言うのですよね。丸1年間勉強して、ハウスを建てて私の指導を受けて、種を私から買って、ただし私つくったのを買ってくれよと、売ってくれよという話で、参入する方が1人出てきました。

若林局長
何となく今ちょっとヒントになったのは、個々ではなかなか難しいと。だから、例えば何とか組合だとか、協業化をした部分について企業の支援を何かしてやって、それで広がっていくと、育成していけばいいのだというようなちょっとヒントをいただきました。ありがとうございました。
では佐藤さん、お願いします。

佐藤一彦
今、崎山さんやら佐藤さんもちょっと触れておりましたですけれども、どうも我々地方、特に小零細の企業の弱点は営業力が非常に弱いと、販売力が弱いと。これは、釜石という部分、要は企業城下町ということで、下請という部分についてはきっちりやると。だから、つくることに対してある程度のパワーというか、腕はある。だけれども、それを売ると、一つのものに完成させて売るというものはなかなかちょっと、これは釜石というか、小零細の企業の共通した部分であるのかもしれませんけれども、そういう風な部分を痛切に感じております。何にしても人や物や金がない、ないない尽くしの企業なものですから、そういう部分で今行政の方から補助、支援等々、そういう部分も含めていろいろ出されておりますので、そういう風な部分をうまく利用していかなければということが、そうなるとそういうことをやって、先ほど若林局長さんや知事さんからも触れられておりましたけれども、やっぱり我々というか、こういう技術、ものづくりという風な部分で、第1次産業なら第1次産業という風なものの自給率、今、世の中は日本の食料の自給率が低いのだという話になっているのですけれども、そこを高める一助になる技術がやっぱり我々というか、岩手という土地というか、地域に根差したものの役割でもあるのだろうとは思うのですけれども、話すことは格好よくそうしゃべるのですけれども、現実的にはなかなか先ほどの人、物、金という部分でもないない尽くしなものですから、でもそういう部分が何とかなされれば、一つの自給率というか内需拡大と、簡単にマスコミでは内需拡大が必要なのだと。だけれども、内需拡大といったって、消費の部分の内需拡大もそうだけれども、ものづくりから、それを使っていただく方の内需というふうな部分を見れば、何かその辺が一つのヒントなのかなという感じはいたしております。
あと先ほど後継者という風な部分もちょっとお話があったわけですけれども、実は私ども畜産という部分の光触媒の装置やシステムをという部分での最初のきっかけは、農協の組合長さんが、実はこういう畜産の方々が非常ににおいで困られていると。というのは、畜舎の中にいて作業している方々は余り感じていないのだけれども、外の人間と接触すると、もうそのにおいが体に染みついていると。そのために後継の若い人たちがどうも寄りつかないと。例えばそこに小学校の子供さんがいても、におうから友達も来ないとかという、そんなひどい話も聞かされ、何とかならないかなというのも一つのきっかけだったのですけれども、すべて全部クリアするというわけにいかないのですけれども、やっぱりそういう後継というふうな部分は、そういうところも含めて環境という風なことも必要なのだなと痛切に感じて取り組んだというところも一つの大きいファクターでございます。
以上でございます。

若林局長
ありがとうございました。
では、三塚さん。

三塚浩之
宮崎だけではなく、今年度は南ではなく西に目を向けてみようということで、ちょうど横手からのお話があって、横手の増田町、今度合併して新しいイベントをしようとしているのだけれども、そこに三陸の魚を持ってきてくれないかという話でそちらに参加して参りました。また、花巻の湯口地区、あと上町、あとは石垣おもてなし市、朝市サミットのときのおもてなし市、今度八幡平の雪祭りという風に東北の中を歩いてきました。そこで感じたことは、全然三陸を知らない。南であるとか首都圏に本当にいい魚を届けるということを思って、それを目標にしていたのですけれども、実は秋田で三陸はすごいというのは分かっているのだけれども、実際流通していないというのを実感したのです。魚屋はあるのだけれども、釜石というのはすごいいいんだってねという話はあって、人も来て、それを実感して、それを買ってもらっているのだけれども、あっ、ここって流通していないのだと実感しました。すぐ湯田からちょっと行けば、今はそんなに時間がかからないのに流通していない。もしかすると、こっちの方がヒントなのかな。連携をして、足りない部分で北東北でまとまって売り込むという形もあるのかなというのもあったりとか、水産業と言ったときに、もともと狩猟的な漁業だったものが今栽培漁業という農業的なものになってきて、これから求められる水産業というのは何かといったときに、自分たちで売る商業的な漁業ではないかと思ったのです。そういうイベントの中に若い生産者で、よくイベントで会う、味覚祭りで会う中の若い生産者を、おまえのカキ持ってこいよと、おまえが自信を持てるものを一緒に持っていって売り込もうよと。それを秋田に持っていこう、花巻に持っていこう、盛岡にも持っていこうと。本当に生産者が見える、そういうPRをしてイベントでも売り込んでいくのがいいのではないかといったときに、その生産者は面白くてしょうがないのです。自分のものをどれだけ評価してくれる。逆にこれはいけると思ったのだけれども、だめだといったときに、ああ、これが相場にも影響するのはこういうことなのかということも生産者はまた考えるわけです。そういうものも実感させながら、そのイベントに参加させた生産者は、今度、来年度からうちの組合員の一人としてまた入ってくる。チョウザメの技術指導をしてもらっている会社の後継者になる人も、組合員になろうとしてくれています。同じ温度差を持った人間が同じ目標に向かって進んでいくというのができるのは、多分今だけだと思うのです。つくり上げてすぐの状態だから、リスクにチャレンジできるというのがあると思うのです。
私たち、今こういうのをやりたいといって仮に県に言ったとしても、費用対効果であるとか、これは大丈夫かというのは多分あると思うのです。承認されるにしても、ある程度の時間がかかる。ところが、こっちはもう機動力を持って今のこのタイミングですぱっと売り切りたいといったときに、それをどうしてもらえるかと思うと、まずは情報、こういうところをこの人に相談してみてくれよという、その情報だけをまず欲しい。これはいけるぞと、その様子だけをうかがっていてもらって、これはいけそうだと思ったものに対してそのままバックアップしてもらいたいなと思います。私たちができるのは、最初に挑戦することだと思うのです。製造業の方たちというのは、私たちが何もしていないのだけれども、世界的な不況のせいでこうなったというのは当たりどころがないよねという話をしてますが、逆に言うと技術であるとか三陸の素材というのは不変だと思います。世界の不況に影響されないものを探し出すということをもっと進めていきたいなと思っております。
以上です。

若林局長
分かりました。ありがとうございました。
佐藤さん、お願いします。

佐藤久人
先ほども申しましたけれども、我々の加工技術というか、技術的なものはかなり高いものがあるのですけれども、生かす場が少なくなったというのが現状で、これからの問題としてやっぱりより多くの企業を何とか誘致していただきたいなと。それも製造を主とするのではなくて、製品開発、そういうものが製造と一緒になって誘致していただきたいな思っております。一番問題は、少子高齢化ということが問題だと思うのですけれども、そういう中でいろんな企業を誘致して人口をとにかく増やして、企業に従事する人数を増やしていかなければいけないのだとは思っております。
以上です。

若林局長
ありがとうございました。
では、松原さん、お願いします。

松原安子
10年後を想像しますと、本当に不安で不安でしようがないという状況が今だれの気持ちの中にもあると思うのですけれども、ただ、今皆様のお話を聞いて、すごい何か未来というのがちょっと信じられるような気に逆になったのです。というのは、岩手の持つ力というのをすごく感じました。漁業も農業も林業も本当にすばらしいものがあって、そこにどういう施策を持って岩手県の行政の方々、知事さんが取り組むかによって、私たちの将来例えば食糧難になるかもしれない。実際的に今すごく不安なのは、オーストラリアであれだけの火事があり、それからブラジルでも焼き畑農業による弊害が出始めかねない状況なわけです。そうなったとき、日本は本当に必要なものを買えるのか。食料を提供する、供給する場所は一体どこなのということを常に主婦たちは考えるのです。皆様男性方だから、食べ物は奥さんがつくってくれて食べられると思っているかもしれませんが、私たち主婦からするとパンの値段が上がるかもしれない、牛乳が飲めないかもしれない、一体日本の農業はどうなるのという話が現実に今から出ているのです。では、どこの県がそれを担うのか、やっぱり岩手ではないかなと。これだけの高い技術を持った皆様がいて、宮古からもちょっとここの切り抜きを持ってきたのですけれども、「ニシンを宮古名物に、回帰数増加に手ごたえ」という記事が2月12日の新聞に載りまして、大変うれしい思いでこの記事を見たのですけれども、こういうことが本当に全県で取り組んでいただければ、逆に日本の皆様に対して岩手県の存在と、それから私たちの子供たちとか、職を失った方たちとかの行く場所を提供できるのかなと。ちょっと簡単に考えてしまったのですけれども、でもそこへ結びつけてほしいと、これだけの技術の方々がいらっしゃるし、もっといらっしゃると思うので、それを集結して取り組んでいただけたらすごいありがたいし、安心できると思います。食糧難に今おびえています。

若林局長
はい、ありがとうございました。何とか食料を確保せんといかぬ。皆さん、ありがとうございました。

知事所感

若林局長
最後に、知事の方から総括的にお願いをいたします。

達増知事
ありがとうございました。去年の今ごろから岩手の県外広報で「黄金の國、いわて。」というスローガンで宣伝をしていまして、これは岩手というと、ともすれば清く貧しく美しくという清貧なイメージがあり、それはそれでいいことではあるのですが、もっとゴージャスな側面も対外的に、特に首都圏の方に見せようと。それは、前沢牛、アワビとかウニとか、そういう高級食材もあるということで、そういう目で岩手を見てもらって、そして岩手のものをやはり少しでも高く買ってもらおうということですよね。そういう流れをつくっていかなければと思って「黄金の國、いわて。」という宣伝をしております。多分ただの物として売ると、やっぱり安くたたかれてしまい、ほかにも同じものがあるよということになるので、できるだけただの物ではなくて、そこにいろんな文化的な魅力とかメッセージみたいなものとか、あとはこういう人たちがつくり育てたとか、そういう信頼の裏打ちとか、プラスアルファの付加価値、それを物につけていって、ただの物ではないという風にしていくことが、特に農林水産業の分野では大事なのだと思います。
ものづくりに関しては、これもやはりこういう人たちがつくっているということを信頼に結びつけ、県もものづくり産業集積を高めていくという取り組みの中で、大分情報発信、知られざる企業、会社をどんどん情報発信していくというところに力を入れています。既に取引してもらっているような大きい会社は、既にそれぞれ良さを知っているわけですけれども、それ以外のところにも、あとは県内の、これはものづくりで働きたいと思っている高校生への情報発信も含めて、そういう中でつくっているのが、ただの物ではなくて、こういう人たちがこういう思いでつくっている、だから安心ですよというように。
タクシーの観光とか、あるいは普段からまちの生活や仕事の足となっている、そこもやっぱりただ移動させているというだけではなく、そこにメッセージやコミュニケーションがあるということが、さらなる発展につながっていくのだと思います。岩手全体をそういう、ただ物がつくられて、それを何か無名の人が何かやっているというのではなく、ちゃんとこういう人たちがこういうふうにつくって、こういう素晴らしいものができているという、それをまず県内の人たちも知って、そして周りの県の人たちにも知ってもらって、遠く首都圏とか、あるいは外国の人にまで知ってもらえるようにしていけばいいのかなという風に思いました。皆さんそれぞれうまくいっている部分はさらにうまくやり、大変なところは乗り越えて、これで終わりではありませんので、全くこういう同じ形で2回目、3回目の会議というのは予定にはないのですけれども、それぞれ県としては頼りにしていますし、参考にしていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。ありがとうございました。

若林局長
ありがとうございました。皆さん、大変今日は貴重なご意見を賜りました。まことにありがとうございます。ぜひ何かあってやれることと、うちも行政、県として応援できることとできないこともありますけれども、もし何かありましたらご相談いただければと思います。今後ともよろしくお願いを申し上げます。

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