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「がんばろう!岩手」意見交換会(平成29年11月21日 久慈地区)

ID番号 N60906 更新日 平成29年12月21日



日時

平成29年11月21日(火曜日)10時30分から12時00分まで

場所
野田村保健センター 2階 集会室

出席者(敬称略)

・  参加者(敬称略)
 古川 友子(宮城建設株式会社建築部住宅工事課)
 大宮 七絵(株式会社大宮 取締役部長)
 外舘  心(有限会社大沢菓子店 菓子職人)
 柏木 貴美子(NPO法人風花 理事長)
 堤内 ひろみ(JA新いわてくじ酪農生産部会女性部 部長)
 金子 慎也(国民宿舎くろさき荘)
 
・  県 側
 知事、県北広域振興局長、秘書広報室長

開会

保室長
 皆さんおはようございます。ただいまから県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会を開催いたします。
 お足元悪い中、朝早くからお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。今日は、「人と人とのつながりが地域を元気にする」ということを懇談のテーマにいたしまして、この久慈地区におきまして仕事や地域活動などさまざまな分野で地域の復興に向けて取り組まれている皆様に御出席をいただいております。
 私は、今日の司会を務めさせていただきます県の秘書広報室長の保と申します。どうぞよろしくお願いいたします。
 

知事あいさつ

懇談会の様子1

保室長
 開会に当たりまして知事から一言御挨拶をお願いします。

達増知事
 本日はお忙しいところ、お集まりいただきましてありがとうございます。県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会、県政懇談会というのは前からあるのですけれども、「がんばろう!岩手」というタイトルでやっているのは、東日本大震災津波以降であります。東日本大震災からの復興ということが岩手県政の最大のテーマでありますので、この復興に関しそれぞれの地域で、またそれぞれの分野で活躍している皆さんの話を私、知事が直接伺って県政に役立てる、県の復興施策に反映させるということでやってきています。
 復興のこの段階も年月がたつごとにさまざま新しい課題が見えてきたりしているわけでありますけれども、昨日ちょうど県の復興委員会の会議がありまして、様々、復興の現状、報告があったり、確認されたりする中、壊れたものを直したり、つくったりする事業については、その事業の箇所数でいくと67%完成ということで、3分の2完成している。それは、イコールまだ3分の1は完成していないということでもあります。そして、心のケアの専門家のお話を聞いたのですけれども、6年たち、7年目に入り、当初問題なかったようなところでも新たに対応が必要になるようなところもあるということで、やはり段階、段階での復興の現場に合った施策をしていかなければならないというようなことが確認されました。今日はこの久慈地域で、それぞれの地域、分野で活躍している皆さんのお話を聞いて、それぞれの地域分野の政策に県の復興政策を反映させていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。ありがとうございます。

保室長
 それでは、今日の進め方でございますけれども、この後、私から一通り皆様方のお名前を御紹介いたします。その後、お一方ずつ自己紹介をお願いしたいと思います。これが一回り目でございまして、その後本日のテーマに沿ったお話をしていただきたいと思いますけれども、お二人ずつ区切って、間に知事からコメントを入れるようなことで進めていきたいと思います。後半のほうには、自由懇談の時間も設けたいと思っております。よろしくお願いします。
 それでは、名簿に従いまして、私のほうから御出席の皆様を御紹介します。
 それでは、名簿順で恐縮ですが、最初に宮城建設株式会社の建築部住宅工事課にいらっしゃいます古川友子さんでございます。

古川 友子
 よろしくお願いします。

保室長
 株式会社大宮の取締役部長の大宮七絵さんでございます。

大宮 七絵
 よろしくお願いいたします。

保室長
 有限会社大沢菓子店の菓子の職人でいらっしゃいます外舘心さんでございます。

外舘 心
 よろしくお願いいたします。

保室長
 NPO法人風花の理事長の柏木貴美子さんでございます。

柏木 貴美子
 よろしくお願いいたします。

保室長
 JA新いわてくじ酪農生産部会女性部の部長さんの堤内ひろみさんでございます。

堤内 ひろみ
 よろしくお願いいたします。

保室長
 それから、最後に国民宿舎くろさき荘にお勤めでございます金子慎也さんでございます。

金子 慎也
 よろしくお願いします。

保室長
 県からは達増知事、そして私の隣は県北広域振興局の八重樫局長でございます。よろしくお願いいたします。

八重樫局長
 よろしくお願いいたします。

達増知事
 日曜日、山形町内のトンネル開通式で挨拶をしているのがテレビのニュースに映っていました。

保室長
 寒そうでしたね。

八重樫局長
 とても寒かったです。何とか無事終えることができました。

保室長
 今お飲み物が皆様方にも配られましたけれども、今日は少し雰囲気をリラックスしていただくということもございまして、お菓子を食べながら進めていきたいと思います。
 早速ですが、局長のほうから今日のお菓子の御紹介を。どうぞ、皆さんもう手にとって食べながらお願いします。

八重樫局長
 そうですね。今回御参加いただいています外舘さんのところで開発しました興福くるみまんじゅうですね。それと十府ヶ浦最中、この2つ御用意いたしました。開発のストーリーなんかは、後で外舘さんからお話あるかもしれませんけれども、よろしくお願いいたします。どうぞ、召し上がりながらお願いしたいと存じます。

保室長
 このおまんじゅうは、もしかして塩が入っていますか。

外舘 心
 野田塩が入っています。
 

懇談

懇談会の様子2

保室長
 それでは、皆様どうぞお召し上がりながら。ということで、懇談のほうはすみませんけれども、進めさせていただきたいと思います。
 最初に2分程度で自己紹介をお願いしたいと思います。
 それでは、古川さんからお願いします。

古川 友子
 宮城建設株式会社の古川と申します。宮城建設は、久慈市に本社がありまして、大きく土木港湾建築の工事部門がありますが、私は建築部の住宅工事課というところで木造の一般住宅や宿舎などの現場監督をしております。入社4年目なので、震災当時は大学生で関東の方にいましたし、盛岡出身ということで、震災のことに関しましては野田村の災害公営住宅や震災応援宿舎、そのぐらいしか関わりはないのですが、去年の台風10号では久慈にいて被災状況も見ていますし、浸水したお宅の床張りかえの改修工事など携わったので、そちらをメインにお話しできればと思います。よろしくお願いします。

保室長
 ありがとうございます。
 それでは、大宮さんお願いします。

大宮 七絵
 株式会社大宮の大宮七絵です。私どもの会社では、久慈市の国道45号線のバイパス沿いで食事処おおみ屋という和食レストランを運営しております。そのほかに水産加工の製造販売をしています北三陸天然市場という会社と介護のサービス事業を運営している会社を運営しております。
 私は、3年前に久慈にUターンしまして、現在は会社全体の企画や総務ということでお仕事させていただいております。今日もレストランの食を通しての観光というところでお話しさせていただければなと思っておりますので、よろしくお願いいたします。

保室長
 ありがとうございます。
 それでは、外舘さんお願いいたします。

外舘 心
 有限会社まるきん大沢菓子店の外舘心です。よろしくお願いします。私は、震災の2年前に、高校まではこちらで過ごしたのですけれども、高校終わってお菓子の専門学校に行きまして、東京とか神奈川のほうでお菓子の勉強をしていました。震災の2年前にうちのやっている店の工場を、今までやっていたところを閉めることになって、どうにか帰ってこられないかということで、勉強がまだ未熟だったと思うのですけれども、震災の2年前に戻ってきました。それから店の工事をして、工場を造って、そこでお店を造り始めて、ようやっと軌道に乗ってきたなというところで東日本大震災に遭って、店は大規模半壊に遭ってしまいました。それから、たくさんの人の支援をいただいて、またようやく復帰して、今どうにかこうにか店をまた再開してやっております。よろしくお願いします。

保室長
 ありがとうございます。
 柏木さんお願いします。

柏木 貴美子
 NPO法人風花の理事長、柏木貴美子です。よろしくお願いいたします。私は、2015年、おととしにNPO法人を立ち上げて、現在地域活動支援センターを運営しています。
 障がい者施設を立ち上げるきっかけは、今から11年ほど前に小学校3年生だった娘が脳炎を患いまして、後遺症が残りました。そのことによりここ約11年間駆け回っています。障がい児、障がい者を持つことによって、生活が全く変わってしまいましたが、その中でたくさんの出会いと得るものがありました。当事者になり必要なものを日々感じながら生活をしていますが、なかなかそういう勉強が不足していますし、経験も不足しています。法律的なことも全くわからないのですが、とにかくやりながら、覚えながら毎日を過ごしています。5年間は娘の入退院の繰り返しでした。私の年齢も高かったので、これからどうしようか、娘の将来をどうしようかといろいろ考えました。そうなるとやはり必要なものは過ごす場所かなと、あるいは働く場所かなと考えまして、いろいろな方たちに声がけをして法人を立ち上げようということに至りました。
 現在2年目に入っていますが、たくさんの方たちの協力と支援をいただいています。声をかけると皆さん協力してくださいますので、世の中って温かいなということを感じながら頑張っているところです。
 自分の経験からお話しさせていただくことしかできませんが、地域の方とか、あるいは県内のたくさんの方たちへの感謝の気持ちを込めながらいろいろお話しさせていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

保室長
 ありがとうございます。
 では、堤内さんお願いします。

堤内 ひろみ
 JA新いわて酪農生産部会の女性部、通称ミルクレディースということで、今年結成から30年になります。県の牛飼い女子いわての事業にも参加させていただいて3年目になりますけれども、事業始まる前、その後との活動の展開の違いとか、そういうことをお話しさせていただければなと思っていました。

保室長
 ありがとうございます。
 では、金子さんお願いします。

金子 慎也
 国民宿舎くろさき荘、金子慎也と申します。私は、久慈商業高校に入学して、東高校に統合して1期生になります。高校卒業後は、東京のほうのスーパーマーケットに就職しまして、一応肩書きはサブチーフまではいったのですが、ちょっと健康のほうで問題が出てきまして、震災の1年前にちょっと自分の中で悔しい思いがあって、実家のほうに戻ってくるというのが自分の中でちょっと嫌な部分があって、仙台、多賀城に移って職を探したのですけれども、なかなか難しくて、それで父親に「いいから、戻ってこい」というところで、普代に戻ってきました。
 それから、今のくろさき荘というところに勤めているのですけれども、震災のときに自分はくろさき荘にいまして、ちょっといつもより揺れが大きいかなというイメージだけで、津波が来るとは想像はしていなかったのですが、その現状を見まして、テレビ中継で自分が住んでいた多賀城のアパート映りまして、それが全部のまれてしまって、その現状を見たときに、やっぱり普代に戻ってきてよかったなという、その思いがあります。
 震災後は、工事関係の方に多く泊まっていただいておりますが、今の現状だとふだんは20人程度しか入っておらず、これからは観光の方がメインになってくるのかなというところです。くろさき荘は普代村の直営になっていますけれども、村の方針も観光のほうに切替えていきたいというところで、今フロント業務をしております。各地で普代のイベントだったり、お祭りなどにも物販として参加したりしていますので、はっぴを着てきたので、ちょっとPRしていきたいかなと思います。よろしくお願いします。

保室長
 どうもありがとうございました。それぞれの立場で頑張っていらっしゃるお話を伺いました。
 それでは、ここからは本日のテーマに沿って、「人と人とのつながりが地域を元気にする」ということで、順次またお話をいただきたいと思います。現在の取組の課題、今後の方向、期待あるいは御自身の抱負や意見、あるいは様々な行政関係の要望、そういったものでも含めてお願いしたいと思います。
 また最初に戻って恐縮ではございますけれども、古川さんからお願いしたいと思いますので、よろしくお願いします。
 では、古川さんお願いします。

古川 友子
 私は、台風10号のことに関してですが、昨年の8月末でしたか、翌日の朝からは、まず会社の独身寮が川沿いにありまして、そこの駐車場が全て水没しました。そこの泥出しから始まりました。1日かかりました。よく水に浸かるところというのは聞いていたので、みんな車は移動したのですが、ちょっと間に合わず、泥の中から私の愛車のスクーターが出てきまして、もうエンジンもつかない状態で。
 それで、まずは家を直すというよりは、どこのお宅も泥水を出して、浸かったものをまずどこに持っていくか、処分するかというところに時間がかかったと思います。だんだんに浸かったところを直したいという方からの依頼がありまして、現地調査等を行ったのですが、水害に遭ったときの保険というのは火災保険のオプションのような感じで、実際に入っていないという人が多くて、市からの補助金だったり、手持ちのお金を出したり、何とか最低限生活できるようにはしたいという方がたくさんおりました。
 私たちも何とか直してあげたいなとは思ったので、見積もりをしたり、補助金の申請をなるべく最大限もらえるようにするために毎日のように市役所に見積書を持っていったり、写真を持っていったり通ったのを覚えています。水害では被害がなかったところの注文住宅を建てていまして、そこのお客様にはまずは台風10号の復旧やってきていいよと言われたりして、すぐに直すことができました。
 久慈の秋まつりが去年はできなくて今年はできたので、全体的に良かったねという雰囲気ですが、実際は直したいのだけれども、直せないというお宅がまだいっぱいあるということは知っておいていただきたいなという現状ですね。
 あとは震災関係ですが、久慈工業高校の隣の高台に公営住宅だったり、今年の7月まで震災応援職員宿舎の建設工事をやっていたのですが、被災して仮設住宅に入っている方もまだいらっしゃいましたし、関東のほうから応援で来ていただいている職員さんも泊まるところがなかったりというのはやはり何年たってもまだある状況なので、何%は終わったという話もよく耳にしますが、なかなか100%は難しいのだなと思っておりました。

保室長
 ありがとうございます。
 それでは、続けて恐縮ですが、大宮さんもお願いいたします。

大宮 七絵
 私は、大学進学を機に久慈を離れまして、3年前にUターンしてきたのですけれども、久慈に戻ってこようと思ったきっかけになったのが、実は「あまちゃん」でして、「あまちゃん」ブームですごく久慈が盛り上がっているときに、当時の職場の同僚に、私の地元なので、「あまちゃん」ツアーを計画してほしいというふうに言われまして、私がアテンドさせてもらったのですけれども、そのときに琥珀の採掘体験だったり、あまさんの素潜りというのを見まして、地元なのに結構知らないことのほうが多くて、一度地元を離れたことで、久慈の魅力というのにすごく気づかされまして、震災当時は社会人1年目で、久慈からも離れていたので、力不足で何もできなかったなというのがあったので、地元のために力になりたいなという思いがあって、久慈に帰ってくることにしました。
 「あまちゃん」ブームで盛り上がったころに比べれば、久慈も大分観光客は落ち着いてはきたのですけれども、久慈市の観光協会の方々であったりとか、岩手県で観光PRに力を入れてくださるおかげでまだまだ久慈地域のツアーが組まれていたりとか、足を運んでくださる方がいらっしゃいます。私どものレストランは、オープンして今年で27年目を迎えるのですけれども、平成4年の三陸博だったり、もぐらんぴあのオープンといった、この地域で観光客の誘致に取り組み始めた当初から昼食場所として多くのお客様にご利用いただいてきました。この地域の代表という気持ちでおもてなしをしてきたことで、観光会社の方々からも評価をいただけるようになってはきたのですけれども、近年海外からのツアーのお客様の御利用も増えていまして、そこでやっぱり食文化の違いであったり、言葉の面というところで受け入れ体制には最近課題を感じております。これからラグビーのワールドカップが開催されたりとか、あと先日、東京オリンピックの交流事業でここの野田村がホストタウンに選ばれたりというので、今後より海外の客様のおもてなしする機会が増えてくると思うので、体制づくりにはこれから力を入れて取り組んでいきたいなと考えています。
 そのほかに、久慈市の新たな観光の魅力づくりということで、久慈市で取り組んでいるヘルスツーリズムにも食事の部分で少し携わっております。私どもの会社に北三陸天然市場という水産加工の製造販売をしている会社があるのですけれども、そこで久慈市と岩手大学さんと産学官連携で開発した「潮騒の一夜干し」という減塩の干物がございます。昨年まで矢巾町で取り組んでいた減塩プロジェクトにもその一夜干しが御縁で携わっていたのですけれども、そこで勉強させていただいた減塩に対する考え方だったりとか、つながりというところを生かして、久慈の新たな観光をつくる力になりたいなと思っております。
 その一夜干しなのですけれども、久慈市のふるさと納税の返礼品としても取り扱っていただいているのですけれども、それがきっかけで今年の夏に現地で是非その一夜干しを食べたいということで、大阪からわざわざ久慈まで足を運んでくれた御夫婦がいらっしゃいました。そのほかにも一夜干しもそうですけれども、久慈地域の食材をきっかけに久慈に興味を持ってくれる方々と結構出会う機会がありまして、この地域の食の魅力というものに改めて可能性を感じる機会が多くありました。今後も食を通してなのですけれども、この地域の魅力を発信していって観光へつなげていくことで地域の力、復興の力になっていきたいなと考えております。

保室長
 ありがとうございました。
 それでは、知事からコメントをお願いします。

達増知事
 古川さんからは台風10号の災害のお話があり、久慈市にとっては東日本大震災以上の被害があった台風10号でありますので、あれからまだ1年ちょっとしかたっていないということで、まだまだその爪跡もあり、生活とかでまだ影響を受けている人たちがいるというのはきちっと対応していかなければならないと改めて思いました。
 そして、この応援職員宿舎を建設ということで、どんな感じの宿舎なのでしょう。それは、仮設ではなくアパートみたいな……

古川 友子
 アパートですね、一戸建てというか、平家で1棟に2つ玄関があるような。

達増知事
 なるほど、そんな感じの。

古川 友子
 はい。全部で4棟8世帯だったのですが、各社、宮城建設ではそのうちの2棟ですね。あとは地元の工務店さん、建設会社さん3社で建てました。

達増知事
 沿岸被災地イコール復興の現場においては、そのくらいの家が、住宅が圧倒的に足りないという問題があって、持ち家再建までいかなくて、若い人などを中心にそんなにお金かけないで住めるところが欲しいというニーズがいっぱいあるのだけれども、もともとアパートとか余りなかったところで、東日本大震災の被害もあって、今後10年、20年考えてアパート新築というのもなかなか決断するアパート経営者がいない一方で、ちょうどそのくらいのころ、Uターン、Iターンしてきた若い人たちにとってちょうどいい住む場所がないというような状況なのですけれども、野田村においてはそういう応援職員宿舎の形でそういうのを建てられているというのは非常にいい取り組みだなと思います。
 大宮さんは、「あまちゃん」がきっかけでUターンすることになったということで、「あまちゃん」効果がそういうところにも出ていて良かったなと思います。
 今年は愛媛県で国体があってちょっと行ってきたのですけれども、開会式でも「坊ちゃん」が主人公で、「坊ちゃん」がマドンナから愛媛の良さを聞くというストーリーで開会式の式典、演技があって、あれは100年ぐらい前に書かれた小説が100年たっても「坊ちゃん」、「坊ちゃん」とやっていますから、「あまちゃん」も100年たっても「あまちゃん」、「あまちゃん」とやっていていいと思っています。
 それから、今年は青森で北海道・東北知事会議、全国知事会議のブロック会議に当たるのが青森であったのですけれども、「いのち」というお菓子が売られていて、80年代の大河ドラマのタイトルで、だからあれから30年以上たってもまだ「いのち」という、「いのち」という名前を聞いて大河ドラマのタイトルとぴんと来る人もほとんどいなくてもつくって売り続けているという、やっぱり地元というのはそのくらい頑張らなければだめだなと思って、「あまちゃん」であれば三、四十年たってからでも、ああ、あの「あまちゃん」とわかるだろうから、やりがいがあっていいと思います。
 一夜干しの話がありましたけれども、鳥取県の境港市に行ったことがあるのですけれども、やたら魚とかイカとかの一夜干しが売られていて、西日本の人たちは一夜干しが好きなのかなと思いましたね。余り東北のほうでは、一夜干しというのは盛んではなかったと思うのですけれども、実は結構おいしいし、グッドアイデアだと思います。
 それからレストラン、いよいよ海外からのお客さんが来るということで、これは岩手全体として海外からのお客さんにたくさん来てもらおうという方針なので、いろいろ多言語化、いろんな外国語も使うようにするとか、いろいろ県も事業をやるところなのですけれども、外国の人たちとのつき合いは、特に外国語というのは必要に迫られれば何とかなります。

大宮 七絵
 はい。

達増知事
 逆に必要に迫られないとなかなか身に付かなかったりもしますので、私も昔は外務省で働いていて、英語以外にもいろんな言葉もかじったりもしていたのですけれども、知事になってから必要に迫られて、外務省で働いていたとき以上に使わなければならないから覚えたとかというのがありますね、中国語とか、韓国語とかそうなのですけれども。ですから、やっぱり必要に迫られれば何とか身に付いていくと思います。
 異文化交流で大事なのは、敬意を示す能力だという説があって、尊敬しているということを相手に伝えることなのですけれども、いろんな国柄、文化によってはおとなしくしていることが敬意を示すことというのが日本の例ですけれども、いろいろとにかく話しかけて、いろいろお節介にお世話するということが敬意だというのもあるし、その相手が何を大切にしているのか、どういう振る舞いを良しとしているのかというのを見きわめながら、そこにきちんと応えていくような、それは突き詰めると一人一人違ってきて、国際化が進んでいくというのは実は個人化が進むということでもあり、何人だったら必ずこうだとかというのではなくなってきて、今目の前にいるこの個人は一体何を大切にしているのか、何を求めているのかという一人一人への対応になってくるので、そういうところを大事にしていけば、もう人種、民族関係ないみたいになっていくので、そういう感覚でいるといいではないかなと思います。

保室長
 ありがとうございます。
 済みません、ここで皆様の後ろのほうにこちらの地区選出の県議会議員でございます嵯峨壱朗議員でございます。よろしくお願いいたします。
 それでは、続きまして外舘さんからお願いいたします。

外舘 心
 よろしくお願いします。私は、先ほども話したのですけれども、震災の2年前に戻ってきまして、そのときにいろいろ前につくっていた方から聞いた焼き菓子、あとは東京、関東では季節のお菓子をたくさん並べているお店が多いのですが、私は小さいころにそういうお菓子を食べて育って、季節にお菓子を食べて過ごすということを余りしなかったもので、そういう経験をしてほしいなという思いから、季節のお菓子を中心にその2年間は頑張って作ってきました。
 そして、震災があって、震災後に、今日持ってきたお菓子なのですけれども、「興福くるみまんじゅう」というお菓子は、被災した野田塩が復興して、復興した野田塩と三陸沿岸でとれた和ぐるみを使って復興の願いと感謝の気持ちをたくさん込めてこの興福まんじゅうというネーミングでつくりました。店では、今既製品は大手スーパーやコンビニの進出でなかなか売れなくて、地場商品でどうにか頑張って売り上げを伸ばしている状態です。
 やっぱり売り上げが低迷していまして、震災後にいろいろな事業があることを知って、今回このくるみまんじゅうを小規模事業者広域型販路開拓支援パッケージという、バイヤーさんと話し合いを持たせてもらったり、デザイナーさんからパッケージを作っていただいたり、商品開発をしまして、名前を変えて、くるみが入っていない野田塩まんじゅうで、くるみが入った野田塩まんじゅうくるみとして、都心で販売してもらえるところまで12月から試験販売をしてもらえるところまで今回こぎ着けました。
 もう一つ、地域密着で頑張ってやっていきたいなということで、三陸基金というところの支援を使わせていただいて、野田村に山ぶどうワイナリーというところが新しくできたのですけれども、その名前をいただいて、「涼海の丘山ぶどうまんじゅう」等、新しくできた公園の名前をいただいて、「ひだまりミルクまんじゅう」というお菓子を今年じゅうに販売をスタートできそうなところまで来ました。こちらの「十府ヶ浦まんじゅう」は、三陸海岸は今までお祭りがあったりとかして結構にぎわっていた場所なのですけれども、波が来たせいか、どうしても砂浜が狭くなって、そこでお祭りすることもできなくなったのですけれども、そのにぎわいが戻ってきてほしいなという思いや、きれいな海に戻ってほしいなという願いを込めて、震災後にこちらのホタテの最中を作らせてもらいました。
 あと三陸の恵みを生かしたお菓子や、ここでしか作れないお菓子、この店だからというお菓子を知っていただいて、三陸沿岸や野田村の魅力を少しでも、微力ですが、広めていければいいなという思いでいろいろ作っております。この時期ですと、上生菓子だとサンタさんとか、雪だるま、トナカイとか、小さい子どもが見ても喜んでもらえるようなお菓子、和菓子に興味を持ってもらえるようなお菓子もいろいろ作って、今取り組んでいるところです。
 そして、自分に子どもが産まれてから添加物の少ない、安心して食べられるお菓子、たくさんいろいろ含まれているお菓子はあるのですけれども、そういう安心して食べられるお菓子を作りたいなという思いで、だんだんバターではなく、マーガリンを使っているところもあったのですけれども、それをバターにしたりとか、健康にいい菓子づくりを心がけて作っていきたいなと思っているところです。

保室長
 ありがとうございます。
 それでは、続いて柏木さんもお願いいたします。

柏木 貴美子
 NPO法人風花の柏木です。よろしくお願いいたします。心さんのお菓子おいしいです。ファンです。

外舘 心
ありがとうございます。

柏木 貴美子
 先ほどお話ししました私の娘が障がい者になったということですが、今現在カナンの園の三愛学舎専攻科に在学しており、カナンの園の児童福祉施設に入所しています。専攻科2年ということで、今度卒業になります。5年間、カナンの園は教育してくれます。我が子を将来は親元から離す、子どもは親から離れるものだということで、施設入所を希望して奥中山学園に入所させました。
 この5年間の教育期間のうちに施設を立ち上げようと思っていました。その後は、親の近くで生活をさせたい、家から離して生活させたい、そのためにはグループホームが必要だなと思っていました。ところが、実際久慈にあるグループホームは、24時間体制ではなかったということがわかったのです。それでも、まだ親が元気なうちは何とかなるかなと思うのですが、やはり数年後には自分も病気するかもしれないし、あるいは亡くなることも想定できるわけですね。だから、障がいを持った人たちが安心して生活できる場所とか、施設とかが絶対的に必要だと思います。それも親の近くにですね。地域の中に必要に応じて必要だと思います。
 私は保育士の資格はあるのですが、施設運営に関してはサービス管理責任者とか、そういう実績を持った資格が必要だということです。例えば今グループホームの立ち上げをしたいとか、あるいは就労施設にも移行していきたいとか思うのですが、まだ資格がないので、やりたいと思いながらまだまだ進めることができない状況にいます。自分の理想とする施設を立ち上げて、そこで娘も一緒に仕事なり生活できるかなと思ったのですが、やはり親子というのはなかなか難しいですね。私は、よその障がい者の方たちと一緒に活動するけれども、娘は別の施設で元気に頑張ってほしいと思うようになりました。実際久慈の状況を聞くともういっぱいだというのです。また、ずっと親元離れた遠くの施設に入所させている、そういう方たちも多いと聞きます。
 なので、もっと身近なところに歩いて通える、車で通っても近場にある、そういう施設が必要だなと思います。もちろん大きい規模の施設も必要だけれども、小さな施設も点在するような感じであったらいいだろうなと理想を描いております。
 そうこう思いながら、娘が卒業なのです、今年度の3月に。先ほども言いましたように、親が若いうちとか、学校に行っているうちはいいのですが、子どもの人生はこれからが長いのです。家族にとってもこれからが本番です。卒業後は地元で親子で一緒に暮らせる幸せと同時にいろいろな不安も抱えています。だから、いろいろな支援が必要だというように感じています。
 私は足元が落ち着かない状態で生活していますが、そうこうしながら娘を5年間預けている間に事業所を立ち上げました。今年2年目です。1人の利用者さんから、今現在9名の方が利用してくださっています。地域活動支援センターなので、簡単にいえばデイサービスみたいに日中を過ごす場所です。年齢の高い方たちが多く、とても現実的です。親の方もかなり年老いていますし、あるいはお母さんと2人きりだとか。お風呂にも家では入れないとか。うちの事業所は民間の一軒家ですので、お風呂もあります。できるサービスとしてお風呂の利用も提供しています。
 そんなこんなで、利用されている方たちは、とっても元気になられていきますね。孤立した生活から通うことによって、スタッフとの向き合いもありますし、利用者さん同士の語らいもあります。そういう姿を見ていると、私たちも元気と幸せをいただくのです。自分が事業所を立ち上げるに至ったのは、やはり娘のおかげですので、この人生も悪くはなかったかなというように思っています。
 先ほど言いました9名の利用者さんたちもそれぞれいろいろな事情を抱えています。もしかしたら夕方活動終えておうちに連れていったら、年老いたお母さんが亡くなっているかもしれない、そういうことが現実にあるかもしれない。というような、楽しいだけではなくて深刻な状況を抱えながら生活されている人が多いわけです。私たちもそういうことを予想しながら日々送らなければなりません。
 人と人とのつながりというところでは、私たち自身も利用者とスタッフ、あるいは家族さんたちとの関係でつながりは深まっています。と同時に、私たちが頑張ることで地域の方たちもすごく応援してくださいますので、つながりとはこういうことなのかなと思います。
 あとは去年と今年、じもっと基金を久慈のやませデザイン会議で取り組みまして、2年間参加させていただきました。村内はもちろんですが、広域、県内、遠くは三重県とか、関東、関西、そちらのほうからも応援をいただきました。去年はみんなでくつろぐ大きなテーブルを寄附でいただいたお金で用意できました。今年は古いビニールハウスが2棟ありましたので、ビニールを交換するということで寄附を募りました。先日張り替えましたので、これからそのこと寄附していただいた方たちに御報告するということになります。そのハウスで利用者の方たちと一緒に野菜を育てて、何かのイベントで販売したり、あるいは自分たちの食材、お昼をつくって食べていますので、そういうことに生かしていきたいとい思っています。
 日々駆け足で、まとまらない生活をしていますが、頑張っています。

保室長
 ありがとうございます。
 それでは、知事から。

達増知事
 外舘さんは、大沢菓子店、久慈市は全県的にも、また全国的にも有名なお菓子屋さんが幾つかあるわけでありますけれども、大沢菓子店さんも岩手を代表するようなお菓子屋さんとしてずっと頑張ってこられて、東日本大震災での被害を受けた中から復旧を果たして、復興の牽引役になるような、こういうお菓子も新たに開発されて、大変すばらしいと思います。十府ヶ浦は、本当に海がイメージできるような貝の形の最中でおいしかったですし、興福というのもくるみはやっぱり貴重な資源で、それが地元でとれているというのは、やっぱりこういうふうに活用されるというのはすばらしいと思います。この興福という名前も福をどんどん興す漢字で、縁起もよくていい名前だなと思います。
 岩手は、岩手全体としてお菓子のクオリティは高いなと思っていまして、それは江戸時代の南部藩、伊達藩もそうですけれども、お茶が盛んで、お茶菓子の非常にいいものを作る伝統が江戸時代からあったみたいですし、また海の幸、山の幸、農林水産物のクオリティが高いので、そういうおいしいものを食べている人が食べても満足できるようなお菓子ということで、駅の売店で売っているようなお菓子を他県、あちこちと比較しても非常にクオリティ高いですし、また賞味期限の短いお店で直接買うようなタイプに至っては非常にクオリティが高いと思うので、スイーツは岩手のそういうよさを代表するものだなと思っていまして、是非この調子で頑張っていただきたいと思います。
 そして、柏木さんは、御家族のことからこの障がい者福祉の世界にどんどん入っていって、そしてみずから担い手になっていらっしゃるということで、これいろいろ資格がないとできないことが多いというのは障がい者福祉がもともと社会福祉法人、お金もたくさんあって、事務能力もたくさんあるような社会福祉法人による経営、運営というのを前提とした法律とか、そういう制度になっていると思うのですけれども、今地域の中で、住みなれた地域の中で障がいのある人もない人も一緒に暮らしていくのだというのを進めようとすれば、地域に根差した、特に御家族という存在を初め、そういう御家族とか、あるいは地域の人がまさに一軒家など活用してすぐ立ち上げられる、そしてそこから体制を簡単に広げていくこともできるような、そういう制度に変えていかなければならないと思いますので、その辺はまさに県としていろいろ整理して、国への要望もしていかなければならないところなので、やっていきましょう。
 久慈地域は、心のケア、自殺対策、心のケアで大いに効果を上げた、そして全県のモデルになり、また日本全体にモデルを示したこともありますので、地域の中で、この住みなれた地域の中で障がいのある人もない人も一緒に暮らしていけるというような、そういうまちづくりについてもやっていける土地ではないかと思いますし、県としてもその点しっかり現状、課題をちゃんと捉えて解決していくので一緒にやっていきましょう。

保室長
 ありがとうございました。
 それでは、次に堤内さんからお願いいたします。

堤内 ひろみ
 堤内です。よろしくお願いします。先ほども申し上げましたが、ミルクレディースの活動は30年を迎えていまして、部長になって8年目になります。最初の立ち上げのときは、酪農女性の技術向上と、地域を明るくする、あと酪農家の女性というのは家の中にどうしてもこもりがちなので、互いの情報交換をしたいということで結成されました。
 その活動を長年続けてきましたけれども、3年前に元気な牛飼い女子の応援事業に参加しまして、それまでは県内酪農の女性部というのがなかなか見つからなくて、なかったと思います、記憶には。交流をしたくても相手先がわからない。ただ、農家先に行って見学をさせて帰ってくるという状態だったのですけれども、1年目、2年目、3年目でとてもネットワークが広がって、こんなにも元気な人たちが各地域で頑張っているのだなというのを実感できて、とても自分たちの活動の励みにもなりますし、いただいた事業費でいろんな活動をさせていただいています。大きくは、久慈地域の小学校さんに出向いて酪農の出前授業をしております。牛の体の話とか、牛乳の大切さとか、あとどうやってできるのかとか、私たちが牛のために、牛乳のためにどういう努力をしているというのを伝えることができて、あと地元のゆめミルクというプラントを持っているのですが、洋野町で。その乳製品を持っていって飲んでいただいて、思いを伝えるということを3年間続けました。すごく反応もよくて、子供たちからはとても喜ばれて、そして私もいろんなところに顔を出しているのですけれども、昨年の国体の際に洋野町で軟式野球の大会があって、その優勝の賞品にゆめミルクのセットが選手たちに送られたのですが、そのときにスタンドから「うわあ、いいな」という声が上がって……

達増知事
 いいですね。

堤内 ひろみ
 はい。とてもうれしく思った瞬間でした。
 あとは、今までは日帰りの研修しかできなくて、作業を終えて、その合間に、夕方の作業に入るまでの間にみんなで集まってバスに乗って、どこかに行って昼食を食べて帰ってくるという研修しかできなかったのですけれども、事業費をいただいてからは宿泊の研修ができるようになりまして、1年目は一関に行きました。一関では、工業地帯のすぐそばで放牧で牛を飼っているところに行きまして、工業地帯につながるバイパス線の4車線の道路を放牧場から放牧場に牛が橋を渡って……

保室長
 あります、あります。

堤内 ひろみ
 珍百景にも多分出たと思うのですが、それを見せていただいて、そうしたらたまたま一関の知り合いがその景色をとても楽しみにしていると、朝牛が通っているときに自分が通勤するととてもラッキーだという話を聞きまして、ああ、牛って外に出すとこんな効果があるんだなと思って、みんなで感心して帰ってきました。
 2年目は、函館に行きまして、そのときは東北の知り合いの各酪農家の女性のグループに声をかけて函館の新幹線がちょうど開通したときなので、函館で集まって、みんなで東北の研修をするということをしました。その中で、知り合った宮城の方のところに今年はヨーグルトの6次産業化をしたという牧場でというところがありましたので、今年はそちらに行って研修をさせていただきました。高速道路からすぐのところで、娘さんがヨーグルトを作っていらっしゃって、牧場は長々と続けていらっしゃるというところで、ああと思って、やっぱり自分が自信を持って搾った素材で、自分が自信を持ってこだわったヨーグルトをつくるというのは、デパートからの引き合いもあるし、なかなかおもしろいものができていると。今まで売ることというのは自分のところのミルクプラントが2回つぶれまして、3回目今農家の出資で、代表取締役も農家でやって、どうにか今知ってもらって、飲まれている状態なので、売ることの大変さというのはすごく身にしみて、地域でわかってきたつもりだったのですけれども、今の時代の売り方というものもあるのだなというのを宮城の研修で勉強してきたところです。
 活動が3年になりましたけれども、やっぱり内々って自分たちの久慈地域だけの活動で今までとまっていたものが、外に目を向けることでいろんな人のネットワークもできたし、広く物を見ることができたし、何よりも何か自分たちに向かった世間の目がとても優しくなったし、あと地域でも農家にかかわらず応援していただいて、頑張っていますねとか、あそこでも見ましたよみたいな話をされます。それがとてもうれしいです。昨年は、牛乳、ゆめミルクの牛乳のパッケージにもピンクの牛飼い女子ののぼりを下げて撮った写真が採用されて、パッケージにも載せていただきました。みんなで明るい場所に出られてとてもうれしく思っています。
 うちは酪農の専業なのですが、自分の経営に関してなのですけれども、2世代で、娘と婿夫婦で牛を飼っています。震災のときには停電が長く続きまして、乳牛というのはとても人の手だけでは世話できない状態に能力も上がっていたので、ある限りの発電機を持ってきて、みんなで回しながら、とりあえず1日1回の搾乳と、あと水も、何もかもが電気がないと動かない状態に今の牛舎設備ができていますので、かわるがわるやってきましたけれども、その際にも地域で立ち上げたTMRセンターはお分かりですか。牛の自給飼料を共同で収穫して、まぜ餌としてそこで牛の飼料を作って各農家に配るというのを11軒の農家でやっているのですけれども、やっぱりその農家の集まりが核になって、互いに助け合って、どうにか震災は乗り切りました。それも力になったなと。これが個々の経営で、どうしよう、どうしようということだと本当に途方に暮れた状態、農協さん頼りとか役所頼りで待っていなければいけない事態だったのですが、集まってみんなで何かを続けてやっているということは、何かできたときにもやっぱり助け合いのことがささっとできて、気持ちも通じていますし、とてもよかったなと思いました。
 これからのことなのですが、来年には牛舎を増築して増頭を目指してはいます。今個体販売も牛乳の原価もまあまあの状態ですので、今の状態だとどうにか借金も返せてうまく経営を広げていけるかなとは思っていますけれども、国の農業施策がころころ変わるので、とても……。お父さんたちは勢いづいて、やるぞ、やるぞの勢いでありますけれども、ミルクレディースでお母さんたちが集まると、本当に心配が山ほどあります。
 それもありますし、あとちょっと自分的にいろいろあちこち回ってみて思うところが1つありまして、牛を新しい牛舎ができたら外に放したいなと。やっぱり消費者の方とか、今アイスクリームの手づくり体験を大野のデザインセンターで、ちょっと小さいグループで請け負ってやっているのですけれども、その際にお客さんたちとお話をすると、牛というのは牛舎の中につながっているものだとは絶対思っていなくて、伸び伸びと何か牧草に放たれているというか、自由にしていると。でも、ほとんどの8割、9割の牛は牛舎の中でつなぎっ放しで一生が終わってしまうという状態なのです。その話をするとすごくがっかりされる。牛にとっても、やっぱりつなぎっ放しで一生というのは絶対健康上も、短命にもつながりますし、よくないなと思っていて、岩手じゅうの牛が牧場に放たれたら、視覚的に岩手の農産物の安心、安全を訴えられるのではないかなと。この土地からとれた野菜とか、この土地からとれた果樹とか、お肉とか、そういうものが本当に安心、安全でというアピールがメディアを通じなくてもできるのではないかなとちょっと心ひそかに思っていて、私のところから次の新しい牛舎ができたら牛を放したいなと思っています。

保室長
 ありがとうございました。
 それでは、金子さんお願いいたします。

金子 慎也
 国民宿舎くろさき荘、金子です。私は、普代で生まれ、普代で育ち、久慈の高校に通ってから東京に出たのですけれども、幼いころは自然の中で遊んで育ったのですが、心のどこかで何もないところということがずっとありまして、東京に出たい、東京に出たいって親にずっと言って、高校卒業後、東京のほうに就職したのです。自然の中で育ったので、やっぱり東京に行っても自然が見たいという思いがあって、横浜の山下公園に行って海を見に行ったりとかしたのですけれども……

達増知事
 海。

金子 慎也
 海、はい。海が大好きで、週1回ぐらいのペースで通うようなあれなのですけれども、ちょっと東京湾にがっかりしまして、全然海が透き通っていないと。そこで釣りをしている人がいたのですけれども、こんな海で釣りしておいしい魚がとれるのかというのがあって、ちょっと地元のいいところがだんだん見えてくるようになって、今こっちに戻ってきてから、くろさき荘なのですけれども、ロビーから海が見えるところで、今、村のキャッチフレーズで「青の国ふだい」というはんてんもブルーにしているぐらいの。自分でも体感しているぐらいなので、お客さんに自信を持って「青の国ふだい」ですと言えるぐらいの景色なのです。
 そこで、今震災が起きてから岩手県のほうでJTBのほうに、震災の建設会社さんをどこに宿を割り振りするかというのをJTBさんのほうでやってもらって、くろさき荘、和室で40部屋しかない施設なのですけれども、工事関係者180名、泊めたこともありまして、1部屋に4人、ぎゅうぎゅうに詰めたりとか、大広間に二、三十人泊めたりとかもして、ようやく復興関係の方も、震災から1年後ぐらいには三、四十人まで関係者は減ってくるような現状で、復興が進んでいるのかなと自分では思っていたのですけれども、やっぱり景色を見ると復興が進んでいなかったりとか、会社さんでプレハブを建てて、そこにぎゅうぎゅうに建設会社さんの働き手の方を詰めたりとかしてやっているのを見ると、やっぱりまだまだ時間がかかるのかなという思いがあります。
 実際建設会社さん等も予算等があって、働く方をいいところに泊めたいという思いもあるけれども、泊められないという現状があると思うのですけれども、くろさき荘はやっぱり帰ってきたら安らぐ場所にしたいというところで、「いらっしゃいませ」という言葉を工事関係者の方には「今日も一日お疲れさまでした」とか声かけをして、心安らぐ場所としてやっていきたいという思いがありましてやってきました。そうしたら、その思いが届いたのか、前に泊まってくれた建設会社さんの方が普通に家族を連れてくるようになって……

達増知事
 いいですね。

金子 慎也
 はい。「いいところだったから連れてきたよ」という声かけてもらって、自分たちがやってきたことってやっぱりつながっているのだなという思いが感じ取れてきました。
 今普代村もそうですけれども、この久慈地域全体が観光がやっぱりメインになってきていると思うのですけれども、観光をきっかけに定住してもらうような、人を集める場所のような地域にしていきたいなと思いまして、普代村ではIターン、Uターン、Jターンの来てくれる方に、まず1回泊まってくれと。施設を山のところに1棟、無料で使える場所がありまして、そこで普代村の担当の課にお願いすれば使えるという形で勧めて、体験をするプログラムとか、塩蔵ワカメの芯抜き体験。ふだんは、芯があってワカメの葉があるのですけれども、その芯を抜いてワカメとして製品にするという、その芯はまた違う使い方があって、おつまみになる茎ワカメという形で、もう捨てるところがないような海のものを推して、体験プログラムが芯抜き体験と、あとはくろさき荘独自でやっているのが新巻づくり体験。これは、スタッフ全員、新巻づくりできるようにしています。

達増知事
 なるほど。

金子 慎也
 はい。希望があればサケをとるところから、船に乗って見てもらって、そして市場で競りを体験して、体験というか、見学になるのですけれども、見て、くろさき荘に戻ってきてから、そのサケを自分でさばいて新巻づくりができるというのも3年前ぐらいからやっているのですけれども、ちょっと最近サケがとれなくなったりとか、海の関係でなかなかそのプログラムを続けていくことが難しくなってきています。
 やっぱりいろいろな普代のいいところを、自分は昔は何もないところだと思っていたのですけれども、大人になってから周りを見るようになって、普代のいいところもたくさん見えてきているので、そういうところをくろさき荘のフロントに立ってお客さんに伝えていきたいなという思いがあります。
 今観光の方が皆さん思っているのは、「普代遠いな」と。盛岡から通常走ってきても2時間半、3時間かかるのですけれども、やはり私たちもPRに盛岡の方に行ったりするのですけれども、朝6時に出発して9時に着くような、10時からイベント開始という、ちょっとハードなスケジュールの中で行ったりとかするのですけれども、観光からすれば遠いところには行きたくないなというのがあるかもしれません、お客様からの目で見れば。だけれども、行った先でいい思いをすれば、また来たいなという思いもあると思うので、くろさき荘としてはいいところをもっともっと宣伝していきたいし、フロントだけでなく、各地のイベントとかにもどんどん、どんどん立っていって、普代のいいところをよりよく伝えていきたいなと思っております。
 でも、実際言うと、私、今八戸に住んでおりまして、八戸から勤務的には宿直勤務もあるので、八戸から通って、くろさき荘で宿直をして、次の日帰るというスタンスがほとんどなのですけれども、やっぱり不便な面も出てくるので、実際くろさき荘からコンビニまでが、北は野田村のローソン、南は小本のローソンとかと車で30分かけないと行けないような、コンビニすらちょっと遠くなってしまう地域ですので、もう少し利便性を考えた地域づくりというのが必要かなという思いがあります。
 
保室長
 ありがとうございました。
 では、知事、お願いします。

達増知事
 堤内さんは、県で牛飼い女子とかやる、はるか前からミルクレディースで、また部長も務められていてすばらしいと思います。また、出前授業で酪農や、あとまた牛乳について子どもたちに教えるというのも非常に大事だと思います。やっぱり子どものころから牛乳をたくさん飲む習慣をつけておくことが大事ですよね。私も小学校、中学校、やっぱり牛乳で、中学校は弁当だったけれども、牛乳は学校のほうで用意とかというやつで、欠席した子どもの分の牛乳をみんなでじゃんけんをして、勝った人が飲むとか、どうにかして2本以上飲もうみたいな、そういう競争していたのを思い出しますし、クラブ活動、運動して帰っても牛乳を、1リットルパックを飲みたいだけ飲むみたいなこともしていたので、軟式野球の勝ったチームが牛乳を商品にもらうというのは本当にうれしいことなのではないかと思います。
 牛を外に出すというのは、小岩井農場なんかはそんなふうにやっていて、戻ってきた牛が機械設備のところにうまくすぱすぱ入っていくような仕組みとかもあって、そういうのもありますよね。確かに牛は本当見ていると癒やされますし、外にいる牛というのは多くの人の幸福度を高めると思います。
 それから、金子さんはくろさき荘で頑張って、普代村はすき昆布とか、あと鉄山染とか、やっぱりほかにない、非常にいい地域資源もあり、遠いところがまた魅力でもあると思うのです。都会からやや離れた、何か聖なる地域に存在する村みたいなところがあるので。一方、復興道路や復興支援道路で、やっぱりもうちょい早く到達できるようにはしていきますけれども、それぞれ利便性と特有さのバランスを工夫していくのかなと思います。
 それから、観光から定住に誘導するというのはグッドアイデアで、それぞれ市町村ごと、あるいは地域ごとに定住人口を増やす、移住者を増やす工夫というのはいろいろやっていかなければならないですから、そういう中でそういう一大基本方針があって、あと定住お試しハウスみたいなのがあるというのは、非常にこれはいいと思うので、是非うまくやっていただいて、岩手全体の定住者、移住者を増やさなければならないので、よろしくお願いしたいと思います。

保室長
 ありがとうございました。
 ここまでは、一通り皆様からお話をいただきましてありがとうございました。せっかくの機会でございますので、ほかの方々の話を聞いたりして思ったこととか、この際自由懇談の時間にしたいと思いますので、何かございましたらという感じでどうでしょうか。何かもしあれば。今日は人とのつながりということが一つキーワードになっているわけですけれども、これは余りこういうことも、そう簡単には申し上げられませんけれども、大きな震災があったことで地域の外の方との様々な支援であったり、いろんな形でのつながりができてきたのではないかというふうに思いますけれども、そういうつながりというのはこれからも大事にしながらというようなことで進め、皆様活動をやろうということにした場合、ずっとつながりを持ち続けていくような知恵とか工夫とか、あるいはこうした取組がいいのではないかとか、何かもしそういう観点で思っていることとかやっていることがあったら御紹介していただけるといいかなと思いますけれども、いかがでしょうか。ちょっと私からテーマみたいなのを振ってしまって申し訳ないのですけれども、是非一言どうですか。

古川 友子
 ちょっと関係ないかもしれないのですが、私は盛岡出身で、会社に入ったのは4年前になるのですけれども、1年目は盛岡のマンション新築現場で、住宅忙しくなるから久慈だよって言われて来たのですが、久慈は小さいころに1回、記憶には残らないぐらいのときに来た程度なのですが、実際来てみて意外と簡単に来られるなと思ったのと、あと食べ物がおいしかったです。

達増知事
 子どもだとわからないですよね、久慈の食べ物の良さって。僕も子どものころに来たことがあったのだけれども、大人になって来て、やっぱり海の幸は大人になると、その良さがわかりますからね。

古川 友子
そうですね。久慈の人は、普通に「魚もらってきた」とかって言うのですけれども、それが盛岡の人からしたら、「こんな高いものをもらって」みたいな、そういう感覚なので、人とのつながりという面でも久慈に来て良かったなと思っています。

保室長
 ありがとうございます。
 どうですか、ほかに皆様、何かこの際、まだ。外舘さんはいかがですか。

外舘 心
 私は、震災のときにテレビでうちのことを報道していただいたことがあって、それからずっと連絡をとり合っているおばあちゃんとか、それからずっと月に3個くらいお菓子を注文いただいて、送料のほうが高いのですけれども、それでずっと支援をしてくださっている方とかがいまして、すごくありがたいなと思っています。あとそういう方が来たときに、商店街がどうしても廃れてきてしまって、見渡しても後継者不足もあり、商店街に魅力があると、もっと行ってみたい、来てみたいというふうに思ってくれるのではないかなと自分では思うので、自分はどうにかこうにか頑張っているのですけれども、やっぱり1軒ではなくて、たくさんのお店が、みんなで協力をして……、野田村ってどうしても通り過ぎて行ってしまうので、ちょっと寄ってみようかなというふうに思うような商店街づくりをして、そういうふうに交流している方が行ってみたいな、来てみたいな、来たらもう一回来よう、来年も来ようという、そういうふうに思ってくれるようなまちづくりができていけば、私は自分では理想だなと思うのですけれども、自分だけ頑張ってもなかなかそれはできることではないので、野田村全体ですとか、商店街の人たちが協力し合って、どうにか自分の店も売り上げを伸ばせるようにしていけたらいいのではないかなと考えています。

保室長
 ありがとうございます。
 さあ、話し足りない人、まだ、もうそろそろ時間になりますが、いかがですか。

堤内 ひろみ
 いいですか。

保室長
 どうぞどうぞ、はい。

堤内 ひろみ
 震災のときにガソリン燃料不足になりまして、牛の餌も入ってこない、外に製品も出ていけないというか、大体は系統出荷で関東方面の牛乳の出荷だったのですけれども、結局ミルク工房だけが稼働できる場所で、廃棄した牛乳も多かったのですけれども、ミルク工房でもどうにか製品を作っても外には持っていけないということで、久慈市内、久慈管内、八戸とか近場での牛乳の消費がどんどん増えました。棚に並ぶ牛乳は、ミルク工房のものしかないみたいな状態で、地域ですごく飲まれるようになって、そのときから地元での消費が、今まで外に向けての販売をメインにしてきたものが地元での消費に変わった瞬間だったなとは思います。それから、地元で愛されるようになったと。

保室長
 なるほど、おもしろい話ですね。

堤内 ひろみ
 はい、ありがたいことだなと思いました。大変でしたが。

保室長
 ありがとうございました。
 

知事所感

保室長
 それでは、まだまだということもあるかもしれませんけれども、そろそろ締めということで、最後に知事からまとめをお願いしたいと思います。

達増知事
 東日本大震災からの復興については、台風10号もあったりして、そう簡単ではないのですけれども、でもやはり6年半以上かけて直ってきているところ、復興してきているところがあり、そして人口減少対策とか、あと障がいのある人もない人も一緒に暮らしていけるまちづくりとか、そういう時代が直面するテーマについても復興の取組に重ねて取り組んでいけるようになってきているのだと思います。そういったところにしっかり向き合って、様々今までやったことないようなこともされている皆さんのお話は非常に心強く、また県のほうも一層頑張らなければならないなと思いましたので、よろしくお願いしたいと思います。今日は本当にありがとうございました。

保室長
 どうもありがとうございました。
 皆様方からいただいたお話のうち、県の取組、あるいは国の取組、そういったものに関係するものにつきましては今日いただいて、これを宿題として取り組んでいきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
 

閉会

保室長
 それでは、長い時間にわたりまして、どうもありがとうございました。
 これで本日の県政懇談会は終了としたいと思います。どうも皆さんありがとうございました。
 

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