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「がんばろう!岩手」意見交換会(平成29年6月16日 釜石地区)

ID番号 N57628 更新日 平成29年8月3日

 

 

日時
平成29年6月16日(金曜日)10時30分から12時00分まで

場所
釜石市鵜住居公民館 多目的室

出席者(敬称略)

・  参加者(敬称略)
 芳賀 光(有限会社ティー・ティー・エム つつみ石材店 代表取締役/はまぎく若だんな会 代表)
 兼澤 悟(FLOWER DRESS(フラワードレス)代表
 奥村 康太郎(株式会社浜千鳥 醸造部長/杜氏)
 藤井 サヱ子(創作農家こすもす 代表/釜石市甲子地区活性化協議会 会長)
 佐々木 拓磨(釜石シーウェイブスRFC 選手/釜石市立小佐野小学校 教諭)
 山崎 鮎子(cafe blua ĉielo(カフェ ブルーア シエーロ) オーナー兼店長)
 

・  県 側
 知事、沿岸広域振興局長、秘書広報室長

開会

保室長
 ただいまから県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会を開催します。
 皆様、大変お忙しいところを御出席いただきましてありがとうございます。本日はこの釜石におきまして、「ともにある三陸~より豊かで希望あふれる三陸の創造~」をテーマにいたしまして、様々地域で御活動されている皆様にお集まりをいただいています。
 今日の司会進行を務めさせていただきます県の秘書広報室長の保と申します。どうぞよろしくお願いいたします。

知事あいさつ

懇談会の様子1

保室長
 それでは、開会に当たりまして知事から一言お願いします。

達増知事
 皆さん、おはようございます。県政懇談会、これは昔から知事が岩手県内各地を訪問して、暮らしや仕事の現場の生の声を伺って県政に役立てようということでやっているのですけれども、この「がんばろう!岩手」というタイトルをつけたのは東日本大震災津波からでありまして、特に東日本大震災の復興の現場、それぞれの地域あるいはそれぞれの分野で活躍されている皆さんの声を聞いて、そして県の復興施策に反映させるということを軸にして展開してきているところであります。
 今日ここ、鵜住居にお集まりをいただきまして、東日本大震災津波の中でも被害が特に大きかったところでありますけれども、それがゆえに復旧・復興にも時間がかかっているところではありますが、ラグビーワールドカップの開催もありますし、この復興全体を象徴し、リードしていくような力強い場所になっていくであろうし、そうしなければならないなというふうに思っています。そういう大事な場所にお集まりいただいた今日の皆さんは、この釜石地区において、また特に若者、女性活躍支援という観点から活躍いただいているところでありますので、そういったところのお話を伺って復興に役立てていきたいなと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
 それから、小野県議ありがとうございます。

保室長
 ありがとうございました。
 それでは、今日の進め方でございますけれども、この後、私のほうから一通り御出席の皆様全員の御紹介をしたいと思います。その後、本日のテーマに沿ったお話をいただきまして、知事とのやりとりということも交えながら進めさせていただきまして、最後のほうに自由懇談時間も設けておりますので、よろしくお願いしたいと思います。
 それでは、お手元の名簿に従いまして本日の出席の皆様を御紹介申し上げます。
 まず最初に、有限会社ティー・ティー・エム、つつみ石材店の代表取締役でございます。また、はまぎく若だんな会の代表も務めていらっしゃいます芳賀光さんでございます。

芳賀 光
 よろしくお願いします。

保室長
 フラワードレスというところで、シイタケと生花の栽培をやっておられる兼澤悟さんでございます。

兼澤 悟
 よろしくお願いします。

保室長
 株式会社浜千鳥の醸造部長で杜氏でもあります奥村康太郎さんでございます。

奥村 康太郎
 よろしくお願いします。

保室長
 続きまして、創作農家こすもすの代表でございまして、釜石市甲子地区活性化協議会の会長でもあります藤井サヱ子さんでございます。

藤井 サヱ子
 よろしくお願いします。

保室長
 釜石シーウェイブスの選手でありまして、釜石市立小佐野小学校の教諭もしていらっしゃいます佐々木拓磨さんでございます。

佐々木 拓磨
 よろしくお願いします。

保室長
 そして、カフェ ブルーア シエーロというすてきなお名前のお店のオーナー兼店長さんであります山崎鮎子さんでございます。

山崎 鮎子
 よろしくお願いします。

保室長
 県のほうからは達増知事、沿岸広域振興局の小向局長が出席しております。

小向局長
 よろしくお願いします。

保室長
 本日は釜石選挙区選出の県議会議員、小野共議員にもお越しいただいております。

保室長
 どうぞ皆さん、少しリラックスしてですね、進めさせていただきます。今日、お手元にはお菓子とお飲み物を用意しております。
 説明役ということで、小向局長のほうから。

小向局長
 この場では、地元振興局長の役目としてこのお菓子を紹介するということになっておりますけれども、これは甲子地区活性化協議会、まさに今いらっしゃいます藤井サヱ子さんが会長の協議会で創作、お作りいただいたということでございます。これはなかなか手に入りにくく、道の駅でも売っているのですけれども、毎回寄るのですけれども、もう完売ということが多くてなかなか手に入りにくいということで、今回はかなり前から予約してありました。若干御紹介いただければと思います。

藤井 サヱ子
 皆さんのお手元にパンフレットがあるのですが、あまり甲子柿を知らない人が多いというので、昨年度事業でこういうパンフレットやポスターなどいろいろつくりました。この甲子柿のチーズケーキは東京の料理家さんとか、あとは地元の私たちスタッフがいろいろ考えまして、試行錯誤してやっとつくり上げて、4月28日に新発売をしたところです。道の駅と、それから「創作農家こすもす」でしか販売していないという限定ものです。つくっても、つくっても、つくり出さないというか、人手が足りないということですね。人がたくさんいればもっとたくさんつくれるのですが、そういうことで今日は皆さんに食べてほしいと思って用意していただきました。どうぞ召し上がってください。
 詳しい甲子柿のことについては、このチラシをご覧ください。

達増知事
 これはおいしいですね。

小向局長
 ありがとうございます。

達増知事
 柿の風味とチーズケーキの風味がうまく合わさって。

藤井 サヱ子
 はい、できるだけ甲子柿の果肉を中に入れて、お砂糖はてんさい糖を使い、チーズとあとは豆乳と、それから上にかかっているのは甲子柿そのものの状態です。

小向局長
 少し数が増えてくればカフェでも。

山崎 鮎子
 ぜひ。

藤井 サヱ子
 よろしくお願いします。

達増知事
 柿の風味がするからいいですね。

保室長
 非常においしいですね。これはお幾らぐらいで出していらっしゃるのですか。

藤井 サヱ子
 350円です。

懇談

懇談会の様子2

保室長
 それでは、ぜひ皆さん、合間、合間に召し上がりながらということで進めたいと思います。
 最初に、それではお一人2分以内ぐらいで自己紹介をお願いしたいと思います。
 では、順番に芳賀さんのほうからお願いいたします。

芳賀 光
 大槌の吉里吉里で石材店を営んでおります芳賀と申します。よろしくお願いします。震災後に、地元の若い商業者で「はまぎく若だんな会」という組織を立ち上げて、いろんな活動をしています。
 3年ほど前に、あくまでも自分たちでちっちゃいときに経験した遊びだとか、自分たちの食べた郷土料理だとか、そういうのをまとめて、次世代に何とか伝えようと、震災後、どうしても海に行ってはいけないとか、一人で歩いては行けないとか、さまざまな問題があった中で、どうやったら子どもたちにわかりやすく伝えることができるかなというので「大槌のお宝マップ」というのをつくりまして、これを町内の子どもたち大体900人ぐらいに無料で配布して、教育委員会さんのほうで、すごくこれはいい、教材として使えるということで、大槌はふるさと科の授業が始まっておりまして、そこでどうしても若だんなさんで子どもたちに授業をしてほしいということがありまして、3年ほど前から大槌学園3年生、6年生。吉里吉里が3年生ですか、年間6回ぐらいの授業をさせていただいております。
 ちょうど昨日は大槌学園の3年生の授業を教室でやって、2週間前には山ツアーというか、山と海に分かれてやるのですけれども、そこで隣の兼澤悟さんのところにお邪魔して、みんなでシイタケのつくり方とか、種植えの体験だとか、毎回お世話になっているのですけれども、自分たちの親の世代なのですけれども、どうしても地元の良さというのがわからない大人も増えているし、なかなか知る機会がないという現状なので、これを通して地域の宝を再認識して、大人も子どもも楽しんでもらえればいいかなというのでつくって、そのほかにも海に関することが多いのですけれども、唯一残った吉里吉里海岸でイベントをやったり、あと去年ちょうど吉里吉里、大槌でショートムービー、映画を撮る機会がありまして、ちょうど盛岡のフォーラムで私は達増知事と一緒に、覚えていらっしゃいますか。

達増知事
 ええ、そういえば。

芳賀 光
 その私です。あと実家のほうは老人ホームと保育園もやっていまして、うちの姉貴が吉里吉里の、今は閉めたのですけれども、「よってたんせぇ」をやっていたのが私の姉でして、何でしょう、人材不足かわからないですけれども、姉弟含めて何でも引っ張り出されて、やらなければならない。何のためにやっているかといえば、やっぱり次の子どもたちにつないでいきたいなということで頑張っております。よろしくお願いします。

保室長
 ありがとうございます。
 それでは、兼澤さんお願いします。

兼澤 悟
 大槌町のほうで原木シイタケとトルコキキョウ中心の切り花の生産をしている農家のフラワードレスの兼澤と申します。よろしくお願いします。
 フラワードレスということで、基本的にはもともとは原木シイタケ栽培農家だったのですけれども、僕が震災の翌年にアパレル業界のほうから自宅のほうへ戻って切り花のトルコキキョウの栽培を始めたのがフラワードレスの立ち上げのきっかけ、始まりとなります。
 大槌町に戻ってから震災以降、やっぱりそれ以降の復興・復旧の部分でも海のほうが注目されることがどうしても多い地域ではあったので、僕らとしても中山間地というちょっと農業をするには厳しい環境のところではあるのですけれども、少しでも農業で大槌町に貢献できることが何かないかなということを考えながら、先ほど紹介にあったように若だんな会さんのほうからふるさと科の授業の委託であったり、大槌学園のほうからの職場体験の依頼だったり、そういったものを受け入れる体制をつくっていったり、あとは町内のほうから、今従業員が4名いるのですけれども、そのうちの3名が20代の若い子たちの受け入れを従業員がしていまして、そういう子たちがどんどん波及していって、大槌町の農業がどんどん僕らから頑張っているというところを見せられることができればいいなという思いで、今仕事をしている段階です。よろしくお願いします。

保室長
 それでは、奥村さんお願いします。

奥村 康太郎
 釜石の小川町の浜千鳥というところで酒づくりの杜氏をしております奥村といいます。出身は埼玉県でして、大学は神奈川のほうに通っていたのですけれども、専攻は森林資源といって林学を専攻していました。卒業するときに就職活動をするのですけれども、そのときに何をしたいかなと思ったときに、林学ももちろんやりたいことの一つだったのですけれども、それよりも手に職をつけたいなと思いまして、何かなと思って、自分が好きなお酒づくりに将来携わってみたいということで、そのときにぱっと浮かんだのが杜氏に将来なるにはどうしたらいいか、やっぱり杜氏の集団がある南部杜氏というところに行けばいいのではないかなと思って、学生の3年生のときに岩手を一人で回って酒蔵見学をしました。釜石、花巻、石鳥谷と回ったのですけれども、そのときに釜石に立ち寄って、蔵見学をしていろいろ説明を受けたのですけれども、何よりも釜石のまちに夜泊まって、その当時あった呑兵衛横丁のとんぼというお店に立ち寄ったとき、ママにすごく優しくしてもらったり、隣のお客さんにも声をかけていただいたり、何よりもお水もおいしいし、お酒もだし、海の幸、山の幸もおいしい、すごく人当たりもよくて、すっかり一目惚れしてしまいまして、将来はここ、釜石に限らず、岩手県に住んでみたいなと思って浜千鳥に入社したのがきっかけです。
 平成15年なので約十四、五年たちます。今は結婚して、こっちに1人子どももいますし、ほぼ会社と家の往復といった生活です。よろしくお願いいたします。

保室長
 ありがとうございます。
 それでは、藤井さん、改めてお願いします。

藤井 サヱ子
 私は甲子の洞泉というところに住んでいまして、創作農家こすもす、レストランの経営をしております藤井です。よろしくお願いします。
 私は、夫の仕事の都合で20年近く盛岡にいまして、釜石を盛岡からずっと見ていて、当時製鉄所が合理化等で人が少なくなっていたのですね。いつか私は釜石に帰ったら、何か釜石を元気にする取り組みをしてみたいなと、そう常に思っていました。
 両親の介護で平成12年に釜石に戻りまして、介護をしながら田んぼや畑ができなかったので、コスモスを田んぼ3,000平方メートルのところに蒔きました。一人で見るのがすごくもったいなくて、皆さんに見てほしくて、摘み取りも自由、刈って持ち帰って飾ってもよしということで開放したら、たくさん来ていただき、対応しきれなくなりまして、テーブルを置いて、お茶や飴やノートを置いて、感想を書いてもらったのですね。そうしたら、釜石にこういうところがないので、これからもずっと続けてほしいという意見に後押しされたのが私の活動の始まりでした。それが平成12年で、翌年お客さんから、ここで野菜も売ってほしいな、と言われて、翌年小さな産直を立ち上げて、売るというよりは地域のみんなで楽しむという取組をしました。
 それから、母を看取って送った後の平成19年に地産地消というか、地元の野菜を使ったレストランをオープンさせたのですが、これも母親が生前中、お年寄りがここに集まってお茶っこを飲むところがあればいいなという話をしていたことからレストランを立ち上げたのです。その後、間もなくですが、震災がありまして、私もこの日、津波が来た方向に向かっていて、中妻のところで地震に遭って、直ちに戻り難を逃れたということもありまして、私たちができるボランティアは何かないかと考えていたときに、震災によって運動場や公園に仮設住宅が建ち、子どもたちの遊び場がなくなったという話を聞いたので、コスモスはいつでも種を蒔けば花も咲かせてくれるけれども、今は将来ある子どもたちのために公園をつくってやろうと考えていたところに、関東のほうからボランティアで釜石に入っていた若者と知り合いまして、実は今こういうことを考えているのですと言ったら、何でそういういい話を藤井さん独り占めするんだと言われて、俺たち専門だから一緒にやりましょうということになって、本当に協力していただいて、しかも環境に優しい遊具で楽しみながらの公園づくりが始まり、一年がかりでつくりました。
 そして平成27年に甲子地区を活性化したいと思い、釜石市甲子地区活性化協議会を立ち上げまして、甲子柿を主体とした加工品づくりや、販売促進など、いろいろなことをやりまして、釜石といえば鉄と魚、ラグビーなのですが、小さいながらも農業もあるのだということを知ってほしいという思いで農業振興の活動に携わってきました。これからもずっと農業のほうに、微力ではありますけれども、力を入れてやっていきたいと思います。よろしくお願いします。

保室長
 ありがとうございます。
 では、佐々木さんお願いします。

佐々木 拓磨
 釜石シーウェイブスでプレーヤーを今年から行いながら、今年の4月から小佐野小学校で5年2組の担任をしています佐々木拓磨です。よろしくお願いします。
 僕の出身は遠野なのですけれども、高校が釜石南高校で、今の釜石高校なのですけれども、そのときは野球部だったのですが、高校の文化祭などで新日鉄釜石時代の7連覇の映像を見たりする中で、北の鉄人と呼ばれる選手の人たちに憧れを抱くようになり、大学からラグビーを始めたのですけれども、そうした中で先生になり、さらに先生になった年に震災も起きて、その後、地域の復興のために頑張って活動しているシーウェイブスの選手たちを見ながら、さらに憧れが強くなったというか、僕も入りたいなと思うようになりました。今年から小佐野小学校で勤務をしているのですけれども、まだ2カ月くらいしか働いていないのですが、どの子もラグビーを身近に感じたり、そういったことを通して地域を誇りに思えるような気持ちというのを育てていきたいなというふうに考えています。
 具体的にどういうふうな活動をしたいかとか、どういう活動を少ししたかというのは今後の抱負のところで述べさせていただきたいなと思いますので、よろしくお願いいたします。

保室長
 どうもありがとうございます。
 それでは、山崎さんお願いします。

山崎 鮎子
 山崎鮎子と申します。出身は山田町で、私も高校は釜石南高校に通いまして、そして縁ありまして、釜石に嫁いでまいりました。
 それで、夫は別な仕事をしているのですが、夫の親の会社がもともと山崎清三商店という卸売業を只越町のほうでもう半世紀以上やっておりまして、震災に遭いまして、何とか支援いただきながら少し場所を変えて営業を再開しました。そのときは、私は別な仕事をしていたのですけれども、義理の母が震災を通して人とのつながりとか、生かされていることでありますとか、健康でありたいというところで自分の第二の人生を考えたわけですね。そこで、自分は天然酵母のパンを一生懸命勉強してきて、食べることが大好きで、卸売業もしながらなのですけれども、そういうのをつくってちょっと地域の方とのコミュニケーションをとるツールにしたいという話をしておりまして、そんなタイミングで私が妊娠、出産という機会で前職を退職しまして、たまたま夫が盛岡に出向ということだったので、そこから3年間を盛岡のほうで過ごしました。盛岡で出産して育児のスタートということだったのですけれども、そういう中で義理の母との話の中で、私はパンをやるから、鮎ちゃん……、私ですね、カフェやらないという流れになって、そういった飲食店をやる方向に話が進んでまいりまして、平成27年にはカフェも建てました。
 ところが、私が釜石に戻ってくることが決まったので、山崎清三商店の卸のほうで仕事を手伝いながらいたわけですけれども、母ががんになってしまって、そのまま他界してしまったのです。私は経営の経験もないですし、商売に携わったこともないのですけれども、まず今ある事業を引き継ごうということで卸売業のほうを引き継ぎました。それで、そのままずるずる2年ほど経ってしまって、でも母の思いですとか、自分も一緒にやりたいと思っていたことを形にしたいと思いまして、ただ本当ににっちもさっちもいかず、そんなところに人材育成塾第4期が最後だという話がありまして、えいっと飛び込みまして、いろいろ考えさせられましたし、たくさんの人に支えていただいて、それから後押ししていただいて、最後の卒塾式で5月21日にカフェオープンしますというスピーチをしてしまったわけですけれども、言ったからにはやろうと決めて、先月21日にカフェをオープンしました。
 カフェのほうは、母が勉強してきた天然酵母のパンを私も勉強しまして、わずかですが、焼いておりますし、そこで使う粉は県産の「銀河のちから」、「ナンブコムギ」、それから薄力粉は「ネバリゴシ」、これらを使用していますし、あとは宮古の塩を使わせていただいたり、できるだけ県のものを、それから店内で提供する御食事も釜石産のお野菜を使ったりということで、できるだけ地域のものを使った安心、安全、つくり手の顔が見えるお店というところをモットーにスタートしました。
 一方で、私は子育てを経験して、4歳の双子がいるのですけれども、なかなか外に一歩出る勇気が持てなかったというか、子育ては大変だなというのを子どもを持って実感しまして、そこで母子支援といいますか、ママが出かけるきっかけをつくりたいと思っていまして、カフェは火、水、木、金は営業しますが、月曜日はそういった集まるイベントを開催しようと思っています。早速今度の月曜日にママのおしゃべり会を第1回開催しようと考えています。そんな感じです。よろしくお願いします。

保室長
 どうもありがとうございました。

保室長
 それでは、今日のテーマでございます「ともにある三陸~より豊かで希望あふれる三陸の創造~」ということに入ってまいります。
 皆様、それぞれ現在の取り組みですとか、今後の抱負あるいは課題もあると思います。そういった大きなことでなくても、今私はこんなことを思っているというようなことにつきまして、この地域との関係で、地域をどうしたいかということでお話をいただくと大変ありがたく存じます。恐れ入りますが、時間の関係もございますので、4分以内ぐらいで一通りいきたいと思います。
 ここでは、お二人ずつお話しいただいた後、知事からのコメントを挟むという形で進めさせていただきたいと思います。
 それでは、最初に戻りまして、芳賀さんお願いいたします。

芳賀 光
 皆さんのお話を聞いて感動も覚え、勉強になりました。
 私は大槌なのですけれども、正直大槌の町は、どうしてもほかの被災した他地域に比べてかなり出遅れていると地元の人間でもいろいろ感じているところはあります。それは、別に行政が仕事をしてないとか、そういうことではなくて、やはりいろんな状況が重なった上でのことだと感じています。例えば高田見たり、南三陸見たり、いろんな商業施設が建ったりとか、いろんな明るいニュースがある中で、どうしても大槌の話題になると旧役場の問題とか、何かそういう暗い話とかしかないのがちょっと悔しいというか、もっといろんな話はあるのだけれども、と思いながら日々過ごしていまして、ふだん活動している若だんなも、やはりみんなどんどん商売やっている店を再建みんな始めていまして、本設も建って、何人かまだ本設まではいっていないのですけれども、もちろん私もまだ本設の場所が決まらず、建てられない状況なのですけれども、そういった中で、この若だんな会というのはあくまでも地域のボランティア団体でやって、そこでできるのは限界があるということで、この間主要なメンバー7人で一般社団法人を立ち上げまして、今後のまちづくり、官民連携でどうにかやっていけないだろうかということで、「COLERE(コレレ)」という団体を立ち上げて、今キッチンカーを使って、もともと商売やっていた人に限らず、気軽に少し商売をするきっかけになればということで、ちょうど昨日の人は81歳のおばあちゃんが70食を朝からつくってくれて、それも生きがいですよね、若い人の起業も含めてなのですけれども、そういう生きがいの場所を提供して、そういうチャンスを与える場を何とか盛り上げていきたいなと思っていまして、それに含めて私も子どもが1人、やんちゃなそっくりな子どもがいるのですけれども、どうしても、何だろうな、さっきも話したのですけれども、自分たちが子どもの時ってもっと無茶して遊んでいた記憶があるのです。今の子どもたちは、いろんな情報は入ってくるのですけれども、本質的なものがまだわかっていないというか、遊びながら覚えることとかというのはあると思うのですけれども、そういう中で活動していければいいなと思うのと、あと岩手県、被災三県で、それぞれの地域だけで活動しているという感じはあるのですけれども、できれば震災からの復興・復旧から、今度は次の段階に移っていかなければならない、両方今やっていかなければならない時期だと思うのです。今までおのおのやってきたのは、やはりそれはきっかけとか、スタートであって、次につなぐことを広域で考えていく機会があれば、もちろん今回開催されるワールドカップだって本当にオール岩手で盛り上がることができると思うし、今正直体制がまだまだちょっとはっきりしなくて、どうしても釜石とか、何かこの辺というイメージがあって、大槌も含めてなのですけれども、それが釜石、沿岸、岩手、東北、日本、世界という感じで、私もワールドカップは応援したいと思っていますので、何とかその辺も連携、チャンスだと思うので、ここはみんなで協力してやっていきたいなという気持ちはあります。
 あと何を話せばいいのでしょうかね。あとはやはり人口減少問題ですね、来年あたり悟君は結婚の予定があるのですよね。

兼澤 悟
 頑張ります。

保室長
 ありがとうございました。
 それでは、兼澤さん、どうぞ。

兼澤 悟
 今自己紹介の皆さんの話を聞いて、皆さん野球をやられている方がすごく多くて、僕も高校は、今やっと甲子園で勝てるようになってきた盛岡大学附属高校のほうに行っていて、今だと自信を持って名前を言える高校なのですけれども、そのときまで、今の僕の農業に対する思いと少しかかわってくるのですけれども、高校のときは野球をしながら大学までやったのですけれども、本気でプロ野球選手になれるというか、なりたいと思ってやっていて、怪我もあったので、アパレルのほうに就業しまして、震災をきっかけではあるのですけれども、大槌町に戻ってきたときに僕が高校でプロ野球選手になりたいとなったときに、地元の高校ではなくて、盛岡大学附属高校という私立の学校を選んで、地元を離れるきっかけになったのがそこなのですけれども、本来ならば、例えばそれがこの地域にすごいそういう強豪校があればこの地域にとどまるはずだったのだと思います。そういったときに、それが今の仕事の農業という業界で考えたときに、大槌町も含めて、沿岸地域も含めて職業の選択肢がないと、やっぱりどうしても岩手県内から出ていってしまうのだろうなと思って。僕らは、今農業という業界で仕事をしているので、最低限僕らがこの業界にいる限りやっていかなければ、考えていかなければいけないことというのは、沿岸地域でも農業をやりたいなとか、農業に少し携わってみたいなという、そういう若い世代もそうですし、大人の世代もそうですし、中途で職業を探している人もそうですし、その人たちの選択肢になれればなと思って、今沿岸地域でこうやって農業で法人でどこかに入りたいとなったときに、実は少なくて、受け入れる先もなくて、ないから今まだ法人になっていないのですけれども、従業員を雇って活動している僕らのところに話が来て、僕らの規模でも話が来るぐらい選択肢がない地域なので、それってやっぱり大槌町にとってもよくないし、どんどん、どんどんそれが人口流出につながるのだろうなと思って、農業で働いている限り最低限農業をやりたい、農業に興味を持っている方々には受け入れる先はつくってあげたいなというか、つくらないといけないのだろうなという責任を少し感じていまして、そこも含めて今そういう人材の採用であったりというところにはすごく今力を入れてやっている段階です。
 結局そうなると規模をどんどん大きくしていかなければいけないので、そこに含めて岩手県のほうからも農業に対する補助であったり、最近であれば岩手県産株式会社さんとのつながりも最近できまして、そういうところでもすごく岩手県のほうからもすごく協力いただいて、力になっているので、すごくありがたいところではあるのですけれども、農業というと規模を大きく、大きくするとなれば圃場だったり、土地がどうしても必要になってくる業界ではあるので、農地中間管理機構という制度もあるのですけれども、現状大槌町のほうでもその農地中間管理機構に入っていっている農地も増えてきているのですけれども、そこを僕らが使うとなったときに、何が今起こっているかといったら、土地を借りてやりたいけれども、この場所って使いづらいねとか、どうしてもこの場所って農業しづらいねというのがどうしても中山間地域だと出てきている状況ではあって、やりたい気持ちと裏腹にやりたい環境が、場所はあるけれども、手につかないという状況がすごく歯がゆくて、なので圃場整備であったり、やりやすい環境であったりというものがどんどん中山間地域でも広がっていけば、それこそ世界で戦える農業がこういう岩手の小さな町の中山間地でも戦える業界にはなってくるのかなと、そういう業界になれば子どもたちもそうだし、僕らの世代もそうだし、大人の世代もそうだし、農業というものが職業としての選択肢として少しずつ広がっていくのかなと思うので、僕らはそれが大槌町でもやれるのではないかなと思って取り組んでいる段階です。

保室長
 ありがとうございました。
 では、知事。

達増知事
 芳賀さんにはもういろんなことをやってもらっていて、忙しくしていただいていて、私からも御礼申し上げます。
 大槌お宝マップは、これすごいですね、この117のお宝ということで、結構あるんだなという、大槌町だけで……

芳賀 光
 本当は300でも400でも自分たちで出したのですけれども……

達増知事
 そうでしたか。

芳賀 光
 どんどん大きくなるので、絞ったのです。

達増知事
 それぞれ非常になるほどというようなお宝、全国に通用するようなものばかり、海外にも通用しそうなのもあって、すごいと思います。
 またこの地図を見ると、改めて大槌町が海もあるけれども、陸、山も多いということで、シイタケ、また農業ですよね、やるところ、やれるところがいっぱいあるなというのがわかるのですが、確かに中山間地ばかりということで大変なのだと思います。
 一方、東日本大震災からの復興の中で、農業の復興というのは結構力を入れているところでもあって、お米の圃場拡大する区画整備とか、あとは園芸とか、畜産とか、今まで沿岸で余りやっていなかったけれども、実は温暖な気候とか、潮風とか、プラスのメリットがあって、そして高所得につながるような新しい分野にも挑戦したり、広げていったりできるようにという流れができているので、農業を拡大したり、また新しいところに挑戦していくにはいい時期だと思います。農業法人も非常に大事で、最近も岩手の農業法人インターンシップ案内みたいなのをちゃんとオール岩手で全国に発信しているものをツイッターで見たりしましたけれども、そういう場、農業は後を継いでやっていきたいという人たちにも頑張ってほしいし、また全く新規参入という人たちにも頑張ってほしいし、起業的にやりたいという人でそういう場が確保できるのであればそういうのも考えてほしいと思っていて、そういう中で農業法人というのは地元力プラス新しい力で、うまくやると非常にいい方向に発展できる分野だなと思うので、県としてもしっかり支援していきたいと思います。

保室長
 ありがとうございました。
 それでは、奥村さん。

奥村 康太郎
 先ほども自己紹介のときにも話したのですけれども、今仕事と、家に帰って子どもと遊ぶほとんど往復なので、お話しすることが仕事のことに偏ると思うのですけれども、当社と言っていいのか、私の会社では大槌町で酒米研究会といって、佐々木重吾さんという農家の方を中心に酒米づくりをしています。平成22年からは釜石地区、大槌も含めて、当社で梅酒を仕込むに当たって、やはり地元の梅を使って、お酒づくりと同じように地元にこだわってやりたいということで、釜石の梅の実を、農家さんに出向いて、軒先に生えている梅の実を収穫する、それを仕込んで梅酒にするという商品もつくっています。先ほどサヱ子さんのほうから甲子柿の話があったのですけれども、ようやく最近梅の実も軌道に乗り始めてきまして、新しい釜石の特産農産物として今後梅のほうも積極的にPRしていけたらいいなと思っていました。
 私自身、大槌や釜石に仕事柄行くことがあって、大槌ですと酒米の田植え体験会や稲刈り体験会というのを行っています。そのときに大槌町の波工房さんという団体があるのですけれども、そういう方々と交流したり、釜石ですと震災前ですけれども、「小さな風」といって、若者交流グループというのがありました。そういった方々と交流するうちに、当初私が岩手に、釜石に来た人の魅力というのにすごく気づかされています。どうして私が岩手を選んだかというと、言っていいのか悪いのかわからないけれども、何もない魅力というのがあったのです。肯定的に捉えてくれればいいのですけれども、埼玉とか、関東にある便利さよりも、ちょっと不便だけれども、自然はあるし、心のゆとりがすごくあるなという気持ちがありまして、こちらに来ました。小さな風だったり、波工房だったり、独身だったというのもあったので、震災前はいろいろ活動に参加して微力ながら地域の盛り上げに一役買えたらいいなと思っていたのですけれども、震災後は子どももできたこともあったし、結婚したしということもあって、逆に今度はそういった活動している方々の恩恵にあずかっているという面があります。特に最近だとSNSとかで見ると釜援隊の皆さんとか、釜石市内でのいろんなイベント、あとは大槌だとバラエティショーとか、波工房さんに声かけて少しお手伝いとかしたこともあったのですけれども、逆に何もないのですけれども、それぞれの人の力というのがすごく大きいなと感じています。
 この間、波工房さんの会長の方と、佐々木彰さんとお話ししたときに大槌の魅力、ふるさとの魅力、ふるさとって何だというときに、海だったり山とかだったり、そういうのはもちろんそうなのだけれども、やっぱり人なんじゃないかと、家族だったり、隣近所、友達に会ったときにふるさとを感じるから、そういった人の魅力というのをもっと発信していきたいという話を聞きまして、なるほど、そのとおりなのだなと思っています。
 今後は子どもも、今3歳なのですけれども、こすもすさんに遊びに行ったりもしていますし、今はなかなか復興途中で遊ぶ場も少ないのですけれども、いろんな活動的にされている方がいらっしゃるので、そういったイベント等をいろいろ回れるように、情報というのがSNSとかで入ってくるのですけれども、一元的に一つのところにまとまるとすごくいいなという思いでいます。
 また後で思い浮かんだら話したいと思います。以上です。

保室長
 ありがとうございます。
 それでは、藤井さんお願いいたします。

藤井 サヱ子
 私は、先ほど自己紹介のときに申し上げたように釜石に帰ってからコスモスを咲かせ、産直を立ち上げ、あと6次化にかかわったり、レストランを経営し、現在、活性化協議会を立ち上げて3年目に入りました。この活性化協議会には10の団体が構成団体として入っておりますし、あとは個人でも甲子柿に興味があったり、甲子が好きだということで入っていただいて活動しております。中でも、こすもすに来た関東方面から来た若い人たちが甲子柿に魅了されて、甲子が好きになって東京に戻って東京で自主的に柿の研修会をしたり、あとは加工品を考える会をしたりとか、あと販路を見つけて販売してくれたり、すごく協力的で、私たちも元気をもらいながら取り組みをしているのですが、本当に人のつながりで、今取りまとめをやってくださっているのが東北創生パソナがまとめ役でやってくださっているのです。これもボランティアに来て、うちに泊めたことからつながったのですけれども、今東京で活動している若い人たちの力というのはすごく大きいのです。これからも若い人たちがどんどん釜石に来ていただいて、甲子柿を生産している農家さんとつながってもらって、今個別に訪問したりしていろいろ取り組み状況というか、そういうのを調査したりしているのです。本当に私たち同じ町内の者が訪問して、甲子柿は何使って薫蒸して、そして赤くしているのだと聞きに行っても、それぞれの家庭が秘密なものだから、なかなか話してくれないのですけれども、東京から来た若い子が訪問するとなぜか心を開いて話してくれるのです。それを甲子協として共有しようというので、そういう取り組みをしているところなのですが、徐々に生産者の皆さんも心を開いてくださって、これが東京で売れるのだよとなれば、もうちょっと変わってくるのかなと。ただ、東京とか、関東方面から来る若い人がこすもすに来たときに泊まる場所がない。今甲子協として民泊にも取り組みを始めております。2019年のワールドカップに向けては、外国のお客様を受け入れるインバウンドのほうも取り組みを市と提携しながらやっております。
 私のできる力というのは本当に微々たるものなのですが、生産者の皆さんと連携したり、東京方面から来る若者と連携したり、あとは行政さんですね、県とか市の方々にも協力していただいている部分が大きいので、これからもいろいろ相談しながらもっともっと甲子地区、ひいては釜石全体の活性化を目指して水産のほうとも連携しながら、釜石全体として取り組んでいければいいなと思っておりますので、これからもどうぞよろしくお願いします。

保室長
 ありがとうございました。
 では、知事お願いします。

達増知事
 奥村さんの話、波工房さんの話、震災前、酒米づくりをやっているところを見に行ったことがあって、大変懐かしく感じ、今も元気でやっているということ、とてもうれしく思います。そうですね、そういういろんなつながりの力がやはり大事で、まず地元の底力としてのそういうつながりの力、そして県外とのつながりの力、これは藤井さんのお話の中でも関東のほうの若い人というのが出てきましたけれども、関東からの若者たちにとっては釜石、甲子とつながっていることが彼ら、彼女らの力になって、都会での暮らしをより豊かなものにし、人生をより意味のあるものにしていると思うので、どんどんいろんなことをやってもらえばいいのではないかと思います。
 奥村さんが岩手は何もない魅力という話がありましたけれども、それはそのとおりでありまして、北海道に次ぐ人口密度の少なさで、県としては日本でもっとも人口密度が低いですから、1人当たりが自由にできる空間というのは日本で一番あるので、そこは非常にゆったりしているわけであります。今住んでいる人たちで使うのはもったいないくらいで、まだまだ余裕がありますからね、どんどん県外からの人に来てもらいたいところでもあります。
 そうですね、観光地とか、スキー場とか、温泉とか、岩手の何をとってもそんなに混んでないというのが、非常にそれは魅力だと思いますね。関東地方や、それから長野県のあたり、あと北陸とかもそうですけれども、首都圏に近いところ、あるいは首都圏、近畿圏、両方から大勢人が来るとか、岩手に比べ非常に混んでいるな、疲れるなという感じがしますので、そうではない岩手というのは非常に有利だと思いますね。それは外国人にとっても魅力的だと思います。
 藤井さんの話で、泊まる場所がないというのは、まず沿岸全体に共通する大きな課題で、また内陸も含めてせっかく岩手に来たのだけれども、特に若い人たちですね、移住、定住もですけれども、一時的な滞在も含めてなかなか住む場所、泊まる場所が少ないというのがあって、そういう中で民泊を工夫されているというのは非常に心強いので、外国人も泊まれるようにうまくいくといいなと思います。この泊まる場所問題は、県としても高い問題意識を持って対応してまいりましょう。

保室長
 それでは、佐々木さんお願いします。

佐々木 拓磨
 普段なかなかほかの職種の方と話す機会がなくて、今日こうやってさまざまな職種の方の話を聞いて、すごく新鮮な気持ちと、刺激を受けている気持ちになって、ここに今日呼んでいただいてすごく良かったなというふうに今感じているのですけれども。
 僕は、さっきも話したように、どの子にとってもラグビーを身近に感じる中で、地元の釜石地域を誇りに思う気持ちというのを育てたいなというふうに考えています。
 小佐野小学校では、タグラグビーのクラブの活動などもあるのですけれども、どの子にもというふうに考えたときに教員として授業、特に体育の授業を充実させていきたいなというふうに考えています。体育の授業でも、釜石ではタグラグビーが必修というふうになっているのですけれども、その中で得意な子だけではなくて、やっぱり苦手な子の困った様子などを感じたりしながら、どの子もわかったとか、できたとか、友達とかかわり合えたとか、そういう体験を通す中で、運動やラグビーをする喜びであったり、楽しみであったりを感じてほしいなというふうに考えております。
 それから、体育の授業だけではなくて、これは取り組んでいることになるのですけれども、総合的な学習の時間という授業がありまして、その中で一緒に学年を組んでいる学年長の先生、石川恵先生という先生がいるのですけれども、その先生がつくった計画を今行っているのですけれども、まず地元の釜石ラグビーについて調べる、インターネットを使ったりしながら歴史を調べたりする。そして、桜庭吉彦さんを講師に招いて、その桜庭吉彦さんの生き方であったり、考え方を学ぶ。やっぱり日本代表を何回もやっておられる方ですので、子どもたちにも響くものがあって、失敗から学びたいとか、今を大切にしたいとか、そういう言葉が子どもたちの心に残っている状況です。
 それから、先日行った運動会で釜石シーウェイブスの選手を呼びまして、一緒にパスを回してラグビーを楽しんだり、最後には子どもたちがつくった横断幕を持って子どもたち全員で高らかに「頑張れ、釜石シーウェイブス。盛り上げよう、2019年ワールドカップ」と記念写真を撮ったという経緯がありましたので、そういうふうに総合的な学習の時間とも絡めながら地元を誇りに思える子を育てていきたいなと考えています。
 それから、最後なのですけれども、自分自身もプレーヤーとして頑張ることでラグビーを身近に感じてほしいなというところもあります。あとは自分自身がシーウェイブスで活動をして学ぶこと、例えば目標に向かって互いに励まし合いながら頑張る大切さであったり、できないこともたくさん自分自身うまくいかないときとかもたくさんあるので、そういったできない子の気持ちなど感じたりしながら、そういったところを教育に生かせればなというふうに考えているところです。

保室長
 ありがとうございました。
 それでは、山崎さんお願いします。

山崎 鮎子
 このカフェをオープンしたわけですけれども、もともとは母の思いというのと、そこに自分が共感して一緒にやろうということで考えてきたものなのですけれども、このブルーア・シエーロという名前がエスペラント語で青い空という意味なのです。もともと青いというか、空とか月というのが自分が大好きで、どことでもつながっているとか、みんな同じ月を離れていても見られるとかということですごく好きな言葉だったのです。実は自分の子どもにも「あおいちゃん」と「そらくん」という名前をつけてしまったのですけれども。

達増知事
 すごい。

山崎 鮎子
 はい。ブルーア・シエーロ、青い空にしたゆえんといいますか、やはり皆さんおっしゃっていましたけれども、つながることがすごく大事だなと思って、特にも震災後もそうですし、出産後もそうですし、人とのつながりというのがすごく大事だなと感じています。ヒントを得られたり、まず知るということがすごく第一歩になりますし、それが人と人であったり、例えば企業とNPOと行政とか、そういった団体とか、組織同士のつながりとかというのもすごく大事だし、そうやって連携することで成し遂げられることが結構できてくるなというのをこの1年くらいの間、すごく感じています。自分は卸売業をやって、そしてカフェもオープンしたわけですが、この少ない従業員で、私だけではできないことも外からの支援で来た方が何か発信してくれて、何かできたりとかということも結構あったりしまして、そういった中でつながりはすごく大事なのですが、人の力はやっぱり大きいなと、奥村さんもおっしゃっていましたけれども、人の力というのがやっぱりこれから地域を支えていくというか財産、つなげていかなければいけないことなのだろうなと思っています。
 あとはブルーア・シエーロは3つのポイントでやっていきたいと思っているところがあるのですが、1つは安全、安心な食、それからつながりの場を持てる空間にしたいということと、それから情報発信をしていきたい。情報収集、そして情報発信ができるカフェになりたいと思っていまして、というのは情報発信というのが先ほど奥村さんも情報のことをおっしゃっていましたけれども、いろんなところでいろんなイベントとかをしているのですけれども、知らないことが多いのです。ママ目線から見ても、この日はどうしても行けない。行きたかったのになと、これしか知らなくて、だけれども実は市内でもっとやっていることもあるというのを集約できる空間になりたいなというふうに思っています。これがうちのお店の三本柱です。
 次に、つながりということをまたお話しさせていただくと、芳賀さんおっしゃっていましたけれども、子どもが本気で遊べないとかというのもそうですし、昔は私も実感しているのですが、家以外、地域で子育てというのがすごくありまして、でも今は本当に隣の人もよく知らない状況も多いですし、逆に出ていくのが、特にも子どもをそうやって外に出しておくのも怖いという方も多いですし、でもそれ何とかならないのかなと思ったときに、一つはみんなが知り合いだったら、それは可能なのかなと。昔はお節介の近所のおばちゃんがいたり、おじいちゃんに怒られたりということもあったのですけれども。なので、今は自分がママ、子育てママ真っ最中なので、ママ目線でいきますと、このママをスタートにしてもママ同士がつながって、例えば子どもが少し手が離れて先輩ママの立場で新米ママの応援ができる。そのママたちがどんどん子どもも大きくなって、そこでママ同士だけの産後ママだけのつながりではなくて、幅広い世代でのつながりがまたできてくるのかなと。長く時間がかかることですけれども、そういうふうに地域が回っていけるようになればいいなと思っています。
 そして、またちょっと別な話なのですが、子どもの将来というか、子育て、子育ち、そして大人育ちなのですけれども、私は前職は中学校で教えさせていただいていたのです。釜石地区というか、この辺の地域の子どもたちで思うのは、正直高校が選択肢がないので、どうしてもぶっちゃけ点数で決められてしまったりとか、なのであまりこれになりたいとか、この先どうしようとかということを抱かずに、部活であれがやりたい、これがやりたいはあったりするのですけれども、そのまま市内にはあまり働きたいところないしと出ていってしまうのかなと思っていまして、希望の持てる、夢の持てる釜石というのがすごく理想ですけれども、外から来た方はすごくそこをおっしゃってくださるのですよ、釜石ってすごいねとか、こういうことできるねということを中の人たち、特にも中の子どもたちが知っていくことは大事かなと思います。
 キャリア教育といいますか、もう低年齢からいろんな経験、そして先ほどありましたけれども、学びの学習、調べ学習があって、そして選択肢を広げていくということが小さいころからの段階を踏んでできるような地域になればいいなと思っています。

保室長
 ありがとうございました。
 では、知事お願いします。

達増知事
 まず、ラグビーですけれども、やはりワールドカップが来るというのは、これはものすごいことでありますから、そういう時期に釜石にいて学校に通っているとか、生活している、仕事しているとかというのはものすごいめぐり合わせで、特に子どもたちに少しでも多くそういうラグビーというものに触れることでワールドカップの意義をより強く受けとめて、未来にそれを生かしていけると。やっぱり2019年ラグビーワールドカップへのかかわり方のインパクトが大きければ大きいほど一生残るものでありましょうから、そのためにはラグビーってどんなスポーツかというのを頭でもわかって、体でもわかって、そしてラグビーにかかわる人と接する、桜庭さんがひょいっと講演に来てくれるというのはすごくいいですよね。何しろ日本全体のラグビーワールドカップのアンバサダーを務めているわけだから、オールジャパンの存在なので、そういう人と身近に接することができるというのは非常にいいと思います。
 そして、あとはシーウェイブスもますます頑張って活躍することで釜石を初め岩手のみんながラグビーというのにより接していくことができるようになるので、頑張っていきましょう。
 そして、山崎さんのお話の中で人がつながることの大切さという話がありましたけれども、岩手県の総合計画をつくるとき、人、つながり、豊かさという3つの視点、まず人を大事にし、その人がつながる、このつながりというのを育んで、そして岩手なりの豊かさというものがそこから生まれてくるというような県の10年計画をつくってやってきているというところがあるのですけれども、そこが地域振興のポイントでもあるし、復興のポイントでもあり、そしていわゆる地方創生、そういう子育て支援的なふるさとを消滅させないためのポイントでもあると思います。ママ目線で情報共有したり、また人と人とをつないだりというのは非常に大事だと思いますので、その調子でやっていただきたいと思いますし、県としてもやはりそういうところを一緒に取り組んでいきたいなと思います。
 あとは、中高校生が地元の良さを余りわからないままふるさとを離れていってしまうところがあると。岩手全体に共通する課題で、今週、いわてで働こう推進協議会というオール岩手のあらゆる分野の団体の代表が集まる協議会で、若者の雇用情勢調査をしたアンケートの結果を発表したのですが、報道もされていてショッキングだったのは、高校生から大学生まで全部ごっちゃにしますけれども、岩手県に本社がある企業を幾つ知っているかというので、まず37%がゼロと答えていて、そして1つか2つしか知らないというのが27.6%、合わせると約3分の2になってしまうのです。全然知らないか、1つか2つしか知らない。それは、テレビで地元企業のコマーシャルはたくさん流れていますし、あと銀行とかマスコミとか存在感がある企業もあるし、日常の商店とか、飲食店とか、酒屋さんとか、酒蔵も含め接する企業はいっぱいあるはずなのですよね、学生、生徒たち。ただ、それが本社とか、企業とか、そういう実態としてピンと来ないということなのだと思うのです。法律に基づいて組織的に経営や労働が行われている場としてのイメージではなくて、何か自分が買い物に行くところとか、自分が何かそういうところと、ただ親とのコミュニケーションとか、家族との年上の人たちとのコミュニケーションがもっとあれば、少なくとも親が働いている企業の名前ぐらい出てくるだろう。そこと取引があったり、つき合いがあったりする企業の名前とかですね、そういう生々しい話があまり家の中で語られていないのかなと。やっぱりそういう話を話題にしていくことはすごく大事で、まず家族の中とか、学校というのも生々しい話にするとなかなか個別企業の批判的なことも話題になったり、あるいはどっちのほうが売り上げが多いとか、どっちがもうかっているみたいな話とかもあるので、よりプライベートな話題に向いているところはあるのですが、ただそういう状況ですから、県としてもいろんな、例えば納税額でのランキングとか、あといろんな商工会議所で役についているとか、いろいろ優先順位つけて紹介していく基準というのはあるので、やはりそういう情報を積極的に出していかなければならないなと思っているのです。そういう地域の大人たちがやっていることを子どものころからきちんと生々しく、そして本質を理解していくようなことをもっと努力していかなければならないと県としても思っております。

保室長
 ありがとうございました。
 ここまで一通り皆様からのお話もありましたけれども、今知事からいろんな紹介の話もございました。そういったことも含めて、皆さんのお話を聞いてみてということもあるかと思いますので、今日のお話を受けて、皆さんさらに何かお話しいただければと思うのですけれどもいかがでしょう。この方の話を聞いてみたいなということでも、何かございますか、せっかくの機会ですから、ここでぜひ一言。
 それでは、私のほうから少しお話ししたいと思いますけれども、今日お集まりいただいた皆様のお話の中で、私も一通り伺いまして、震災の後、それまで自分たちの周りにはなかったような、例えば東京だとか、関東だとか、あるいは世界だとか、そういうところからのつながりというのも非常に大きいという話はたくさんございました。これは皆様にとっても財産ですし、岩手にとっても大きな、目には見えないのですけれども、大きな財産になると思いますけれども、これを絶やさないようにしながら、これからの地域、自分たちの知識にも生かしていきたいし、またせっかくつながってくれている方々にとっても何かメリットがあるようにしていくといいなというふうに思うのですけれども、そういうことに関して皆様何かこうしていきたいとか、こういうことはこれから必要ではないかとか、あるいは今こういうことをやっているので、こういうことをもっとやっていきたいというような話を少し紹介のような形でいただけるといいのですけれども、どうでしょうか。

藤井 サヱ子
 実は、うちの甲子地区活性化協議会の研修生として、去年1年間いた若い子がずっと釜石に永住したいということで、今ローカルベンチャーに挑戦をして、決定し6月から活動しているのですが、今仮設住宅に住んでいて、後々仮設に住めなくなったらどうしようという不安を持っているのです。また、こすもすに事務所を構えているパソナ東北創生さんも同じように仮設に住んでいるのですが、やっぱり将来釜石にずっといたいのに住むところがないなと、すごくそれを一番心配しているのです。この、東北創生と研修生の2人とも、釜石にずっといたいというので、私も応援したいのですが、そこの箱物になるとずっと家を開放して住んでもらうわけにもいかないし、今ちょっとそこが課題になっております。

保室長
 それはいいお話をありがとうございます。

達増知事
 住むところ問題ですよね。

保室長
 同じような話はあちこちでこういう場でもございますし、何か少しあれば。

小向局長
 藤井さんがおっしゃったようなお話はいろいろな場でお伺いすることがあります。1つはそういう住む場所の問題、あとはまさに働く場所の問題、せっかくこっちに来ていろいろお手伝いをしたのに、そして好きになったのに、残るためには別な、今国の制度だと32年ぐらいまではふるさと支援隊みたいな形であるとか、さまざまな形で支援はあるけれども、その後のほうが不安だみたいなお話という、そこはやっぱりいろいろな今おっしゃったようなベンチャーであるとか、いろいろな場で働く場をつくっていくということ、あとは住む場の問題は、やはりこれから今つくっている災害公営住宅がもし空きがあるのであれば、そういう方々に住んでいただくであるとか、あるいはまちの中の空いている住宅がないかというようなことを沿岸の各地で、釜石でも、大槌でも始めていますけれども、空き家バンクみたいな形でできないかであるとか、あるいは最終的にどういうふうな雇用促進みたいな形の住宅ができないかとか、いろいろな方策は今同じような問題点をみんなが共有し始めているのだろうなという感じがしますので、これからまた県も振興局も一緒になって考えていければなと思っています。

達増知事
 日本で1人当たりの空間が一番広い岩手県で住むところがないというのは、やっぱりあってはならないことだと思いますので。ほかのどの県になくても岩手にならあるというふうにしていかなければならない。

藤井 サヱ子
 そうですね、そうなってほしいですね。うちで、こすもす公園を使って子どもたちの自然保育をしたいという取り組みをしている子なので、ぜひ釜石にずっと残ってほしいなと思っているのです。

保室長
 ありがとうございます。ほかに皆さんいかがでしょうか。

芳賀 光
 今の藤井さんの話も含めてなのですけれども、震災後にいろいろな制度ができて、仮設もそうなのですけれども、もうそこは終わるのは決まっているわけじゃないですか。公営住宅も建つのですけれども、正直かなりの数が余るのですよね。その中で、そのときになってから、空いたからどうですかではなくて、例えばもう今の時点でそういうことをうたっておかないとせっかくこっちに移り住んで夢と希望を持って、住むところがないという選択肢でストップしてしまってしまうというのは今おっしゃった課題だなと改めて思ったのですけれども、あと大槌でも教員の先生たちが来るのを自分たちでアパートを探してもない。宮古から通っている先生もいまだにいます、仮設に入れないとか。地域の宝、子どもたちを育てようと言っている割には、それを教える先生に対する手当てが少ないというのはすごく感じていまして、先生が遠いということは、何か地元でPTAでも飲みながら話しようと言っても飲めないのです。そういうのがすごくかわいそうで、本当は先生たちと地域の人たちが語り合って、どうしようかというのが本当なのですけれども、その辺がちょっと薄くなってきているのがあるので、早急にでも災害公営は絶対空くので、私が言うのもあれなのですけれども、整備を早く、今年度中でもいいと思うのですけれども、あとはワールドカップの仕事で短期で稼ぐだとか、今のうちからいろんな決まりがあるのはわかるのですけれども、その辺をしてもらわないと人がどんどん離れていくと思います、高速道路もできればなおさらなので。

保室長
 ありがとうございます。
 あと何か言い足りなかったこととかないですか、大丈夫ですか。

山崎 鮎子
 今のお話で、空き家は結構あると思うのですけれども、そういうところには入られないのでしょうか、それは何でしょうか、金銭的な問題ですかね、貸さないのですかね。

藤井 サヱ子
 釜石の甲子地区の話をしますと、空き家はあるのですけれども、もう不動産屋を通すというか、もう売りたいというので、貸したがらないのです。

山崎 鮎子
 貸さないと。

奥村 康太郎
 2019年に道路ができます、内陸と沿岸を結ぶ道路が。私も今アパート住まいなのですけれども、なかなか金銭的な面もあって、土地の高騰もあるので、県全体で見れば土地は広いかもしれないけれども、沿岸だと住む面積が少ない。今現在復興住宅とかも被災者優先ですし、代替地ももちろん被災してない人は行けないわけで、その道路ができると、例えば釜石、大槌という生活圏ではなくて、遠野だったり、花巻という生活圏に必ずなってくると思うのです。実際に私も釜石大好きですし、いいところだなと思うのですけれども、生活で言うとちょっと遠野も考えてみようかな、花巻も考えてみようかなと。だけれども、車で通うとさすがに、通えなくはないけれども、毎日運転だから、JR使えればいいなと思うのですけれども、始発だと間に合わないとか、そういったハードの面もあるので、これからの住宅のサポートは、市でもちろんやっていただくのもいいのですけれども、もっと広域で場所がないから、少し離れているところから通いますよという方にも何かサポート的なのが今後あればいいなと、具体的にはわからないですけれども、そういう話が今後出てくればいいなと思っています。

保室長
 ありがとうございました。
 ちょっと時間になってしまいましたので、大変申し訳ございませんが、この辺でということでよろしいでしょうか。

知事所感

保室長
 知事から最後に。

達増知事
 大変有意義なやりとりができたと思います。このメンバーで、また集まるというような予定はないのですけれども、でもこれが最後ではないので、またいろんなところで私としてはお目にかかったり、一緒に仕事をしたりする機会があると思いますし、また何かあればいつでも県のほうにも言ってきていただければと思いますので、頑張ってまいりましょう。ありがとうございました。

閉会

保室長
 今いただきました住まいの問題を初めいろいろお話しされたことに関しましては、全部県のほうでいただいて、持ち帰って検討を進めたいと思いますので、そういう意味で有意義に使わせていただきたいと思います。
 今日はどうもありがとうございました。

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