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「がんばろう!岩手」意見交換会(平成29年6月9日 久慈地区)

ID番号 N57140 更新日 平成29年7月18日

 

 

日時
平成29年6月9日(金曜日)10時28分~11時54分

場所
久慈地区合同庁舎 6階大会議室

出席者(敬称略)

・  参加者(敬称略)
  細畑 賢(山根六郷の里協議会会長) 
  斎藤 豊(株式会社一誠堂代表取締役)
  鹿糠 紀章(清章堂)
  宇名澤 順一(GreenBuds(グリーンバズ)会長)
  大沢 伸子(野田村商工会 女性部長)
  山火 智美(普代村地域おこし協力隊)

・  県 側

 知事、県北広域振興局長、秘書広報室長
 

 

 

開会

保室長
 予定は10時半からということではございますけれども、皆さんおそろいですので、ただいまから県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会を開催いたします。
 本日御出席いただきました皆様には、お忙しいところを大変ありがとうございます。
 今日は、「明日への地域づくり~新たな一歩に向けた取組~」ということをテーマにいたしまして、久慈地区の皆様に、様々この地域で活動されている皆様にお集まりをいただいております。
 本日この会の司会を務めさせていただきます県の秘書広報室長の保でございます。どうぞよろしくお願いいたします。

 

知事あいさつ

懇談会の様子1

保室長
 それでは、開会に当たりまして知事から一言お願いします。

達増知事
 皆さん、おはようございます。県政懇談会といいますのは、知事が県内の様々な地域に行きまして、そこの皆さんの声を聞くということで昔からやっているのでありますけれども、「がんばろう!岩手」という題がついたのはこの東日本大震災津波以降でありまして、主に復興の現場それぞれの地域、また分野で復興に努めている皆さんの生の声を聞くということを中心にやっています。
 ここ久慈地域は、この東日本大震災津波からの復興に取り組む中、去年台風10号による災害というものも重なって、台風10号からの復旧、そして復興ということもあわせて取り組んでいかなければならないようになっているわけでありますけれども、そうした中で日本全国地方創生、人口減少対策を柱にした地域振興というものも大々的にやっていこうという中で、復興という方向性がそのまま孫子の代までしっかり残していける地域づくりというものに大変力強く取り組むことにもなっているというところもあります。県としても、しっかり一緒にやっていかなければならない大事な地域と思っているわけでありますけれども、今日はそういう久慈地域で東日本大震災からの復興、また台風10号被害からの復旧・復興に取り組んでいる皆さんのお話を伺って県政に役立てていきたいと思います。また、地元の県議会議員の皆さんもお疲れさまでございます。
 今日はよろしくお願いいたします。

保室長
 それでは、本日の進め方でございますけれども、この後、私のほうから一通り御出席の皆様方の御紹介を申し上げます。その後、お一方ずつ自己紹介ということでお願いいたします。自己紹介が終わりましたら、今日のテーマでございます地域づくりの関係につきまして、お二方ずつ区切った形で知事のコメントも挟みながら進めていきたいと思います。その後、自由懇談の時間も設けておりますので、最後までおつき合いいただければと思います。よろしくお願いいたします。
 それでは、改めまして本日の出席の皆様を私のほうから御紹介申し上げます。
 名簿に従いまして、山根六郷の里協議会の会長の細畑賢様でございます。

細畑 賢
 よろしくお願いします。

保室長
 株式会社一誠堂の代表取締役の斎藤豊さんでございます。

斎藤 豊
 よろしくお願いします。

保室長
 清章堂の鹿糠紀章さんでございます。

鹿糠 紀章
 よろしくお願いします。

保室長
 地域で農業の関係の活動をしておりますグリーンバズの会長の宇名澤順一さんでございます。

宇名澤 順一
 よろしくお願いいたします。

保室長
 続きまして、野田村商工会の女性部長、大沢伸子さんでございます。

大沢伸子
 よろしくお願いいたします。

保室長
 そして、普代村の地域おこし協力隊で活躍中の山火智美様でございます。

山火 智美
 よろしくお願いします。

保室長
 県からは、達増知事のほか県北広域振興局の八重樫局長が出席しております。

八重樫局長
 よろしくお願いします。

保室長
 それから、皆様の後ろ側になって恐縮でございますけれども、本日は地元の選挙区選出の県議会議員の皆様にも出席をいただいております。恐縮ですが、私のほうから向かって左のほうから順次御紹介を申し上げます。
 中平 均 議員でございます。
 工藤 大輔 議員でございます。
 嵯峨 壱朗 議員でございます。

保室長
 ありがとうございます。
 それでは、スタートといってもなかなか緊張しているという感じもありますので、少しお菓子をいただきながら気分もリラックスして進めたいと思いますので、今日のお菓子につきまして、まず御紹介いただけますでしょうか。

八重樫局長
 はい。今日お配りしております久慈市の洋菓子屋さんのミリオンベルさんでつくられました「ほうれんそうのマフィン」というのと「まめぶっせ」という2種類お配りしております。久慈市は、昨年8月台風10号の被害で久慈駅前を初め大きな被害あったところでございますけれども、ミリオンベルさんは久慈駅すぐ近く、ご存じかと思います。久慈駅前も1メートルぐらい水が来て、商品はもちろんですけれども、ショーケースや冷蔵庫なんかも被害に遭った、入れ替えしなければならない状況だったのですけれども、何とか12月8日には営業再開されまして、今回の商品は、久慈といえば「まめぶ」ということで、「まめぶっせ」という、ブッセというのはフランス語で一口とかという意味のようなのですけれども、クルミと甘じょっぱさが特徴のこの「まめぶっせ」、それから今回ミリオンベルさんに県政懇談会があるので、お菓子をぜひというところでお話ししましたところ、久慈地域の特産品でありますホウレンソウ、県下一の販売額、生産額なのですけれども、このほうれんそうを使ったお菓子を懇談会までに開発しようということで、今回のために「ほうれんそうのマフィン」というのを御用意させていただきました。初めてほうれんそうという野菜を使用した商品だそうでございまして、私は前に食べたのですけれども、なかなかいけます。ぜひお召し上がりながら御懇談いただければと思います。よろしくお願いします。

保室長
 お召し上がりになってから進めたいと思いますので、どうぞ。
 確かに甘じょっぱいですね。ほうれんそうの感じが出ていますね。

達増知事
 ほうれんそうの風味がしますね。でも、何か抹茶スイーツみたいな感じの和風な、洋菓子なんですけれども、そういうおいしさがありますね。
 

懇談

懇談会の様子2

保室長
 皆様には適宜お召し上がりながらで全く構いませんので、議題のほうを逐次進めたいと思います。
 それでは、最初に自己紹介ということで、お一人2分ぐらいでお願いしたいと思います。
 まず、細畑さんからお願いいたします。

細畑 賢
 先ほど紹介いただきました山根六郷の里協議会の会長を務めております細畑賢と申します。現在仕事のほうは、消防署に勤めておりまして、現在は山形分署に勤務しております。
 先ほど知事からもお話あったのですが、この協議会はまだ27年の6月に発足したばかりでして、まだ時間がそんなに経っていない協議会なのですけれども、震災の時私は消防職員ということで、その当時は久慈の消防署に勤務していまして、災害対応に当たって、台風10号のときも、そのときは119番の受け付けですね、指令センターに勤務しておりましたので、そちらのほうで災害対応に当たりました。山根町のほうの被害も結構甚大な被害がありまして、亡くなった方もいらっしゃったので、状況把握のためにということで山根町出身ということから地元もわかっているだろうということで、現地のほうにも出向いたりして、現地の活動の補助に当たったり、情報収集などに当たるような形でした。
 皆さんもご存じかとは思いますが、山根のほうの被害が結構ひどくて、道路等ですね、まだ現在も復旧が進んでいるのですけれども、まだまだ途中のような状況ですね。今回お話にも出てくるかと思うのですけれども、いろいろとある特産物とか、イワナの養殖施設等も壊れたような状況で、今現在も復旧に向けて一生懸命取り組んでいるような状況です。今日は皆さんいろいろなことで地域おこしに頑張られているということですので、いろいろお話を聞かせていただいて、私のほうも持ち帰って、協議会のほうでお話できればなと思っています。どうぞよろしくお願いします。

保室長
 ありがとうございます。よろしくお願いいたします。
 続きまして、斎藤さんお願いいたします。

斎藤 豊
 斎藤豊、株式会社一誠堂でございます。本と文具、それから事務機器の販売をしております。こっちのほうに91年に帰ってきまして、26年前ですが、帰ってきてからずっとこの仕事でやっていました。
 帰ってきた当初からなかなか厳しいかもなとは思っていたのですけれども、年が経つごとにどんどん、どんどん経済だけではなくて人の部分でも厳しくなってきて、どうにかならないものかなとは思い続けて、いろんな団体の活動もしてまいりましたけれども、なかなか厳しい状態はそうそう変わるものでもありませんでした。
 今日、地域づくりというお話の部分でできればいいのですけれども、恐らくはいい話というのは余りなくて、商店会であるとか、商業のほうの現状という部分のお話になってしまうかもしれません。余り明るいお話はできないと思いますけれども、よろしくお願いします。
 ちなみに、ミリオンベルさんは同級生でございまして……

八重樫局長
 ああ、そうですか。

斎藤 豊
 ええ。通るたびに結構頑張っていまして、深いため息とともにカップラーメンをすすっている姿を見ながら「一緒だな」と言って、ちょっと声かけながら話したのを覚えていましたけれども、その中でもこういうのをつくっているというのはいいなと思っていました。
 今日はどうぞよろしくお願いいたします。

保室長
 ありがとうございます。
 それでは、次に鹿糠さんお願いいたします。

鹿糠紀章
 鹿糠紀章と申します。よろしくお願いします。久慈市の十段通り商店会というところで清章堂という判こ屋をやっております。台風10号の被害のときは、自宅は幸い別なところにあったので、被害はなかったのですが、うちの店も大分被害に遭いましたし、あとうちの嫁さんの自宅、実家、その店舗なども結構被害に遭っておりまして、何とかかんとか復旧、復活してやっておる途中でございます。
 今から夏に向けて商店街のいろいろなイベントがありますし、あと久慈秋まつりのほうでも様々活動させてもらっている部分でございましたので、今日はそこら辺のところを話できればなと思っておりますので、よろしくお願いいたします。

保室長
 ありがとうございます。よろしくお願いします。
 それでは、宇名澤さんお願いいたします。

宇名澤 順一
 洋野町の宇名澤順一です。まず、農業ということで、就農して今年で大体15年目に当たります。
 ここにグリーンバズとあるのですけれども、大体30歳ぐらいのときに若手の生産者の情報交換の場になればいいなと思って立ち上げをしました。ここの資料にあるのですけれども、土壌消毒支援班というのも今年で5年目になります。この作業を続けているうちに現在3人になってしまったので、結局若手の情報交換というグループとしての活動というよりも、自己経営に集中したいということで、そっちのほうで今結局3人残ったので、消毒支援班というくくりにしてもらって、それをするグリーンバズという形で今は活動しています。
 それで、この資料に載っているとおり、去年の活動グループ実績発表で最優秀賞ということで、今年は東北大会に行くことになったのですけれども、そっちのほうも頑張っていきたいなとは思っていました。
 あとこれにはないのですけれども、私は去年から農協の産直花野果(はなやか)の会長をやっていまして、会長に当たった年に洪水に遭って去年苦労を、初めての年でかなりの苦労をすることになってしまって、それでも何とか会員さんの協力もあって早期復旧というか、仮オープンすることもできましたし、何とか農業を盛り上げていければいいなと思っていろいろ考えてはいるところです。
 よろしくお願いします。

保室長
 ありがとうございます。
 それでは、大沢さんお願いいたします。

大沢 伸子
 私は、野田村の商工会女性部長を拝命しております。部長になりまして20年ぐらいたちます。それで、まずは女性部の仕事は何かということで、その前に、うちは商工会に入っているというくらいですから商売やっております。材木を中心に住宅資材の販売をいたしております。
 私の場合は、女性部としてできることは、まず、まちなかを活性化させよう、そのためにはまずまちなか美化運動が大事だよねということで、花いっぱい運動にずっと力を注いでまいりました。そういう中において、この大震災が発生しまして、あと部員さんの方たち初め、もう村のほとんどの皆さんが被災されまして、あとは支援に走り回るというか、全国からの、皆さんも御承知のようにたくさんの支援物資が参りましたので、その配布とか、そういうのに奔走してまいりました。現在は、国やら県のおかげさまをもちまして、ハード面での復興がほぼ完成に近づいてほっとしているところでございますが、今一番気がかりなのは、やはり地域の人たちがまだ心の中が立ち直っていないというのが一番の問題で、私は子どもたちの世話もさせていただいておりますが、地域の子どもたちの元気が村の元気につながるのだということで、震災の後、子どもたちが遊んでいた場所、遊具なども全部流されてしまって、何にもなくなってしまって、子どもたちの集まる場所がないということで、図書館の再生にも力を入れてまいりました。県やら国のほうにお願いして、流された子どもたちの本を支援いただきまして、何とかそれも再生に持っていくことができて、今子どもたちが図書館に喜んで遊びに来てくれるのを見て、よかったなと思っているところです。
 話せばたくさんいろんなことがありますけれども、まずそういう現状でございます。よろしくお願いいたします。

保室長
 ありがとうございます。
 それでは、山火さんお願いいたします。

山火 智美
 普代村の地域おこし協力隊の山火と申します。昨年の12月に普代村に来ました。出身が滝沢なのですが、高校卒業してからずっと関東に行っていたので、10年以上ぶりで岩手に帰ってきて、関東で旅行会社、旅行関係の仕事をしていたので、今度は岩手で受け入れ側の仕事をしたいなと思って帰ってきました。
 普代村では、4月から株式会社の、第三セクターの会社が立ち上がりまして、今そちらで勤務をしています。よろしくお願いします。

保室長
 どうもありがとうございました。
 それでは、ここからは今日のテーマに沿いまして、お一人大体4分以内くらいで、現在取り組みになっていることでお考えのこと、様々な課題、これからの展望、そういったようなことにつきましてお話を頂戴したいと思います。
 先ほどの順番に戻って、細畑さんからといたしますけれども、お二人ずつ区切ったところで知事からのコメントを入れるという形で進めていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
 それでは、まず細畑さんからお願いいたします。

細畑 賢
 先ほどちょっと自己紹介の中でも触れたのですけれども、この協議会のほうですね、発足したのが平成27年の6月ということで、この協議会が立ち上がったのも山根町というところも学校が統廃合でなくなってしまって、子どもたちがいなくなると地域の元気も大分落ちるなんていうことで、何か方策がないものかなということでいろいろな多方面の方から元気にしてあげたいなと、頑張ってもらいたいなというお声がけをしていただいたのがそもそもの経緯ですね。そこからまず国や岩手県も、あと市なんかからもいろいろとお話をいただいて、総務省の過疎地域等集落ネットワーク形成事業ですか、支援事業のほうの申請をしまして、補助いただくという形で、まず山根という場所が少しでも元気が取り戻せて、若い人たちと高齢者と、あとは地域会社で町をもう少し盛り上げていこうかということから始まりました。
 まず初めに、何をしようかということから始まって、補助のほうをちょっと使わせていただきながら、まず山根の中にイベントをつくって、まずイベントを起こしましょうという話もありますし、その中で山根の特産になっているものなんかをもっともっと県内外に発信していって、それが行く行くその中で商売が成り立つような形なんかもつくれればいいなという、その足がかりをするための準備をまずその中で進めてきていました。1年目に、まずその足がかりになるためのいろいろな方策ということで特産品の開発やイベント、あとはデマンドバスですか、高齢者の方が多いので、その方々のための足になるために何かいい方策がないかということで、ほかの地域でいろいろと実践されているような話もあったので、そういうものをちょっと試験的に運用してみて、実証実験なんかを進めていこうということで、それを中心にまず1年目やってみたところです。まずまず、そこの段階でちょっとにぎわいが出てきたなと、まずそこを足がかりに少しずつまた来年から進めていこうねという話をしている中で、去年の台風がありまして、またちょっとそこに今度は力を注ぐことができなくなって、住んでいる高齢者の方たちも自分たちの生活を取り戻すのがまず精いっぱいだということで、まずそこに目が向けられなくなってしまったので、そうしたところで初年度に助けていただいていたNPO法人の方々がもうちょっと皆さんが頑張れるようにということで動いていただいて、また国のほうにも呼びかけをしていただいて、岩手県さんのほうもですし、久慈市のほうの支援もいただいて、普通は単年度で終わる事業であった補助事業を、特別にということで、復興に向けて特別にということで、もう一年だけやりましょうと言っていただいたので、そこでまた去年の年度の中で、また形成事業がありまして、補助をいただきながら、今度は台風被害に遭った人たちをいかに守るかという形をコンセプトに、そういうものも取り入れていかないと今後復興にもつながらないだろうし、災害が次から次と襲ってくることも考えられるので、そういうことも視野に入れたこともやっていきましょうと。その中で、前の年まで進めているものについても進めていきましょうということで、2年目は物を活用して命を守りましょうというコンセプトにして、光ケーブルが市のほうで整備されているということもありましたので、それを大いに活用して、防災無線が届かない地域とか、防災無線も雨の中では聞こえなかったというアンケート調査もありましたので、そういう調査もしながら、では何かいい方法はないかということで、パナソニックさんの全面協力をいただいてテレビを使って電源を入れて避難をしましょうという呼びかけができるようなシステムがあるので、その実証実験をやってみましょうということで、数世帯選んでいただいて、そういう条件というか、実証もやってみたところです。これについても、今年の報告の中でこういう実証実験をやったので、まずこの実証実験のことを市のほうとか、そういうところにお話をして、もし活用できるのであればどんどん活用できるように話をしていきましょうと。その中で、またあとは今までやってきたものを続けながら何とかイベントも開催することができて、本当は夏にやろうとしていたものができなくて、今回このときは冬にやったのです。冬に、28年の冬に行いました。
 先日総会が開かれまして、その中で今度はまた29年の動きも出てまいりまして、今度はこちらは総務省ではないのですけれども、また別の補助事業を活用させていただいて、今まで進めてきた特産品の開発と実態調査を進めていくということで、山根は山里ですので、山菜やイワナといったものもあると、そういうものをもう少し、商用価値があるので、もっともっとそういうものの商品価値を高めていって、皆さんのほうに紹介して、山根がその中で商売ができていければいいのかなということで、今年はそういう形をとりながら事業に向けております。そのほかにも小さい活動ですけれども、すぐ近くの地域の方たちとの交流とか、引き続きイベントのほうも進めていきながらやっていこうということで今年の8月の最後の日曜日に今現在予定しているので、そちらの準備作業を進めているような形です。
 今の段階ではそういった形ですね、ちょっとざっくりとし過ぎて申しわけありません。

保室長
 それでは、続きまして斎藤さんからお願いします。

斎藤 豊
 まず、商店会のほうの状況を含めてお話しさせていただきます。まず、どこでも同じだと思うのですけれども、郊外の大規模店の影響で売り上げ、それから件数ともに減少しております、ずっとですね。うちの商店会、二十八日町商店会自体は店舗数は何とか維持に近くはできているのですけれども、ほかの商店会さんは本当に大変で、うちが件数がそれほど減らなかったのは、売り上げというよりは自前の土地で商売しているというのも大きかったと思います。
 あとは昨年の台風の災害のときにかなりかぶったのですけれども、皆さん。うちの商店会のほうだとそれで閉店というのは、おかげさまでなかったです。ただ、後継者不足というのは多分出てくることだし、あと特にスタッフ不足が心配していました。岩手県内でも県南のほう、内陸、沿岸ともに厳しくなってきているという話は聞いていました。業種によっては、時給1,000円か1,200円でもなかなか見つからないと。うちの仕入れ先の文具のメーカーさんなのですけれども、東北6県担当している人がいまして、昨年の3カ月、年末ですね、10、11、12の3カ月で自分の受け持ち15店舗を閉めたと。15店舗という件数もそんな件数は今まで閉めたことがなかったのですけれども、そのうち半分が売り上げ不振によっての撤退とか、閉業だったのですが、残りが後継者不足、特に珍しかったのはスタッフがいない。ほかの店、テナントの中に入っていて、ほかの販売は店を開けていても、うちは回せなかった。閉めざるを得ないという店がぽつぽつと出てき始めている。久慈も恐らくそうなるのではなかろうかという部分が心配しております。
 人口減少、出生率ばかりでもないとは思うのですが、久慈は出生率そのものは何とか維持できているという話でした。ただ、久慈市の進学を含めて卒業生のうち、地元に帰ってくるのは13%と言われました。就職でも地元就職率は43%だそうです。このあたりが少しでも改善できればいいのではないかなという気はしておりました。私が来たばかり、30年ぐらい前とか、それぐらい前はどんな小さいお店でも社員の人がいたのです。1人、2人は雇われていました。私のところでも二、三年に1回、2人、多いときは4人ぐらいずつ新卒の人を採用していました。というのは、販売店なもので、女性の方が多かったのですが、二、三年いると結婚されて寿退職される方が多くて、そのたびに補充という形でお願いして、子どもさんが大きくなると手を離れてパートさんとしてまた来ていただくというサイクルで回っていたのです。今であれば郊外の大きな大規模店が受け皿になっていると思うのですけれども、社員の雇用契約の内容ですとかは問題あるかもしれませんが、間違いなく受け皿になると思うのですけれども、もう少し例えば人数を増やしてもらえれば雇用の場という部分にはなるのかなとは思っていました。
 それから、商店会のイベントですけれども、後で鹿糠君のほうからでも話は出ると思うのですが、久慈は春まつり、それから夏まつり、七夕ですね、それから秋まつりという主に3つお祭りやっています。春まつりは桜の時期にやるのですけれども、うちの商店会は10年ぐらい前からもう出ていません。人がいなくて出せなくなりまして、商店会自体が先ほどのとおり軒数も減ったし、それから会費下げたりという部分でもう人力、財力ともに減っておりまして、夏の七夕の時期には商店会主催で、「たいない夜店」というのをやっているのですが、そちらのほうも昨年から運営方法を変えまして、それまでは店も出したりしていたのですけれども、もう運営だけにしていました。人がとにかく前の半分ぐらいしかいないものですから、動ける人間が。運営のほうだけやってという形で開催をしております。ただ、イベント自体の来場客数、お客様の数と、それから抽せん会やるもので、そのときに商店会の中で買った方に対しては抽せん券発行していますが、そのどちらもおかげさまで維持もしくは増加という形では何とか持ってきておりました。
 それから秋まつり、一番大きいのですが、私は神社の総代も2つやっているのがあって、そこで寄附もらいというか、寄附回りするのです。お祭りのほうでも当然するのですけれども、やはり10年以上右肩下がりで、寄附で回るところというのは大体企業さんとかお店屋さん、それから昔お店をやっていたところ、もう今はやめているところもお付き合いで出していただくように回るのですが、やはり金額、件数ともに減っておりまして、いつまでこれで対応できるかという部分の話が最近出てきておりました。
 それから、あと助成制度という部分でちょっとお話しさせていただきたいのですけれども、うちのほうもかなり入りまして、店舗から住宅、倉庫、全部水かぶりました。金額そのものはかなりだったのですが、うちは実は2回目で、災害に遭うのが。前の3.11の大震災のときは盛岡に店を出しておりました。ちょうど3年目だったのですけれども、それでテナントがだめになってしまって、建物が。撤退せざるを得なくなりまして、そのときはテナントなために、補助金、助成金ほとんどなかったのです。何もなくて、しようがないなと思ったのですけれども、今回は自社物件だったもので、おかげさまで幾らかありました。ただ、金額とか利子とかという部分が売れない中での台風災害だったので、非常に条件面、対応してもらっているのですけれども、厳しくて、それでも何とかおかげさまでなったなという部分で、正直1次産業、2次産業の補助制度というのがすごくうらやましいなと思いました。ただ、1次、2次は食や生活に直結する業種でございますので、やむを得ないなという部分は正直思っております。
 でも、おかげさまで住宅とか店舗の修繕とか、それから水没車両の補助であるとか、備品の助成も結構幅広くて素早い対応だったので、本当に助かりました。売れない中で、台風で水かぶって、店を閉めるのが思いのほか少なかったというのは、全体でですけれども、少なかったのは助成制度のおかげは本当にあるのではないかなと思っております。これについては、本当に市、県、それから国のほうには感謝したいと思っております。
 それから、岩手県のほうでタレントののんちゃんですね、早々に支援を打ち出していただきまして、これはドラマで関連が久慈市は強いものですから、本当に非常に助かっております。

保室長
 どうもありがとうございました。
 では、知事からお願いします。

達増知事
 山根六郷の里は協議会、そういう体制をつくって非常にいい感じでスタートしたなと思っていたところにこの台風10号ということで大変なのですけれども、NPOとか、震災前に地域振興で集まっていた、いろいろやろうとしていた、そういう人のつながりが復旧・復興のほうにも力になっているのではないかなと思います。
 岩手県内の過疎地といいますか、人口減少の著しいところで、しかし活力持ってやっているようなところというのは大体都会とのつながりを何らかの形でうまくやっているところというのが共通していて、これは地方創生でいろいろ西日本のほうで先進事例があって、隠岐の島でありますとか、中国山地の山中にある村とか、そういう例も聞くのですけれども、やっぱり都会とのつながりを成功させていれば人口は減っても活力というものは維持できるというところがありますよね。
 中越地震で被害を受けた山古志村ですね、その中で90世帯ぐらいああいった世帯が30世帯に減ってしまったという、それだけ著しい人口減少があればもう消滅一直線かと思いきや、そうではなくて消滅する雰囲気は全然ない。地震からの復旧・復興の中で都会の人たちがどんどん出入りするようになって、いつも何かかんか人がそれなりにいてにぎわっていて、地元の特産品というのも都会の人が開発を手伝ってくれたり、また外での販売を手伝ってくれたりということで、それなりの食べていくための産業というのも維持され、子どももそれなりに生まれているというような例も県のほうで調べたりもしています。
 ですから、都会というのは岩手の中で見れば盛岡とか、あるいは久慈の中でいけば久慈のまちばのほうとか、そういう身近なところから始まって、あとは東京方面とか、全国相手に人が来てくれる、そういう仕掛けは、山根六郷はできているなと思うので、ぜひそれがいい方向に伸びていけばなというふうに思います。
 久慈の市街地のほうの商店街については、後継者不足ということと、あとスタッフ不足。このスタッフ不足のほうは東日本大震災があって、それで被災地の人手不足というのがまず目についたのですけれども、実はそのころ日本全国人手不足時代に突入していて、有名な牛丼チェーン店でバイトが雇えなくて経営が危機にというような、都会のほうでも人手不足問題というのが深刻化して、人口減少、少子化の中で若い働き手の数が日本全体として少なくなってしまったという転換がここ五、六年のところで起きたということなのですね。ですから、そこは人口不足時代に突入してしまっているので、何とかそれを補う工夫をしなきゃということで、県もいろいろ国の労働局とか、あと経済団体とも連携しながら、「いわてで働こう推進協議会」というのを立ち上げて何とか岩手からなるべく外に出ていかないような、また出ていった人も戻ってくるような、そして縁もゆかりもなかった人もやってきてくれるような手をさまざま打つ工夫をしているところであります。少ない人数を、うまく仕事量を、1人当たりの仕事の量といいますか、あるいは仕事の成果物をふやす、生産性向上ということですよね。1人当たりの生産性を高めて、少しでも給料も高くできるように、また給料面ではどうしても都会を上回るのは難しいので、それ以外の生活のメリットというのをあわせてやっていかなければならないということで、産業、雇用政策だけではなくて医療、福祉、教育とかもあわせてやっぱり若い人たちが地元で働きたいと思うようにしていかなければならない。その辺は広域振興局のほうでもいろいろ総合的にやっていこうと思いますので、いろいろ連携、協力しながら進めていければと思います。

保室長
 ありがとうございます。
 それでは、鹿糠さんお願いいたします。

鹿糠 紀章
 鹿糠と申します。先ほど自己紹介のときにもちらっとお話をさせてもらっていたのですが、うちの十段通り商店街というところなのですけれども、こちらも去年の台風でかなり被害を受けまして、うちの商店街で被害に遭わなかったのは多分2店舗ぐらいじゃないですか、あとは全部被害を受けまして、残念ながらその影響で2店舗が閉店。移転をしてしまったのが1店舗ということで、国道281号線を挟んで商店街があるのですけれども、うちの向かい側のお店だけ3店舗なくなってしまったもので、向かい側のシャッター率がかなりひどいというような状況になってしまっております。毎年8月の6、7、8に新町七夕まつりという夏のイベントをやっていまして、「ヤマセあきんどまつり」としてその商店街、斎藤さんもいるお店も含めやっているのですが、そのメイン会場ということでやらせてもらっていたのですが、そのお祭りに必要な備品も全て台風でやられてしまいまして、例年どおり開催をするために、買い戻すために大体200万円ぐらいお金が必要だったのですね、試算をしましたら。いろいろ補助金もあったのですが、残念ながら補助のもとになるお金もないというような状況でございまして、何とかしなければならない、最終的に商店会長のほうが個人で借り入れて1回商店会に貸すかなんていうところまでいっていたのですが、そんな中で、商店会の中で話し合って、クラウドファンディングを1回やってみたらどうだろうかという話が出ました。話が出たのは、十段通り商店会の中に若穂会という青年部的な組織がありまして、私はそこの会長も務めているのですが、メンバーは正直5人だけなのですけれども、でも何かやろうぜといえば乗りよくやろう、やろうと言ってくれる方々なので、何とかやっていました。150万円を試算したら、大体90万円ぐらい手持ちのお金と補助金合わせて足りないということだったので、クラウドファンディングでその分を集めようということで、今年の3月から大体60日間かけて頑張って、返戻金とか手数料分も込みで150万円の目標金額でやったのですが、おかげさまで何とか170万円まで集まりまして、何とか資金のほうはめどがついてやっているようでございます。

達増知事
 結構地域外からも来たんですか。

鹿糠 紀章
 半々ぐらいです。七夕まつりというのはもう40年以上かな、私がちっちゃいころからやっているお祭りで、地元の人もなくしてもらいたくないというのもあって、私たちもそういう思いでやっていたのですけれども、その参加してくれている、イベントとかで参加してくれている子どもたちが今年もやりたいからと、その親がやってくれたり、企業さんが10万円ぐらいどんと出してくれたところもありますし、ただ本当に縁もゆかりもない奈良県とか、大阪とかというところからも御支援いただきまして、最初は本当にやばいなと思うぐらい集まらなかったのですけれども、最後の1週間ぐらいで盛り返しまして、何とか予想より多くのお金をいただくことができまして、何とか資金面ではめどが立ったようなありがたい状況でございました。そこでやっと補助金とかを入れて例年どおりの開催ができるなと思っていますし、クラウドファンディングは大変だったのですけれども、良かった面はそういうことでPRができまして、注目してもらって、御支援いただいた方は名前を彫って会場の中に張り出しますよといったら、ではそれを見に行きますと千葉県の方が。そういう話もありましたので、ちょっと軽くプレッシャーを感じながら、例年どおりとはいいながらも、例年以上何かやらないといけないなと思って、ありがたいことに今準備を進めておりました。
 ただ、細かいところに、商店街のほうに目を向けますと、例年会場のイベントブースとかで使用した建物がまだ電気が復旧してないとか、そういう町内の中の問題も結構ありまして、今そっちのほうを頑張って解決をしている最中でございますが、あと商店街のお店のほうですと何とか水害の直後はかなりあそこもやめる、こっちもやめる、うちもやっぱりやめるという話がかなり出ていたのですが、それでも何とかかんとか頑張って復活はしてやっております。ただ、現状だとどうしても、店舗は直ったのですが、借り入れとか、補助金もらって復活はしたのですけれども、仕入れるための資金がどうしても足りないという問題もありまして、店はきれいになったのですけれども、棚に並べるものがないよねという、閉店セールもできないねなんて冗談のような話もしながら、それでも何とか頑張っている最中なのですが、イベントとか、そういうものを活用しながらお客さんを中心商店街のほうに呼び込んでもらって、頑張って何とかやっていきたいと思っております。
 そういう点では、本当に補助金をいただいたのは大変助かっておりますし、あとは人口減少の問題とかありますけれども、そこはお店出してやっているからには自分で頑張っていかなければならない部分もありますので、そこは頑張ろうということで今頑張ってやっておりました。
 あと1つ、今日行くと言ったら、言ってこいよと言われたのですけれども、住宅とかには結構手厚く御見舞金とか出たのだけれども、店舗だけ、うちもそうなのですけれども、店舗だけ借りてやっているというところには補助金は出たのだけれども、御見舞金的なのが全くないというのもあって、正直それを当てに仕入れをしようかななんて思っていたお店もあったらしいのですけれども、そういうのが全くなかったなというのはちょっと訴えてきてくれよみたいな話もされたので、それは補助金で仕入れをするわけにもいかないので、そこはしようがないのではないですかというような話もしながら、あたってございました。
 あと去年、台風の影響で残念ながら中止になってしまいました久慈秋まつりなのですけれども、私も秋まつりの一員の中組という組があるのですけれども、そこでやっていまして、何をやるにも人と金というのがありまして、いつも久慈市からの補助金と久慈地域の町内の皆様のご寄附で成り立ってやっているのですが、その肝心の町内がほとんど全て被害に遭ってしまっているという状況で、まだまだこれから寄附金ですね、もらいに歩くのですけれども、恐らく相当減るであろうという中で、何とか維持して頑張っていきたいと思っていますので、もし県のほうからも何かあったら、こちらからお願いすることもあるかもしれませんが、お話聞いていただければというところでございます。

保室長
 ありがとうございます。
 それでは、宇名澤さんお願いします。

宇名澤 順一
 まず、グリーンバズを立ち上げしようと思ったきっかけというのは畜産農家の横のつながりの若手の人たち、あれ見ていてすごいあこがれがあって、野菜農家というのは自己経営主義といったらいいのですか、やっぱり自分の出荷量、何が良ければいい的な感じがあるのかなと思って、畜産農家というのは作業をみんな一緒でやるという感じもあって、やっぱり仲がいいというか、それにあこがれていて、最終的に産地の中心となっていくであろう若いメンバーでそういうのがつくれればいいなというのを思って立ち上げをしたのです。
 まず、10人ぐらい集めて何とかグループとして立ち上げしてスタート切って、あとその中で土壌消毒というのを県の事業のほうでやりたいのだけれども、オペレーターとして動いてくれないかという声かけられまして、最初はかなり反対しました、やっぱり自分の経営があるということで。でも、やっぱり産地を維持していくためには何かは個人的にやりたいという気持ちがあって、出られないけれども、反対はしないというメンバーもいて、何とかそこは引き受けてやろう、とりあえず3年だという気持ちでスタート切って、本当に1年目はかなり農家のほうにも迷惑をかけるだけの失敗もしたし、それで何とか1年、2年こなしていくうちに、農家を歩いていると頼んでくれる農家というのは高齢化も進んでいて、面積が大きくない。3畝、4畝とか1畝とかの農家が、じいちゃん、ばあちゃんが声かけてくれるのですよ。行って作業して、終わると一服だ、ジュース、お菓子食えと、ちょっと話して、次あるから行くよと言って、そういうのをしていて、実際に携わってみてわかったのが、これ3年で終わらせる仕事ではないなというのが実際です。
 県のことを悪く言うのではないのですけれども、事業というのは3年区切りという頭があるのか、やっぱり2年目になると来年で終わりで、自分の仕事に集中できますねという話をした人もいたのです。いや、それは違うのではないかなという気持ちもあって、それで研究グループにも手挙げをしたのです、何とか引っ張ってやろうと。それも何かうまくいかなくて、ああだ、こうだといっているうちに3年目になって、今度はJAのほうで事業を引き継ぎますということになって、今JAのほうの事業で今年が2年目、来年でそれもどうなるのかなというところに来ていますけれども、その間に、10人いる中でスタート5人で作業を始めて、現状3人。やっぱり高齢化も進んでいるし、担い手というのも余り増えるわけでもないし、その中で年をとっている人たちというのは、とれるのであればまだやりたいという気持ちがあるのでしょうね、作業に行くと。とれないからやめるというのであって、だから今歩いている面積も最初が70アールぐらいからスタートして、ここ最近は100アール、1ヘクタール以上、おととし、3年目だからずっと超えるぐらいずつ作業をしているのですけれども、ほとんどはリピーターで、新規の人が年にちょこっと増えるぐらいで、産地を支えて、それこそ自己経営が大事というのもあると思うのですけれども、その中で産地を支えるためにそれこそ部会であったり、若手であったり、作業をして収量を上げて、やめる人を減らすというのも土壌消毒を通じて必要なのかなと思って、新規の担い手を毎年10人増やしますとはできないのだろうから、30件、40件減っているところを10件減るのに抑えようとかというのも、これはここ5年ぐらいやっていて、これも一つの手なのかなと思って、産地を維持していくのにやめるほうを減らすというのも。新規もそうだし、規模拡大するにしても100アール増やすのよりも、それって無理じゃないですか。やっぱり100アール減らすのを抑えるほうが一つの手なのかなと思って、何とか頑張ろうと、それもかなり3人ではきついなと思って、やっぱりここ久慈管内、種市から普代まで3人で作業を、実際今日も2人、種市で作業をしているのですけれども、実際距離ですよね、移動距離が農協さんに最低面積を4アールだと言っているのですけれども、農家の要望で種市1アールで、野田2アールですと言われると、頼むと言われれば、じゃ、行くかになっちゃうので。それをここ5年ずっとこなしてきてはいたのですけれども、その中で結構今新規就農者というのは手厚く事業を組まれて動いていますよね。こうやって産地を何とかしようという人たちにも何か支援があればもっとやる人が増えるのかなと思って、作業に携わる人が。結局自己経営と言われれば引きとめられないのですよね、頑張ろうって。それは、結局自分の経営をやっと捨ててきて、去年あたりから折り合いつけられるかなと思ったときに台風に遭って、またその後は全然作業できなくなったりもしていたのですけれども、何とかそういう活動の支援がもっと何かあればいいなというか、何かないのかなと思って。

保室長
 ありがとうございます。
 では、知事お願いします。

達増知事
 七夕まつりのクラウドファンディングは成功して良かったですね。地元の皆さんからも投資があり、そして全国からも投資があったということで、地元の底力プラス様々なつながりの力で、そうじゃなければできなかったことができるようになるという一つの例なのだと思います。
 「あまちゃん」で久慈が脚光を浴び全国に知られて、「あまちゃん」ということで、今まで来なかったような人たちが久慈に来るという、そういう流れができて、今年11月にはももいろクローバーZのコンサートが久慈であるということが最近決まったそうじゃないですか。春のあたりから地方ツアー、今度どこに行くのか、岩手に来るかというのが一部で話題になっていたのですけれども、11月に久慈にももいろクローバーZが来るということで、多分全国のももクロファンの人たちがやってくるのでありましょうから、「あまちゃん」のときに勝るとも劣らぬ新しいそういう人の波が来て、うまくやるとリピーターになってくれたりするかもしれないので、一つのチャンスじゃないかなと思っています。
 そして、農業ですけれども、やはりやる人がどんどん少なくなってくるというのは農業もそうで、多分徐々に少数の担い手が規模拡大していけるような感じで引き継いでいければいいのだと思うのです。ですから、残ってやる人、あるいは新たにやろうという人たちにもう歳だからやめるとか、担い手がいないからやめるという人の農地がうまく引き継がれていくように、そして産地としてのパワーはそんなに減らないようにというためには、やはり集落営農的な共同作業的なことをやっぱりどこか取り入れて、ちゃんと情報を共有して、誰がやめたがっているとか、引き受けられそうな人はここにいるみたいな情報共有が常にできるように何かかんか共同作業がそのつなぎ役みたいになっていくという意味で土壌消毒支援班グリーンバズの活動というのは産地全体にとって、そして引き続き農業をやっていくという人たちにとって役に立つのではないかと思うのです。
 そういう中で、一部の人に負担が集中してしまうとか、残ってやっていくという人たちの負担が大き過ぎて、そっちがうまくいかなくなるのは、これは本末転倒なので、そこは農協と、あと自治体のほうも一緒になって将来のビジョンをちゃんと共有しながら、残ってやっていく人たちがよりやりやすくなっていくような仕掛けを地域ぐるみでやっていく必要があると思うので、その辺は県や農協とか、生産者団体と連携しながらそういう取り組みをしていきましょう。

保室長
 それでは、大沢さんお願いします。

大沢 伸子
 先ほど少しお話しいたしましたけれども、私は今日一つお話、知事様のほうにお知らせしたいなと思っていることがありまして、それは野田村では紙芝居をつくりました、この震災復興に向けて。その紙芝居がどこから来たかといいますと、もともと福島県の被災者の方で社団法人東北お遍路プロジェクトというものを立ち上げられまして、そちらのほうからのお声が、呼びかけがありまして、ぜひ野田村も参加していただけませんかと言われて、私が窓口になってお受けいたしました。
 この東北お遍路プロジェクトというのは、津波で被災した東北沿岸一帯が今後忘れ去られないために、もともと日本の中でも東北沿岸というところは寂しいところというイメージが強いので、これでまた被災してしまって忘れ去られると大変だというので、忘れられないようにするために青森県の八戸市から東北沿岸、福島県まで犠牲になられた方々の冥福を祈りながら巡礼をしましょうという運動でございます。その巡礼の証として、各地に標柱を立てて、東北お遍路八十八箇所めぐりというのがございますが、それに倣ってというか、標柱をめぐることによって、私たちは東北お遍路やってきたよというような、日本の国の中での話題になればいいなということを夢見てそういうことが立ち上げられて、その中で、その活動の一つに災害にまつわる地域の話題として紙芝居という形で末代まで語り継ごう、この震災を忘れないようにしようということで何か話はないでしょうかということも問いかけられまして、私が提供したのは野田村の場合は昔から村の一大イベントで野田まつりというのが夏にございますが、それがこの震災で山車が流失する、崩壊してもうお祭りはできない。お祭りの先立ちをしていた人までが犠牲になられて、祭りどころではないべと村の中では賛否両論で、今年はできないよねと震災の年に揉めに揉めましたけれども、地域の有志の人たちが集まって、こういうときだからこそ頑張らなければならないのだということで、では今年は野田まつりではなくて、復興まつりと名前を変えてやろうという涙ぐましい、とにかく山車はたった1台だけ残ったのをそれでやろうと、たった1台を村の人たちがみんなで引き回してお祭りを成功させた。
 最後に、お祭りの最後の日に花火がありましたが、そのときに村民の人たちの目に、みんなすごい涙だったのです。やっぱりそれは胸の中に秘めている悲しみが吹き出した瞬間だったのですけれども、それを私はぜひ紙芝居にして末代に残したいと思いましたので、それを提供して、この東北お遍路プロジェクトの方が紙芝居をつくって送ってくださいました。それを今野田村図書館に設置していて、何か機会あるごとに皆さんで見てみてくださいねというふうにやっております。幼稚園、保育園に持っていったり、あとは子供会の場とか、そういう団体の集まるところでみんながそれを見て、ああ、そういえばそうだったねと改めて震災の怖かったこと、でもこうやって元気で立ち直ったのだということをみんなでそういうのを見て、これを何年も何年も地域に住む人たちが見ていけば震災はみんなの心に教訓として残っていくのかなと思って、そういう活動をしております。
 先ほどから皆さんのお話を伺っていて、私はちょっと遠慮したほうがいいのかなと思ったけれども、しゃべってもいいかなと思うことがあって、1つ話させていただきたいのですが、よろしいでしょうか。もう一点は、ハード面で野田村は非常に立派に今堤防をつくっておりますし、今回の震災を機に都市公園事業と区画整理事業2つが取り上げられまして、それも完成しました。今後の課題として、自治体は都市公園の維持管理につきましてどうするのという話で、官民協働でやりましょうと自治体は言っております。官民協働というのは地域の住民がみんな駆り出されるのですが、若い人たちはみんな働きに行っていて、手伝ってくれる人がいない。じゃ、誰というとみんな老人、高齢者の方で、広さはどのくらいあるのですかと聞いたら8町歩というのです、都市公園は。半端な広さではないのです。そこを年寄り、子どもがどうやって手入れするのって。みんなでボランティアだよと言われたのですけれども、それって今はできたばかりでとてもきれいでいいのですが、2年、3年経つうちにやはりすごい手入れが大変になってくると思うのです。私は、これはもう少しやり方を考えたほうがつながっていくのかなと。それは、つまり私が今思っているのは地域の人の雇用の場として、例えばシルバー人材とかございますね。そういうふうなのをまねてというか、老人の方たちにも少し楽しみを与えて、少しの金額でもいいから、1時間幾らでお願いできますかというと結構みんなそれが励みになって出てきてくれるのかなということを密かに考えているのですけれども、まだそういうことを模索しながら今後の地域の発展というか、充実化させていければいいかなと考えております。何か言うと村は「金はないからね」と言われるのが一番つらくて、なるべく負担を自治体にかけないようにと思いつつも、いかんせんこれはやっぱり民の力だけではどうにもならないような気がしているので、一応お話を聞いていただければと思ってお話ししました。よろしくお願いいたします。

保室長
 ありがとうございました。
 お待たせしました。山火さんお願いします。

山火 智美
 普代村では、先ほども申したのですけれども、今年度の4月から「株式会社青の国ふだい」という第三セクターの会社が立ち上がりました。それが最近の一番大きな動きなのですけれども、その株式会社の3つの柱があり、三鉄の受託事業、物産の特産品の販売、あと観光ですね、その3つを柱として地域づくり会社として設立されました。普代村は、私は内陸出身でずっと岩手を離れていたので、名前くらいしか知らない村で、面積も人口も県で一番小さくて少ないというところがマイナスにとられがちなところですけれども、その少ない人数だからこそ人の温かさなどが新鮮で、そういうのを求めている方たちがいっぱいいらっしゃるだろうなと思うので、田舎だからちょっと恥ずかしいとかという気持ちがある中で住民の方々一人一人の意識を少しずつ変えて観光の交流人口につなげていきたいなということで私は地域おこし協力隊として活動していこうと思っております。まだ普代村に来て半年なので夢物語しか話せないかもしれないのですが、今人口減少とか高齢化、過疎化というのが著しい地域なので、観光という面を通して住民の皆さんの日常を開放しながら外からの人、移住者、私のような人をどんどん取り込んでいけたらいいなと思っています。
 やっぱり先ほど大沢さんもおっしゃっていたのですけれども、高齢者の方がすごく元気だなという印象があります。自分の食べ物だけは自分でつくるけれども、外には出さないとか、大きな事業はやめたという方が、いかにやりがい、生きがいを感じられる事業につなげていくかというのが今後の村全体で村民一人一人が目標に持っていけたらいいなと思っています。従来観光というと景色、景観がメインであったと思うのですけれども、個人客のお客様を取り込むためにも自然もありき、住民との交流もありきというようなハード面もありつつ、ソフト面もあるような交流人口拡大を目指していける会社にしていきたいです。
あと特産品で、普代村はコンブが有名というのも私は知らず、実際に食べてみたら本当においしくて、やっぱりおいしいものはそのままですね、皆さんで食べてもらえるようなPRをしていきたいです。また、コンブも食べるだけではなくて、髪の毛にいいなどと聞くので、そういう開発にも向かって新しい動きをつくっていけるような会社にしていきたいなという思いがあります。
 やはり台風の被害だったり、震災の被害というのは、普代村はほかの地域に比べたらそこまでないというようなことは言われるのですけれども、やはり被害に遭われた方もいらっしゃって、でもそこから以前の地域以上のものをつくっていこうという動きがあるのが今回設立された株式会社なので、地域の皆さんと、第三セクターなので役場もですけれども、官民一体でやっていきたいなと思っています。
 私自身の話になってしまうのですけれども、地域おこし協力隊、任期が3年です。移住をした者として3年後の活動として、自営でいろいろやっていきたいなとか、そういう思いがある中で、観光も盛り上げて自分が経営する店も繁盛できたらいいなとかという思いがあるので、外から来た人が自営で何かできるような支援でしたり、そういう情報がもうちょっと多くあったらうれしいなと思います。今後の移住者拡大に向けてそういうところにも力を入れていきたいなと思っています。

保室長
 ありがとうございました。
 それでは、知事お願いします。

達増知事
 野田村は、村としては最大規模の被害を受け、そして最大規模の復興事業を力強く進めていて、新しいものがどんどんできているところなのですけれども、大沢さんおっしゃったように心の中がまだ立ち直っていないとか、それから子どもたちに図書館再生とか、紙芝居とか、そういうことが必要なのだなと改めてわかりました。あと花いっぱい運動とか、お祭りとか、そういういわゆるソフト的な事業が大事な局面なのだということで、県もそういうところをしっかり見ていきたいと思います。都市公園のことも県も注意深く見て、野田村さんがうまくやるようにやっていきましょう。
 そして、普代村は地域づくり会社ができたということで、何かそういう勢いを感じますよ。すきコンブと塩蔵コンブのキャラクターも目立つようになってきていますし、それからインターネットを活用したツイッターの情報発信なんかも増えてきたなと思って、最近もイタリア人の研究家が「あまちゃん」と観光の関係について取材するため普代村を訪れたというニュースがツイッターに普代のツイートでお知らせされていたのを見てびっくりしましたけれども、そういうのはすごくいいと思います。
 三鉄との連携は、県としてもそれはありがたい話で御礼を申し上げますが、三鉄が今のJR山田線宮古釜石間も引き受ける2019年、再来年の春には三鉄が北から南まで一本化し、それをお祝いしながら三陸防災復興博覧会のようなイベントを三鉄沿線、三鉄の駅舎を中心にまた沿線市町村とも協力しながらやることにしていますので、そこも普代村なら普代村としての観光や物産を外にアピールする一大チャンスにできると思うので、活用してほしいなと思います。普代村は、小さくてコンパクトであるがゆえに、復興道路がばっとできた暁にはみんな通り過ぎるのではないかという心配もあるようなのですけれども、村全体がサービスエリアみたいな感じでトイレに寄る、そして買い物もする。ついでにあちこち見て歩くみたいな沿線最大、最高のサービスエリアに村全体がなるみたいなコンセプトでやるとばんばん高速道路、高規格道路から人がおりてくれるのではないかなと思います。
 そして、地域おこし協力隊員の将来というのはやはり県にとっても非常に大事なことなので、これは市町村任せにせず、県としても任期終了後にも活躍できるような仕掛けなど県のほうからもいろいろやっていきたいと思うので、よろしくお願いします。

保室長
 ありがとうございました。
 ここまで一通りテーマに沿ったお話を皆様からいただきましたけれども、皆様から改めて何かここでこんなお話もということがもしあればぜひ一言ずつぐらいいかがでしょうか。
 農業にしろ、商業の皆様にしろ人手不足、スタッフ不足は大変、これは全県的にも大きな課題でありますけれども、やっぱり一つ一つの店、一人一人の農家さんだけではなかなか解決できなくなってきているような感じがいたしますが、何か共同で動いていくとかというようなことに関して何かお考えあるいはお取り組みの展望みたいなものがありましたら御紹介いただくとうれしいのですが、何かその点でいかがでしょうか。

斎藤 豊
 前にイベントの中で、お店で野菜を売るというのを商店会のイベントだったっけか、あれは。

鹿糠 紀章
 そうです。

斎藤 豊
 100円という価格に合わせてほうれんそうであったり、いろんな産物を、例えばうちだったら本屋なものですから本とか文具だから、そういうのは普段置かないのですけれども、軒先にそれを並べるというのを全体のイベントとしてやったことはありました。そういう販売の拡大の部分では、一つとしてあるのかなと。在庫にすれば大変でしょうから、例えば5袋、10袋であれば買い取ってくれてもいいと思うのですけれども、そういった方法があるのかなというのがちょっと一つあったのと、もう一つはこの前ちょっと言われて思いつきだったのですけれども、農福連携というのがありますよね。久慈というか、この地域でどの程度までやられているかちょっと正直まだ私も調べてないので、ただ野田といえばたしかあった、野田か普代ではあったかなと思ったのですけれども、障がい者の方の支援としての農業との、たしかテナント、ビニールテント直すのを補助金が……

大沢 伸子
 ええ、野田で去年あたり立ち上げましたね。支援学校に行っているうちは、子どもたちはまず守られるけれども、社会人になってからこの子たちがどうやって生きていくのかということに視点を当てて、そういう農業体験を子どもたちに開いた施設がございます。風花という名前なのですけれども。

斎藤 豊
 そうですか。

大沢 伸子
 ええ。

斎藤 豊
 私の同級生でも通っているといいますか、障がいのある人がいて、今の作業所だとどうしてもお金が本当に低い。これはしようがないのです、別に何もとっているというわけではなくて、どうしてもそういう生産性になってしまうものですから、作業所自体が。ただ、その中でお聞きしているとどこでもやはり問題になっているのは農業の担い手の部分があると思うのです。農福連携という部分で、何かしらもうちょっと可能性が、例えば携わった人たちの収入につながるような感じの、助成金、補助金だけだとちょっと、それで生活がどうなるかという部分なのですよね、ただ食えればいいのかというよりは。農業というのは土をさわるというのはいいような気がして、そういった部分で片方では人手がない、片方では収益の一つ、収入の部分としての方法で何かしらそういった検討ができないかなというのがちょっと思ってはおりました。

保室長
 ありがとうございました。

八重樫局長
 県北局では今年度農福連携、重点的にといいますか、取り組もうということで計画をしておりましたので、何かありましたらまた御連絡したいと思います。

保室長
 ほかに何かございませんか。よろしいですか。
 

閉会

保室長
 それでは、時間もちょっと押しておりますので、今日様々なお話しをいただいて本当にどうもありがとうございました。最後に、知事から紹介いたしました博覧会につきましては、沿線全てということで、久慈市もちろんですし、野田村さんももちろんそういった方向でこれからいろいろな企画がされていくものと思いますので、ぜひみんなで盛り上げようということで。

達増知事
 そうですね、八戸線沿線のほうも一緒にやりますから。

保室長
 よろしくお願いしたいと思います。また、様々いただきましたお話につきましては、知事からもコメントがございましたけれども、私どものほうで全部引き取りまして、各部局に情報提供しながら振興局と連携して取り組むように取り扱ってまいりますので、よろしくお願いいたします。
 それでは、皆さん長い時間大変どうもありがとうございました。これで、本日の県政懇談会は終了させていただきたいと思います。どうもありがとうございました。
 

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