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「がんばろう!岩手」意見交換会(平成28年5月20日 大船渡地区)

ID番号 N47947 更新日 平成28年6月16日

日時
平成28年5月20日(金曜日)10時30分から11時45分

場所
大船渡市魚市場 3階 多目的ホール

懇談テーマ
「つながりの力を活かした復興への新たな挑戦」

出席者(敬称略)

 ・参加者(敬称略)
  及川 武宏(株式会社 スリーピークス 代表取締役)
  熊谷 克郎(農家カフェ フライパン オーナー)
  昆野 晴香(大船渡市 市民活動支援センター 事務局長補佐)
  奈良 朋彦(一般社団法人 邑サポート 代表理事)
  根本 ミカ(陸前高田ふるさと復興応援隊 隊長)
  山崎 素子(まちづくり会社 キャッセン大船渡 スタッフ)

 ・県 側
  知事、沿岸広域振興局副局長、秘書広報室長

開会

保室長

 皆さん、おはようございます。まだ、お一方が都合によりまして遅れているようでございますけれども、ただいまから県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会を開催させていただきたいと思います。
 今日はこの大船渡市におきまして、「つながりの力を活かした復興への新たな挑戦」をテーマにこの大船渡エリアで様々な分野で御活躍の皆様にお集まりをいただいています。本日はお忙しいところありがとうございます。
 本日、司会を務めさせていただきます県の秘書広報室長の保でございます。どうぞよろしくお願いします。

 

知事あいさつ

懇談会の様子1

保室長

 それでは、開会に当たりまして、達増知事から御挨拶を申し上げます。

達増知事

 皆さん、おはようございます。県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会ということですが、この県政懇談会というのは昔からあるのですが、「がんばろう!岩手」という名前になったのは東日本大震災津波発災以降であります。復旧・復興ということを主なテーマにしながら、その後、それぞれの地域の復興の最前線、それぞれの分野で活躍している皆さんの生の声を伺って復興政策を中心とした県政に役立てようというのが趣旨であります。
 今日は、この大船渡市魚市場が会場ということで、ここは岩手の復興の象徴のような場所でもあって、総理大臣や復興大臣、最近は吉浜道路開通の時に国土交通大臣もいらっしゃったのですけれども、この部屋でいろいろ復興状況の説明を受けるなど、岩手の復興をリードするような場所ですので、今日も岩手の復興の新しい歴史の1ページが開かれるのではないかと期待していますので、よろしくお願いします。

保室長

 それでは、今日はこの後、私の方から皆様方の職名、それからお名前を御紹介いたします。その後、自己紹介を兼ねて一通り皆様方から御発言いただきます。さらに、その後、今日のテーマにつきましてお一方ずつまた御意見をいただくということで進めさせていただきます。最後に自由な発言の時間もございますので、よろしくお願いします。
 では、本日御出席の皆様を御紹介いたします。
 株式会社スリーピークス 代表取締役の及川武宏さんでございます。よろしくお願いします。

及川武宏

 よろしくお願いします。

保室長

 農家カフェフライパンを運営されています熊谷克郎さんでございます。

熊谷克郎

 よろしくお願いします。

保室長

 大船渡市市民活動支援センター 事務局長補佐の昆野晴香さんでございます。

昆野晴香

 よろしくお願いします。

保室長

 それから、住田町の一般社団法人 邑サポート 代表理事、奈良朋彦さんが遅れているということでございます。
 そして、陸前高田ふるさと復興応援隊の隊長、根本ミカさんでございます。

根本ミカ

 よろしくお願いします。

保室長

 まちづくり会社 キャッセン大船渡の山崎素子さんでございます。

山崎素子

 よろしくお願いします。

保室長

 県からは達増知事の他、沿岸広域振興局の菊地副局長が出席しています。

菊地副局長

 よろしくお願いいたします。

保室長

 それでは、最初に皆様のお手元にこのようにおいしそうなお菓子、それから飲み物もございます。まず、少し緊張をほぐすように飲んだり、食べたりしながら進めたいと思いますが、少し御紹介を菊地副局長からお願いします。

菊地副局長

 私の方からお菓子について御説明をいたします。どちらもお菓子工房大浦屋さんで製造したものでございます。大浦屋さんは東日本大震災津波で被災をしましたけれども、その年の6月には空き店舗を借りて営業を再開していまして、当時は機械設備が流されてしまったために、全て手づくりで販売をしていたようでございます。現在は、一昨年オープンしました新店舗で営業しているということでございます。「アーモンドロック」でございますが、これにつきましてはリアス式海岸の岩肌をイメージしたお菓子ということでございます。しっとりしたクッキーに固く煮詰めないキャラメルソースでやわらかい食感が特徴だということでございます。
 もう一つが「ありがとうシフォン」というお菓子でございます。これは震災で支援していただいた方々に感謝の気持ちを込めてつくられたお菓子ということでございます。クリームによって生地の甘みが違うというのが特徴だそうでございまして、今回はイチゴを用意したということでございます。御堪能いただければと思います。

 

懇談

懇談会の様子2

保室長

 それでは、懇談に入らせていただきます。
 最初に、2分程度で自己紹介をお願いしたいと思います。
 それでは、早速ですが、及川様からお願いします。

及川武宏

 株式会社スリーピークスの及川武宏と申します。よろしくお願いします。
 何をしている会社かといいますと、まだ工場等はないのですけれども、ワインをつくっている会社です。元々は、私はこの大船渡市出身なのですけれども、ここをすぐ離れまして、直近ですと震災直後からソフトバンクの孫正義さんが立ち上げた東日本大震災復興支援財団という財団で職員をしながら復興支援をしてきました。その中で二つの大きな事業を立ち上げたのですが、一つは高校生向けの奨学金事業、学べる基金という恐らく東北被災3県で2,500人ぐらい支援をしている奨学金事業です。あともう一つは、宮城県のジュニアスポーツ育成事業、岩手で言うとスーパーキッズに当たる事業を宮城県で立ち上げて、今も実行委員として関わっています。
 こういうことで、被災地3県以外に青森県や茨城県などいろいろと回っているうちに、10年ぐらい前に元々私はワインをつくるために帰ってこようと思っていましたので、2年間ずっと東日本大震災復興支援財団にいて活動している中で、できるだけ早く戻って事業を起こした方が地域のためにもなるのではないかと思い、2年前に地元に戻ってきまして、会社を立ち上げ、株式にしたのはつい先日なのですけれども、このような会社を立ち上げて、ワイン貯蔵、シードル、ジュースなどを販売しています。
 もともとワインをつくるきっかけとなったのが、まずここに人を呼ぶということが一つの目的でして、そのきっかけになったのが海外に出たときのワインツーリズム、世界各国からツーリズムでたくさんの観光客が来るところを見てきたので、日本はまだまだワイン文化がない地域ですし、これからワインが必ず伸びてくる産業でもあると思ったので、ワインをやろうかなと。
 その先にもう一つ大きな目的がありまして、人が交流することによって最終的には子どもたちの視野を広げるという教育をやりたいと思っています。そのための奨学金事業やスポーツ育成事業であり、そういうノウハウを持ってワインづくりをやりながら、子どもたちがたくさんの夢を描けるような環境をつくるというのが僕の最終的な目的です。以上です。

保室長

 ありがとうございます。
 それでは、熊谷さんお願いいたします。

熊谷克郎

 熊谷と申します。本日はよろしくお願いします。
 地元でありますお隣の陸前高田市の米崎町というところで、今「農家カフェフライパン」というカフェを経営させていただいています。生まれもそこなのですけれども、高校卒業後に大学進学で上京しまして、そのまま結婚して、就職もして、かれこれ11年ぐらいいたのですけれども、震災を機に何か力になりたいと思って、平成23年の6月にこちらの方に戻ってまいりました。その後、陸前高田の災害ボランティアセンターなどでボランティアをして、そのまま陸前高田市社会福祉協議会の職員になったのですけれども、もともと東京で今みたいな飲食店で働いていた経験もあったので、今のお店を建設できる目途がたったので、今に至っています。
 農家カフェと「農家」がついていますけれども、何の農家かといいますと我が家はリンゴ農家で、米崎町はリンゴの産地でもあるので、そのリンゴを生かしたメニューを打ち出していけたらと思ってやっています。
 あとフライパン独自の事業ではないのですけれども、同級生や県外から来ている支援者の方と共同で米崎のリンゴを使った地ビール「りんごエール陸前高田」をつくって今も販売しています。これに着手したのが平成24年ぐらいなのですけれども、やはりその当時はまだ上を向くことができない人がたくさんいたり、もちろんお店もなかったですし、前向きなものを何かつくりたいというところから始まったものでした。それで、このビールを使って乾杯できるのがすごくいいのではないかということで、「もっとみんなで上を向いていこう。」というような願いが込められています。
 あとは、実は県内でも米崎のリンゴというのはそんなに知名度が高くないので、りんごビールを通して陸前高田でリンゴをつくっているというのをPRできればいいということで、お店にも取り入れて運営しています。 以上です。

保室長

 ありがとうございます。
 では、次に昆野さんお願いします。

昆野晴香

 大船渡市市民活動支援センターから参りました昆野晴香と申します。
 最初に、冊子を配らせていただいたのですけれども、これは大船渡市内の市民活動団体さんの活動をまとめた冊子でございます。中は、見開きで1つの団体さんを取り上げていまして、左側が大船渡市の広報として発行されたもので、右側がその後に再取材を行いまして、活動写真やその後の活動の様子を取り上げたもの、24団体分を集めた冊子ですので、御覧ください。
 この6ページのところが大船渡市市民活動支援センターのページとなっていまして、部屋の様子も載っていますので、御覧ください。私の仕事は、市民活動団体さんのサポートを中心とした業務なのですけれども、市民活動団体さんから「こういう助成金が欲しい」、「活動場所がない」、「仲間が欲しい」などについてお答えできるような相談窓口を開設しています。
 私は北上市の出身で、実家は米をつくっていますし、リンゴもつくっています。震災の当初は、盛岡にいたのですけれども、何だか急に米をつくらなければいけないような気がして、その3日後には北上に帰りました。水田も大きく壊れましたので、まずその工事から実家は始まり、水田の補修をしまして、今年は「銀河のしずく」も植えることもでき、みんなで頑張っています。
 なぜ今、大船渡にいるかというと、北上市は地区公民館を廃止しそれぞれ市内16地区に指定管理制度として自治組織に施設管理と生涯学習事業と地域づくり事業を主体的に地域が担っています。私は、口内地区交流センターで勤めることになりまして、生涯学習とまちづくりの仕事を4年しておりました。あと社会福祉協議会の窓口も担っていましたので、高齢者のサロンや支えあい活動など、そういう企画をしてきました。
 任期があるもので、4年たった時にまちづくりに少し行き詰まりを感じました。少し視野を広げたいと思って退職することを決めていたのですけれども、大船渡市と北上市は震災の後も連携して復興に向けて動いてきましたので、それこそつながりということで、私もこちらで仕事をさせていただく機会をいただいて、今ここにいます。以上です。

保室長

 ありがとうございます。
 それでは、根本さんお願いします。

根本ミカ

 陸前高田ふるさと復興応援隊の根本と申します。
 2013年9月に高田小学校の校庭や体育館を使わせていただいて開催した東北復興祭2013in陸前高田にて「ふるさとのまちおこしはこころの復興から」というテーマで開催したお祭りをきっかけに陸前高田ふるさと復興応援隊(東北復興プロジェクト)がスタートしています。復興していくにあたり、いろいろな目に見える形での復興というのは出来上がってくると思うのですが、まずは住民の方々の心の復興がなされることから初めて一歩が踏み出されると思います。東北復興祭2013in陸前高田は、そういう一番大切な部分を興していくことを目的に開催したお祭りです。そこで、私自身が陸前高田市の米崎町出身ということもあり、これから陸前高田に根差して復興に向かって進んでいきたいという思いで2014年の3月11日から毎年3.11夢あかり-陸前高田の慰霊と復興-を旧道の駅タピック45駐車場にて開催しています。この夢あかりは、2011年の夏に陸前高田市地域女性団体協議会の皆様が慰霊の祈りを込めて灯させていただいています。これは今後も継続して3月11日に開催していきたいと思っています。
 また、心の復興へ向かって、市民の皆様をはじめ全国の皆様がサロルンカムイプロジェクトという祈りの鶴を折ってくださっています。このサロルンカムイプロジェクトも東北復興祭2013in陸前高田のお祭りから始まっています。市民の皆様には一羽の折り鶴を祈りを込めて折ることから、本当の大事な部分に立ち還っていただくことから元気や勇気、希望を感じて取り戻していただきたい、そして、全国から届けられているサロルンカムイに触れていただき、応援を力に変えていただければと願っています。この折り鶴は広島の平和記念公園の原爆の子の像に届いた世界中から届いた折り紙、千羽鶴を再生紙にしている紙を使用させていただいています。世界の平和への祈りが込められた折り鶴が再生紙となって、被災地の慰霊と復興、世界の平和を願うサロルンカムイ(祈りの折り鶴)としてまた甦ってつながっていくことを願っています。また現在サロルンカムイは約3万羽届けられていて、東北復興祭2013in陸前高田を開催する際に大変お世話になった冰上神社の宮司さんに御縁をいただきましたので、こちらに全て奉納させていただいていて、どなたでも御覧いただけるようになっています。
 以上です。

保室長

 ありがとうございます。
 それでは、山崎さんお願いします。

山崎素子

 まちづくり会社 キャッセン大船渡の山崎素子と申します。本日はよろしくお願いします。皆様肩書きのある方ばかりなので、私は大丈夫かという気持ちで今座っていますが、いろんなことをお話ししていければと思います。
 まちづくり会社 キャッセン大船渡は、この会場のすぐ近く、大船渡町の津波で大きな被害があった大船渡駅の周辺エリアの整備など、復興まちづくりを担う組織として現在は商業施設を建設すべく計画を進めている段階であります。その中で、私は広報とテナントの申込みをいただいている出店予定者の方々のミーティングを担当しています。
 私自身出身は岩手のお隣、青森県の三戸郡で岩手のテレビ番組が映る、ほぼ岩手のような青森県で生まれ育ったのですけれども、震災が起きた時は21歳で大学3年生、東京の大学に進学して学校に通っていました。大学で国際ボランティアの勉強をしていたので、これは行って何かお手伝いしたいという思いで、学生時代にボランティアに来たのがきっかけで大学卒業後、大船渡に移住し、昨日で丸4年がたちました。こんなに長く住むと自分でも思っていなかったのですけれども、これからも大船渡で生きていくのだろうという思いもありますし、毎日楽しく生活できればいいと思っています。
 キャッセン大船渡に入る前は大船渡のラジオ局、FMねまらいんでパーソナリティをしていました。2013年度には大船渡の観光大使の第15代大船渡つばき娘としてPR活動もさせていただきまして、そういうところからいろいろな人に何かを伝えるという仕事におもしろみを感じ、キャッセン大船渡でも町のことをいろいろな人に伝えていければという思いで今も働いています。本日はどうぞよろしくお願いします。

保室長

 ありがとうございました。
 皆様どうもありがとうございました。
 それでは、今度はお一人様ずつ4分ぐらいの時間で今日のメーンテーマでございます「つながりの力を活かした復興への新たな挑戦」をテーマに現在の課題や、今後目指したいこと、期待あるいは抱負、それからこういうことがあったらもっといいのではないかというようなことを含めまして、先ほどの順番で順次お願いしたいと思います。
 場合によっては、その都度こちらの方から様々な御回答するということもあるかもしれませんが、よろしくお願いしたいと思います。
 それでは、先ほどの順番で及川さんからお願いします。

及川武宏

 いろいろ考えようとしたのですけれども、余りいい案が浮かんでこなかったので、私がここ3年ぐらいやっているつながりを新しくつくる事業についてですが、実は大船渡市の姉妹都市はスペインに一つありまして、確か、沿岸部、リアス海岸、三陸海岸の沿岸部で海外への姉妹都市がある市町村というのは四つぐらいしかなかったはずで、宮古市、釜石市、大船渡市、気仙沼市。そういう海外とのつながりというのは私が本当に小さいころからあったところでありまして、私も震災前からずっと、ワインを通じてここに観光客や住む人など、いろいろな人を呼びたいという思いがありましたので、何かきっかけをつくれないかと考えていました。それで、復興支援財団に勤めていた時にたまたま知り合ったJTBの復興の担当の方と話をしていくうちに、ワインを海外にも売ることになると思いますので、まず海外との連携をしたいという話を進めてきました。ただボランティアに来ていただいているからというきっかけで単純にネットワークをつくっていくのもありなのですけれども、もっともっと深く歴史を遡ってとか、そういうつながりでつくれないかという相談をJTBの方としていたのですけれども、その中でリアス海岸というのは世界10カ国あるのです。そのリアス海岸の発祥がスペインのガリシアで、リアスというのはスペイン語で入江という意味の複数形、リアの複数形でSなので、リアスというところがスペインにありまして、ガリシア州というのはポルトガルの少し北なのですけれども、その地域が発祥であると。リアス海岸というのは成り立ちによってくくられる海岸線なのですけれども、例えばスペインのガリシアであったり、シドニー湾、サンフランシスコ、フランスのブルターニュ、イングランド、ベトナムなど、いろいろ見ていくとワインがある地域が多いのです。当然のことながら食も豊かですし、海岸なので当然魚介類も豊富。このリアス海岸のネットワークを世界でネットワークしたらおもしろいのではないかということになりまして、まずは地形でつなげる、そして食でつなげる。僕がやっているワインにつなげる。さらに行くと、例えばガリシアなんかは養殖技術もかなり高いものを持っていまして、ムール貝や、今はアワビの養殖なんかを始めたりしているのですけれども、そういう技術協力というのも相互関係でよくなっていくのではないかと考えて、僕は2年前にスペインに一人で行きまして、バルセロナ、マドリード、アンダルシアとガリシアに住んでいる日本人に連絡をしてこういうことをしたいので、会ってくれないかという話をして人をつなぎまして、去年実際にもう一度行きまして、その時にJATAという日本旅行業協会の事務局次長を連れて実際に州政府の観光局長や市長など、そういう方々ともお会いして、実際にガリシアと日本のリアス海岸をネットワークしようと、調印なのか、提携なのかを結ぼうという話を具体的に進めているところです。確か、実際に先日沿岸の市町村の市長会議でも議題にはなったと思うのですけれども、それにプラスして今年4月に行われたスペインと日本の日西の政財界会議というのが静岡で行われたのですけれども、「このエリアで人をつなぐというのを新しい広域連携としてつくっていけないか」とJATAの議題の一つとして挙げていただきました。なかなか行政の枠を越えるのはすごく難しいところと思っていまして、特に市町村は何とか隣同士は行けるかという感じなのですが、リアス海岸というとどうしても岩手県と宮城県にまたがってしまいますので、果たして県をまたいだ連携が可能なのか、あとはリアス海岸をどう提示するかというところですね。例えば、三陸海岸ですと北は青森から宮城まで入ってきますし、リアスでいくと宮古市から石巻市までになりますので、その辺の連携体、母体をどうしていくのか、あとはカウンターパートとして、スペインは州政府が出てきますので、そことこちら側のどこが提携するかが今僕が抱えている課題で、大船渡市はこれまでスペインに姉妹都市がありますが、ここ10年ぐらい全く活用されていない、全く連絡もない。震災後も、一切連絡も入っていないという話で、どうしても一つ一つの市町村が連携していくとかなり負担にもなると思うのです。そういうところを例えば僕ら民間を使っていただいたり、あとはそういう広域で連携することで、今年はここの市が、来年はそちらの市がというように分担するという感じで、人のつながりを増やしていこうと考えています。

保室長

 ありがとうございます。
 では、次に熊谷さんお願いします。

熊谷克郎

 及川さんの壮大な話の後で恐縮ですけれども、今取り組んでいることで、具体的にはお店の経営とりんごビールをつくるという、大きく分けて2つの事業をやっているのですけれども、つながりというところで、例えばりんごビールを目指してお客さんが来たり、例えば当店の「フライパン」というお店に魅力を感じてお客さんが来るという、根本的にはビジネスだとは思うのですけれども、やはりこの気仙管内だけのマーケットでは限界があるのではないかというのをやり始めて感じているところです。やはりそこで必要になってくるのが県外など、遠くから来るお客さんをいかに呼び込むかが一つの課題です。
 グリーンツーリズムなどいろいろあると思いますけれども、陸前高田市でもそういう取組をやっていたり、インバウンド対策で外国人を呼び込もうという対策をやって、この間、英語のメニューを岩手大学の学生さんと連携してつくってもらっていたのですけれども、そういう活動をやっていたり、各NPOの団体でもそういう取組をやっていると思うのですけれども、そのつながりというところでそういう団体と連携してお客さんを呼び込んで、もちろんこちらは営業ベースになるので、利益を出すというところとの兼ね合いが多分あるかと思うのですけれども、そういう連携がとれないかというのが一つあります。
 あとりんごエールをつくっている目的の一つというのは、先ほどもお話ししたとおり、最終的には米崎のりんごそのものを買ってもらいたいということがあります。もちろん生産量も多くないですし、大きい市場に出せるものではないのですけれども、品質だけはどこにも負けないという自負があります。ここの温暖な気候で糖度が他の地域のものよりも高いことを確認していますので、そういうところで売り込みたいと思っています。そのきっかけとしてりんごのビールで知ってもらいたいと考えているのですけれども、そこまでに至っていないところです。なぜかといいますと、りんごエールをつくっている団体は、ただの有志の集まりで、僕のような個人経営者と同級生の若手のリンゴ農家と、名古屋から来ているデザインを担当している復興応援隊の職員にもなっている方ですけれども、3人でやっていて、この3人で一つの会社を別に立ち上げているわけでもなく、NPOや一般社団法人とかというわけでもなく、曖昧な団体、集まりというところが一つネックになっていて、あとお酒を売る免許を持っていないので、なかなか自分たちの利益につながりにくいというところであります。ビールの醸造自体は一関市の世嬉の一酒造さんというところに委託でお願いしていて、自分のお店にはそこから卸してもらって、瓶売りはそれぞれ別に卸してもらって、自分たちの集まりには利益がなかなか出にくいような状態になっているので、これを少しでも改善できれば次のりんごの販売につなげていけるのではないかと考えています。とりあえず以上です。

保室長

 ここで一旦、知事からお願いします。

達増知事

 スペインにも実際に行ってきたということで、今年の3月にNHKで「恋の三陸列車コンで行こう!」というドラマをやったときにスペイン人やスペイン語が話せる地元の人がドラマに出てきたのを思い出しますが、そういうのはどんどん生かしていくといいと思います。
 一方、行政の方の姉妹都市が凍結状態にあるみたいな話もありましたけれども、実際に行政としての外国との自治体間交流というのは難しいところがありますね。いろんな制約がありますし、そういう意味では民間主導の方が自由にできていいところがあるかもしれません。県をまたぐリアスつながりについては三陸ジオパークや三陸復興国立公園など、いろいろ県を越える枠組みがありますし、岩手県や宮城県の市町村単位でも県境を挟んだ市町村交流もやっているので、うまく必要性に合うような枠組みをつくっていくこともできるのではないかと思いますが、民間主導でやるのであれば余りその辺も形式にこだわらずに自治体に参加してもらうぐらいな感じでちょうどいいかもしれません。でも、岩手の方の沿岸復興の会議でも取り上げられているテーマということなので、きちっと制度化されていくかもしれませんので、いずれにせよ県としてもしっかり応援していきたいと思います。
 それから、米崎りんごは震災前にも東京のレストランと連携して高級焼きりんごにして売るというようなことをやったりもしていて、やはり知る人ぞ知る大変クオリティの高いりんごなのですよね。地域資源として地域振興の核になるようなものだと思います。りんごエールの生産の仕方、これも緩い集まりならではのやりやすさもまたあるのではないかと思いますので、外部の人が問い合わせやアクセスがしやすいように窓口さえきちっとしていればいいのではないかと思いますが、一方、りんご本体のビジネスも含め本格的なビジネスを展開するのであれば、やはりそれなりの体裁を整えた方がいいので、県の方にもどんどん相談してもらえばいいと思いますし、工夫してやっていきましょう。

保室長

 それでは、続きまして昆野さんからお願いいたします。

昆野晴香

 私は、最近多い当センターへの相談から一つお話をしたいと思います。
 いろいろな相談があるのですけれども、「助成金がないか」、「こういう活動したいのだけれども、当てはまる資金の調達方法はないか」などといった相談を多く受けています。今までは市民活動団体さんからの相談を中心にやってきていたのですけれども、最近、地区や地域からの相談が多くなって、内容は様々あるのですが、最近は地域で冊子をつくりたいという相談が多いです。まちづくりとして冊子の作成を考えている方たちというのは、まず資金を集めるところから考えなければならないということを感じておられまして、それに当てはまるようなものを探していらっしゃいます。計画の内容を聞くと、同じ地区に住んでいた方たちが離れ離れに住んでいたり、集落がなくなってしまうようなところで、歴史とか伝統、芸能を残していきたい、歌を残していきたいという思いで、冊子をつくろうとしています。計画の段階では配って終わってしまっていて、そこで配るだけではなく、イベントや活用方法を提案して盛り上げていくことが私たちのこれからの仕事になっていくと思うので、積極的なサポートをしていきたいと思っています。
 冊子をつくるということは、最初は単にこれをつくってみんなで読みたいとか、残したいかもしれかもしれませんけれども、それがまちづくりの足がかりになると思っていて、それがうまく起動していくような最初の一歩としてもっとチャレンジしやすいような資金やそういう仕組みがあったらいいと、夢ですけれども感じています。助成金をとるとなると大きい額になってしまって、申請も複雑ですし、冊子を作るという事業は、長期的な活動としてはなかなかとらえてもらえないです。地域というのは進みながらだと思うので、冊子をつくって、次のことは次の年に考えるとか、そういうゆっくりとした感じかなと思っています。少額でもいいので、このようなまちづくりが回り始めるような仕組みというのがあったらいいと日々感じています。
 あと先ほど及川さんからもエリアというお話があったのですけれども、北上でまちづくりの仕事をしていた頃はエリアというものを余り意識せずに自分の地区のことだけ考えることで本当に精いっぱいでした。自分の地区だけのことをやるというのは他の地区でもそうで、新しいことをやって、競争ではないですけれども、どういうように話題性や成果をつかむかということですごく切磋琢磨はしていたと思います。ただ、人口減少とかを考えたときに一つの地区で考えられることや、やれることというのはやはり限界があると思いますし、そこに費やす労力や、町の人の力というのはやはり疲れないようにやらないと続かないし、楽しくないので、そこはもう少しエリアをみんなで見てやれればよかったとすごく感じています。
 今大船渡でも地区で、地域でやりたいということがぽんぽん上がってきています。それをエリアでまとめるということではございませんが、何か共通点だったりとか、外部の力を借りるに当たってまとまる必要があるとか、そういうときには私たちが橋渡しできればいいと感じています。以上です。

保室長

 ありがとうございます。
 それでは、一般社団法人邑サポートの代表理事でございます奈良朋彦さんが御到着されましたので……

奈良朋彦

 遅れまして、申し訳ないです。

保室長

 簡単な自己紹介と、それから今日のテーマでございますつながりで復興を進めようというような観点で大体5分ぐらいでよろしくお願いいたします。

奈良朋彦

 私たち邑サポートは、震災以降に立ち上げた団体で、住田町の応急仮設住宅団地の運営から活動を始めた団体です。2014年に社団法人にしまして、住田町である程度、活動を続けていくという意思を持って今活動しています。当初は応急仮設住宅団地の運営ということで、団地がある限りは、最後の住民の最後の一人が出ていくまで活動していこうということだったのですけれども、徐々に住民の方も減ってボランティアの受入れの仕事も減りつつあるので、仮設での活動に加えて、今、役場の方と一緒に町民の団体同士の交流会を開いたり、それから応急仮設住宅の支援というきっかけでいろんな団体が住田町にも訪れるのですが、応急仮設住宅がなくなってもそういう御縁が続いていけるように今の段階から住民の皆さんとの交流というのを続けているところです。
 つながりというところでは、私どもの理事のメンバー4人とも全員神奈川出身で、震災前はそちらの方でまちづくりの仕事をしていたということもありまして、東京で東北は今どうなっているのだろうという関心を持っている方はまだたくさんいらっしゃるので、そういう人たち向けに、私たちは住田のことしか話せないのですけれども、住田ではこういうようになっていて、例えば「仮設住宅は今こんな状況ですよ。」とか、仮設からの復興だけではなくて、復興というのはもっと多面的なものですから、例えば「中山間地の住田町は今こういう現状なのだよ。」とか、「沿岸部でこういう産業の振興やまちづくりが行われているのだよ。」といったようなことを少し話しながら、その東京のプロフェッショナルで活動されている方々に幾らかの協力がお願いできないかというようなことを思いながら東京での報告会というのを繰り返しやっているところです。
 その中で一つ大きく出てきているのは、私どももそうなのですが、5年間活動している資金のほとんどが復興関係の財源で私たちは動いているのですけれども、それも永遠にあるわけではない資金ですから、まず私たちが住田町で活動し続けるための資金をどういうように扱うかということと、それから東北を応援したいという人たちが継続的にやってきてくれるために補助金だけではなくて、何らかのビジネスにつながるようにできないかと思っています。具体的には仮設住宅の支援を行っているソウルオブ東北さんという団体があるのですが、仮設で料理教室をたくさんやるのですけれども、そのシェフがこれを通じて自分も東北の食材を使ったお店を何かつくれないだろうかと、継続的にそういう営業をやってみたいのだという話もあったり、それからふるさと納税のような形に、例えばこの団体にふるさと納税できないだろうかとか、そんなような相談を受けながら現地で活動している団体の支援も何かしたいというようなお話もいただいたりしています。そういうように東北をまだ気にしていらっしゃる東京の方々が具体的にどうアクションを起こせるかということと、それが一過性ではなくて持続的に回せるというところが今のところの課題となっています。
 それとあともう一つは、町民同士のつながりと先ほど申しましたけれども、異団体交流会と申しまして、町内に二十幾つかの活動しているいろいろな団体があります。森の案内人の会や、音楽サークルの会など、多種多様な団体があるのですけれども、彼らの中でも震災前から活動している団体もあるのですが、震災をきっかけに外部の人がどんと入って活動に参加する機会というのも大分増えてきていまして、私はその団体交流会の事務局をやっている関係でよく窓口になるのですけれども、例えば住田の蔵でライブハウスをやっているらしいけれども、やってみたいので、どうかという相談があったり、森の案内人さんに興味があるのだけれども、どのように参加したらいいのでしょうかとか、そういう問い合わせもあったりして、そういうように私たちが東京で報告会をするたびに住田の魅力を発信していることにもつながっていったようです、結果的に。そういうこともあって、決して営利でやっているのではない、そういう小さな団体についても東京からサポートできることが何かないだろうかというようなことを今思いながら活動しているところです。

保室長

 ありがとうございます。
 では、知事からコメントをお願いします。

達増知事

 昆野さん、奈良さんのお話は復興に、今地方創生というのも重なってきているということを反映していると思います。復興というのも、元々ふるさとを消滅させないという事業なわけですけれども、人口減少問題との関係でふるさとを消滅させないということで地方創生の取組もそこに重なってきていて、岩手の東日本大震災からの復興ということもそういう地方創生的な要素も考えながら取り組んでいかなければならないし、また復興を遂げた暁には、いかにふるさとを孫子の代までつなげていくかということがテーマとして残り続けるのだと思います。
 そういう意味で、昆野さんの話の中では地区とエリアの問題ですね、自分の地区とそれを含む広域のエリアとの関係ということで、地区はやはりすごく大事なのだと思います。県としてコミュニティを大事にしなければならないと思って、いろいろ調べたりもして、イギリスやフランスなどは結構コミュニティ単位、日本で言うと昭和の合併前ぐらいの旧町村ぐらいのサイズの市町村とは言わないのですよね、何か独特の呼び方をするのですけれども、そういう地域コミュニティというのが今でも残っていて、それぞれに議会があったり、予算があったりして本格的に自治をしているのです。イギリスなどはイギリス国教会の教区にほぼ対応していると聞いたこともありますが、そういう教会みたいな結集の核みたいなものもあったりするのですが、日本の市町村というのは昭和の大合併は中学校区で一つのまとまりになるようにと必要に迫られて起きたのです。戦後、それまでなかった中学校というのができて、それを自治体が運営しなければならなくて、日本中の市町村、特に町村が中学校の経営というのにお金が足りなくて財政赤字に陥って大問題になったのです。戦後の自治体の財政危機というのは中学校を経営するのが、それで義務教育の国庫負担金制度ができて、赤字が解消されていくわけですけれども、同時に中学校区ぐらいの単位で合併というのがあって、さらに遡って明治の大合併は小学校区ぐらいに合併して、それで小学校の経営を町村でできるようにと。ところが、今は小学校も中学校もどんどん統廃合が進んでいますので、だからなかなか、かつてはそれが地域コミュニティの一つの結集の核になっていたのがなくなっていくので、それを補うために冊子をつくるとか、イベントを自分たちで工夫したりとか、そういうことをしなければならなくなってきているのだと思います。それはやはりやった方がいいと思いますし、ただそういういろんな事情もあるので、力の入れやすさというところでは事業の内容によっては比較的広域でやった方がやりやすいところもあるだろうし、あとは非常に狭い地区としてやった方がいいようなところもあるのだろうし、そこは目的とか、やる内容ごとにいろんなサイズでやっていけばいいと思うのです。県は県というサイズ、広域振興局単位、沿岸というくくりでやったり、それはやる中身とか、目的に応じてエリアを使い分けるという発想が大事だと思います。
 そして、住田町は東京とのつながりをいろいろやっていただいていてありがとうございます。住田は、あの森林、木材は坂本龍一さんにもひいきにしていただいていて、全国有数、世界に通用する森林であり、材木ですのでいいと思いますし、また岩手沿岸地方というのが山とともにあるのだということがよくわかると思うので、そういうところを発信して理解いただいて、行ってみよう、住んでみようという流れになればいいなと思います。
 異団体交流会というのも非常にいい取組だと思います。住田町もどんどんIターン、Uターンだけでなくて、Iターンで住田町外出身者がどんどん住田町で暮らすというのが増えていて、そこでいろいろなカルチャーや仕事など、新しいものも展開していくチャンスだと思うので、よろしくお願いします。

保室長

 ありがとうございます。
 それでは、根本さんお願いいたします。

根本ミカ

 つながりのところでいきますと、今陸前高田は、本当にスタート地点にやっと立てているのかなというように思います。その基準は、やはり住民の方々が応急仮設住宅を出られて災害公営住宅や自宅を新しくされ引っ越されたことで、その土地に本腰を入れてまた新たな歴史を刻んでいくという、そういう皆様が増えてきてらっしゃることかと思います。その中で人の最小単位のコミュニティといえば、家庭や地域であるかと思います。家庭内での大切な部分、地域においての大切な部分、そういうことを住民の皆さんと相談しながらお話ししながら、希望を感じ一歩踏み出せるようなそんな後押しができればと考えています。
 住民が中心となってつくっていく地域や町であることが大事なことかと思いますので、私たち住民は行政の方々にばかり頼るのではなく、自分事として家庭や地域、町を大切にし、その後押しやヘルプを行政の皆様の役割としていくことが大事なことではないかと思います。

保室長

 ありがとうございます。
 それでは、山崎さんお願いします。

山崎素子

 つながり、会社としては今直近の目標としては開業に向けて整備だけでなく、中身もだんだんと固めている、つくっていっている段階にあるのですけれども、我々キャッセン大船渡のスタッフ3名がこの大船渡の復興まちづくりの事業に入ってからまだ1年たってないのです。昨年の8月から動き出した団体というか、会社であるので、まだキャッセンと商業者さんとの信頼関係が、当初に比べたら距離も近くなってきていますけれども、でもまだまだ距離を詰められると思うので、その関係性だったり、あるいは商業者さんと商業者さんの関係、今まで震災前はそれぞれ皆さん自分の店舗を持って運営されていた方なので、テナントに入るというのがどういうことなのかなとイメージできていなかったり、我々もうまくアシストできてなかったりするので、そういうところで町全体、チームとして進んでいくためにもう少しまとまっていきたいと考えています。
 個人的には結構仲がよかったり、私も今の会社に入る前からプライベートでお付き合いをさせてもらっているお店の方とかたくさんいるのですけれども、そういうレベルではすごく仲がよかったり、信頼関係にあるのですけれども、やっぱり一緒に商売をしていく、盛り上げていくという、チームで考えるとまだまだうまく機能できていない部分があるので、そこを高めていくために、距離を縮めるためにもっと体当たりでやっていかなければいけないと感じています。
 商業者さんの中には、今まで支援してくれた人、震災後つながりが生まれた人は復興した町を見てもらって、遊びに来てもらって、「大船渡はよかったね。」と言ってもらうことが一番自分たちができる恩返しなのではないかという気持ちを強く持っている方が多いので、この関係を町がオープンした後も続けていけるように、いろいろな方に支援という気持ちを越えて、最終的にすごく大船渡のファンになってもらって、もっともっと近く感じてもらえようにそのつながりを会社としても大事にしていきたいと感じています。
 今はエリアの一部の整備を弊社で進めている段階なのですけれども、他にもまだ開発されていないエリアがあるので、全部のエリアを盛り上げていくための工夫や、そういう開発も同時に進めていかなければいけない、エリアのつながりをもっと強くしていかなければいけないというのが会社としてのつながりというところで考えると課題だったり、これからすべきことなのではないかと感じています。
 自分の仕事のレベルとしては、開業に向けてもっとキャッセンの活動を知ってもらうためにキャッセン大船渡というすごくおもしろい会社の名前だけれども、どんなことをしているのか、まちづくり会社というのは何をしているのか、やはり何となくでしか自分も説明できなかったり、町をつくっていますみたいな感じでしか答えられてなかったりするので、もっともっと日々いっぱいこういうことをしている、これもまちづくりなのだよということを発信していくことはもちろん、自分自身がまちづくりを身近に感じたいと思って、この仕事をしているので、身近に感じてもらえるようにたくさんお伝えしていきたいと、発信していきたいと思っています。
 現在キャッセンがオープンにやっている活動としては、シンポジウムや、ワークショップなど、市民向けにやっているのですけれども、その開催もどんどん増やしていって、いろんな人に、顔を見て、こんな人たちがまちづくりをしているのだというのを見てもらえるようにしていきたいと考えています。まちづくりというのはなかなかハードルが高いと感じられる方も多いと思うのですけれども、そのまちづくりというものへのハードルというか、距離を縮めたいです。
 個人的にはもっともっと大船渡を知ってほしいと、私が入り口になって自分の遠くに住んでいる家族や友人だったりに知ってもらえたらいいと思っているので、そういう身近なレベルから少しずつ大船渡に興味を持って、最終的には「あいつも住んでいるし、自分も住んでみよう。」みたいな関係をつくれるようになればいいと考えています。
 以上です。

保室長

 ありがとうございました。
 それでは、知事からお願いします。

達増知事

 根本さんのお話は、やはり心の復興という観点から住民主体の地域づくりということで、そのとおりなのだと思います。行政が決めるのではなく、やはり住民の皆さんが理解し納得しながら、復興を進めていかないと復興にならないと思います。特に、陸前高田市というのはもう江戸時代から続くような伝統ある町や村から成っているので、それを震災を契機に再編しなければならなくなったり、あと今までの住み方、家々の構造とか、隣近所の関係をがらっと変えなければならないというのはかなり心理的な負担が大きいのだと思うのです。住宅の再建などそういうのはどんどん進むのでしょうけれども、心理的にもきちっとどういうようにこれからなって、過去、現在、未来というのをきちっと納得した上でそういう変化に対応できていくようにする必要がありますよね。
 私も応急仮設住宅には何回か泊まったことがあるのですけれども、まさに仮設の住宅で、ひねるとお湯が出るとか、エアコンもついているとか、機能としてはそれなりにそろっているのですけれども、やはりあれはある種の復興現場の基地みたいな感じで、生活としての住む場所にはやはり建物の構造としてなってない。そこで、何年も生活している人たちという現在の捉え方は不安になるというのはわかるのです。でも、ようやく最近になって陸前高田市の新しい住宅地ができたらこうなるというビジュアルが模型でできたり、CG映像でできたりしてきていて、こういうようになるために今こういうことでやっていると納得するための流れはようやくできてきていると思うので、そこを大切にしながら復興の事業を進めていかなければならないと思います。
 大船渡市も、特に大船渡駅周辺は比較的新しい町ではあるのですけれども、長年の歳月をかけて育ってきた商業者さんたちがそれぞれ今までやってきたことに基づきながら話し合うときには話し合い、あるいは暗黙の了解でいろいろ町を発展させてきたのを今回がらっとつくりかえなければならないという中で、よりオープンに話し合って、あるいはまたいろいろな人たちも巻き込んで決めて進めていかなければならないということで、まちづくりの仕方ががらっと変わると思うのです。それは悪いことではなく、より開かれた形で、また合理的な話し合いに基づいて進めていくことができるので、大船渡の皆さんであればそれはできると思うし、ぜひ、建物とか、新しい町並みを孫子の代に残すだけではなくて、新しいまちづくりを次の世代に残していけるように頑張っていきましょう。

保室長

 ありがとうございました。
 一通り、テーマに沿ったお話を皆様からいただいたわけですけれども、他の方のいろいろなお話を聞いたり、少し緊張していて言えなかったこともあるかもしれませんので、ここからは皆さん何かあれば自由に御発言いただければと思いますが、どうでしょうか。と言ってもなかなか出ないと思いますので、今日お集まりの皆さんについて、ざっくり申し上げますと、県外とのつながりで様々これからいろいろな方、県外、海外あるいは東京とのつながりということを自分の立ち位置の中からこれから一生懸命やっていこうという皆様もいらっしゃいますし、お一方のグループは、地域の人たちとのつながりを大事にしながらその地域の人たちがより心の面でも、御商売の面でも復興していこうというようなことにつながっていけばいいなというようなこともあるかと思います。どちらもやはりその活動の中心になって、中核あるいはそのつながりと一つのポイントになっての皆様御活躍と思うのですが、今これから皆様方がやろうとしている中でそのつながりをもっと上手に生かしていくという意味で、こういうようなことが実現できたらもっとうまくいくのではないかというようなことについて、何かございましたらこの際ぜひお聞きしたい思いますが、どうでしょうか。

及川武宏

 先ほど大きな視点で海外とのつながりという話をさせていただいたのですけれども、先ほどからちらちらと米崎リンゴの話が出ていますので、僕は一応農家もやっていまして、米崎でリンゴを育てて、大船渡でブドウを育てているのですけれども、農家の視点でいきますとすごくミクロな感覚も僕は持っている方だと思っていまして、人とのつながりという部分で行くと、去年私のリンゴ園には恐らく400人から500人ぐらいの方が来ているのです。それは保育園とか、幼稚園の遠足も含め、小学校の児童とかもそうですし、大学生ボランティアだったり、企業の新入社員研修だったり、マネジャー研修であったり、そういう方々を含めて全部で4~500人が来ていまして、そういうつながりというのは震災後にできたことであるのですが、今回熊本で地震が起きてから、そういうのもかなり減ってきているのです。ボランティア関係など、当然のことだと思いますし、それなりに向こうも大変なので、ぜひ僕も行きたいぐらいで。行っていただける人がいるのであれば支援に行っていただいた方がいいという思いもあるのですけれども、そこでどんどん人が減っていって、またどこかでもし災害が起きて、またそっちに動くとなったときに災害の観光みたいな感じの捉え方になって、本当のツーリズムみたいなところというのは、今の日本で少なくなってきているのではないかと思って、そういうところをうまくつくっていけるような仕組みなのか、そういうマインドなのだと思うのですけれども、東日本大震災から5年たちましたけれども、3年ぐらいの間にたくさんの人が来ていまして、観光がどうなったか見てみようという人たちがいるのですけれども、他で起きたときにそういう人がいなくなる。そういうのは恐らくわかってはいたのですが、では、どうやったらつなぎとめられるのかとか、本当のツーリズムに変えられるのかというところを真剣に考えてきてなかったというところもありますし、あと一つは、これ多分一番大きな問題なのですけれども、知識がない人が多過ぎるといいますか、情報をどうやって手に入れたらいいかというところをわかっていない。それをどうさばいたらいいかというのがわかっていない、アイデアも、やはり知識からしかアイデアというのは生まれないと思いますので、そういうところを本当に小さいネットワークできっちり話し合って勉強していく場というのをもう少しつくっていければいいのかというのが僕なんかもしょっちゅう外に出ていますし、東京にもかなりの年数住んできましたし、つながりも深いですし、海外にも行きますし、そういうことができる人はいいと思うのですけれども、まさに外から来た人はいいと思うのですけれども、やはり地元の人たちがもっともっとそういう意識を少しずつ高めていって、この先5年、10年をどうしていくかというのを考える場になるのか、考える何か仕組みができるといいという感じを持っています。

保室長

 ありがとうございます。
 後はどうでしょうか。よろしいですか、何か今の話でもいいですけれども。
 もう少し時間もありますので、どうぞ。

奈良朋彦

 先ほどの及川さんの話とも近いのですが、風化という話題と少しつながると思うのですが、私どもも東京で5年ほどずっと活動報告会というのをしていく中で、震災というものからもっと越えて、例えば都市と地方をどう関係するかというように何となく東京の人たちはシフトしていっているような気がします。復興を応援するというよりは都市と地方の関係をどのように持ったらいいかというような形に意識を持っている方が多いので、東京にいながら地方をどう応援したらいいか、むしろ東京を自分は捨てて地方に行ってもいいぐらいだと思う人もいますので、そういう人たちをどう受け入れたらいいか。私たちは住田町に近い立場にいるので、住田町にそういう東京の人たちの適応方法があるのかというようなことを今模索していまして、余り東京とか都会の価値観を住田町に当てはめるというのも難しいですし、かといって全く都会はノーかというとそうではなくて、住田町ともつながりを求めているところがありますので、そのつなぎの部分はとても難しいというように思っています。夏祭りでも何でもいいので、東京の人を住田町に呼んで、地域の人と話す機会を増やしたり、逆に東京報告会に住田町の人を連れて行って一緒に話をする機会をつくるとか、そのようなことを繰り返しながら、どういうことができるかをいろいろ模索しているところです。

保室長

 なるほど。ありがとうございました。

 

知事所感

 それでは、お時間もまいったようでございますので、最後にお二方からもお話もございましたが、そのこともお含みいただいた上で、知事から最後にまとめということでお願いいたします。

達増知事

 都会でも田園回帰とか、地方、田舎の方への関心が高まっていると聞きますし、東日本大震災のときに東京でも物不足が非常に深刻になって、食べ物やエネルギーに囲まれている地方こそ安心して生活できる場なのではないかというような観点からも地方暮らしに関心が高まっているというように聞きますね。また、交通も便利になり、そして情報もインターネットを活用すればかなりいろいろなことを知ることはできるようになっていて、都会と地方の関係もより緊密にしていくことができるのだと思います。
 ドラマ「あまちゃん」というのは岩手と東京の関係というのが一つの軸になっていて、夏ばっぱの時代というのは東京というのは基本的には行けない世界で、地元に残るしか選択肢がない。そこに橋幸夫のような人が来て、それが歴史に残るみたいな、それが都会と地方の関係なのですけれども、小泉今日子さんが演じた80年代に青春を過ごすような世代にとっては、東京というのは行こうと思えば行けて、そして行きたいから行くというような場所。ただし、行くとそれはもう地方を捨てるということになってしまうみたいな、どちらかを選ばなければならないような中で、出ていくというような、そういう関係だったのが主人公の能年玲奈さんが演じたアキちゃんの世代ですよね。だから、今20代ぐらいの世代の人たちにとっては、別にどっちにいてもいいみたいな感じで、アイドルになるのでも、地元で地元アイドルを目指してもいいし、都会、東京に出て東京のプロダクションの下でアイドルを目指してもいいみたいな、そういう今はどっちにもいようと思えばいられて、その辺が個人、一人一人にとってより自由になっているのだと思うのです。そこをうまく生かして地方の側としてはもう完全に引っ越してきて、こっちに定住してもらうのもいいし、あるいは時々来るという関係でもいいし、一生に何回かしか来ないみたいな感じでも、一度でも来てもらえばいいというところもあるし、そういうのをより自由にやっていけるような時代になってきていると思いますので、そういう中で岩手としてもやれるだけのことをやっていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

保室長

 どうもありがとうございました。
 

閉会

保室長

 それでは、ここまでいろいろ皆様からお話を頂戴してまいりましたけれども、お時間もまいったようでございますので、今日の県政懇談会、これをもちまして終了させていただきたいと思います。皆様、どうもありがとうございました。
 

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