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「がんばろう!岩手」意見交換会(平成28年4月27日 釜石地区)

ID番号 N46321 更新日 平成28年6月16日

 日時
平成28年4月27日(水曜日) 10時30分から11時45分

場所
釜石地区合同庁舎 4階 大会議室

懇談テーマ
「復興~夢と希望を次へつなぐ~」

出席者(敬称略)

・ 参加者(敬称略)
  伊藤 聡(一般社団法人 三陸ひとつなぎ自然学校 代表理事)
  菊池 成夫(橋野町振興協議会 会長)
  宮崎 敏子(三陸いりや水産株式会社 取締役)
  六串 夕子(六串商店)
  平舘 理恵子(一般社団法人 KAI OTSUCHI 理事長)
  タタナ ダラス ラ(釜石シーウェイブスRFC)

 ・ 県 側
   知事、沿岸広域振興局長、秘書広報室長
 

開会

保室長

 お待たせいたしました。ただいまから県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会を開催させていただきます。
 皆様、本日は御多忙のところお越しくださいまして、どうもありがとうございました。今日は、「復興~夢と希望を次へつなぐ~」をテーマといたしまして、釜石市、それから大槌町から様々な分野で御活躍の皆様にお集まりいただいております。
 私は、本日の司会進行役を務めさせていただきます県の秘書広報室長の保でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
 

知事あいさつ

懇談会の様子1

保室長

 それでは、開会に当たりまして知事から御挨拶を申し上げます。

達増知事

 皆さん、おはようございます。お忙しい中、県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会に参加いただきましてありがとうございます。それから、地元県議会議員の方々もありがとうございます。
 釜石市、大槌町は、東日本大震災で大変大きな被害を受けたのですけれども、その後、復旧、復興が進む中で、例えば釜石は去年、「ラグビーワールドカップ2019」が開催されることが決まったり、橋野鉄鉱山が世界遺産に登録されるというような明るいニュースがありました。復興道路がどんどん延びていく中、釜石港のコンテナ取扱量が震災以前よりもはるかに増えているというようなニュースもあります。大槌町では、今日、まさに大槌病院が落成式を迎えます。
 生活関係、そして経済産業関係、様々な復興が進んでいる中で、それぞれの分野、また、それぞれの地域で活動している皆さんの生の声を伺うことで、県政に役立てていきたいと思いますので、今日はどうぞよろしくお願いします。

保室長

 今日の懇談会の進め方でございますけれども、この後、私の方から出席者の方々の所属、それからお名前を御紹介申し上げます。その後、懇談に移りたいと思いますが、最後に自由に御発言いただく時間も設けたいと思っていますので、積極的にお話しくださるようお願いします。
 それでは、本日、御出席いただいている皆様を名簿に従いまして御紹介します。
 一般社団法人 三陸ひとつなぎ自然学校 代表理事の伊藤 聡様でございます。

伊藤 聡

 よろしくお願いします。

保室長

 釜石市の橋野町振興協議会 会長の菊池 成夫様でございます。

菊池 成夫

 よろしくお願いします。

保室長

 三陸いりや水産株式会社 取締役 宮崎 敏子様でございます。

宮崎 敏子

 宮崎です。よろしくお願いします。

保室長

 六串商店の六串 夕子様でございます。

六串 夕子

 よろしくお願いします。

保室長

 一般社団法人 KAI OTSUCHI理事長 平舘 理恵子様でございます。

平舘 理恵子

 よろしくお願いします。

保室長

 そして、釜石シーウェイブス ラグビーフットボールクラブ所属の現役選手でございますタタナ ダラス ラ様でございます。

タタナ ダラス ラ

 よろしくお願いします。

保室長

 県からは、達増知事、そして沿岸広域振興局長でございます小向が出席しています。よろしくお願いします。
 それから、本日は釜石選挙区選出の県議会議員の小野 共 議員、それから岩崎 友一 議員のお二方にも御出席をいただいています。どうぞよろしくお願いいたします。
 皆様のお手元には、お菓子が配られておりますけれども、召し上がりながら御懇談したいと思います。早速ですが、今日のこのお菓子の説明を局長の方から説明させていただきたいと思いますので、よろしくお願いします。

小向局長

 手元にお配りしましたお菓子は、釜石地方の農家などで古くから伝わる定番のおやつでございます「かまだんご」をお土産品として開発した「釜石かまだんご」という名称で今販売しているものでございます。藤勇醸造のみそ、それに仙人秘水等、地元のものを使用して、一口で食べやすくしたものでございます。一関の「ごま摺り団子」や、盛岡の「ぶぢょうほまんじゅう」のように、中に黒蜜が入っているということで、食べ方に気をつけないと、プシュッと出てしまいますので、その辺を気をつけて召し上がっていただければと思います。
 これは平成27年度のいわて特産品コンクール食品部門で、いわての物産展等実行委員会会長賞を受賞したものでございます。甲子町にございます道の駅釜石仙人峠で販売していますので、お通りの際には、知事も含め、ぜひお買い求めいただければと思います。よろしくお願いいたします。

保室長

 では、私も買って帰りたいと思います。どうぞ、皆さん、お茶を飲みながら、お菓子を食べながらで結構ですので、よろしくお願いします。
 

懇談

懇談会の様子2

保室長

 それでは、懇談に移りたいと思います。
 自己紹介ということで、最初に1分、2分ぐらいで御自身から紹介をお願いしたいと思います。
 それでは、伊藤様、お願いします。

伊藤 聡

 よろしくお願いします。一般社団法人 三陸ひとつなぎ自然学校の代表の伊藤と申します。ちょっと長い名前なので、「三つな」という略称で呼ばれておりますので、「三つな」と覚えていただけたらうれしいです。
 私は、釜石生まれの釜石育ちで、団体を立ち上げたのは2012年4月1日なので、震災から1年後なのですけれども、私と北海道から震災直後にUターンをしてきた2人で立ち上げた小さな団体です。震災直後から活動をしていて、ボランティアを受け入れては、被災地のニーズ、人の手の足りていないところにつなげて歩くような、そういうボランティアコーディネートみたいなところからスタートした団体です。
 今は、うちの団体のビジョンとしては、「地域のために立ち上がり、挑戦する人が多いまち釜石」を掲げて活動しています。ちょうど3年目に差しかかったときに改めて見直したのですけれども、話すと長くなるので、すごくざっくり言うと、とにかくまちの人たちが自分のまちに関わる機会をつくり出すことが、いずれ復興感を持つことに至るのではないかということでやり始めています。
 少しだけ具体的に言うと、例えば小学生向けのキャンプなどをやっているのですけれども、こういう豊富な自然プラス、あと地域におもしろい人がたくさんいるので、そういう人を題材にしたプログラムを作って、人に登場してもらい、小学生向けに体験プログラムを提供するということをやったり、あと私がメーンでやっているのは、こういう青い冊子を配らせてもらったのですけれども、青いページ側から開くと色々な人が登場する体験プログラムを、今回20プログラムほど出させていただいたのですけれども、これは主に市内外の大人向けに出したものなのですけれども、こういう体験プログラムをつくるのがメーンの仕事でやっています。もちろん参加してもらった人に満足してもらうのもそうですけれども、とにかく、こういういろいろな形でまちに関わる機会を作りたいということで、釜石にちなんで鉄人と呼んでいるのですけれども、鉄人を増やしていくということを目的に、観光的なことをやっているという団体でございます。よろしくお願いいたします。

保室長

 次は、菊池様お願いします。

菊池 成夫

 橋野町の菊池成夫でございます。知事、お久しぶりでございます。
 実は、自分も橋野鉄鉱山が昨年の7月に世界遺産となりまして、生まれが橋野なものでございますから、縁がありまして鉄鋼会社でずっと勤めていました。知事はもう記憶にないのではないかと思いますが、実は3年前の秋に釜石市長のお供をして、世界遺産絡みで知事を表敬訪問しまして、その時、自分も知事の部屋に初めて入り、大きなテーブルがあって、前に知事と教育長と、もうお一方の3人がいました。あと、釜石市長以下我々は向かい側に座りました。ただ、市長に付いていったつもりでいましたら、市長が、「次は誰それ、何か言え。」ということになって、すっかり緊張してしまいまして、大変失礼したのではないかという苦い経験を持っていますが、今日はその時と比べて何とか平常心を保てそうですので、いろいろな方々、特に知事の御協力がありまして、めでたく去年の7月、世界文化遺産登録をさせていただきました。ありがたく思っています。
 私どもは地元の自治会組織でありまして、橋野鉄鉱山インフォメーションセンターを新しく作っていただきまして、そこを市から委託を受けて私どもが日常の管理、その他を担当させていただいています。自分も昨日、当番だったのですが、午後3時近くに、中型バスで秋田から笛吹を通って女性8人の一行が来たのです。その先達の人が80代と言っていました。秋田空港に着いて、すぐバスをチャーターして来られたのですが、六百箇所以上の世界遺産を回っているということでびっくりしました。私どもの橋野鉄鉱山が日本では最近登録になったので、初めて来たと。アメリカのどこそれにいつ行っていて、どうのというようなスケールの大きい話をする方々でした。
 ただ、私どもの橋野鉄鉱山は、世界遺産といいましても、平泉などとも違って、まず地味そのものでございますから、せめて周囲の環境だけは何とかいらした人に、ああ、いいところだなと思われるような形に努力したいと思っています。いずれ今後とも、知事、ひとつよろしくお願いします。

保室長

 ありがとうございます。
 それでは、宮崎さん、お願いします。

宮崎 敏子

 三陸いりや水産株式会社の宮崎と申します。私と社長である宮崎洋之とで震災後に水産会社を設立いたしました。
 私が釜石生まれの釜石育ちでございまして、実家がありましたところが魚市場の前ですので、小さいころは遊び場でございました。そういう思いもございまして、戻ってきてからすぐに起業いたしまして、会社は今「海まん」という商品を製造したり、産業に貢献したいということでやっております。
 そして、私自身は住んでおります仮設の自治会長などをいたしまして、本来であればもっと自分の会社に特化するべきなのでしょうけれども、人が流出したり、被災者はショックから立ち直れないまま仮設に入っていることから、動ける人が少ないということで、お鉢が回ってきたので、では私動けるからやりましょうという形で引き受けてやっているうちに、さまざまな課題に直面したり、それからこのように落ち込んでいるときにも救いはあるということが勉強になったりですとか、コミュニティーというものに対して大変関心を持つきっかけになりまして、これからも現在もそこに私自身は取り組んでいるということです。なので、会社のことというより、私はどちらかというとコミュニティーの方のお話になりますけれども、いかんせんプレーヤーが少ないといいますか、なかなか震災後に、人も足りなくなっているというところで、1人何役もしなくてはいけない現実の中で、先ほど「三つな」の伊藤さんもおっしゃっていましたが、動ける人を地元で育てていくというようなことがこれからの大きな課題だと思いますので、そういうこともこれから生かしてやっていけるようにならなければと思っています。よろしくお願いします。

保室長

 よろしくお願いします。
 それでは、六串さん、お願いします。

六串 夕子

 大槌町の海産物卸業をしています六串商店の六串夕子と申します。まだ26歳で、未熟なのですけれども、後継者として、県内外で催事や百貨店などに行って、三陸の海の幸を発信したく、積極的に出向いています。
 一応直営店として、釜石駅前のサン・フィッシュ釜石というところがあって、そこではお客さんに新鮮な食材を直営店ならではの格安で提供できればと思って販売しています。
 私のことなのですけれども、大槌町のお祭りで、震災前には桜木町手踊り会というのがあったのですけれども、それが震災から3年くらいは復活できなかったのですけれども、4年目、地元の人たちの協力を得てやっと復活させることができました。今は舞踊を習っているのですけれども、舞踊を通してボランティアなどをしながら、いろんな方々の笑顔を見れたらと思って、今頑張っています。

保室長

 ありがとうございます。
 それでは、平舘さん、お願いします。

平舘 理恵子

 一般社団法人KAI OTSUCHIの平舘理恵子です。KAI OTSUCHIという会社は、震災後の2013年にできて、そのときは緊急雇用で雇用した地元の方たちに、アプリ開発やウエブの製作の技術を教えるということを2年間やっていて、その間に8人を雇用しながら、ICT関係の技術育成をするということをやってきました。今は私を含めて12人で開発をしていまして、アプリ開発ですとか、ウエブの製作、あと3DCADを使った、去年までは復興計画の3D化もやっていました。
 それを、去年総務省の地域情報化大賞に応募しまして、名刺代わりに皆さんにお配りしているのですが、この中の112ページに私たちの取組が掲載されています。今回奨励賞に選んでいただいたのですが、東北で唯一私たちの事例が取り上げられました。
 あとは、最近のことで言いますと、大槌町のウエブサイトをリニューアルしまして、その中で行政サイトだけではなくてポータルサイト、玄関口となるサイトを作成して、その中に行政サイト、あとは新しく大槌応援団サイト、コミュニティーを活性化させるためのサイトを作成しました。そのプロモーション用のステッカーが封筒の中に入っていますので、ぜひサイトも御覧になってください。

保室長

 ありがとうございます。
 それでは、タタナさんお願いします。

タタナ ダラス ラ

 おはようございます。すごく緊張していますけれども、釜石シーウェーブスの選手、ダラス・タタナと申します。2008年にニュージーランドから来ました。日本に来まして、札幌山の手高校に入りました。3年間やって卒業しました。2011年、東海大学に入りました。2015年3月、大学を卒業して、4月から釜石に来ました。その後、4月からホテルフォルクローロ三陸釜石のフロントで働いています。これからよろしくお願いします。

保室長

 よろしくお願いします。日本語、大分上手になられましたね。

タタナ ダラス ラ

 緊張しています。

保室長

 ぜひ、どうぞ皆さんお食べになりながら。
 それでは続きまして、今日のテーマとしております「復興~夢と希望を次へつなぐ~」ということで、これからの復興の将来というようなことについてお話を伺いたいと思います。
 釜石市、大槌町のこの地域は、先ほど菊池さんからもお話しがありましたとおり、世界遺産の登録もございましたし、タタナさんが大活躍するかもしれないラグビーワールドカップも控えているというようなこともございまして、様々な動きもございますが、そういう中でさまざま課題もございますでしょうし、これからの展望ということも皆様お一人お一人お持ちではないかというように思います。
 そういうことで、今の課題、今後自分たちの取り組みたいこと、そして今後の方向や夢、そういったものにつきましてお話を伺いたいと思います。先ほど自己紹介いただいた順番で、2人ずつお話をいただいてから、知事から若干コメントするような形で進めてまいりたいと思います。
 それではまた、伊藤様の方からお願いしてよろしいでしょうか。

伊藤 聡

 わかりました。

保室長

 よろしくお願いします。

伊藤 聡

 余り整理してこなかったので、話しながらと思いますけれども、今夢という話があったので、最終的に描いている夢は、実はこういう地方でも人が育つというモデルをつくりたいとを思っていまして、震災前までだと、東京に行かないと何もないみたいな感じだったのが、震災が起きたことによって、大分地方に目が向けられていると思うのですけれども、5年間活動してきて、何となくそういう夢は出てきたと感じているところではあります。
 今やっていることとしては、さっきちらっとお話しさせてもらった、観光という手法を通してまちに関わる人を増やすというのは、今を担う人をつくるということ。宮崎さんからおっしゃっていただきましたけれども、本当に人が足りないし、プレーヤーが少ないというのは私も実感しているので、とにかくどういう形であれ、まちに関わる機会をつくり、1回まちに関わった経験がある人だと、まちづくりの議論にも参加していったりするのですよね。そういう流れをつくるのに、一旦こういう観光という手法を使いたいと思って、こういう体験プログラムにこだわってやっているのですけれども、そういうことを繰り返すことで、人は育っていくと思うのです。
 ただ、一方で人がいないのはまさにそのとおりなのですよね。こういうことをやりたいと思っても、なかなか1人だと成し遂げられないと思うのです。そこを補う存在として、外部人材をうまくうちは活用できているなという印象を持っております。震災直後からボランティアさんの受け入れをしているのですけれども、今も少ないながら受け入れしています。基本的には1カ月だったり、二、三週間が一番多いのですけれども、滞在型のボランティアというのに絞ってやっているのですけれども、年間通して大体130から150名ぐらいが来ています。リピーターももちろん多いです。そういう人たちが来ることで、地域側がこういうことをやりたいというのを支えてくれるいい関係性を築いているのですよね。例えば海浜植物を復活させたいという元漁師さんがいるのですけれども、じいちゃん、ばあちゃんたちを集めて会をつくったのですよね。14人ぐらいで会をつくるのですけれども、真夏に作業するのは大変だと思うのですけれども、でもそこに大学生が来ると楽しいし、作業もはかどるみたいな、そういうことをやったり、あと地元の高校生ともお付き合いをしているのですけれども、高校生がこういうことをやりたいといっても勉強が忙しいとなかなか手が回らないのですけれども、そういう手が届かないところをこういう外部人材の人がやってくれるというような関係性をつくるだけで、1個1個地域のやりたい思いみたいなものが実現していくというシーンを作り出しているという感じです。
 うちは、さらにその先に、移住、定住など余り考えていないのですけれども、結果、一昨年は5人移住したのです。移住をいきなりしないと思うのですよね。何回もリピートしてくれる人たちを緩く、「三つな」コミュニティーと言っているのですけれども、緩く地域と関わりながら、お試し移住のような感じだと思うのですけれども、そうやって地域性を感じられたりとか、地域の人と交流して、釜石だったら自分も何かやれるかもみたいな人が5名ぐらい移住につながっていたりするので、そういう人と人が作用することでお互いが育ち合うみたいな、そういうモデルをまずここで作って、東北から各地方都市に発信できるような、そういうモデルをつくりたいというのが今自分の描いている夢だったりします。
 まとまりがないのですけれども、そんな感じでございます。

保室長

 それでは、菊池さんもお願いいたします。

菊池 成夫

 自分は地域振興にかけて、せっかくの機会でございますから、2つほど知事に聞いていただきたいと思っています。
 1つは、御存じのとおり世界遺産になりましたものですから、これを何としてでも地域振興に結びつけたいというように考えています。1つの狙いは、私どもの住んでいる橋野、これは幕末から大正にかけて約60年間、鉄鉱石を使って鉄をつくったところがあるのです。その流れが釜石の鈴子町、今の製鉄所につながっているわけです。ですから、釜石というと、鉄とは切っても切れない縁があるものですから、今回世界遺産になったことを契機に、まず小学校の高学年、それから中学生向けの教育旅行で、釜石に行けば鉄の勉強ができる、体験もできるという形にという思いで今検討し始めるところで、何とか子どもたちのためにもなるような形で軌道に乗せたいと思っています。
 もう1つは、橋野鉄鉱山は、釜石市の北西部、遠野と大槌を境にしておりますが、鉄鉱山の隣が和山牧場で、高原地帯のあるところでございます。そこで、もう十数年前になりますけれども、風力発電を実施しておりますけれども、タワー、風力ですから、1,000キロワットのものを43基稼働中です。これの増強の話があります。自然・再生可能エネルギーは当然いの一番に優先的に増強すべきではないかと思っていますので、知事には何とかこれの後押しをお願いしたいと思っています。
 広い県土を持っている岩手県ですが、例えば太平洋岸の青森、岩手、宮城、福島で見ますと、原発及び関連施設のないのが岩手だけですよね。このような風光明媚な土地(海もあって、山もあって、広い土地を持っている県ですから、これを将来も維持すべきと考えます。原発及び関連施設は岩手県には必要ないものと考えます。三陸漁場もありますし、こういうスタンスを知事にぜひ持っていただきたいというように考えています。
 グリーンツーリズムとか、ここに「三つな」の伊藤さんがいますが、私どもの橋野は大分前からグリーンツーリズムと関わりを持っていまして、そういう意味での子どもたち向けの体験を含めたいろんなものの立ち上げをぜひやっていきたい。それが今回の世界遺産になった恩恵という形で、この釜石の地域振興の役に立つ一つとなるのではないかというように考えていますので、今後とも御指導をよろしくお願いしたいと思います。

保室長

 どうもありがとうございました。
 それでは、ここで知事からお願いします。

達増知事

 伊藤聡さんの取組で、観光という切り口から、人に注目しているというのは大変いいことだと思っていまして、観光はいろいろな地域資源を発掘し、磨き上げるというようなことが言われるのですけれども、そういう中で人もいわば地域資源で、人を発掘して、また磨き上げるという観光、お客さん方にも勉強になるのでしょうけれども、多分鉄人の皆さんにも勉強になる、地域の力を高めていくのにもすごく役に立つやり方なのだと思います。
 そうやって地方でも人が育つモデルということで、子どもたちが育つのはもちろんなのですけれども、大人たちもまた様々刺激を受けながら育っていくという形ができているのではないかと思います。外部人材もどんどん来てもらうということで、そこから移住する人も出てきているというのもまたすごいと思いますし、復興の仕事に取り組んでいて思うのは、地元の底力と、様々なつながりの力が合わさったときにものすごい力になるので、地元の底力というのも大事なのですけれども、やはり地元以外の様々なつながりの力がどれだけ得られるかというのも非常に大事なので、そこを組み合わせてやっているというのは、非常にいいなと思いました。
 そして、世界遺産、橋野鉄鉱山を中心に鉄の教育旅行、これは実にいいと思います。世界遺産が決まっていくプロセスでも、日本における近代製鉄の元祖が釜石市橋野にあったということは、アメリカ、ヨーロッパでも広く知られていて、そういうところからの支持もあって世界遺産に決まっていったと聞いていますので、世界に通用する話なのだと思います。まして国内の児童生徒、大人でもいいのですけれども、そういう歴史を知り、また人と自然が一緒になって新しいものを作っていく科学技術についても学ぶ場としてふさわしいと思います。
 再生可能エネルギーは、沿岸の東日本大震災での被災地が復興する中で、各地いろんな形で再生可能エネルギー振興を取り入れて復興を進めようということで、釜石市さんからもいろいろ聞いていますので、県としても市と連携しながら、様々地域の再生可能エネルギーに向いたところもありますので、そういう特性を生かして岩手全体としても再生可能エネルギー振興を進めていきたいと思います。

保室長

 それでは次に、宮崎さんからお願いいたします。

宮崎 敏子

 先ほど申し上げましたように、私はコミュニティーの観点からお話をさせていただくことになります。
 何から話ししていいのかなと思いますけれども、現在私の住んでおります仮設は、6月に閉鎖が決まっておりますので、そこから直接、復興公営住宅であったり、一旦他の応急仮設住宅に移るという形の方々がいて、今はもう51戸のうち20~25世帯ぐらいしか住んでいないかと思います。
 今はもう自治会も総会をもって解散いたしましたが、この間まで会長をやってくださっていた方が責任者という形でいてくださっています。私はその前の2代目なのですけれども、最初に自治会が必要だから作ってほしいということを市から受けたとき、まだ皆さん自分の生活も、既存の町内会をどうするかということも決まっていないのにどうしよう、というところからのスタートでした。最初は適任の方にやっていただいていたのですが、お引っ越しなされましたので、当時副会長をしていた私が、「じゃ、しょうがない、やろうか」という形で引き受け、「そんなにいっぱいないよね、やること。」という感じだったのですが、いかんせん仮設は2年という話がどんどん延びていってしまいましたので、これは「ただごみ当番を決めるだけでいいよね。」では済まなくなってまいりまして、当時ボランティアに入っていただいた人たちにも、「ではお願いしますね。」という程度だったのを、直接交渉するなどコミュニティーづくりをしなくてはいけない状況になってまいりました。
 そんなときに、いろいろとお願いしていた自治会の役員の方々が、私の両親と同じぐらいの年の男性の方々に主にやっていただいたのですが、後に同級生のお父さんたちだったというのが発覚して、後で「すみません、いろいろ顎で使って」というようなことは言いましたけれども、こういう非常時だということもあって、一生懸命私のサポートをしてくださいました。それが派生して、うちの応急仮設住宅が入っている既存の町内会さんとのお付き合いをどうしようかというところがストップしていたのも、釜石市社会福祉協議会ですとか、釜援隊の方ですとかが間に入ってくださったこともあって、町内会ともつながることが、割と早い、3年ぐらい前にできたのです。
 それまでは、あちらの町内会も、どのようにしたらいいものかと思っていらしたようで、やはり大きな災害というのはそうそう起きるものではないですから、まさか100人単位の人が自分の町内会にぽんと入ってくるということは想定外だったと思いますので、自分たちが思ったのは、そういうことがあったときに間をつないでくれる人や団体、例えば行政と住民の間をつなぐというのがやっぱり必要だと。これは普段の町内会であったり、自治活動でもあった方がいいと思うのですけれども、非常時にはすぐあった方がいいということを、大変感じました。
 これから私たちはそれぞれの復興住宅であったり、お引っ越しという形でいろんなところに行きますけれども、住民の皆さんには、仮設住宅というのはあくまでも仮であるので、ここでどっしりお尻を落ち着けてしまったり、どうしよう、どうしようと焦ってばかりではなく、次へのステップの体力づくりに、気持ちの体力づくりにしましょうと折に触れて言っておりました。皆さん空元気のまま頑張ってきて、なんとか気持ちを落ちつかせていただいたところはあると思いますので、どうしても5年という月日が長い分、残念ながら御病気で亡くなられた方などもいらっしゃいますが、元気で頑張った人たちは、自分たちが次に行ったときのコミュニティーの種になるというような形と思ってくださる方も何人か出てきたというのは、非常に頼もしい限りだと思いました。
 ですので、何度もさっきから、別に伊藤さんと目配せして言っているわけではないのですけれども、やっぱり地元に人を育てていくというのは、もちろん子どもたちの未来を、というのもあるのですけれども、大人が育つことによって、子どももそれを見て育つということで根づいていくというものもあると思いますので、私たちには釜石市社会福祉協議会さんであったり、釜援隊さん、町内会といったバックアップがありましたけれども、忙しい中バックアップをしてくださるそういう方々のバックアップもあったらいいなというようにも思いました。こういうコミュニティーづくりの上で、仮設という場所から考えたことですけれども、これからまた人を呼び戻したりとか、いる人たちで頑張っていくという意味では、そういうところも増やしていければ、もっとよりよいまちづくりの一端になるのではないかと思っています。

保室長

 ありがとうございます。
 それでは、六串様お願いいたします。

六串 夕子

 現在、沿岸広域振興局の三陸ブランド創造隊の皆さんの御協力をいただいて、東京の恵比寿にある賛否両論の笠原シェフの監修の下、知事には前に食べていただいたと思うのですけれども、三陸鉄道釜石駅で完全予約制で販売している三賛六弁当というのを販売させていただいていて、今うちの商品であるウニ御飯の上にアワビやウニ、あとはイクラ、星形に切った昆布を載せたウニ御飯の「海のおもてなし」という新商品がありまして、そういう新商品をいろいろ作ってお客様の反応を伺いながら、あとはアドバイザーの意見を取り入れながら試行錯誤して作っていきながら、震災前の大槌町に戻れる、近づけられるように自分なりに向上心を持って、店主であり、父親の威厳なのですけれども、「安心、安全、ほら吹かない。」というのがあるのですけれども、それをモットーに日々努力していきたいと思っています。

保室長

 ありがとうございます。では、知事からお願いします。

達増知事

 今、熊本県を中心とした地震が相次いで大きな被害が出て、避難所生活が大変だという報告を受けたり、報道で見たりしていて思うのは、防災というのは自治の中心ですし、また災害が起きた後の対応というのは自治の究極の姿。自治というのは、全体が今どうなっていて、その中でそれぞれが何をすればいいのかというのを、平時であれば役割や、やらなければならないことが大体決まっていて、余り考えないでもやれるのですけれども、大きな災害があったときなどは常に考えて、今までやったことがないようなことをやったり、それはまさに学びのプロセスなのだと思うのです。自治というのは、もともと学びのプロセスであったのが、特に大きな変化や大きな災害が起きたときには、それが極端な形で出てくるので、うまく学べるような環境が必要なので、この間をつなぐ人というのがやっぱり大事なのだと思います。こういうやり方があるとか、他ではこうやっているとか、国の法律だとこういうのを利用できるとか、県としてもそういう復旧、復興が新しい自治体の形として地方創生、ふるさと振興につながっていけるようにしていかなければならないと改めて思います。
 人が足りない感というのは常にあるのだと思います。やらなければならないことが見えない状態だから、やらなければならないことをやっている人というのは、常に少ない状態の中で増やしていかなければならないですから、大変なのだとは思うのですけれども、ただそこが見えてくれば、何をしていいかわからない状態のままぼろぼろになっていくということが世の中にありがちだと思うのですけれども、その中できちっとやるべきことが見えてくれば、その方向でいろんな人にも協力してもらって復興から創生へというようなプロセスを進んでいけると思います。
 そして、六串さんの三賛六弁当は私も食べて大変おいしかったのですけれども、「海のおもてなし」もすごくおいしそうですね。大槌の食も全国トップクラスですので、震災以前の状態に戻したいということだったのですが、震災前よりも大槌という名前自体、知名度が高くなり、大槌という地名を知っている人が格段に増えているし、また海の幸のおいしさということもどんどん有名になっていっていると思うので、そうしたニーズにうまくマッチするようなものを届けていけば、震災前よりも全国の人たちに海の幸を利用してもらえる大槌として栄えていくと思うので、県としても頑張っていきたいと思います。

保室長

 ありがとうございます。
 それでは次に、平舘様からお願いいたします。

平舘 理恵子

 KAI OTSUCHIとして今まで、アプリ開発、ウエブや製作物を作るということはもちろん、地元の人たちに技術を教えて、その方たちを雇用するということもやっていて、そのスタートというのが震災で働く場所がなくなってしまった方が多くて、今はだんだん増えてきていますけれども、最初はなかなかそういう場所がなくて、あとは戻ってきたいという方も戻って働く場所がないという問題があったので、そこでこういう会社があるから戻ってきたいという場所になるようにという思いを込めてKAI OTSUCHIという会社をやってきました。それで、今まで大槌町、あとは沿岸地域に余りなかった業種のITやICTと呼ばれる分野の仕事を始めて、今までそういうところで働きたいけれども、仕事がないから、職場がないからということで、どうしても外に出てしまうということがあったと思うので、そういう方たちも戻ってきやすいように受け入れられる会社としてこれからも続けていきたいと思っています。
 あとは、観光という部分なのですけれども、大槌町は特にそうだと思うのですけれども、PRが下手なところがまだまだあると思うので、形はよくないのですけれども、震災で大槌町という名前は今までよりは出るようにはなっていると思うのですけれども、いいところや、おいしい食べ物などそういう部分のPRがまだうまくいっていないと、震災前から私は思っていて、やっと大槌町の応援団サイトのような形で、登録していただくと情報発信ができるようになっているのです。そういう形で、どんどん地元の人にも情報を発信していただきたいと思っているのですが、PRの方も、役場側でつくったのですけれども、なかなかうまくいっていないようなので、私たちの方で宣伝や使い方等を地元の方たちにお知らせしてどんどん活用していってほしいと思っています。
 あと、新しく5月から浪板海岸ヴィレッジに移転することが決まっていて、今まで印刷会社さんの一角をお借りして活動していたのですけれども、そちらに完全移行して、事務所と、あとコワーキングスペースを始める予定になっています。大槌町でなかなか人が集まったり、落ち着いて仕事をしたりする場所がない。あとは、事務所として使えるような場所がまだ余りないということで、私たちも始めるに当たって苦労したのですけれども、そこを何とかしたいという思いがありまして、今回コワーキングスペースを始める予定です。そこで人がどんどん集まって新しい仕事が生まれるような場所になっていけたらと思っています。

保室長

 ありがとうございました。
 それでは、タタナ様もよろしくお願いします。

タタナ ダラス ラ

 夢としては、日本で2019年のラグビーワールドカップがありますので、釜石のまちの人はもちろん、釜石だけでなく、岩手県の人と釜石シーウェイブスラグビー選手がもっとフレンドリーになってほしいです。そのためにも、私はラグビーをしています。
 「私は誰のためにプレイするのか」「私は何のためにプレイするのか」をいつも試合の前に考え、勝つためにプレイしています。それがラグビー選手の仕事です。
 私はホテルで働いていますが、旅行に来るお客様には、「釜石はラグビーのまち」というイメージもありますので、そのお客様をお迎えするためにもホテルのフロントに立っています。フロントでお客様と話や握手をしたり、一緒に写真を撮ったりして、お客様に喜んでもらっています。だから私は、試合に絶対勝ちたいと思っています。 以上です。

保室長

 ありがとうございます。
 では、一旦知事からお願いします。

達増知事

 KAI OTSUCHIさんが今度浪板海岸ヴィレッジに移るということで、サーファーショップとかある、あの中に入っていくわけですが。

平舘 理恵子

 はい、テナントの一つに入ります。

達増知事

 格好いいところなので、非常にいいのではないかと思います。
 アプリ開発などは、結構人の作業もあって雇用の確保としていい分野で、既に12人が働いているということで、大変ありがたいと思います。そういうのが身近になければ、そういうところで働くというのは思いもつかないのでしょうけれども、KAI OTSUCHIさんのような企業があればやってみようという人たちが地元の中からも出てくるだろうし、そういう地元の底力を高めていくのに非常にいいと思います。
 また、スローガンで「大槌町をミニミニシリコンバレーへ」というすごい野心的なスローガン、でもこれは本当にそのとおりだと思って、まずKAI OTSUCHIさんがあることでこのことがリアリティーを持っているし、「大槌ってすごい。」という感じが全国にも広がっていると思うので、ぜひこの調子で頑張ってほしいと思います。
 そして、タタナ ダラス ラさんですが、ホテルを拠点にしてラグビーファンの人たちに集まってもらったり、地元の人たちとラグビーをどんどんつなげていったりということで、拠点があるのがいいと思います。三陸鉄道の釜石駅にもラグビーボールの飾りを、大きい飾りを置いたりしてやっているのですけれども、やはりラグビー選手でもあって、ラグビーのことをよく知っている人がホテルのフロントにいるということで、ラグビーをどんどん広げていくことができると思うので、ぜひこれから頑張ってほしいと思います。期待しています。

保室長

 ありがとうございました。
 ここまでは、皆様から一通りテーマに沿ったお話をいただいたわけでございますけれども、まだお時間もございますので、特に今日の「復興」というテーマに関わらなくても結構でございますので、この際ぜひこういうこともお話ししたい、先ほど言い忘れたことなどがありましたらぜひ皆様御自由に、今度は自由時間ということで御発言いただきたいと思いますが、いかがでございますか。
 先ほど六串さんは、少しお時間が控え目だったようにも思いましたから、例えば新しい商品を開発するに当たって、それからそれを売り出すに当たっていろいろ御苦労もあるかと思うのですけれども、そういうところで何かコメントがありましたら、どうですか。

六串 夕子

 とりあえず新商品を作るためには、従業員のお昼御飯から新商品になったりするのが多いのですけれども、試行錯誤をしながらなのですけれども、三陸のものを使って、一応添加物を使わないということにこだわりを持って作っているのですけれども、機械を使わず全部、手作業で、今の奥様方は本当に魚でも何でも、塩辛とかそういうのでも甘塩でというこだわりがあり、添加物が嫌な人が多くなってきています。あとは、軽トラ市などに出向いたりしています。

保室長

 「海まん」も新しい商品として出ていますが、ちょっと会社の方は余りタッチされていないと思いますけれども、調子はいかがですか。

宮崎 敏子

 事務をやっていますけれども、ほぼ社長が現場から何からやっておりますので、私は試食のときだけは食べますけれども。

達増知事

 おいしいですよね。そして、なぜ今までこういうのがなかったのかというような感じで、シーフード中華まんというのは、グッドアイデアだと思います。

宮崎 敏子

 ありがとうございます。中華味というのであればあるのかもしれないのですけれども。あと、社長は釜石の人間ではないのですけれども、私が釜石ということで、よく帰省で来ていたときに釣りが好きで、食べるのも好きで、自分で魚をさばいて食べる人なので、「釜石は宝物が多いよね。」と言っていました。そういうことから発想を得て、いろいろアイデアが頭に詰まっているみたいですけれども。恐らくこれからもそういった形で少しずつ、家族の私もびっくりするようなものが出てくるのではないかと期待しています。

保室長

 そういう意味では、岩手県の外からいらした方のいろんな行動力とか発想で今こういう形になっているということはあるかもしれませんですね。

宮崎 敏子

 確かにそれはありますね。私がここで生まれ育ったということで、当たり前に思っていたことで気づかないことに、これが素晴らしいと言ったりすることがあったりするのですけれども、例えば、「やませ」とかですね。私たちにしてみると農作物がその年は駄目になるとか、ああ、また寒くなったとかと言うのですけれども、「あれは幻想的な風景だよね。」と言われればそうなのかなとか、だから発想が、やっぱり外からの目というのは、そういう意味では非常に大事だなというのがありますよね。

保室長

 どうでしょうか。タタナさん、モアフレンドリーということで、もっと親しくということに関しては、これからこういうようなことがあったらいいのではないかというようなお話、何かありましたら。

タタナ ダラス ラ

 まだはっきりとはわからないのですけれども、私はお客様に「釜石へようこそ」とお迎えしていますが、ワールドカップのとき、まちに外国人が多く来ます。多分、言葉のコミュニケーションがまちでは大変になるかと思っていますので、それをまちとして何かできればと思います。

保室長

 なるほど、そうですね。言葉の問題ですね。2019といっても、あっという間にもうやってきてしまうということもありますから。
 先ほどの外からという話もありましたけれども、一番感じていらっしゃるのは伊藤様ではないですか。知事からは、つながりの力と底力という話もございましたけれども、どうでしょうか。

伊藤 聡

 もちろんそうですし、「本格復興完遂」と書いてありますけれども、多分ここからの5年がすごく大事だと思っているのですけれども、さっき自分の事業の話もさせてもらったのですけれども、ここから課題だと思うのが、例えば間をつなぐ人と宮崎さんがおっしゃっていましたけれども、釜石だと釜援隊などが一定の役割を果たしてくれていると思うのですが、彼らは応急仮設住宅を活用させてもらって、そこに滞在しながら仕事をしていると思うのですけれども、今、復興公営住宅がどんどん建ち始めていると同時に集約化されていて、実はうちも団体として借りているのです。いつ出なければならないかというのでびくびくしているのですけれども、やはり住む場所がちゃんとあるから落ち着いて仕事ができているというのもあると思うのです。
 逆に、これから仮設がなくなるのだったら、空き家をうまく活用するなど考えたいと思って、実はゲストハウス事業もやりたくて手頃な空き家を探しているのですけれども、なかなかそう簡単に見つかるわけでもないので、そういう空き家を活用するような事業や、それもすぐなかなかできないのだったら、制度の問題があると思うのですけれども、あえて今ある応急仮設住宅を活用するなど、そういう安価で滞在しながら地域のために活動できるみたいなことができたら、本当の意味での本格復興に向かうための原動力として外部人材を活用するというのはあるのではないかと思っています。

達増知事

 住む場所問題は非常に大事なので、これは年度初めの県の幹部会議でもやはり課題として取り上げられたのですけれども、住む場所の確保かつ若い人たちにとって住みやすい、利用しやすい、余り高いと大変ですから、それを確保していかないと、せっかく釜石に住みたい、働きたいという若い人がいるのに、住まいの事情でそれができないとなったらもったいなくてしようがないですから、ふんだんに住む場所を確保することが大事ですよね。

保室長

 そういう観点からは、平舘さんのところは大丈夫ですか。

平舘 理恵子

 そうですね、まだまだ大槌町は、どうですかね。震災を受けた方は、復興住宅に住めるとは思うのですけれども、Uターン、Iターンで考えたときは、なかなかまだ難しいのかなと。
 サテライトオフィスみたいな形で、夏は涼しいですし、やませがあったりして、来たいというお話は幾つか受けているのですけれども、どうしても住む場所や事務所にする場所がないというのがネックになっていると思っています。

保室長

 その辺は、いろいろ工夫のしどころがあるかもしれないということですね。

菊池 成夫

 本当の意味で復興になったというのは、端的に応急仮設住宅がなくなった段階だと見るべきですよね。けれども、応急仮設住宅がないと困るという人が出てくるということは、何か別の方法を考える必要がある。仮設がいいわけでは決してないと思います。あくまでも仮設は仮設なわけですから。

伊藤 聡

 そういう意味で、空き家を逆にうまく活用できたら。

菊池 成夫

 そうそう。そっちの方ですよ。一方では、空き家がどんどん増えてくる可能性もあるし。

宮崎 敏子

 それを調査するといっても、自分のところでやるといってもなかなか難しいから、やはりそういう空き家の状況などを公開してもらうなど、もちろんプライバシーの問題もありますので、例えば「何軒、どこの地域にありますよ。」とわかるだけでも大分違う、その先どうしようかということにもつながると思います。

達増知事

 空き家対策は、行政も取り組まなければならないことなので、ぼろぼろになったのをどう壊すかというだけではなくて、住める空き家をどう活用するかという観点から。

菊池 成夫

 例えば私ども橋野町にも数えたらいっぱいあるわけです。ただ、地理的な問題もあるけれども、一方では不足している、一方では空いているという、これをどうバランスをとっていくかの問題です。

保室長

 一般的に沿岸は、内陸に比べますと住宅事情、必ずしも民間のアパートが豊富でもないということもございますので、そういう有効活用というのは確かにこれからあるかもしれませんね。

宮崎 敏子

 少し奥まった集落だと、だんだん人が少なくなって限界集落に近くなっていたりします。
でも空き家があったりすると、そういうところに自分で住みに来たいという若い人も結構いたりするのではないかと思うのです。そうすると、相互扶助の関係も自然に生まれたりして、コミュニティー形成にも大きく寄与する部分があるのではないかと思います。やはり、若い人がいてくれるということは、非常に頼もしいということがあります。
 先ほどの自治会の話ではないですけれども、自治会は年配の方がやるものというようなイメージをどこかでひっくり返したいというのは、正直この5年間で私は思うようになりまして、例えば若い人たち自らの「40歳以上の人は入るな。」「自分たちでやるから。」といった自治会ジュニアみたいなものができて、自分たちでやりたいようにやってもらうと、そのまちの活性化にもつながっていくし、さらに年配の方々がやってきたこととうまく融合できれば、いろんな世代の人たちがまちづくりに知らないうちに貢献できていくのではないかと思います。

保室長

 いろいろありがとうございました。もう一言言っておきたいというようなことはありませんか。

平舘 理恵子

 今私たちの会社では半分が女性なのです。12人中6人が女性で、そのうちの4人が子育てをしながら働いているのですけれども、そういう大槌町の方だったり、釜石市だったり、主婦で何か仕事をしたいのだけれども、時間帯が難しいとか、あと土日が出られないとか、そういうところで職種や、働ける場所が限られてきているということがありまして、今私たちではパートタイムという形で時間を短縮して対応しているのですけれども、それだけでは多分対応し切れない部分や、今までのように1年間みっちり指導してという形ではなかなか難しくなってくると思うので、そういう形ではなくて、広く1カ月程度の教育でできるような分野の仕事をこれからスタートしていこうと準備しているところです。

保室長

 ありがとうございます。女性のそういう進出の場ということもいいことだと思います。
 いろいろありがとうございました。

知事所感

保室長

 それでは、最後に知事、総括的にお願いいたします。

達増知事

 この釜石市、大槌町を舞台にそれぞれの地域、またそれぞれの分野で非常に先端的な活動をしていらっしゃるということを改めて感じました。県としてもそういう皆さんの活動をしっかり応援し、あるいは共に進んでいかなければならないと改めて思いましたので、ぜひ県の広域振興局も気軽に利用していただきたいと思いますし、全くこの同じメンバーでまた集まるというのはそう簡単ではないかもしれませんけれども、せっかくの御縁ですから、いろいろ連携して取り組んでいくと、また相乗効果があるかもしれませんし、私も今日で終わりということではなくて、また何かあればいつでもいろいろ言ってきていただきたいと思います。
 今日はどうもありがとうございました。

閉会

保室長

 皆様、本日は長い時間にわたりまして様々なお話をしてくださいましてどうもありがとうございました。
 これをもちまして本日の県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会を終了とさせていただきます。
 

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