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「がんばろう!岩手」意見交換会(平成26年1月22日 気仙地区高等学校)

ID番号 N22748 更新日 平成26年3月13日

日時

平成26年1月22日(水曜日) 11時00分から12時00分

場所

岩手県立大船渡高等学校 大会議室

出席者

  • 参加者(敬称略)
    田畑 佳祐(岩手県立大船渡高等学校)
    伊藤 倖汰(岩手県立大船渡高等学校)
    藤原 奈々(岩手県立高田高等学校)
    菅野 樹希(岩手県立高田高等学校)
    月折 七海(岩手県立大船渡東高等学校)
    大和田 幹(岩手県立大船渡東高等学校)
    國井 未岬(岩手県立住田高等学校)
    安延 由梨亜(岩手県立住田高等学校)
     
  • 県側
    達増知事
    水野秘書広報室長
  • 司会
    片岡 順一(岩手県立大船渡高等学校副校長)

 

開会

片岡副校長

 それでは、ただいまから県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会を開催いたします。
 本日、御出席いただきました生徒の皆さん、また大船渡市様、陸前高田市様、県議会の先生には御多忙のところお越しくださいまして、誠にありがとうございます。心から感謝を申し上げます。
 私は、本日の進行役を務めさせていただきます岩手県立大船渡高等学校副校長の片岡と申します。どうぞよろしくお願いします。
 

知事あいさつ

懇談会の様子1

片岡副校長

 それでは、開会にあたりまして知事から一言御挨拶をお願いいたします。
 

達増知事

 皆さん、おはようございます。学年末のお忙しい時にこのように集まってもらいましてありがとうございます。引率の先生方、また会場を用意してくださった大船渡高校の先生方ありがとうございます。それから、大船渡市、陸前高田市、そして県議会からも田村先生においでいただきましてありがとうございます。
 さて、県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会というのは東日本大震災の後、この災害の対応から復興に携わる人たちと意見交換をし、岩手県の復興の政策に役立てるということを目的としてそれぞれの地域で、あるいはいろんな分野で活躍している皆さんに集まってもらい開催しています。そして、高校生の皆さんにも集まってもらうということを地域ごとにやっているのですけれども、高校生の皆さんは学業を中心に高校生活を充実させるということ自体、地域の復興のために大いに役に立つことなのですが、さらに学校の外でもいろいろ活動を広げてくれている生徒たちがいて大変頼もしく思っています。
復興の担い手、地域振興の担い手、去年はNHKのドラマ「あまちゃん」でも高校生が地域振興の主役になったり、あるいは復興の先導役になったりということがありまして、あのドラマと同じようなことが現実の岩手でも起きている、大変頼もしく思っています。今日は皆さんの意見を聞いて県の仕事の参考にしていきたいと思いますので、よろしくお願いします。
 

片岡副校長

 ありがとうございました。
 それでは、本日御出席の皆様を御紹介いたします。
 岩手県立大船渡高等学校、田畑佳祐さんです。
 

田畑佳祐

 よろしくお願いします。
 

片岡副校長

 同じく岩手県立大船渡高等学校、伊藤倖汰さんです。
 

伊藤倖汰

 よろしくお願いします。
 

片岡副校長

 岩手県立高田高等学校、藤原奈々さんです。
 

藤原奈々

 よろしくお願いします。
 

片岡副校長

 同じく岩手県立高田高等学校、菅野樹希さんです。
 

菅野樹希

 お願いします。
 

片岡副校長

 続きまして、岩手県立大船渡東高等学校、月折七海さんです。
 

月折七海

 よろしくお願いします。
 

片岡副校長

 同じく岩手県立大船渡東高等学校、大和田幹さんです。
 

大和田幹

 よろしくお願いします。
 

片岡副校長

 それから、岩手県立住田高等学校、國井未岬さんです。
 

國井未岬

 よろしくお願いします。
 

片岡副校長

 同じく岩手県立住田高等学校、安延由梨亜さんです。
 

安延由梨亜

 よろしくお願いします。
 

片岡副校長

 県のほうからは達増知事。
 

達増知事

 よろしくお願いします。
 

片岡副校長

 それから、水野秘書広報室長でございます。
 

水野室長

 よろしくお願いします。
 

片岡副校長

 なお、本日は大船渡市金野副市長様、陸前高田市及川様、それから県議会の田村先生にもお越しいただいております。
 なお、本日は皆様の御手元に飲み物と御菓子を準備しております。皆様には飲み物や御菓子を召し上がりながらリラックスして御参加いただきたいと思います。と言ってもなかなか飲まないですけれども、ぜひ飲んでください。よろしくお願いします。
 

懇談

懇談会の様子2

片岡副校長

 それでは、早速懇談に入らせていただきます。初めに、自己紹介を兼ねましてお一人2分から3分くらいのところで、今皆さんが学校や地域で取り組まれていることなどをお話しいただきたいと思います。
 それでは、名簿の順に田畑さんからお願いします。座ったままで結構です。
 

田畑佳祐

 自分は大船渡高校1年の田畑佳祐です。今回は、皆さんに自己紹介ということで自分の名前を覚えて帰ってもらいたいと思うので、田畑という名字なのですけれども、自分のニックネームはタバッチなので、それで呼んでもらえるとすごいありがたいと思います。よろしくお願いします。 それでは、自己紹介についてなのですが、生徒会、そして部活動では空手部に所属しています。高校になってからは、それほど復興に関して活動したということはありませんが、いわて高等教育コンソーシアムのほうに参加して、そこでほかの高校の人たちや大学生の方とも一緒に話をして未来の岩手について考えたりしてきました。
 高校ではそれぐらいですが、中学校のころは、自分は末崎町出身で、末崎中学校なので、震災が起こり、校庭には仮設住宅、そして末崎中学校の隣には市営球場があったので、そこにも仮設住宅が建ったので、末崎中学校で配布している末中新聞というものを仮設住宅の皆さんに配ったりとか、文化祭とか、運動会の時に仮設住宅の皆様に招待状を送って見に行ってもらうという活動をして末崎町で地域復興をメインに頑張っていたと思います。そして、末崎中学校は、末崎ワカメというワカメを作って東京で売ったりとか、この頃は震災の影響なのですが、盛岡のほうで売らせていただいたりしています。
今回知事と話せるということで、僕は復興に関して今ではなくて未来のリーダーになるのが自分たちなので、そのことについていろいろ話していけたら良いなと思っています。よろしくお願いします。
 

片岡副校長

 ありがとうございました。
 では、続きまして、大船渡高校の伊藤さんお願いします。
 

伊藤倖汰

 大船渡高校2年の伊藤倖汰です。ちょっと緊張して体が硬くなっていますので、どうかご容赦ください。
 自分は、部活は弓道部、あと生徒会と応援団に所属しています。3つも掛け持ちしているといろいろと大変なこともありますけれども、やっぱりいろんなことを体験出来るのはとても楽しいです。
 生徒会では生徒会長を務めていますが、自分は大船渡高校でみんなが笑っていられるような学校を作りたいなと思っています。そのために何が出来るかはまだ考え中ですが、大きな行事とかでもっとみんながこれ楽しいなとか、笑っていられる行事を作っていきたいなと思っています。
 これからも頑張っていきたいと思っています。よろしくお願いします。
 

片岡副校長

 それでは、高田高校の藤原さんお願いします。
 

藤原奈々

 高田高校から参りました生徒会長、2年生の藤原奈々です。
 私は現在卓球部に所属しており、勉強、部活、生徒会と3つを並行して行うのは難しいですが、毎日充実した生活を送っています。
 また、私は8月にビヨンドトゥモロー米国サマープログラムというプログラムでアメリカに行きました。そして、2年に渡り、2年連続ビヨンドトゥモロー東北未来リーダーズサミットに参加し、東北の復興計画を地元の高校生と一緒に練っています。私は、震災により、私たちは可哀そうとたくさんの人に言われ、支えられてきましたが、私はもう可哀そうではなく、自分たちが発信する番だと思っています。よろしくお願いします。
 

片岡副校長

 ありがとうございました。
 それでは、高田高校の菅野さんお願いします。
 

菅野樹希

 同じく高田高校から参りました2年、菅野樹希と申します。
 私は、生徒会では副会長を務めており、奈々さんやほかの生徒会のメンバーと一緒に、今の私たちには何が出来るのかというのを自主的に考え、また校内だけでなく校外にも目を向けて活動しています。
 私は、震災後は高校1年生の春にフィリピンに渡り、現地の辛い環境で生活をしている子どもたちを取材し、そのレポートをまとめて、帰国後にたくさんの広報活動に積極的に参加する活動を通し、たくさんの恵まれない環境、私たちも震災後にはそういった環境でも生活をしてきましたが、そこにもやはりたくさんの希望があるということを知り、それはこの東北の今後においても通じることなのではないかという風に考え、自分たちに何が出来るのかということをさらに深く考えるよい機会をもたらしていただきました。
 今日は達増知事とお話が出来る貴重な機会ということで、とても楽しみにしていました。よろしくお願いします。
 

片岡副校長

 知事、何かコメントはございますか。
 

達増知事

 学校生活、勉強、生徒会、クラブそれぞれ頑張っていることに加えて、この地域でのいろんな活動とか、また外国との繋がりにもなっていくようなそういう活動もやっていて大変頼もしく思います。また、そういった活動を楽しそうにやっているところがまた良いと思っていまして、伊藤倖汰君が笑っていられるような学校を目指したいという、それは僕も岩手全体がそういう風になれば良いし、したいと思っているので、一緒に頑張りたいという風に思いました。
 

片岡副校長

 では、今度は東高校の月折さんお願いします。
 

月折七海

 私は、大船渡東高校食物文化科2年、月折七海です。
 学校では、生徒会副会長をしています。東高校生徒会では、主に地域との絆を大切に活動しています。地域復興に少しでも貢献出来ればと学校周辺のごみ拾いや募金活動にも積極的に参加してきました。今年はそのほかに新たな企画を作り、生徒会活動を通してたくさんの地域の方々と触れ合いたいと考えています。例えば誰でも気軽に来ることが出来るイベントを開催する地域の方々への挨拶による交流などです。ボランティアもただ行うだけでなく、これからどうしていけば地域復興に繋がっていくか、その度に考えながら活動していきたいと思っています。
 また、今、東高校生徒会では、めんこいテレビ企画で生徒会を中心に学校紹介、映像作りをしています。こういう活動は初めてですが、東高校らしさを出せるように役員全員で協力したいと思っています。春にはもう放送されるので、岩手の方々がそれを見て温かくなれるような、そんな映像に出来るように頑張りたいと思っています。よろしくお願いします。
 

片岡副校長

 それでは、同じく大船渡東高校の大和田さんお願いします。
 

大和田幹

 僕は、大船渡東高校2年、機械科の大和田幹です。
 僕は、震災を経験して自宅が全壊し、仮設住宅での生活になりました。仮設住宅では、今までの家と違って行動範囲が小さくなり、家族で居間にいると足を自由に動かせなかったり、通路を歩くと壁にぶつかったりと窮屈でした。また、季節によって暑かったり、寒かったりと温度の差があったりして、最初のうちは過ごすのに慣れなくて、早く仮設住宅から出たいと思いました。でも、生活しているうちに慣れ、この生活を乗り切って頑張ろうと思いました。
そこから大船渡東高校に入学し、部活動ではバスケットボール部に入部しました。僕たちが2年生になり、部の主体となり始めて、僕はキャプテンを務めました。そこでは、先輩が抜けて寂しさが残る中、自分たちの代になったことが余り実感出来ずにいて、物凄く初めのうちは良い雰囲気で練習は出来ませんでした。でも、キャプテンとしてチームの雰囲気を作るために声を出したり、指示を出したりすることを意識して練習していました。自分たちが主体となって活動する時間が長くなると最初より良い雰囲気で練習出来るようになりました。良い雰囲気で練習していった結果、地区新人戦では優勝し、県大会に1位通過で出場しました。しかし、地区予選後の練習から余り良い雰囲気で練習が出来なくなり、冬休みに入ると練習に来ない人も出てきて、僕としては県大会への焦りを感じていました。冬休み中には人数も揃い始め、新たな気持ちで県大会に臨もうと思いました。
 そして、県大会当日、1回戦は1点差で勝って、2回戦は1回戦と同じような展開になり1点差で負け、ベスト16に終わりました。この負けは技術ではなく、気持ちの問題だと僕は思います。競った時にメンタルが弱くなり、弱気なプレーをしてしまったことが僕はこの試合での反省点だと思います。この悔しさをバネに今後の練習に力を入れるのはもちろん、学校生活での態度を改め、小さなことを一生懸命やることが大事だと思います。今回の大会で自分たちの目標を達成出来なかったので、高総体こそは悔いなく終われるよう、必ずベスト8に入りたいと思います。
 

片岡副校長

 ありがとうございました。
 それでは、住田高校に移りましょう。
 國井さんお願いします。
 

國井未岬

 私は、住田高等学校から参りました國井未岬です。出身中学校は高田第一中学校です。
 私は、学校での活動は3年間硬式野球部に所属しており、同学年の選手がおらず、1人で活動することが多くありました。2年生になって、春になって1年生が入ってきてからは少ない人数の中ですが、全員で力を合わせて練習をするようにしてきました。3年生になって、部員全員で16人という少ないチームだったのですが、県大会ではベスト8を目指して全員で一生懸命練習を頑張ってきました。春からは、社会人となりますが、今後社会人のチームに入って野球を続けていこうと思っています。地域での活動では、昔から伝統的に陸前高田市で行われている「うごく七夕まつり」に毎年積極的に参加するようにしています。自分のいる地区では人数が少なく、県外からの大学生の方たちのボランティアの手を借りながら毎年祭りに参加していくようにしています。大学生たちの方々の力が無ければ毎年成功するようなお祭りではないので、凄くボランティアの方々たちに感謝をしています。ぜひ一度で良いので、達増知事にもそのお祭りを見ていただきたいなという風に私は思っています。よろしくお願いします。
 

片岡副校長

 ありがとうございました。
 次は、住田高校の安延さんお願いします。
 

安延由梨亜

 岩手県立住田高等学校3年の安延由梨亜です。出身中学校は陸前高田市立第一中学校です。住田高校では、様々なことを取り組んでいて、ボランティアでは地域の方々や地域に関わる内容のものが多く、私は将来保育士になりたいと思っているのですが、住田高校には「森の保育園」というボランティアがあります。地域の保育園の子どもたちと山へ散策しに行き、森の動植物と触れ合ったり、野原で遊んだりします。住田町役場の方々とも一緒に行き、危険な動植物や木の実などを教えてくれて、子どもたちにとっても自然と触れ合うのが初めての体験の子たちもいて、とても良い経験になっていると思います。ほかには地域文化講座など住田の歴史について詳しく体験するのもあり、住田高校では凄く将来の食に関するボランティアなどが多くとても役に立っています。
 私は、陸前高田市出身なのですが、12月に1年生が桜ラインという津波が到達した所に桜を植えるボランティアを行いました。住田高校で発行している通信には、1年生の桜を植える際の心境や、植えた後、将来に対する気持ちなども書かれていて凄く興味深い体験だったなと思います。
 住田高校では、いろいろなボランティアがあって、将来の役に立つのが多いので、とても勉強になることをやっています。
 

片岡副校長

 ありがとうございました。
 では、達増知事のほうからコメントいただけたらと思いますが。
 

達増知事

 やはり地域活動、様々展開していて大変頼もしいという風に思いました。それから、クラブ活動でも必ずしも順風満帆ばかりでないようなクラブ活動の流れの中でもそれぞれ頑張ったり、工夫をしたりして、そうした活動、クラブ活動もそうだし、地域での活動やボランティア活動でもそうだけれども、非常に多くのことを学んで自分の力にしているということを感じましたので、ぜひこの調子で進んでいって欲しいと思います。
 

片岡副校長

 ありがとうございました。
 いっぱい喋ったので、喉が渇いたと思います。この辺で御茶を開けていただけると助かります。
 それでは、御茶を飲みながらで結構です。ここから先は、自己紹介が終わりましたので、続きまして、今度は未来に向けての意見発表をしていただきたいと思います。皆さんが地域の復興を含めて、これからの岩手に望むこと、それから自分の夢や将来どのようなことをしていきたいかなどをお話しいただけたらと思います。特に時間はあまり制限しませんが、目途としては大体3分程度でまとめていただけると助かります。
 タバッチ、それでは大船渡高校の田畑君から大丈夫ですか。いきましょう。
 

田畑佳祐

 知事にお願いなのですけれども、自分は中学校の頃にSENDto2050プロジェクトという、そういう機会がありまして、とりあえず言うと中学校の全国生徒会サミットというものに参加しまして、そこで同じ、例えば釜石のほうの中学校であったり、宮古のほうの中学校であったりの人と話し合ったりとか、宮城、福島、そして……
 

達増知事

 ホームページの実況中継とか見ていましたよ。
 

田畑佳祐

 ええ、それで沖縄まで結構あって、その中でもそういう活動をしていて思ったのですけれども、やっぱり同じ思いをしている仲間がいっぱいいて、その人たちも同じ志を持って、それで俺は仲間で同志と言っているのですけれども、その同志で次の世代というか、次のリーダーになるのは自分たちだから、俺らが何とかしなければならないと思って、自分的には地域の復興を引っ張っていけたら良いなと思っているのですけれども、知事にお願いというのが一つあって、SENDto2050とか、さっき高田高校のほうでも言われたビヨンドトゥモローのほうのサミットなどに関して参加機会を増やしていただけたらという風に思います。
 去年、自分はSENDto2050プロジェクトの福島大会のほうに高校生リーダーとして参加しまして、その時に岩手県から参加した中学校は釜石東中学校の1校だけだったというのがありまして、ちょっと勿体無いなというのがありまして、そういう機会が増えれば、今日本に足りないのはリーダーだと言っている方々も多いので、そういうリーダーを増やしていけたら未来の復興に関して引っ張っていけるものがあるのではないかと自分では感じています。
それで、自分の将来というか、夢なのですけれども、大船渡はやっぱり田舎なので、盛岡のように人が賑わうというほどではないのですけれども、別に都会になれというわけではないのですが、震災などによって人口が減って、人がいないことには復興なんて出来ることはないと思うので、何かやってもらって人口増やしてもらって、田舎の良いところというのは地域でいろんなことが出来るというのが良いところだと思うので、そういうところで地域との繋がりをもっと増やしていって、みんなで復興にいけたら良いなというのは自分の中であるので、何言っているか分からないですけれども、そういう風に思います。
 

片岡副校長

 では、また後で、人の意見を聞いてからまた修正を掛けましょう。
 それでは、今度は大船渡高校の伊藤さんお願いします。
 

伊藤倖汰

 自分は出身である陸前高田市を見て思ったことを言いたいと思います。
陸前高田市は、住宅街もあって、近くに大きな店もあって、暮らしとしては普通に良かったのですが、見ていて思うことは商店街とかが寂れていると言いますか、シャッター街のような感じになっているのがひどく良くないなと思っていたのです。それで思ったのですけれども、もし大きなお店、高田にあったリプルのような店を作って、もしその中に商店街の店を配置することが出来たなら、それはもしかしたら地域にとって商店街を復興させることにも繋がるし、何より先ほど言った地域の繋がりというのを買い物を通じながらより深められると思ったのです。ただ、それは以前の震災前の陸前高田市では、正直その商店街の方にも自分の家があるし、急に出来るものではなかったのですが、震災後、こんなことを言うのは良くないのかもしれませんけれども、何もなくなったからこそ、今後時間は掛かるかもしれませんけれども、新しい取り組みが出来るのではないかと思っています。だから、震災で失ったものは多いけれども、だからこそそれを逆にプラスに変えていけるような新しい取り組みをやっていくことが必要だと思うのですが、知事はどうお考えでしょうか。
 

片岡副校長

 達増知事、コメントがございましたら。
 

達増知事

 では、まずタバッチの話のほうからいきますと、未来のリーダーたらんとする中学生、高校生、若い人たちが集まる場、参加する場については、まず私も去年後半、日本全体でそういうのを企画してる人たちとか、あとはアメリカ大使館のケネディ大使に会ったりして、アメリカ関係でそういうのをいろいろ企画を進めている関係の話とかいろいろしまして、まずはそういうのにどんどん岩手から参加出来るようにしたいと思っています。また、岩手県としても県独自の企画で若い人が集まって切磋琢磨してお互い勉強したり、あるいは外国に行ったりとか、そういう企画も県独自でもどんどんやっていこうと思うので、それは我が意を得たりでありました。
 あと大船渡ならではの町の賑わいとか、発展とか、そういう話もありましたが、大船渡というのは、盛岡との比較もありましたが、結構全国的に活躍する企業もあって、盛岡の企業以上に東京とか全国で物を売ったり、商品が買われたりしている企業もあって、かなり開けた魅力を持つところだと思います。
私が知事になってすぐ、5、6年前には港湾フェスティバル、毎年日本全国の大きい港、神戸とか、横浜とか、そういう所で全国の港湾関係者が集まって港湾フェスティバルをやるというのが、初めて小規模な港で、日本で行われるというのがこの大船渡であり、かなり規模が小さく、人口が少ないけれども、大きい町に引けを取らないような力がある所なので、そういうのを生かしていきたいと思います。
 そして、ショッピングセンターの中の商店街。商店街の小売店がショッピングセンターの中に店を出すというのは、結構あちこちで行われている工夫です。商店街の人たちが自分たちでショッピングセンターを作って、そこに入っていくケースもあれば、全国的に有名なショッピングセンターの会社が地元の商店にも入ってもらうというやり方もあるし、いろいろあるので、そこはちゃんと県の担当のほうにも言って、この地域でもそういう方向性がしっかりと進むようにしましょう。
 

片岡副校長

 ありがとうございました。
 それでは、高田高校の藤原さんお願いします。
 

藤原奈々

 実は、私たち高田高校で生徒会を中心とし、地域復興において、現在、ある企画を練っています。まだ準備段階であるため、はっきりとした具体内容はお教え出来ませんが、とても盛大なイベントです。
 そこで、先週の11日から13日の3日間にかけ、イベントに携わっている生徒会を中心としたメンバーで東京に行き、イベントに参加してくださるゲストへの依頼やミーティングなどで企画をより明確にしてきました。
お伝え出来るのは、現段階ではこのぐらいですが、高田高校では着々と準備を進めています。そこで、ぜひ知事にも参加していただければと思っています。お願いします。
 

達増知事

 内々日程を聞いておいて調整出来れば。
 

片岡副校長

 ベールに隠された秘密のイベントです。日程は分かっているね。
 

藤原奈々

 日程は分かっています。
 

達増知事

 調整結果がどうなるか、今の段階ではまだ言えないけれども、先ほどの「うごく七夕」のほうと併せて日程を確認しておきます。
 

片岡副校長

 ありがとうございます。
 それでは、同じく高田高校の菅野さんのほうからお願いします。
 

菅野樹希

 私は、陸前高田市の広田町という所の出身です。震災後に広田町は、御存じのとおり津波の被害に遭い、とても綺麗な砂浜が水没してしまったり、私が当時通っていた中学校の敷地はもう更地になってしまい、中学校もそれを機に近くの2つの中学校と合同して高田東中学校というものになりました。
そういう風に町が震災を受けていろいろ変化していく中で、私が凄く思ったのが地域に根付いている、例えばお祭りだったり、私が住んでいる地区では、広田町の中で「梯子虎舞」というものが凄く有名で、私の地区がちょうどその「梯子虎舞」に大きく関係している地区なのですが、その「梯子虎舞」というのがとても長い梯子に踊り子さんが登って、演舞したりするものなのですが、それの梯子だったり、練習用の梯子だったりというものが震災後に被害に遭ってしまい、大きなほうの梯子は大丈夫だったのですが、小さい練習用の梯子というものが流されてしまったので、練習が十分に出来なくなってしまったりしました。
ほかにも私の町、広田町では元々、山車が使われていたお祭りだったりというものが、山車が被害に遭ってしまい、それが作れなくなってしまったということで、その年だったり、その次の年に企画されていたお祭り、火祭りのようなものへの出場と言いますか、それが無いものになってしまい、とても寂しいお祭りになってしまったのが凄く印象的で、広田だけでなく、震災を機に地区は解散してしまったりとか、引っ越しだったり、別の地区のほうに移転だったり、移住してしまって地区に携われなくなったり、またそれが関係して地区へのそういったお祭りというものに人が携われなくなったり、またそのものがもう実行されなくなったりというものがたくさんあるというのを知ることが多くて、それが地区にとっても、私たちにとってもいけないことなのではないか、マイナスなことになるのではないかと凄く感じました。お祭りというものは、やはり地域に根付いているものだし、それでお見せするものというものの、地域に受け継がれてきたものなので、そういったものが地域から無くなってしまうというのは、やはり地域に住んでいる人たちの拠り所というか、目指すものというのも無くなってしまって、気持ち的にも受け継いでいくものとしても凄く勿体無いし、やはり繋げていかなければいけないものは今後も繋げていかなければいけないだろうということを凄く強く思ったので、私たちもそれに対しては地域の人がそれは何とかするべきではあるけれども、自分たちだけではやはり手の届かないところがあるので、そういった面での御支援だったり、御手伝いというものをもう少し県として協力していただけないかなというものを凄く感じました。
 

達増知事

 地域のお祭りというのは大事だと思います。陸前高田市でも市を挙げて「太鼓フェスティバル」とか、「うごく七夕」とか、「けんか七夕」とか、やっぱり道具が無くなったりして開催が難しくなる中、徐々にいろんなところからの協力も得て復活させてきているということがあって、お祭りというのはそれぞれその地域の自然環境を背景に、また歴史と文化に根差して行われているので、参加したり、あるいは見ていることを通じて自然にその地域の本質が分かるし、またそれを自分のものに出来るという大変地域振興の観点からも大事なことだと私も思います。この気仙地区以外でも釜石、大槌のほうとか、宮古地域とか、それぞれ失われそうになっているお祭りを何とか守ろう、復活させようという取り組みがあって、そのあたりを県の振興局のほうでもそれぞれの市町村と連携しながらしっかりとウォッチしていると思うので、いろいろ民間のボランティア的な協力が得られて復活するケースもあるし、あとは公的支援というケースもあるので、広田のお祭りについても上手くやっていくようにしていきましょう。
 

片岡副校長

 ありがとうございました。
 それでは、大船渡東高校、月折さんお願いします。
 

月折七海

 私は、高校卒業後、看護師になるため、専門学校への進学を考えています。私が看護師への道を考えることになったきっかけは、大きく分けて2つあります。
まず最初は、震災後に具合が悪くなり、病院で点滴を受けたことがきっかけです。そのときの病院は、私だけでなくたくさんの患者さんが救急病棟に運ばれていました。しかし、そんな状況でも看護師たちが素早く対応し、一生懸命働く姿を見て、私は憧れを抱くようになりました。
そして、看護師になりたいと思う理由の2つ目は、昨年祖父が亡くなったことでその意思がより強くなったこともあります。あの時の自分の経験と祖父の死をきっかけに命の尊さを改めて感じました。私は、ただ看護師になって病気を見るというだけでなく、患者さんを思いやる気持ちと患者さんにとってどう看護していけば最善かを考えられる看護師になりたいです。
 看護学校でしっかり学び、たくさんの知識を身に付け、看護師になったら地元である高田町へ戻って来て、そこで貢献したいと思っています。看護師は人の命に携わる仕事で、生死と向き合ったりすることがあり、きっと大変なこともあると思います。ですが、将来は自分も看護師になって、その時の看護師たちのようにどんな時も臨機応変に行動出来る立派な看護師になりたいです。
 

達増知事

 看護師さんというのは、私も東日本大震災直後あちこちで働いているところ、場合によっては一緒にいろいろやったり、また働いているところを見させてもらったりして、本当に頼りになると思いました。専門的な医療の技術を身に付けて、普通の人には出来ないようなことをどんどんやれて、そういう人材は岩手県全体として不足しているので、看護師を志して看護師になる人がどんどん出てきてくれるのはとってもありがたいです。
 医療とか、あと保健、衛生のような分野だけではなくて、看護師さんたちはやっぱり人間のことがよく分かって子育てとか、そういう教育の分野でもしっかり自分の家族や、また地域のほかの子どもや、地域のほかの人たちのこともしっかりいろいろ手伝ったりも出来て、地域全体にも頼りになる存在なので、ぜひぜひ頑張って欲しいと思います。
 

片岡副校長

 ありがとうございました。
 それでは、大船渡東高校の大和田さんお願いします。
 

大和田幹

 僕がこれからの岩手に望むことは、被災した町の活性化です。地元企業などが被災した中で、だんだんと地元企業も増えてきていますが、今は就職が厳しいと言われているため、少しでも多くの企業が再始動をし、地元を活性化させ、震災前よりも元気な町にして欲しいと思うほか、今年僕たちは就職試験があるので、一人でも多くの人が就職や進学を決め、復興の力になれれば良いと思います。また、仮設住宅などで住んでいる人や老人の人が手軽に足を運べるように身近にスーパーマーケットなどを建設したり、バスの時間や三陸鉄道の時間を増やして交通手段を得られるようにして欲しいです。
 僕は、地域の復興に役立ちたいと考えているため、今、瓦礫の焼却や防波堤の材料に使われているセメントを作っている太平洋セメントに就職したいと考えています。太平洋セメントに就職して少しでも復興に役立てられれば良いなと考えています。そのため、学校生活では機械の操作や専門教科を初め普通教科も熱心に取り組み、9月にある就職試験では無事就職を決められるように勉強にも力を入れていきたいと思います。
 

達増知事

 太平洋セメントの工場長さんには最近会う機会がありましたけれども、しっかりこの大船渡に根を下ろして、これからも地域のために貢献したいし、また復興、さらに日本全体としてもセメントというのは必要な物なので、それをしっかり生産していきたいという強い抱負を聞かされまして、大変立派な良い会社ですから、そこを目指すというのは凄く良いと思います。
 それから、身近にスーパー、それから三鉄などの交通の充実、地元で働いて稼いで、そして充実した生活が送れるような、そういう町作り、今、大船渡市さんのほうでも復興計画の実施の中でそういうのを作っているところですけれども、三陸鉄道とか、県の関係も町作りの中にはいろいろありますから、そこを大船渡市さんと協力しながら働きがいがあって、そして生活しやすい町作りをしっかり進めていきたいと思います。
 

片岡副校長

 ありがとうございました。
 それでは、住田高校の國井さんお願いいたします。
 

國井未岬

 私が復興していく中で岩手県のほうに望むことは運動場の建設についてです。いろんな人からの話で、陸前高田市に運動場が出来るという話は何回か聞いたことがあるのですが、運動場を計画で作るよりももう少し早く作って欲しいというのが望みです。小学校、中学校には仮設住宅が建っていて、大船渡市、陸前高田市関係なく小規模の環境で練習している部活動、スポ少の人たちにとっては十分な練習が出来ないで大会に臨んだり、練習試合をしているということを聞いています。運動場が出来れば、その十分な練習、十分な環境での練習が出来ると思いますし、自分は陸前高田市に帰る時にいつも近所のお爺ちゃん、お婆ちゃんが走ったり、歩いたりしているのを見ているのですが、運動場が出来ることでそういう狭い道路を、危険な道路をわざわざ歩かなくても済むような運動場がもっと出来れば、地域でのコミュニケーションももっととれると思っています。
将来どのようなことをしていきたいかというのは、私は地元の介護施設に就職することが決まっているので、誰からでも信頼される介護士になりたいなという風に思っています。地元の介護施設で働くので、地元の職場でしっかり貢献して地域復興にも少しでも携われるようにしていきたいと思っています。
 

達増知事

 陸前高田というのは、スポーツの合宿とか、そういうのでも県内随一で、私は盛岡で学校に通っていたのですけれども、中学校とか、高校とか、学校の強いクラブは春休みに陸前高田に行って合宿をするということで、凄い良いな、羨ましいなと思っていた記憶があります。
 それから、僕の子どもはYMCAのサッカーに入っていたのですが、やはり春は陸前高田で合宿というのでお世話になったりしていて、ぜひそういう岩手を代表するスポーツ、運動のそういうセンターという役割を、それも早く回復させていくというのは、本当にそのとおりだと思うので、県の施設がウエイトを占めているので、県としてもしっかり建設していきたいと思います。
 

片岡副校長

 ありがとうございました。
 それでは、住田高校の安延さんお願いします。
 

安延由梨亜

 岩手県は、ほかの県に比べて瓦礫撤去も早く、私の住んでいる陸前高田市はお店がどんどん出来てきて復興に近づいてきてとても嬉しいですが、ほとんどの人が仮設住宅に住んでいて、ニュースなどでは早く出て行きたいと言っている人がいることを知りました。実際に私の同級生にもちゃんとした家に住みたいと言っている人もいました。住む所があるのはとても嬉しいことですが、夏は狭くて暑く、今の時期はとても寒いという意見を耳にすることも多く、ほかにも不便なところがたくさんあるのが私は凄く気に掛かりました。私も震災で家を無くしましたが、たまたま空き家があったため、何の不便もなく満足して暮らしていますが、仮設住宅の人たちの意見を聞いて少し申しわけないなという気持ちになる時もあります。なので、急がなくても良いので、いつかは全ての仮設住宅の人たちがしっかりとした家に住んで幸せに過ごせるようになれば良いなというのが私の望みです。
 そして、私は将来保育士になりたいという夢を持っていて、なぜ保育士になりたいかというと、地区の公園で子どもたちが遊んでいて、私の地区は子どもたちが多く、冬休みなどの地区活動では小さな子たちと触れ合って遊んでいたのですが、それがきっかけで保育士になりたいと思いました。しかし、私の住んでいる陸前高田市には小さい子たちが遊べるような公園や、私たち世代が遊べるようなデパートなど、遊具施設が無いので、前のように子どもたちが楽しめるような所が無いなと思うところがあるので、将来的にはそういう所も作って欲しいなと思っています。そして、私が専門学校を卒業したら地元に戻ってきて、完全に復興した岩手県で仕事をするのが夢だと思っています。
 

達増知事

 保育関係の施設は、陸前高田市の計画の中でもいろいろ計画して作っていく予定ですよね。
 

陸前高田市

 保育所についてはあります。
 

達増知事

 県も市と連携しながら介護の施設も、介護の関係も大事だし、また保育というのも大事で、地域がこれからずっと持続していくためにも大事な分野なので、しっかり対応したいと思います。
 陸前高田市は、仮設住宅に住んでいる方が人口のかなりの割合で本当に仮設住宅生活というのが大きい課題だと思います。それだけ大きい新しい町作りをしているということでもあって、今仮設に住んでいる皆さんが移る新しい住宅地、新しい町ということプラスそれこそ孫、子の代にまで誇りを持って残すことが出来る、前よりも安全で、前よりも豊かな、そういう町を作っているというところなので、それだけ立派な新しい町を作るので時間も一定以上掛かって、ほかの市町村と比べても陸前高田市の場合は、今度の3月で丸3年経って、そこから3年間新しい住宅の建設や、また新しい住宅地の土地の整備というのが今年から3年間がピークになっていくのですが、その間仮設住宅暮らしは続くし、またこの3年間のピークを過ぎてもまだ仮設住宅にというか、新しい所がまだ出来ていないという人たちもいて、発災から数えると6年を超えて仮設住宅生活が続きそうな見通しになってきています。そういう中で、将来不安だ、ちゃんと予定どおり出来るのかとか、そういう不安だという声もよく聞いていますけれども、不安というのは自由と裏腹なところがあって、今の復興の仕組みの中では、それぞれ自分が、あるいは自分の世帯、家がどこに住むかというのは選べるというのが原則になっているのです。そういう中で、いろいろ親戚がいるとか、仕事の関係で内陸のほうに引っ越してそちらに家を建てる人も出てきたりしているのですけれども、だからそういう選択肢がいろいろあるので、将来が確定しない。ここに住んでいた人はもう全員必ずここに引っ越すこととか、例外なくみんなそうしてくださいみたいな仕組みであれば却って迷い無く不安も無いというところがあるのですが、ただ現実にはみんなそれぞれいろんな事情があるので、究極的には自由という、そういう原則を復興の原則にしているわけですが、そういういろんな選択肢があって自由な人たちがお互い時々集まって、やっぱりまた元のようなお祭りも一緒にやりたいし、馴染みのお店にも行きたいし、そういう昔の良いところが残っている新しい町作りをしようということで、やはり相談を重ねて情報の共有、意見の交換、そういうのがこれから3年間特に大事になってくると思います。
3年というのはちょうど岩手県が今この4月から始まる新しい年度、平成26年度、2014年度から始まる新しい3カ年の復興実施計画、新しい3年計画をちょうど今立てている最中で、第1次案を公開してパブリックコメント、県民の皆さんから意見をもらうということをしていきます。この計画を3月までに最終決定して、4月からはその計画のとおりに新しい3年間、これを本格復興期間と呼ぶのですが、この本格復興期間の3年間の復興を進めていく。その本格復興期間の間は、特に仮設住宅に住んでいる人たちが意見交換、情報交換をしながら自分たちで新しい町作りの中身をどんどん決めていく、そういう中で不安が無くなって、一定の時間は掛かるのですけれども、必ずそこに良いものが出来る、今いる人たちが納得し、孫、子の代にも引き継いでいけることが出来るという、そういう確信を持てればある程度長期化する仮設住宅生活というのもただ我慢するのではなくて、やりがいのある、そういう事業を進めるための一定の期間という風になっていく、そこが凄い大事と思っていて、県としても市町村と協力しながら、そういう豊かで充実した復興期間、豊かで充実した仮設住宅生活というのが続くようにして、そして最終的にはもうみんな仮設住宅から出て、新しい住宅に住むことが出来るようにしていきたいと思います。
 

片岡副校長

 ありがとうございました。
 一通り8人の出席者の皆様からお話をいただきました。もうほとんど時間に余裕が無いのですが、喋り足りないという方、それからほかの人の意見を聞いて、どうしてもこれだけは県知事さんに訴えておきたいという意見がありましたらお願いしたいのですが、ありますか。
 田畑君は良いですか。
 

達増知事

 視線がタバッチのほうに。
 

田畑佳祐

 では、1つ、さっき知事に聞き忘れていたことがあったので、それをお聞きしておきたいと思います。
 先ほど知事は復興に関してのSENDto2050プロジェクトの動画を見ていらしたということを聞いたのですが、それを見てどう思われたのかというのを聞きたかったのですが。
 

達増知事

 僕も中学生の時、生徒会長をやっていて、生徒会サミットみたいなことがやれれば良いなと思っていたけれども、全然出来なかったということがあったので、良いな、羨ましいなと思いながら見ていました。
 東日本大震災ということが一つのきっかけになり、それでいろいろ大人の人たちもそういう仕掛けを作ることで動いて、そういうサミットが実現したのだと思いますが、でも中学生たちが当事者としてその気にならなければ、上手くいかないのだけれども、そこで発表されていることとか、何かまとまった意見とかも見ましたけれども、大変クオリティが高い水準の内容がまとまっていて、岩手の中学生もかなり参加していたから、非常に心強いという風に思いました。
 

片岡副校長

 本当に皆さんありがとうございました。あっという間に1時間が経過してしまいました。

知事所感

片岡副校長

 それでは、最後に知事から所感をお願いしたいと思います。
 

達増知事

 安延由梨亜さんの仮設住宅関係の話に繋げて、これから3年間が本格復興期間という位置付けで、ここで新しい住宅とか住宅地の造成とかがこの3年間がメインで進んでいくことになります。そして、物がたくさん出来ていく時期でもあるけれども、仮設住宅生活とか、そういう避難生活や被災地としてのそういういろんな不自由な生活もそれだけ長期化してしまうので、そこをいかにより良い暮らし、充実して、また豊かな生活に出来るかという工夫をしていかなければならない時期でもありますので、そういうのを念頭に置きながら、それぞれの未来を切り開いていって欲しいという風に思います。まず、自分自身の未来を切り広げながら、家族とか、友達とか、それから近所の人たちとか、自分の未来を切り開くというのは、まず自分自身底力を発揮していかなければ自分の未来は切り開けないのですが、自分だけで開けるということでもなくて、やはりいろんな人との協力とか、いろんな人からの支援とか、そういうのが必要です。これは復興もそうで、復興の公式というのを考えたのですが、(復興の力)=(地元の底力)+(様々な繋がりの力)。(地元の底力)+(様々な繋がりの力)=(復興の力)、これは復興の仕事をしていてそういうものだと痛感しています。これは地域全体、岩手全体の復興についてもそうなのですけれども、一人ひとりについてもやはり自分の底力プラス様々な繋がりの力、それが自分の未来を開く力になるという風に思いますので、皆さんの話を聞いていて非常に自分の底力、いろんなことを学んで力を付けていると思いますし、また様々な繋がりの力も学校の友達、仲間初め地域の皆さんと更にアメリカやフィリピンの人ともそういう繋がりを作っているというのも大変素晴らしいと思いますので、そういった力でそれぞれの未来を切り開いていって欲しいと思います。私も私の未来と岩手の未来を切り開いていこうと思います。ありがとうございました。

閉会

片岡副校長

 皆さん、本日は貴重なお話をいただき、本当にありがとうございました。これをもちまして、県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会を終了いたします。

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