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「がんばろう!岩手」意見交換会(平成25年12月12日 宮古・下閉伊地区高等学校)

ID番号 N20164 更新日 平成26年2月12日

日時

平成25年12月12日(木曜日) 11時00分から12時00分

場所

岩手県立山田高等学校 会議室

出席者

  • 参加者(敬称略)
    山根 慶大(岩手県立山田高等学校)
    佐々木 真琴(岩手県立宮古高等学校)
    大和田 陸也(岩手県立宮古北高等学校)
    佐々木 大(岩手県立宮古工業高等学校)
    木村 優(岩手県立宮古商業高等学校)
    戸村 和希(岩手県立宮古水産高等学校)
    昆野 来輝(岩手県立岩泉高等学校)
  • 県側
    達増知事
    水野秘書広報室長
  • 司会
    瀬川 ひとみ(岩手県立山田高等学校副校長)

開会

瀬川副校長
 ただいまから県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会を開催いたします。
 本日ご出席いただきました生徒の皆さん、また県議会の先生におかれましてはお忙しいところ誠にありがとうございます。
 私は、本日の進行役を務めさせていただきます岩手県立山田高等学校の副校長、瀬川と申します。どうぞよろしくお願いいたします。

知事あいさつ

懇談会の様子1

瀬川副校長
 開会にあたりまして知事から一言御挨拶をお願いいたします。
 
達増知事
 皆さん、おはようございます。暦の上ではディセンバー、12月、学校も大変忙しい時期ですけれども、このように集まってくれてどうもありがとうございます。付き添いの先生方、それからこの場所を準備してくださった山田高校の先生方、どうもありがとうございます。そして、地元の城内議員さんもどうもありがとうございます。
 県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会、これは東日本大震災からの復興に向けて頑張っているそれぞれの地域や、またそれぞれの分野の皆さんに知事が直接話を聞いて、それを県の政策に役立てる、復興の政策に役立てるという企画です。そして、高校生の皆さんも、まずそれぞれ勉強をして、またクラブ活動で活躍するということ自体が岩手の未来を作っていくことになる復興の活動の一環と位置づけられるわけですが、それに加えて様々な復興に直接関わる活動や、また大震災の経験を全国、また世界の皆さんとともにするような、そういう取り組みもしてもらっていて、高校生の皆さんもこの復興の主役であります。そうした皆さんから話を聞いて県の政策、復興に役立てるということで、今日もよろしくお願いいたします。
 
瀬川副校長
 ありがとうございます。
 それでは、本日御出席の皆様を御紹介いたします。
 こちらから、岩手県立山田高等学校の山根慶大さんです。
 
山根慶大
 お願いします。
 
瀬川副校長
 岩手県立宮古高等学校の佐々木真琴さんです。
 
佐々木真琴
 お願いします。
 
瀬川副校長
 岩手県立宮古北高等学校の大和田陸也さんです。
 
大和田陸也
 よろしくお願いします。
 
瀬川副校長
 岩手県立宮古工業高等学校の佐々木大さんです。
 
佐々木大
 お願いします。
 
瀬川副校長
 岩手県立宮古商業高等学校の木村優さんです。
 
木村優
 お願いします。
 
瀬川副校長
 岩手県立宮古水産高等学校の戸村和希さんです。
 
戸村和希
 お願いします。
 
瀬川副校長
 岩手県立岩泉高等学校の昆野来輝さんです。
 
昆野来輝
 お願いします。
 
瀬川副校長
 県からは、達増知事に御出席いただいております。
 
達増知事
 よろしくお願いします。
 
瀬川副校長
 水野秘書広報室長でございます。
 
水野室長
 よろしくお願いします。
 
瀬川副校長
 なお、本日は県議会の城内先生にもお越しいただいております。
 
城内県議
 よろしくどうぞ。頑張って発言してね。
 
瀬川副校長
 本日は皆様の御手元に飲み物と御菓子を準備しております。皆さんには、飲み物や御菓子を召し上がりながらリラックスしてお話を進めてまいりたいと思います。よろしくお願いいたします。すみません、それでは着席させていただきます。

懇談

懇談会の様子2

瀬川副校長
 早速懇談に入らせていただきます。
 どうぞ、一言ずつ御挨拶をいただきますので、御茶など召し上がりながら、喉を潤して、心の準備をしていただいてよろしいですよ。
 初めに、お一人3分くらいで、自己紹介を兼ねまして、今、皆さんが学校や地域で取り組まれていることなどもご紹介いただきながらお話いただきたいと思います。
 それでは、名簿の順で山根さんからお願いいたします。
 
山根慶大
 山田高校の山根慶大です。東日本大震災の時は、私は中学校3年生でした。見慣れた景色が壊れたことに大きなショックを受けましたが、この経験から私は復興について何に携われるかと自分の将来について考えるようになりました。
 そして、山田高校に進学し、ボート部に入りました。入学当初は、艇庫が被災して山田湾での練習が出来なかったため、水上での練習ができませんでした。そのため、県内、県外の様々な方に多くの支援をいただき、毎週盛岡市や花巻市の湖に行って練習をすることが出来るようになりました。その結果、2年生のときにはインターハイ6位、全国選抜大会優勝、3年生のときは国民体育大会、全日本新人大会で優勝することができました。このような結果を残し、山田町を活気づけることが出来て嬉しく思います。ありがとうございました。
 
瀬川副校長
 どうぞおかけください。座ったままでよろしいそうです。
 佐々木さん、どうぞお願いいたします。
 
佐々木真琴
 岩手県立宮古高等学校2年、佐々木真琴です。私は、この夏、ソフトバンクや日米大使館の協力によって行われているTOMODACHIサマー2013ソフトバンクリーダーシッププログラムというものに参加してきました。そこでは、地域貢献や町作りについて3週間かけて学んできました。地元に帰ってきた私たちは、地元のために何かアクションを起こしていきたいと思い、様々な活動をしてきています。私の友達では、復興活動でボランティアをやったり、観光客を呼び戻すための友ボラというツアーをしている子がいたり、東北の今を伝えるムービーを作っている子たちもたくさんいます。
 私が今実現したいことについて少し話させていただくと、まずタイルを使って震災の経験とか体験談や、どのように逃げるかとか、どういう活動をどんなボランティア団体がしてきたとか、そういう活動をタイルに残して町に埋めたり、飾ったり、公園の遊具に乗せたりして、子供に見やすいとか、お母さん方に見やすいとか、そういうものをニーズに合った場所に飾って復興というか、やっぱり被害を受ける人とか犠牲者をなくしたいという活動を9月からずっと取り組んできています。よろしくお願いします。
 
瀬川副校長
 ありがとうございます。
 それでは、大和田さん、お願いいたします。

大和田陸也
 宮古北高校副会長の大和田陸也です。私たちの学校の取り組みとして仮設住宅へ行き、ボランティア活動をしたり、田老の町民運動会では私たち高校生も実際に種目に参加してよさこいを踊ったりと地域の方々との交流を深めています。
 他校との交流については、これまで不来方高校、平舘高校、沖縄の八重山高校、となん支援学校の皆さんと交流しました。8月に不来方高校の文化祭にも参加させていただきました。そこでは、よさこいを披露したり、田老の名産品である真崎ワカメを販売させていただきました。私たちの高校の文化祭にも実際に参加していただいて、サンマを焼いたりなど手伝っていただきました。平舘高校との交流では、私たちの高校に来ていただいて震災当時の体験を生徒会一人ひとりが発表しました。1月には八幡平へ行き、平舘の皆さんとスキー交流を去年に続き、今年も行う予定です。沖縄の八重山高校との交流では、会長と副会長が盛岡四高とともに行って、震災を受けて伝えたいこと、震災当時の体験などを発表してきました。となん支援学校との交流でも震災を受けて伝えたいことや震災当時の体験などを発表してきました。
 私たちは、被災地の学校ということでたくさんの学校から支援をしていただきました。本当に感謝しています。私は、震災を通して人の大切さを学びました。これからは、私たちが出来ることというのは限られていると思うのですが、周りで困っている人がいたら助けるなど人の役に立てるような人間になりたいなと思いました。
 これで終わります。
 
瀬川副校長
 ありがとうございます。
 それでは、佐々木さん、お願いいたします。
 
佐々木大
 宮古工業高校で生徒会副会長を務めている佐々木大です。出身中学は田老一中で、中学1年生の時、震災を経験しました。その2年後である今年度、宮古工業高校に入学しました。宮古工業高校も田老一中と同じように校舎1階を被災しています。宮古工業の先輩から聞いた話では、考えられないくらいたくさんの支援を受けて復活したということでした。田老一中も同じような状況だったので、その気持ちはよく分かります。
 そのため宮古工業の先輩たちは、御支援に対しての感謝の気持ちとしてボランティア活動を、津波の被害を受けた学校として復興交流を通じて震災を伝える活動を行っていて、これは今年度も継続しています。今年度は、生徒会執行部を中心に仮設住宅の草刈りボランティアや周辺地域の清掃、遠野緑峰高校や石川県立金沢北陵高校との大規模な復興交流も行いました。今後は、仮設住宅の雪かきも予定しています。特に今年度の復興交流では、今までとは違う観点から震災を伝えました。今後の防災のために震災を語り継ぐことも大事ですが、いざ被災してしまった地域があった時にどのように支援をして復興を助けたら良いかということも大事なことです。実際、被災地に何を支援したら良いか分からない、何をして良いのかが分からないといった人たちが多かったと思います。皆さんも今でこそたくさんの活動をしていますが、当時は何か出来ることをしたいのに何をしたら良いのか分からないという状況だったのではないでしょうか。そのような高校生に今後大きな災害があった時に役に立ててもらいたいという思いから、宮古工業の私たちは被災後に様々な御支援を受けた立場からどんな支援がよくて、どんな支援が良くないかなど、ボランティアのあるべき姿についても伝え、話し合いました。これは、今後復興に大きく関わっていくのは私たち高校生ということなので、全国、全世界中で起こる災害の復興へ関わるという観点からも大事なことだと思っています。この活動は、今後も継続していきたいと思っています。
 以上です。
 
瀬川副校長
 ありがとうございました。
 それでは、木村さん、お願いいたします。

木村優
 私は、宮古商業高等学校で生徒会長を務めました木村優です。私は、中学校3年生の時に震災により被災しました。そして、それからたくさんの様々な方からの支援を受け、今があります。1年生の頃に生徒会に入り、どうやったら、どうしたら支援してくださった方々に恩を返せるのかということについて様々な会議を重ねてきました。その中で、やはり支援してくださった方に宮古市の名前を届けるということが一番だと考えました。私たちが3年生になり、それについて一番議論したのは、やはり部活動や様々な大会での結果を残し、その成果を届けることだと考えました。そして、部活動ではヨット部が全国2位という結果、レスリング部がインターハイ出場、また全国商業研究発表大会で全国優勝することができました。また、宮古市でも震災復興のためにごみ拾いなどのボランティアを計画し、毎年行っております。
 以上です。
 
瀬川副校長
 ありがとうございました。
 それでは、戸村さん、お願いいたします。
 
戸村和希
 宮古水産高校1年、海洋技術科の戸村和希です。生徒会では副会長をしています。
 宮古水産高校は、宮古市の復興のために地元の企業と連携して海プリンやアミエビクラッカー等の商品開発を積極的に行っています。また、目黒のさんま祭りや「飛鳥2」、「にっぽん丸」が来港した時などのイベントに積極的に参加し、宮古市の復興をPRするとともに、本校の実習製品を販売しています。
 今日はよろしくお願いします。
 
瀬川副校長
 ありがとうございました。
 それでは、昆野さん、お願いいたします。
 
昆野来輝
 私は、岩泉高等学校1年生の昆野来輝です。出身中学校は小本中学校です。私は、様々なことに興味があって、小さいころから野球が好きで、現在でも硬式野球を続けています。将来は、チームの中心選手になり、今は甲子園出場という夢を抱えて頑張っています。また、中学の時は岩泉町の海外交流事業の一環として台湾に2度訪問する機会がありました。また何らかの形で海外に行きたいと思っています。
 今回の震災による自らの被害はなかったのですが、小本の海沿い地域が大きなダメージを受けました。そのため、多くの震災復興に関する活動が行われてきました。その中の二つを紹介したいと思います。一つ目は、小本地域の復興祭です。震災以降、毎年行われています。地元中学生による郷土芸能の七頭舞や地域住民の交流が主なものです。過去には、日本三大囃子の一つである花輪囃子が行われたりしました。毎年多くの方が参加し、楽しんでいます。私も参加しましたが、住民の方々の表情が明るくなっていくのを実感しました。
 二つ目は、中学校の時に行われた仮設住宅に住む皆さんへのクリスマスプレゼント配布プロジェクトです。生徒たちで御菓子を配布しました。これらの活動を通してどんな小さな活動でも気持ちを通わせることで笑顔が生まれ、心が豊かになっていくことを実感しました。
 次に、高校在学中の今だからこそ自分に出来る復興への取り組みをお話ししたいと思います。まずは、文化祭などの活動を充実させることです。今年多くの住民の皆さんが来校され、大変盛り上がりました。その中で住民の皆さんにも楽しんでいただくために参加型のゲームを取り入れたりしました。来年度は、もっと住民の方々と触れ合えるような企画をみんなと考えたいと思っています。
 二つ目は、スポーツを通した活動です。様々な方法がある中で、私は高校野球を通した取り組みを行いたいと思っています。夏の県大会で地元の学校が勝ち上がると地域は大変盛り上がります。そこで、本校が勝ち上がることにより地元に笑顔が生まれ、笑顔が生まれることで少しでも前向きに生活をする元気を与えられたらと考えています。私の好きな地元の方々に喜んでいただき、強いチームになるため日々トレーニングに励みます。これらの活動を通して復興に少しでも貢献出来たらと思います。
 以上です。
 
瀬川副校長
 ありがとうございました。ただいま皆さんから現在取り組まれていること、そして、今後に向けてこのように復興を頑張っていきたいという抱負も含めてお話をいただきました。
 いががでございましょうか。

達増知事
 それぞれ生徒会活動や、またクラブ活動といった、そういう学校に元々ある枠組みを生かしながら、独特の地域の皆さんと一緒に活動したりとか、また様々な復興交流ということをやったりとか、またいろんな行事も工夫したりして大変良くやっていると思いました。
 それから、それぞれ高校の特色でいろいろ商品を作ったり、それから商業発表活動とか、その学校独自の持ち味を生かしたそういう取り組みというのも大変心強いと思いました。
 ドラマの「あまちゃん」でも、あれは高校生が主人公のドラマなのですけれども、高校生がその地域で活躍すると地域全体がとても活性化しますし、また東京方面にもいろいろ影響が及んでいくと。遠い所からも人が訪ねて来るという風になる、それが今この宮古地区でも実際に起きているということは大変心強く感じました。
 
瀬川副校長
 ありがとうございます。
 今、知事さんからご紹介いただいた高校生の頑張りが地元に各地から人を呼び込む、高校生の努力が復興の力になるという素晴らしい励ましの言葉をいただきました。皆さんがそれぞれ活動なさっていることが地域の復興に繋がってくると私も感じて拝聴しておりました。まだ皆さん、ちょっと緊張していらっしゃるようです。
 御菓子について御紹介したいと思います。震災の時に被災いたしましたが、山田町には「ごませんべい」という名物の御菓子がありまして、その名物で有名なせんべい屋さんの息子さんが東京で洋菓子作りの修行をして「ごませんべいロール」というケーキを作られました。ですから、ごまの風味が生きています。どうぞ、せっかくですからお召し上がりください。大変地元の素材にこだわっている「かわさい」という御菓子屋さんで、普通はケーキ作りには小麦粉を使うのですが、米粉を使って作っていらっしゃるということです。
 
達増知事
 おせんべいの材料で作ったのですね。
 
瀬川副校長
 はい、そうです。感触がもちもちっとした感じですから、ぜひお召し上がりください。ごまの風味がとても生きています。それぞれ皆さんの地域にも名物や御菓子があると思いますが、せっかくおいでいただいたので、山田町の名物の「ごませんべいロール」を召し上がっていただければと思います。米粉を使ったところが特徴で、もちもちした弾力があり、却って切りにくいですか、大丈夫ですか。
 少しにこやかに、笑い声も出ましたので、それでは御菓子を食べ、御茶も飲みながらお話を進めていきたいと思います。
 自己紹介も終わりましたので、それぞれの御名前や、お互いに同じ地域で御紹介いただいた活動をしているという各高校の取り組みについても知ることが出来ました。それらを踏まえながら、将来はどのようなことを頑張ってみたいとお思いになっているか、もし、それぞれの目標があれば教えていただきたいと思います。
 山根さんから、お願いいたします。
 
山根慶大
 僕は、日本大学の文理学部に合格が決まりまして……
 
達増知事
 おめでとう。
 
山根慶大
 ありがとうございます。そして、大学に進学してもボート競技を続けたいと思います。そこでの大きな目標としては、2016年の岩手国体で結果を出して地域の方に報告することと、東京オリンピックです。2020年に開催される東京オリンピックへの出場を目指して頑張りたいと思います。これらの活動をとおして地域を活性化させたいと思っています。
 
達増知事
 頑張りましょう。
 
瀬川副校長
 その後の将来は、どのような希望をお持ちですか。
 
山根慶大
 将来は、岩手県に教員として戻って来て、ボート競技を教えたいと希望しています。そして、またそこでも活躍する生徒を育てたいと思っています。
 
瀬川副校長
 山根さんは、今、頑張っておりますが、その努力をずっと継続し、そして、自分も育ててもらったように、将来は生徒を優秀な選手に育成したいというところまで考えているようです。
佐々木さんの将来の目標をお願いいたします。

佐々木真琴
  私は、ソフトバンクでアメリカに行ったり、10月にビヨンドトゥモローという団体がやっている東北未来リーダーズサミットというものに出たりして、そこで出会ったビヨンドトゥモローの坪内さんという一番偉い女の方がいらっしゃるのですけれども、その人に出会って、東北のリーダーを育てるという風な活動をすごい積極的にしている人で、それにすごい感動して、私、今英語すごい出来ないのですけれども、英語をアメリカにも行った経験も生かして、やっぱり英語が出来て国際的にもいろんなことを学んだ上で地域貢献とか地域社会とか、東北を復興させるための人材を育てるプロジェクトとかもやっていければ良いなとすごい思っていて、そのビヨンドトゥモローの際にも震災に興味がない人にも知ってもらうには、その人にとって何か面白いものがないとやっぱり何も見てくれないし、興味を持ってくれないので、何か例えば、さっき言ったタイルに絵を描く事業をしたりとか、タイルに触れたら音楽が流れるとか、そういう風な興味がない人にも共通する点を見つけて活動していくというのもいろんなことをたくさんの方から学んで、未来を担う子供たちに何か変えたいとか、自分は出来るという風に思ってもらえるような人になりたいとすごい思っていて、今も何になるかとかすごい考えているのですけれども、漠然とした目標だけがずっと中学校の時からあって、世界を変えるとだけすごい思って、今は宮古にいるので宮古をどうにかしたいと思うし、そのためにタイルのこととか、あとベルリンの壁がイーストサイドギャラリーという風に表現の場になっているものがあるのですけれども、それを例えば宮古は海がきれいと言っているのに防波堤で海が見えないとか、そういうのだったら防波堤に絵を描くとか、そういうものもやっていけたら良いかなと思っているので、そういうことを積み重ねて世界を変える人になりたいと思います。
 
達増知事
 UCバークレーはどのくらい行ったのですか。
 
佐々木真琴
 それが3週間。
 
達増知事
 では、結構良いですね。私は、中に入って見て回ったことはあるのですけれども、物すごくやっぱり勉強するという雰囲気が溢れていて、良い所だと思いました。その経験というのは、帰ってきてからも自分の中で育ち続けると思うので、それを育てて、そして将来何をしたい、あれをしたい、これをしたいとか、そういうのがどんどん育っていくと思うので、役立てて欲しいと思います。
 
瀬川副校長
 佐々木さんも頑張ってください。
 
佐々木真琴
 はい。
 
瀬川副校長
 それでは、大和田さん、将来の目標をお願いいたします。
 
大和田陸也
 私が岩手県に望むことは、もっと各地域のイベントを増やすべきだと思いました。なぜなら、イベントが増えれば私たち高校生と地域との交流も深まると思うし、イベントをやることにより少しでも地域の方々の笑顔になれる時間が出来れば良いなと思ったからです。しかし、心は癒やされたとしても、震災後の実際的な復興は進んでいないのが現状です。早く復興を進めて、震災前よりも活気溢れる町を作って欲しいなと思いました。
 私たち北高生が登下校する上で困っていることが三つあるのですが、一つ目は汽車の本数が少ないということです。私たち生徒は、宮古市の西町や田の神、宮古駅周辺に住んでいる生徒もいれば、山田や豊間根に住んでいる生徒もいます。私は、普段8時3分の汽車に乗り、約8時20分に田老駅に着くのですが、駅からは20分ほど歩くので、学校に着くのがとてもぎりぎりになってしまいます。
 二つ目は、町が暗いということです。部活が終わるのが6時半なのですが、駅まで20分ほど歩くので、とてもその道が真っ暗で危険なのです。
 三つ目は、駅にトイレが少ないということです。あるにはあるのですが、仮設のトイレが男性用、女性用それぞれ一つずつしかなく、私たち高校生や汽車を利用する方々はとても不便です。
 次に、私の将来の夢を話したいと思います。私は、将来ホテルマンになりたいと思っています。なぜホテルマンになりたいかというと、ホテルには全国からたくさんの方が泊まりに来て、いろんな方と出会い、触れ合うことが出来ます。たくさんの方と出会うことによって、たくさんの情報を得ることも出来るし、そのたくさんの方々から学ぶことも出来ると思います。地元のホテルに就職して、自信を持って自分の町を勧められるように、早く町の復興を進めて欲しいと思います。
 これで終わります。
 
達増知事
 高校生の皆さんには、通学、本当に苦労を掛けていると思っていまして、まず三陸鉄道も来年には全線復旧するので、また設備を充実させていきたいと思いますし、JR山田線部分についても、今JRさんと話し合いながら、ちゃんと鉄路復旧していくような方向性で相談を重ねているところなので、もっと通学しやすいようにしていきたいと思います。
 
大和田陸也
 ありがとうございます。
 
瀬川副校長
 ありがとうございます。
 それでは、佐々木さん、将来の目標をお願いいたします。
 
佐々木大
 私は、震災が起きてから何もすることが出来ず無力でした。当時は中学生で、生きていく知識や技術が無かったからです。高校生は将来国を支えていく立場になり、今後の復興にも欠かせない存在です。社会に出れば、ただでさえたくさんの知識や技術は必要不可欠ですが、この先地域の復興もしなければならないとなると、たくさんの知識や技術は必要不可欠です。もし私がこのまま高校で勉強して社会に出ていっても、社会の役に立ち、復興に貢献する自信がありません。同じように考えている高校生もたくさんいると思います。
 そこで私が岩手県に望むことは、県内の高校生の知識や技術を今まで以上に向上させるために、勉強する環境を震災前以上に整備して欲しいということです。例えばさっき北高さんからお話があったように三鉄やJR山田線、三陸道の早期建設などをすることで、現在の登下校の煩わしさから解放され、勉強する時間が増えたり、部活の活動時間が増えると思います。私の場合、田老地区から宮古工業に通っているので、三陸道が完成していて、JR山田線が復旧することで非常に便利になります。私だけではありません。周りの友達にも、勉強したくても通学手段が不便という理由で思ったように勉強や部活が出来ない人がたくさんいます。また、宮古工業だけではなく、今ここに来てくださっている各学校でもこのような生徒がたくさんいるのではないでしょうか。
 その他の環境改善方法については、今は思いつきませんが、どんな方法でも良いので、たくさんの高校生がもっと生きていくための知識や技術を身に付けていけるような環境にしていただきたいと思います。
 最後に、私の将来についてなのですが、実はまだ就職については曖昧で、車の製造業に関わる仕事ぐらいしか決めていません。でも、震災があった時、避難所や、頑張っている大人の姿を見て、この度の震災のような大惨事が起こっても、勇ましく、他人に優しく、たくさんの人に元気を分け与えられる大人でありたいと思っています。
 以上です。
 
達増知事
 通学の関係は、鉄道もそうですけれども、道路のほうも三陸道全面整備をして、もっと便利にしていきます。
 それから、岩手県は車の製造業をはじめものづくり関係、いろんな会社も工場もあって、県も力を入れているところなので、先生からもいろいろ教わって、いろんな可能性を切り開いていってください。
 
佐々木大
 ありがとうございます。
 
瀬川副校長
 ありがとうございます。
 それでは、木村さん、将来の目標をお願いいたします。

木村優
 これからの岩手に望むことなのですが、私は商業高校に通っているので、ビジネスやマーケティングということについて学びました。その視点から、岩手県の沿岸部を復興させ、活性化させていくということになると、やはり沿岸部の商業の活性化を図り、経済が回るようになるのが一番だと考えました。そのためにも一番必要なのは、やはり交通網の整備だと思いました。
 その次に、やはり大規模なイベントを行い、他県などの遠方からの人を招くことが経済活性化に繋がると考えました。
 また、宮古市にはあまり宿泊施設が無いと言いますか、ちょっと人が少ないので、泊まる一泊の値段が高いということもあり、やはり敬遠されがちになっていると思います。それなので、やはりそういったところを改善できれば沿岸部の活性化が図られると考えました。
 自分の夢なのですが、私は、将来は船に乗って様々な地域を回りたいと思います。そのために、海技士の資格を取れる短期大学校に入りました。
 
達増知事
 おめでとうございます。
 
木村優
 ありがとうございます。
 以上です。
 
達増知事
 やっぱり高校生の皆さん、交通網のことを心配してもらっていて、道路は沿岸を縦に貫く三陸道のほかに、宮古盛岡道路とか、内陸と繋がる道路も整備を急いでいきますので、かなり格段に岩手の沿岸、交通は便利になっていきます。やっぱり交通の便というのが沿岸の経済にハンディキャップになっていたところがあるので、そこを解消することで、元々海の幸とか、綺麗な自然とか、それから最近はコネクターとか、そういう先端産業の工場が立地したりもしているし、あとは伝統、郷土芸能みたいな、そういう文化も豊かな地域でもあるし、観光客もたくさん来たがるような潜在的な可能性を秘めている地域なので、交通が便利になれば、そういった地域資源がどんどん生かされて、交流も活発になって、経済も良くなっていくという風なそういう作戦で県のほうでも進めています。
 
瀬川副校長
 ありがとうございます。
 それでは、戸村さん、将来の目標をお願いいたします。
 
戸村和希
 自分は、将来家を継いで重茂で漁師になりたいと思っています。それで、重茂の岸壁は被災で、津波でほとんど壊れてしまって、ある程度は漁港の復興、復旧工事が進んできたのですけれども、建物の設計が上手くいかなくて屋根を架けることが出来なくて、一から工事がやり直しになってしまいました。そういうふうなずさんな作業を繰り返していると、時間やお金の無駄だし、岸壁のほうもなかなか出来ないので、慎重でもスピーディーに復旧工事をして欲しいです。
 あと津波で流された道路が、せっかく直したのにまた台風で壊れてしまったので、早く作るのも良いけれども、丈夫に作って欲しいなと思いました。
 以上です。
 
達増知事
 重茂は、私は今年の夏の重茂味まつりに行きまして、改めて重茂の海の幸がおいしいというのを感じたのですけれども、全国有数の海の幸が採れる重茂なので、まず壊れた所を直して、漁業の活動とか加工がきちんとまた出来るようにし、また前以上に道路もしっかり直し、また便利にして、重茂の皆さんが生きがいを持って働いて、その海の幸を地元からさらに全国の人に利用してもらえるように県でもしていきたいと思います。頑張りましょう。
 
戸村和希
 はい。
 
瀬川副校長
 ありがとうございます。
 それでは、昆野さん、将来の目標をお願いいたします。
 
昆野来輝
 私が復興について望むことは、仮設住宅に住んでいる方々が自分の家で生活出来るような環境整備です。これは、簡単に出来ることではないと思います。広い土地が必要だし、海の近くに住宅を建てることもあまり現実的ではないと思います。
 私の友達に、震災で家が流されて仮設住宅で暮らしている人がいます。以前その友達の家を訪れた際に、すごく自分は悲しい気持ちになりました。震災から2年という月日が経っているのにも関わらず、何も変わっていないという現状を目の当たりにして、すごく悲しくなりました。もし私が海沿いの近くに住んでいたならば同じ状況になっていたと考えると、本当に怖くなります。ほんのわずかな住環境の違いで、大きな違いが生まれている現状を考えると、とても複雑な気持ちになります。自分が出来ることは本当に僅かなことですが、それを一歩ずつ進めることで、復興に繋がっていけば良いなと思います。
 私は、将来の進路希望がまだはっきりとは決まっていないのですが、消防士になるということを考えています。消防士になったら、復興関連の取り組みを積極的に行いたいと思います。消防士になることは親も賛成してくれていて、将来は地域の復興に役立つ人材になりたいと思っています。そして、誰かの心の支えになり、町おこしに貢献したいと考えています。
 さらに、私にはもう一つの夢があります。私は、小学校からずっと野球をしており、生涯に渡って野球に携わりたいと思っています。そして、地元で野球を教えたり、サポートをしながら多くの人に野球をする楽しさを伝えたいと思います。
 以上です。
 
瀬川副校長
 ありがとうございます。

達増知事
 岩泉町小本の町が、住宅地が津波被害を受けた時、岩泉の町長さんはじめ町役場の人たちが一軒一軒住宅地図でチェックしながらどのくらいの被害があって、そこに住んでいた人はどこに避難し、そしてその後仮設住宅をどこにとか、とても丁寧に仕事をしていたのを見ていまして、この後の仮設住宅からまた次の家に移るということについても、精力的に新しい住宅地を作る作業を進めているので、県も一緒にそれを手伝いながらしっかり進めていきたいと思います。
 消防というのは、地方自治の原点というところがあって、やっぱり地方自治というのはいざという時助け合うという関係が近所付き合いの基本というところがありまして、非常にやりがいのある仕事だと思いますし、またそういう地域のために何かという感覚は、スポーツを広めるというようなことでも共通すると思うので、ぜひぜひ頑張りましょう。
 
昆野来輝
 ありがとうございます。
 
瀬川副校長
 ありがとうございました。
 一通り皆さんの将来の夢、展望などもお伺いしたのですけれども、さっき佐々木さんから世界に向けて発信をしていきたい、そして、世界に岩手県をアピールする活動も行っていきたいという御発言がありました。岩手県では、平泉の世界遺産への登録があり、そして9月には三陸がジオパークとして認定されました。久慈の「あまちゃん」のアピールもありましたけれども、自信を持って日本全国、そして世界に紹介したいという所が数多くあると思います。あわせてリニアコライダーの誘致先にも岩手県が認定され、壮大なプロジェクトがこれから推進されていくと思います。
 そのようなことを含めて、皆さんからもう一言ずつ世界に向けて、ないしは日本全国に向けて、自分の町でここをアピールしたいという所があれば教えていただきたいと思います。今まで山根君から御発言いただいてきたのですが、最後は昆野さんから御発言いただきましょう。岩泉町にはジオパークに認定された、世界に誇る大変有名な所がありますよね。そこを御紹介いただけますか。
 
昆野来輝
 先ほどから紹介されている龍泉洞は、自分も行ったことがあり、すごく水が綺麗で、本当に岩泉町が全国に誇れるものだと自分も思っています。龍泉洞の中の鍾乳洞も見事なもので、観光地としても有名で、龍泉洞の水というものを私の学校の先生が、他県から来た先生が龍泉洞の水を親に勧めたら、全然違うと言って龍泉洞の水を好んで飲むようになったというのを聞いたので、本当に龍泉洞の水はおいしいのだなというのを実感しました。
 
瀬川副校長
 そうですね。世界に誇る、日本でも三大鍾乳洞ということで、天然記念物にもなっておりますね。岩泉町から龍泉洞の御紹介がありました。
 戸村さんからは、どこか世界に誇る名所、ないしは海の幸でこれが一番おいしいというものがあれば御紹介いただけますか。
 
達増知事
 海プリンもうまいけれどもね。私は好きです。
 
戸村和希
 重茂は本州最東端の地で、とどケ崎灯台とかも結構良いのですけれども、やっぱり重茂で採れるウニとか、アワビとか、ワカメとか、昆布とか、いろいろあるので、それが全国にPR出来れば良いなと思います。
 
瀬川副校長
 そうですね。海の幸は三陸が誇る宝ですから、ぜひ漁師として頑張りたいというお話もありましたので、おいしい海産物をたくさん採っていただきたいと思います。
 木村さん、お願いいたします。
 
木村優
 私も、実は戸村君と同じで重茂に住んでいるのですけれども、やっぱりとどケ崎灯台から眺める景色が一番誇れる景色だと私は思っています。
 
達増知事
 アメリカに一番近い所だからね。最東端で。
 
瀬川副校長
 今はとどケ崎にはどのようにして行くことが出来るのですか。
 
木村優
 重茂まで車で行って、姉吉という所があるのですけれども、そこから車で降りて行って、そこから2時間半歩けば灯台に着きます。
 
瀬川副校長
 震災後も、もう行けるようになっているのですか。
 
木村優
 はい。私は釣りが好きなのですけれども、それでよく灯台まで釣りに行くのですけれども、結構普通に、大丈夫です。
 
瀬川副校長
 大変有名な場所ですよね。
 それでは、佐々木さん、お願いいたします。
 
佐々木大
 私は田老出身ということで、田老の三王岩を全国にアピールしていけたら良いなと思います。今回の津波で、3本とも残っているのですけれども、そういう所とか、あと田老と言えば世界一の防潮堤ということなので、出来るだけ宣伝して、田老に足を運んでもらって、その時のこういう世界一の防潮堤があっても安全な所は無いということを全国、世界の人に伝えていけたら良いなと思います。
 
瀬川副校長
 ありがとうございます。
 三陸ジオパークには、津波とか震災の遺構というのも大切な後世に伝える遺産として登録の運びになっていたのですけれども、皆さんに警鐘を鳴らすという意味でその世界一の防潮堤の被災状況をぜひ広く知らせて避難の重要性を訴えていけると良いですよね。ありがとうございます。
 大和田さん、お願いいたします。
 
大和田陸也
 私は、田老と言ったらやっぱりカリントウだと思います。震災の時は、一時辞めたのですが、また新たにカリントウを始めて。
 
達増知事
 平べったいものだよね。
 
大和田陸也
 平べったいものです。
 
達増知事
 食べたことあります。
 
大和田陸也
 私は震災前には食べたことがなかったのですが、少し前に食べてみて、やっぱりほかのカリントウとは違って、田老らしさがあるというか、それで全国に誇れるものだと思いました。
 
瀬川副校長
 地元の素材を生かしたおいしい御菓子というのも大切ですよね。
 それでは、佐々木さん、お願いいたします。
 
佐々木真琴
 みんな言っているのを聞いて、三王岩は三つあるのですけれども、一個津波で北西方面に30メートル移動していたらしくて、それを津波岩と呼んでやるというのをうちの生物部が研究していて、そういうのも宣伝していけたら良いなと思うし、あと田老の防潮堤の話だと、私の母の実家が田老にあって、親戚もいたのですけれども、田老の防潮堤はエックスになっているの分かりますか。エックスになっていて、エックスになっている二堤目のところを過ぎた所に親戚がいて、二堤あるから大丈夫と言って逃げなかった方がいて、そのまま流されて、今も遺体見つかっていない方が私の親戚にいるのですけれども。だから、防潮堤が必ず良いとかではなくて、防潮堤の良さを伝えるとともに、やっぱり正しい情報も一緒に伝えていけたら良いなと思います。
 あとは、田中菓子舗のカリントウと聞いたら、「いかせんべい」を連想して、「いかせんべい」は私が行っているみやっこベースという社会福祉協議会さんでやっている活動があるのですけれども、そこで「いかせんべい」を違う味のものをアレンジしようということで、ラー油味とか、ごま風味とか、そういうのを一緒につくったりしているのですけれども、そういう新しいブランドとかも作って宣伝していけたら良いかなと思います。
 
達増知事
 良いかもしれないね、それ。
 
佐々木真琴
 ラー油味おいしいです。
 
瀬川副校長
 それは普通に売っているのですか。
 
佐々木真琴
 小さめの、「いかせんべい」これくらいではないですか。それの小さい感じのもので、多分売っているのかなと。宮商デパートでもやっていたらしいです。多分。
 
瀬川副校長
 山根さん、お願いいたします。
 
山根慶大
 山田町は海も有名ですけれども、豊間根には山もあって、松茸が名産と聞いています。海はみんなが知っているのですが、海だけではないのだというところを世界にアピールしていきたいと思っています。
 
瀬川副校長
 皆さんから、一通り世界にこれから発信していく時にお勧めのものを御紹介いただきました。岩手県には「我、太平洋の架け橋とならん」と述べて世界に大きく羽ばたき、大変素晴らしい活躍をなさった新渡戸稲造もおられます。これから未来に向けて、震災があったり、大変なこともありますけれども、それらを糧にして、皆さんも夢を忘れないで復興や世界で活躍するために一生懸命頑張っていただきたいと思います。

知事所感

瀬川副校長
 皆さんに一通りお話をいただきましたので、最後に知事さんから御感想をいただけましたら幸いです。
 
達増知事
 みんなそれぞれ自分のいる地域の良さをしっかり押さえているところが心強かったです。
 復興の仕事をしていて思うのは、復興の力というのは、まず地元の底力というのがあって、プラス様々な繋がりの力、これが合わさって復興の力になるという風に思っています。地元の底力プラス様々な繋がりの力。
 皆さんの話を聞いていても、震災以降地元の底力が引き出されて、今まで出来なかったことが出来るようになる、今までやったことのないようなこともやるようになる、そういう地元の底力が引き出されているというのを感じますし、プラス様々な繋がりの力、全国あちこちとの繋がりの力、また外国との繋がりまでどんどん出来ているという、そういう地元の底力と様々な繋がりの力が合わされば、それはものすごい復興の力になって、震災の前よりももっと安全で活力あり、豊かな、そういう宮古地域というものを作ることが出来ると思うので、頑張っていきましょう。ありがとうございました。
 
瀬川副校長
 ありがとうございました。

閉会

瀬川副校長
 皆さん、本日は貴重なお話をいただき、ありがとうございました。
 これをもちまして、県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会を終了いたします。

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