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「がんばろう!岩手」意見交換会(平成25年9月12日 大船渡)

ID番号 N14478 更新日 平成26年1月17日

懇談会の様子1

日時
平成25年9月12日(木曜日)11時から正午

場所
大船渡地区合同庁舎

出席者

  • 参加者(敬称略)
    岩城 恭治(特定非営利活動法人夢ネット大船渡理事長)
    蒲生 哲(特定非営利活動法人陸前高たがだ八起プロジェクト事務局長)
    菅原 泰葉(株式会社一松商店代表取締役)
    中野 圭(特定非営利活動法人いわて連携復興センターネットワーク推進員)
    新田 恵市(株式会社ジャパンクリエイト大船渡市仮設住宅支援事業現地統括)
    舩橋 和花(陸前高田市まちづくりプラットフォーム事務局)
  • 県側
    達増知事
    青柳沿岸広域振興局副局長
    水野秘書広報室長

更新

開会

青柳副局長
それでは、定刻になりましたので、ただいまから県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会を開催いたします。
本日御出席いただきました皆様には御多忙中のところお越しいただきまして、まことにありがとうございます。心から感謝を申し上げる次第でございます。
私、本日の進行役を務めさせていただきます沿岸広域振興局副局長の青柳でございます。どうぞよろしくお願いいたします。

知事あいさつ

集合写真

青柳副局長
それでは、開会に当たりまして、知事から一言御挨拶を申し上げます。

達増知事
皆さん、おはようございます。お忙しいところお集まりいただきまして、ありがとうございます。大船渡市、それから陸前高田市のほうからも来ていただいてありがとうございます。
県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会ということでありますけれども、これは東日本大震災津波が発生し、その対応、そして復興への取り組みの中でそれぞれの地域、またそれぞれの分野でさまざま活動している皆さんの声を伺い、その現場の生の声を聞くことで県の復興政策、大震災への対応をしっかりしたものにしていこうということでやっているものであります。昨日が大震災から2年半という一つの節目でありまして、来し方思い返し、また行く末を考える、過去を振り返りながら未来に思いをいたすのにちょうどいい時期にここ大船渡の合同庁舎で気仙地区の皆さんにお集まりいただいてこういう会を開けるということ、時宜にかなったものと思っておりまして、今日はよろしくお願いいたします。

青柳副局長
ありがとうございました。
それでは、本日御出席の皆様を御紹介いたします。
お手元に名簿があろうかと思いますが、それに沿って紹介させていただきます。
まず、NPO法人夢ネット大船渡代表、岩城恭治様でございます。

岩城恭治
よろしくお願いします。

青柳副局長
NPO法人陸前たがだ八起プロジェクト事務局長、蒲生哲様でございます。

蒲生哲
今日はよろしくお願いいたします。

青柳副局長
株式会社一松商店代表取締役、菅原泰葉様でございます。

菅原泰葉
今日はよろしくお願いいたします。

青柳副局長
NPO法人いわて連携復興センター、中野圭様でございます。

中野圭
よろしくお願いします。

青柳副局長
株式会社ジャパンクリエイト大船渡仮設住宅支援事業現地統括、新田恵市様でございます。

新田恵市
本日はよろしくお願いいたします。

青柳副局長
陸前高田市まちづくりプラットフォーム事務局、舩橋和花様でございます。

舩橋和花
よろしくお願いいたします。

青柳副局長
それから、県からの出席者を紹介します。
まず、達増知事でございます。

達増知事
よろしくお願いいたします。

青柳副局長
続きまして、水野秘書広報室長でございます。

水野室長
よろしくお願いいたします。

青柳副局長
また、大船渡市及び陸前高田市の担当の方にも御参加いただいております。ありがとうございます。

懇談

青柳副局長
これから懇談に入るわけでございますが、本日は、お手元にあろうか思いますが、2種類のお菓子を用意させていただきました。1つは、甘ほたて、こちらでございますけれども、こしあんと求肥を挟んでいる最中でございます。製造元の大船渡市のお菓子の店高瀬は、東日本大震災津波によりまして、店舗及び倉庫などが全て被災を受けたところでございます。その後、2011年7月からお菓子の製造を再開しております。また、熊本市の百貨店で復興支援としても販売されているものでございます。なお、現在はおおふなと夢商店街にて店舗を構えておるところでございます。

あともう一つでございます。これは、陸前高田手焼きせんべいでございます。本日御出席いただいております菅原様が代表取締役を務めております株式会社一松商店で製造されているものでございます。後ほど菅原様より詳しい紹介もいただけるものと思っております。

それでは、懇談に入らせていただきます。最初に、自己紹介を兼ねまして、お一人当たりおおむね3分程度で皆様が復興や支援のために取り組まれていることなどをお話しいただければと思っております。お話しいただく順番でございますが、まず仮設住宅などで被災者の支援に取り組んでいらっしゃいます夢ネット大船渡の岩城様、陸前たかだ八起プロジェクトの蒲生様、株式会社ジャパンクリエイトの新田様、続きまして陸前高田の産業再生と雇用の創出に取り組んでいらっしゃいます株式会社一松商店の菅原様、最後に大船渡、陸前高田で活動する団体の支援を通じまして、復興に取り組んでいらっしゃいますいわて連携復興センターの中野様、陸前高田市まちづくりプラットフォーム事務局の舩橋様にお話をお願いします。
それでは、岩城様からお願いいたします。

岩城恭治
どうも、皆さん、こんにちは。知事さん、ありがとうございます。
最初に、夢ネット大船渡の方にいわて定住・交流促進協議会から2名の復興応援隊を派遣していただきまして、大変安心していただいておりますので、心からお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございます。

私のほうの紹介は、一応皆さんにこういったプリントをお配りしているわけでありますけれども、3分間ですから急ぎ足でお話ししますが、まず被災者支援活動については、復興ニュースを、被災した23年の4月から発行してきまして、現在97号になっていますが、10月25日号で100号になるものですから、11月9日には劇団ともえ座を呼んでリアスホールの大ホールで記念イベントをしようということで企画をしております。被災者の身近な情報を掲載することで大変喜んでいただいておるわけです。

それから、2つ目はいきいき支援ということで、仮設住宅で月10回ほど手芸講習をやっております。お年寄りの方々には大変喜ばれておりまして、大変重要な活動だなというふうに思っております。
それから、あわせまして傾聴活動も、ひとり暮らしの方々を中心としまして月100世帯ほど訪問していろんな話を聴いたりしています。

それから、手芸品販売、このカタログを渡していますけれども、被災者がつくっている手芸品を、内職がなくなったものですから、何とか少しでも応援しようということで、23年の10月から開いております三鉄盛駅のふれあい待合室での販売やイベントでの販売あるいは通信販売等でやっております。一つの団体がこのようなカタログをつくっているのは珍しいというふうに言われまして、これで販売支援をしております。平均的には月10万円から、多いときは50万も売るときがあるわけですけれども、そういうことで70人ほどに手芸品を出品していただいております。<s></s>
それから、今日も来ておりますけれども、ネットワークということで大船渡市のアクションネットワーク、陸前高田市のまちづくりプラットフォームに夢ネット大船渡も参加させていただいて、皆さんと一緒にやっていくということをやっております。県内から来ている団体につきましてもいろいろ支援をしております。また、県内でも二戸のサポーターズ等のいろんな企画もお世話したりなんかもしております。

それから、もう一つは三陸鉄道の南リアス線の盛駅舎の利活用、それから今年からは乗車券の販売の委託を受けているわけですけれども、幾らでも三鉄の収入増になるようにということで、賑わいのまちづくりではお茶会や手芸講習、駅からのウォーキング、歌声列車、駅弁列車などなどしてお客を呼んで、何とか汽車を走らせよう、また陸の玄関口でもございますので、いろんな観光地だとか、飲食店だとか、宿屋とかの紹介もありますので、それに対応して説明していただいております。

それから、3つ目として、いろんな団体さんが来るわけですけれども、その際のコースの中身として、三鉄に乗ってもらうということを勧めています。特に私どもと交流のあるNPO団体等には、単に被災地を見るだけでなくて、三鉄に乗ってくださいということで説明して、社内では説明等をしているわけでございます。などなどで参考になったと思いますので、一応私どもの活動の紹介は以上にさせていただきます。よろしくお願いします。

青柳副局長
ありがとうございました。
次に、蒲生様。

蒲生哲
特定非営利活動法人陸前たがだ八起プロジェクト事務局長の蒲生哲と申します。よろしくお願いいたします。
ちょっと名前のあたりなのですけれども、陸前たがだとしています。あえて陸前高田の人は「りくたか」とも「りくぜんたかた」とも言わないのです。あえてここで「りくぜんたがだ」として、あと八起というのは、私たち三陸の人間は七転び八起きの意味で何度も立ち上がってきたという意味でつけた名前になっております。

私は、もともとは岩手県立オートキャンプ場のモビリアというところの管理人をしておりました。標高150メートルぐらいの高さの場所にありまして、避難所ではなかったのですが、例のあの日、3月11日、気がついたらおよそ300人が避難所ではないキャンプ場に集まってきたというところから始まった活動でございます。およそ4カ月に及ぶ避難所運営、寝食を共にしてやってきたということがあります。常時120人ぐらいの方が避難したというところです。キャンプ場がこのように避難所になるというのは全国的に珍しくて、各方面からいろいろ注目されております。また、キャンプ場には2011年の7月から仮設住宅、これは長屋方式の仮設住宅が60世帯、あとは一戸建ての仮設住宅、これはキャンプサイトに建ちまして、108棟ですか、あわせて168世帯380人、陸前高田市では一番大きい仮設住宅になっております。そこで、私たちは常駐し、寄り添いながらの支援で自立支援を目指しております。陸前高田市では、常駐しながらの支援というのは私たち以外にはなく、常に被災者に寄り添っての支援という格好になっております。

年々ニーズ、フェーズが変わっていく中で、やはり最終的には被災した弱者、いわゆる老人世帯のほうにだんだんしわ寄せが来ているのかなというふうに感じております。恐らくオートキャンプ場モビリアの仮設住宅は、陸前高田市で最後まで残る仮設住宅の一つだと思っております。息の長い支援が続くというふうに考えられますので、これからも活動していきたいと思います。今日はよろしくお願いいたします。

青柳副局長
ありがとうございました。
続きまして、新田さんよろしくお願いいたします。

新田恵市
初めまして。ジャパンクリエイトの新田と申します。よろしくお願いいたします。
我々は大船渡にて仮設住宅支援事業をさせていただいております。岩手県の緊急雇用創出事業臨時特例基金を活用させていただきまして、北上市より受託をしまして、2011年9月、震災の半年後よりこの事業を開始しております。地元の方92名と、私は北上の人間なのですけれども、私以外は地元の大船渡の方で一緒に運営をさせていただいているということでございます。

ちなみに、大槌でも2012年の2月から地元の方を約100名程度採用させていただきまして、同じようなスキームで事業を運営させていただいております。我々は、北上市のような内陸のまちが被災自治体にかわりまして事業を運営することで、この大船渡市に少しでも余力をつくっていただいて、その分復興につなげていただければという役割で事業を運営させていただいております。

我々の事業のお仕事の内容という部分なのですけれども、簡単に申し上げますと、今大船渡市には37の仮設団地がございます。その中で1,650世帯、3,700名の方がお住まいになっておられますが、そちらの集会所談話室に地元の大船渡の支援員を常駐させていただいていまして、運営をしているということでございます。主な内容とすると、仮設団地の見回りですね、お声がけによる安否確認が一番この事業でも大事にしている事業内容の一つだと思っております。

それから、住民の皆様からの困り事相談の受け付け、そしてつなぐという業務なのでございますが、今は大体月に30件程度の困り事相談が寄せられます。とはいえ、立ち上げ当初は1カ月300件あったのです。それが今では10分の1程度にまで減ってきております。御自分の力で解決策につながっていたり、解決策が自分でとれるというようになってきていると思います。とはいえ30件の中で半分行くか行かない程度ではありますが、ソフト面、こころの相談も寄せられるようになってきていまして、例えば住民トラブルであるとか、それからいろんなストレスで隣の音がすごく気になるだとか、騒音関係。騒音といっても本当にうるさい場合もあるのですけれども、細かい音が非常に気になるであるとか、そういった騒音関係、ソフト面の相談も増えてまいりました。そういった部分も業務としてございます。

それから、団地のコミュニティーの醸成のお手伝いもしております。これは、コミュニティーができつつあるのですけれども、住民さんをつなぐお手伝いもさせていただいているという部分です。あとはこちらの地元にいらっしゃいますNPOさんであるとか、社会福祉協議会さん、保健師さん、それから大船渡市さん、それからサポートセンターさん等、いろんなお手伝いをさせていただいております。もちろん団地にいらっしゃいます自治会長さんのお手伝いも支援員と一緒にさせていただいているという状況でございます。今後も、フェーズも変わってきて、いろんなことが起きてはいるのですけれども、何とか何とかここまで無事に運営をさせていただきまして、本当にありがたいと思っております。今後ともよろしくお願いいたします。
以上です。

青柳副局長
ありがとうございました。
お手元にお菓子がありますので、どうぞおとりになってから、お食べになりながらお願いしたいと思います。
それでは、菅原さんよろしくお願いいたします。

菅原泰葉
株式会社一松商店の菅原と申します。お手元に一松商店と書かれたプリントをご用意させていただいたかと思うのですけれども、震災後の2012年の1月に正式に会社を設立いたしました。製造開始は2011年、震災から半年たたない7月ぐらいからせんべいの製造、販売を開始させていただいたのですけれども、この陸前高田手焼きせんべいは、もともとは埼玉県の草加市の草加せんべいの技術支援をいただいて製造を開始いたしました。草加せんべいは160年歴史があり、今までの歴史の中で外に出したことがない技術ではあったのですけれども、今回震災ということもありまして、御支援のもと職人さんに陸前高田まで来ていただいて、昔ながらの製法で、一枚一枚手で焼く製法があるのですけれども、その製法を一から十までご指導していただいて完成したのがこのおせんべいになります。
今は、この紙にも書かれているかと思うのですけれども、おせんべいとおかきを製造しています。もともと会社設立した当時は株式会社陸前高田手焼きせんべいという、商品名イコール社名として開始したのですけれども、おせんべい以外にもいろいろな商品を開発、販売していきたいなと思って、今年の1月に株式会社一松商店と社名を変更いたしました。

おかげさまで、おかきのほうは先月8月から、自社製造を開始させていただいたばかりになるのですけれども、もともと、私も含め、若い方にはおせんべいを買ってまで食べるというのがなかなか習慣としてなくて、若い方には近寄りがたいというか、敷居が高い商品ではあったのですけれども、おかき、もちを揚げたものになるのですけれども、おかきのほうは味をいろいろ若い人向けといいますか、カレー味であったり、カマンベールチーズといったもので味つけることで、スナック感覚でお手軽に皆さんに買っていただければなと思って商品を開発いたしました。

もともとの会社設立の目的といたしましては、被災してすぐに皆さん、私を含め働く場所がなかったという時期がありましたが、その時期に一人でも二人でも雇うことで地元の雇用を創出できればという思いで始めました。現在は7名のパートさんと役員3名の10名で製造しているのですけれども、今後製造量を増やしていくことで雇用をもっともっとつくっていければなと思って、毎日製造販売しております。
本日はよろしくお願いいたします。

達増知事
おいしいですよ。

菅原泰葉
ありがとうございます。どうぞ、皆様お召し上がりください。

青柳副局長
ありがとうございました。
続きまして、中野様。

中野圭
いわて連携復興センターの中野と申します。
我々いわて連携復興センターという団体は、震災後に立ち上がった団体でして、震災の年の4月に設立して法人格を9月に取得いたしました。設立の経緯としては、岩手県内にもともとあった中間支援、いわゆるNPO団体を支援するNPOの中間支援団体が10団体ほど加盟して結束して、地域ごとではなくて岩手県全域として復興に向けて取り組んでいこうということで設立されました。大船渡では、夢ネット大船渡さんに加盟団体として入っていただいております。

我々のミッションは、岩手県内で復興に取り組む個人及び団体の思いを形にすることで、そういった方々が活動しやすい環境づくりをすることでまちを元気にしていく、そういうことをミッションとして活動しておりまして、日々いろんな団体さん方のつながりづくりをやらせていただいております。そんな中で、各種ネットワーク会議ですとか、情報共有をしっかりしながら、あるいはさまざまな事例を皆さんで共有して、よりよい復興の形づくりをしていきましょうというようなことを行っておりまして、大船渡ですと大船渡アクションネットワークという支援団体さんの情報共有会議の事務局などもやらせていただいております。

大船渡以外にももちろんそういったネットワークというのは各市町村にありまして、例えば陸前高田では今日来ていらっしゃるまちづくりプラットフォームさんのところだとか、釜石にも、大槌にも、山田、宮古それぞれの地域、また内陸部にもありますし、そういったところでネットワークを進めていると。また、そういった地域ごとだけではなく、テーマ別のネットワークということで、例えば若手の方々をうまくつなぐ岩手若手会議というものを組織したり、あとは起業家支援ということで、先日達増知事にもいらしていただいた岩手SVSのイベント、ああいったものをお手伝いさせていただいたりというようなこともしております。本当に震災からフェーズが変わってくるに従って、やっぱり課題も変わってきて、それに対応しながら自分たちのミッションの中で何ができるかというのを探しながら活動している状況ですので、まだまだ復興は先が長いと思っております。引き続き頑張っていきたいと思います。よろしくお願いします。

青柳副局長
ありがとうございました。
では、最後になりますが、舩橋様よろしくお願いいたします。

舩橋和花
本日はありがとうございます。陸前高田市まちづくりプラットフォーム事務局の舩橋と申します。今紹介があったように、岩手県全般でのネットワーキングはいわて連携復興センターさんでなさっていますが、私どもは陸前高田市の中で団体間の連携促進や情報の集約と発信を通じて、行政や市民の皆さんとどうやって協働の仕組みづくりをしていけるかというところ、いわばまちづくりのソフト面での基盤整備を目指して活動しております。

ネットワーキングというのはすごく形として見えづらくて、一体何をしているのですかということをよく言われますが、具体的には地元のNPOさんであったり、あとは外部から震災でかなり多くの方がいらっしゃっていますので、その方たちをおつなぎする場を設定したり、あとはそこで共有される課題や、「こんな活動をしていますよ」という情報を共有して、それを一つにまとめて発信するということを行っております。復興支援・まちづくりの動きについて、よく見えるようにしたり、わかりやすくしたりするような活動、それらに関連した各種企画を実施しております。

こういった活動をするに至った背景といたしましては、それぞれの団体さんや個人の方が頑張って活動なさっているのですけれども、一緒にやればもっとよくなるのにというところが多分にございまして、これは双方をおつなぎしたほうがいいのではないかという動きが生まれたこと、また、NPOというのは行政とも違う形で公共的な部分を担うことができると思うのですが、市の動きに対してうまく寄り添っていきたいと思っていても、今はなかなか一緒に話し合う場や考えられる場というのがないので、そこを何とか創出していきたいという機運が高まったことが挙げられます。
 また、私個人としては、知事にも以前にお越しいただきましたが、陸前高田市災害ボランティアセンターにて長期間活動しておりました。そこで全国からさまざまな支援を頂き、また、これが必要という市民の方の声が集まる中で、個人的な思いとして、その中で培ってきた地元とのつながりや外部とのつながりをどのように陸前高田の中に資源として、財産として残していけるかというところもありまして、そういった「資源の蓄積」みたいなところも念頭に置きながら、それを生み出すネットワークが必要だということで活動を続けています。

ですので、まちづくりプラットフォームというもの自体は2013年4月から始まったものなのですけれども、こうした連携促進の枠組みは前々年度からの動きでございますので、立ち上がり自体は2011年の12月となっております。
私自身は東京の団体の所属ですので、現在は、継続性を保たせるために地元の陸前高田まちづくり協働センターさんと一緒に事務局の活動を続けております。本日はいろいろ皆さんの活動を聴かせていただけることを楽しみにしております。よろしくお願いいたします。

青柳副局長
ありがとうございました。皆様から一通り自己紹介を兼ねまして、ご発言いただきました。
これまでの話の中で、知事から何かありますでしょうか。

達増知事
復興の力というのは、地元の底力プラスさまざまなつながりの力であります。これは復興の公式と言っていいのではないかと思っているのですけれども、復興に取り組む中で発見したと思っております。皆さんも気がついているというか、よく考えれば当たり前の話ではあるのですけれども、今日お集まりの皆さんはそれぞれ地元の底力を引き出す側あるいはつながりの力をふやしていく側、またちょうどそれが接するところでいろいろ調整したりしているというような、まさに地元の底力を引き出しながらさまざまなつながりの力をふやしていくという、そういうことを皆さんそれぞれやっているなということを、今話を伺って思いました。

これは、復興のために必要な力であると同時に、復興をなし遂げた暁には、そのまま地元の財産になっていくものだと思っています。震災前にはできなかったようなことができるようになっている地元の力、また震災前にはなかったようなさまざまなつながりの力というのが、復興を成し遂げた暁にもいろんな経済とか、社会とか、地域のためになるようなことに役立っていく。今は復興という、必要に迫られてやっていることではあるのですけれども、それを通して復興の暁にはもう震災前よりも非常にいい地域になっていって、それがさらによくなっていく、そういう力も持っているというふうになっていく、皆さんの話を聞いていてそういうビジョンがさらにはっきり見えてきたなと思いました。

青柳副局長
ありがとうございました。
それでは、今度は皆様方が復興に向けて大切にしていること、あるいは現在取り組んでいる活動の課題や、今後に向けた意気込みなどにつきましてお話しいただければと思います。時間がなくて恐縮でございますが、大体3分程度でお話しいただきたいと思います。
では、先ほどと同じく岩城様からお願いいたします。

岩城恭治
知事さん、いつもお世話になってございます。私どものほうで大事にしているのは、どなたかからもお話しがありましたが、被災者に寄り添ったニーズに応える活動をしていきたいなと思っています。復興ニュースについてももう少し足で回って声なき声を吸い上げるような形で発表して、私の声も上がったなということを被災者の皆さんが喜んでもらえるようにしていきたいということで、今後とも継続していきたい。さらには、高齢者の皆さんが手芸教室を大変楽しみにしていますので、これらも継続していきたいというふうに思っております。

それから、知事さんからも地元の力が大事だという話があったのですけれども、今度の新しい東北の申請についても、県の大船渡地方振興センターさんと三陸鉄道株式会社と夢ネット大船渡の3者で申請したわけですけれども、復興庁のほうから見ますと60件ぐらい採択するのに460件もの申請があるのだそうです。しかも、岩手県からは10団体とかでほとんど関東方面、大学からの申込が多いのだそうです。したがって、地元の団体は作文も下手ですし、どうしても気付かない点もありますので、申請書の中身からいえば都会のほうの申請書が採択になる可能性が大きいのではないかなと思って不安なのです。やっぱり復興には今後の人材育成もありますので、活動が終わったらすぐ引き揚げるよその団体ではなくて、地元の団体が引き続きここでその経験を生かして今後の活動をするような形のためにも、ぜひ地元の団体を中心として、こうした新しい事業等については助成とか支援をしてもらえばいいのかなということを大いに期待しているわけです。

さらには、三陸鉄道の職員も6人雇用しているわけですけれども、どうしても1年契約でございますので、期間限定雇用になります。県の指導は各企業のパート、期間限定でなくて社員化が目的でもございますので、何とか長期雇用して職員の皆さんにも1年だよと言わなくてもいいような形になれるような雇用契約をして、社員の皆さんの要望も高めたいと思いますので、何とかそういう道を、県から委託された事業については、そういう道を探れないものかなということで考えているわけです。

あと発言の時間もないようですけれども、うちの悩みとしては、経常的な経費ですね。事務所を構えていますが、当初は日本NPOセンターからの支援で事務所経費が出たのですけれども、今は独自でやっていますので、そういったこと、あるいは人件費あるいは人材の育成について、NPOに対する県の施策も欲しいなと。さらには、いつまでも助成、助成、委託、委託でもないでしょうから、やっぱり自主事業が必要で、自分たちで自らの経費をつくり出すという起業化が必要でないかという話し合いをしているわけですけれども、なかなかその見通しもないので、そんなことも今後相談に乗っていただければいいのかなと考えております。ちょっと甘えん坊の話をしましたけれども、そんなことで終わりたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

青柳副局長
ありがとうございました。
蒲生さん。

蒲生哲
ちょうど昨日で2年と半年が経ちましたけれども、陸前高田の状況というのは本当に壊滅的な状況になっているわけで、この状況について、多分陸前高田市の場合は復旧ではなく、もうなくなってしまったので、復興なのだろうなというふうな形だと思うのです。本当に多くの方が亡くなってしまったので、将来私たちは何をしようかといったときに、この状況で一番考えるのは、私たちの子や孫が誇れるようなまちにしていくことが、我々残された者の宿命なのだろうなと常日頃考えております。悩み事は本当に毎日、日々尽きないのですけれども、やっぱり現地NPOとしては、今岩城さんからもお話がありましたとおり、人がいない、金がないといったところで、財政のところは本当に厳しいなと。震災後に立ち上がった団体ですので、助成金頼みなのですが、やっぱり助成金もだんだん先細りになってきているという状況になってきているし、最近はやはり助成先も、自主財源を持っている団体となってきていますので、本当に自主財源がないと厳しいなというのは最近常日頃思っております。一番そこが悩みどころですかね。

あとは私も陸前高田、生まれも育ちも陸前高田市なのですが、人がいないのです。多分業者さんもそうなのでしょうけれども、ハローワークで募集したとしても人が集まらないという現状。私は広田町というところに住んでおるのですけれども、私のおやじの世代、90歳ぐらいの世代は同級生が120人いました。私の世代、同級生が90人いました。私の子供の世代、同級生が30人いました。去年生まれた子供というのは十何人なのです。ということは、この90年間で出生率が、広田町の場合ですけれども、10分の1に減ってしまったなというのが非常に気がかりで、気がかりで、ではこの先30年後はどうなっているのだろうというような気がしております。

そこで、やっぱり今本当に、陸前高田市というのは外からの人たち、いろんな方々が支援に駆けつけてくれて、いい意味でも悪い意味でも活性化しています。それを利用して、私たち住民が住民のための住民の復興をしていこうと、そういう考えでやっていっております。
本当に子供たちが誇れるようなまちにしていくことが私たちの務めなのだろうなということと、それに対する陸前高田市も新しいまちが来るのだなというふうな考えで日々もがきながらやっているのが実情でございます。

青柳副局長
ありがとうございました。
それでは、新田さんよろしくお願いします。

新田恵市
我々は仮設住宅の支援事業ということで、日々活動させていただいているわけなのですけれども、現在、先ほども申し上げましたとおり大船渡市37仮設団地、1,650世帯、約3,700名の方がお住まいになっておられますが、現在1カ月に約20から30世帯が退去されております。それはいい意味でも復興が進んで、自力再建をなさったりとか、そういった意味でいい部分もちろんあると思います。一方で、我々の視点から申し上げますと、そういったお隣同士が、両隣が退去などされますと残された方の取り残され感から来るストレスというのが尋常ではないということをおじいちゃん、おばあちゃんから私もよく聞きます。

それと合わせて将来の不安であるとか、震災ストレス、そのほかにもいろいろおありなのでしょうけれども、被災者の皆さんは抱えられています。そういった不安やストレスから鬱、精神病であるとか、アルコールに走ったりだとか、DV、虐待とか、住民トラブルだとか、いろんなことが起こっています。そんな中、このようなストレスを原因として、今後体調を崩される方がさらに増えますという専門機関からのご指摘も受けています。我々も支援員が日々毎日お声がけをさせていただく中で、安否確認、巡回時などに何らかの異常を発見しまして、救急車につなぐ案件というのが、件数は申し上げませんが月に数件ございまして、7月は特に多かったのです。そういったのもストレスを起因にして体調を崩される方が多いという部分がございます。

そんな中、我々支援員としては日々声かけであるとか、あとはストレスの発散先である集会所談話室のイベントであるとか、そういった団地のコミュニティーの醸成、促進活動に従事していきたいなと思っていますし、あとは住民さんの集会所談話室にいらっしゃる滞在時間がすごく長くなってきているというのがありまして、やっぱりお話をしたい、はき出したいという気持ちが強く感じられます。そういった部分で我々支援員も傾聴の研修などをさせていただきながら、住民さんの不安やストレスを少しでも和らげられたらなというふうなことを思いまして、活動させていただいております。もちろん今支援者の支援のストレスというのが結構問題になっておりますが、そういった部分については、我々は臨床心理士さんと契約をしています。支援員が元気でないと住民の方にいい接し方、いいサービスができないものですから、カウンセリングなどの支援員のケアもしながら、住民の方に少しでもいい傾聴、お声がけができるように今後も従事していければなというふうに思っております。

あとは我々の管轄外の話になろうかとは思うのですけれども、災害公営住宅の建設も始まってきて、大船渡では来年後半ぐらいから入居が一気に進められると思うのですけれども、現状は抽せんで行っておられて、各地区から、災害公営住宅に入居している状況でございます。もちろん団地のコミュニティーづくりというのは一からのスタートです。仮設住宅団地でも郊外型の仮設団地では、その部落の方がそのまま入られているので、コミュニティーは比較的でき上がっている。しかし、まちなかの仮設住宅団地には、いろんな仮設から入ってこられて、本当にコミュニティーができるまですごく時間がかかりましたし、自治会ができ上がるのにも非常に時間がかかったということがありました。そういった部分で、阪神・淡路大震災の例からいろんな先生方も視察に来られますが、その際、災害公営住宅に移ってからの孤独死、それから自殺が増えたのだよという話を先生方からよく聞きます。そういった部分で、先の話にはなりますけれども、災害公営住宅の住民の方の見守り活動というのはとても大事だなというふうに思っております。

災害公営住宅、住宅再建、自力再建、高台集団移転など、そういったコミュニティーづくりのきっかけのお手伝いというのが今後必要ではないかと、本当に我々の管轄外ではあるのですが、こういった仕事に従事する中で、そういったことを感じる日々でございまして、そういった部分もお考えいただければなというふうに思っております。
以上です。

青柳副局長
ありがとうございました。
続きまして、菅原さんお願いいたします。

菅原泰葉
先ほど知事から、復興を成し遂げた後に、今私たちがしていることが、震災前にはなかったこととしてよくなっている、プラスになっているというお話があったかと思うのですけれども、ああ、なるほどなと私思ったのは、今まで復興のために頑張ってはいたのですけれども、復興後を見据えてなかったかなという思いが少しあります。皆さん震災がなければああだった、こうだったと、いい面、悪い面たくさんあるかと思うのですけれども、私自身恐らく震災がなければ陸前高田に戻ってなかったかなというのがありまして、というのも陸前高田に本当においしいものであったり、海の幸であったり、山の幸であったり、いっぱいあるかとは思うのですけれども、そこに目を向けていなかったというか、気づいていなかったというのがあったかと思います。陸前高田、岩手県、今でこそ震災後の一つのブランドといいますか、ちょっと言葉は悪いのですけれども、「陸前高田」と書いてあれば皆さんに寄っていただいたり、来ていただいたりというのはあるかと思うのですけれども、震災前にはやはり岩手県や陸前高田としての情報の発信力が圧倒的に足りなかったのかなと思っています。

私の会社もまだまだ小さいので、陸前高田という名前に乗っかって、今は頑張っていこうかなとは思っています。いろいろイベントに出させていただくのですけれども、ただお店に物をぽんと置くよりも、やはり復興イベントとして物を置いたほうがやはり売れるのです。それはやっぱり皆さんが地名を見て買ってくださるというのが大きいかなと思います。今は復興に向けて頑張ってはいるのですけれども、復興したときに今まで東北を見てきた方々が復興後にもまだ見てくれているかというのが重要だと思いますので、今は小さい会社で、商品も少なくて全国の方に知られているような商品ではないのですけれども、一人でも二人でも今復興の段階で来ていただく方々に知っていただいて、お土産として持ち帰ったその先でこういったおせんべいがあったよ、陸前高田は今こうだったよという話を広めていただくことが今の私たちがやるべきことなのかなと思います。それが小さい力ではあるのですけれども、そこをおろそかにしてしまうと復興が達成できたというのですか、復興したときに見向きもされないようなまちになってしまうので、私がやるべきことはまずは商品を大切に、1人のお客様を大切に、少しずつですけれども名前を全国の皆様に浸透させていきながら頑張っていければと思っています。一方で、まだまだお店としても課題も多くありまして、今お借りしている工場で製造のみをしているのですけれども、被災した事業ではないので、なかなか仮設店舗に入っての製造、販売というのは難しいところであり、まだまだ費用が足りないというのもあって、自分たちでお店を構えるというのは全然できないのですけれども、まずは仮設店舗でもいいので、どこか皆様と直接触れ合うような場所をつくっていければなという、そこが一番の今の課題というか、達成したいというか、陸前高田や岩手県の方々の御支援のもと、お店を構えられたらなと思っております。今日は皆様の御意見というか、率直な考えを聞かせていただいて、本当によかったなと思っております。ありがとうございました。

青柳副局長
ありがとうございました。
続きまして、中野様よろしくお願いいたします。

中野圭
復興に向けて大切にしていることとか、課題とか、意気込みということですね。やっぱり課題のところですけれども、岩城さんや蒲生さんが挙げられていましたけれども、担い手が圧倒的にいないと感じております。これは、私の所属する団体の中の話ではなく、一大船渡市民としてもやっぱり感じる部分であって、特にどういう場面かと具体的な例を挙げると、ちょうど今9月ですけれども、7月、8月と夏の時期はイベント、お祭りの時期がすごく多かったのです。でも、震災後、さまざまなイベントということで、例えば外部の方々とそれこそつながりの力で企画していただいているイベントは増えたかなと思う一方で、地元の底力というか、その中で従来からあったいわゆる「お祭り」というような部分が圧倒的に減っておりますし、私の生まれ育った地域でももうなくなりました。

先日釜石で「釜石よいさ」が復活したということですごくああ、いいなと思ったのですけれども、正直今自分の土地で祭りをやろうとしても絶対にできないだろうなと思っております。地域のコミュニティーの形成とか、醸成とかという意味でも、もちろんまち、地域の活性化というのに本当に大事な部分だなと思っておりますけれども、やっぱり実質それは担い手がいないという課題の中でどうしたものかなと思っているところです。

あとは意気込みというか、大切にしていることという中で、子供が減ってきたというのはすごく感じているのですけれども、私自身は復興、これからまちをどうするかと考える中で、新しいものをつくっていくというのと、前の形に戻していくのだという思いとあって、実は私は戻したいと思っているほうでして、でも2011年の3月10日に戻したいわけではなくて、自分が子供時代に過ごしていたこの大船渡というまちの姿に戻したいと思っています。そのとき、とても楽しかったし、そのときからこのまちがとても好きだったし、そういうまちに戻したいという思いもありながら、それは自分が一つ大切にしていることでもありますし、だからこそ当時、子供も今よりは多かったというので、やっぱり人口減少とか、少子高齢化というのはなかなか歯止めの利かない難しい問題ではありますけれども、不可能ではないと思っていて、やっぱり子供もこれからどんどん増やしていく、人口を増やしていくというのはできることだと思って復興に取り組んでおります。そういったところを自分の中で大切にしながら、団体の話よりも個人的な思いのほうで話させていただきましたけれども、そういったところです。

青柳副局長
ありがとうございました。
最後に、舩橋さんよろしくお願いいたします。

舩橋和花
私自身でもありますし、団体として、またこの陸前高田市まちづくりプラットフォームとして大事にしている部分というのは、やはり誰のために何をするのかというところです。先ほど知事のお話にありましたとおり、地元の皆さんの頑張りたいと思う気持ちというのが何より一番大事なもので、何か強い思いを持っているのにそれが実現できないというところをどれだけ後押しできるかというのがやはり果たすべき役割ではないかなというふうに思います。

先ほど知事のお話の中にあった「地元の底力」と「外からのつながりの力」というのがうまく働くと「復興の力」となり、そのベクトルというのがどんどん強くなると思うのですが、現在課題というか、難しさを感じている部分が、結局そのベクトルがどこに向かうのかというところを共有しづらいという点です。そこが解決できれば大きい矢印ができて、では地元はこれだけ頑張りましょう、外の人たちにはこれをお願いしましょう、だからベクトルが最大限発揮されますねというようなわかりやすい構図が出てくるのですけれども、なかなかそこがはっきりと見えづらい部分があるのではないかと思います。例えば向かっている方向もそうですし、その過程みたいなものを実感できない部分があるのではないかなと地元の方々の話を聴いていると非常に強く感じます。

でも、まだ2年半です。なかなか気持ちの整理がつかなかったり、一歩踏み出るタイミングというのは人それぞれ違うと思うので、どこに向かうのか、向かいたいのかという点の抽出には時間がかかってしまう部分が絶対にあると思うのです。でも、いずれ一歩踏み出そうと思ったときに、多分タイミングは人それぞれだったり、団体それぞれだったりすると思うのですけれども、その気持ちがせっかく起きたときに何も応援がないとか、誰も助けてくれる人がいないような状況にはやはりしていかないほうがいいのではないか、していきたくないなという気持ちがあります。その部分をどれだけいろんな形で後押しいただけるかというのが重要かなというふうに思います。
具体的には、先ほど岩城さんのほうからもありましたけれども、事業はやはり単年度というのが基本で、いろんな人たちがアクセスできるような形になっています。できれば個人的には地元の団体さんたちが継続して長きにわたって住民の方たちに何か提供できるものが増えていくという形が一番理想的だと思うので、なるべくそれを継続した形で、また柔らかい形で後押しいただける、背中を押していただける何かがあるとすごくいいのではないかなというふうに感じております。

東北の出身ではないのですが、こちらに来て2年3ヶ月ぐらいになりました。本当に周りの皆さんのありがたさを身にしみて感じている昨今でございますので、これからも頑張らせていただきたいと思います。

青柳副局長
ありがとうございました。

知事所感

青柳副局長
これまでの皆様の説明に関しまして、何か知事からよろしくお願いします。

達増知事
まず、新しい東北事業を確保する話とか、あとは県によるNPO支援とかについてはどんどん広域振興局のほうに相談していただいて、一緒に頑張ってまいりましょう。

それから、仮設住宅にお住まいの皆さんの暮らしがちょっと悪化しているようなところがあるというのは気をつけていかなければならないと思います。県の復興に向けての、今の一大基本方針といいますか、喫緊の課題だと思っているのが土地の処理、処分をめぐる手続が大変で、なかなかまちづくりが進まない、高台移転とか、平地のかさ上げですよね。それをまず現場のやりくりでできるところは工夫を凝らし、でもやっぱり特別措置法のようなもので一気に市町村ががっと土地を処分できるようなふうにしないと数カ月あるいは年単位でおくれてしまうであろうと懸念しているので、そこをさらに国のほうに求めていくということをやりつつ、でもやはり仮設住宅生活の長期化というのが問題になってくるので、生活をきちっと支えていくというところをこれから工夫していかなければならないと思っています。

その中で、ひとつ女性や若者が活躍できる復興にしていこうというのを強化していこうと思っていまして、それは、まちづくりは仮設の次のまちづくりがメーンのターゲットではあるのですけれども、やはり仮設住宅暮らし自体、そこも一つのコミュニティー、今目の前にあるコミュニティーで、よりそこを快適に生きがいのあるようにというふうにしていくための生活を充実させていく工夫に力を入れていかなければならないと思います。

新しいふるさとを孫子の代に誇りを持って残していけるふるさとづくりということでまちづくりを進めているのですけれども、そのプロセス自体もひとつ孫子の代に誇れるような仮設住宅生活をしていたのだよというふうにやっぱり期間限定でもしていかなければならない、数年間だけであっても、そこもやっぱり将来孫子に自慢できるような仮設生活にするというくらいの勢いで、いわば今いる場所がふるさとだと、仮設住宅コミュニティーもそこはそこでふるさとで、早くそこから出たいというのはもちろん、早くそこから次に行かなければならないのだけれども、ただそのプロセスもやっぱり大事にしていくという考え方ですよね。

多重防災のまちづくりという言葉があるのですけれども、「多重ふるさと」という考え方が大事だと今話を聞いていて思いました。NHKドラマの「あまちゃん」の主題もそれに関わっているのではないかと思っているのですけれども、やっぱり縁あっていろいろ住む場所や働く場所が変わっていく人たちにとっては、ふるさとというのは一つではなく、今いる場所がふるさとだということがあるし、特に交通も便利になって、通信手段も発達していくとふるさとは一つでないということが大事になっていくのだと思います。

担い手不足、人の不足についてもやはり全国の人にもっともっと入ってきてもらっていろいろしてもらう、定住してもらえればそれにこしたことはないのですけれども、交流、お祭りのときだけとかでもいいし、あるいはボランティアで時々入るでもいいし、やっぱりそこを増やして定住、交流も含めた人口を減らさないようにするという、できれば増えるようにするということが大事なのだと思います。
県としては海の幸、また山の幸、そして国立公園にもなっている風光明媚な自然とか、今いる人口以上の人口を養う、稼いで食べていけるだけの地域資源はこの岩手の沿岸地方にはあると思っていて、それで自信を持って復興計画をつくって国のほうから巨額の支援ももらいながら復興を進めているので、どんどん人をやっぱり定住、交流も含めて増やしていくことをさらにしたいなというふうに思いました。

ちなみに、日本政府としても岩手の沿岸というのは、今そこに住んでいる人だけのものではなく、日本国民全ての財産、全ての日本国民にとっての財産だから国のお金で復興道路も整備するし、またさまざま復旧、復興、プラスアルファ的な予算も措置しているというところかあるので、どんどん活用してもらえればいいと思っています。

ちなみに、復興道路の事業だけで1兆円以上の事業規模があり、東京オリンピックというのは四、五千億ぐらいの事業規模だとか、最近の報道だと言われているので、実は復興道路だけでも東京オリンピック2つ分ぐらいの事業を岩手の中だけで国の直轄事業としてやることになっており、それだけオールジャパンとしての復興への取組ということもあるというのはやっぱり人も全国の人が岩手沿岸を活用するというのを前提にしてそうやっているわけです。

きのう前沢小学校で平泉授業というのをやったのですけれども、平泉という町が花開くのは京都とか中央から東北に入ってくる人たちもいて、まさに地元の底力プラスさまざまなつながりの力で平泉というのは花開いているのですよね。3代目の藤原秀衡の奥さんは京都から来た国司の娘さんで、京都から国司は平泉を気に入ってしまって残ってしまったのです。定住して、3代秀衡の顧問みたいな格好で平泉に定住して、京都に戻らなくなってしまう。そもそも藤原氏、初代清衡のお父さんの藤原経清というのももともと京都から派遣されて、亘理のあたりの地方官だったのが地元の人と、娘と結婚して、安倍氏の娘と結婚して地元に残ることになったということで、東北というのはもともと東北に住んでいる人だけのものではないという歴史があります。そこには侵略みたいなちょっと陰の側面もあるのだけれども、ただ地元の主導権と中央とのつながりがうまくバランスとれたときに平泉文化みたいなものが花開くので、この復興をやっていてもそういう中央からどんどん入ってくるというものと、あとは地元の主体性というのをうまくバランスさせていくことで復興は成功すると思っていまして、そういうふうに進めていけばうまくいくというふうに思っております。
以上です。

青柳副局長
ありがとうございました。

閉会

青柳副局長
12時も過ぎましたので、以上で終わります。皆様、本当に本日はお忙しい中、おいでいただきまして、また貴重なお話をいただきまして、ありがとうございました。

これをもちまして県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会を終了させていただきます。本日は本当にありがとうございました。

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