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「がんばろう!岩手」意見交換会(平成24年3月23日 洋野町)

ID番号 N5350 更新日 平成26年1月17日

懇談会の様子1

日時

平成24年3月23日(金曜日)11時15分から12時15分

場所

洋野町民文化会館

出席者

  • 参加者(敬称略)
    安藤 ノリ子(種市南漁業協同組合宿戸実行部会、岩手県指導漁業士、岩手県漁業士会久慈 支部監事)
    澤村 よう子(洋野町食生活改善推進員協議会 会長、玉川浜漁業協同組合(漁業従事者))
    下苧坪 之典(株式会社ひろの屋 代表取締役)
    高城 虎(三陸居酒屋きりや 店長、洋野町商工会青年部 部長)
  • 県側
    達増知事
    松岡県北広域振興局長
    稲葉秘書広報室長

開会

松岡局長
皆さん、こんにちは。今日は本当にお忙しい中、お集まりいただきまして、本当にありがとうございます。
それでは、ただいまから県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会を開催させていただきますので、どうかよろしくお願いいたします。
私は、地元の振興局長の松岡と申します。今日は進行役を務めさせていただきますので、どうかよろしくお願いいたします。

知事あいさつ

松岡局長
それでは、開会にあたりまして達増知事からごあいさつを申し上げます。

達増知事
皆さん、おはようございます。大震災津波からほぼ1年たちまして、改めて洋野町での被災に対しましてお見舞いを申し上げます。
1年たちまして、今年は年の初めから復興という事業を進めていく復興元年ということで一昨日まで開かれておりました岩手の県議会のほうでも復興元年予算という大型の本予算を、年度の予算を可決いただいて、暮らしの再建、なりわいの再生、強力に進めて、そして安全なまちづくりを進めていこうという体制になっています。ただ、県の計画、また市町村の計画、それぞれ復興計画ができているのですが、基本的に骨格の計画でございまして、防潮堤を初めそういう安全関係のインフラでありますとか、また鉄道の復旧、道路の復旧や新たな整備など、そういったことについては大体何年間でつくっていくというのはもう決まってきているのですけれども、肉づけですね、こういう骨組みの中でどのようなまちづくりを進めていくのか、どのような産業再生を進めていくのかということについては、まだ応急復旧的なところで、これからこういう町になる、こういう産業再生が行われる。特に岩手の沿岸においては、水産業を核とした、それをさらに加工や流通にもつなげていくような産業再生が基本になるわけでありまして、その絵をどんどん具体的に描きながら、そしてそれを実行していくためにも今日の意見交換会、現場の声をぜひぜひ参考にと思っていますので、よろしくお願いいたします。

松岡局長
それでは、今日御出席の皆様を紹介いたします。
種市南漁業協同組合の宿戸実行部会の安藤ノリ子さんです。

安藤ノリ子
よろしくお願いします。

松岡局長
次に、洋野町食生活改善推進員協議会の会長の澤村よう子さんです。

澤村よう子
よろしくお願いいたします。

松岡局長
それから、次が株式会社ひろの屋の社長さん、下苧坪之典さんです。

下苧坪之典
よろしくお願いいたします。

松岡局長
次が三陸居酒屋きりやの店長さん、高城虎さんです。

高城虎
よろしくお願いします。

松岡局長
県のほうからは達増知事、それから秘書広報室の稲葉室長が出席してございます。

稲葉室長
よろしくお願いいたします。

松岡局長
あと本日は洋野町役場さんのほうから信田企画課長さんにも御出席いただいております。どうもありがとうございます。

信田洋野町企画課長
よろしくお願いいたします。町長不在でありますので、代理なのですが、よろしくお願いいたします。

懇談

懇談会の様子2

松岡局長
それでは、早速懇談に入らせていただきますけれども、大体12時15分ぐらいまでということで、1時間ばかりということになります。これまで取り組んできたこととか、これからこんなことをしたいというふうな、そういうお話をお伺いしたいと思います。大体2巡ぐらいでお話をお聞かせいただければなと思いますので、どうかよろしくお願いいたします。
最初に、自己紹介を兼ねまして、これまで取り組んできたこと、それから今後取り組む思いなどを5分間ぐらいでお話をいただければなと思いますので、どうかよろしくお願いします。
名簿順で恐縮です。最初に、安藤さんのほうからよろしくお願いいたします。お座りいただいて。

安藤ノリ子
失礼します。私は、県の指導漁業士とあと海上保安部のLGL、ライフジャケットの着用推進委員をしながら採介藻漁業に従事している安藤ノリ子と申します。よろしくお願いいたします。
震災時ですけれども、浜に行って見たら、私たち漁業者が大事に育てていたウニが浜いっぱいに陸に打ち上げられていまして、いやあ、これだったらもうウニの町種市がどうなるのか、私たち漁業者の生活がどうなるのか、不安とショックでいっぱいでした。
そうしているうちにも5月になりまして、町の主催でウニの森づくり植樹祭をやりました。私たち漁協女性部はいちご煮を煮る担当が当たりまして、朝に漁師さんたちからウニをとってきてもらい、私たちでむき身をつくり、その新鮮なウニでいちご煮をつくり、海づくり少年団、あと漁業関係者の方々に食べてもらいました。そうこうしているうちに、もう7月にもなりまして、宿戸の漁業実行部会の主催で町内の漁協さんたちからも参加してもらい、ウニ、アワビ、海産物等の直売会を行いました。例年であれば5月の3、4、5の3日間の直売ですけれども、今回は津波の影響もありまして、ウニの量が少なかったため2日間しかできませんでしたけれども、町内を初め県内、県外から大勢のお客様が来てくださいまして、いっぱい買っていただきました。また、生ウニ丼やいちご煮の販売もやり、種市のウニがみんなに味わってもらえたかなと思っております。
今後の活動ですけど、ウニの直売会の継続と昨年出来なかった朝市を開催し、ウニ等の海産物の販売を通じ、多くの方々から洋野町に足を運んでもらうことで、洋野町の地域振興が図られていけば良いと思います。

松岡局長
ありがとうございます。
初めに、皆さんから一通りお話をお伺いしたいと思いますので、次は澤村さんお願いします。

澤村よう子
私は洋野町食生活改善推進員協議会会長をしております澤村と申します。よろしくお願いいたします。
日ごろは県から御指導、御支援いただきましてありがとうございます。
そして、私は玉川浜漁業協同組合の漁業従事者でもあります。自慢のウニやコンブをとって、それが私の仕事です。残念ながら昨年はウニもコンブもとることができませんでした。瓦れき、瓦れき、本当にたくさんの瓦れきをとりながら感じたことは、やっぱり洋野町にとって海は本当に大事だよね、海産物というのは無くなって本当に大事なものだと。また、食生活改善推進員は地元の食材を使ってメニューづくりをするわけですが、また一層洋野の、種市の海のものをPRしていかなければならないなと思いました。
まず最初に、震災後取り組んだことですが、それは各地区に食改さんたちがおりまして、避難所に入っている皆さんに炊き出し支援を行いました。そして、私たちは独自にヘルシーレストラン、これは洋野町の健康づくりのために一つの会場を借り切って食事と健康教室、そして食べたら動くを実践するために健康体操、それを組み込んだヘルシーレストランを開催しているのですが、そこに仮設に入っている皆さん、そして被災された皆さんを招待して、テーマを「絆」として、みんなで迎えて行いました。帰り際に1人の方が私に言いました。「正直私は家を出たくなかった。でも、みんなから誘われて、今日は来ました。でも、本当に今日はおいしいものいただいて、そして何か元気が出ました。ありがとうございました」と帰られました。その気持ちがうれしくて、招待してよかったな、また引き続き今年もできたらいいなと思っています。また、被害が多かった八木地区で栄養講演会を行い、仮設に出向きバランス弁当を一軒一軒手渡しました。
そして私は、久慈市、洋野町、普代村、野田村の久慈支部の副支部長もしています。震災後、すぐ炊き出し支援に伺いました。400食をつくっていったのですが、余分に100食ぐらいも多めに持っていこうということで持っていったのですが、400食では足りませんでした。すべてを差し上げて、みんなに届いたかなと、そう思いながら2回ほど炊き出し支援を行いました。
そして、全国食改協から支援物資が届きましたので、これもまた4市町村に配布いたしました。仮設に入ってからは冬場まで1年かけて栄養教室、近くの公民館、そして地区センターに行って一緒に仮設に入っている皆さんと調理実習をして栄養講習会を行いました。また今年もできればいいなと、そう思っています。今回の震災は私たちに全国食改協から応援メッセージ、そして支援物資が届けられました。本当にありがたいことだなと、皆さんに感謝しています。
以上でございます。

松岡局長
ありがとうございます。
それでは、下苧坪さんお願いします。

下苧坪之典
洋野町で天然ワカメを中心に販売させていただいております株式会社ひろの屋代表の下苧坪と申します。よろしくお願いします。
まずは、このような会を開いていただいて、本当に感謝申し上げます。なかなか達増知事とこのような形でお話しする機会もないと思いますので、本当に有意義な時間になればいいなと思っていました。
洋野町の被害なのですけれども、人的被害がなくて何よりだったのですが、やっぱり人的被害がなかった分、マスコミの来る数なんかも少なかったと思うのです。そこは自分の中ではこれから発信していきたいなと思うのですけれども。
まず仕事のほうだったのですが、天然ワカメは昨年は1.5倍から1.8倍ぐらい北三陸全域で揚がったのですけれども、実は養殖が全部流されたということで、天然ワカメは岩について、漁師がかまで刈りとってくるものですから、それは流れなかったのです。それを軸に北三陸は元気ですよと、南三陸がああいう状況だったものですから、北三陸は元気ですよというのをお客様に伝えることが僕にとっては必要なことかなと思いまして、まず一番先に行ったのが東京だったのです。東京の物産展にとにかく参加させていただきまして、お客様一人ひとりの顔を見てお話しさせていただいて、北三陸は本当に元気で頑張っていますよと、そこを発信させていただきました。そうすることによって、やっぱりどうしても放射能の風評被害というのがあったのですけれども、そこを払拭するにはお客様の手をとり、そして食べていただくという、そういう形が一番ベストなのかなと自分の中で判断して活動してきたわけなのですけれども、洋野町のもう一つの魅力がサーフィンがあります。サーフィンに関しましては、私たち洋野町サーフィン友の会というのを運営しているのですけれども、そこが中心になりまして、震災後の5月にゴールデンウィーク期間中だったのですけれども、ゴールデンウィークに近い日、この日に盛岡から青森まで120人集めて海浜公園の清掃も行いました。それは本当にサーフィンしたいという方ももちろんいるのですけれども、漁業関係者のことを考えたり、私も浜で食べさせていただいているものですから、本当にサーフィンということをやっていいのかなという気持ちもあったのですけれども、実際にサーフィンで食べている方も宮古であったり、大槌であったり、被害が大きいところにいらっしゃったりして、やっぱりサーフィンで食べている人にとってはサーフィンがすべてだったのです。だから、そういう面でも本当に地域、そして洋野町の復興の一つであり、観光の財源でもあるこのサーフィンをもっともっとこれから広めていくのが私たちの仕事なのかなと思っております。
最後に、遠野まごころネットの一員として、実は北三陸が被害が少なかった分、マスコミ受けも悪かったりして、被害が少ないというのは本当にいいことなのだということを私たちの世代がこれから10年、20年と復興に向けて動いていくと思うのですけれども、それを次の世代に伝えていかなければ、災害というのは必ず来ると思いますので、その伝える役目みたいなものもやっていけたら本当にいいのかなと思いながら最近生活しております。
以上です。

松岡局長
ありがとうございます。
高城さん、お願いします。

高城虎
私は、今盛岡で去年の12月1日に三陸居酒屋きりやという洋野町のホヤとかウニとかそういうのを扱う居酒屋を開店させました高城と申します。よろしくお願いします。
まず、居酒屋をオープンさせるのと同時に洋野町から盛岡までの自社便の配送業も一緒にスタートさせたのですけれども、それはただの配送業ではなくて共同混載配送といいまして、地元の食品企業の皆さんの物を当日便で盛岡まで小売店とか百貨店等に輸送する事業も一緒にスタートさせました。
まず、今回の震災で比較的県南のほうに比べれば甚大な被害ではなかったので、今まず県北、久慈広域の海産物を広げるチャンスだなと思いまして、まず配送の値段とか、コスト下げることもしながら、皆さんのために一緒に盛岡方面に久慈地域の食品、企業をどんどんアピールしていきたいなと思って、一緒にこういう共同混載配送というのをスタートさせたのですけれども、去年8月ごろからそれを始めたのですけれども、なかなかうまく賛同してくれる人がまだいなくて、やっぱり配送の値段のコストも大手さんに比べると、どうしてもすごい安いのです、大手さんは。それなので、去年は久慈地域だったのですけれども、今年は二戸広域も交えて県北全体の皆さんの企業をアピールするために盛岡方面にどんどん配送していきたいなと思っていました。
あともう一つは、今まで自分が取引してきた百貨店とか、小売店とかに販売先をあっせんしてあげるという営業マン的なことも一緒にやるという新しい配送業みたいな感じで今年はやっていこうと思っていました。
以上です。

達増知事
共同混載配送というのは、具体的にはどういう品物を負わせて運ぶのですか。

高城虎
基本は食品なのですけれども、海産物であったり、ひろの屋さんのワカメであったり、あと例えばここでひろの屋さんという業者があってというのを盛岡の僕の知っている業者さんに紹介して、パイプ役になってつなげてあげて、こっちが取引が決まったら、その荷物を僕が運ぶ、安く運ぶという、そういう感じの仕事をしたいなと思っていて、先日食のパワーアップ事業の審査会にも行ってきました。

松岡局長
ありがとうございました。
知事のほうから何か。

達増知事
まず、安藤さんのウニを中心にどんどん復旧を進めるということで、ウニの畜養の体制もだんだん復旧進んできて、だんだん直して、またたくさんとれるような体制に、そういう流れができてきていますので、やはり種市、洋野といえばウニがシンボルのような大きい存在ですから、ぜひ頑張っていただきたいと思います。
あと澤村さんの食生活の改善の関係では、やはり仮設住宅に住んでいる皆さんの健康を守らなければならないのですが、食べることが柱になると思うのです。食生活がきちっとして、あとは食べたら動くということで体操とかも取り入れて、健康全般をきちんとやっていくということは非常にいい取り組みだと思いますので、ぜひ引き続きよろしくお願いしたいと思います。
あとはひろの屋さんは、天然ワカメということで、今朝の新聞だとあれは重茂の養殖ワカメですか、すごい値段で売れているということで、やっぱり全国の皆さんが三陸のワカメに飢えている状態だと思うので、量としてどんどん買っていただくチャンスであるし、また質とか、そういう天然というのもあるのだよという、そういうところに目を向けてもらうチャンスだと思うので、どんどんと発信していくことが今大事な局面だと思って、そこは県のほうもどんどん発信をしてまいります。
それから、きりやさんの取り組みは非常にいいと思います。また、県としても内陸と沿岸は力を合わせて岩手全体で復興していこうという、これはそもそも大震災前の沿岸振興、県北・沿岸振興の基本戦略でもあって、やっぱりオール岩手として助け合って振興していこうという中で、どんどんつないでいくということが非常に大事なので、ぜひぜひその方向で頑張ってほしいと思います。

松岡局長
ありがとうございます。
では、2巡目ということですけれども、まだ私も緊張していますけれども、これからこんなことやってみたいなとか、こんな感じでこの地域がこうなって進めばいいなみたいなものも含めて自由にお話ししていただければなと思います。
その前に、下苧坪さんから人的被害の関係で、私どもから見れば本当にこれは洋野町さんの誇りだと思います。同じような大きな津波が来て、沿岸は壊滅的だったわけです。それにもかかわらず、お一人も犠牲がなかったということは、これはすばらしいことだなと常々そういうことは思っておりました。あとは我々もPR不足の部分があるかと思います。
それでは、また順番で恐縮です。安藤さんのほうからこれからこんなことやりたいとか、そんな感じのことをお話しいただければと思います。

安藤ノリ子
私ごとなのですけれども、県南のほうの友達に「今どうしていますか」と電話をしたら、「もう何にもない、着るのもない、住むところもない」と言われたときには、もう返す言葉がなかったです。いやあ、これではと思って行って見たら、案の定ああいう姿になっていました。これでは、私たち県北のほうは困ったうちではないと感じました。この壊れた浜をなんとか頑張って元の浜に戻そうと、組合員が一生懸命頑張っております。

松岡局長
今年は盛大にウニまつりをできそうですよね。

安藤ノリ子
予定はやりたいと思っております。海に資源がどれくらい残っているのかが一番の心配ですが、なるべく盛大にやりたいと思っております。

松岡局長
そうですね。
では、澤村さん。

澤村よう子
食生活改善推進員としては、また引き続きヘルシーレストラン、仮設の皆さん、被災された皆さんを招待して、そしてまた来られない皆さんが必ずいるのです、男性のひとり暮らし。そして、また高齢者、こういう方々のためにまた出向いて近くのセンターで栄養講習をやったり、またバランス弁当箱を久慈保健所からいただいて、これが本当に今回役に立ちました。

達増知事
三角形の。

澤村よう子
そうです、名刺にありますように三角形のお弁当箱なのですが、幾ら口で「野菜食べてくださいね、バランスのよい食事を食べてくださいね」と言ってもだめなのです。これを食べた後、そしてこの殻は捨てずに、御飯の次は野菜ですよ、それだけで皆さん納得してくれますので、本当に今回の震災では、助かりました。ありがとうございました。
そしてまた、野田村支援、これは洋野町としても大いに応援したいし、私たち仲間が本当に泣いた1年でもあり、ここで思いやり、心遣いのある活動をしていきたいと思います。
そして、私は漁業従事者でもあります。洋野町が早く復興して、そしてまたいろんな海草、いろんなものがもとどおりになればいいなと思います。
そして私は、余談になりますが、19年、21年と県の代表として東北大会で洋野町をPRしてまいりました。そのときに必ず最後に言う言葉は、「私はウニをとるんです。とってもおいしい、甘くておいしいウニですよ。日本一のウニ、ぜひ食べにいらしてください」と言いました。そうすると、19年は花巻市会場だったのですが、80名の方が洋野町に来てくださいまして、ウニむき体験、ウニ丼を食べて帰られました。「また来たい」と、そういう言葉を残してくれました。21年度は青森県の会長さんが40名の食改員の皆さんを連れて来てくれました。今度は私の地元、玉川地区でウニむき体験、ウニ丼を食べていただいて、「どうですか、皆さん、洋野町のウニは日本一でしょう」と、そう言いながら交流し、「ぜひまた来たいです」という言葉をいただきました。ぜひ早く復興し、洋野町の日本一のウニを食べてもらいたいと思います。
以上です。

松岡局長
ありがとうございました。ウニの種苗生産とか、確保は全力で一生懸命やりますから。ウニ以外にもホヤとアワビとワカメ、全部種苗のほうの確保は一生懸命頑張りますので、よろしくお願いいたします。

澤村よう子
よろしくお願いいたします。

松岡局長
では、下苧坪さん。

下苧坪之典
私は、やっぱり観光資源が洋野町は非常に充実していると自分では思っているのですけれども、どうしても町であったり、県であったり御支援をいただかなければならない箇所がやっぱり出てくると思うのですが、これから復興に向けてですね。その中で、先ほど触れたサーフィンも、僕は岩手県の一大ブランドにしていただきたいと思っております。先日神奈川県の大磯に町の企画から依頼されて行ってきたのですが、大磯は日本でサーフィン発祥の町なのです。そこで種市の中野小学校というところの交流がありまして、50人乗れるサーフボードをつくりまして、それで大磯ロングビーチというすごく景色がいいところなのですけれども、あそこで交流があったのです、大磯町との。洋野町のイメージがいいのです、大磯の方が。実際物産もやらせていただいたのですけれども、すごく文化があって、本当に大人の町というのですか、こっちの三陸にはないような雰囲気であったりとか、そういうのもあったりして、そういう交流も深めて、その上でサーフィンという、もう一回県の方も含めて見ていただければすごく本当の資源になる一つの力を持っていると思いますので、ぜひ洋野町ともう少しサーフィンについて語っていただければ、私たちも精いっぱい動きたいなと思いますので、よろしくお願いします。

松岡局長
何年前だったかな、種市中学校で50人ぐらいの大きなサーフィンを子供たちでつくって、そして乗ったのですよね。

下苧坪之典
そうです。

松岡局長
あれ今どこにありますか。

下苧坪之典
あれ大磯にあるのです。

松岡局長
それを大磯に持っていったの。

下苧坪之典
ええ、今大磯に持っていって、姉妹提携結んでいただきたいぐらいなのですけれども、本当にいい交流やったものですから、町長にも来ていただいて、大磯の。

松岡局長
本業のほうで何かこんなことやりたいというのは。

下苧坪之典
本業は、南三陸が大変な状況の中ですけれども、まだまだ復興には時間かかるのですが、その分、北は元気だということを発信し続けることと、県というか、本当にこれは皆さんに望むことなのですけれども、三陸の復興というのは世界じゅうが今見ていると思うのです。その中でどこの地域がいいか悪いかということではなくて、やっぱり全体でしっかり考えていくことが必要だと思うのですけれども、私はやっぱり天然ワカメだったり、町の資源のウニであったり、日本だけではなく世界に発信していただければと思っております。

松岡局長
ありがとうございます。
高城さん。

高城虎
さっき配送のほうばかり言ったのですけれども、実は居酒屋きりやのほうも、こっちのほうが本当は本業なのですけれども、まずそこで今はホヤをメーンでやっているのですけれども、ホヤがないときはお客さんががっかりして、何食えばいいのだという感じで、ホヤしか魅力がないような店なのですけれども、まずそれに負けないように種市もいろいろ食材も結構あるので、そういう生産者の方々というか、そういう人たちを招いて、PRしてもらいながら食事会みたいなものを開催したいと思っているのです、これから。今は開店したてでバタバタして全然手についてない状況なのですけれども、洋野のフラッグシップ店みたいな感じで、それこそ澤村さんとかにも来ていただいて。

澤村よう子
いっぱい呼んでください。

高城虎
種市の郷土料理的なものをどんどん私の店からアピールしてもらえる場にしていきたいなと思っていました。

松岡局長
ぜひ知事に。

高城虎
ええ、ぜひお越しくださいませ。

松岡局長
すごく便利なところにありますから。

達増知事
菜園ですよね。

松岡局長
ええ。結構お客さん入っていましたか。

高城虎
おかげさまで大変皆さんに来ていただいて、県庁の方々にも来ていただいておりますので、ありがとうございます。

達増知事
県庁は海の幸で一杯飲むのが好きな人が多いですから。

高城虎
そうですね。

松岡局長
やっぱり洋野といえばウニと、あとホヤですよね。

高城虎
やっぱりホヤはどこにも負けないなと思いますので。ないときは本当にないので、そこで無理して悪いの出してしまったりしたくないので、そこはちょっとどうにか考えているのですけれども。

達増知事
やっぱり漁業の原点は採介藻漁業で、天然ワカメとか、天然ホヤとか、ウニも天然もいるわけですし、畜養もしたのもいいのですけれども、復興の議論、国の復興構想会議のメンバーになって、いろいろ国の復興の議論に参加していたのですけれども、水産業のイメージが気仙沼とか石巻の大きい漁船で遠洋漁業してきてというイメージなので、だからどんどん企業の大資本を投下して合理化していけばいいのではないかみたいな議論がオールジャパンの水産業の議論でメーンになりがちなのですが、私はそこでいやいや、漁業というのは採介藻漁業というのもあってウニを拾って、でも規模は小さいけれども、非常に付加価値高く所得につながるような漁業を工夫すればできるし、また特に加工や流通のところまで含めれば地域の振興にもつながるような産業としてやっていけるので、そういう漁業にもちゃんとマッチした復興の計画を国のほうでも考えてもらわないと困ると強く主張して、それで両論併記みたいになったのですよね、国の提言から基本方針というやつの中で漁業についてはそういう大規模資本導入型の復興もあれば、地域に根ざして、規模は小さいけれども、地域に根ざした形で復興させていくのもあると。岩手においては、やはり後者のやり方というのがかなり大事だと思っていますので。ただ、やっぱり都会のほうとかで漁業のイメージが乏しくて、そういう採介藻漁業のよさを知らない人が多いので、そこはやっぱりアピールしていかなければならないなと思いました。

達増知事
来てみればいのです。こっちのほうに来させないとだめですよね、ああいう委員になっている人たちを。

下苧坪之典
ブルーツーリズムとか、グリーンツーリズムあると思うのですけれども、まさにブルーツーリズムぴったりの町です。

松岡局長
そうですね。今そういうのに向けて一生懸命取り組んでいますよね。ですから、だんだんこれが花開いてくると思います。
あと何かこんなこともあったほうがいいなとか、何かそういうことありますでしょうか。

安藤ノリ子
私たち漁業者が一生懸命育てますので、こういう若い人たちからどんどんやってもらいたいと思っています。ただつくるだけで買ってもらえないとまた困るから、こういう人たちから頑張って洋野町をPRしてもらいたいです。

松岡局長
そうですね。

高城虎
頑張ります。

松岡局長
そして、私たちが一生懸命食べます。

稲葉室長
やっぱりここは景色もすごくいいし、サーフィンなんかもそうなのだと思うのですけれども、おいでいただくということをもう少しみんなで仕組みをつくっていくというのと、あとさっき被害がなかったというのは、多分ちゃんと逃げたという、避難したということがあるのだと思うのです。それはなぜできたのか、できなかったところがたくさんあるので、みんなで誘い合って逃げたとか、逃げやすい場所が近くにあっただとか、いろいろあると思うので、そういうところもひとつ被害が少なかった、人的被害が少なかった原因みたいなこともちょっと調査して、こういう風なことをやっていけば災害のときはいいのではないかというような、今災害からどうやって守っていくかみたいなのが全国にもいろいろ関心を集めているので、そういうところをしっかり地域ごとにつくっていったほういいのだとかというアピールできるところがあると思うのです。そこを情報発信していくということになれば、そういうところを見学に来られるという方もいらっしゃるでしょうし、そのついでにおいしいものを食べていただければ、また来たくなるような魅力がすごくあるのだと思うのです。何かみんなでどういうふうな仕組みでできるかというのを一生懸命県も入ってやっていけるとすごく……。

下苧坪之典
一つのモデルケースみたいな形になれば、社会福祉協議会ではないですけれども、そういうところがもっと一つの取り組みをしていけば何か一つのモデルケースになると、また町の魅力の一つになるのかなと思います。

松岡局長
そうです。ですから、今でもそういうので洋野町さんがなぜこのように最小限の被害ですんだのかということで結構お話しを聞きに来るというか、視察に来る方もふえてきているということで、やっぱりそれは今言ったようにきちっとした住民の皆様の避難行動とかの結果であるので、そこら辺はそうですよね、もっと我々もPRしていかないとね。

稲葉室長
そうですね。

松岡局長
はい。

澤村よう子
私の姑は昭和8年の三陸津波のときに、今回も被害がありました八木地区におりました。そのときは地域の犠牲者が91名出たそうです。10歳で、「津波が来る、逃げろ」と。高台に上がった途端に大津波が来て、朝起きてみたら地獄のようだったと話していました。津波が来たら必ず逃げろよ、高台にすぐ逃げろよと、そう言われていましたので、私たちは心にとめていました。そして、八木地区は毎年3月避難訓練、これは本当にやっているからこそこういうみんな助け合うことができたのではないかなと。私は姑の話を聞きながら、地区は違いますが、そう思っています。「津波が来たら見に行くのではなく、逃げろよ。高台にすぐ逃げろよ」と、そういうのは子供たちにも伝えていきたいなと思っています。

松岡局長
水産加工とか市場で働いていた人もたくさんいたのに全部こうやって逃げてくれましたからね。
何か周りの人たちでこういうことでお困りになっているとか、こんなこと言っていたぞとか、何かお話、ここで御紹介できるのは……。
大体皆さんこうやってお仕事には再開されて、元気で頑張っているような方々でしょうか。

下苧坪之典
個人的な話なのですけれども、実は洋野町というのは久慈に行くより八戸に行くのです。八戸との交流というのがすごく少ないのです。私は八戸に嫁さんがいたりして、八戸市民みたいなものなのですけれども、八戸との交流というのがもっともっとあればまた町としての魅力であったりとか、八戸のほうから来るということは少ないのです。洋野町から八戸に行く人は多いのですけれども。そこは必要かなと……。八戸のほうにPRする必要あるのかなという感じはあります。

達増知事
久慈広域、さらには二戸も含め県北広域全体としての課題でもありますよね。

松岡局長
そうなのです。ですから、この県北地域の将来像というのがあって、それは八戸圏域との交流、連携を密接にして久慈と二戸と八戸という、一体的に地域振興しましょうという、そういう気構えで頑張っているところで、ただ確かにまだまだこれからだと思います。八戸のデパートとか、スーパーのほうに売り込みに行ったりとかやっているけれども、持ってきてほしいですよね、八戸のほうからね。頑張りますというか、一緒にやりましょう。やっぱり八戸線が通ったから、また復活して交流がもっとふえていくといいですよね。

稲葉室長
八戸と違った魅力を、洋野の魅力あるでしょうから、そこをアピールして。

澤村よう子
いっぱいあります。

稲葉室長
いっぱいありますよね。八戸に飽きているような人たちに来ていただければ、こっちもいいなと思ってもらえると思いますけれどもね。

下苧坪之典
25万都市なので、可能性はすごいあると思います。

稲葉室長
そうですよね、周りからもかなり集客力ありますけれども。

下苧坪之典
うちらは行きますけれども、来ないですから。

稲葉室長
昔から意識が行くものだみたいな意識があるのでしょうけれども、逆に。

下苧坪之典
八戸の種差海岸あるのですけれども、種市というのは種差でしょうと言われますから、いまだに。

松岡局長
だけれども、洋野町さんは種市があって、大野があって、海も山も里も高原もみんなそろっているところだから、そういう面ではね。

澤村よう子
食材が豊富なので、ぜひPRして、たくさんのメニューつくって呼びたいなと思います。

松岡局長
高城さんは盛岡に行って、洋野のPRの大使みたいな格好で、盛岡に広めているけれども、もっともっとそういう仲間なんかがふえていくような何か構想は。

高城虎
できれば余りホヤとかは広めたくないというかあれなのですけれども、うちの食材を使ってくれる飲食店がふえていけばなと。盛岡とかでも三陸直送というと宮古、釜石、大船渡みたいなイメージが強いと思うのですけれども、やっぱり三陸、北三陸の久慈、洋野町みたいな、そういうのをちょっと広めていきたいなと思って、今がチャンスではないかなと思います。流通面もやっぱり県北よくないので、そこも改善していければなと思っておりました。

松岡局長
まさに下苧坪さんとか高城さんのような方々が県内、それから全国のほうにどんどんPRする、そういう役割を今後もますます担っていくような格好なのでしょうか。反応はびしびし来ていますか、そのやった反響というか。

下苧坪之典
やっぱり発信しないと始まらないというのはあると思うのですが、物も紹介しなければ知らないですし、やっぱりそこがこれからもっともっとやるべきことなのかなということですかね。

松岡局長
それこそ澤村さんとか安藤さんのほうでもまずとったり、つくったりして、プラスアルファの部分でも結構御活動を通じて、多分いろんな面でPRされているのではないですか。

安藤ノリ子
直売会に来てくれたお客様から「どうして洋野町のウニは甘いのですか」と聞かれたので、「天然の甘いコンブを食べているから、甘いウニですよ」と答えたら、「ああ、そうですか」と言われました。

達増知事
いい海草を食べているから。

安藤ノリ子
やっぱり天然のコンブを食べていると甘みが出るみたいですからね。だから、コンブが大事です。一日でも早く漁場が復興してもらえばありがたいものだと思っております。

松岡局長
そうですね。まず、今年の春からもう一回種苗放流も始まりますので、あと沖に流されたウニも一生懸命岸のほうに持ってきていますので、多分期待できるのかなと思います。

高城虎
僕も盛岡にお店やる前はやっていました、移植、潜って副業で。

松岡局長
あれも大変な作業ですよね。

高城虎
そうですね、飽きるのですよね、いっぱいとって、それ持ってきて。

下苧坪之典
単純作業で。

高城虎
そうですよね。

稲葉室長
そんなにたくさんあるということですね。

高城虎
ある場所にはあります。

稲葉室長
それはすばらしい資源ですね。

澤村よう子
昨年はとる寸前、6月末からとるのですが、それが全部陸に揚がって死滅してしまいました。あれ見て泣きましたよね。

安藤ノリ子
そうですね、泣きましたよね。

澤村よう子
もうじきとれるウニが全部死滅してしまって、本当に残念で、それこそ犠牲者はなく、うちは残った。けれども、仕事がない。これは、大変な1年でした。まず復興に向けてできることをこつこつと私たちも頑張ってやっていきたいと思います。

達増知事
さっきも下のホールで写真見た中にウニがたくさん打ち上げられてひからびてくるところの写真もありまして、あれはこの洋野町で物すごい被害があったということと、あと同時に洋野町にはウニというすごい資源がいっぱいあるという、あれだけたくさんのウニの写真というのはなかなか都会の人は見たことがないと思うので、両方のインパクトがあると思います。

稲葉室長
復興写真展といって岩手が災害からどう復興してきているかというのを東京のほうの人たちにお知らせするような機会も何回か設けているのですけれども、私たちの写真集の中にも洋野のそういう打ち上げられたウニの写真というのはなかったので、そういうところにも入れて、そういうのが今は大きくなって出荷できるようになっていますというふうなことをお知らせしていくというのも一つだなと今思ったので、そのときにはぜひ写真をお貸しいただければと思います。

松岡局長
よろしくお願いします。そうですね。やっぱりもっともっとPRしてもいいのかもしれませんね。

稲葉室長
違った被害の角度ですよね、ウニが打ち上げられているというのは。物が壊れているというのとは違うのがあるので、かなり見た方には印象深いのではないかなと思います。

松岡局長
大体時間が近づいてきましたけれども、あと何かこれだけはお話ししたいなとかというのが何かあったら。よろしいでしょうか。

知事所感

松岡局長
それでは、最後に知事のほうからお願いいたします。

達増知事
サーフィンの件は、私も知事になるまで知らなくて、洋野町でサーフィンが盛んだというのは。知事になるころ、なる直前、準備で何回かこっちに入ったころに実はサーフィンが盛んだと聞いたときには、それはすごくいいなと思ったことを今思い出しまして、改めてこの地域の振興のためにもですし、岩手全体にもすごくいいイメージになると思うので、何か岩手として洋野町のサーフィンというものをアピールする工夫を改めてしていきたいと思いました。サーフィンに象徴されるように本当にいいものがたくさんあるので、それをいろんな新しい形でアピールして、復興はその地域の底力と、あとは地域の外とのつながりの力、底力とつながりの力の両方で、それが復興の力になるというふうになると思っていまして、底力はすごくある地域ですから、さらにつながりの力を高めていくことがやはり大事だなというふうに思いました。

松岡局長
ありがとうございます。

閉会

松岡局長
それでは、今日は本当にありがとうございました。皆さんからの貴重な意見いただきましたので、それらを踏まえて我々も皆さんと一緒にまた頑張っていきたいと思いますので、どうかよろしくお願いいたします。本日は本当にありがとうございました。

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