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「がんばろう!岩手」意見交換会(平成24年3月23日 野田村)

ID番号 N5349 更新日 平成26年1月17日

懇談会の様子1

日時

平成24年3月23日(金曜日)9時00分から10時00分

場所

国民宿舎えぼし荘

出席者

  • 参加者(敬称略)
    塩田 朋陽(チーム北リアス、大阪大学人間科学部3回生、大阪大学災害ボランティアサークル「すずらん」)
    貳又 ゑな子(野田村食生活改善推進員協議会 会長)
    水上 恵理(芽でるカー野田)
    山口 悟(十府ヶ浦食堂 店主)
  • 県側
    達増知事
    松岡県北広域振興局長
    稲葉秘書広報室長

開会

松岡局長
皆さん、おはようございます。今日は本当にお忙しい中、そして朝早くからお集まりいただきまして、本当にありがとうございます。
それでは、ただいまから県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会を開催いたします。
私は、地元の振興局長の松岡でございます。今日の進行役を務めさせていただきますので、どうかよろしくお願いいたします。

知事あいさつ

松岡局長
それでは、初めに開会にあたりまして、達増知事からごあいさつを申し上げます。

達増知事
皆さん、おはようございます。県会議員の皆さんもお疲れさまでございます。
県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会ということでお邪魔しました。3月11日、先ごろ1年目を迎えまして、改めてここ野田村での被害に対しましてもお見舞いを申し上げます。
1年前の今ごろのことがさまざま思い出されてくるわけでありまして、本当に歴史的な、大変大きな被害、改めて痛感するのですけれども、一方1年前と今と比べますと、1年前はまず人命救助、行方不明者の捜索、そして避難所に入った皆さんに水、食料、そういった生活に必要なものを確保しなければならないということでみんなで力を合わせてやっていたわけでありますけれども、1年たった今、私たちには自由に使える時間が1年前に比べてたくさんあり、また県外からの応援も含めて使える力がたくさんあるなということを実感いたします。復旧、復興に向けて動かせる体、使える力、また頭を働かせる時間、そういったものが1年前に比べれば、今はるかに多くあるなと、そういう手ごたえも感じておりまして、これをフルに活用してそれぞれの地域の復旧、復興を進めていかなければならないということを改めて感じております。
今日は現場の声を直接聞かせていただきながら、みんなで力を合わせてこの地域の復旧、復興、ひいては岩手全体の復旧、復興につなげていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

松岡局長
ありがとうございます。
それでは、本日御出席の皆様を御紹介いたします。
初めに、チーム北リアスの塩田朋陽さんです。

塩田朋陽
よろしくお願いいたします。

松岡局長
それから、次が野田村の食生活改善推進員協議会の貳又ゑな子さんです。

貳又ゑな子
よろしくお願いいたします。

松岡局長
それから、芽でるカー野田の水上恵理さんです。

水上恵理
よろしくお願いいたします。

松岡局長
それから、十府ヶ浦食堂の山口悟さんです。

山口悟
よろしくお願いします。

松岡局長
あと県のほうからは今ごあいさつ申し上げました達増知事と、それから秘書広報室の稲葉室長が出席でございます。
あと本日は県議会の嵯峨先生と清水先生に御出席をいただいております。ありがとうございます。
また、チーム北リアス、塩田さんが来られておりますけれども、京都大学の永田先生、チーム北リアスの共同代表も今日お見えになっておりますので、御紹介をいたします。

達増知事
ありがとうございます。

懇談

懇談会の様子2

松岡局長
それでは、早速懇談に入らせていただきますけれども、初めに自己紹介とか、それからこれまで取り組んできたことをお話しいただいて、そしてあと今後こんなことをやっていきたいなということをお話しいただきたいということで、大体2巡ぐらいで皆さんからお話しを聞かせていただきたいと思っていました。10時までということで本当に短い時間でございますけれども、どうかよろしくお願いいたします。
それでは、最初に自己紹介を兼ねまして、これまで皆さんが復興や支援のために取り組んできたことなどについて、大体四、五分程度でまずお話をいただければなと思います。
それでは、名簿順で塩田さんのほうからお願いをいたします。

塩田朋陽
チーム北リアス所属、大阪大学人間科学部の3回生、大阪大学災害ボランティアサークル「すずらん」の共同代表もしております塩田朋陽と申します。チーム北リアスというのは、この緑のジャンパーを着て活動している団体で、もともと僕の人間科学部のボランティア行動学という分野で僕は勉強させていただいているのですけれども、そこの専任教授である渥美教授という方を中心として、野田村をはじめとする北リアス地域を支援したいということで始まった団体です。
渥美教授がなぜ野田村を選んだかということなのですけれども、まず3.11の地震が起き、災害救助のNPOの団体が関東に集まったという経緯があり、そこから北に向かって支援していくということになれば、一番最後に取り残されてしまうのは北のほうだろうということで八戸のほうから入りまして、八戸に入ったら、またもうちょっと南のほうに行ってくれと。久慈に入って、またもっと南のほうに行ってくれということで、野田に来たときには言葉を失うような状況が目の前にあったというようにお聞きしています。それから野田村をずっと支援していこうという動きになってきております。
チーム北リアスのメンバーなのですけれども、渥美教授はまたNPOの理事もやられていてNVNAD、日本災害救援ボランティアネットワークというNPO団体、それが中心になって関西学院大学だったり、大阪大学だったり、京都大学というものが関西勢としてあり、それとはまた別に弘前大学であったり、八戸の八戸高専、八戸工業大学といった大学、それに全国の個人の方々がメンバーとして活動しております。経緯としましては、別々に野田村に支援に入っていた各大学が、5月ごろにつながりまして、貫牛さんという野田村の方と一緒にチーム北リアスという団体を立ち上げ、それからずっと活動してきております。
これまでの活動としましては、震災の起こった当初、瓦れきであふれていたころは瓦れきの撤去、関西勢は仮設住宅の入居が始まった5月、6月ごろからは仮設住宅への支援をメーンとしてきておりました。弘前などは引き続き瓦れきの撤去作業を行っておりました。
それから、徐々に時間にたつにつれ、野田村の中でのイベントにもこちらから参加していこうということになっていたり、野田村の商工会青年部の勉強会というものにもご招待をいただきまして、そういうものにも参加していったり、いろいろ野田村のことを知って、野田村の復興に何とかつながるようにということで活動させていただいております。
思いとしましては、5年、10年ずっと末永いつき合いをしながらそのボランティアの中にも一つ合い言葉として、「最後の一人まで」というものが神戸のときからずっと言われていることなのですけれども、そういうことをメーンというか、一つの合い言葉として、人と人とのつながりをずっと大切にしていこうということで活動しております。僕自身は、来年度いっぱい大学を休学しまして、野田村で1年を過ごさせていただこうと思います。その間にいろいろな方々といろんな交流をして、少しでも復興につながるようなことができたらなというふうに考えております。

達増知事
ありがとうございます。

松岡局長
まず、一通り聞かせていただきたいと思います。
では、貳又さんお願いいたします。

貳又ゑな子
野田村食生活改善推進員の会長をやっております貳又というものです。
私たちたち野田村食改は会員が35名おりますけれども、自宅が全壊または半壊したという方が27名おりました。そして、震災後それぞれの避難所に参りまして、自然と皆さんがリーダー的な存在になりまして、率先して避難所での炊き出しとか、皆さんの身の回りの世話とか、そういうふうな自然にあれをやってください、これをやってくださいと言わなくても、自然に皆さんがやっていったというのがすごく後で知ったことですけれども、よかったなという思いがありました。
そして、避難所でいろんな世話をしながらの炊き出しとか、避難所での食事はいただいて不足はなかったようですけれども、皆さんが野菜を食べたいなというので、やっぱり食に関することは一番大事かなと思いまして、私たち会員もこの野菜不足をどういうふうな形で補ったらいいかなと思いまして、車で中心部まで来て炊き出しに出会える人はいいですけれども、避難所にいる年寄りとか、車のない方とか、そういう人のことを考えまして、食改の皆さんが事務局と一緒になりまして、食改のみんなで1カ所で食事をつくって避難所に野菜を中心とした食事を提供いたしました。ふだん食べている味がいいなとか、温かいみそ汁が食べたいとか、いろいろなお話がありましたので、まず1回目にはおにぎりとか、漬け物とかみそ汁というぐらいでしたけれども、次に行ってどういうのが食べたいですかと年寄りの方とか皆さんに意見を聞きまして、今まで食べていた赤飯とか、煮染めとか、サラダとか、漬け物など4月から避難所へ炊き出しを始めました。うきうき団子が食べたいなということでうきうき団子なんかも提供いたしました。
7月からは県の事業といたしまして災害時支援事業というのが始まりまして、7月から2月まで20回にわたって今度は仮設住宅のほうに食事をつくってボランティアでみんなで行きまして、20回で延べ400名の方の参加をいただきました。そのとき保健所の栄養士さんのメニューのもとで私たち会員が3クールにわたり食事をつくりました。1会場の参加者が20名から25名でした。えぼし荘でもやりました。この会場では男性の方が一番多く参加していただきました。海での仕事が終わって、お昼にここで食べるというような感じで大変喜んでいただきました。
そういうことで、2月10日で無事に災害支援事業も終わることができまして、本当に野田村の皆さんに大変喜んでいただきました。以上です。

松岡局長
ありがとうございます。
それでは、次に水上さんお願いします。

水上恵理
買い物代行とか、主に仮設住宅の見回りとかしております芽でるカー野田の水上です。
私は、最初は被災の前は弁当配達の仕事をしていました。家で事務所兼自宅でしていましたけれども、津波のときに家から機械から何から全部流されまして、仕事も失いまして、自宅を失いまして、それからどうしようかなとずっと悩んでいまして、仕事もなくなったので悩んでいましたけれども、ハローワークさんに行ったところ、こちらの野田村の買い物代行とかのお仕事を御紹介されまして、私も被災者なのですけれども、被災者の同じ立場といいますか、同じ目線といいますか、少しでもお話も聞いてあげられるところもあるのかなと思いまして、そちらに応募しまして、勤めさせていただくことになりました。
そして、お仕事のほうですけれども、主に仮設住宅とかを中心にしていますけれども、足もなくて御老人の方とか、あと車も流されている方がかなりいましたし、私もそうだったのですけれども、うちの車も流されたのですけれども、行きたくても行けなかったり、歩いて行ってもかなり町のほうまで、後からお店も復旧しましたけれども、歩いてもかなり距離がありましたし、自転車で行っても帰りが坂道ですし、結構大変だということで何かそういうあれでお手伝いができるかなと思っていましたところ、そういう方々が利用していただきましたし、あと身障者の方で、目が悪い方でふだんからお買い物に不自由していた方にも御利用いただいておりますし、最初のころはやっぱり使ってくれる方がなれてなくて、なかなかお電話いただけなかったのですけれども、最近はいつも使っている方も、ひいきにしてくれる方もできまして、便利に利用させていただいております。
それから、あとは仮設だけではなくて、野田村の山間部のほうですとか、ひとり暮らしの御老人とか、あと一人ではなくても日中若い方たちがお仕事にお勤めに行くと日中一人になる方がいらっしゃるということで、その方々の中から、風邪引いてぐあいが悪くなったとき、すごく寂しかったという話もいただきましたので、独居だけではなくて、そういう日中一人になる御家庭も回らなければならないのだなと気づきまして、そういうところも回るように心がけるようになりましたし、そういう感じで、あとはいつもごひいきにしていただける方に週に二、三回いただいている感じで、だんだん定着してきた感じです。

松岡局長
どうもありがとうございます。
山口さんお願いします。

山口悟
十府ヶ浦海岸で十府ヶ浦食堂を営んでいた山口です。津波当日、すごい揺れがあったので、これは逃げなければいけないと思いまして、避難所に逃げようか、もう少し高いところに逃げようかと家族で話したとき、知人の近くの高いところに逃げようと言って車で逃げたのですけれども、そうしたら国道を越えて波が迫ってきていたので、じゃ、避難所にも行けない、どうしようかといったときに親の知人宅で、では今日は泊まっていきなさいという感じで言われて、そのまま1カ月間知人宅にお世話になっていました。
その後、仕事をどうしようかといったときに、たまたまえぼし荘さんで調理している人が3月いっぱいで退職するということで、ではどうか入れてもらえないかとお話ししたところ、4月1日から来てくださいということで、4月1日からお世話になりました。職業柄つくるのは、炊き出しではないのですけれども、なれていましたので、4月1日から6月いっぱいまで野田村の炊き出し300人以上の炊き出しをずっとやっていました。
その後、えぼし荘さんでデパートで駅弁大会に出るという話がありまして、ではどういう食材があるかといったときに1万食以上の食材を野田村で何をそろえられるかといったときに、みんなで話したときに山のもの、畑のものはホウレンソウとか菊とかそろえることができるという話になって、では、せっかく海も近いのだから、海のもの何かあるかといったときに、養殖のホタテは全部ない、ワカメもないといったときに、下安家漁協のほうでサケが帰ってきているから、では1万食以上の食材確保できますかといった話で、じゃ頑張ってみるという話になりまして、サケを使った弁当を東京で売り出そうという話になりまして、今年の1月に東京で駅弁を売りに行ってきたのですけれども、売っているときにまさかお客さんが涙をしながら弁当を買っていくというのを見たときに、「ああ」と、胸がぐっと締まるような思いになりまして、帰り際にはガッツポーズをして行ってくれたのです。駅弁大会に参加してよかったなと一番思いました。何かだんだん自分も元気になっておりまして、頑張らなければいけないかなというのがひしひしと思ってきました。最初はつらいなとは思っていたのですけれども、10カ月間当たり前のことですが、「いらっしゃいませ」、「ありがとうございました」と言ってなかったのだなと、簡単な言葉、当たり前の言葉を10カ月間言わなかった。駅弁に出ていて、何百回言っている。自分のやりたいのはやっぱり食堂をやりたいのかなとつくづく思いまして、この駅弁終わってから自分の仮設店舗でもいいのでと思って、頑張って店開こうと思いまして、ずっと頑張って今日までやってきました。3月5日に仮設ではありますけれども、ようやくオープンすることができましたので、まずスタートラインに立ったなというふうに思います。
以上です。

松岡局長
ありがとうございました。これまで取り組み、皆さんからお話をいただきましたけれども、どうでしょう、知事から。

達増知事
まず、チーム北リアス、本当にありがとうございます。若い力というその若さもすごいエネルギーなのですけれども、同時にボランティア行動学とか、そういう理論に支えられ、また阪神大震災の経験、「最後の一人まで」という標語に象徴されるような、そういう知識と経験にしっかり支えられた取り組みというのは物すごい力になると思っていまして、本当によろしくお願いしたいと思います。

塩田朋陽
こちらこそよろしくお願いします。

達増知事
そして、貳又さんの、やはり大震災避難所生活、仮設住宅生活、また自分のうちにいてもさまざまいろいろ不自由されている中で、食生活というのがやっぱり非常に大きい柱だと改めて思います。まずは、皆さんの安全と健康を維持していただかなければならないわけですけれども、その安全と健康を守っていくときに三度、三度きちんと、人にもよるのだと思いますけれども、まず必要なものをきちんとした形で食事をとるということがすべての健康の基本になるのだと思いますので、非常に有意義な活動だと思いますので、この災害時栄養改善事業というのは本当によかったと思っていますし、またこれからもいろいろよろしくお願いしたいと思います。
それから、芽でるカー野田、本当に必要なサービスというか、業務というか、なくてはならないものだと思います。特に大震災津波で車を失った方とか、さまざま交通の一層不便になっている中で、食料品初め必要なものを確保していくことが、そのために非常に役に立つ活動だとは思うので、ぜひ頑張っていただきたいと思います。
そして、山口さんでありますけれども、本当に1月の駅弁ベントへの参加ということは物すごいことだったと思います。1万食のお弁当をつくるということだったのですね。これなかなかできないことで、そこに岩手から代表で出ていただいたというのは、岩手全体にとってもいいアピールになり、そのアピールというのがちゃんと消費者の皆さんとつながる、県外の皆さんの心を被災地に寄せていただくということで物すごい大きな効果があったと思います。仮設店舗での営業再開ということで、ぜひ軌道に乗って先に進んでいくことができるよう頑張っていただきたいと思います。

松岡局長
ありがとうございます。
もう半分過ぎてしまいました。あと半分ということで、皆さんがこれから取り組んでいきたいこととか、あとその他こんな形でまちづくりができればいいなとか、何でも結構でございますので、お話しいただければと思います。
すみません、また順番で塩田さんのほうからお願いいたします。

塩田朋陽
これからの抱負ということですけれども、先ほども申しましたように僕たちは5年、10年ずっと末永くおつき合いしていきたいなと思いますし、これまでの支援活動、支援活動という名前ですけれども、僕らもすごい支援していただいている部分もあって、人と人とのつながりというものができてきているというように感じておりまして、そういう人と人とのつながりはずっと一生でもつながっていきたいなと思っております。
これからは、さらにそういったつながりを広げていくということをやったり、深めていくということであったりということに尽きるかなと思っております。それはボランティアと野田村の方々というものもそうですし、野田村の中でもやはり津波によっていろんなつながりが失われたりとか、薄れてしまったりという部分が僕たちの目でも見えてきている部分があるので、そういった部分を直すお手伝いをできたらいいなというふうなことだったり、またボランティアの強みとしてはフットワークの軽さとネットワークの広さというものがありまして、どんどん、どんどんいろんなことに縛られずにやっていけるというフットワークの軽さとボランティアというつながりですので、思いだけのつながりなので、どんな形でもつながれる、いろんな全国の方々とつながれるということがありますので、そういった方々ともまた連携を広げて深めて、野田村と支援していければというふうに思います。
それと1つ、僕がボランティア行動学という分野で勉強させていただいておりまして、その教授のつながりで新潟県の中越地震の被災地である塩谷集落という場所にもお邪魔させていただいたのですけれども、そういった塩谷集落、新潟県中越地震であったり、中越沖地震の刈羽村という場所であったり、また神戸という被災地同士をまたつないでいくような活動もできたらなというふうに思っております。
あと野田首相がおっしゃったような早期復興を目指すというものも一つだとは思うのですけれども、やはり僕たちが仮設住宅の見守りとかさせていただいている中で、それぞれのペースというものが多分あると思います。被災された方のペースというものがすごく大事だなと思うので、ボランティア側の都合を押しつけるようなことは絶対にしてはならないと思っていて、それぞれのペースで復興をしていただけるような形でずっと寄り添っていけたらと思っております。塩谷集落でも行政が危険地域だというふうに指定をしてしまって、村を出るという決断をされた方や出ざるをえない状況にあった方がもう二度とそこには帰れない状況が発生し、後々になってすごくいろんな思いが交錯することになってしまいました。そんなふうにはなってほしくないなという思いがあるので僕たちも被災された方のペースで寄り添っていきたいなと思うのですけれども、行政の方に意見を言うというのはちょっとおかしいかもしれないですけれども、制度的な面でやり直しができる制度というものがあったらいいのかなというふうに僕は考えております。実際に塩谷集落だとか、十二平集落という、またそれも中越地震の被災地なのですけれども、それは集落すべてがなくなってしまって、住民が皆山からおりてきてしまった集落で、それをよしとする面もあるのですけれども、やはり不満の声というのはあとからすごく上がってきていて、ふるさとを失うつらさみたいなものがすごく感じられることがありますので、そういったことから、ゆっくりでも寄り添っていけたらなと思っております。

松岡局長
ありがとうございます。
まずは1年間ここにいて、またこれからもよろしくお願いします。

塩田朋陽
よろしくお願いします。

松岡局長
貳又さんお願いします。

貳又ゑな子
私たちの、食改の皆さんですけれども、来年度もまた県の事業といたしまして災害時救援改善事業がまた来年もやっていただけるように決まりましたので、本当にありがたく思っております。
そして、皆さん会員で来年もまた一生懸命皆様に喜んでもらえるように、また今年度以上に頑張りたいと皆さん意気込んでおりますので、また頑張りたいと思いますけれども、県の事業のほかにもまた野田村の事務局さんがいろいろ考えがありまして、この事業のほかにもまた総合センターというところでいろいろ高血圧、糖尿病予防食事とか、そういう方面でもいろいろ支援をしていきたいなというお話がありまして、また4月から新たないろいろ勉強が待っていますので、私たちも頑張りたい。村民の皆様が体も心もリフレッシュできるような、一日でも早く皆さんが元気になるように手助けをしたいなと思っております。よろしくお願いします。

松岡局長
ありがとうございます。私たちもこの1年間またいろいろ工夫をしながら、また事業を貳又さんたちのほうにお願いしながらやっていきますので、よろしくお願いいたします。

貳又ゑな子
よろしくお願いいたします。

松岡局長
水上さん、お願いします。

水上恵理
私たちの芽でるカーも今まで盛岡市さんの御支援、被災地支援でいただいて、1年間というか、8月からだったのですけれども、3月31日までということでやってきましたけれども、また食改さんと同じく今年度も1年間また続くということが決まりましたので、これからも地道にできればいいなと思っています。

松岡局長
何人ぐらいいらっしゃるのですか、3人ですか。

水上恵理
3人です。1人はお手伝いいただいている方がいらっしゃいます。

松岡局長
よろしくお願いいたします。

水上恵理
よろしくお願いいたします。

松岡局長
山口さん。

山口悟
3月にようやく店が始まりましたので、まだメニューは本当に少しだけなのですけれども、まだ地元の食材が十分ではないので、あと1年しないと本当のメニューができないのかなと思っていますけれども、まずできる範囲内でやっていこうかなと思っています。あとは国道沿線で商売していたので、遠方の方が結構来てくれていたのですけれども、まず頑張って店をオープンしたので、また来てもらえるようにとにかく一歩ずつやっていきたいと思っています。

松岡局長
えぼし荘さんでもお弁当をつくったりとか、またいろんな挑戦しながら名物というか、豚のものを使ったものということで、こっちのほうでもまたよろしくお願いします。
皆さんにすごく協力してもらったおかげでまだまだ3巡目というか、何かそれこそ本当にあとこんなこともやりたいなとか、こんな感じで進めばいいなとかもしあればお話しいただければなと思うのですけれども。結構食の関係のつながりがすごくいっぱい出ているのですが、ふだん皆さん方というのはこうやって一緒に顔を合わせたりというのは。

塩田朋陽
なかったですね。

水上恵理
お世話にはなっているのですけれども、いつも北リアスさんにはお世話になっています。ありがとうございます。

塩田朋陽
こちらこそありがとうございます。

稲葉室長
それぞれ仮設住宅とかで支援活動をされていて、1年前と今とではそこで暮らす人たちの状況の変化があるのではないかなと思いますが、どんなふうに変わってきていて、今どんなところがそれぞれ生活していて困っているところだとかというような、どういうふうに感じていらっしゃるか、少しお話し聞かせていただきたいなと思います。

水上恵理
仮設に住んでいてちょっと思うところがあるのですけれども、ストレスがたまって、徐々にたまってきている感じで、女性の方は集会所に集まる場があるのですけれども、男性とか一人の方とかはなかなかストレスの解消法がなく、部屋も狭く、隣の音も聞こえるので、こっちの音も聞こえるかなと思って、すごく気を使うと、そういうところで今までの生活と全くがらっと変わりましたので、そういう意味ですごくストレスが徐々にたまってきつつあるなと思いますし。

稲葉室長
そういうのは共通だとすれば、仮設住宅の皆さんで集会所に集まるような機会をつくるとか、ボランティアさんがそういう機会をつくってくださったりというのはあると思いますが。

水上恵理
集まる方はいつも集まって、メンバーがもう決まってきているかなということもあります。

稲葉室長
なかなかそういうところに参加しない人にどういうふうに働きかけるかというところですかね。

水上恵理
はい。

貳又ゑな子
私たち食改もそうなのですけれども、仮設の食事の炊き出しで会員の皆様が声がけをして、若い方で被災に遭って、その場から出られない人に声がけをして、調理から始めて、最初は暗い表情で来ましたけれども、2回目のときには全く違う表情で参加していただきましたね。それで、娘さんとお父さんと今度は2人で参加していただいて、食べるときには2人で参加していただいて、やっぱり同じ仮設を何回も回っていますけれども、やっぱり皆さんの表情が違いますね。明るくなったという感じが、回を重ねるごとにそういうのを感じています。それでまた来年もこの事業がやれるというので大変うれしく思っています。

塩田朋陽
外側からの視点なのでちょっとあれかもしれないのですけれども、やっぱり明るくなられてきている方はすごく多いなというふうなことを思う反面、やっぱり僕たちだから明るく接してくれるのかなというふうなことを感じる場面もあって、そういうことをお話しされる方もいらっしゃいます。また僕たちがいつもお話しをさせていただくような方というのも決まりつつあって、仮設の中でもいろんな格差というものが生まれてきているのかなと感じています。最近はみなし仮設のほうにも訪問させていただいているのですけれども、やはりそちらには訪問に来るひとが少ないとか、支援が行き届いていないような形になっていて、みなし仮設は野田だけではなくて久慈のほうにも行っていて、久慈のほうだと知り合いが周りにいなくてちょっと孤立をしているような方というのがいらっしゃるので、そういった方のケアというのを今後どうやって考えていくかというのが課題になっていくかなと思います。

稲葉室長
さっきお話ありましたけれども、受け身的な形よりは何か自分が参加できる、例えば調理でもやってみるという、そういうみずから参加するというような形だと随分前向きになっていけるのかなというようなお話をちょっと聞いたことがあるのですが、どんな形でもいいので声をかけたら何かみんなで自分も参加してやるというような、そういう動きが少しずつ出てくればいいのかなというふうなことをちょっと感じていましたが、やっぱりそんな感じが見受けられるということなのですね。

貳又ゑな子
そうですね。

稲葉室長
あといろいろボランティアをやっていて、こうしたらもうちょっといいとか、自分たちの力だけではなくて皆さんで一緒になってやったらもっと活動が広くできるなというようなのは感じていらっしゃるのでしょうから、そういう村の方々などとも相談しながらそういう場を設けていくというようなこともかなりそれぞれいろいろな状況の差が出てきているというので、支援も細かくやっていかないとちょっとということになると思うので、そういうところはみんなで力を合わせて、それぞれ役割分担したりということができるような状況になっていくといいのかなと今ちょっとお話聞いていて、集まることも余りないということのようなので。

松岡局長
山口さん、お客さんはふえてきましたか。

山口悟
地元の方々が待っていたのかなというのが一番実感としてあります。思ったより以上の人が来てくれるので、あとは昔というか、前から来てくれていた人が戻ってきてくれればうれしいなというのが一番思います。

松岡局長
夜のほうもやっているのでしたっけか。

山口悟
そうですね、徐々にそっちのほうも頑張っていこうかなと思っておりますけれども。

松岡局長
そういう皆さんが集まるような場所ができてくれば、そこでまたいろんなのが出てくるのかなと思います。

山口悟
まだ気持ちに余裕がないもので、もう少しゆったりしてから広げていこうかなとは思っております。

塩田朋陽
僕たちもできたらつながりを持てる場というのをつくりたくて、今お好み焼き屋の計画を立てているのですけれども、大阪からということで。

達増知事
なるほど。鉄板の世界。

塩田朋陽
そうですね、鉄板のテーブル持ってきてと。お昼はちょっとお母さん方が憩える場、夜はお父さん方がお酒でもあおりながらという話をしていける場というのができてきたら、そこから前に向いて進んでいく力になるのかなというふうに思っていますので、そういった場もつくろうと思っております、まだ企画中ですけれども。

松岡局長
特に男性の人はストレスを発散する場とか、こうやって(お酒)やる場がもう少しあればね。

塩田朋陽
変わってきたところというのもあるのですけれども、1年前と変わらないところというのもやっぱりありまして、前を向いていないとか、10年後、20年後とやっぱり見据えられないという状況が僕たちは見ていてあるなというのを感じています。それはちゃんと先を見据えていらっしゃる方もいるのですけれども、やはり今の生活で手いっぱい、いろんなものがなくなってしまって、それを取り戻すので精いっぱいというのがまだまだずっと続いていることだなというふうに感じております。これから5年、10年、復興に向けていろんな、先のことを考えていかないとは言いつつも、やっぱりそんな状況ではないという方々がまだまだいらっしゃるので、それは僕たちもゆっくりそのペースに合わせていきたいなとは思いつつも、でもやっぱり前を向いていただけるような仕掛けというか、また商工会青年部の勉強会でもそうですけれども、そのような懇談会というのをまた定期的にでも開いていけたらなというふうに考えております。

松岡局長
最近県ではファイナンシャルプランナーさんにお願いして、そういうお一人おひとりの将来設計をお手伝いするような、そういう相談も始めているので、何か機会があるときにこういうのもあるよといって、今は毎週金曜日、あと久慈のほうにも出向いて、野田のほうにも出向いてやったりもしますので、そういうのも行った方々にも御紹介をいただいたりして、まず本当にやっと1年ということで、これから将来のこと的に何かお手伝いできるようなものについても私たちもいろいろ頑張っていこうかなと思っておりますので。

塩田朋陽
そうですね、そこで大事になってくるのは、先ほども申したのですけれども、やはりやり直しのできるというのが、僕はすごい大事だなというふうに思っていて、やっぱり生活を立て直したいと、それは思うのが当然だし、早く落ち着きたいと思うのが当然だと思うので、それでも急いだ結果、後で後悔するようなことになったときに、やり直そうかというふうにできる仕組みというものが求められているように思います、5年、10年先を見据えたときにですね。私たちは2回、3回訪れた程度ですけれども、新潟のほうで見てきているので、すごく切ない思いになるのです。皆さん切なくなっておられるので、コミュニティーの中でも集落を出た人と残った人とか、出ざるを得なかったけれども、集落を捨てたと言われるような方々だったりとか、戻ってきたくても戻れない方もいろいろ切ない思いだらけなので、そういうふうにはなってほしくないなと思います。

松岡局長
新潟のそういう事例を、もうこうやって実感しておわかりになっていると思うので、そこら辺もこうやっていろいろなここでの取り組みにいろいろと生かしていろいろな面でお願いしたいなと思います。

塩田朋陽
お願いします。

松岡局長
あと何か、こんなこともできればいいなとか、よろしいですか。

塩田朋陽
もう一つ取り組もうとしていることがありまして、それがコミュニティーエフエムの設置なのです。これから地元メディアとしてのコミュニティーエフエム、災害のこともそうなのですけれども、災害時、緊急時の備えというのは1%のことで、99%はもっと地域のコミュニティーをもっとよくしていこう、つながっていこうというメディアをつくろうということで、今研究会が立ち上がっています。研究会が立ち上がったばかりなので、まだ具体的な見通しとかは立っていないのですけれども。

松岡局長
楽しみにしています。

塩田朋陽
はい、ありがとうございます。

松岡局長
ありがとうございました。

知事所感

松岡局長
こうやってやっていけばもっともっとお話が出てくるかと思うのですけれども、ここで最後に知事のほうからお願いいたします。

達増知事
さっき松岡局長のほうからファイナンシャルプランナーのアドバイスがあるという話があったのですけれども、県でそういうのをやっているのは究極的には1世帯1復興計画、あるいは1人1復興計画ということで、この1年でこのくらいまであれしよう、これしようで2年、3年たってあれしよう、これしようというような、そういう生活設計を一人ひとり、一世帯一世帯できるようにしていかなければなという問題意識がありまして、ぜひそういうふうにしたいと思っているわけです。それで、ただ一人ひとり、一世帯一世帯の計画というのは野田村でいえば野田村の復興計画、そして県全体の復興計画と一緒に進んでいくものなので、5年、10年先の見通しというのは、そういう大きい絵が見えないとなかなか描けないのだと思います。県の復興計画は骨格しかまだ決まってないわけなのですけれども、その骨格でもまず三陸鉄道は完全復旧しますし、あと2年かな、完全復旧しますし、そして復興道路という沿岸を縦に貫き、八戸までさっと行けるような高速道路、高規格道路が7年以内ぐらいのところでできるということで、大震災前よりも地域を自由自在、縦横無尽に活用し、いろんな外ともつながっていけるような骨格はできていくわけですよ。そこにどう肉づけをしていくかというのが、そういう計画のつくり方の課題だと思っていまして、県でも、村でも骨格の骨組みの計画はできているのですけれども、肉づけをこれからやっていけば何年後にこういう地域になっているというビジョンがより見えてくると思っています。そういう中には、再生可能エネルギーの活用という、新エネルギーをどんどん活用したまちづくりとか、あとは過疎地、わかりやすく言うと田舎なのですけれども、田舎の地域振興の成功の必勝パターンは、町、都会とのつながりを上手に育てていくことなのです。これ岩手のあちこちで地域振興が成功しているところは、その地域の中のまとまりがあって、地域の中でいろいろやっているというだけでなく、年に何回かお祭りのときにはどんどん地域外からも人が来るとか、あるいはふだんから地域外の人たちといろんな交流があるとか、今回大震災の応急被災者支援復旧、復興の流れの中でかなりそういう外とのつながり、都会とのつながりというのが駅弁イベントのあれもそうですけれども、物すごいものが今育ってきているので、これは復興を成し遂げた後の地域の物すごい財産になって、全国的にもそういう交流という点で非常に充実した地域になっていく。それを具体的にどういう宿泊施設で、どういう飲食施設で、またエフエムとかといったメディアも活用しながら、商店街も新しい商店街でどう形にしていくか、そこに海のもの、山のものをどうサポートしていくかという、そういう絵をこれからかけるところだと思っていまして、一人ひとりの計画を立てていきながら、そういう地域、また県全体の計画も肉づけしていく。その中で当然最初に決めていたことを見直すという局面はあちこちに出てきて、そこでやり直しがきく計画という形も確保できると思うのです。復興はあくまでも人間本位、人間のための復興でなければだめなので、形だけできて、人が苦しむようでは真の復興ではないですからね。そういう真の復興にしていくためには県、村、そして一人ひとりの計画づくりが相互作用しながら進んでいくという形が望ましいと思っていまして、今日のこの意見交換会もそういう流れの一環でもあるなと思いました。

松岡局長
ありがとうございました。
本日は皆さんありがとうございました。貴重な御意見をいただきました。我々それらも踏まえて、また皆さんと一緒に取り組んでいきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いをいたします。

閉会

松岡局長
それでは、以上をもちまして「がんばろう!岩手」の意見交換会を終了いたします。どうも本当にありがとうございました。

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