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「がんばろう!岩手」意見交換会(平成24年9月11日 岩泉町)

ID番号 N5338 更新日 平成26年1月17日

懇談会の様子1

日時

平成24年9月11日(火曜日)10時30分から11時30分

場所

岩泉地区合同庁舎

出席者

  • 参加者(敬称略)
    阿部 一雄(中野七頭舞保存会 顧問)
    西間 健(西間林業、チェーンソーアーティスト)
    邊見 むつ子(瀬戸屋旅館 女将、食の匠)
    山口 朋美(有限会社山口屋)
  • 県側
    達増知事
    菅原沿岸広域振興局副局長
    稲葉秘書広報室長

開会

菅原副局長
お待たせいたしました。皆様、おはようございます。ただいまから県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会を開催いたします。
本日御出席をいただきました皆様には、御多忙のところお越しくださいましてまことにありがとうございます。心から感謝を申し上げます。私は、本日の進行役を務めさせていただきます沿岸広域振興局副局長の菅原と申します。どうぞよろしくお願いいたします。

知事挨拶

懇談会の様子2

菅原副局長
それでは、開会に当たりまして、達増知事から一言ごあいさつを申し上げます。

達増知事
皆さん、おはようございます。県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会、お忙しい中、このように御参加いただきましてありがとうございます。また県議会、そして岩泉町からも御参加いただきましてありがとうございます。
今日は9月11日で、去年の東日本大震災津波から1年半になります。被害を受けた皆様に改めてお見舞いを申し上げたいと思います。
この県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会、この県政懇談会というのは昔からあったのですけれども、「がんばろう!岩手」という題にしておりますのは、これは東日本大震災津波を受けまして、特に被災地の復旧・復興、その最前線でそれぞれの地域、また産業分野で活動されている、また活躍されている皆さんのお話を直接伺いながら、県も復興計画を立てて市町村、また国と一緒になって復興を進めておりますけれども、これは常に見直しをしながら、直すべきところを直しながら復興というのは進めていかなければならないと思っておりまして、御意見を参考にしながらよりよい復興というのを進めていきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします。ありがとうございます。

菅原副局長
ありがとうございました。
それでは、本日御出席の皆様を御紹介いたします。名簿に従って紹介させていただきます。
中野七頭舞保存会顧問の阿部一雄様でございます。

阿部一雄
どうぞよろしくお願いいたします。

菅原副局長
西間林業の西間健様でございます。

西間健
よろしくお願いします。

菅原副局長
旅館瀬戸屋女将の邊見むつ子様。

邊見むつ子
どうぞよろしくお願いいたします。

菅原副局長
有限会社山口屋、山口朋美様。

山口朋美
よろしくお願いします。

菅原副局長
県からは達増知事。

達増知事
よろしくお願いします。

菅原副局長
それから、秘書広報室長、稲葉比呂子です。

稲葉室長
よろしくお願いいたします。

菅原副局長
なお、本日は岩泉町長でいらっしゃいます伊達勝身様、それから県議会議員の城内愛彦様にもお越しいただいております。ありがとうございます。
それでは、座らせていただきます。

懇談

菅原副局長
早速懇談に入らせていただきたいと思います。最初の前半でございますが、自己紹介を兼ねていただきまして、お一人5分程度で今回の震災でどのような変化があったのか、そうした変化を受けまして、どんなふうに現在取り組んでいらっしゃるのかということなど、主に震災から現在までということを中心にお話をいただきたいと思っております。
それでは、恐縮ですが、名簿の順に従ってお話しいただきたいと思います。
まず、阿部さんのほうからお願いをいたします。どうぞお座りになって。

阿部一雄
何をお話しをしたらいいか考えますけれども、まず私がここに来たのが中野七頭舞保存会の顧問ということの肩書きがあるようでございますので、こっちの方向をお話しを若干したいなというふうに思います。
私はもちろんですけれども、岩泉町の小本、要するに岩泉町で海に面したところの地区にあります中野地区で郷土芸能をやっておるわけでありますけれども、まず一つ、昨年の3.11以降、私たちとおつき合いしている団体、要するに七頭舞を通して日本全国の人たちと交流を持っているわけでありますけれども、「元気かい」というメール、電話、これを1週間あるいは10日たってからどうにかお互いが交流、交信できるようになったというのが一つです。その間、我々も一生懸命に試行錯誤しながら毎日を生活しているのが一つ。それから、遠くにいる人たちは本当にみんな元気だろうかという思いが募り募って、会うと涙を流して抱き合うというような感じがいっぱいありました。
そんな中で、この郷土芸能七頭舞に関すると、昨年の5月ですか、まず第1回目の踊りの依頼がありました。これはみんな元気かい、元気な姿を見せてくださいという催し物が盛岡の桜山神社でありまして、そこに行ってご披露してきたわけですけれども、このようなことが昨年の震災以降ずっと元気かい、元気な踊りを披露してくれというのがいっぱいありました。
もう一つは、今度別な観点から言うと、先ほど話をしたように日本全国の方々が七頭舞元気か、大丈夫かということで我々に対して大変な額の義援金をいただきました。我々のほうでは、太鼓、笛、鐘と衣装とかというものはいいことに被災されずに残っております。ただ、各個人の家屋が流されて、各個人の衣装等が流されたということがありまして、皆様からいただいた義援金等を有効活用しようということで、各個人の持ち物の衣装を購入して、各個人に配布をして、これからも頑張ろうという心を一つにすることも考えました。
あとは本当にどこに行ってもとにかく催し物があってお伺いすると、つい先日ですけれども、9月9日ですか、これは秋田県の鹿角に行ってきましたけれども、何も我々は知らなかったのですけれども、その場でお客様に義援金を募って、皆さんから寄附を募って多大な金額をいただいてきました。このように、皆さん本当に今回の大震災大変だというのはテレビ、その他もろもろで知っていると思うのですけれども、実際に被災者と会うと本当にますます頑張れよ、頑張れよというのが出はってきているのではないかなというふうに思っております。
話があちこちに行きましたけれども、ちょうど5分になりましたので、やめたいと思います。

菅原副局長
ありがとうございました。実際全国からいろいろお声がかかっていろんなところで踊ってこられたようですけれども、踊りに対する見ていらっしゃる方の反応はいかがなものですか。

阿部一雄
反応というのは、踊りそのものがすばらしいということが一つあるかと思うのですけれども、とにかく事前に皆さんにお話しすることは率直に今のようなこと、被災して大変なこと、小さな部落でも壊滅状態で大変だということのお話をすると涙して聞き、涙して演舞を見るというような感じでありました。

菅原副局長
ありがとうございます。阿部さんのほうからはいろいろ全国の方々からの絆といいますか、そういうことをお感じになったというお話があったかと思います。
それでは、次に西間さんお願いいたします。

西間健
私は林業とチェーンソーアートをなりわいにしているわけですけれども、住んでいるところは岩泉でも内陸部なので直接的な影響というのはなかったのですが、それでもたまたまといいますか、林業の現場が被災当日田野畑の鵜の巣の断崖、あそこで作業していまして、そのことで小本地区の瓦れき処理とか、その後田野畑の明戸海岸のクロマツとかアカマツの流木処理に当たりました。田野畑の場合は、地元の森林組合さんと一緒に作業に当たって、本当にどうやって最初これが片づくのかと思いましたけれども、みんなで協力して片づいたという次第です。そして、今現在も田野畑の高台移転地区、そこを今伐採しております。
一方、チェーンソーアートのほうですけれども、震災直後は彫る気持ちとかには全くなりませんで、なれないというか、彫っていいものかという、そういう気持ちもあって、でも7月に宮城の蒲生地区というところで復興祭をやるということで、それで千葉のチェーンソーアートをやっている方が全国に呼びかけて、全国から南は山口県、北は自分でしたけれども、結構な人数が集まって復興祭ということでチェーンソーアートをやったのが初の、震災後のチェーンソーアートですね。そこですごくみんなが喜んでくれて、感動してくれて、チェーンソーアートにもそういう力があるのだなということで、昨年の秋口ころからいろいろな復興祭に呼んでいただくことが多くて、その中でも印象に残っているのが花巻の復興祭でやったときに大槌で被災して愛犬を亡くされた方が泣きながら来て、たった1枚残った犬の写真を持ってきて、彫ってくれと言われて、ううむ、重過ぎるなと思って、なかなか彫れなかったのですけれども、ことし6月に何とか彫ってお渡しすることができまして、すごく感激していただいたことがすごい印象に残っています。
とりあえずこういう活動をしております。

菅原副局長
ありがとうございました。実際岩泉の小本とか田野畑の明戸の流木の処理に当たられたということでしたけれども、私も分量的にイメージがわかないのですが、どんな作業だったですか。

西間健
小本の場合はもう家屋の処理、家屋ですね。林業機械が大量に投入されて、林業機械の力をフルに発揮してすごく効率的な作業ができたと思います。
一方、明戸の場合は本当の丸太だったので、それこそ林業機械をフルにそちらも発揮できて、効率的にできたなと思います。処理した丸太の量は本当に莫大な量でした。

菅原副局長
日ごろチェーンソーアートのほうはプロと言ってよろしいのでしょうかね。

西間健
はい。

菅原副局長
普通の年であればどのぐらいの作品をどんなふうにふだんはおつくりになっているのか、その辺はいかがですか。

西間健
最近は巨大なものが多くて、点数は少ないのですけれども、前は月に60体とか彫っていました。今は巨大な彫刻が多いです。

菅原副局長
大きいものというと何メートルぐらいでしょうか。

西間健
今までだと高さは4メートル、太さは80センチとかです。

菅原副局長
そうですか、ありがとうございました。
それでは、次に邊見さんのほうからよろしくお願いいたします。

邊見むつ子
私は家が塩の道の街道沿いのところで明治の初めのころから商人宿を営んできています。それの4代目ぐらいにはなるのですけれども、そのなりわいというか、成り立ちからちょっと申し上げたいと思います。それとあと県の食の匠だったりとか、そういう部分で食に関する活動をちょっと行っていますので、宮古とここと行ったり来たりという形でちょっとお話をさせていただきます。
今まで家業の部分なのですけれども、冬は山鳥を追ってハンターの方が見えたり、夏は渓流釣りの方が見えたりとか、関東方面の方が結構多かったのですけれども、バブルがはじけ始めたあたりからちょっと工事の関係とか、そういう宿泊の関係も減り始めていまして、震災後は特にやっぱり被災地に行っていて自分たちがのんびり釣りをしたりとか、そういうものには抵抗があるということで、お客さんはますます、岩泉町全体がそうだったようなのですけれども、観光客は減り始めておりました。
震災直後の様子なのですけれども、私どもちょっと奥、盛岡寄りのほうなものですから、直接津波とかそういうものの被害はなかったものですから、あと商売柄よそさまよりは食料なんかも若干ございましたので、そういう少ないところに近所に最初はどういう情報なのか、情報がよくわからなかったので、被災されている情報がよくつかめてなかったものですから、とりあえずは近所の方たちであるものを分けて食べるとか、大きいお鍋があるところは分けても食べるとか、そういうことで動いていたのですが、それ以降若干連絡がとれるようになって、あとは仮設関係の工事の方が入り始めたのです。海岸沿いが波で皆さん被害受けているものですから、私のところから山田とか向こうのほうに通うには2時間半、場所によっては3時間近く片道かかる。そういうケースもありまして、それでもやっぱり泊まるところがないというので通われるのです。私たちもやっぱり何か、商売は抜きになってしまいまして、そうなりますとね。朝も2時か、遅くとも3時ぐらいには起きてお弁当を持って送ってやる、帰りは休むときはお客さんたちでさえも11時近くになるという、そういう生活が半年ぐらいは続いた。
それが仮設の工事が大体一段落してきたあたり、私たちもそろそろ、お客さんはかわるのですが、家にいる者はなかなかかわりがないものですから、ちょっとばてぎみになってきたあたりにはぱたっと、地理的条件もあるのですが、そういう工事関係の方が少なくなりました。皆さんやっぱり岩泉の方は大体そういうふうにおっしゃっているのですが、観光地というイメージが強過ぎるものですから、なかなかお客さんの足がこっちに向かないということと、あとは工事関係の方が入ってきて、最初何人かのときはホテルであったりどこかに泊まっているのですが、では本格的に工事しようということになるとちょっとあいているところを借りて泊まって、食料も地元から調達するというよりはどこか遠くから宅急便か何かでぽんとおろされてという、そういうことがやっぱり結構あるみたいで、必ずしも地元がこういう形で恩恵というか、そういうのを受けているわけではないということを同業者の方も話しておられます。
営業の部分はそういうことなのですが、あといろいろな仲間の方たちとちょっと活動している部分がありまして、知事さんは大勢の方とお会いしていますので覚えておいでにならないかと思うのですが、2度ほどイベントで認定料理を食べていただいたことがございます。ありがとうございました。食の匠の活動のことでちょっと宮古のほうとかに出かける機会が結構多いものですから、今は昨年の秋あたりからさいがいエフエムさんの要請をいただきまして、仮設住宅で暮らす人たちの食事がなおざりになってきている。それでラジオで、狭い台所でも簡単につくれて、安くて、なおかつ保存のきくものを、そういう献立をちょっと教えていただけないかというお話がございまして、本来食の匠というのは簡単という部分からはちょっと離れた部分で活動しているのですけれども、その仲間の方たちがちょっと抵抗のあった方もいらっしゃるのですが、何とかかんとかこういう事態なので、ではみんなでできることを協力しましょうということで、収録したものを放送するというような形で協力させていただいていたのですが、最近はそういうことだけではちょっとまだまだ物足りない、仮設で引きこもりがちな方が結構多いので、そういう方をちょっと前に出したい、外に出したいというお話もございまして、じゃというので出前講座というか、各仮設の団地にお邪魔してそこで一緒にお料理をつくったりとかするのをお手伝いしながら、それをまたラジオで流して聞いてくださる方があっちでもやりたい、こっちでもやりたいという声があるらしいので、今は月1回ぐらいのペースで、仲間が、私たちのグループもどちらかというと高齢なものですから、なかなか回れない方もいらっしゃるので、そういうときは同じ人が何回も行くというケースもあるのですが、何とか埋めているという状態です。
昨年からことしにかけて県なんかのイベントも結構ございまして、被災地ということで動けるところが余りなかったものですから、宮古が結構声がかかるケースがありまして、去年盛岡城跡で行われたイベントにも参加していますし、あとは私個人の部分にもなろうかと思うのですが、去年長崎の雲仙市で被災地のため、被災地の方々を招いてちょっと大きな大会がありました。その中で、分科会の中で、私のところに当てはめられたものは自然の脅威と暮らしということで、今どういうことをしていますかというようなことで提案していただきたいということで、そこへ行ってちょっとお話をする機会をいただいてきています。
あとは昨年の3月あたりから文科省で三陸海岸の人材育成支援プロジェクトというのが立ち上がりまして、それらの講師も会員とともに交互で務めておりますし、あと岩泉の町のうれいら通り商店街というところがあるのですけれども、そこで経産省のほうの御支援をいただけたということで、そこで献立か何か一緒に考えてほしいということで、そういうのを担当したり、食に関する部分ですね、あと小本で去年、ことしと行われたイベントなんかにも商工会の方たちとかと一緒に参加して今に至っているという形です。

菅原副局長
ありがとうございます。邊見さんのところのお宿ですけれども、今シーズンの夏あたりのお客さんの入りぐあいというのはいかがでしょうか、1年たって。

邊見むつ子
そうですね、相変わらずやっぱり工事関係は、うちは商人宿だったものですから、工事の関係は少ないですし、観光客は若干ちょっと戻りつつはありますが、まだまだ最盛期のあたり、半分にも満たないかなという感じですね。少しずつ戻りつつはあります。

菅原副局長
ありがとうございます。
それでは、最後になりますが、山口さんからお願いします。

山口朋美
こんにちは。仮設店舗の未来へ向けて商店街で商売をさせていただいています山口と申します。今日は意見交換会に参加させていただいてありがとうございます。
震災の際はちょうどまだお総菜をつくっているときだったのですけれども、結構揺れが大きかったのですが、あの時間で4時までに納めなければならない仕事があって、パートさんたちを一たん避難させたほうがいいのか、この仕事を優先させたほうがいいのかというちょっと迷いもあったのですが、今思えば避難させて正解だったなというか、そうでなければ1階部分全部浸かっていましたので、大きなことになったのではないかなというところもありました。
あとはその後は、私たちもお店ができる状態ではなくて、町内の避難所のほうにお世話になって、少し復興というか、片付けなどが進んできてからは何もしないよりはということで、駅周辺の場所をお借りしたりですとか、あと被災した場所でできる範囲のことだったので、すごく小さいことしかできなかったのですけれども、そこでもう一回商売を再開することになって、みんなで頑張ってきています。その後は、仮設住宅に少し避難所から皆さんが移るようになってからは、そちらの仮設住宅のほうにはやっぱり高齢者の方も多いので移動販売という形で快く車を貸してくださる方もいらっしゃって、移動販売なども行いました。現在は中小企業機構さんのほうに仮設店舗を建てていただいていましたので、そちらのほうで営業させていただいています。
あと今取り組んでいることとしては、年配の方とかが多いので、お電話で注文を受けて、それを御自宅のほうに配達したりですとか、あとは来られる方は来て、もちろん買い物していただいたりですとか、あとは復興工事に結構業者の方が来ていらっしゃるので、その方たちにお弁当などを配達したり、販売したりということを行っています。少しずつですが、皆さんのところに船も来たりしているので、地元でとれたお魚なんかを店舗のほうに並べると皆さん喜んで買われるようですので、できるだけ地元にこだわって商品を並べたりはしています。

菅原副局長
ありがとうございます。山口さんのところでは地元産ということにこだわっての商品展開ということですけれども、その辺浜のほうの復興ぐあいというか、その辺どんなふうにお感じですか。

山口朋美
そうですね、まだまだやっぱり規模が大きかったりなので、一番うちでメーンにしていましたウニですとか、そういったものは10分の1にも全然満たないような状態で、生出荷もできなかったですし、塩ウニですとか焼きウニの加工ももちろんできない状態です。でも、きのうも船が来たということで進水式をされた方もいらっしゃるのですが、少しずつ大きい船も来ているので、前には進んでいるとは思うのですが、ただやっぱり前のようではないので、できるだけそこが早く進めば町も活気づくのではないかなとは思います。

菅原副局長
ありがとうございます。
知事のほうから、今お話し伺いして何かありませんか。

達増知事
まず、中野七頭舞は全国に知られる有名な郷土芸能で、この中野七頭舞というのを通じて全国からこの被災地に目を向け、また思いを寄せてもらえるというのは非常に大きいと思います。
チェーンソーアートというのもそうでありまして、やっぱり世界に通用する、そういう立派なチェーンソーアートで全国から関心や思いを寄せてもらい、また被災地の人たちの励みとか慰めにもなるというのは非常に大きいと思います。
それから、仮設住宅で暮らす皆さんの生活は長期化してきて、これも長くなればなるほど大変なのですが、生活支援の中で食というのは非常に大きいものですので、できるだけ食生活を改善する、また食べる準備や食べることそのものができるだけ楽しくなるような、そういう工夫というのは非常に大事だと思います。
材料を買ったりとか、生産者と消費者を結ぶ商店というのも非常に大事で、仮設の商店街というのが復旧してきている生産の現場と、あとは仮設住宅での生活をうまく結びつけていけば地域としての復旧・復興というのが軌道に乗っていくのではないかと思います。

菅原副局長
それでは、続きましてまたお一人5分ぐらいということでありますが、皆様が今後こういうふうに取り組んでいきたいと思っていること、あるいは震災を受けました岩泉町を今後どのようにして活気づかせていきたいかというようなことなど、この先に向けてということになりますが、そういうことを中心にお話をまたお伺いしていきたいと思います。
それでは、恐縮ですが、また名簿順で阿部さんのほうからよろしくお願いいたします。

阿部一雄
さて、難しい問題だな。何をお話ししたらいいでしょうか。何はともあれ、おれは先ほど来話をしていました郷土芸能、中野七頭舞ですけれども、これは思うことなのですけれども、こういう苦しいときだからこそこういう芸能が生まれたのではないかなと思うのです。実は、楽しくても何もそんな芸能やることがないときには発祥しないと思うのです。こういうときだからこそ団結して、みんな一つのものに頑張ろうというためにも一つの手段として郷土芸能があったのではないかなというふうに感じて一生懸命小学校、中学校、高校を指導もしていますけれどもね。
あとは先ほど来話をした中に、日本全国の皆さんから義援金をいただいたというのは本当に大変ありがたいことでありまして、小学校に指導してから34年かな、回数もう忘れましたけれども、34年ぐらいずっと継続してやっているのです。その中にやっぱり小学校、中学校、当時の子供さん、今一緒になっている仲間あるいはその当時の親御さん、当時の先生、とにかくそういうふうに皆さんにお世話になったので、七頭舞保存会のためにという義援金いただいたのを些少ではなく、すごく保存会としていっぱい町長さんのほうにじきじき出向いて学校教育のためにということで名目そこに使ってくれというということで多大な義援金を、義援金ではなくあれは……

伊達町長
支援金で、復興のほうに使わせていただきました。

阿部一雄
ということもやっておりますわけで、お渡ししましたけれどもね。
あとはちょっと観点を変えて話をすると、今日も仕事あるのですけれども、農業復興の仕事を昨年の震災以降やっているのですけれども、自分でも話をするのですが、とにかく一歩前に進もうとか、下を見ないで上を向いて頑張ろうとか言っているのですけれども、農業復興に関してやっていてなかなか一歩も進んでいるか、ううむ、半歩進んだかなというような状態なのです、要するに自然が相手ですから。

達増知事
田んぼですか。

阿部一雄
ええ。そんな感じですね、復興まではなかなか大変だなと思っております。確かに去年稲作ができなかったものをことしはできている状態で、これは一つ前進になると思うのですけれども、今までお年寄りの方々が委託して水稲、田んぼをやっている人が、言葉悪いのですけれども、これを機会にやめたとかということで、これは放棄地がもっと出はってくるのではないかなと思って、それを懸念しているのです。
共済新聞でも話を記事に載せているのですけれども、何とかやって集落的な営農をできないものだかなと思っているのですが、なかなかいかんせん昔の人たちが多いもので、我が土地は絶対に放さない。放さない、区画そのものは壊さないで同じ作物を一つの団地にしてやりたいなと思ってもなかなか放さないかたくななお年寄りが多いということで、なかなか進歩、発展までいかない、要するに復興までいかないような、後退するような気がするなと思って農業復興のほうは携わっております。
ちょっと幅広く話をしましたが、以上でございます。

菅原副局長
ありがとうございました。小本のところでは、農業に関しては園芸団地も構想とかあるようですけれども、その辺阿部さんはお聞きしたことありますか、情報は。

阿部一雄
ちまたには、小耳には挟んでおりますけれども、実際そういうところ、会合の中とか云々かんぬんには入ったことはありません。

菅原副局長
ありがとうございます。
それでは、次に西間さんからお願いします。

西間健
林業に関しましては従来どおりといいますか、現状を維持しながら地元に貢献できるようにしていきたいと思いますし、もうちょっと高効率な林業を目指して森林の町の木材を有効に生かすような、そういうことにも関係していければなと思います。
一方、チェーンソーアートですけれども、先ほども述べたようにこんなに感動してくれるのだなと思うのを昨年すごく感じまして、ことしになってからも山田町なんかにも呼んでいただいて、津波で流された流木を使って彫ってくれとか、大きなお地蔵さんを彫ってくれとかというふうな方向にも動き出してきて、今までは独りよがりで彫っていたのですけれども、これからは寄り添うような、あと感動できるような、癒やしになるような、そういう作品づくりに努めていきたいと思いますし、また被災地でチェーンソーアートやりたいというような、個人でもいいですし、団体でもあれば進んで指導に努めていきたいなと思っています。
それと実は11月23日から25日の日程で県内で初のチェーンソーアートの大会が開催されることになりました。残念ながら岩泉ではないのですけれども、住田町なのですけれども、自分は実行委員長として国内から10名選手を選ぶ選抜をやってくれと依頼されて、復興支援という形で行います。それは国内ではもちろん最大級の丸太ですし、海外に行っても、今うわさになっているのですけれども、海外でももう注目されているような大きな丸太で、10名の彫刻家が3日間彫って巨大彫刻を仕上げる大会をやります。今のところこれを何とか成功させたいなと思っております。何かの形で御支援いただければ大変ありがたいと思います。
そして、岩泉町ですけれども、機会があれば何とかアートの町というのも構想の中であります。何とかそれも実現に向けていければなと思っております。
以上です。

菅原副局長
ありがとうございました。効率の高い林業というお話が冒頭ありましたけれども、それは具体的にはどんな感じでしょうか。

西間健
よそさまでは大変高性能林業機械等も導入が盛んですけれども、町内はいま一つもう一歩というところがあるかなと思います。地形的な面とかいろいろな要素はあると思うのですけれども、自分はいろんなところを歩いたり、岩手県のほうで指導とかしてくれているのですけれども、十分可能なので生産性の向上というのを努めていきたいなと思います。

菅原副局長
ありがとうございます。
それでは、次に邊見さんのほうからお願いします。

邊見むつ子
私の場合は、岩泉町というのは見ていただいたとおり9割以上が山で囲まれていまして、私たちも含めて多かれ少なかれその恩恵を受けて暮らしているわけです。ですが、ここにどっぷりと豊かな食材と、そして住んでいる人たちが長年かけてつくり上げてきた、そういうもののよさになかなか気づけないでいる地元の人たちが結構たくさんいるなと感じています。それを生かすという方向の一つとして、話し方が余り適切ではないのかもしれないのですが、被災地ということで今各方面全国から注目を集めていますね。この機会を利用するという言い方もちょっとうまくないかとは思うのですが、こういうときだからこそおいしいもの、岩泉のいいもの、そういうものをたくさん提供して、食材のよさというものを全国に知っていただくためのよい機会でないかなと思っています。
そのために、今自分のところでしているということは、もうちょっと前から始めてはいますけれども、できるだけ地元でとれたものに手をかけて、そして付加価値をつけてお客さんに提供するということを何年か前から始めています。それを継続していくことによって、ちょっと効果もあらわれているといいますか、食事をされた方が新聞なんかで投稿してくださったり、それを見てまた別のほうからちょっと私たちも行きたいわという声をいただいたり、食べた方が友達を紹介したりというケースがうちの場合ちょっとふえていますので、宿泊のお客さんがちょっと減ってきた分を自分たちも高齢化している部分がありますけれども、そういうところにちょっと寄せていって何とか生計を維持していきたいかなという考えではいます。
あとは町の今までと同じような続けている仲間の人たちとのやり方というか、活動の仕方はずっと続けていかなければならないかなと、まだまだ復興には時間がかかろうかなと思うのです。その復興したその何年か先に元気になった先を見据えた活動の一つとして今農商工連携ということで町でも六次産業化ということを進めていますので、本当に私たちの動きというのはちっちゃい本当のごま粒みたいな小さな動きでしかないのですけれども、そういう小さな集まりが何かそういう先の見えたものにつなげていけるのであれば、私たちが動いてきた意味もあるのかなと思って、そういうほうにつなげていきたいと思っていますし、あと震災の後、ちょっと感じたことの一つとして、若い人たちが、うちのあたりはプロパンガスなものですから、ガスは使えているのです。お鍋もあって、なおかつお米も急になくなるわけではない、各おうちにあるわけなのですが、御飯が炊けない方が結構いらしたのです、結構若い方で、お鍋で御飯を炊けない。それちょっとショックでした。ちっちゃいそういうことなのですが、先人の生活の知恵みたいなものが若い人たちによく受け継がれていないなというのを実感しましたので、食を通してそういう生きていくための最低限のすべといいますか、そういうものをちょっと先に生まれた者の一人として伝える役割もちょっとこれからはしていきたいなと思っています。
今日はどうもありがとうございました。

菅原副局長
町は龍泉洞とか名所とかもあるのですけれども、町の観光、にぎわいということに関してはどんなものでしょう。

邊見むつ子
そうですね、まだまだ観光客もひところよりはぐんと落ち込んでいます。ことしあたりは少しずつ去年よりはふえてきているよという話は聞きますけれども、まだまだですね。

菅原副局長
ありがとうございました。
それでは、最後に山口さんのほうからお願いいたします。

山口朋美
復興に必要なことという形なのですが、まずは安全第一と考えていまして、津波がまた必ず来るものと考えていろいろなことを進めていったほうがいいのではないかと、実際津波が来るのも見ましたし、同じ思いを次の世代がしないように妥協案で住宅が再建されたり、町がつくられていくということにならないようにしなければならないのではないかなと思っています。
私も小本に住んでいて、町内でも小さい地域なのですけれども、もちろん町内で唯一海が見えるところでもありますし、雪も少ないですし、住みやすいところではあるなというのを実感しています。誇れるものも、今阿部さんもいますけれども、郷土芸能も盛んですし、ウニですとか、海の幸もいっぱいとれるものですので、小本の特徴を生かして、被災者たちの再建ももちろんですが、例えばほかの地域の若い世代の人たちが環境がいい小本に住みたいと思えるような受け入れの方法とかも何かあればいいなとは思います。
あとはさっきもちょっと触れましたけれども、浜の復興が早く進めば小本の人たちの活気ももちろん活気づいてきますし、生活の基盤ができてくると思うので、そこはどの地域でも言われているかと思うのですが、長い目で、長い支援をお願いしたいなと希望します。
以上です。

菅原副局長
ありがとうございました。ちょっと私聞き漏らしたかもしれませんが、若い人も住みたくなるような何とおっしゃっていましたか。

山口朋美
住みたくなるようなまちづくりといいますか、今被災に遭った方の再建のところがもちろん優先ではあるのですが、例えば分譲地が、ほかの地域の方でも小本に住みたいという方に何かいい形で、結局どんどん出ていってばかりで、高齢者ばかり多くなるのですが、少しそういったのもこの先で、今すぐでなくてもこの先そういうのもあっても新しい小本の力になってくれる方たちが来るのではないかなという勝手な案ですけれども。

菅原副局長
ありがとうございました。
皆さんのお話をお伺いしますと、阿部さんのほうからは地域が団結するきっかけになるような伝統芸能というようなお話がありましたし、また西間さんも被災者に寄り添うような、癒やしになるようなアートを目指していきたいというお話があって、あとは邊見さんのほうからも地元食材のよさをアピールしていくような食文化ですかね、そういうお話がありまして、一つは文化というような、いろんな文化の切り口は別なのですけれども、それが共通のキーワードに一つなっているかなと思いました。
それから、阿部さんのほうからは集落営農というものを岩泉でも、小本のほうでの展開できないかというお話ありましたし、また西間さんのほうは効率的な林業という話がございました。また、邊見さんのほうからは六次産業化というか、付加価値を高めていこうというお話があったり、山口さんのほうからはいずれ水産の早期の復興というようなお話、やっぱり産業面での再生というか、さらに発展というお話もあったと思います。また、山口さんのほうからはまた別な角度から、やはり安全の確保ということとか、若い人も魅力のあるような新しいまちづくりというお話もあったかと思います。
そういうようなキーワードといいますか、共通のところがあったかと思いますけれども、その辺通じまして、この辺もうちょっと聞き足りなかったなということがもしありましたら、御自由に皆さんからお願いしたいのですが、ほかの方のお話も聞いていかがでしょうか。

邊見むつ子
復興とか、余り夢のあるお話ではないのですけれども、活動していて、私たちボランティアはこれはいいのですけれども、食材を確保するのにも全部自分たちが持っていってというケースが多いのです。特にエフエムさんなんかの場合ですと、本当に微々たる予算、やっぱりやりくりも大変なのです。先ほど知事さんのお話もございましたけれども、食べるものというのはとても大事なことで、岩泉にも食っての力という、食べてこそ元気が出るのだよという言葉があるぐらいですので、そういう小さなところにもちょっと資金の面で目を向けていただけることがあればありがたいことだなと痛感しています。

達増知事
相談に乗ってください。

菅原副局長
はい。そうですね、邊見さんのほうでは、そういったちょっとしたところでの後ろから背中を押してもらうものがあるかなということですので、ぜひ振興局なり、役場なり、ご相談させていただきたいと思います。ありがとうございます。
そのほかせっかくの機会でございますので、皆様何かございますでしょうか。
知事のほうから御質問などは。

達増知事
県はこの大震災前から沿岸振興ということで、沿岸というのは岩手の顔のようなものですし、また世界三大漁場の一つ、そして立派な国立公園でもあり、海の幸だけではなく山の幸、農業産物も一緒になって非常に充実した食の資源にも恵まれていて、そして歴史と文化も非常にいいものがあるということで、発展の可能性はあるはずだということでいろいろ取り組んできたところに大震災だったわけでありますけれども、邊見さんおっしゃったように全国あるいは外国からまで注目されてあちこちから人が来てくれているようにもなっていますので、そこはひとつチャンスだと思います。それで、方向性としては震災前の沿岸振興に取り組んでいたころから六次産業化のことですとか、いろいろ策はあり、それが復興計画、県は県の復興計画の中にもそういう方向性が盛り込まれていまして、うまくやっていくともとに戻す復興というよりは沿岸振興が目指していたようなあるべき姿に向かって復興していくということができると思っています。
交通の不便さというのが一つ沿岸振興のネックだったのですけれども、復興計画の中で沿岸を縦に結ぶ復興道路、それから宮古盛岡道路、釜石花巻道路も完成させるということが決まりましたので、かなり人の行き来、物の行き来は便利になると思います。そういう中で、日本全国の中でも可能性豊かな場所で、また世界的に見ても非常に恵まれた場所だと思いますので、そういう方向に向かって進んでいけるように、多分そういうところに気づいた人たちはまず地元でもどんどん実はすごいという気づきが始まってきているのではないかと思いますし、またそれは外から来た人たちにも刺激されて、外から来た人たちでおっ、すごいと気づいた人たちもいっぱいいますので、岩泉は台湾からも結構来たりもしていましたよね、外国から来て、こういうすごい鍾乳洞があるのかとか、そういうのに気づいた人たちもいますので、そういう地元の底力とさまざまなつながりの力を合わせて復興の力にしていけかなりいいふうになるのではないかというふうに思っています。

菅原副局長
司会の進めぐあいがまずかったかもしれませんが、知事は今のでまとめるということでよろしいでしょうか。

達増知事
はい。

菅原副局長
わかりました。
では、皆様言い残したことは特にございませんでしょうか。知事からもまとめということで話を申し上げましたけれども。そういうことで、岩泉の地域の、邊見さんのお話にもありましたが、地域のよさに気づいて、それを生かして発信していくというあたりが今日のお話の中心、キーワードかなというふうに思っております。

菅原副局長
それでは、皆様には本当にお忙しいところありがとうございました。

知事所感

菅原副局長
本当は進行では、ここのところで知事から最後に所感をということでございましたが、先ほど……。よろしいでしょうか。

達増知事
何かもう一言、そうだな。中野七頭舞の子供たちの練習は震災の前と後と比べて何か違いはありますか。

阿部一雄
違いはありますね。まず1つは、去年は子供たちの指導もできなかったし、それから小学校から中学校に上がって我々保存会と一緒に活動するのも働きかけもできないぐらいに気持ち的に落ち込んだのです。だから、それをどうにかうまく変えていこうということでやっていますけれども、やっぱり違います。

達増知事
やっぱり物の被害、道具が流されるとかだけではなく、そういう気持ちの被害というのがやっぱり大きいですよね。

阿部一雄
ええ。

達増知事
そういう中で、去年5月に盛岡でやってくれないかということで、何とかやる体制ができていったという感じなのですかね。

阿部一雄
ええ。

達増知事
やっぱり大きい災害のいろんな問題というのはその地域社会の弱い人たち、子供は大人以上に強いところもあるけれども、総合的には弱い存在だから、子供たちの様子を見ているとそこのコミュニティーがどんな感じになっているかというのが見えてくると思うのですが、だから一時はかなりピンチだったのだと思うのですけれども、そこを中野七頭舞の活動というところもひとつテコにしながら心の復興ということですね、心の復興というのも簡単なことではないと思うのですけれども、方向性ができてきているのは非常にいいと思います。

菅原副局長
最後に知事のほうから復興マインドという話がございました。

閉会

菅原副局長
皆様には本当に本日は貴重なお話をたくさんちょうだいいたしましてありがとうございました。
これをもちまして、県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会を終了させていただきます。どうもありがとうございました。

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