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「がんばろう!岩手」意見交換会(平成24年6月14日 大槌町)

ID番号 N5334 更新日 平成26年1月17日

懇談会の様子1

日時

平成24年6月14日(木曜日) 10時00分から11時00分

場所

大槌町役場仮庁舎 2階 会議室

出席者

  • 参加者(敬称略)
    小向 幹雄(NPO法人まちづくり・ぐるっとおおつち代表理事)
    下村 義則(新おおつち漁業協同組合代表理事組合長)
    阿部 智子(ひょっこりひょうたん塾事務局)
    芳賀 カンナ(マリンマザーズきりきり事務局)
  • 県側
    達増知事
    齋藤沿岸広域振興局長
    稲葉秘書広報室長

開会

齋藤局長
皆さん、おはようございます。10時開始ということでございましたが、皆さんおそろいでございますので、若干早目でございますが、早速県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会を開催いたします。
私は、本日の進行役を務めさせていただきます、沿岸広域振興局の齋藤と申します。どうぞよろしくお願いいたします。
本日は、御出席の方々のほかに大槌町長さん、それから地元選出の県議会議員として小野共議員、岩崎友一議員のお二方がお見えになっています。御多忙中、お越しいただきまして、誠にありがとうございます。

知事あいさつ

懇談会の様子2

齋藤局長
それでは、開会に当たりまして、知事から御挨拶申し上げます。

達増知事
皆さん、おはようございます。大震災津波から1年3カ月たちまして、改めて被害お見舞いを申し上げます。
県の復興計画は8年計画で、最初の1年余りが過ぎ、応急の対応、緊急の対策、仮設住宅の建設を初め、そういったところはまず第1段階、一通りその次へというところに今来ていると思っております。復興の骨格的な計画はあるわけでありますが、そこにどう肉づけをしていくかというのはこれからだと思っております。
また、長期化する中で新しい課題もさまざま出てきていると思います。この県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会は復旧、復興の現場の声を伺いながら県の復興政策に役立てていこうというものであります。今日お集まりの皆様はそれぞれの分野で復旧、復興の最前線で働いておられる、活動されている皆様ですので、ぜひ御意見を参考にさせていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。
県議会議員のお二方と大槌碇川町長さんにはご参加ありがとうございます。

齋藤局長
ありがとうございました。
それでは、改めまして、本日御出席の方々を御紹介いたします。お手元に名簿が配付されておりますので、名簿の順番に従いましてご紹介を申し上げます。
知事の右手側の方にお座りになっておられます、NPO法人まちづくりぐるっとおおつち代表理事、小向幹雄様でいらっしゃいます。

小向幹雄
おはようございます。小向です。どうぞよろしくお願いいたします。

齋藤局長
そのお隣が新おおつち漁業協同組合代表理事組合長、下村義則様でいらっしゃいます。

下村義則
下村といいます。よろしくお願いします。

齋藤局長
知事の正面の方にまいりまして、ひょっこりひょうたん塾事務局、阿部智子様でいらっしゃいます。

阿部智子
阿部智子です。よろしくお願いします。

齋藤局長
そのお隣がマリンマザーズきりきり事務局、芳賀カンナ様でいらっしゃいます。

芳賀カンナ
芳賀と申します。よろしくお願いします。

齋藤局長
県の方からは達増知事、先ほどごあいさついたしました。

達増知事
はい。

齋藤局長
それから、私の右隣でございますが、秘書広報室長の稲葉でございます。

稲葉室長
よろしくお願いいたします。

齋藤局長
改めまして、大槌町の碇川町長様でございます。

碇川町長
よろしくお願いします。

齋藤局長
それから、地元からは岩崎友一県議さん。

岩崎友一県議
よろしくお願いします。

齋藤局長
そして、同じく地元選出の小野共県議さん。

小野共県議
おはようございます。よろしくお願いします。

懇談

齋藤局長
早速懇談の方に入ってまいりたいと思います。
最初に自己紹介、それから意見交換という形で、お一人様最低2回お話の機会を設けたいと思います。それで、必ず2回はお話しいただきますので、最初は自己紹介を兼ねまして、お一人様大体5分ぐらいを目途に、今皆さんが復興あるいは復興支援のために取り組まれていることなどについてお話をいただきたいと思います。
それでは、先ほどのご紹介順ということで、早速小向さんの方からお話をいただきたいと思います。

小向幹雄
お手元に資料を差し上げてございますので、これに基づいてお話をさせていただきます。
私たちは、震災前の平成13年に設立しておる地元のNPO団体です。震災前は、いろいろな活動をしまして、どんな小さなものでもまちづくりに役立つことはやろうというスタンスで活動してまいりました。その結果、ちょうど震災の日の3月11日は、町から雇用促進センターの委託を受けて、その管理をしている状態のときの震災でした。とにかくそこを利用している人たちの安全を第一に考えながら避難をさせまして、私たち職員2人はここの高台に逃げることができなくて、その建物に一晩閉じ込められました。逃げおくれた人が一か八かその建物に飛び込んできて4人がそこにいまして、それで救助されたという形です。
震災直後、避難所では理事の方々との連絡もとれないという状態で、すぐ活動するという状態にはなかったのですが、たまたまよそから入ってこられた支援団体の方々から、「地元のNPOがやっぱり頑張らないとダメなんじゃないの」と叱咤激励されまして、理事2名と協力会員3名の5名が犠牲になったという、そういう痛手の中でもとにかく活動を開始しようということで、8月1日から具体的な支援活動を始めました。まず、何をやったらいいのかというようなことで、いろいろ考えたのですけれども、まず最初にやっぱり被災した人たちの中に必ずだれか近所の人が亡くなったり、あるいは友達が亡くなったり、親戚が亡くなったりということで心に傷を負っている人がたくさんいたのです。その人たちの心をいやしてこの震災を乗り切るというための何か心のよりどころが必要だということで、そこに写真が載っているのですけれども、お地蔵さんを各仮設に設置させていただきました。大槌には48カ所に仮設があるわけですけれども、全仮設にお地蔵さんを設置しております。それを心のよりどころに鎮魂と、それと復興への祈りをその地域の人が一緒になって、心を一つにしてやれる、そういうものになればいいなという思いでお地蔵さんを設置しておりました。これは長野の和尚さんから寄贈されたお地蔵さんです。
今、仮設ごとにそれぞれの供養の仕方をしています。私たちは、その下に写経を2巻ずつ埋設してあります。その写経は、全国から寄せられた写経を2巻ずつ入れているのですが、この24日には、写経を入れた方々がツアーでこのお地蔵さんの供養に来ていただけるという予定になっております。各仮設でお地蔵さんを供養していただいているのですけれども、和野というところのお地蔵さんは、地域が3月11日を忘れないようにしようということで、11日を毎月供養の日にして、地域がみんなでお地蔵さんの前に集まって拝んでいるというようなことをしています。私たちの活動は、とにかく被災した人たちの生活を支援しようということをテーマに活動を開始しました。やっぱり被災した人の気持ちになって、そこに寄り添って活動しようということで、物資の支援というような形の支援ではなかったものですから、全く目立たない活動だったと思うのですけれども、仮設にいるお年寄りが町に出たくても出れないということもありましたので、病院などに行きたいという方々の移動も考えながら、野菜販売をしながらお年寄りの足のお手伝いをするというような活動をしました。
それから、炊き出しで各地の珍しいごちそうをいただきました。でも、地元のごちそうが出なかったのは、ちょっと残念だったのです。昔から食べられてきた、この辺でよく言う「ひっつみ」とか、いろいろあるのですけれども、そういうものがあってもよかったのかなという反省から、やっぱり地元の食品をもう一遍掘り起こして伝承していくというのを我々の仕事にしよう、この震災をきっかけにもう一度見直そうということで、キッチンカーを用意しまして、各仮設のお年寄り、あるいはひとり暮らしの人たちに温かいものを届けながら、見回りも兼ねて展開しております。現在もその活動は継続しております。
そのほかに、大槌には「おおちゃん」というキャラクターがあり、役場の前にでんと一人の町民としての存在感を示していたのですが、震災で流れてしまいましたので、それをモチーフにして「おおちゃん人形」という人形をお母さん方に内職につくらせています。これは、全くオリジナルで創作したお人形で、現在でも各仮設のお母さんたちがそのお人形をつくって内職にしています。その販売等を私たちがお手伝いするという仕事をしながら、仮設で交流の場をつくるということを考えながら講習会をしたり、そして現在は写経とか、あるいは健康体操とか、そういうような形でお母さん方の交流と復興に向けていろいろとみんなのコミュニケーションを図る場をつくるというようなことを継続しながら活動をしております。そういう団体ということでの御紹介にさせていただきます。あとは次の機会に。
以上、簡単ですけれども、よろしくお願いいたします。

齋藤局長
ありがとうございました。
では、次は下村さんからお願いします。

下村義則
なかなかしゃべりが上手な方ではないので、私の方は読ませていただきます。
私の経歴なのですけれども、宮古水産高校に入学しまして、水産のイロハを私なりに学んでまいりました。昭和55年の卒業と同時に隣の釜石東部漁協というところに勤めました。30年間勤務して、実の母親があちこち痛いというところが出始めたもので、それを契機に母親が弱ったときに役立つことは何かできないかと思ってホームヘルパーの資格を取り、大体48歳ぐらいの時ですけれども介護施設に勤務しました。現在は吉里吉里の浪板地区に住んでいますが、勤務した1年後の去年の3月11日に大震災があり、地区の捜索に出たり、私の母親も流されて現在も行方不明になっていますが、その捜索をしたりして、介護施設に行けない状況が続いたため、3月31日でその施設を退職しました。その後、自衛隊の方々や警察の方々の捜索の応援が多くなってきたこともあり、また自分の生活もありますので、昨年の5月より役場の臨時職員として働き始めました。仕事内容は、町に建設された約50カ所近い仮設住宅への家電製品、布団、生活物資等の配付でした。そこで生活している方々は本当に大変で、1部屋に2人、あと2部屋に3人から4人、そういう生活をしていました。
臨時職員では限界があると考えていたところ、今年2月から大槌町で支援員配置事業というのができまして、そこの吉里吉里地区のマネジャーに手を挙げまして、仮設で生活している方々の見守りを支援してきました。この仕事を始めたときに、私が担当しているこの吉里吉里地区からだけでも孤独死は絶対出すまいと支援してきましたが、今年なのですけれども、3月に入り、ひとり暮らしの男性の方が亡くなっているのを偶然発見したときは本当に悔しい思いでした。
しかし、この支援員の見守り事業がなかった場合を考えると、もっと発見が遅れた可能性もあったかなと思っていました。その後、大槌町漁協が解散ということになり、漁業の復旧も遅れていることも知っていましたので、新組合設立時に役員にまず推薦、立候補して互選を経て組合長に選任され、現在に至っております。
あと復興支援における現場の工夫とか、そういうことについては、後ほどまた言いたいと思います。以上です。

齋藤局長
ありがとうございました。
それでは、阿部さんからお願いします。

阿部智子
何の準備もしていないところで本当に申し訳ごさいません。もともと私は東京出身なのですが、主人は地元大槌出身者なので、主人の意向により、地元に戻ってきて大槌のためにやりたいことが見つかったという感じで9年前に大槌に来ました。現在は、子供3人の母親をしており、震災のときは自宅にいたのですけれども、自宅も家族も大丈夫だったので、その後私にできることを何かしていかなければという思いで今まで来ています。
それで、自宅が沢山というバイパスの向こう側にあり、町方に近いところでも高台だったので、親戚の人たちがまず在宅避難所として集まってきました。仮設ができる7月いっぱいぐらいまでは、みんなで共同生活という形をしていたのですけれども、それとほぼ同時期に自分の畑にヒマワリを植えたいというところから、花を植える活動もボランティアさんと一緒にやってきて、今もそれも継続しています。
そして、生産者の皆さんと地元の産直を立ち上げたいという話が元々あったところ、震災の影響で保留になっていました。実家が山間部で農家をやっていて、他の農家さんも被災はそんなに多くなかったのですが、そのうちお店もない、出すところもないし、買う場所もないというので、7月16日に産直「結ゆい」を立ち上げるところにも関わらせていただきました。今はおかげさまでその「結ゆい」も好評いただいて、店舗もですが、移動販売も回っていて、その移動販売で「がんばろう!岩手」さんの方の支援事業という形で県からお世話になっておりました。ありがとうございます。
そして、それとほぼ同時期に「おらが大槌」という今は一般社団法人になったのですけれども、夏に何かをしていきたいという人たちの思いが集まったところで立ち上がりました。やっぱり外から来ていただいている支援の皆さんにとって本当にお店がない、食べるところがない、ボランティアの人たちがたった1軒開いたローソンの前で座って食べている状況を見ていて、やっぱりせめて地元のものでもてなしたいという、そういう思いから食堂をつくろうということで、その気持ちを一緒にした仲間たちと11月11日に復興食堂オープンということで「おらが大槌」が本格的に始動しました。
食堂事業は、「おらが大槌」の本当に一部で、それもいずれ独立というところを目指して、町の緊急雇用というところを活用させていただきながら、今年もそれを継続して、「おらが大槌」でもさらにいろんな活動を自分たちが本当にこの大槌のために何かをしたい、何かをしていこうというところで続けています。そこにも関わらせていただいていまして、本当に皆さんのご縁でつながっているのですけれども、11月ぐらいに東京都からの、それもやっぱり被災地支援という一環で「文化芸術によるまちづくりを何かお手伝いできないか」というところで被災地を回っているところに大槌町の佐々木健さんという生涯学習課長と御縁がありまして、それで本当にゼロから「ひょっこりひょうたん島プロジェクト」の中身を決めてきました。そこのスキームづくりから、体制づくりから、一番はじめから私も関わらせていただいておりまして、それが2年間の予算で今年度末まで何を具体的にしていくかということがようやく決まりまして、その「ひょっこりひょうたん塾」をやっていこうというところからやっと先日第1回目を開催をしたところです。何のための塾かというのは、また後ほど、と思います。
9年前に来たときにこの町にこんなものがあって、こんなところがあったらいいよね、こんな町になったらいいよねというのを主人と2人で話していたことがあるのですけれども、それが思い起こせば今がまさにそうなっていっているような、そんな現場にまさに立ち会わせていただいているような感覚があって、やっぱり将来的なこうなりたいという、そういう「思い」というのはとても大切だなと今すごく思っています。

齋藤局長
ありがとうございました。
それでは、芳賀さんからお願いします。

芳賀カンナ
私たちのマリンマザーズきりきりというグループは、平成12年に吉里吉里でホタテやワカメなどの養殖漁業を営むお母さん方が、普段は規格外となるワカメを捨ててしまうのはもったいないという気持ちから、商品開発をして付加価値をつけて地元の朝市や町内のイベントで売ることによって、吉里吉里、三陸のワカメをたくさんの人に食べてもらいたい、また小遣い程度の収入を得るという生きがいをつくりたいというところからできたグループです。
その後十数年、小さなグループで活動してきたのですけれども、去年の震災に遭いまして、加工場は大槌町の創造センターを借りて今までずっとやってきたのですけれども、そこもまず流失して、現在メンバー6人いるのですけれども、6名のうちの3名も自宅が全壊といった状態でした。なので、そのグループの再開ということではなく、どれも経験したことのない惨状の中でとにかく一日一日を生きることが精一杯ということで過ごしてきたのですけれども、震災から2カ月が経ったころに、吉里吉里で生まれて育った自分たちが小さいころ通っていた道路ががれきだけで日陰もなく、腰をかけるところもなく、そこをただただ下を向いて歩く人の姿があって、それを見てすごい悲しいと思ったことと、せっかく今まで十数年かけてみんなで「ワカメに付加価値をつけて」と取り組んできたことをこれで終わらせるということがすごくもったいないなという気持ちが強くありまして、県の農村起業復興支援事業を使わせていただきまして、8月19日に仮設食堂「よってったんせぇ」というお店を立ち上げました。
そこは浸水した場所なのですけれども、目の前が自分の家だったり、その次の通りに住んでいたりというところで、高台での営業ではなくて、やっぱり海の恵みを受けて生活してきた者がそこから目をそらさずに、そこでやるということにやっぱり意味がありましたし、人の会話、人の声が聞こえることを目指すということで仮設店舗を再開しました。地元の方に寄っていただく場所がなく、ボランティアさんの方が来たときに地域の人と交流することもなく、ただただがれきの作業、地域の人は下を向いているという状況はやっぱりベストではないのではないかという思いがあって、こういうふうに立ちどまる、足をとめられる場所があれば実際に体験した被災地を発信することもできるし、ボランティアさんから「今何が足りないのか」という会話も生まれて、本当に今一番必要なものというのが多分お互いに分かり、いい方向に進むのではないかなということで、300円のラーメンなどを提供しながら現在に至っています。
その中でも、やっぱり吉里吉里でしか食べられない、吉里吉里のワカメを使ったメニューがあれば多くの人に来ていただけるかなと思って、資料につけているように、秋には大槌のサケを使った親子焼きそば「サケの子で親子焼きそば」、ワカメがことしは収穫できたので「ワカメしゃぶしゃぶ定食」、その2つは季節限定です。あとは通年を通して駅-1グルメの方でお話をいただいて、「ば~ら~わかめ三昧定食」というのを提供させてもらって、本当に地元以外の人がこんなにワカメっておいしいのかということをすごい口々に言ってくれています。働いているのは女性だし、高齢、70歳の方もいるし、ほとんどが60歳以上なのですけれども、でもそれでもやっぱりできることがある、または来る場所があるというか、仮設住宅で生活しているだけではなくて自分が必要とされて来る場所があるという生きがいにもなっているのかなと感じています。そんな感じで、加工品も今までもつくっていたので、お土産品として買っていただいたり、全国から支援いただいた方が地元に帰ってのイベントで使っていただいたりという形で、今は加工品と飲食店で和気あいあいと頑張っている状況です。
以上です。

齋藤局長
ありがとうございました。
ここまでで前半が終わったわけでございますが、今までの皆さんの発言で何か知事から特にお聴きになりたい点とかありませんでしょうか。

達増知事
本当に大震災直後の大変なところを耐えて、また乗り越えて、そしてそれぞれのNPOでありますとか、また新しい漁協、そしてひょっこりひょうたん塾、そして「よってったんせぇ」というお店、いろいろなそういう組織とか、人が集まる場を通じてどんどん地域の未来に向けた活動を展開されていること、非常に印象的でした。

齋藤局長
どうもありがとうございました。
それでは、後半に入ってまいりたいと思います。またお一人、先ほどと大体同じぐらいの時間を目安にしていただきまして、日々の活動の中で困っていること、あるいはまた皆さんが今後取り組んでいきたいと思っていることなど自由討議という格好でお話しいただければと思います。
また先ほどの名簿順で恐縮でございますが、小向さんからお願いできればと思います。

小向幹雄
それでは続けて、今言われた内容についてちょっと活動の中で感じていることなど交えながらお話ししたいと思います。
復興支援の現場での工夫ということなのですけれども、先ほども申し上げましたように、私たちは生活支援を旨としてやっているということで、それはとりもなおさず、先程もお話があったように、仮設にいる人たちの孤独感をどう解消していくのかということからキッチンカーでの料理の提供が始まっているということで、やっぱりその人といろいろな話をするときのきっかけがないとなかなか話せないのです。そのきっかけづくりをキッチンカーでいろいろなものを届けるということで行っているのです。そのようにものを売るというのが目的ではなくて、仮設にいる人たちとのコミュニケーションなり、そういうことをすることによって孤独感を幾らかでも和らげてやるということがねらいなのです。
しかし、毎日同じものであればやっぱり飽きてしまって、今日はこれだよと言っても来ないということもあるので、いかに地域の人たちがそこに顔を出してくれるか、そういうことを考えて毎日のメニューを日替わりみたいな感じでつくっているという努力はしています。そういうことによって、地域の人たちが今日はこういうものか、明日は何だろうなという楽しみもあって、今は待ってくれているという状態なのです。そこまでになってきているというのは、やっぱりよかったかなと考えているところです。
意気込みということについてですが、私たちはそういう中で地域の人たちとのコミュニケーションを図る工夫をしながら活動しているのですけれども、どうしても情報が足りないという部分が仮設にいる人たちが不安を醸し出す一つの要因にもなっているのではないかと思うのです。町でも今、復興計画などをいろんな機会をつくって説明していますけれども、なかなかそういう場にも出てきていただけるという人も少ない場合もあるのです。
そういうこともあって、現在私たちは災害エフエムを大槌町さんから運営を委託され、放送開始していますので、そういう放送を通じたり、やっぱり町と町民の共通の理解というのですか、そういう情報を共有しながら新しい復興まちづくり、今後集団移転とかするということがあれば、やはり新しいコミュニティーをつくっていくとなるわけですけれども、それは今の段階でそういう準備をしていく必要があるだろうということもありまして、一応そういうものを通じて一つの方向をつくっていけるような、そういう活動ができたらいいなと今意気込んで頑張っているところです。

達増知事
県なり、町なりの説明会に来ていただければかなり詳しく正確にわかるのでしょうけれども、普通の感覚からすると、情報というのはテレビやラジオで得るものとかという感じでしょうからね。

小向幹雄
そういうことがありまして、やっぱり情報を共有するということが一番大事なのかなというので、エフエム等を通じながら町の情報を流したり、あるいは町でいろんなイベントがあるのですけれども、そういうものを全部流したり、そういう形で意気込みを何とか形にしたいなということで頑張らせていただいていますけれども、やっぱり町長さんが先頭に立っていろいろなことを考えて、いろんな場所で町長さんの考え方を発表しているのです。それが町民にも伝わって理解してもらうことによって一緒に復興に向けていけるのではないかと。そういう場をつくり、そういう形に持っていくのはやっぱり私たちNPOの一つの仕事かなと考えながら日常の活動を今しているという状態です。
今後どのような取り組みをしていけばいいのかと考えていますが、今までの生活支援のあり方というのは、復興してくるにしたがって仮設の人たちのニーズも変わってきています。そのニーズに応えるような形で我々が活動できるようにしていくということが一番大事になってきているのです。
その中で、ここの奥に金沢地区があるのですけれども、実はその金沢地区で腐葉土をつくってなりわいをしている人たちがいました。まさかここまで福島の原発の影響があるとは思わなかったのですけれども、腐葉土が放射線で汚染されているということで出荷できなくなったというので、その会社が倒産したのです。そこにやっぱり正社員あるいはパートさんも含めて12~13人の方が働いていたのですけれども、失職してしまったということもあって、その中の数名を私たちスタッフとして雇用して今一緒に活動しています。そういう方々のお話をいろいろ聞きながら考えたのですけれども、遊休農地が結構あるのです。そういう土地を活用して、その人たちを中心にして農園を考えて、そして仮設にいる人たちがその土地を借りて、そして土に親しむ機会をつくって町民の交流を図る場所にもしたいということを今考えていまして、そういう農村の人たちと町民との交流を進めながら被災した人、あるいは被災しない人の相互関係がうまくつながる活動をしていこうかというふうに考えています。
そういう活動をする中で、我々自身にも活動についての悩みが実はあるのです。といいますのは、現在震災前からずっと活動していますけれども、災害を契機にして私たちの活動が大きく転換しました。といいますのは、私たちが従来やってきた活動は、自分たちの身の丈の活動だったのです。自分の団体としてできる範囲の活動だったのです。今回被災したことによって、よそからのいろんな上部の団体さんからの助成金を頂戴して活動しています。でも、その助成金もいつまでも支援していただける中身のものではないだろうと。だったら、これから我々は地元のNPOとして復興をしながら一緒に活動を展開していく場合に、我々NPOの自活ですね、それをどうするかということを今考えて活動しています。やっぱり自分たちの自活がなければ、NPO活動をどう考えてもなかなかうまい活動はできないだろうということもあって、自分たちで助成金等を頼らない自活したNPOというものを、組織の強化を図ろうというのが今活動している中での一番問題点かなと、困っていることかなとも思っています。でも、是が非でもやっぱりこういうことを続けていきたいなと思います。
それから、エフエムも今災害エフエムなのですけれども、将来的にはコミュニティーに移行していきたいと。コミュニティーに移行するための力もつけていかなければならないので、それを含めて今いろいろと試行錯誤しながら活動展開しております。

齋藤局長
一言つけ加えますと、実はNPO法人の「ぐるっとおおつち」さんが24年度新しい公共の事業の採択もされておりまして、県の方で支援しているのでございますが、支援が要らないよう自活するという非常に前向きな話をいただきました。

小向幹雄
できるだけ前向きに考えたいと思っているのです。今回の公共の話は、IBCさんがやっぱり積極的に沿岸地区の災害エフエムを支援したいということで、共同で連絡協議会をつくらせていただきました。その新しい公共の申請で、おかげさまで宮古、高田、大槌、各放送局が連携をとってそれぞれの情報交換するということができるようになります。そして、私たちの放送がIBCさんを通じて県下に放送になりますので、あとは内陸に行っている大槌の町民にも大槌の情報が届くというふうな形になりますので、県域のメディアがローカルのメディアと協力してやれるというのは新しい形かなと期待していますし、私たちもそういう形でメディアを本当に地域に必要なメディアとして発展させるという使命があるのかなと思って頑張るつもりでおりますので、今後ともよろしくお願いしたいなと思います。

齋藤局長
ありがとうございました。
それでは、下村さんお願いします。

下村義則
私たち漁業からとなると、どうしても要望とか、そういうことがちょっと多くなると思うのですけれども、おかげさまで定置の船とか網が今年の秋に間に合って、1カ統の定置の漁ができそうなのです。そうなのですけれども、市場が地盤沈下しているために大潮とか満潮時に波が市場の方に上がってくるのです、20~30センチぐらい。そうすると、例えばこれから9月に漁が始まるときに船を接岸できないのです。まだそういう状況なのです。これが秋までに接岸できないとなると、また漁もできないという大変な状況におります。仮設的なものでもいいので、何とか接岸、14tぐらいの船が接岸できるようにしてもらえればなと、まずそれ1点です。
あと大槌の場合は、他地区よりもいろんな設備整備が遅れていまして、一つの漁港なのですけれども、まだ電気もつかない。そこも満潮、高潮というと波が上がる。今はウニ漁をやっているのですけれども…。

達増知事
どこになりますか。

下村義則
白石地区というところなのですけれども、あそこも波が上がってきて、今ウニ漁が始まって、漁師さんが暗い3時とかに起きて行くのですが、ちょうどたまたま3時ごろに高潮というか、満潮が重なって、漁師さんが長靴で岸壁のそばまで行ったのだけれども、長靴にも水が入るぐらいで、そして歩いて行って、そのまま足を落として海に転落してしまったとか、そういうことも実際起きていました。だから、まずうちの方はそういう要望的なことになるのですけれども、そこら辺を早く何とかしていただきたいということです。
あと、保管作業施設的なものもないし、荷さばき場的なものもないし、これらは今後補助事業か何かを使って建設していかなければならないとは思うのですが、それも一応かさ上げが進んでこないとなかなか手も挙げづらいし、それを見込んで基礎を高くしてつくっておけばいいのかなと思ったりもしているのですけれども、それもやっぱり県とか国とかの指示とか要望とかあると思うので、何とかそういうことも踏まえて整備していきたいと思っていました。
最後になりますけれども、おかげさまでワカメに関しては、「がんばる漁業」という事業を使いまして、何とか漁師さんが普通のサラリーマンの収入ぐらいをまず2カ月ぐらいで上げたということで、まずそれはいいことだったと思っています。また、これからカキ、ホタテとか、少しではありますけれども、そういうものが出荷されてくると漁師さんもまずいいのかなと。
最後に、将来的には市場に定置で揚がった魚をそのまま生かして活魚的なもので水槽に入れて生かして、それを大槌町の人たちに買っていってもらう。量は多くなくても買っていってもらうとか、あとは併設してそこにちょっとした食堂をつくって、朝採れたてのイカ刺しを食べてもらうとか、そういうものを将来的には考えていました。
以上です。

齋藤局長
前段のほうで大潮で困っているとか、今日は水産部長が来ていませんが、把握しておりますし、何とか困らないように我々も一生懸命頑張ってまいりますので、今しばし御辛抱ください、何とか我々も頑張りますので、申し訳ございません。

下村義則
よろしくお願いします。

達増知事
そうですね、関係者の皆さんが今年度はここまでいくのだとか、あれも必要だけれども、あれは来年度になるけれども、来年度にはできるのだみたいなものを分かりながら仕事をできれば、漠然とどうなるかわからないみたいな感じでやっていると全然違うでしょうから、情報共有を密にやっていきましょう。

下村義則
よろしくお願いします。

齋藤局長
いずれ間に合うように頑張ります。
では、阿部さんお願いします。

阿部智子
意見がまとまってなくて本当に申し訳ないのですけれども、「ひょっこりひょうたん塾」を説明するのに非常に難しくてわかりづらい部分があるかと思います。この間使ったチラシを一部お配りしていて、あとはホームページもつくっておりますので、わからなければ聞いてくださいということで、実際私が何を隠そう素人でありながら塾生第1号だよと言われまして、それで、塾生第1号でありながら事務局もしてきたという、後から言われて「そうだったんだ」と思ったのですけれども、実際本当に「思い」がある人というのは町の中にもたくさんいらっしゃると思うのです。こうしたらいいのではないか、ああしたらいいのではないかと思っていても、それが実現するかどうかもわからないし、受け入れられるかどうかわからないしという人もたくさんいると思うのですけれども、塾に参加することでそれがどうすればいいのだというのを本当に自分は気づいてきたのです。それで、本当に関わってきている方々の御縁でこうしてみよう、ああしてみようと案ずるより産むが易しという状態なのです。やってみて初めて気がつく、自分で気がつくので、そしてどうこうしていこうということに全部つながってきていて、本当に文化芸術というとすごくとっつきにくいようなイメージだったのですけれども、そうではなくて本当に平たく言えば子供のお絵かきと一緒なのです。とにかく何かを一つの作業をみんなでやってみようよという体験型のイベントをとにかくやっていこうという、そういう感じでいるのです。それでやっぱりさっき小向さんが言っていたように「人が集まる場」なのです。それが一つの場で、共通の作業をすることによって、そこで前もそうだったのですけれども、なかなか会えなかった人たちやどこの仮設住宅に入ったかわからなかった人がその場で久しぶりに会えて、「どうしてた?」、「元気だった?」みたいな再会の場でもあったりもしたわけで、そういうことも今でもあるのです。
なので、コミュニケーションによって、震災当時のそのときのままいらっしゃる方が呼びかけによって何かクリアリングができたり、何か一歩自分の思いが現実になるようなきっかけになるというところまで考えているのです。塾は全国規模で参加者を募集しているのですけれども、やっぱり町内の方にいかに参加してもらえるかというのが本当の課題なのです。そして、やっぱり情報を、小向さんも言っていたように情報をどうやって伝えるかというのは常に考えていて、それがラジオであったり、メディアであったり、そして口コミであったり、いろんな手段があるのですけれども、やっぱり参加してみたくなるようなものは、子供目線でわかりやすく簡潔であることが一番だなということをすごく思っています。
今後、年に6回塾は開講して、その都度呼びかけていくのですけれども、塾生になった人たちが私と同じようにこれから自分たちで何かしていこうというところのヒントを自分が気づくという場になっていくなというふうに思っているのです。なので、私も初めは何がどういうふうにしていくのだろうとわからないまま進んできたのですけれども、これからの本当にすべてにおいて役立てるような内容にしていきたいと事務局の中でも言っていますので、その辺をぜひわかっていただければうれしいと思っています。
そして、最終的には参加しようという決め手は人と人とのコミュニケーションが原点だと思うのです。なので幾ら参加しましょうとメディアがやっても自分が参加するとなるためには、やっぱりだれかの誘いが決め手ですが、でもその日にいろんなイベントがバッティングしていたりなんかするので、イベントの開催もだれかが調整する機能があってほしいなというのも思いました。いろんなことを外部の方が持ってきてくださるのですけれども、それがいつどこで何をやっているかというのがわかっている部分とわかってない部分があるので、非常にもったいないと思っています。
あとはさっきのエフエムもまだまだ本当に町内でもごく一部しか届いてないので、早くそれが伝わるように整備をしていく方が先かなとも思っていますし、防災無線も聞こえるところと聞こえないところがあるので、そっちが先ではないかなと思ったりもしているので、さっき優先順位と知事がおっしゃられたように、すべて考えられるところの最優先事項をまず進めていく、そして自分たちで本当にできるように、自分たちがやっていくということを進めるのであれば、それができるようなものを用意して、そういうサポート的なところを徹底してやっていくことが重要かなと思っています。
勉強会だとか、講演会だとか、なかなか足が向かない感じがあると思うのですよね。でも、行くことによって、ほかの事例を見ることや聞くことによってすごく勉強になって、そして自分たちが何をしていこうというのを自分が気づく場になるので、そういう講演会も来やすいような何か仕掛けが必要かなとも思っていました。本当に「行って、なるほど」と、この間の1回目の塾もそうだったのですけれども、やってみて本当にもっとたくさんの人に声をかければよかったなと思うことがたびたびあるのです。どんな会合でもそうだと思います。中身のよさを伝えるのは「人」だと思います、最終的には「人」だと思いました。

達増知事
アートで地域振興というのは、地域振興行政の中で非常に有力なトレンドで、全国的に盛んに試みられているし、また諸外国でも取り組まれていることなのです。これはまず地域の大槌側の地域振興力を高めていきますし、同時に東京方面から一流のアーティストとか、あとアートで地域振興をというのを専門家とか、最先端やっているような人たちとのつながりをパイプを太くしていくこともできるので、復旧、復興に役立つというところがあると同時に、復興がなったその先の大槌の町がアートでどんどんあちこちから人を呼べるし、また住んでいる人も暮らしが充実するというのにつながるいい事業だと思うのです。
JRさんが毎月出しているJR東日本の観光雑誌の今月号は新潟県十日町市で何年に1回かやるアートフェスティバルのことで、最初は細々とやっていたのが今では全国有数のアートフェスティバルで世界中からも人が来るみたいな、十日町市のそういうのは知らないかもしれないですが、私もその雑誌を見るまで知らなかったのですが、知らないうちに何かすごいものがその地域に育っていくというところがアートにはあるので、これは非常に期待したいと思います。全く初めてやるというのは大変かもしれないですけれども、ただそれでも何かできてしまうところがまたアートのよさでもあって、地域振興のテコというのはいろいろあるのですけれども、文化芸術というのはそういう行政のいろんなことを経験してない人でもすぐ入れるというところが、そこがまた魅力だと思うので、ぜひぜひ仲間を増やしてください。

阿部智子
ありがとうございます。

齋藤局長
では、芳賀さんお願いします。

芳賀カンナ
今皆さんのお話を聞いて、もうそのとおりというふうにうなずきながら聞いていたのですけれども、やっている本人たちはとにかく必死で、これが一番いいだろう、いいはずだと思って…。

達増知事
食べ物というのが大きい要素ですからね。

芳賀カンナ
そうですね。取り組んでいるのですけれども、同じ大槌にいてもほかの団体がこういう活動しているということを今初めて知りました、深くというか。となると一般の町民の方というのはもっと知らない部分がたくさんあると思うのです。本当に思いを持ってやっている方がたくさんいるのだけれども、今皆さんおっしゃったようにそれがなかなか伝わってないという部分も課題なのかなと思いました。
そういった中で、私たちの場合はやっぱり外から来る方に当時のことを被災した者として伝えるということを意識してこの1年間ほかから来た人に関わってきました。食を通じての復興というのもあるのだなというのをやってみてすごい感じています。道路の復興とか、いろいろなことがあるのですけれども、でも食べることというのは欠かせないことなので、主婦とか、女性ができる小さなことなのですけれども、そこから復興にちょっとお手伝いができているのかな、お手伝いしていきたいなという思いはあります。
今お話が出たように、大槌町に人が入ってこなければ、地元の人だけでは限界があると思います、観光にしろ、生活していくにしろ。なので、今言ったように私たちが考えてできるのは、お土産品としてちゃんと商品化したものを今後つくっていきたいという思いもあります。来たけれども、何もないとか。私たちがお土産品をつくるとなると、やっぱり水産業が安定してこないと、今年はワカメの収穫がよかったのですけれども、来年とれないとなるとうちの方は商品をつくることができないし、よさを伝える道具がないという状況になるので、やはり大槌の場合は、水産業が早く再開していただければ山のほうもいいのではないかなという感じはしています。
私たちの「よってったんせぇ」としてはやはり外に発信、小さなことでも発信できる場所として今後も頑張っていきたいと考えています。ありがとうございました。

齋藤局長
ありがとうございました。

達増知事
何か珍しいお客さんとかで、ああ、こういう人も来たのかとか、そういう人というのはいますか。

芳賀カンナ
いろいろな人が来るのですけれども、本当に全国から来て…。

達増知事
復興食堂はこの間ちょっと寄ったのです。そうしたら東京大学の先生と、あれは再生可能エネルギー関係の企業の人たちが会議をしていましたよね、復興食堂の中で。

芳賀カンナ
団体さんなんかも来ますけれども、本当に個人で来た方なんかは、その人ができることが何かないかということを聞いて来ます。

阿部智子
皆さんそうですね。

達増知事
それはありがたいことですね。

芳賀カンナ
大きい金額とか物とかではなくて、その一人が私が何かしたいのだけれども、では私たちの例えば食堂では「何が困っていますか」という感じで聞かれる方とかが結構いますね。

達増知事
それはすごい大事で、そういうものをインターネットでつないで大きい運動にしている人や団体とかはいるのですけれども、インターネットとかなしでも直接の関係の中で連絡先とか教えてもらえるなら教えてもらい、何かやりとりしながら支援が必要な人たちも仮設で住んでいる方々とか、まず一世帯一世帯は一人一人サイズでもニーズはあって、そういうところには一人で何かしたいという人とうまくはまればつながりができますからね、そういう場に食堂というものはなっていく可能性があるということはすごいいいことだと思いますよね。

小向幹雄
今芳賀さんから出たいろいろな団体に情報が伝わるという話で、それで昨日実は会議があったのですけれども、社会福祉協議会さんが音頭をとってよそから入ってくるボランティアも一緒に大槌町のボランティア活動している人たちの連絡協議会をつくろうという話が今出ています。一応準備会だったので、正式にいろいろな団体さんに加入のお誘いがそのうちに行くと思いますので、ぜひ参加していただいて、一緒に大槌のボランティア、今言ったような問題を解決していくということを特に一緒に復興に向けて力を貸していただければと思っていますので、その点今後よろしくお願いしたいなと、今その話がちょっと出たものですから。

達増知事
第1回文化芸術まちづくりゼミで現地ゲストで朝日新聞の東野記者が参加しているのですけれども、この人を活用するといいと思います。かなり地元のことを知っていると思いますし、いろんな復興にまつわる全国的な動きの情報も持っています。彼は東京のほうとかにいればどこかの部長とかやって偉くなれるような立場でいながら、あえて被災地にずっと張りついて、被災地の取材にかけるという感じで大槌にずっといる人ですよね。彼はすごい優秀なので、地元で何が起きているかというのも意外にこういう外から来た人のほうがよく知っていたりもするから、この人を活用するといいと思います。

齋藤局長
ありがとうございました。
だんだん盛り上がってきて、ここで切るのは大変しのびないのでございますが、芳賀さんがおっしゃるように意外に同じ大槌にいてほかの人の活動ぶりがわからなかったという、そういうことが判明しただけでも本日の県政懇談会は大変意義があったのではないかと思います。

小向幹雄
実は、私たちも商品開発の話が出ているのですけれども、今言われたような商品開発、何かといったらやっぱり水産加工、それが中心なのだけれども、その物がないのです。なのでちょっと話が具体化しないという部分があります。復興を早めるには全体の環境をつくっていただくというのも大事かなと、確かに復興計画では区画整理事業とか集団移転、そういうのは町が一緒になって進んできているのですけれども、全体的な形になるとどうしても水産関係とかというのが遅れているという部分で知事にそういう話も進めにくいのです。なので、やっぱり環境づくりを一緒に早くしてあげればありがたいかなと思ったりして活動してきたので、よろしくお願いしたいなと。

齋藤局長
「なりわいの再生」というのは、本当に大事なテーマで、私どもも復興元年でそこにも非常に力を入れて取り組んでまいりますし、先ほど下村さんからも県に対するご要望も出まして、できる限り早くなるように私も進めてまいりたいと思います。今後ともよろしくお願いしたいと思います。

知事所感

齋藤局長
最後に、知事から一言いただければと思います。

達増知事
大変参考になりました。今日の会議は、これで終わりではなく、これと全く同じ形で2回目、3回目という予定はないのですけれども、またいろいろな局面で県の振興局とやりとりしていただければと思いますし、あるいは私に直接でもいいので、復興は長期戦になりますから、これからも県のほうとも一緒に取り組んでいただければと思います。
今は本当に必要に迫られ、大変な作業ではあるのですけれども、そこをきちっとやっていくことで孫子の代にしっかり残していける地域をつくることができると、そうしなければならないと思っておりますので、頑張ってまいりましょう。ありがとうございました。

閉会

齋藤局長
本日は皆様貴重なお話をいただきまして、ありがとうございます。今後ともこんな形で折に触れ御意見をいただければと思います。
これをもちまして、県政懇談会「がんばろう!岩手」意見交換会を終了いたします。どうもありがとうございました。

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