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岩手フロンティア・フレッシュトーク(平成21年2月9日)

ID番号 N11698 更新日 平成26年1月17日

対象地域:県央広域振興圏
開催場所:盛岡市

県政懇談会「岩手フロンティア・フレッシュトーク」懇談記録(県央広域振興圏)

  • 日時 平成21年2月9日(月曜日)10時00分から11時30分
  • 場所 盛岡地区合同庁舎 8階 大会議室

開会

望月局長
それでは、ただいまから県政懇談会「岩手フロンティア・フレッシュトーク」を開催いたします。
私は、本日の進行役を務めさせていただきます盛岡地方振興局長の望月です。どうぞよろしくお願いいたします。

知事あいさつ

望月局長
それでは、最初に知事から一言ごあいさつを申し上げます。
 

達増知事
皆さん、おはようございます。何かと忙しい時期にこのように集まっていただいてありがとうございました。
県政懇談会「岩手フロンティア・フレッシュトーク」といいますのは、一種の作戦会議でありまして、この盛岡広域を中心に岩手を今後どういうふうにしていくか、それぞれ地域、また分野で活動している皆さんの近況報告伺いながら、県政に参考になるところを取り入れさせていただきたい。同時に、皆さんお一人お一人もそれぞれ自分の仕事や活動に生かせることをこの会議から吸収してもらえればと思います。
県は、現行12カ年計画の長期計画が再来年で終わりますので、今年じゅうぐらいにその次の長期計画、10年計画ぐらいがちょうどいいのではないかと思っているのですけれども、それを策定しなければなりません。それで、10年後は世の中こういうふうになっているのだから、みんなこうしましょう、というのを行政が押しつけるような長期計画ではなく、というのもなかなか10年後どうなっているというのを予測するのは難しいご時世でもありますので、むしろ県民一人一人が10年後の自分はこういうふうになっていたいとか、10年後の自分はこういうことをしていたいとか、そういうものを束ねれば岩手の10年後というものが、それは予測というよりも決意として10年後の岩手をこうするぞ、10年後我々はこうしているぞというようなものが、そういう県の行政の計画というよりは県民計画というような感じで長期計画をつくっていくといいのではないかと考えておりまして、そういうことにも今日の会議が役立てばと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

望月局長
それでは、本日ご出席の皆様を紹介申し上げます。
財団法人みちのく愛隣協会東八幡平病院の作業療法士の林桂子さんです。
社会福祉法人岩手愛児会児童養護施設みちのくみどり学園児童指導員の高橋伸広さんです。
IGRいわて銀河鉄道株式会社総務部企画広報担当の長坂真理子さんです。
東京電波株式会社開発技術本部技術課の中堤敏博さんです。
Ludens Beautiful Hope MowMow Farm代表の梶本希さんです。
矢巾町民劇場脚本・演出担当の佐々木絵梨子さんです。
なお、本日は県議会議員の喜多先生、三浦先生にもおいでいただいております。よろしくお願いいたします。

懇談

望月局長
それでは、早速懇談に入らせていただきます。先ほど知事からも話がありましたが、作戦会議ということで、県の新しい長期計画の策定に向けまして、皆様から、これからの岩手について自由に意見、提言をお伺いできればというふうに思います。
まず最初に、お一人ずつ自己紹介を兼ねまして、日ごろの活動状況も交えながらこういうことをしたいとか、こんなことができたらといった意見、提言、順番にお願いできればというふうに思います。
最初に、林さんからお願いいたします。

林桂子
初めまして、よろしくお願いします。私は、旧松尾村ですけれども、今は八幡平市にある東八幡平病院というところで作業療法士として働いております。
作業療法士といいますと、なかなか聞きなれない仕事だと思いますけれども、平たく言うとリハビリテーションをしております。今ですと長嶋茂雄さんが脳梗塞になって病院に行ってリハビリをしているとかという話もよくテレビで流れていますけれども、そういうような活動で、私の場合はお年寄りの方、最近は団塊の世代の方々もふえてまいりましたが、そういう方を対象にリハビリをしております。
当病院は3病棟ありまして、急性期一般病棟という病棟ですね、本当に内科的疾患ですとか、脳梗塞になって本当に発症してすぐという方が入棟される病棟と、あとは療養病棟といいまして長期間の療養が必要である方が入棟する病棟、あと私がただいま働いております回復期リハビリテーション病棟という3病棟で構成されておりまして、回復期リハビリテーション病棟というのは発症して1カ月ぐらいたってからで、ちょうど6カ月たつまでの間、リハビリのスタッフが看護師と共同で短期集中的にリハビリを提供するという、ちょっと特殊な病棟になっております。私を含めまして作業療法士という担当者が9名、あとは理学療法士といって起き上がりですとか、歩く、床から立つとかという基本動作ですとか、走ったりとか、そういうことをする基本的な動作をリハビリしていく病棟スタッフが9名、あとは言葉を出やすくしたりとか、御飯が飲み込みやすくできるようにのどのほうのリハビリをする言語聴覚士が5名と、あとは記憶障害ですとか、いろんなものに注意が行き届かないという脳の頭の体操みたいなのをする臨床心理士という者が2名、あとは介護保険ですとか医療保険、あとは病院の支払いですとか、今後について相談する医療相談員というのが4名おりまして、そのスタッフと、あとは病棟看護師、介護士、あとは担当の医者と長くて5カ月間、毎月計画を立てて短期集中的にリハビリをして、その結果、社会再復帰を目指すというようなコンセプトでやっております。あとはこれからやりたいなというか、足りないかなというところは病院という殻の中で閉じこもりがちなところがあるので、私はちょっと機会がありまして、安代のほうとか、あとは松尾村、西根町の訪問リハビリも経験させていただいたことがありますので、あとは併設に老人保健施設がありまして、そちらのほうでもちょっとお仕事させてもらったこともありましたので、そちらのほうとも連携をとって、もっと病院から地域にリハスタッフが出て、リハビリが手薄な地域、特に安代などはとてもリハビリを受けたくても受けられない方がすごく多いので、そういうところにも出向いてリハビリができるように、あとは退院されてからのアフターケアですかね、そういうところもちょっとまだ手薄なところがあると思いますので、そういうところをまずもう少しほかのスタッフと、あとは地域のスタッフの方と協力してやっていきたいなというのは個人的には思っているところですし、あとは病院のスタッフが非常に若いので、若くてたくさん入ってくるので、その人をどうやって一人前に育てていくかというのが私たちの年代の仕事になっていますので、そういうところももう少ししっかりと詰めてやっていきたいなというところです。
以上です。

望月局長
平均年齢は何歳ぐらいなのですか。

林桂子
二十四、五です、はい。

望月局長
わかりました。次に高橋さんお願いします。

高橋伸広
児童養護施設みちのくみどり学園児童指導員の高橋伸広と申します。よろしくお願いいたします。
児童養護施設といいますと、よく勘違いされるのは養護学校ということをよくイメージされる、聞くのですけれども、それとはまた別の施設でして、何らかの理由で親元、家族から離れて生活しなければならなくなった子供たちを保護して、そこで生活させていくという入所施設でございます。県内には6施設ございまして、その入所人数、子供の数は2月1日現在で342名おります。施設の定員は全体、県のほうでは364名ですから入所率というのは94%、ほぼ満杯状態で運営している状態です。その中で、みどり学園といいますのは82名の子供たちが生活しておりますので、下は2歳……、3歳になりましたけれども、3歳乳幼児から上は18歳、それこそ高校を卒業して就職とか、そういう子供たちですね、18歳の子供たちが生活しております。
施設のほうは、そういった状態で82名という状態ですので、その中で子供たちが生活している。その子供たちというのは、結局親元を離れて来ているもので、甘えたい盛りの子供たちがいたり、あとは受験を控えている中学生がいたり、何よりも虐待を受けた子供たちがそのような施設に入ってくる状況でありますので、そのような子供たちが一緒の生活、みどり学園でいいますと8人部屋なのですよね。ほかの施設では個室とか、多くて4名とかという部屋なのですけれども、みどり学園はなにぶんハードのところでは、やらなければならない部分ではあるのですけれども、なかなか進まない現状があるという状態です。その8名が日々けんかをしたり、甘えたいのに職員がいない、大人がいないものですから、夜ですと82名の子供たちを見なければならないという職員の苦労もありますけれども、その中にもやっぱり元気に育っていく環境を私たちは整えなければならないなということを日々感じながら仕事をしている状態でございます。
やっぱり現状を見ていただきたいというのが私たちの考えというか、そういう部分でありまして、実は映画を撮影したりして外に発信していくということで、この間、「いのちの作法」という西和賀町を舞台にした映画でも取り上げていただきましたし、その監督さんが、そういういろんな施設で暮らしている子供たち、また家族、そして職員にスポットを当てて、そこから発信していこうということで3カ月密着で撮影をしていたところで、今年の夏、春にはでき上がるとは聞いていましたけれども、そういった活動も取り組んで発信しているところであります。今日はよろしくお願いします。

望月局長
そういう子供さんというのは、今ふえているのですか。

高橋伸広
はい、ふえております。虐待という部分で、県の児童相談所のほうに相談されるケースがふえてきている。ということは、結局それを保護しなければならないのですよね。そういった子供たちの数がふえてきているという状態です。

望月局長
次、長坂さんお願いします。

長坂真理子
長坂真理子と申します。よろしくお願いします。ちょっと今日は緊張しております。ここにいる皆さんと仲よく話ができたらいいなと思って、それを一番大事にと思って今日は来ましたので、よろしくお願いします。
私は愛知県出身で、岩手大学に通うために岩手に来ました。岩手大学で最初は森林のことを勉強していこうと思ったのですが、その中で森林というものではなくて、人々のほうにすごく興味がわいてきました。だんだん学んでいくうちに、例えば農村のコミュニティーが崩壊してしまっているところで、地元学とかをしていきながら地元の人たちと一緒に地域をもう一度元気にしようという活動をしてきました。また盛岡市の外から来たので、何となくここちょっと違うなとか、もうちょっとこうしたらいいのになというところがあって、盛岡市のまちづくりへの取組みを経験しました。さらに、学生時代の卒業論文や修士論文でクマと人がどうやったら共に生きていけるかということを勉強してきて農家の人たちにクマの被害を調査してきました。このような学生時代の経験の中で、岩手の人たちにすごく迷惑をかけながらもとてもお世話になって、その岩手の人たちの温かみとか、岩手という土地にあるいいところをどんどん知っていく中で、いざ就職ということを考えたときに、やはり岩手の人たちに、今までお世話になった岩手の人たちに何かしてみたいという気持ちが沸いてきました。それにはIGRいわて銀河鉄道に就職すれば、県北の方たちの足ですので、何かお役に立てるのではないかと思って入社をした次第でした。
今は入社して2年目なのですけれども、企画広報グループというところで働いております。まだ至らない部分はありますが、主に広報をやっておりまして、会社の顔でもありますので、常に笑顔とあいさつを忘れないようにしようということと、あと誠実で正直であることが大切であると思い、常に行動しております。
当社の路線は、やはり観光路線ではなくて地域の人たちの足であって生活路線なのです。そのため、当社は通学、通勤、通院といった足を確保していくということを大事に、鉄路を将来にわたって残していくということを使命に努力しています。 そのため、会社の使命と自分の思っていた部分がリンクして、日々働いているような状況です。
そういう中で、皆さんのお手元にもありますが、当社では、IGR地域医療ラインというものも取り組んでいます。 あとは奥中山高原駅のマロン駅長ですが、マロン駅長はもともと委託駅員さんの愛犬で、今まで地域の人たちに愛されキャラクター的存在であったことを受け、本年度の6月24日にマロンに名誉駅長職を委嘱しておりました。
おかげさまで大変人気をいただいておりますが、その人気に踊らされてもいけないなという風にに思っております。ただ私はこれまで奥中山高原駅に行って地元の方や駅員の方から話を聞く中でうれしいなと思っていることがあります。それは例えば愛犬を亡くされショックを受けていた方がマロン駅長をテレビで見て、「あっ、会いたい」と思って駅に来てくださりマロン駅長と触れ合う中で元気をとりもどし、「じゃあ、写真展をやろうよ」と言ってくださって、マロン駅長の写真展を開いてくださったりとか、地元の方で」マロンがこんなに頑張っているのだから、自分も頑張りたい。元気をたくさんもらった。」とか、あとは奥中山の出身の方で、今は関東にいらっしゃる方々が全国版の新聞に載ったということで、「全国にもこんな自分たちのところを知らせてくれてすごくうれしい」という言葉など、地元の方たちが地元に対する誇りや愛着を持つことにつながっているということをすごく感じています。会社としてはマロン駅長でどんどん売っていこうというものではなくて、マロン駅長を通して元気になってくださる方とか、地域の人たちの誇りになっていけるようなということで頑張っていきたいなと考えておりました。
以上です。

望月局長
ツキノワグマ研究会なんかにも入ったのですか。

長坂真理子
少し入っていたのですが、主に農家さんたちに話を聞いていたので‥。ツキノワグマ研究会の方たちはクマをメインに見ていたのですが、私は農家の人たちを見ていました。
以上です。

望月局長
わかりました。では、中堤さんお願いします。

中堤敏博
おはようございます。中堤といいます。
まず、当社の説明を簡単にしようかなと思うのですけれども、今私が勤めております会社が東京電波という会社でして、余りなじみがないかなと思うのですけれども、皆さん水晶というものを多分、聞いたことがあるかなと思うのですけれども、それを人工的に育成しまして、それを工業部品にして売っている電子部品のメーカーになります。
それで、今私がやっている業務ですと、その電子部品の設計とか開発、そして量産まで、そちらまでの業務を行っています。それで、盛岡にもちょうど工場がありまして、去年ちょっと工場を大きくしまして、そのときには知事にもお越しいただいて、そういうふうなことをやっておりまして、使われる場所としますと携帯電話とか、あの辺に入っている無線関係には必要になってくる部品になります。それで、皆さん携帯電話お持ちだと思うのですけれども、1つの携帯電話には電話とメールだけではなくて、今だとカメラだとかGPSだとかいろいろな機能がついていると思うのですけれども、どうやってつけているかといいますとそれぞれの部品ですとか、その辺がどんどん小さくなっていくことで、今そういうふうにいろんな機能をつけられるということになっていまして、当社では小さいものをつくるようにという方向になっていまして、その辺でいろいろ県の工業技術センターですとか、そこにある設備をちょっとお借りして試作したものを評価したりとか、そのようなこともやっていますので、非常に県の方々にはお世話になっております。
それで、今回のテーマは県に期待することというようなことだったのですけれども、私が今仕事をしている上では、特にこれといって期待することは大きなものは出てないのですけれども、私個人としてですけれども。ただ、今弊社の別の事業部でも県の方々と一緒になって共同開発とか、あと先ほど私も言ったとおり、工業技術センターですとか、あの辺にご協力いただいている場面が多々ありますので、そのような場面に今後ともご協力お願いしたいかなと思っております。
あと私の仕事とは別の面でいいますと、私は滝沢村の出身で、ずっと岩手県で生活してきたのですけれども、ちょっと就職ということになったときに岩手県内で残って、それで私は工学系で来ていましたので、県内でそのような技術者というような職につきたいなと思ったときに、やはり県内だとそういうふうなところが少ないというのが私が実際に今まで生活してきて感じております。ですので、先ほど知事から10年後どうなっているかというようなお話があったのですけれども、私と同じような世代の人間ですね、そういうふうな人たちが将来的には技術者となって地元で働けるような、そういうふうな場がつくれたらいいのかなと私個人的には考えております。
以上です。

望月局長
酸化亜鉛の関係も携わっているのですか。

中堤敏博
あれはちょっと別なので、私は携わっていないです。

望月局長
小さい水晶振動子というのをつくっているのでしょう。

中堤敏博
そうですね、小さい水晶振動子というものを今つくっていまして、盛岡、久慈、一戸、県内ですと3工場あるのですけれども、それぞれでやっています。

望月局長
世界最小クラスですよね。

中堤敏博
そうですね、世界最小クラスのものを今当社では出していまして、業界の中としては小型に関しては特化しているという強みがあるということでやっているところです。

望月局長
それの開発担当やっているわけですね。

中堤敏博
そうですね、そちらの設計開発、今もちろん担当しているものもありますけれども。

望月局長
そうですか、ありがとうございました。では、梶本さんお願いいたします。

梶本希
こんにちは。Ludens Beautiful Hope MowMow Farm代表の梶本です。格好つけて横文字で何か書いていますけれども、単なる酪農家です。
就農したのは今から2年前新規で就農して、今は13頭の牛を搾って、搾乳して、育成も13頭で26頭のちっちゃいながらも酪農を経営しています。
生い立ちをしゃべると父も母もサラリーマンで、酪農とは無縁の育ちをしたのですけれども、私は八幡平市は松尾なのですけれども、生まれも育ちも松尾で、あの辺はとにかく農業が盛んで、生まれたころからトラクターが家の前を走っている環境に育っていたから、酪農をするのが自然だったのだなと思っています。
やりたいことというのは、岩手ならではの酪農といえばいいのですか、酪農といえば北海道というイメージが全国的にも強いのですけれども、北海道はもちろんメッカであって、すごいいい酪農をしているのですけれども、それとは違った何か岩手独特の酪農をやっていければなと思って考えています。それに関連して、県に望むことはそういった岩手独特の酪農を生み出していくときの力をかしていただければなと思って。例えば循環型の農業だったり、放牧酪農だったりするときに結構前例がないことに対しては、平たく言えばお金ですよね、お金なければ何もできないですけれども、前例がないということに対してお金を貸し渋るところがあって、やっぱり前例がないことをやっていかないと絶対に色というのは生まれないと思うので、そういったときに貸し渋らないで一緒になって考えて独特の岩手県の色を出した農業、酪農に関する農業というのをつくっていければなと思っております。
私は、新規で働くときに本当に酪農をやりたいなと心の底から思ったのが高校の18歳ぐらいのときに思って、岩手県の農業大学校にまず入って、卒業して酪農やろうと思ったときに新規だったからできなかったのです。できないというのは何でかというと経験もないし、やっぱりお金がなくて、岩手県ないし国のほうからお金を借りようと思ったときに、やっぱりそういうふうにお金貸さないのです。始めたいと思って二十歳で計画書出して、就農できるまでに5年かかっているのです。周りの話を聞いてもそうなのですけれども、この5年というので大体挫折して、就農しない人が本当に多くて、特に米農家とか野菜農家とか、ああいったところは新規で就農するときにさほど資金がかからないですけれども、酪農に関していえば結構なお金がかかって2,000万、3,000万、下手すると億のお金がかかるのですけれども、そういったときに私は2,000万で就農したのですけれども、なかなかすんなり就農できなかったというのがあって、もうちょっと円滑に就農できればもっともっと農業をやる人がふえるのではないかなと思って。やっぱり岩手県は結構農業をしているところもあると思っていて、去年、すごい景気で驚いたのですけれども、結構農協関係に就職したい人がふえていると。では、その受け皿はどこなのかといったときに、やっぱり都会なんかより岩手のこっちのほうだとは思うのですけれども、ではいざ就農したいというときに結構受け皿が狭いと思うのですよね。農業法人含めてなのですけれども。だから、例えば一農家が人を雇えるくらいの助成を出すとか、そういったところがあってもいいのかななんても思ったりもしますし、あと後継者ですね、家を継ぎたいといったときに息子は継ぎたい、おやじは継がせたくない。何でかというと、やっぱり酪農、農業という将来が不安で、そんな不安な職に息子を継がせたくないというこのギャップはやっぱり寂しいなと、やりたい若者がいて、でもやらせられない事情があって、だからもっとその辺から元気になってくればと。

望月局長
わかりました。ありがとうございました。では、佐々木さんお願いします。

佐々木絵梨子
矢巾町民劇場の佐々木です。よろしくお願いします。
私たちは、プロではなくて、キャストからスタッフまですべて町民手づくりでやる団体です。仕事ではないので、当然いろんな職業の方が集まって、1回の公演につき多いときは200名以上、今回は130名ぐらいの総勢スタッフ、キャストで公演しました。芝居づくりを通して世代間の交流や町の歴史、文化を知ってもらってまちづくりにつながればいいなと思って活動しています。町とかつくっていくのは当然ながら人だと思っているので、その人づくりを、演劇は手段として、人をつくっていく、それをまず主に考えて活動しています。今回は3歳から上は70代くらいまでの参加で、大体いつも小学生ぐらいからあれですが、そのぐらいの人数が携わって、もちろんお父さん、お母さんにも協力してもらう活動をしています。本当にいろんな職業の方々が集まるので、例えば公務員の方もそうですけれども、保育士さんや農業の方、いろいろ農協の方とか、サービス業の方とか、本当にたくさんの人たちが集まってやるので、一つの企業ができるのではないかと思うくらい多彩な参加者が集まっています。
サークル的なものではなくて一つの組織として運営しているので、町の補助としてはホールの使用料の免除のみで、あとチケットの売り上げ、あとパンフレットをお渡ししましたけれども、後ろのほうにたくさん協賛金、いろんな企業、団体の方から協賛金いただいて、チケットの売り上げだけで運営しています。もちろん参加者にギャラ的なものはなくて、とにかく経験とか、そういうのが報酬みたいな感じですね、心の面で。毎年2月に公演していまして、今回13回ですけれども、過去に数回程度休んでいる時期がありまして、平成5年から旗揚げして何とか13回までこぎ着けたかなと。見てのとおりきのう、おとといが本番でして、本番を終わったばかりなので、非常にまだ気持ちも落ちつかない状態で来ましたが、きのうと同じようなちょっとテンション高いような状態で来ました。
お客さんはきのう、おとといとたくさん来ていただいて、今回も矢巾町史という町史があるのですけれども、そこから昔話を抜いて町民劇場風にアレンジした話であって、こういうのを通して町民の方と、県外から来られている方、今は東京とか仙台とかいろいろ来ていただいていたのですけれども、そういう方々と、もちろんその方々だけではなく、県内各地、地元の人たちにこういう町の歴史、文化、昔話があるのだよというのを知ってもらいたいなと思って活動しています。今はちょうど2月に県内各地のこういう手づくり舞台はほかにもたくさんあるのですけれども、そういう人たちが公演をするときに、きのう、おとといは私たちだけだったのですけれども、今週の土日なんかは特にたくさんあるのですけれども、本当にそういう人たちが集まる、岩手手づくり舞台協議会というものがありまして、私たちもそこに入っているのですけれども、まだそこに入ってない団体もあるのですが、本当に年1回研修会がありまして、交流会がありまして、それらもそういう人たちがいろんな悩みとか、そういう経験、研修会とかやって、どうしたらこれからいいか、まちづくりに対して、しっかり手づくり舞台に関してどうしていったらいいのかというのを夜遅くまでお酒をつぎながら語り合っているのですけれども、県内のそういう人たちと手とり合って、県内各地でそういう人づくりを通しての岩手県を活性化できたらいいなと個人的には思っていますし、皆さんもやっぱりそう思って各地で頑張っているなと思っています。きのうもおとといもいろいろ見に来てくださったので、そうやってお互いに刺激し合って頑張ろうというような感じです。
私個人は脚本・演出担当と書いていますけれども、今回は脚本・演出担当だったのですが、元は役者だったのです、高校生からやっているのですけれども。そこでただ年数重ねていくうちに、どういうわけかそういう立場になっていていき、200名近い参加者をまとめるのは大変ですけれども、地域の話をするときに、行政区の皆さんとか、郷土芸能の人たちの物語を入れてそれを発表というか、公演するので、どうしてもそのくらいの人数になるのですけれども、でも私一人でやっているわけではなくて、みんな一人一人がしっかり責任持ってやっているので、それで地域に愛されて、まず地に根を張って、そこから盛り上げていけたらなと思っています。子供さんの親からですので、こういう幅広い年代の団体が携わるということが、町内ではうちくらいみたいなので、それなので、特に親御さんからは、学校の先生とか、塾の先生、あと親以外の全然関係ないような人たちに注意されたりだとか、褒められたりとかという、そういうようなことに刺激になると言われて、それは本当に……、私たちも当然ながら自分の、私もですけれども、上の方とか、子供さんみたいな形とか、お孫さん的なところで触れ合っていって、本当に自分の仕事以外にそういうので触れ合い、物すごく刺激的だと言ってくれています。本当にそういうのを通して手をとり合ってどんどん活性化していけたらなと思っています。
以上です。

望月局長
ひとまず知事お願いします。

達増知事
梶本君の会社の名前「Ludens」というのは、これどういう意味なのですか。

梶本希
「Ludens」は、父がサラリーマンやっていたのですけれども、その父もサラリーマンやめて自分で農業を始めると言って、私が就農する1年前に養鶏、鳥の農家といえばいいのかな、卵とる農家で、卵で生計しているけれども、いろんな動物を飼いながら一つの農場で就農しているのですけれども、そんな父の農場名が「Ludens」で、これは「Homo Ludens」という遊びながら、楽しみながら人生を送ろうという意味で、そういう信念のもと、父がまず就農したのですけれども、父はお金もかからないから、本当に遊びみたいな、遊びと言ったら怒られるかな。父とは全く別個の経営で、経営母体も全く別なのですけれども、そんな父の考えを私はすごい賛同しているので、将来的には一緒に一つの農場としてやっていければなという思いも込めて父の冠名いただいて、下の「Beautiful Hope」というのが私の牧場名といえばいいのかな、そんな感じです。

望月局長
自分の名前ともかけているのですか、「Hope」というのは。

梶本希
そうです。「Beautiful」というのは私の妻の名前ですね。「ミカ」という、「美」の文字が入った。「Hope」は私、「希」です。「MowMow」はそのとおりです。酪農家です。

達増知事
中堤君の言った技術者の就職先、県内に少ないという問題と、あと梶本君の就農したい人がなかなか就農できないというのは共通性のある問題だと思います。本当はそういう人にどんどん県内で働いてもらわなければならないのだけれども、それがなかなか難しいと。技術者の就農先が少ないのは、雇う人が少ないということですよね、結局。

中堤敏博
そうですね。

達増知事
仕事が少ないというわけではなくて、仕事をすればそれはいろいろあちこちに売れたりとか、お客さんがついたりとかはするのだと思うのです。ただ、それを経営する人がいないということで、岩手が直面しているのは経営者不足ということかなと実は思っていまして、農業も体を動かして農作業できるという人はいても経営する人というところが難しいわけですよね。農業大学校とかで経営も教えているから、最初から経営できる、挑戦できるという若い人もいるけれども、ただお金を借りるのが難しい。お金はなかなか貸してくれないですよね、衆議院議員やっていて何回か銀行に行ってお金を借りようとしたのだけれども、結局借りられなかったですよ、いつ選挙の結果によってどうなるかわからない仕事でもあるから。だから、やっぱり担保とか、そういうのがない中で貸してくれる人はなかなかいないのでしょうね。ただ、本当はそういう銀行とか、金融の仕事というのは、成長する見込みのある人にお金を貸して利息を取って、それで稼いでいく、どんどん儲けさせて、そして自分のところがたくさん利息をもらうという、そういうちゃんと新規事業を育てていくという役割を本当は金融の分野は果たさなければならないので、そこが、これは日本全体弱いのですよね、そういうところが。どうしても安全、確実、担保をとってお金を貸す、そういう先が見つからないときには国債を買ったり、つまり国にお金を貸して民間にお金を貸さないというのが今の日本の金融界の潮流であります。
だから、やっぱり目利きが必要で、信用保証協会という商工業の分野では銀行がお金貸すところまでリスクを負えないところを公がカバーする制度があるので、農業の分野でもそういう仕組みを工夫するといいのかもしれないですね。
あとは学校を出てすぐ経営というのはまだ早いかもしれないけれども、農作業はしたいという人のためには研修制度みたいなものをつくっていくといいのでしょうね。今研修制度というと外国人が対象になる研修の制度しか確立したものはないのだと思うのだけれども、全国的にはそういう、最初は研修生みたいな感じで若い人をやとって、だんだん経営を任せていって、そこからのれん分けして独立する人もいるような、そういう仕組みを民間でやっているところもあるみたいだけれども、そういう経営はまだできないけれども、農作業はできるというような人たちが学校を出てすぐばりばり働けて、そしてその中で経営も身につけていけるような仕組みですよね。これは今の岩手県にはないことはないのですよね、農業もいろいろ新規就農者向けの経営の支援とかもあるのでしょうが、ただこれはどんどん発達、発展強化させて、他県よりもすごいというところまで持っていくと他県からも人が集まるくらいになりましょう。それは技術系の分野でもやっぱり経営者がどんどん岩手で会社を起こして技術者を集めて仕事をするというようなことが岩手でどんどん盛んになるような仕組みをつくっていかなければならないと思いますね。そういう経営の感覚というのはリハビリとか、あとは児童養護施設の分野にも関係あるし、演劇を仕切ったりするのもそうでしょうし、IGRはまさに経営をとにかく工夫に工夫を重ねていかなければならないところですけれども、経営にはとにかくお金を集めるということがまず一つですけれども、あとはお金のかわりに人を集めるという、演劇なんていうのはまさにお金も集めなければならないけれども、人を集めるというのがまず基本だと思います。それは、さっき林さんがどんどん外に出たいという話をしていたのですけれども、ソシアルエンタープリナーシップという言葉がありまして、社会起業、それは営利の目的ではなくて、社会をよくするためにいろいろお金を集めたり、人を集めたり、人とつながっていったりしていくような、そういう能力とか、そういう人とか、そういうのがやはり世の中には求められていて、今やっていることはそういう方向にもつながる可能性を持っていると思いますよ。

望月局長
皆さんのお話を一通りお伺いしたのですが、もうちょっとこんなことができたらいいなとか、夢といいますとか、そういったものだとか、あとは人づくりとか地域づくりの話が結構出ていましたけれども、皆さん日ごろ感じておられることの中で、県はこんなことやったらいいのではないかと、こんなものをサポートしてもらったらいいのではないかということが結構あるかと思うのです。そういったものについて皆さんお考えになっているところありましたら。さっきのお話ししていただいたものに追加していただいても結構ですから、どうぞ自由に発言していただきたいと思いますが。
梶本さん、どうぞ。

梶本希
なかなかこういう農業というのは、私なんかはまだ若くて新規就農で入っているからそれほど閉鎖的ではないのですけれども、結構閉鎖的なところが強い産業であって、農業だったら農業で。きょうみたいに他産業の人の話を聞くということは、なかなかやっぱりないです。だから、林さんが言った地域スタッフの方とか、夏は農家の人は結局日中はずっと家にいるわけですし、仕事に行くわけでもなくて、隣のおばあちゃんが気になれば隣のおばあちゃんを見に行くこともできるので、そういったところの連携だったり、あとは養護施設ですか、家族があれば動物園に行ったりとかもできるのだろうけれども、そういうところが厳しいので、周りが農家あったり、酪農家があったりするので、そういうところにふっと行けるような環境づくり、もしくはIGRさんなんかと連携して、もっともっと色のある酪農、奥中山で言うとジャージーなんかすごい有名だから、酪農家として売るのではなくて連携して売っていければなと。そんな流れをつくることができれば。岩手県はこうやっていますよと、農業というだけで売っていくのではなくて地域、すべての産業を合わせて一つのものをつくっていければなというのをすごく感じました。その橋渡しを、なかなか私が集まれと言っても集まらないので、その橋渡ししてもらえるのが岩手県であって、こういう集まりもっともっとやっていただければなというのはきょう感じました。

望月局長
林さん、どうぞ。

林桂子
お話しすると声が大きくなってくるのであれなのですけれども、今のお話とつながるのですけれども、まず病気そのものを皆さんに知ってもらいたいなというのがすごく多いです。中には見た目は何ともないですけれども、覚えられないのです、何分たったら忘れてしまうとかという人がやっぱりいるので。そういう方は、お年寄りに限らず交通事故になった方でそういうふうになる方も中には頭をぶつけて頭の中から血が出てしまって、脳に損傷が出てとなってしまうという方もいるので、そういう人が社会復帰するとなると、やっぱりその人が関係する生活の中のことを皆さんに知ってもらう必要があると思います。そういう意味で、私たちもやっぱりいろんなところに出ていかなければならないなというのはすごく思っていますし、あとは健康教室みたいなことを今八幡平市のほうで少しずつやっていきますよということは話はちょっと聞いたのですけれども、健康教室みたいなものを開いてもらって家にこもらないで外に出ていっていただく、いろんな人と交流を持ってもらうという機会をつくってもらって、そこで何をしたらいいかというのを私たちが提案する側なので提案できればなというふうなことも思っていますので、そういう場を私たちの施設だけでやろうと一回言ったのですが、参加者がゼロでして、なかなか浸透しづらい。ただ、県とか市でやっていただくと回覧板で回してくれてすごく浸透も速いので、県とか市役所でやるなら行ってみようかなというのはその中にもいらっしゃると思うので、そういう方にそういうふうな形でやっていただけるといいかなと。それに対しての協力は惜しみなく私たちはやりたいと思っていますし、やっぱり家に帰った方であれば、先ほども梶本さんでしたか、その地域、周りに住んでいる方が隣村ですか、そういう感じで協力していただくような社会ができればなというのが一番ですし、一つちょっと違うのは、リハビリというとどうしても体をもんでほしいとか、動かなくなった手足を治してほしいと、一番多いのは歩けるようにしてほしいという希望がすごく多いのですが、やっぱり病気の脳の損傷程度に応じてどうしても車いすで生活しなければいけないという方も中には多くいます。そういう方がどうやって自分の生活にうまく溶け込んでいけるかなというところで、どうしても体をもんでほしいという声ばかりに頭のほうが向いてしまうので、どうやったら楽しんで生活ができるかなというところをいろんな人と協力して実際に旅行を楽しんでいるとか、家でこういうふうには頑張っているけれども、生活しているのだという方の話を聞くとすごくうれしくなるので、そういうふうな方がもっとふえていけるように私たちも工夫したいです。

望月局長
高橋さん、どうぞ。

高橋伸広
今回参加している皆さんのほうで何か声があるのかなとは思ったのですが、一つ長坂さんのIGRに実は私どもの施設から1人ことし就職が決まりまして、春からお世話になるのですけれども、就職という話の中で、やっぱりそういった家族の中で見てこられない部分を私たちの施設で預かって、そして高校を卒業させるまで就職の支援もしなければならない、そういう技術を教えなければならないのですが、例えばそういう就職のためのスキルアップのため、あとは実習とかも組んだりしますけれども、制度的な部分とかお金の部分ではなかなか弊害がありまして、例えば資格を取らなければならない、就職に携わる中で。その中で、例えば自動車免許の取得の話とかを私たちはよくするのですが、そういった補助をできれば出してほしいなというのが一つありました。ほかの県の中ではやっているところもあったりはしますけれども、岩手県の中で考えますとそういった部分がちょっと私どもは必要かなというのはあります。子供たちはこれから未来を背負っていく、養護施設の子供たちも三百何人とはいえ、これから巣立っていくわけですけれども、そういった家族で一緒にできなかった、もちろん家族に帰られるように支援をしていかなければならないのですけれども、そういった社会を知らないまま巣立っていくのは、本当に私どもの責任でもありますので、岩手県の子供たち、日本の子供たちが就職や、そういった社会に巣立っていく準備を私たちが本当にお手伝いしていかなければならないのかなというのはいろんな施設の立場のことを思っております。
梶本さんが言ったように子供たちは農場とかに行けばすごく表情よくなりますので、そういったいやしの場でふだんゲームばかりの子供たちもそういった部分でお世話になったりしますし、私自身はそれこそ沢内出身でしたので、そういった恵まれなかった子供たちを家族のそういった体験をさせるためにということで西和賀町の方々にご協力をいただいて、ホームステイの活動も月1回ずつやらせていただいていましたので、そういったことをいろいろ社会資源を活用してやっていきたいなと思っております。

望月局長
西和賀町のホームステイというのは町のほうの協力をいただいてということですか。

高橋伸広
町というかNPOがありまして、そちらのほうとみどり学園は20年以上沢内とのつき合いがございまして、そういった築き上げた文化を子供たちにも広げて、全国の子供たちにも沢内のよさを知ってもらおうということで、全国の養護施設の子供たちを沢内に招いてホームステイをしたり、川遊びをしたりというようなこともしていました。

望月局長
長坂さん、どうぞ。

長坂真理子
どうしてもIGRという立場から言わなくてはいけないと思うと、何を言ったらいいのだろうと思ったのですけれども、私の個人の話なのですが、今高橋さんがおっしゃっていた子供たちのために自分たちが何かしていかなければいけないという部分で、私はいつも通勤しているときに歩いていて、小学校の子供たちとすれ違うのです。その子たちがすごく道路が狭くて車が走っている中で歩いていて、「ごめんね」と避けながら歩いているときに、ふと私たちがこの子供たちを守っていかなくてはいけないのだなと思ったのですよね、本当にふとした瞬間だったのですけれども。私はまだ社会人になって2年目ですけれども、子供たちをこれから社会に出てくる子供たちを守っていかなくてはいけないという立場になっていて、ただそう思ったときに自分たち、自分を含めて私たちが今何ができるのかなとか、あと今の社会に対してどちらかというと不安のほうがどうしても大きくなってしまうのです。
そういう部分、不安はすごく抽象的なのですけれども、皆さんそういう不安を抱えている部分というのは、私たちもそうですけれども、私たちの先輩たちと一緒にその不安を一つずつ取り除いていって、不安だけではなくみんな将来に向けて目指すものを持って頑張っていける社会なのだよということを子供たちにわかってもらえるような、そういう社会になってほしいです。あと岩手に対しては、例えば岩手出身の方に会って、「岩手が大好きなのだよ」と言ってくれる、そういう地元の方に会うとすごくうれしく思います。一方で「岩手というのは田舎で全然大したことないのだよ」と言われると、そんなことないよと止めたくなるくらいで、岩手の人たちがみんな大きくてもいいし、ちっちゃくてもいいので、岩手に対する誇りを持ってもらえるような、そういう県政というか、社会を作っていって欲しいなと、作っていきたいなということも感じていました。
先ほど10年後を見据えた計画をつくっていくということですが、そのときには私は母親になっているだろうと思います。そのときその自分の子供に対して「岩手はこんなにいいところでこんなふうにみんな頑張っていて、頑張っていけばもっと楽しいものが待っているよ」ということを伝えられるようになっていったらいいなと思っていました。
あとまた別な話で済みませんが、農業のほうで、私はリンゴ農家の方たちにクマの被害について話を聞く中で、ただクマの被害が多いというだけではなくて、地域の中で抱えている問題とか、あと「自分のところでもしクマの被害対策をしてしまったら、ほかのところにクマの被害がいってしまうかもしれない。だから、あえて自分のところでクマにリンゴを食べさせているのだ」という話などを聞いていて、ただの農作物被害だと思う部分でも、実は地域の問題である部分が大きいのです。そういう部分の問題というのは、岩手全体の人全体が知っているかというとそうでもないですし、それでやっぱりどうしても弱い立場の人たちの意見というのは、皆さんはほとんど聞く機会もないですし、わかる機会がないと思います。そのため例えばクマのことで言いますとクマの被害を受けている農家さんたちが、どれだけ大変なのかという数字ではあらわせない心の部分とか、そういうクマの被害があるということと、クマに出くわすかもしれない、怖いというそういう精神的な被害があるということを県民の皆さん全体に知ってもらって、初めてそこで県としてクマの防除策の支援ができると思います。あとは皆さんで、私も今やっているのですけれども、イベントで地元の人たちと一緒にリンゴの摘果したものを拾ってクマがなるべく来ないようにしていこうという手だて(防除等)を一緒にやっていて、そういうものに参加してもらうとか、また、そういうのは各地岩手県の中のいろんな場所で起きていると思うので、そういう部分をうまく連携し合ってやっていければいいなと。弱い立場の人たちを全体で見ないでわかる、さっきも病気のことを知ってもらいたいとか、現状を見てほしいという話がいっぱい出てきたので、そういうものも、行政の立場からでもいいのですけれども、実際そう思って行動している皆さんがいるので、こういう方たちから言葉を発してもらって、県民の皆さんに伝えていくという手法もあってもいいのではないかなというのを感じていました。

望月局長
順番になってきたので、中堤さん、どうぞ。

中堤敏博
私の場合、皆さんと若干、対人というよりは対物ということが多い仕事になってしまうので、話を聞いて何か新鮮な形で聞いていたのですけれども、今のお話を聞いて、どんなことに持っていくか、地域の方々というようなお話もあったので、これから岩手県がよくなっていくために、横のつながりが結構重要なのかなというように感じています。今日のようにそれぞれの産業とか、それぞれの仕事で全くやっていることはばらばらだけれども、どこかしらで協力し合える部分は協力していくと、そういうふうな形をとるのが必要なのかなとちょっと感じてきました。それで、それをどこが仕切ってというか、さあ、やりましょうという話になったときにちょっと県のほうで、ではこういうふうなことをやりたいので、ちょっとまとめてくれませんかというような、そういうふうな形でちょっと横のつながりがこれから重要になっていくのかなと、今の話を聞いていて感じました。

望月局長
佐々木さん、いかがですか。

佐々木絵梨子
私は、実は電子部品をつくっている工場で働いているのですけれども、全く全然関係ないような町民劇場の活動もしています。でもやっぱり携わっているのは違いますけれども、基本的な考え方とかそういうのは同じなのかなと、ものづくりにしても、人づくりにしても、仕事をしていても、町民劇をやっていて通ずるものもあるし、仕事をしていても通ずるものがあるなと、最近でもないですけれども、ここ数年感じてきているのですけれども、障害を持っている子供も過去にも参加したことがあったのですが、私たちはだれでも参加できる、どういう障害があるからだめだとか、社会に対応できないから参加できないとかではなく、とにかく参加したいという気持ちがあればとにかくどんどん参加してくださいという感じでずっとやってきているのですけれども、そういう子供たちが最近、何でもなくて普通のというとちょっと語弊ありますけれども、最初に来たときには下向いてずっと目線合わせてくれない、あいさつしてもあいさつしてくれないような子供たちが最後のほうになると「こんばんは」とか、「ご苦労さま」と言うと、「こんばんは」とちょっとちっちゃい声で言うようになってくると、本当にこっちもうれしくなってきますし、その子がまた次にやりたいと言ってくれたりすると、本当にやっていてよかったなと。地域ではもう60過ぎて、もうせりふなんか覚えられないし、70に近いからもう「おら、もうわかんね」とかという方々もいるのですけれども、「頭の脳みそば使って何ぼなんだから」と言ってやって、最初はそれでも覚えられないですよね、何回も同じことを言っても次のときに忘れているということもあるのです。でも、そういうのが当たり前だと思っているので、我々も、私も10年、20年、30年たっているうちに体力もついていかないし、記憶もちょっと覚えられなくなってきて、それは当たり前のことなので、そういうことをちゃんと認めて、その人に合ったやり方をみんなで探して、みんなで助け合って、それでようやく本当に一つになって一つのものを皆さんで、自分たちの思いを皆さんに伝える。そうすると、やっぱり演技がどうこうとか、舞台がどうこう、うまくやったとか、そういうのではなくて、プロではないけれども、プロ以上のことがそういうところで見せられるのではないかと、それが一つの大きな力となって身につけているつもりですけれども、お客様はどう感じていらっしゃるか、アンケートをちらっと見た限りでは、おおむね好評だったので、よかったなとは思うのですけれども、やっぱり県の内外、例えば参加される方でも転勤で東京から来ましたとか、あと九州のほうからとか、それで岩手県に就職、転勤でその3年間なりで、きっかけがあって呼んで、ちょっと参加してという人たちというのは、やっぱり外から岩手県を見てくれているので、そうすると私なんかもずっと矢巾で生まれ育ってきたので、やっぱり視野が狭いのです。そうすると、何でこんなに岩手県はいいものがたくさんあるし、いいことたくさんしているのに、何でそれを外に発信していかないのだと、その発信していく手段というのが下手なのです。そこをうまくやればもっともっと岩手県というのはよくなっていくのにどうしてなのだ、どうしてなのだと私に言われてもわからないのです。そうですよね、そうなんだと、食べ物もおいしい、空気もおいしい、人柄もこんなにいいのに本当にもったいないよねと言って、その人たちがまた自分の地元に戻ったときに岩手県はすばらしいところなのだよと、例えば岩手県のものがイベントで行きましたといったときも、その人たちもたくさん宣伝して、たくさん来てくれるように「来るんだってね」とメール来たりすると、ああ、そうなんだ、うれしいなと。私たちはちょっとしか岩手県にいないけれども、本当に岩手県にいたことを誇りに思って、自分たちが発信していきますよというようなことを連絡くれたりしてくれると本当にうれしいなと思うし、では発信していくために自分たちができることというのを考えるきっかけをつくってくれたかなと思いますし、たくさん岩手いろんな昔話ですけれども、昔話という決まりがないので、例えば農業の問題だとか、いろいろリハビリとか、外に行けないとかという、たくさんのいろんな企業とか、いろんな問題点をまとめて、一つの劇にする、物語にして、それを発信していくというのも本当に一つのうちらの役割かなとは思っています。

望月局長
ありがとうございました。大分時間も迫ってまいりましたけれども、今の話聞いていて、特に外部から見た皆さんの目、何でこんなにいいものいっぱいあるのに、謙遜しているのではなく、自分たちがいいものだというふうに認識していない面があるのかなというのを私なんかも実は感じるのです。もうちょっとこんなふうに積極的にやっていったらいいのにと思う機会が随分多いのです。そのあたりは実際に梶本さん、農業をやっていて、自分のもの、つくっているものに関しての自信なんかもあるわけだから、そういうものというのは随分あるのではないですか。

梶本希
そうですね、やっぱり誇りを持ってつくっているし、岩手県は特に地産地消をすごく応援してくれているから、野菜つくって、米つくってもつくりがいあって、ただ酪農でいえば牛乳は合乳して全国に出すので、なかなか自分では出しづらいのですけれども、そのときに岩泉などにもある放牧酪農の牛乳があったり、ああいうふうなアウトサイドをやるときに応援していただければなとは思います。

望月局長
長坂さん、愛知県と比べるのもおかしいけれども、まだまだもっとという思いがあるでしょう、もっと出したらいいのにとか。

長坂真理子
やっぱり岩手っぽく出さないといけないのではないかと思って。ほかのところと同じように、では広告でポスターいっぱい出していこうみたいな、おしゃれなポスターつくって出していこうとか、そういうのはちょっと違うような気がして。結局どこの町とも同じように出していったら、岩手ではないと思うのですよ。だから、その出し方、出ていくツールは限られているとは思うのですけれども、その出し方が多分ポスターをきれいにつくるとか、そういうものではないのではないかなと。私は岩手に来て、人の部分をすごく感じたので、ちょっと引っ込み思案だけれども、だんだん仲よくなっていくと、私が電話をしないから風邪を引いたのではないかと電話かけてきてくれるぐらいのそういう人柄のよさがある方たちなので、そういう人の部分が前面に出ていくような形で、じわじわじわと岩手のよさが全国に発信されていくような形だと私はいいなと思います。

望月局長
おっしゃることはよくわかりますよ。
高橋さん、さっき西和賀といろいろ交流あるような話がありましたけれども、そういったものをもっと広めていくということはどうなのですか、どんなお手伝いが。

高橋伸広
施設養護という専門的な部分ですけれども、1つは里親さんを含んだ、里親の養護的な部分もあるのですけれども、そういった子供たちを家族的な形で見てもらいたいというようなことで、例えば里親でのファミリーホームが今度うちのほうで進めていきましょうということも決まってまいりました。ただ、それがなかなか進まないというか、できてこないということが一つの現状ではありますので、いずれできたばかりの制度でありますけれども、それがそういうふうに生まれていく。やっぱり何よりも生身の人間、子供たちですので、そういった親から虐待を受けたという傷をどんどん職員や里親さん受けてくるので、そういったところを受けとめながら専門的な職種ではありますけれども、そういった部分をもっと、例えば専門機関、児童相談所でもそうですし、そういう子供や家族を支援するような専門機関がもっと充実できたらいいのかなとは思います、コーディネートをするというようなことの関係ですね。

望月局長
あとお二人ぐらい、何か言い残したこととか、これはこの際言っておきたいとか、何か思いついたことでも結構ですから、おっしゃっていただければと思うのですが。
林さん、全部言いましたか。さっき連携の話をされていましたよね、要望とか、そういったことで何か。

林桂子
そうですね。連携に関しては、私たちの病院は西根、松尾の方が多いのですけれども、一戸、二戸、浄法寺、花巻、東和、北上、要は県立花巻厚生病院にもお世話になっていますし、二戸病院のほうにもお世話になっていますし、そういうところから来る方も多いですね。そういうところから来る方というのは、やっぱり病院から遠方のおうちに通う、あるいは遠方の施設に入所されるという方が結構多いので、松尾、西根の方よりもむしろ二戸とか花巻の方のほうが多いぐらいなのですが、やはりそういうところにも連携ということで、一戸のケアマネジャーであるとか、地域福祉課の方とかと連携をとって、今は訪問リハビリで1名のスタッフが週に1回出ていますけれども、週に1回で足りないという声もいっぱい出ていますし、安代のほうも役場のほうから委託を受けまして、月に1回巡回指導に入っていますが、月に1回なのですが、地域によっては2カ月に1回になってしまうので、そういうところも少しふやしていけるように、そういうところで支援いただけたらいいかなというところは、スタッフが行くのも大変な面もありますし、花巻に関してはほとんど退院したら、「じゃ、元気でね」という感じで終わってしまっているのです。ほかのケアマネジャーさんのほうにはこういう方ですと、こういうところを注意すればいいと思いますと言っても、その後のことというのは全然わからないので、そういう意味で、私たちは殻にこもっているなというイメージがすごくあるので、そういうところで少し連携できたらと、やっぱり出ていきたいですね。私があちこちに出ていきたいタイプなので。

望月局長
あとお一方、何か言い残したこととか、この際言っておきたいことは。

長坂真理子
10年の計画を作るというお話ですが、10年後というのは分からないとおっしゃっていて、そのような中で計画を作るのですが、計画を実行していく中で、社会情勢というのは急に変わることもあると思います。そのような中で、私達県民から声を聞き、それを集約した計画にしたとしても、それが10年後にその通りになっているとは限らないと思います。
そのため、県民の意見集約とともに、長期的な計画には社会情勢の変化への柔軟な対応も必要だと思います。将来をきちんと見据えた計画を策定することがなにより大切ですが、一度あるものを作ると決めたから、10年後には必ず完成させますというのではなく、それが県民にとって全く不要なものになれば、「このような理由で作る必要が無くなったから、皆さん理解してください。私たちは計画を変更します。」という勇気も時には必要ではないかと思います。私も仕事の中で計画策定に関わっているため、そのように思いました。

望月局長
ありがとうございました。

知事所感

達増知事
いろんな意見をどうもありがとうございました。本当にそれぞれの現場、地域や分野で頑張っているなという思いがしましたので、本当にその調子で頑張っていただきたいと思います。
横のつながりが大事という話がいろんな形で出たと思いますけれども、この「岩手フロンティア・フレッシュトーク」というのも岩手を4つに分けた広域圏ごとにやっていまして、県北、ここが県央、県南、沿岸と、そういうエリアでやっていまして、県の行政、県だけではなく、行政というのはともすれば縦割りになって、農業は農業、商工業は商工業、文化は文化、福祉は保健福祉とか、交通は交通とか、縦割りでそれぞれ事業を計画して予算を執行すれば、それでよいというような感じで回っていく嫌いがあるので、それをカバーするには行政の側をエリアで見ていく視点がすごく大事だと思っていまして、そういう県央、盛岡広域とか、さらには岩手全体というエリアで県民がちゃんと暮らしていけて、仕事はどうか、医療、保健とか、いろんな分野それぞれエリアで見て、さっき言ったようにクマ対策の話が地域での生活のあり方とかにつながっているわけで、そういう縦割りを超えたいろんな横のつながりをちゃんと県行政としても確かめながらやっていかなければならないと思っています。そういう意味で、きょうはますますそういうふうにしていかなければなということを思いました。
それから、私が将来の岩手のあり方で、まだ個人的なアイデアの段階にとどまっているのですけれども、答えが見つかる岩手というのを目標にするといいのではないかなと思っていて、県として何か一定の所得を保証するとか、一定の何かを保証するとかというのではなくて、県民一人一人がこれからどういう商売がうまくいくだろうかとか、あるいは自分は商売に向いてないけれども、こういうのが得意なのだが、どういう仕事が向いているだろうかとか、そういう一人一人がきちんと答えを見つけることができて、個人の自由意思でそれを選びとって、そして自己実現をちゃんとやるというような、そういう答えを見つけられるということを保証するのがこれからの行政の仕事かなということを考えておりますが、きょう皆さんの話を聞いていて、やはりそういうところが大事なことかなと。
だから、10年後の岩手というのもそういうふうに何か形式的にこうなっていなければだめというのを決めておくのではなくて、ダイナミックにみんなが自由にちゃんと10年後をうまくつくれるようにと。自分で答えを出すためには、情報がないとできないわけですよね。そういう情報の提供や共有というのが県としてますます大事になってくるのだなと思っています。子供を守らなければとか、将来の世代のためにとかという話が若手の皆さんから出るのはすごい頼もしい話なのですけれども、不安のない未来を実現するには、やはり今岩手がどうなっているのか、どういう人たちがいる、何をしようとしているのかというのがお互いわかっていると大分解消されていくと思うのです。あたったときにもこういうケアがあるとか、またそのときも絶対もとどおりになるわけではないとかも含めて、そういうことがあらかじめわかっていればその分不安もなくなるし、就職のところのいろんなことがわかっていれば子供たちの不安はなくなっていくと思うので。
それで、私が県職員に対して日ごろから言っていることは、知事の仕事というのは知る事に尽きるのだよということを言っていて、今岩手がどうなっているのか知る、どこでどういう人たちが困っているかを知る、どうすればそれを解決できるかを知れば、あとはそれをやるだけなので、そうやって問題を解決していくのが知事の仕事であると同時に、県職員一人一人が自分が知事であるつもりで、そうやって岩手がどうなっているのかをちゃんと知ることをそれぞれの担当のところでやっていけば岩手はどんどんよくなるはずだということを言っているのですが、知る事に尽きるというのは、実は県民一人一人もそうでありまして、「アニキーッ!」という、おととしの年末のテレビ番組では、県民一人一人が知事になったつもりで、そうやって岩手がどうなっているのかということをちゃんと知る事がみんなできれば岩手はどんどんよくなるという話をして、出演者に感動されたのですけれども、そういうことができる岩手をつくっていきたいですよね。
やっぱり知る事というのは、すごい大事で、今県立病院の診療所無床化問題だとか議論になっているのですけれども、あれもやっぱり今の地域医療の現状がどうなっているのか、県立病院のお医者さんたちがいかに悪戦苦闘して課題がある中で頑張っているかとか、実態がわかれば、ではどうすればいいかというのはおのずと結論が出てくると思うのです。そういう情報の共有、特に医療の分野では県民はもっともっと医療について知らなければだめだと思いますよ。今のままでは他者に依存しなければならないような感じで、もっとも自分が医療の主人公に県民一人一人がなっていくようにしていかなければだめだと思うし、そういう医療もそうなのですけれども、すべての分野に答えが見つかる岩手というのをつくっていきたいなということを思いました。
ですから、皆さんにもそれぞれ答えを見つけてほしいですし、ただ考えるというのは自分一人の頭の中だけで考えていてはだめというところもあり、最終的な判断とか、あとは感性で感じるというのは自分でしかやれないのですけれども、その途中のいろんな情報を集めたりとか、こういう考え方もあるのだなといういろんな考え方というのは、自分以外のところから持ってくるというか、自分以外のところにいろいろ考えさせなければだめだと思います。
私も県の仕事をしているときに決して達増拓也という一個人の考えだけですべて決めているわけではなくて、あたかも頭脳が5,000倍になったような、5,000人の県職員、広く見ると2万5,000人くらい県職員がいるのですけれども、その脳全部で考えてものを決めるというようにすれば変な結論を出さなくて済むだろうと思ってやっているのですけれども、そうやって外部のほかの人の脳を、頭を使わせて自分なりの結論を出していくようにしていくといいと思います。その外部の脳の中には、ぜひ県組織というのを入れていただいて、何かわからないことがあったら、この盛岡地方振興局でもいいですし、私に直接でもいいですし、聞いてくれてもいいし、相談してくれてもいいと思います。
今日はどうもありがとうございました。

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