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岩手フロンティア・フレッシュトーク(平成21年11月24日)懇談記録

ID番号 N5362 更新日 平成26年1月17日

懇談会の様子1

  • 対象地域:県北広域振興圏
  • 日時:平成21年11月24日(火曜日)
  • 場所:久慈地区合同庁舎
  • 出席者
    参集者 内野沢 正勝(JF岩手漁青連九戸支部 前支部長)
    上野 剛司(雑穀生産者)
    上神田 敬二(上神田精肉店、普代村商工会青年部)
    久保田 史(株式会社夢実耕望 取締役工場長)
    坂上 江里子(久慈琥珀株式会社 ウェディングプランナー)
    中村 由美子(岩手県農村青年クラブ連絡協議会 副会長)
    県側
    東大野久慈地方振興局長
    佐々木二戸地方振興局長

「私達が想い描く地域の未来」をテーマに、県北地域で農業、漁業、商業や食品開発、ウェディングプランナーなど様々な分野で活躍されている青年層の方々と懇談しました。

開会

東大野久慈地方振興局長
ただいまから県政懇談会「岩手フロンティア・フレッシュトーク」を開催いたします。
本日ご出席お願いしているのは、県北広域圏管内ということで二戸と久慈の振興局管内の若い方々でありまして、ご多忙中のところ時間割いていただきまして、大変ありがとうございます。心から御礼申し上げます。
私は今日の司会進行を務めさせていただきます、久慈振興局の東大野と申します。どうぞよろしくお願いします。あと、二戸の振興局の佐々木局長にも出席してもらっています。

佐々木二戸地方振興局長
佐々木です。よろしくお願いします。

東大野久慈地方振興局長
最初に、皆さんにおわび申し上げなければならないのですけれども、知事が来て直接お話ししていただくという企画でございましたけれども、今朝急に本庁から連絡がありまして、急遽知事の都合が悪くなってこちらに来かねるということでございました。大変申しわけございません。それで、もう皆さんにご連絡差し上げて集まっていただく段取りをしておりましたので、そのまま今日ご意見をいろいろお伺いし、知事には私どものほうからきっちりお伝えしますので、ぜひこれからの県がこうあってほしいといったようなお話をしていただき、これから地域を担っていただくのは若い方々ですので、その方々が活動しやすい、そういったことにも努力していきたいと思いますので、どうぞひとつよろしくお願いいたします。

懇談

東大野久慈局長
面識がなかった方々もいらっしゃると思うので、最初に自己紹介を兼ねて、どんな活動をしているかとか、そういったことも含めて順番でお話ししていただきたいと思います。
最初に、上野さんから右回りでいきますか。

上野剛司
二戸市の足沢というところから来ました上野と申します。よろしくお願いします。私は、家で主に雑穀を栽培していまして、今はアワ、イナキビ、黒米、あと白い米もやっています。今までは生産して農協出荷だけという形だったのですけれども、ちょっと収入アップというのを見込んで今販売のほうも始めました。名前は、二戸高原農場というふうに名前をつけて販売していく予定です。ちょっと売り先のほうはこれからいろいろ拡大していきたいなとは思っているのですが、そういった感じです。よろしくお願いします。

東大野久慈局長
では、次に内野沢さん、お願いいたします。

内野沢正勝
野田村の内野沢正勝です。よろしくお願いします。私は、20のときから家に戻ってきて家の後継ぎ、漁師をやっていますが、家ではワカメ、昆布、そしてホタテを生産しています。今時期はサケの定置網にも入っていますので、毎朝3時ぐらいに起きてクラゲと闘いながらサケをとっています。今朝はアワビとりがありましたので、それにも行ってきて、自分なりにはよかったと思います。簡単ですが。

東大野久慈局長
ありがとうございます。次に、上神田さん、お願いします。

上神田敬二
普代村から来ました上神田敬二といいます。今は実家の精肉店を普代村で後継者として、おふくろと1人の従業員と一緒にやっております。平成3年に高校を卒業してから日本料理の修業の道に入りまして、平成11年普代村に帰ってきて、その経験を生かして店では精肉のほかに惣菜とかもあるので、そのようなのに活かせたらなと思って帰ってきましたが、次の年の平成12年からはひょんなことから義理の兄の料理店を任されることになってしまいまして、平成12年から去年20年まで、去年の春までオーナーシェフをしておりました。和食の店でした。去年春から晴れて肉屋に戻って、地元の後輩、調理師が店を賃貸で貸して経営させてほしいという話があったので、ちょうどいいと思って去年から肉屋に戻って頑張っておるところです。自家製のたれなどをつくって村外からも、県外からもお客さんが呼べるようなものができたら素敵だなと思って頑張っております。今日はひとつよろしくお願いします。

東大野久慈局長
次に、久保田さん、お願いします。

久保田史
私は、二戸市の旧浄法寺町ですね、そこにあります株式会社夢実耕望というところを代表して本日は来ました。私どもの夢実耕望という会社は、健康食品、サプリメントと呼ばれる部品の受託製造をやっております。こちらは平成13年からやっておりました。今年で9年目になるのですけれども、こちらは前の浄法寺町で貸し工場制度というものを利用しまして、浄法寺とあとは誘致ということで、私どもの会社でも協力できればということで立ち上がって今までやってきました。今現在従業員数は全部で80名おります。すべて二戸管内といいますか、八幡平市から遠くは九戸までの従業員が働いて今はやっています。先ほど話ありました普代村の昆布ですとか、そういうふうな部分も利用して健康食品等をつくったときもありますので、今日はいろいろとお話しできればと思います。よろしくお願いします。

東大野久慈局長
次に、坂上さん、お願いします。

坂上江里子
久慈琥珀のレストラングループに所属しています坂上と申します。今年度から新事業でアンバーウェディングという形でスタートするに当たり、私は高校を卒業してから接客業ですとかホテル関係の仕事をずっとしていまして、ブライダルのほうでもサービスとして当たることはあったのですけれども、営業、運営という形では全くの初心者という形なのですけれども、今ウェディングのマナーといいますか、そちらのほうから勉強という形になっているのですけれども、もともと琥珀とウェディングという関わりが、もともとリトアニアのほうの言い伝えでありまして、琥珀を贈られた新婦はとても幸せになるという言い伝えがありまして、そちらのほうを琥珀の魅力を結婚する方たちに伝えていけたらいいなというのと、琥珀は世界に同じものが一つとしてないので自分だけの琥珀、自分だけのウェディングという形で、ご結婚される方たちにいろいろと提案していけたらいいなと思って今頑張っている最中でございます。以上です。よろしくお願いします。

東大野久慈局長
次に、中村さん、お願いします。

中村由美子
私は二戸の舌崎というところでリンゴを栽培しています。一度高校を卒業して県外に全く農業とは関係のない仕事についたのですが、3年前に帰ってきて実家の仕事を手伝うようになりました。それと同時に、地元の4Hクラブ、農村青年クラブというのに所属しまして、今は岩手県の県連の副会長もさせていただいています。主な活動は、県内のさまざまな、畜産とかいろんな生産物の業種の違う人たちとの交流と、あとはネットワークとか仲間づくりということで、年2回大きな行事をすることが目的というか、仲間づくりが目的でやっているのですけれども、それの運営に今年から携わっています。よろしくお願いします。

東大野久慈局長
ありがとうございました。そういった方々でこれから意見交換ということなのですけれども、ちょっと目の前にお菓子が出してあるのを紹介しないと事務局から怒られるので紹介しますけれども、久慈の和菓子屋さんがありまして、そこでここの地域特産ヤマブドウを使っていろいろお菓子つくっているのですけれども、これがヤマブドウを使ったおまんじゅうです。ヤマブドウって何か熱を加えると茶色になってしまうのだそうです。だけど茶色ではヤマブドウではなくなってしまうので、この紫色を出すのに非常に苦労をされてつくっているそうですけれども、まだ試作段階、工夫を重ねている段階だそうです。
それから、このサブレなのですけれども、これ中にヤマブドウを使ったバタークリームと、それから中のほうにヤマブドウジャムが入っていて、サブレ自体には地元の米粉を50%使っているのだそうです。これもまだ試作段階で、まだ市場にも出ていない。これはこの前、久慈の産業まつりのときにその場で蒸かして提供したやつですけれども、あとこれもまだ工夫段階ですけれども、バウムクーヘン、中にブドウを使ったジャムを使ってつくっているやつです。これは最後の最後に感想なりなんなりをお聞かせいただいて、そうすると店主の方がまた工夫をなさっていくと思いますので、どうぞ試食しながら懇談していきたいと思います。よろしくお願いします。
上野さん、Uターンなさったって、最初からUターンするつもりで地元を離れられたのですか。

上野剛司
いや、Uターンするつもりで地元は離れていないですけれども、うちは兄弟3人で兄貴とお姉ちゃんがいるのですけれども、薄々将来的には自分がやるのかなというのは何となくは思っていました。ただ、こんなに早く帰ってくるとは思わなかったです。

東大野久慈局長
何となくは、戻らなければなくなるという。

上野剛司
ええ、何となく自分の運命というか、そういうのがあるのかなと思っていました。

東大野久慈局長
内野沢さんは、地元を離れたことはありますか。

内野沢正勝
そうですね、あります。学校終わって2年半タンカーに乗って、本当は5年ぐらいは来たくなかったのですけれども、休暇で来たときちょうど家がワカメの種まきの時期でして、それに2週間手伝ったら、いや、いれば楽だなと言われて、いや、何だか行きづらくなってきたなと思って休暇をまた2週間延ばしたのです。では、終わるまでいるからというので、そうしたらまた、いや、2人なら楽だな、2人なら楽だなとおやじに言われて、そのうちに、そんならやめるかなって思って、本当は行きたいけれどもなと思いながら、それでもうやめまして、それからもうずっと家の仕事をやっていますね。

東大野久慈局長
上神田さんは、料理の……

上神田敬二
東京だったので。

東大野久慈局長
修業で行ったのですか、それともそのままのつもりで。

上神田敬二
修業というか、おじが料理人のおじがいまして、そのときからおれ自身は東京にやっぱり一回は行ってみたいという気持ちがあって、自分試しと言えば大げさかもしれないですけれども、高校も不真面目だったし、でも何か自分には持っているような気がしていたので、東京に行ったら何か見つかるかもしれないと思ったようなことで行ってみたいとは思っていたので、でも肉屋を継がないと、おれも姉と兄がいるのですけれども、どっちも継がないということを聞いて、誰も継がなければやめる。そうすれば普代村に、おれが生まれたあたりからやってきた肉屋がと思う気持ちから継ぐことは継ぐけれども、何か東京で修業して何かを得て、帰ってきて生かすというようなことを最初からもう目的で修業していましたね。だから、料理修業をしながらも仲間とは違う目線というか、そのようなことで取り組んできたような気がしますけれども。

東大野久慈局長
久保田さんは、ご出身は。

久保田史
私もともとは浄法寺町ですので。

東大野久慈局長
そうすると、一回やっぱり出て、また戻ってきたというふうな感じですか。

久保田史
いや、出たといっても、岩手県からは出ていないです。盛岡とか。

東大野久慈局長
でも、地元一回離れられて。

久保田史
離れて、そうですね。同じく実家がありまして、両親は公務員なのでそれを継ぐとか何かはなかったのですけれども、やっぱりどんどん高齢化してきて面倒見なければならないというときに、ちょうど会社ができたということで、であればちょっと地元で頑張ってみようかなということで帰ってきました。

東大野久慈局長
坂上さんは、ずっとこちらで。

坂上江里子
そうですね。途中八戸にも行ったりしたのですけれども、とりあえず高校を卒業してからもずっと管内就職が希望だったので、もうひたすら久慈から離れたいというのはなかったですね。

東大野久慈局長
中村さんは、一たん離れられたのですね。

中村由美子
はい、そうなのです。

東大野久慈局長
そのときには、今のお仕事につくつもりはありつつ離れたのですか。

中村由美子
私長女で妹がいるのですけれども、小さいときから周りから、あんたが継ぐのだからねとか、やらなければいけないのだからねと言われて、それが嫌で出たのです。だけど、やっぱり母が体調を壊したから帰ってこい。そうなったら、では妹もやりたくないと言うし、しようがなく帰ろうかなという感じでしたね。

東大野久慈局長
帰ってきたら県内の代表者になるみたいな活動に入られたのですか。

中村由美子
何か軽い気持ちで入った。

東大野久慈局長
矢継ぎ早で申しわけないのですけれども、一たん地元離れられた後で戻ってきて、何か目線とかなんとか、行ったことで何か感覚が違ったとかってありますか。上野さん、どうですか。離れたことによって気がついたとか。

上野剛司
離れて気づいたことですか。いろいろありますけれども、ちょっと次の方にいってもらっていいですか、その間に整理します。いろいろあることはあるのです。

上神田敬二
たまにはこっちから。

東大野久慈局長
逆回りがいいですか、では中村さんから。

上神田敬二
プレッシャーがかかってしまう。

中村由美子
やっぱり若い人がいないなというか、うちの周りもそうですけれども、まちに買い物に行っても同じ年ぐらいの人にめったに会わなかったり、あとは、昔は家の前というか近くにバスが通っていたのですけれども、それもなくなっていたりとか、交通の便が悪くなっているなというのはすごく感じましたね。道路とかは増えていてよくなってはいるのだろうけれども、新幹線が通ったりとか、そうだろうけれども、高齢者の多いまちなのにそれはどうなのかなというのはちょっと思いました。

東大野久慈局長
何かもともと地元を離れられた方が多いと思うのですけれども、どっちがどっちと言いにくいかもしれませんけれども、いたくても離れざるを得なかった人が多いのだろうか、それとももともとここではないところに行きたいということで離れた方が多いのだろうか、どうなのでしょう。

中村由美子
離れたいと思う人もいるかもしれないですけれども、高校出て地元に就職したいと思っても働くところがないのだったら、では、しようがないから出るしかないかなという人もいると思いますけれども。

東大野久慈局長
ある程度職場があれば、残る人もそこそこいそうだなというふうに思いますか。

中村由美子
いると私は思います。

東大野久慈局長
坂上さんは、こちらでもう、地元で就職できた部類で。

坂上江里子
そうですね。運がよかったのか、どうなのですかね。でも、私の周りはほとんど県外、関東のほうに行く方が多かったので、逆にお盆とかお正月に帰ってきたときに、やっぱりみんな地元がいいねという言葉を聞くと、自分もちょっと一度どこか見てみたいなという気はあるのですけれども、自分の中で何をやりたいか、何をしたいか見つけられないとどこに行っても同じかなというのもありまして、やっぱり帰ってきた友達に、久慈こうなったよ、ここが変わったよとか、今こんなのやっているよだとかというのを教えてあげたりするのが、何かこう、楽しいではないですけれども、いろいろ交換ができて、私は久慈に居続けたいなとは思っていますけれども。

東大野久慈局長
久保田さんは、地元を離れて盛岡に行かれたのですか、地元を離れたときは。

久保田史
地元を離れたって、地元といっても車で1時間ぐらいで離れたことに入らないですけれども、思ったのは、高校までは本当に都会に行きたくてしようがなかったのですが、盛岡もそんなに都会ではないですけれども、いざ行ってみますと余りその生活に変化はないなというのを気づいて、そのときも出張で海外とか東京とかいろいろ行っていたので、暮らしのほうはいろいろ体験させてもらったのですけれども、どこへ行ってもやっぱり、東京だから何か劇的に変わった生活とかそういうふうなものはなくてやっぱり淡々とした生活なので、家族と一緒に暮らしているのが一番落ちつくのかなというのを勉強して帰ってきました。なので、私の知り合い等でもやっぱり帰ってきたいという人は結構います。ただ、今の仕事を捨てるというか、あとこちらに余り就職先、やりたい仕事等がないという部分もあって戻ってこれないという人は結構います。私は運よくその点では戻ってこれたのかなというふうには思っています。

東大野久慈局長
上神田さんの場合どうでしょう、東京から見た普代。

上神田敬二
普代、すごく考えたりしていましたけれども、やっぱりいるときよりもたまらなく愛情はわきましたね、なぜか。ふるさとを思うというのは、親を思うようなのと同じようなことではないですか。親は、中学、高校と悪かったせいもあって余り好きにはなれないような存在でしたけれども、たまらなくありがたかったなとか、絶対よくなってというか、役に立つようになって帰ろうとかというのは強くなって、よく泣いたりしていましたけれどもね。でも、東京で素晴らしい世界というか、例えば田舎ではあまり出会えないような日本料理の第一線の人たちが、いい大人といいますか、もう50、60の方たちが本気になって取り組んでいて、そして賄いでやっていたので、おいしかったという言葉で報われるような、言えばいきなようなというか、すごく苦労してやっているのだけれども、そこで報われたことに、そんな江戸っ子のおやじさんだったということもあって、すごく惹かれてその世界に、ああ、よかったなと思いながら、無駄にしないぞと思って修業していましたけれどもね。

東大野久慈局長
内野沢さんは、なぜタンカーにお乗りになったのですか。

内野沢正勝
高校が水産高校だったので、本当は漁船に乗りたかったのですけれども、眼鏡をかけているとちょっと不便だと言われたので、それでタンカーに乗ったのですが、自分的にはタンカーという仕事は、メーンの港は和歌山県でしたが、北海道の苫小牧とかにも行くし、静岡にも行くし、大分にも行くし、いろんなところに油を、油というかガソリンとか軽油なのですけれども、積んでいって、そして休憩時間が1時間かそこらに自転車でちょっと行ってきてもいいぞとかと言われて、それらは本当の少しなのですけれども、少しほかの人よりも旅行ではないけれども、見て回るにいいのかなとも思ったり、そういうのはかなり楽しくて、乗っている人、船長も、先輩の人とかも面倒見がいい人ばっかりだったから本当はもっと乗りたかったなと思っていたのですけれども、でも何ぼ面白いといっても、なかなか休みがあっても船の中で休むという感じで、おかには本当の休みのときは上がるチャンスが少なくて、だから眼鏡でよくおかのほうを見ていて、土曜日の夜なんかうんと明るくなっているのを見れば、ああ、行きたいなとかって、お金は貯まったったけれども、もやもやもたまって、最初のうちはそういう感じでした。帰って来たときは、でもやっぱり家も楽だなと思って、船でも御飯とかはつくってもらうのですけれども、家でもやっぱりつくってもらったり、タンカーに乗ったときは入ったばっかりだったから、便所掃除とか風呂掃除をやっていたったし、そういうのはなくて本当楽だなと思ったったのですけれども、やっぱり働いてお金もらうというのは大変だなと思ったときもあったし、家の仕事も来たばかりのときは慣れなくて大変だったのですが、タンカーというのは力仕事がないのです。仕事といってもバルブをつないで油を流してやるだけだから力は要らない、ただ家に来たら肉体労働の連発で本当に最初のころは体がもつんだろうかと思って、今になったらもうよっぽど機械化が進んで楽になりましたけれども、でも今はやりがいがある仕事だなと思って頑張っていました。

東大野久慈局長
今あれですか、いろいろ言ってみれば魚種を育てているのですけれども、その差配みたいなのはもう自分で考えているのですか。

内野沢正勝
今ほとんど自分がやっています。おやじも沖には行きますけれども、ほとんど軽い仕事のときは自分だけ行って、おやじはおかにいるような感じで、でも相談はします。このほうがいいべかとか、こうやったほうがいいべかとか、前のときはどうやったったべとかってね、晩酌とかは結構するほうなので、それでコミュニケーションというか、今はとっています。学校のときは全然話もあまりしなかったから、その分今しゃべっているかなと思って。

東大野久慈局長
上野さん、気づいたところ。

上野剛司
みんなの話ししていろいろしゃべることを考えていたのですけれども、まず東京に僕は大体4年ちょっといて、あと大学が前橋だったのでそこに4年いたのですけれども、そうやって岩手を離れてみて思ったったのが、もう異常なくらいその郷土愛というの僕は強いのです。すごくびっくりすると思うのですけれども、二戸と書いたオリジナルTシャツをローマ字でつくって、そういうオリジナルTシャツをつくって着ているくらい、クラブとかそういうところに遊びに行くときもそれを着るくらい好きだったのですね。別にそんなに二戸には住んでいなかったのですけれども、何かやっぱり一回離れると、皆さんも言っていましたけれども、すごく何か無性に好きになるというか、実際帰ってきてみて、すごく皆さんは友達がっていう話ししたけれども、考えれば僕の周りは意外と中学校の同級生が残っているのです。みんな農業ではないのですけれども、残っているのですごく今も楽しいですね、二戸は。

東大野久慈局長
こういう大学に進まれて、就職して東京。

上野剛司
そうですね。比較的好奇心が強いほうというか、あったので、まずいろいろやりたいなと思うことがあって、それを思い切りやっていました。

東大野久慈局長
手を伸べて食べてください。だれかが手をつけないと食べにくい。あまり苦しないで、何か気がついたことがあったら程度の話なので。
 

佐々木二戸局長
食べてみて、どこがいいか悪いかを欠点を出してもらう。

東大野久慈局長
結構何か言っても、それは無理だと言われることがあるのです。
 

佐々木二戸局長
酸味はあるね、少し酸味あるね。

東大野久慈局長
このあんにも酸味があって、私このあんこの中にヤマブドウの皮入れればいいではないかと言ったら、そんなのやってはおかしいとか言われましたけれども。
今実際にこの地域に住んで仕事をして、そしてもっと、こうあったほうが動きやすいなとか、地域の雰囲気でも何でもいいのですけれども、変えたほうがいいなとか、そう思っているところってありませんか。

坂上江里子
でも、結構イメージ的には久慈市っていろんな集まりがあったりだとか、いろんなイベントがあったりだとか、結構何か地域の人たち元気だなというイメージがすごくあって、産直でも60代、70代の方たちがつくったのがたくさん、新鮮な野菜があったりだとか、私はイメージ的にはすごい何か活気があるではないですけれども、若い人たちのほうが逆にちょっと元気なくて、上の人たちに引っ張っていってもらっているような感じ、イメージがありますね。

東大野久慈局長
久慈の秋祭のときに気になったのが、女の子たちは元気なのだけれども、男の人たち、姿が見えない、あれはどうしてなのですかね。

坂上江里子
どうなのですかね、確かに私の周りでも、女性は結構何か集まりだとか、集まってもすぐ盛り上がったりだとかするのですけれども、なかなか男性、どうなのですかね。
 

佐々木二戸局長
暗くなったら出てくるのではないですか。

坂上江里子
どうなのですかね。
 

佐々木二戸局長
どこもそうだよね。PTAなんかに行くとよくわかるのですけれども、女の人たちというのはすぐ仲よくなるのですね。それから、小児科に行くとすぐお友達になりますね。いわゆる子供を通してすぐ友達になったり、男はどっちかというコミュニケーション下手なのではないですかね。どっちかというとそうだと思いますね。

東大野久慈局長
二戸はどうですか。

中村由美子
二戸、お祭りとか……

東大野久慈局長
お祭りではなくても、例えば若い人同士が集まってがやがやする機会が結構あるとか、あまりないとか。

中村由美子
あるところではあると思いますけれども、私はやっぱり10年ぐらい離れていたので、その間に地元の若い人たちのつながりとか接点がなくなってしまって、そういうのがちょっとわからないのですよね。居酒屋でバイトしていたときに結構そういう若い人たちが来たりとかはしていましたけれども、実際そこに入ったわけではないので、ちょっとわからないですね。

東大野久慈局長
二戸がこうだったらいいのになと思うようなこと、こうすればいいのになとか。

中村由美子
結構飲み屋とかはいっぱいあるのですけれども、それぐらいしかなくて、もっと何か、ちょっとお茶しようかみたいな感じで入れるお店とかがもうちょっと増えてくれれば外に出る機会が増えるかなとか、ちょっとどこかにという感じで行きたいと私が思うようなところがあまりないなと思います。それだったら八戸とか行ってしまうかなと思ってしまうのです。

東大野久慈局長
地元で集まれるところがあれば……

中村由美子
そうしたら出ていくと思いますけれども、私が知らないだけであるのかもしれないのですけれども。
 

佐々木二戸局長
八戸にはありますか。

中村由美子
あるというか、とりあえず遊びに行こうかなと思うような場所がある。

東大野久慈局長
八戸は何といったって30万人都市ですから。
上神田さんは、普代村がこうだったらと思うことはないですか。

上神田敬二
普代はもう3,000人切りそうな勢いの人口の数ですけれども、私36ですけれども、この年代は比較的多くて、人は、同級生というか、多くて話せばお互いに村をよくしていきたい熱のある皆さんが多いような気がするのですけれども、10ぐらい離れてくると、かわいそうだけれども、何か商店している店の後継者でもなければ、仕事がなければ残れないですものね。普代は大好きだけれどもという感じで、仕事がないと。仕事がなくても家にいる人もいっぱいいるようだけれども、それはまた困ったもので、だからかわいそうなような、でもその人がどうなのか、若さをなと思っても、仕事をしていないと説得力ないですからね。なかなか難しいだろうなと思いながら、でも聞いてみれば思いだけはあるので、少ないながらも、少ないからこそ何か少数精鋭でやれるはずだとは思っているのですけれども、商工会青年部の副部長をさせてもらっていますけれども、青年部6名みんな役員です。だから、用事がある人が半分いればもう3人で何かをイベントやらなければいけないと。焼き鳥焼きながら、お勘定をもらいながら、スーパーボールすくいもさせるのは、足も使えたらいいのにと思うぐらい忙しいぐらいやっていて、それでも青年部は増えないと、後継者でなければ入れなかったりするもので、仲間を増やすことがなかなか難しくて、そういう別なところで和をつくれなければもう無理なのかなとか思ったり。

東大野久慈局長
後継者でないと青年部って入れないのですか。

上神田敬二
青年部の何か決まりがあるみたいで、この間からは女性も入れたったけれども、前は女性も入れないような狭い決まりがあって。

東大野久慈局長
そうなのですか、商工会。

上神田敬二
青年部、商工会青年部というの、おかしなもので。もっと広がっていくのではないかな。あと3年後は、普代は今6人が3人になるので。

東大野久慈局長
年齢的なやつですか。

上神田敬二
40までなので、30代までなので。だから、いよいよもうおれも最後の踏ん張りどころといいますか、最後にたすきを渡す。

東大野久慈局長
3人で何かするというのもむちゃな話。

上神田敬二
むちゃをしていろいろ……
 

佐々木二戸局長
会長と副会長と専務で終わりではないですか。

上神田敬二
そういうのもあったり。可能性はあるような気がするのですけれども、忙しいのですね。あれもこれもはできないという。

東大野久慈局長
そのときに親世代というか、青年部OBみたいな世代の人たちは手伝ってくれないですか。

上神田敬二
そういうふうなお話で準備を手伝ってくれたりとか、当日も来て一緒にはんてん着て盛り上げてくれたりするのはあるのですけれども、それはありがたいですね。そういう人たちが5人いるので。
 

佐々木二戸局長
青年部OBが応援に来るわけだ。

上神田敬二
そうです。賛助部員というのですかね。会費も出して協力しているという人たちもいますので、漁師さんだったり、外に、久慈に勤めているとか、普代から通って勤めている人がぜひとも一緒になってやりたくてもなかなかそれはできないみたいで。

東大野久慈局長
行政も縦割りだ、縦割りだっていつも言われますけれども、何か枠を一つ取っ払えばもう少し……

上神田敬二
十分できると思うのですけれどもね。

東大野久慈局長
何かできるようになっていけるのかなという、何かかんか地域のためにやりたいという人はいそうな気がしますけれどもね。

上神田敬二
いますよ。

東大野久慈地方振興局長
それが商店だけではなくて。

上神田敬二
そうです。地域づくりというか、祭りとかも地域づくりの一つだろうし、子供会見ても、例えば小さい清掃活動のようなのを見ても若い人たちが結構いっぱいいるし、声のかけ方次第でないかなと思いますけれどもね。
 

佐々木二戸局長
商工会の青年部だというよりも、結局サラリーマンとかそういう人たちのほうが多いわけですよね。

上神田敬二
多くなってきます。そういう人たちが自分には関係がないというスタンスでまだ今いるから、もう少しみんなでやりたいのですけれども、なかなか。

東大野久慈局長
どうしても人口減ってきているから、今までの枠の範疇ではなかなか活動しづらくなってきていますよね。

上神田敬二
そうですね。

東大野久慈局長
久保田さんは、いつもは工場のほうに勤務なさっていて、言ってみれば地域づくり活動みたいなやつというのは。

久保田史
も、いろいろ会社では入っていますし……

東大野久慈局長
会社で入っているのですか。

久保田史
はい。あとは私も地元の常会もありますので、そっちにも入ってやっています。その中で、さっきも人口が減っていくという話があって、浄法寺町も二戸市と合併したのですけれども、やっぱり地元の祭りもどんどん参加する人が高齢化していくので、そこもあわせて二戸市と合併していかないと、同じような規模の祭りを毎年行っていくのはどんどん無理になってきているのではないかなというふうに思っています。二戸市も結構大きいので小規模の祭りが点々とあるよりは、みんなで盛り上がるような祭りが二、三回年にぽんぽんぽんとあったほうが地域全体で盛り上がっていけるのではないかなと。今日はいろいろ足沢とか金田一とかの人が来ていますけれども、そっちで祭りやっていても私どもは行けないという雰囲気があるといいますか、そこら辺もあわせて合併して盛り上がっていければ、もう少し全体盛り上がるのではないかなというふうには思いますけれども。

東大野久慈局長
普代の海産まつりって、前漁港ごとにやっていた祭りを集めたって聞きましたけど。

上神田敬二
そうです。人口の倍も来る、6,000人もお客さん来るような集まりですけれども、素晴らしいことではないですか。村では一番人が集まるようなイベントだと思うのですけれども、何か漁師さんたちはやっぱり儲けにならないと、ばかくさい、やめたいような話も聞いたりすると、何とかうまくできないものかなと思うので、それこそ一番可能性があるイベントなのになと思ったりして。でも、それは、青年部は出店しているというだけの立場であれですけれども、関わってはいませんけれども、可能性はありますよね。ああいうことができるという。
 

佐々木二戸局長
6,000人来るといったらすごいことだよね。

東大野久慈局長
人口3,000ですよね。いや、私も行きましたけれども、すごく盛り上がって。

上神田敬二
漁協さんとかが儲かるようにやってやればいいだろうと思いますけれども、赤字が出ると言いってやらないほうがいいというようにならないようにやればうまくいくのではないか。

内野沢正勝
おらも去年も行ったし、今年も行ったし。
 

佐々木二戸局長
6,000人来て赤字になるというのは、わからないですよね。

東大野久慈局長
きっと海産物をお祭りだからといって、安いというのの期待にこたえたいという思いで値つけをしてしまうのだと思うのですけれども。

上神田敬二
競り体験とかといっても、考えられないような安いようにやって、競りごっこでお客さんに楽しんでもらうというのでやったりして。
 

佐々木二戸局長
そう言えば、100円で30匹サンマ袋詰めしたというのを、この間ラジオでしゃべっていた。ああいう感じになってしまうわけだ。

東大野久慈局長
もう少し、それこそ地元が痛まないやり方を。

上神田敬二
そういうアイデアって何かないのかなと思って。
 

佐々木二戸局長
それがよくて来ているのだから、ちょっとあれだものね。

東大野久慈局長
多少上げても、どうせ来ている人たちはよくわからないので。地元が痛んでいては続けられなくなってしまうので、やっぱり続けるような形でということだと思うのですけれども。
 

佐々木二戸局長
体でサービスすることはいいけれども、お金でサービスするとちょっときついです。

東大野久慈局長
そういうのはおっしゃるように、ある程度まとまったときのよさと、まとまったときの寂しさが同居するのかもしれませんけれども。

久保田史
それはもちろんですね。私どものその地元の祭りも毎年、今年もやるのか、今年もやるのかというのが……
 

佐々木二戸局長
なくなるかもしれないという。

久保田史
なくなるかもしれないという議題が毎年ありますので、そこら辺だと、なくすればなくしたでやっぱり地元は寂しいと思うのですけれども、年寄りたちだけで集まるような祭りだったら、やっぱり大きくしてやったほうがいいのではないかなとは思うのですけれども。

東大野久慈局長
その辺、上野さんはどういうふうに思いますか。地域のそういった取り組みというか、自ら元気づける活動みたいなもの。

上野剛司
うちの地区は足沢というのですけれども、そこでは今うちのおやじたちの世代が、いろいろほかの地域から呼んで交流させて活性化しようということをやっています。実際小正月とかそういったイベントでは大体今100人ぐらい来ているみたいです。僕は本当にちょっとやっているだけなのですけれども。

東大野久慈局長
地区には若い人たちって結構いるようですか。

上野剛司
そんなに多くはないですけれども、何人かはやっぱりいます。

東大野久慈局長
野田のほうはあれですか、海のほうは祭り特にやっているのかな。

内野沢正勝
やめていましたね。前って、何やっていたのかな、4年ぐらいはやらなくなったです。野田の観光まつりの中身に港まつりやっていたのですが、漁協のほうの財政が厳しいということで、それでもうやめたと思いますね。それまでは実際自分のところの子供のみこしもやっているのですが、山車はなくて自分のところはおみこしをやっているのですが、ずっと参加しているのですけれども、1年切りに子供が減って、おみこしを担ぐ人がいなくなってきて、3年ぐらい前からほかの地区で何もやっていないところの子供を借りて担いでもらってやったり、今年やったら来年は辞退するかとかって、毎年しゃべっているのですが、去年も今年も。でも、やっぱり参加して終わって、子供とかそうすれば、今年のお祭りは面白かったなとかってしゃべっているのを聞くと、いや、大人が足りなくて準備とかも大変だけれども、また来年も頑張ってみるかなとかという話も出たりとか、実際大変なのです、本当に。出てくれる、おみこしをつくったりとか、ほごしたりとかも出てくれる親が少なくて、子供ばかりよこすところとかもあるし、自分ら自営業だから時間の都合が割とつけやすくて準備とかにも行くのですけれども、やっぱり来ない人は全く来ないのですよ。そうすれば、出たい人だけ何か大変だなとかと思うのだけれども、自分の子供も行っていればそれでもいいかなとも思ったり。自分のところ、野田村は人口が何ぼあるか、5,000弱だろうけれども、でも漁師というのは30軒ぐらいしかないですからね。本当に少ないですよ。ほとんどが勤め人のような感じで、だから漁師といっても本当に一握りだと思います。漁師をやっているところは割と後継者は帰ってきたり残ってはいるのですけれども、ただ次の代につながるかつながらないか、やっぱり嫁さんが不足だから、そこら辺を今度は相手がいればもっとにぎやかになるかなと思いますけれども、仕事的には年じゅう仕事は切れませんので、暇は、今から冬場は暇なのですけれども、あとは結構忙しくて、仕事がなくて寝ているというのは、おらからすれば、ああ、かわいそうだなと思うぐらいいっぱいあります。

東大野久慈局長
いろいろ魚種手かけられているから、次々、次々。

内野沢正勝
年じゅう仕事切れないような感じでやっています。だから、割と残っている人方、割と元気があって、70の人でも3月のあの寒い朝のワカメとるのに半そでで行く人もいるし、叫んでいる人もあるし、8時、9時になって干上がってくるような、割といる人は元気に若い人も年寄りの人も頑張っています。

東大野久慈局長
ところで話変わりますけれども、今若い人たちが例えば戻ってくるとか、定着するとか、そういう観点で行政が、我々県でも市町村でも構わないのですけれども、手伝えること、こうあってほしいなとかという注文、そこら辺ちょっと皆さんにお聞きしたいのですけれども、いきなりの話で大変申しわけないのですけれども。

上野剛司
僕は農家で、多分この場には農家としての意見を期待されて呼ばれていると思うので、ちょっとそれに関してしゃべりたいのですけれども、今農業というのはすごく注目されている産業だとは思います。実際ニュースだとか何見ても、いろいろ新規就農者の研修にも多く人が行っているみたいです。ただ、実際問題農業というのは、やると本当に厳しいです。何が厳しいかって、今新規就農者のことでしゃべっているのですけれども、僕は県立農業大学校というところに1年間研修生として月1回、2泊3日でずっと通っていたのですけれども、そのころの同級生はほとんど新規就農者で、実際やってみると、まずやろうにもノウハウがない。ノウハウがないし、田んぼも畑も借りられない。これは、実際耕作放棄地があっても全然そんな知らないやつらには貸したくないというのもあるし、貸さないのです。ましてやいい場所なんていうのは人には貸さないです。お金は結構貸してくれるところはあるのです。L資金(スーパーL資金:農業経営基盤強化資金)とかで、お金は借りられるのですけれども、肝心なノウハウとか、技術だとか、また実際は畑、田んぼがなければ農業もできないので、僕からの意見なのですけれども、それを、窓口をもう完全に一本化して、新規就農者、結局今誰に相談していいのかってわからないし、相談しても全然らちが明かないし、そういう状況なので本当に苦労しているのです、僕の同級生も。なので、そういう窓口というのをつくってもらって、それは県なり市なりどこでもいいのですけれども、僕は県がいいとは思うのですけれども、そういうのをやって、しかもなおかつ、これは九戸村がすごく進んでいるなと思うのですけれども、農業政策に対しては。九戸村ではナインズファームというのをつくって、多分ご存じだとは思うのですけれども、お金を毎月やっているではないですか、働いてもらってお金をやると、家族がいる場合にはさらに何万か上乗せしてやって、それを2年間やった後九戸村で就農しなさいという、そういうシステムなのですけれども、それすごく進んでいるなと思うのです。それもし、県とか、それはもう民間の業者なんて絶対そういうことはできないので、それはもう本当に行政にそういうのをお願いしたいですね。そうすることによってノウハウもつくし、その間お金って本当すごく大事なので、お金も収入もあるし、そういうことをやっていると貸す人も貸しやすくなるし、そういうナインズファーム的なものをつくってほしいというのが1つと、あと要は畑なり田んぼなり貸すときのそういう仲介業者というのを行政でやってもらえれば、すごく新規就農者というのが助かるのではないかなと思っていました。

東大野久慈局長
生産基盤と言っていましたけれども、そこのところがなかなか、そこまで一つではないともうしようがないというか、そこが一番大事だということなのですかね。

上野剛司
どこが。

東大野久慈局長
田とか畑とか。

上野剛司
いや、田とか畑がまずないことには話にならないですし、普通の僕の大学校のころの同級生は借りられないのです。借りられないし、借りても、雫石で農業やっている人なんかは、もう何年もそらされたというか、そういうところでもう木が生えているのです。ここを貸すよと言われて、結局そこをブルで押して、そこにハウスを建ててやっているのですけれども、そういう結局この耕作放棄地が多い中で、そこかよという話なのです、おれにしたら。だから、そういうのをうまく畑でも田んぼでも循環できるようにうまく回せるようになればなと、それをできるのは多分行政しかないので、そういうことをやっていただきたいなと思っていました。

久保田史
さっき健康食品の会社と言ったのですけれども、実は本格的には今年からなのですけれども、私どもではベビーリーフという野菜の栽培を行っています。今話されたような内容が一番私どもも苦労したのは覚えていまして、畑を見つけるところがやっぱり一番苦労して、結局は県のほうから振興局長さんにお願いして、営農学園の跡地を私どもで整地して今は借りてやっているのですけれども、私どもはつながりがあるので、どういうふうなところ空いているかという相談できたのですけれども、新規でやるといった場合にはどこに相談していいのか、あとは農地どういうふうなところ貸してくれるのかというような、やっぱり情報が一番欲しいところがあります。でないと、新規農業といっても何か未来のビジョンを描けないままに、本当に大丈夫かなというので進んでいかなければならないという部分がありますので。
 

佐々木二戸局長
本来は農業委員会がやることになっているのです。行政の中では農業委員会がやることになっているのです。今ほとんど兼務になってしまっているでしょう。例えば、農林課とかああいう、結局リストラというか、だんだん減らしていくという、情報は全部農業委員会にいくことになっているのです。お金の貸し借り、いわゆる農地を取得するとか、借りる場合の、県の農業公社かな、あっちのほうで5年間まとめて農地取得のための金を貸したり、無利子で貸すとかそういうのはそっちのほうでやっていますし、基本的には農業委員会が窓口になることになっているのです。

東大野久慈局長
さっきの上野さんのお話にもあったように、実際借りる立場、やりたい立場からすれば窓口も一本化されていないし、どこに相談していいかもわからないし、農地の問題、そもそもなかなか貸してさえもらえないという状態というのは、それはそうなのでしょうから……

上野剛司
相談できる場所はいっぱいあるのですけれども。
 

佐々木二戸局長
実際動かない。

上野剛司
実際いざ借りようとなったとき、借りられないという問題があるみたいです。僕の場合は後継者としてやっているので比較的いいのですけれども。
 

佐々木二戸局長
使わないのに貸したくないというのが多いです。

上野剛司
やっぱり知らない人には貸したくないと思うので、そこをうまく畑の情報を生産者から吸い上げて、それをこっちの新規のほうに、新規でも僕らでも任せるような感じになれば面白いのかなと思うのです。
 

佐々木二戸局長
大きな課題だと思っています。午前中もそういう話が出たのですよね。

東大野久慈局長
どこまでできるか、どうすればいいのかはありますけれども、宿題にさせてください。
上神田さんのほうからは、そうやって苦しい中での青年会活動だけど、これは行政だったらできるだろうみたいなところは何かありますか。

上神田敬二
余り最近は他力本願はやめて、自分がやっぱり動くことだなと思っていますので、実際動けばそこに感動もあるし、人のせいにすればそれだけだし、腹だけ立つし、やってだめだったらだめなのだという簡単な考え方で、仲間がそうすれば自然と本気な人たちだけが集まってくるし、ただ1つ言うとすれば、くだらないかもしれないですけれども、課の担当の人がかわるではないですか。春にまたかわったというと、それまで築いたきずながチャラになってしまうのですよ。何課のあの人にうんと世話になったのにかわった。税務課になったのだとかというと全然顔合わせない人になってしまって、寂しいなと思うのはありますね。なに、その急にかわったから知らないみたいな、初めましての人とまたそこでやると、いい面もあるのでしょうけれども、がくっと来ますね。もっと専門職人みたいな人に育ってほしいと思っているのに、ずっとこの人とだったらというようなあるときに、壊されたみたいな気持ちになるときあります。幅広く、おれの同級生も1人、いますけれども、いろんな課に行くということがエリートの道なのだろうなと思って、上に行くためのいろんなことを経験させてもらっているのだろうなと思うから、そういうのだろうなと思って理解はしていますけれども、本当は職人になってほしいと思いますね、専門家になってほしい。

東大野久慈局長
行政の中でも事務系の職員でくるくる、くるくるいろんな仕事を回られる職員と、あと地域は異動するけれども、技術系の職員で……

上神田敬二
それだったらいいですね。まだつながりがあるから。

東大野久慈局長
農業の関係とか、それから水産の関係でもいますし……

上神田敬二
普代はどうしても中で。

東大野久慈局長
役場の中に技術系の職員専門で入れることは難しいと思うのですけれども、確かに言われるのですよね。振興局でも腰落ちつけて仕事しろ、2年や3年でかわるなと怒られます。

上神田敬二
そのぐらいですかね。

東大野久慈局長
ありがとうございます。坂上さんは何か、そんな感じでこの際。

坂上江里子
この際、私は会社に雇われているので、これは会社に言ったほうがいいのかどうかいろいろ悩むのですけれども、いろいろ市内の観光マップですとか、いろいろそちらの観光案内のほうにはうちのほうも取り上げてもらったりだとかそういうのはしているのですけれども、やっぱりどうしても来た人たち、観光客の方たちが来たときにみんな言うのが、道路が狭いですとか、こんなところにあったのだ、ちょっと不安になりながらも来たのだけれども、あったのだというのが必ず皆さんそう言われることで、何かもっと、ここにありますよ、だけではなくて、もっと行きやすさですとか、バスがとりあえず1台通ると、近くにすぐ家もあるのでどっちにも迷惑かけているような、通行人、家の方たちにも、近所の方たちにも、地域でレストランに普通に来ていただいた方たちにも何か来づらいなというのがすごく聞くところといいますか、なのでこれはどこの土地なのかといろいろあると思いますけれども、何かもっと観光しやすいポイントで道路のほう整備していただけたらなという思いはありますね。

東大野久慈局長
確かに琥珀さんのところは、進入路が狭いですよね。
中村さんは、注文はありますか。

中村由美子
注文、ここで言っていいかどうかわからないのですけれども、上野君が言ったみたいに新規就農者に対する支援というのはもちろん必要だとは思うのですけれども、一応県のみんなで集まったときとか話すのですけれども、新規就農者に力を入れるのはわかるのだけれども、今頑張っている人たちに対してもまだ満足にできていないのにという話をする人も中にはいるのです。何か認定農業者ってあるのですけれども、それ二戸地方の人ではないのですけれども、申請だったか更新をお願いしたときに、新規就農者の人がいるからあんたちょっと待ってくれって言われたことがあったらしいのです。新規就農者というか、新しい人が申請をしたからあんたはちょっと待ってくれって言われたことがあったらしくて、それをすごく怒っていて、今頑張っている人たちに対するちょっとあれがなっていないではないかという人もいたのです。だから、そういう話を聞くと、自分たちが魅力ある農業をつくっていくのはもちろんなのですけれども、やっぱりそれを支援してくれている人たちの力も必要だと思うので、私そんなところは言える立場ではないですけれども、ちょっと考えてくれてもいいではないかな。
 

佐々木二戸局長
わかります。多分申請してそれを待ってくれという意味ではなくて、中身見てちょうだいよと、こういう改善計画立てたので見てちょうだいよ、多分そうだと思いますね。待ってくれというのはそれしかないですね。ちょっと見てくれよと、経営改善計画つくったので見てくれよと言ったら、多分新規就農者のほうちょっとそっち先に行かなければならないので待ってくれという話でしょう、多分。

中村由美子
結局その年はできなかったらしいのですよ。
 

佐々木二戸局長
できないということはないと思うけれども。

中村由美子
何かわからないけれども、したのだけれどもできなかった。それで、何か怒って、ちょっとこういう公の場で話をしたりしたこともあったのです。詳しく私はわからないですけれども。

東大野久慈局長
いずれにしろ、新規就農だけではなくて今々頑張っている人たちにもきっちり目を向けてもらわないといけないよというお話ですよね。

中村由美子
やっぱり儲からないから後を継がないとかという人もいますし、借金で回らないからやめてしまうという人もいますし、そういう話を聞くとなるほどなと思いましたのでちょっと。

東大野久慈局長
水産のほうから見ればどうですか。

内野沢正勝
もう少し施設を増やして、今はイトーヨーカドーさんのほうからホタテをかなり買ってもらっていますが、もう少し施設を増やして増産したいなと思って……

東大野久慈局長
養殖の施設ですね。

内野沢正勝
はい。養殖の施設をつくりたいと思って村長さんにもかなりお願いもしたり、何年も前からしゃべっているのですが、なかなか実現されなくて、それをやってもらえばもうちょっとは収入は上がるかなとは思うのですけれども、今の分ではまだ足りなくて、3年ぐらい前よりは増えてはいるのですが、本当の少し増えたぐらいではどこにも足りなくて、できたらもうちょっとほしいなと思っていますが。

東大野久慈局長
漁業の場合、漁業権の問題があるから……

内野沢正勝
そうです。そこが難しくて。

東大野久慈局長
すっとはいかないのですけれども。

内野沢正勝
いかないかなとは思うのですけれども、でもお願いしているから何とかならないかなと思って。

東大野久慈局長
野田のホタテは評判が非常によくて、ヨーカドーさん専用みたいな仕様のホタテがあって。

内野沢正勝
自分も花巻のイトーヨーカドーさんのほうに売り子で行ってきたのですが、やっぱりいらっしゃい、いらっしゃいとかってお客さんを呼びとめて試食を持っていってやれば、やっぱり食べてもらえば、ああ、おいしいから、ではうちは2人だけれども2個ずつ買おうかなとか、試食をしてもらえばそういう人たちはやっぱり買ってくれます。私3日泊まって売り子やってきたのですが、3日間来てくれたお客さんもいますし、2人暮らしの、余り年ではなかったのですが、60代ぐらいの人だったら、いや、せっかくこんなにわざわざ来て声をからして叫んでくれるのだから、いるうちだけは買うからと3日間買ってもらいましたけれども、そうでない人は、実家のほうに帰るから15枚とかって、あと殻はごみになるから殻は要らないから身だけ下さいとか、そういう人もいたし、結構店のほうでは売ったとかって満足しておりました。やっぱりああいうところを見れば、自分らもつくるだけではなくて売るのもやったりもすれば、またお客さんが買って喜んでいる顔も見れたし、あれは私らもいい勉強になったと思います。またチャンスがあったら行きたいなとは思っていますが。

東大野久慈局長
そういうのは比較的最近私たちも一生懸命機会つくっていたので。あと、もう一回りくらいの時間になってきたので、皆さんにお聞きしたいのですけれども、それぞれの地域、将来こうなってほしいなとか、あるいは自分としてはこうしていきたいとか、そういったお話をそれぞれお伺いしたいのですけれども、坂上さんからお願いします。自分の仕事の中でこうしたいでも。

坂上江里子
うちの会社は市内よりも少し離れていますし、それ専用のバスも出ているのですけれども、なかなかやっぱりお年寄りが多い中で行ったことがないだとか、足がなくて行けないだとか、そういう方たちが多くて、何かもっとやっぱり交通の便ではないですけれども、そちらのほうをよくしていただきたいなというのと、あと観光客のお客さんが来て一番見るところはやっぱり商店街の通りというか、私もほかのまちに行ってみるとやっぱり商店街が全部シャッターが閉まっていたりですとか、何かこう元気がないなというイメージが、一番、だから商店街とか駅の周りですとか見て思うので、その周辺を、全部が全部シャッターをあけなくても何かやっているなとか、何か動いているなという雰囲気づくりですとかイメージづくりもして、ちょっとでも元気のあるまちというイメージを持っていけるような地域になればいいなというふうには感じます。

東大野久慈局長
中村さん、お願いします。

中村由美子
人がいないことには元気にもならないと思うので、若い人でもそうでない人でも、ほかの県外の人でも、そこっていいねとか、ここっていいよと自分たちも自慢して言えるようなまちになれる何かをこれから考えてやっていくのが必要かなとは思いました。私は農業しかできないですけれども、産直とか、あとはネットでPRするとか方法はいろいろあると思いますけれども、岩手の県北のという何かをつくっていけたらいいなとは思います。

東大野久慈局長
中村さん4Hクラブもやっていらっしゃるから、県内の様子も広目にわかりますよね。

中村由美子
広目に、そんなに、いつも同じようなメンバーしか集まらないので、同じような情報しか入ってこないのですけれども、ちょいちょいは。

東大野久慈局長
上神田さん、きょうチラシを。

上神田敬二
名刺持ってこなかったのでちょうどいいかなと思って、名刺ふだん持って歩かないのでついつい忘れてしまって。今後ですか。

東大野久慈局長
ええ、こうしたいとか、こうありたいとか。

上神田敬二
商売のほうで言えば、今つくっているたれを、普代の昆布をいっぱい入れてつくったたれなので、イベントでアピールしてみたり、さっきのホタテではないですけれども、試食食べさせたり、普代からこんなおいしいものがありますとアピールすれば、やっぱり手ごたえとしてすごく感じますし、普代のよさを伝えたり、自分のふるさとを誇りに思ってアピールしているというのは、そこできずなが生まれてきたりするというのがすごく素晴らしいことだから続けていきたいなと思っています。
あとは、今やませ朝市というのも普代では開催されて、今日は全然触れませんでしたけれども、NPOのやませデザイン会議というところとか、あとは行政と、あと我々地元の青年部が三位一体と言えば大げさかもしれませんけれども、協力し合って実行委員会をつくって取り組んでいるのですけれども、そのような取り組みしてみて、それを通してまた今年、この間11月で最後の5回目のあれを終わったところなのですけれども、人が集まって、普代が好きだったり、その人のその市の雰囲気が好きだったり、人と人の触れ合いが好きだったりする人が集まる。その普代が好きという気持ちとか、その人たちが普代の魅力を発信して続けていけば、誰にもそれは説得力があることだし、本当のことだし、何か取ってつけたような理由ではなくて好きだという気持ちがあれば、そこに必ず一生懸命、格好悪いよといっても、人数少ないよといっても一生懸命やっていれば感動が生まれるというのはあるわけだから、そういう取り組みをこれからも続けて、私も3人子供がいますけれども、その子供も大きくなってからも普代村が好きだったり、また普代によかれというような発想で何かに取り組むような大人になってほしいと思っていますし、そんな思いを込めた何か活動をこれからもしていきたいなと思います。

東大野久慈局長
久保田さん、お願いします。

久保田史
今お子さん3人いるという話だったのですけれども、やっぱり前は浄法寺町も子供何歳以下は保育園が料金要らないという形で、当然町の財政をかなり圧迫していたと思うのですけれども、もう少しやっぱり子供を産んでもせめて小学校ぐらいまでは楽に育てられるようなことが必要と思われます。私どもも事業所内保育園を自分たちでつくってやっているのですけれども、かなり経営はそれによって圧迫されるのは圧迫されてしまう部分もあるので、そこはやっぱり民間でやるとどうしても慈善事業ではないので金は取らなければならないというのがあります。2人目までは何とか産もうかなとは思いますけれども、3人目となると自分の将来も考えると経済的に厳しい部分になってきますので、そこは少しバックアップしてもらえればなと、運営自体は別にどこに、企業に任せているとか、また三セクとかそういうようなところに任せることはいいとは思うのですけれども、そこら辺もう少しやっていただければと思います。浄法寺町には幼稚園はなくて保育所が1個あるだけというのもあるのですけれども、そこ1個しかない、預けるところそこしかないということもありますので、そこら辺バックアップしてもらえればいいかなというふうには思います。

東大野久慈局長
子供のいる地域が……

久保田史
子供のいる、そうですね。
 

佐々木二戸局長
あそこの夢実る幼稚園だっけか。

久保田史
夢実る保育園です。
 

佐々木二戸局長
保育園、何人入っているのです、あそこに、保育園に、預かっているの。

久保田史
13人。
 

佐々木二戸局長
13人。

東大野久慈局長
保育所もやっているのですか。

久保田史
事業所内託児所ということで。

東大野久慈局長
月幾らですか。
 

佐々木二戸局長
3人では大変なのですね。

久保田史
月は、社員はただで昼飯代だけですけれども、当然圧迫はしていますけれども、ただ社内的にも面白い、子供たち見ることによっていやされるといいますか、そういうふうな部分もありますし、働いている人たちもすぐそこにいるので、具合悪くなってもすぐ行けるというメリットもたくさんありますので、やっていてもちろんすごくいいことだなと思いながらやっているのですけれども、そこと別のところにやっぱりお金はかかりますので。
 

佐々木二戸局長
メリットはありますよね。

久保田史
メリットたくさんあります。
 

佐々木二戸局長
特に品質管理の厳しいところだから、お母さんたちも集中して仕事できるということは会社にとってもプラスになるのですね。

東大野久慈局長
ありがとうございました。上野さんは。

上野剛司
ちょっとずれるわけではないですけれども、僕すごい旅が好きで、日本は北海道から鹿児島まで、海外は船でロシアに行って、そこから放浪ではないですけれども、8カ国ぐらい旅しているのです。だから、この地域振興ではないですけれども、ちょっと偉そうなことを言いますけれども、旅人としての目からなのですけれども、旅人が一番その旅行先に期待するのというのは、まず料理とか、きれいな景色だとか、建物だとかって、そういうのがあると思うのですけれども、それ以外にもう一つあって、人なのです。人と接するのがすごく旅人にとって楽しみなのです。日本全国も回って思ったのですけれども、面白いのですね、人ってそれぞれ地域の特色があって、その中で言葉ってすごく面白いのです。方言とかなまりとかって、そういうのを考えたときに岩手とか東北って方言をちょっと下に見ているというか、ばかにしているわけではないけれども、言葉に対してプライドがないというか、なまらないほうが格好いいというか、そういう何かちょっと間違った価値、それはもう完全におれは間違っていると思うのですけれども、間違った価値観を持っていると思うので、そういうのは本当におれ心の底からどうにかならないかなと思って、今の盛岡とかはおれぐらいの世代でおれの盛岡の友達は盛岡弁はもう一切しゃべれません。これはもう取り戻すことできないのです、今後一生、多分あの世代が、そういうふうになったことで。まだ二戸とか多分久慈もそうだと思うのですけれども、おれらの周りだったらもう完全な二戸の言葉なのです。だから、まだ二戸は安泰だなと思うのですけれども、何か本当に旅していて面白いのですよ、その方言聞いていて。向こうの人は言葉にもすごいプライド持っているのです。四国の僕の友達で宿毛という二戸ぐらいの小さいまちの出身の人がいるのですけれども、東京に来ても平気で四国弁、宿毛弁なのです。女の子だったのですけれども、私は方言はしゃべるけれども、なまっていないよ、プライド高いのです、むちゃくちゃ。広島とか、鹿児島とかそういうやつらもみんな結構そういう強いプライドがあるのですけれども、岩手ってどこでどう間違えたのか、なまらないのがいいとか、方言がないほうが格好いいというか、そういう価値観ちょっとあるではないですか、多分わかると思いますけれども、本当にそれは間違いだというのを、今もし、ここで今おれがしゃべっている、いや、ビジネスとして、仕事としての標準語は必ず大切だと思いますよ。面倒くさいこと、いきなりなまってわけわからないことしゃべってもあれだと思うのですけれども、旅人からして岩手に来て標準語聞いたら、おれはすごくがっかりすると思います。岩手だったら岩手のわけわかんねえ言葉を聞くのが楽しいのです、何それっていうのがすごく楽しいと思うのですよ。だから、そこ地域振興に結びつくかわからないのですけれども、旅人としての意見で言えばそういう、この今しゃべっている言葉だって何万年、何千年、何年かかって今の言葉がつくり出されたかわからないですけれども、そういう一つの文化遺産だと思うので、そういうのも地域振興に取り入れていったらいいのかなと思います。

東大野久慈局長
知事は今日来れなかったのですけれども、知事がよく言うには、日本の中でもそうだけれども、世界に向かって相手の人から尊敬されるというか、認めてもらうためには自分の持っているもの、地域なら地域にプライド、誇りを持っていなければよそから認めてもらえない。よく言うのですよね。知事は、特に外交官やっていたから、自分自身に自信が持てない人間は結局通用しないということを肌身で感じているから余計そういうふうに言うのだと思うのですけれども、同じような意味で今上野さんがおっしゃった言葉に対して、言ってみれば自信のないというか、自分たちの言葉だからそのままでいいのだという、思われるそういう心持ち、そういうのはまさにその象徴の一つなのだろうなと思います。

上野剛司
僕は外人ハウスというのに1年以上住んでいたのです。東京にあるのですけれども、すごく安くて、社会人のころそこに1年間だけ住んでいたのですけれども、そこにも30人ぐらい住んでいるのですかね。キッチンとトイレ共同で、リビングも共同なのですけれども、いろんな国の人がいて、一番早く国際社会に通用する人間とかというので、英語教育とかなんとかと言っていますけれども、英語なんていうのはすぐしゃべれるのです。ただ、しゃべれる度胸のある人間が日本人に少ないです、ああいう場に行くと本当に。プライドというか、そういうのも含めて。だから、さっきの話とあれですけれども、本当に自分にプライド、言葉でも何でもプライドを持ってやるというのはすごく大事だなと思います。

東大野久慈局長
内野沢さん。

内野沢正勝
今からはもっと体を痛くしないように、1回自分腰をやって、3年前に春から夏まで4カ月寝ていたったのですが、やっぱり自分の商売はお金も大事ですが、何より自分の体をいたわって稼ぐようにしないと、そのときは余り調子がいい、お金が入ると思ってばたばた稼いでも、結局体壊せば家の人全部にも迷惑かかるし、家の機能がストップしてしまうので、あれこれあっちに物を頼むとか、それの前にやっぱりまず大事なのは自分の健康管理かなと思って、それからあとは仕事も大事なのですが、本当あと10年もすれば多分今の漁師さんが半分近くになると思うのですけれども、そのときになった何か先を考えれば寂しいのですが、新しく入ってくる人というのは、ちょっと今のところ自分のところはしばらくないのかなと思うのですけれども、今いる人数で頑張っていかなければならないのですが、何とか、温暖化とかになって、温暖化になっていくと水温が上がってくればホタテとかもつくれなくなるというし、サケも来なくなるというし、だからそういうの長い目で余り悪いほうにいかない、進まないようになってくれればいいなとたまに思うときもありますし、一番大事なのは自分の健康だと思います。港のほうもかなり県のほうからも頑張ってもらってよくしてもらっていますので、子供のときからであればかなり見違えるぐらいによくなっていますので、だから何とか今度は体をいたわりながら長く細く稼ぐように、収入は欲しいのですが、やっぱり体あっての仕事なのでそこは大事にしていきたいと思います。

東大野久慈局長
ありがとうございます。そろそろ予定の時間になっているのですけれども、この際これは知事に言ってくれというようなたぐいの話があれば、さらに。あと、このお菓子食べてみて、直接この席で言いにくかったら事務局のほうに、個別に感想はお聞かせ願いたい。
二戸局長から。
 

佐々木二戸局長
私からは特に。いつも大体会っているから、久保田さんには会っているし、上野さんにはこの間来ていただいたし、中村さん初めてでしたね。舌崎ですものね。舌崎のほうなのですね。

中村由美子
はい、舌崎です。
 

佐々木二戸局長
ああ、そうですか。あそこは農村整備のほうでいろいろと事業やったりしているところ、ひとつよろしくお願いします。私からは何も。

閉会

東大野久慈局長
もう一度、知事来る予定だったのにこういうことになってしまったこと、改めてもう一度おわび申し上げます。ただ、今いろいろお話しいただいて、はっきり言って痛いところを突かれているのも多々ございますので、そこは宿題としてきっちり受けとめて、私たちの思いは、何とか地域に元気になってほしいという思いでこれからも仕事をしていきたいと思います。ただ、行政がじたばたしても皆さんがやっていただけなければ結局は実にならないので、私たちも頑張りますけれども、ぜひ皆さんにも頑張っていっていただきたいなということでお願いして、今日の懇談会閉じたいと思います。
今日は大変ありがとうございました。

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