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岩手フロンティア・フレッシュトーク(平成22年7月8日)懇談記録

ID番号 N5354 更新日 平成26年1月17日

懇談会の様子1

  • 対象地域:県南広域振興局圏
  • 日時:平成22年7月8日
  • 場所:北上地区合同庁舎
  • 出席者
    宇津野 泉(社会福祉法人花泉保育園)
    小田島 裕樹(成和建設株式会社)
    後藤 大助(合資会社後藤屋)
    高橋 憲司(西和賀森林組合)
    千葉 俊哉(有限会社乙女屋)
    馬場 一輝(農業)
    (県側)
    達増知事
    藤尾県南広域振興局長
    坂本県南広域振興局経営企画部企画推進課長

「地域でいきいきと働き、安心してくらし、楽しく学べるためにはどのようなことが大切だと思いますか」をテーマに県南地域で、農林業、商業、建設業、保育などさまざまな分野で活躍されている青年層の方々と懇談しました。

開会

坂本課長
それでは、今日出席予定のお二人がちょっと遅れてこちらに向かっておりますけれども、すぐ来られる予定でございますので、ただいまから県政懇談会「岩手フロンティア・フレッシュトーク」を開催いたします。
本日ご出席いただきました県南広域振興局管内の皆様、それから県議会の先生にはご多忙のところお越しいただきまして誠にありがとうございました。心から感謝を申し上げます。
私は、本日の進行役を務めさせていただきます県南振興局企画推進課長の坂本と申します。どうぞよろしくお願いいたします。

知事あいさつ

坂本課長
それでは、開会に当たりまして、知事から一言ごあいさつを申し上げます。

達増知事
久保孝喜県議会議員にもいらしていただいてありがとうございます。
今日は、この県南広域振興局管内で農林業、建設業等の産業や、教育、商業等さまざまな分野に携わり、次代を担う若い皆さんから直接お話を伺うという機会として「岩手フロンティアフレッシュ・トーク」を開催させていただきます。
県では、岩手全体が元気になるには、まず4つの広域振興圏が元気にならなければならないと考えています。そのため、県南広域振興圏のさまざまな分野で活躍されている皆さんから広域振興という考え方を念頭にしつつ、暮らしや仕事の現場での課題等幅広く伺って皆さんと共有するということで県政運営に生かしていきたいと考えております。
今日の懇談は、「地域でいきいきと働き、安心して暮らし、楽しく学べるためにはどのようなことが大切か」というテーマでご意見等を伺うこととしていますけれども、皆さんの普段の活動内容などともあわせて、それぞれこの県南広域振興圏の希望などについてもお話しいただきたいと考えています。
県は去年「いわて県民計画」という10年計画を作成しました。この計画は、豊かさ、つながり、人という3つの視点で構成されていて、人材を育み、その人材のつながりを育み、岩手らしい豊かさを育んでいこうという構想であります。そういう意味で、これから10年先の岩手の未来も見据えたような意見もいただければと思っておりますので、どうぞよろしくお願いします。

坂本課長
ありがとうございました。

懇談

懇談会の様子2

坂本課長
それでは、ここで本日ご出席の皆様をご紹介いたします。名簿がございますので、名簿順にご紹介いたします。
まず、一関市からお越しの宇津野泉さんでございます。

宇津野泉
よろしくお願いします。

坂本課長
続きまして、花巻市からお越しの小田島裕樹さんでございます。

小田島裕樹
よろしくお願いします。

坂本課長
奥州市の後藤大介さんは、今こちらに向かっているところでございます。
西和賀町からお越しの高橋憲司さんでございます。

高橋憲司
よろしくお願いします。

坂本課長
奥州市の千葉俊哉さんは、今こちらに向かっているところでございます。
それから、北上市からお越しの馬場一輝さんでございます。

馬場一輝
よろしくお願いします。

坂本課長
それから、県の方でございますが、今ごあいさつをしました達増知事でございます。

達増知事
今日はよろしくお願いいたします。

坂本課長
県南広域振興局長の藤尾でございます。

藤尾局長
どうぞよろしくお願いします。

坂本課長
それでは、座って進めさせていただきます。
また、本日は県議会の久保孝喜先生にご出席をいただいておりますので、ご紹介を申し上げます。

久保孝喜岩手県議会議員
こんにちは、よろしくどうぞ。

坂本課長
早速次第のとおり本題に移らせていただきたいと思います。
本日のテーマは、先ほど知事からお話がありましたとおり「地域でいきいきと働き、安心して暮らし、楽しく学べるためにはどのようなことが大切か」というテーマでございます。このテーマは、昨年12月に策定しました「いわて県民計画」の10年後に実現したい岩手の未来、その姿というところからとったテーマです。仕事の分野ですとか暮らしの分野とか幅広いテーマです。ご自身の仕事とか暮らしの中でこういったことを実現したい、日々の生活の中で私はこんなことを大切にしていくとか、地域でこういった良いところを残してみたいとか、いろいろな観点があると思います。皆様の方から将来の希望、あるいは願い、そういったものをお聞かせをいただければと思っております。
本日は限られた時間ですので、できるだけ多くのお話を聞かせていただきたいので、まず一巡いたしますので、おおむね1人5分から7分ぐらいで1回お話を聞かせていただければと思っております。一度6人の方のご意見が一巡した後で、知事と局長からご意見に対してコメントをしてまいりたいと思います。さらに残った時間で皆様から出てきた意見をもとに、共通して感じている事柄だとか、あるいは1回目で足りなかったお話だとか、そういったことをもう一度意見交換をさせていただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
それでは、早速皆様のほうから自己紹介、あるいは日ごろの活動、地域、職場、家庭での活動の状況、それから先ほどの今回の懇談会のテーマについてのお考えなどにつきまして、順序でお話をいただければと思います。
名簿の順で、最初に宇津野さんからよろしくお願いいたします。

宇津野泉
一関市花泉町にあります社会福祉法人花泉福祉会花泉保育園に勤務しております宇津野泉と申します。よろしくお願いいたします。
当法人は、保育園のほかに地域子育て支援センター及び一時預かり保育事業を行っておりまして、「地域に開かれた施設」をモットーに取り組みを進めております。また、今年度4月より一関市にある修紅短期大学の幼児教育学科で講師を委嘱されまして、目下学生たちと一緒に幼児教育について勉強中の身です。
懇談テーマにつきましては、まず今回参加した中で女性は私一人ということなので、女性の視点から述べさせていただきますと、まず就労後、結婚、出産、その出産後も女性が生き生きと働けるよう、子育てにおける優しい環境づくりが必須だと考えております。女性の社会進出の波だけではなく、経済危機だとか雇用の不安定な状況や夫の収入が減ったことなども受けて、子育て中は専業主婦という形で家庭に入っていたお母さん方も雇用の場を求めるようになっているのが現状として見受けられます。
そういった核家族化とか共働き世帯の増加というのは、決して都市の問題だけではなくて、私たちの町でも実際に起きている問題であります。子育てについて相談する相手、仲間、そういった心のよりどころとなる人とのかかわりが社会の中で希薄化しているのが現状であったため、私どもの法人は子育て支援センターを平成15年の4月から事業開始いたしました。
やはり女性が必要なときにその大切なお子さん方を安心して預けられるようなそういった場を作っていきたいという気持ちと、先ほど話した子育てに関する相談できる期待の提供と仲間づくり、あとは皆さんの気軽に頼れる場として環境を整えていきたいと日々思って取り組みを進めております。
また、幼児教育現場の視点からということでテーマについて考えますと、「幼少期に地域社会の人たちと関わりを持ちながら、地域の人たちに大事にされて育ったと実感できる環境づくりが大切なのではないか」と考えております。三つ子の魂百までもという言葉は皆さんご存じだと思いますが、乳幼児期にどのような環境でどのように育てられたかということによって、そのお子さんの一生を左右してしまう、それはもう明らかな事実であります。ですので、「地域の中で自分ができることを一生懸命やろう」という大人になってくれることを願って、その礎となるそういったものを培う経験を子どもたちに提供できる環境を作っていかなければならないと、取り組みを進めています。幼児教育の現場で、子どもたち、学生たちにいろいろ伝える中でも、自分のことだけではなく、他人を思いやり地域のために行動できる大人になってほしいと願って接しております。
大体そのようなことです。よろしいでしょうか。

坂本課長
はい、ありがとうございました。
ただいま後藤さんと千葉さんがお越しになりましたので、ご紹介します。
奥州市からお越しの後藤大助さんでございます。

後藤大助
よろしくお願いします。

坂本課長
同じく奥州市からお越しの千葉俊哉さんでございます。

千葉俊哉
おはようございます。よろしくお願いいたします。

坂本課長
後藤さんと千葉さん、今出席一巡で自己紹介とか日ごろの活動状況、それから今日のテーマについての考え方をご説明をもらっておりますので、よろしくお願いいたします。
それでは、続きまして小田島さん、よろしくお願いいたします。

小田島裕樹
初めまして、花巻市のほうで建設業をやっております小田島と申します。会社名は成和建設と申します。
私は、約3年前ですか、入社いたしまして、建設業の中の厳しい時期に入社しまして、今建設業というものの現状を言いますと、私の会社のほうは公共工事を中心に受注し、工事を進めて利益を求めていくという形の会社であります。ただ、公共工事の現状の入札率というのが70%前半ということで、この70%の前半というのはもともと利益をすべて捨てて完全な設計というものをつくるだけのお金しか残らないような状況で工事をとる、そういう状況の、そんな中で常にとり続けて、どうにかお金をつないで生きていくという、そういう状況で毎日やっているような状態です。
また、こういった状況で先日東和町の建設業者、私も何度か仕事をしたことがあるのですが、1軒またつぶれてしまったというのも現状です。
設計単価70%で入れるということで、まず何で70%かというと、もう競争の激化ということで、以前は90%とかそれぐらいでできたのですけれども、工事量のほうがもう完全に少なくなって、国会のほうで言われています事業仕分け、される側のほうです、私のほうは。どんどん工事高等減っていって、こういった仕事のとり合いということになっています。
こういった状況ですけれども、とらなければ苦しいですし、とっても苦しい。とっても地獄、とらなくても地獄というのが今建設業者の現状です。その中で、私ども、私の会社成和建設ですけれども、その中で県の勧めもあり、新規事業ということでいろいろ挑戦してまいりました。平成15年からはリサイクル事業のほうを、平成18年から解体の工事も行うようになりました。そして、平成20年から農業ということで地域の荒廃水田、後継者がいなくてどうしようもないという田んぼをうちの会社で借用して、また水田として復活させて種つけ、収穫まで行っています。
実際のところ、こういう新規事業に関しても建設業本体のほうが弱ってきますと、こっちのほうも実際のところ弱ってきております。やはりメーンの建設業、建築ということが少しでも上り調子にならないと、みんな私の会社もですけれども、ほかの会社も多分苦しいと思います。その中で、まず建設業というのは扱う人数のほうが1つの会社に対して30人から50人が大体の抱える従業員数です。私どものほうは、こういった新しい事業のほうをやっておりますので、今現在で92名の従業員を抱えて、それでどうにかリストラすることなく仕事のほうを続けてやらせてもらっております。
また、私たち建設業というのは自然を壊して物を建てるということもありますので、またそういった地域の方々にいろいろ迷惑をかけているところもありますので、私の会社では豊沢川と北上川の清掃を毎年行い、8月には豊沢のクリーンアップ作戦。この活動は会社を挙げて、そのときは呼びかけで50人ほどううちの会社から出しました。北上川で行われる花巻市の花火大会などは社員一同挙げて中洲でのごみ拾いをボランティアとして活動しております。
そして、建設業というのは平均年齢が非常に高い事業であります。私どもの会社ですと、45から50というのが平均年齢になります。それで、少しでも若返りさせようということで、ついきのう、岩大と大学校のほうから新規採用ということで面接のほうも行っております。
こういった物をつくるということと、あと地域を活性化するということ、そしていろいろな手助けのもとでこういった我が社も存続しているということもありますので、地域の活動と災害時の出動、そういった助け合いがあるから、1つの会社だけが苦しいのではなくて、地域みんなでどうにか乗り切っていこうではないかという志のもと、我が社のほうもやっております。
そして、今日は建設業ということは私1社なのですけれども、ほかの異業種の方々と今日はいろいろお話を、また何か新しいヒントがあればいろいろ挑戦していきたいなと思っていますので、今日はよろしくお願いします。

坂本課長
ありがとうございます。
いろいろと社会貢献活動に積極的に取り組まれているようでございます。
それでは次に、後藤さん、よろしくお願いいたします。

後藤大助
水沢のほうで合資会社後藤屋ということで、お菓子の製造販売をしております。市内駅前店というのがございまして、あとは本店は大町というところで、市内2店舗で今16名で全員正社員ということで、私東京から戻ってそろそろ3年というところです。お菓子屋さんでの修行はしてきていなくて、営業とかクレジットカード会社、建設関係とかいろいろやってまいりまして、東京にいるころにうちの商品という、水沢の3偉人にちなんだお菓子などもお土産品として出しておりまして、その他「麦つき節」とか先代からお土産品というのがあるというのはやっぱり強みということで、実家に帰ってきまして商売をやるというメリットが非常に大きいなと。看板というのもありますし、それを発展させるということに今、力を注いでいるとか集中しているような感じなのですけれども、やはりお盆の時期とか帰省する方が多い時期には、かなり買いに来ていただいているなという実感は自分の中でもありまして、商店街自体は子供のころに比べても完全にシャッター街で、各地から久々に水沢に戻ってこられる方々は、もう非常に寂しくなった、寂しくなったと口をそろえておりますけれども、最後のとりでのようなつもりで、やはり地域に何か誇れるものというのを自分も東京に住んでいるころすごく聞かれまして、「水沢は何があるところなんだい」と、「岩手はどういうところ」と聞かれたときに、やっぱり中尊寺であるとか、いろいろ一生懸命探すというわけではないのですけれども、偉人も多いですし、ただ、これだというところがなくて、自分のまちにもお店さえもほとんどなくなってきているという状態で、そこを何とかしたいなという思いがありまして、今も日々そういうことを考えているのですけれども、多店舗型にして、どんどん県外とかにも進出という考えよりは、水沢のお土産品だというのを明確にしていこうと。やはりうちの商品というのはまだまだ地域でも知らない方も多いですし、食べたことない、知っているけれども、ふだんは食べない方とか、お土産で主に使う方とかというのがありますので、それをいかにしてじわじわと広げていくかというところに集中しています。
最近だとファミリーマートの一番近い店舗と提携しまして、どら焼きを限定で毎日、今は2カ月目ぐらいになりますけれども、1日30個、40個というのがコンスタントに出続けているような状態で、それもうちのような和菓子の販売店だと、やはり入りづらいというか、若い方とかどら焼き1個とか、おまんじゅう何個というのでなかなか入りにくいというお話が結構ありましたので、ファミリーマートというところでも単価300円、引き取り単価300円という話も聞いていますし、そういったところを使わせていただいて、ファミリーマートのほうでも地域のメーカー取り扱いということでとても評価されていて、本部のほうでもデータとして今までなかったというふうなことのようで、注目していただいております。
あとは、昔からあるものの食べにくい形態のものがあって、自分でもこれだと食べにくいなというものは食べやすいカップに入れてみたりとか、形を変えて、自分世代とか自分の友人とか、あともっと若い世代の人たちが食べやすい和菓子、お菓子屋さんて何なのだろうとすごく考えるのですけれども、そういう努力は常に考えつつ、あとやはり水沢自体が観光地として県外とか他地域からもたくさん将来的に人がどんどん流れてくる地域にならないとやっぱり商売というのはどうしても難しいところがあるので、今うちの父親が社長をやっていますけれども、余り外のことに僕が出ますと、まず店を、商売頑張れと、余り地域のこと、地域のことってやっている前に自分の商売を発展させることが一番大事だと言って、確かにそれもそうだなと。商工会議所なりいろいろな活動ばかりやって、まずやっぱり地域でも1番、県でもうちの店ありというところでちゃんと発展させるという思いでいるのですけれども、それと並行して地域に観光客が何とか来るような地域づくりは活動として大切に並行してやっていきたいなという思いではおります。
あと南部鉄器が今とても注目されていますし、うちに来るお客さんでも菓子折りの中に南部鉄の風鈴を入れて東京に持っていくとか、そういうのもありますので、及源さんのほうにも私のほうから話ししまして、うちにもぜひスペースあるので展示させてくださいということであったりとか、風鈴も飾ったりしているのですけれども、市内で南部鉄の展示、見れる場所というのはほとんどなくて、羽田のほうにわざわざ見に来る方というのはやはりほとんどいないらしいのです。やっぱり県自体での営業という意味でもっともっとこう、うちもどんどん活用してほしいですし、自分の市でもどんどん取り上げてていただいて、南部鉄と絡めるところはどんどん絡んで、水沢にいいものあるというところを売り出せないかと思います。
やはりちょっと商売としては利益を出すというところで頭を少しひねるというか、やはり地域自体の人口が少なくなってくると、どうしても店売りとか減ってきますし、式場関係もお世話になっていますけれども、ご法事とかも使っていただく金額自体が少なくなったりとかというのがありますので、今までの、まだうちを知らない人にいかに知ってもらって、さらに外部から来る方を広げていくかということを思っております。
現状としてはそのようなことで、他業種のほうからもいろいろヒントありますので、今日はよろしくお願いします。

坂本課長
はい、ありがとうございました。
ファミリーマートで新しい販売されている、いろいろな活動されているということで、ありがとうございます。
それでは、高橋憲司さん、よろしくお願いします。

高橋憲司
私は、去年6月から西和賀のほうに家族で引っ越しまして、今西和賀の森林組合のほうで働かせていただいております。
なぜ西和賀に行ったかといいますと、まず西和賀に行くきっかけになったのは緑の雇用という制度を知りまして、それまでは自分は工場で24時間3交代で働いていたのですけれども、そういうのに飽きてしまったのです。自分にできることって何なのだろうって考えたときに、たまたまテレビを見て、ただ木を切るということだけではなくて、今世界的に問題になっています温暖化にすごく大事な仕事なのだということがわかりまして、これは自分にとっても自信になるし、また私、子供もいるのですけれども、そういった子供に残していけるものでもあると思って、この仕事でやっていこうと西和賀に移る決心をしました。
実際働かせてもらってみてわかったことなのですけれども、仕事としてやっていくのはそのとおりいいのですけれども、森を見たときに、これも仕事になるのではないかというのがたくさんあるのです。ところがやっぱりお金がかかるものですから、なかなかそこまでいけない、そういう森もたくさんあったりするのです。自然林であればいいのでしょうけれども、人工林というのは、やっぱり特に人が手をかけていかなければ、せっかく植えたものもだめになってしまう価値が下がるという、そういったことがあるそうです。だから、そういったところをどうにかしていけたらいいなと思っております。
あと、私と一緒に行った家族、妻なのですけれども、妻のほうはたまたま趣味でやっていました菓子づくりのほうが功を奏しました。最近なのですけれども、西和賀の役場の前に産直ができたのですが、そちらのほうに声をかけていただいて、少しなのですけれども、出させていただけるようになりました。できるだけ土地のものを使ってということで、お年寄りも多いところですので、その味つけですとか、あとは口かげんという、口ざわりというのですか、そういったところもすごく考えながらやっていまして、いろいろ地域のおばちゃんたちからもかわいがってもらうようになってきていて、すごく楽しいなと思ってやっているところです。西和賀はとても良いところです。ぜひいらして下さい。

坂本課長
ありがとうございます。
ご家族で移り住まれて仕事に誇りを持っているというようなことでございました。
それでは、次に千葉俊哉さん、お願いします。

千葉俊哉
千葉俊哉と申します。水沢で乙女屋という、僕で9代目ぐらいになるのですけれども、寝具店をやっています。昔は布団屋ですけれども、今は枕、もう布団というのは皆さん持っているものなので、普及率が99%ぐらいあります。今は逆に、日本は不眠とか眠れない人が5人に1人いると言われるぐらい、そういう問題があるので、今はオーダー枕みたいなものをお客様に販売したりしています。
私も東京に行って、私は寝具店を継ごうと思っていましたので、修行に行っていました。私が戻ってくる理由がちょっと今回お話しするところのさわりかなと思うのですが、5年間の修行の予定で栃木に行きました。日本一売るお店がそこにあったので、そこに修行に行くのですけれども、5年間という予定で修行していましたが、3年目ぐらいに家から電話がかかってきまして、水沢には中心にメイプルという複合の商業施設があります。これは、商店街の組合で建物をつくって、中にテナントとして大手の、その当時はジャスコが入っていましたけれども、長期契約で運営すると。そこの地元にあった下の店もそこのテナントに入って商売するのです。うちのじいさんというのがそこの地べたにもともとお店があって、そのままそのテナントつくって中に入っていましたから、その中央ビルという管理会社の社長というか、会長をうちのじいさんが最初していたので、いろいろ判子をべたべたついていたのです。それがどうもつぶれるということで、3年目ぐらいに電話をいただきまして、ちょっとつぶれているかもしれないとやばいので、戻ってこないかということで、一番の僕の人生の失敗した選択だったのですけれども、戻ってくることになりました。戻ってきて、ジャスコがもう出ましたからテナントとして成立しないので、中央ビルを1回つぶして新しい管理会社を入れて、今は再生しました。そういうすごく僕の中では激烈な動きがあるところで私27才ぐらいのときに戻ってきました。なので、非常に商工会というか、地元の活性化というのに否応なくすごく関わらされました。
そんな中で、それ自体が再生は私が戻る前に進んでいたので、結局私の店はその後出て、テナントは県とか国とかの支援をいただいて再オープンして今もやっています。ただ、地元というのは、そういう意味でその中でいろいろかかわらせていただいたりしたので、商工会議所なんかにも入らせていただいて活動していますから、そういうところにも呼んでいただいたり、中心市街地活性化のこういうお話し合いの懇談会のメンバーで来てくださいなんていうことも言われて伺ってやっています。年配の方と一緒に話をしていますけれども、そういう中ですごくまちで暮らしていておもしろいこともあります。やっぱり中心市街地のあり方というのもすごく考えるので、それはほかの周りの方よりは多分多く、現実僕の身に降りかかってきたことでもあるので、考えているかなというところがあります。
いろいろアイデアを練ったりして県とか国とかに働きかけながら市街地と市の方々なんかと一緒にやるのですけれども、いまいちスピード感が出なかったり、どう考えても僕の意見ですけれども、若い人だとそう思うのかなと思いますけれども、どう考えたって、これを転がしたってうまくいかないなというものが動いていったりというような、いろいろ考えるところもあるので、今日はせっかくこういうところでお話ができるので、例えばこういうふうにしたらもっと地元って活性化するのではないかなというような思いもあるので、そういうことを話しできたらなと思っています。
すごくいいものがたくさんある県だと思っているので、たくさん戻ってきている人もいて、すごくおもしろいアイデアを持っている人もいたりするのですけれども、なかなか表に出てこなかったりというのも感じるので、そういうお話も含めて皆さんと意見交換ができたらなと思っていますので、よろしくお願いします。

坂本課長
はい、ありがとうございました。
それでは、一巡最後の馬場さんからお願いいたします。

馬場一輝
馬場一輝です。自分は多分この中で一番若いのではないかと思うのですけれども、24歳です。ちょっと言いたいこともいろいろあるのですけれども、自分のことを一番知事にも皆さんにも知ってほしいというのがあるので、自己紹介からします。
高校は、黒沢尻工業高校で、部活はラグビー部をしました。やっぱり農業をおやじがやって、うちは専業農家で、みんなで今のところはキクと、あとは米をつくっています。コギクに関しては産地化しようとして岩手県では進んでいるので、僕もそこには賛成して就農しようと決めたのですけれども、18歳で就農するにはもうちょっと時間を置いてもいいのではないかということで、東京の独立行政法人の専門学校というか、農業の大学に入ることにしました。こっちで1年間研修して、向こうで3年間勉強してきました。3年間勉強し、こっちに帰ってきて、今年で3年目になります。向こうで嫁さんを見つけたので、こっちに帰ってきて、結婚して1歳の子供がいます。という、早足で言うとこんな現状です。
農業という分野が自分だけで今日はちょっとびっくりしたのですけれども、農業を代表してではなく、僕個人がこの大学の4年間と、2年間うちで仕事をして、地域の人たちとも関わって、4Hクラブという全国でも大きいネットワークというか、若い人が集まる農業の団体なのですけれども、ここに入って感じたことが、やっぱり皆さんもだと思うのですけれども、若い人が主張できないという現状が一番もったいないなということを僕は感じています。やれることがあるのにやれないでしまうということは、これ以上もったいないことはないので、ぼくは皆さんが皆さん、20代や30代、特に今生きている農業者の方や若い方たちがもっと自分が代表だぐらいな、北上の代表、岩手の代表、ましてや全国に自分が発信していくぐらいな何か事を、具体的には言えませんけれども、考えてもいいのではないかと思います。それを大きな声で言ってもいいのではないかなというのを今自分が感じています。
自分は農業を2年間して、目標として挙げるというか、目標と思っているのが農業の仕組み作りです。こういう感じで農業をやったらもっとおもしろいのではないかとか、生活しなければだめなので、稼げるのではないかとか、そういうことを模索しながら、妄想しながら毎日農業をしています。まず魅力ある農業を自分の中で確立していくのが今僕が一番頭で描いて楽しいことですし、やりがいもある仕事です。それに気づいたのも高校のころからで、親父がやっていることは、うん、すごいおもしろいことだなと思って、百姓という言葉があるというのを聞いたときに、何で百姓って言うんだろうというときがあって、百の仕事があると、農業には百の仕事を行わないと一人前とはいえない。。だったら自分もまだ半人前にもならないぐらいのことを言って、ああ、50になってもまだ半人前なんだと思って、おれはいつ半人前になれるんだろうぐらいに思ったのですけれども、それだけいろんなやりたい仕事、やらなければいけない仕事、やらなければいけないことが多くあります。なので、つまらないと思う時間はないなと思って、まだ24で、来月25になるのですけれども、まだ25でやらなければいけないことたくさんあるのだったら、今やれることをしっかりやって、言いたいことを言って、個人個人が強い主張を持った農家がどんどん、どんどんできてくれば、その農家自体はほかに屈することはないので、自分みたいなちょっと度が強い主張のある若者がどんどんふえていって、農業にかかわる、いろんな産業にもそうした手をつけていくと思うので、そのときにみんなで協力し合ってできるような岩手県になれば僕は一番いいと思っています。
まず、今できることをしっかり勉強して、行動して、しゃべって、周りに広げて、そういう活動を僕はずっとしていきたいと思っていたので、こういう全然違う、ましてや知事さんと話しすることは多分なかったので、これからも積極的に参加したいなと思います。
こんなところです。

坂本課長
はい、ありがとうございました。
農業の仕組みづくりや個性的な農業への思いをお話いただければと思います。
一通り今日ご出席の6名の方から、自己紹介や日ごろの活動と現状、そして今日のテーマについてもご意見をいただいたところでございます。
ここでこれまでのまとめで、知事と局長からそれぞれコメントをいただきたいと思います。

達増知事
それぞれ自分の拠点になる城を持っていたり、所属する組織を持っていたり、そしてそこから自分の働くフィールドというのもしっかりした現場があって、大変頼もしく働いているなという印象を受けました。そして、それぞれ若くして挑戦したり、また経験がまだ長くない中でいろいろやるべきことをしっかりやっていくということが、そのフィールドがやっぱり世の中全体の仕組みの壁みたいなところに接していて、そこからまず地域のあり方とか県のあり方とか、あとは日本のいろんな制度についても変えていかなければならないのではないかというところにもそれぞれ気がついているというところが大変すばらしいと思います。
世の中が余り発達していないころであれば、どういう産業分野はこういうことをしていればいいのだという一種指令のようなものが国から県、市町村経由でおりてきて、その言うことを聞いていればそれなりに食べていけるみたいな状態だったわけですけれども、世の中このくらい成熟してくると、何をやればいいかというのは、それをやっている現場が一番よく見えてくる、わかってくるという時代になってきて、それをうまくやっていくためにはどういう制度や仕組みが必要かというのは、上からおりてくるというよりは下から積み上げてつくっていかなければならない、それが地域主権ということの意味だと思っています。
世の中のありようというのを地域の暮らしや仕事の現場のほうから積み上げて、世の中全体をつくっていくような形にしていかなければならない時代だと思うのですけれども、そういうことができるようなしっかり足場を持って活動しているところがすごくいいなと思いました。あとは、ここはああしたほうがいい、こうしたほうがいいみたいなのをそれぞれ持っているやつをどう行政を通じて実現するかとか、分野によっては行政に頼らず地域の力で実現するとか、そういうのもあるのですけれども、そういう具体的な話がまた進んでいけるような、そういう自力はあるなという感じがしたところであります。

藤尾局長
振興局長の藤尾です。それぞれの分野で皆さん悩みながらも、それぞれがかかわっている仕事というものに対して大いに自信と誇りを持っていらっしゃるということにつきまして、私も知事と同感でございまして、頼もしく感じたところです。
さらにもう一つ私はつけ加えて、すごく頼もしく思ったことは、常に地域を意識して、地域のために、あるいは将来の子供たちのためにどういうふうにしたらもっともっと発展が遂げられるかということを常にお考えになっていて、考えながら、しかも行動をされているということに対して、ものすごく私は評価したいというふうに思います。
知事もおっしゃったのですけれども、いろいろ行政もたくさん、限られてはいますけれども、資源を持っています。お金もあるし、人材もあるし、これまでの蓄積もございます。そういったようなものを一緒に持ち寄って、皆さんの強みと一緒に活用しながら、いろいろアイデアを出していただきながら進めていければなというふうに思った次第です。
以上です。

坂本課長
はい、ありがとうございます。
それでは、ここからは、今のことですとか、皆様から出された意見をもとに、自由な形で意見交換をさせていただきたいと思っております。
その前に、ちょっと先ほど説明を忘れましたけれども、今日資料として県南広域振興局の広報紙「Lead(リード)」という冊子をお配りしておりました。これは、多分まだ皆さんのご自宅にはお配りになっていないと思いますけれども、それぞれの市町村から広報紙などと一緒に配られる予定になっております。管内に18万部今回発行いたしまして、これについて県南局の実は若手の職員が14名ぐらいでチームをつくって、記事の企画から取材、撮影、いろんな編集まで全部やっております。地域で皆さんと同じように活動している、先進的な取り組みをしている人をピックアップしております。あとは、その人たちに県南局としてどういった面でご支援をしているかとか、そういったこともちょっと囲みの中に書いております。県南局としてもいろいろなご支援をさせていただきたいなというふうに思っておりますので、ちょっとご紹介をさせていただきました。
それでは、ここからは自由な意見交換ということでございますので、先ほどご意見をいただいたことにつけ加えてお話をしたいとか、あるいは小田島さんも農業に参入されているというような話で、馬場さんも農業というようなことで共通の話題もございますので、そういったことを、特に順番は設けませんので、皆さんのほうからご発言いただければと思います。

達増知事
馬場君の魅力ある農業の確立ということで、新しい農業の仕組みづくりをこうしていきたいという発言、それから高橋さんの森を見ていていろいろ仕事になるのではないかという、でもなかなかならないというのはいっぱいあるという発言、それから後藤、千葉両奥州商工会議所青年部メンバーからは、やっぱり地域のありよう、中心市街地のありようということについて問題意識が出されたと思いますし、あとは小田島君からは、建設業界という地域のことも結構詳しくわかって、また地域に根差した人たちもたくさん抱えているけれども、さあ、どういう分野でどういうことをしていこうかというのが課題になっているというところ、あとは宇津野さんは子育てというあたりを中心に家族を構成して生活していくというのが、そう簡単ではなく、いろいろ支援をしているという話がありましたよね。それぞれ関連させながらいろいろ一緒にやるとうまくいくかもしれないみたいなこともあるのではないかと思いましたので、そういうのを念頭に置いてちょっといろいろ考えてみてもらうといいのではないかと思います。

坂本課長
では、後藤さん、どうぞ。

後藤大助
大きい目線で僕どうしても考えてしまう性格なので、現実的な感じで聞いていただく方には結構笑われるというところあるのですけれども、僕の場合どうしても岩手じゃないと、岩手にどうしても足を運びたくなる、それがあるから岩手に行っちゃうという魅力、例えばそれはジャンル、今日いろいろな方いますけれども、農業とかいろんなところでも岩手のこれはやっぱりというところが何かヒントになってくるような気がしていて、先日社員旅行でちょっと福島のスパリゾートハワイアンズとかに行きましたけれども、やっぱり地域が一体となってそこにお客さんを呼び込むという意欲みたいなのをすごく感じて、1,500客室あるのが、もう映画なんかの影響もあって手いっぱいで、今新しい宿泊棟がかなり大きいのが中央に建設されていて、地域にもそういう南国風な木が植えられていたりとか、あとは大型バスがかなりの数入るショッピングできるようなところも周辺にちゃんとあると。食べれるところ、お買い物できるところ、あとは水族館とか、そういう地域一体で外から呼び込もうというところで、どうしても何かそういうふうな、まちぐるみとかで中心市街地で何か工夫するというのはやっぱり必要なのですけれども、もっとやっぱり大きな目で見て、何とかこの岩手に入ってきてもらえないかなというところを、何かプロジェクトチームではないですけれども、やっぱりお金を分散して散りばめるよりは、外から岩手に呼び込むための徹底した、そこに資本をある程度投入して、やっぱり若い感性とか、どうだったら自分はその県に行っちゃうかというところを何かつくっていきたいなという思いは漠然と描いているのですよね。

坂本課長
では、千葉さん。

千葉俊哉
その前に、私今日、朝知事のツイッターにツイートしましたので。それだけです。

達増知事
ああ、それは……

千葉俊哉
僕も戻ってきて、いろいろ行政というか、まちの、例えばどう活性化するかという、どのまちにも多分あって同じ話をしていると思うのですが、基本的には僕は自分で商売していますが、商売というものは基本的に人がいないと成り立たないし、あとはこれは行政が何か特定の、例えば事業に補助金出すとか、そういうのは基本的には余り意味がないと思っています。仕事自体はジャスコが撤退したのは、それは当然人がいなくなったから出たのであって、儲からないところで商売というのをする人いませんから。僕が例えば今日来るのに当たって県という単位の、例えば行政にこういうものがあったらいいのにと思うことって何かなと思うと、端的に言うと、やっぱり人がすごくいないのが基本的に原因の1つ、大きな1つではあるのかなと思って。ただ不便だったり便利ではないので人が出ていったり、仕事がなかったりして人が出ていくには当然理由があるのです。例えば、岩手県って僕の住んでいる県南のあたりというのは、すごく日本全国で見てもトップレベルで賃金が低い地域なのです。今はメリットだと思っていて、安いということは、たくさんそこに企業が呼べたり仕事が来るはずなんですね。東京で1,000円で働かせるより岩手に来れば600円で同じ質、作業してくれるわけですから。そういう意味ですごくネガティブなニュースも多いのですけれども、メリットだし、例えばそういうところでさっき言いましたが、大きい企業があったり、企業誘致で僕の近くの江刺のフロンティアパークなんかも県とかで一生懸命やっていただいているのですが、そういうところを加速させていって、人をとにかく増やすと。家賃だって絶対安いですし、そういう意味ではそういう仕事のところの呼び込みというのをしていただくと商業は結果的についてくるような気もしてます。僕がそういうまちのところに行くと、ご年配の人なんかは「店がない」とか「何々が欲しい」とか「建物を建てればいいんじゃないか」って言うのです。人がいなければやっぱりできないので、人を呼び込むようなことというのは、今はネットも発達しているので、そっちで商売している人でおもしろい人がいっぱいいるのです。都内と仕事をしている人なんて特にたくさんいますし、そういうのはすごくやっていて思うところですよね。もっとたくさん戻ってくるような環境ってないのかなと。
こっちで働いていない同級生も何人かいますけれども、やっぱり仕事がないのか、やらないのか別にして、僕らみたいに家業があって戻ってこれたような人間は、まだ戻ってこれます。でも、仕事がないので戻ってきませんし、すごくそういうところがあるので、そういうところも何かほかの方はどう思うのかなと思っています。

達増知事
岩手県の人口流出というのは、今世紀に入ってきてから毎年どんどんふえていって、実は1990年代の終わりごろには人口流出が年間1,000を切ったこともあるのです。ところが、やっぱり21世紀に入って国から地方への予算が大幅カットされ、地方の予算もどんどん減り、公共事業も減り、それにITバブル崩壊というのも重なって、人口流出が2000年以降1,000人ぐらいだったのが2,000、3,000、4,000、5,000と毎年1,000人ぐらいずつその年の人口流出がふえ、6,800ぐらいまでふえたのですね、おととしの前かな。
ただ、リーマンショックで都会や東海地方の仕事もがくっと減り、総体的に向こうに行っても仕事がないというふうになったので、6,800ぐらいまでふえたのが6,300だったかな、6,500だったかな、そして去年は6,000を切って5,000人台にまで、そうやって人口流出に歯どめがかかっています。
1990年代終わりごろは、やっぱり働く場所があればなかなか出ていかないし、また一旦出ていった人も戻ってくるということで、岩手の人口流出というのは、岩手が嫌で、嫌いで都会に出たくて移動しているわけではなく、働けるのであれば、こんな数にはなっていないというのは統計的に証明されると思います。あとは、中小企業庁が選ぶ「元気のある商店街100」なんというのに岩手からは、盛岡の肴町商店街とか材木町商店街が入っているのですが、あそこはやっぱり商店街の努力もそれはすごいものがあるのですが、周りにマンションがいっぱいあるというのが大きいですよね。盛岡大通商店街も話を聞くと、過去、とにかくマンションを周りにふやすというのにすごく力を入れた時期があったそうで、実はやっぱりそういう住宅政策とかとセットでないとなかなか中心市街地活性化というのはできないですよね。だから商店街さんだけの努力ではやっぱりだめなところがあり、そういうもっと大きい人口政策、住宅政策とセットでないとだめですよね。

千葉俊哉
たくさん人を呼ぶような仕組みというのは、県だと思うのです、すごくドラスチックにできると思うので、もちろん今もされていますけれども、そういうのも大事かなと思うのですけれども。

達増知事
さっきの理屈からいえば、仕事をする場が、雇用の場があればむしろ人口流入になるかもしれないぐらいの魅力のある県ではあるのですよね。

千葉俊哉
食べるにしても暮らすにしても、抜群に都内、僕は月に一、二回出張で東京に行きますけれども、やっぱり全然安いですよ。こっちで暮らすのが安いし、気候もいいし、今は2時間半ぐらいで行けるのですから、そういうのもあるけど、やっぱり仕事がなくて。つい昨日、僕の知り合いのITというか、ホームページとかのデザインしている会社を1人でやっている先輩がいるのです。都内のスピッツのホームページなんかつくっている人が水沢にいるのです。1人とか2人でつくっているのですけれども、そこに求人募集出したら、早稲田大卒の50歳の人が申し込みに来たのだそうです。そこの社長さんは33歳ぐらいなので、断ったというそうですけれども、それぐらいの一流の大学を出て、50代の人がそういうところでも就職を探す状況というのは、やっぱり結構末期的なのかなという気もしました。そんな人も仕事ないんだというのは、50歳の人が来るというのは。それがさらに、こういう言い方するとあれですけれども、学歴がなくてとかというようになると、もっと企業は採用の窓口を絞るでしょうし、仕事もなくなっていくので。その人はコンピュータープログラムとして技術があったみたいですけれども、そういう特技があっても採用に至らないという状況は結構厳しいのかなというのが感じます。

小田島裕樹
観光客関係でしょうね。一番県の中でお金を消費すれば、ぐるぐる回るのですね。結局はどんどん同じ財源食いつぶして減っていく、衰退していくというような形なのです。どうしても他県からの便、他国からの便、岩手県は空港もありますし、私も花巻にいるので、花巻空港とかの整備関係も何度かやったことがありますけれども。ただ、そういったところで海からもある、陸からもある、空からもあるというのだけれども、なかなか多分観光客のほうがふえてくるのかも、私もちょっとわからないのですけれども、平泉が文化遺産になるということで、いろいろ取り上げていったのですけれども、実際のところは観光客自体はふえているのかどうかというのはどうなのでしょうかと。

達増知事
データ的なところは、わかる人に説明してもらいましょう。

藤尾局長
具体的な数字は今持っていませんけれども、おととしの内陸地震のときは、やっぱり風評被害等で減りましたけれども、その後だんだん持ち直してきています。それは本県の平泉もそうですし、あと温泉ですよね。それから三陸海岸といったようなところを中心に、岩手ならではの風景もそうですけれども、食だとか、それからおもてなしといいますか、岩手県民の人柄、そういったようなものに引かれた形で、データ的にはおととし、前の数字ぐらいまで戻ってきています。これからまた、平成24年でしたっけ、デスティネーションキャンペーンはね。

廣田室長
それですけれども、3,900万人くらいでずっと推移していたのですけれども、やっぱり今藤尾局長から話があったように、おととしは減りました。去年は少し戻ってきています。ですから、来年の平泉とか、あるいは再来年のデスティネーションキャンペーンって、これJRと岩手県が一緒になって、お客さんを全国から呼ぶキャンペーンなのですけれども、あとこの12月には青森まで新幹線が行きますから、さまざまいい材料はありますので、大いに岩手をPRして、お客さんに来てもらいたいということでさまざま取り組んでおります。

小田島裕樹
自分も常々考えているのですけれども、岩手県って何の県なのだろうと思ってもちょっとわからないのですよ、私。例えば仙台とか福島だと、都会なんだなという感じはありますけれども、私もいろいろインターネット関係で見ていますけれども、岩手県というのはただ面積がある県だというぐらいにしか私の中にはないのですけれども。面積……。

達増知事
これはすごいグッドクエスチョンでありまして、知事としてやっぱりいろいろ県外に出たり、外国に行くこともあるから、岩手っていうこと、岩手について短い時間で説明しなければならないときにどう説明するかというと、何か一つのことで説明できないですよね。青森だったらリンゴとか、秋田だったら米だ、なまはげだとか、何か1つのものでぱんと説明できるけれども、岩手全体を、リンゴもだけれども、でもリンゴだけではないし、南部鉄器もあるけれども、南部鉄器だけではないし、農業も米と畜産の両方あるし、実は岩手というのは一言で説明できない多様性が岩手の物すごい特徴で、東京のあるでっかいデパートの催事場担当の人に、全国物産展をその人は担当しているのだけれども、単独の県が大きい物産展やれる都道府県は日本に5つしかないというのです。北海道と沖縄と京都と石川県と岩手県だというふうに言っていて、それだけ総合力があるのですよね。農業でも米と畜産の二本柱に花とかそういう野菜、果物、園芸関係もすごく充実していて、また海の海産物がまた物すごい。北海道の次ぐらいにすごいわけです。伝統工芸品とかもあり、そういう文化も県北、県央、県南それぞれ違ったりするので、今回4つの広域振興局に分けてそれぞれの特徴を打ち出す作戦というのは何か岩手、岩手で、岩手っていえば岩手山に南部せんべいとか、盛岡的なものだけで岩手全体を象徴できないから、むしろ県南というのはこういう平泉とか、そういうのを中心に、県南的なものでばんと説明するほうがいいのではないかというのが「岩手四分の計」の作戦なのですよね。

千葉俊哉
4つぐらいに分けると、ぱっと思い浮かぶような気はしますね。上に行けばそうでしょうし、沿岸に行けば海産物かなみたいなのもあるので。

小田島裕樹
民俗関係の伝統もばらばらですよね。
○(出席者):遠野だってありますからね。やっぱりすごくそういうところはあるし。

達増知事
ちなみにそういうお化けや妖怪が出るとか出そうだという雰囲気に関しては日本一だと思いますよ。だから、本当に岩手は何が日本一かと聞かれたときに、最近答えているのは遠野物語100年というのもあるのだけれども、座敷童子やカッパが出る、そういう、これは人と自然が一体になって生きている、そういう自然を大事にしながら、あと人間同士もお互い協力して生きている、そういうのが日本で一番すごいから、いまだに妖怪とかも、しかもいい妖怪が出るのですよということを言っていますけれどもね。

千葉俊哉
観光客もそうですし、それこそいろんな外から住んでくる人は別に外国人でもいいわけで、どんどんそういう意味では日本にいて一番安く住めるところとかといえば、中国の人なんかたくさん来てくれるのではないかなと。やっぱり僕らみたいに客商売していると、とにかく人口がふえれば大体の問題は解決していくのではないかなぐらいすごくコアなところだと思っていて……

小田島裕樹
そうですね、建設業にしてみても、こっちの商業のほうが上がってくれば、そこにインフラを整備しなければいけないので、こっちもふえてくるのです。

千葉俊哉
一般の普通の人なんかと、商売していない方と集めると、こういう店が欲しいとか、ああいうおしゃれな店がないと言うのですけれども、人がいなければ、ないのは当たり前で、僕らつぶれたら、あと一人で帰っていくしかないので。まずそれも自由。人が集まれば勝手に僕らは儲かると思えば仕事を始めますし、儲からなければ減っていくので、今は確実に岩手県中で商売している方は多分減っていっている。でも、減っていってもいいのです。僕の商売は布団屋なので、布団屋って、さっきも言いましたように、確実に衰退産業なんです、業界全体とすれば。その中でイノベーションというか、起こって新しいのはなっていくのですけれども、でも仕事をやめた、例えば僕の周りでやめた人が新しいIT産業に再就職できるとか、そういう環境があれば全然いいのですよね。いつまでも補助金もらって商売しているというよりは、やっぱり自由な環境で競争したほうがいいので、仕事がなくなったら違うことできるというのは、今やっているような、そういうのができるような仕事であればいいなとはすごく思います。やめる人が多いのです、周りの商店街だと、やっぱり年齢いったりして。じゃあ、その70歳のばあちゃんに補助金上げるから、その裁縫屋さんをずっとあけていてくださいと言ったって、やっぱり行かないですよ、不便ですから。便利なほうに行って当たり前なので、そういうのを加速すればもっと変わるかなとかというのを思ったりします。

小田島裕樹
あと、見ていれば、もしかしたらショッピングの選択肢というのも少ないのかもしれませんね、岩手県は。もうどこも手いっぱいという状態で、新しく募集するところもないですし、募集するとしたら、もうあとは工場関係。入れかわり立ちかわりという感じになっていると思いますよ。

千葉俊哉
小田島さんの話ではないですけれども、やっぱり北上なんかにも会社として田んぼを買ったりして農業をされている会社の人と何回かお会いしたこともありますし、それこそ田んぼ、農業をされていますけれども、すごく……

達増知事
その仕事を増やすことについては、農業、林業の分野でいろんな構想があるのではないかと思うのですが、どうでしょう。農業も生産しているだけではなくて、加工から流通、レストランまでとか、ああいうのがあるじゃないですか。

馬場一輝
ありますけれども、そこまで、そうですね、フットワークがやっぱり重たいというのが一番ですし、例えば会社化しようとするじゃないですか。会社にしたら、それは効率も上がるし、人も呼べるし、雇用もできると思うのですけれども、実際のところ、そこまでやって、自分たち暮らしていけるのか、まず不安ですし、雇用した人たちを米でも何でもこっちだと冬基本的にできないというか、ハウスでやって暖房かければできますけれども、基本的に米だって花だって野菜だって、毎年一発勝負なのです。一発勝負のときに、そこに丹誠込めてやったはいいけれども、気象なりなんなりというリスクが余りにもほかの企業よりは僕は多いと思っています。そのリスクが多いところにお金かけて、人を雇ってというところで、どうしても自分では解決できないものなので、またそれも心苦しくて、みんな手をつけられないでいるのだと思うのです。

達増知事
ボランティア的な感じでやって、その空き時間を利用して何か雑穀でお菓子を作るとか、儲からないかもしれないけれども、やってみて、でもうまくいくと産直で結構売れるみたいな感じで少しずつ実ってきている感じですかね。ある程度本当のビジネスだったら売り上げの予想を立て、計画をして投資するけれども、そういう感じがなかなかできないと。

馬場一輝
なかなかつかめないというか、やったことがないからでしょうね、やりません。

達増知事
あと林業の分野も本当は人手がいれば、あれもできる、これもできるというのはあるのではないかと思いますが。

高橋憲司
そうですね、私が入るきっかけになった緑の雇用というのが、やっぱり全国的に見ても林業で働く方々はもうかなり高齢位ということで、どんどん若い人たちを入れて守っていこうというのが始まりなのだそうですけれども、ただそうはいっても、今日入ってすぐやれるものでもないのです。やっぱり職人の世界だなというのはすごく感じます。
私が今すごく感じるのは、もちろん若い力も必要なのですけれども、今までその地で働いてきたお年寄りというのですか、もちろん今現役でやっている60代、70代近い人もいるのですけれども、そういう人たちもやっぱり生涯働けるような環境をつくっていくというのがすごく大事だと思うのです。やっぱりそういう人たちから学んで、自分たちも受け継いで、またそれを伝えていくという部分もなければいけないなと思いますね。確かに若い人たちの意見というのはすごく必要なことなのですけれども、でもそれをやるためにはもとになる確かなものがあってのことだと思うのです。自分は本当に何もわからないで入ってきたものですから、毎日のように先輩にいろんなことを教わってやっています。うるさいなと思うこともあるのですけれども、後から、ああ、聞いていてよかったと思うこともたくさんあるのです。だから、そういう年配の人たちもずっと長く仕事ができるような環境もあればいいのかなと思ったりします。一次産業ももっと光を当ててほしい。

馬場一輝
あとその話に補足なのですけれども、やっぱりおじいちゃん、おばあちゃんというか、50歳から上の人たちが今岩手の農業なり林業なり支えていると思うのです。その人たちから受け継ぐことというのは、僕たち20代、30代でやっていかなければいけないこと、今やらなければいけないことだと思うのですけれども、それこそ。なのですけれども、ちょっと例えば建設業でもそちらでも商工会議所でもあれなのですけれども、若い人の相対数が少ないということは、僕と例えば親父の世代、50代、60代の世代は相まみえること大体ないのです、難しいのです。でも僕と、例えば千葉さんのところだったら、多分相まみえることあると思うのです。上昇志向で、自分がこれからやっていくんだということがまず2人の意識の中であるので。でも現状維持と今の農業はこうだということが完全に凝り固まっているという、いいことではあるのですけれども、悪いことでも多くあると思うのです。そういう仲間という世代が余りにも少ないと、よし、みんなでやろうというときにどかんとできないと思うのです、僕は。なので、今みんなで何かやろうというふうに考えがあっても、僕に言って、僕しかいなかったら絶対成り立たないわけで、僕に賛同してくれる仲間がいれば、僕は後ろの人たちの助けもあり、できると思うのですけれども、なので、今悪いっちゃ悪いのかな、リストラ、東京とか埼玉とか神奈川のほうで働いていて、こっちに戻ってくる僕の仲間もいて、僕の仲間は、やっぱり周りみんな農家の家なので、かつかつの農家ではあるのですけれども、今も大した農家でもあるのですけれども、家に入って、我が家の職業を継いでという行動に始まりました。
その人たちが仲間となって何か行動を起こせればとは思うのですけれども、今のところ具体的な案もなく。なので、というのも、まだその人たちがことし始まったばかりだからだと思うのです。今の現状をわからないまま、僕の仲間になって一緒に何かしようといったって、おまえ何わかっているのやって親父に言われて止められて終わりだと思うので、もうちょっと農業を観光とか、そういうのにするには時期尚早だなと思うし、まず人づくりというか、農業に関しては個人個人が確かな意識を持って主張していく人たちになるのを待つか、そういうふうにしていって周りに助けてもらうかしてもらわないと難しいと思います。

達増知事
宇津野さんは、たくさんの若い人たちと日々接していて、またその若い人たちが子育てをする中で、ニーズというのはいっぱい持っていると思うのですよね。ああいうことをしてくれる人がいればいい、こういうことをしてくれる何かそういうサービスがあればいいと、その辺の感じはどうでしょう。

宇津野泉
今皆さんのお話を伺って、ふだん私が接している若いお母さん方というよりも、私の同級生だったりとか、東京の友人のことなどを思い起こしてみたのですけれども、岩手にしかない魅力を「子育て環境」ということから都心と比べて考えると、すごく恵まれているなと思うのです。待機児童が少ないですし、子どもを預けたいと思ったときに、まず盛岡市内でも一関市内でも、さほどの人数がいるわけではないですよね。認可保育所も認可外保育所も預けようと思えば預けられる環境があるのです。これが都心ですと、そういうわけにはいかなくて、保育ママだったりとか、そういう方とも面接を受けても落とされたとか、そういう話があるぐらいなのです。
私の親友なのですが、年に3回必ず私の実家に帰郷のように来るのです。その家族は、東京が実家で、お互いの実家が東京なので、田舎に帰ってくるという感覚でうちに帰ってきます。何で帰ってくるかというと、子どもを遊ばせる自然がたくさんあると。山で遊ばせていても、裏山で遊んでいても、公園で遊んでいても危険がない。安心して遊ばせられる。そして、緑が豊富で食べ物がすごくおいしいし、海に行けばきれいな景色が見れて、山に行ってもきれいな景色が見れる。混雑するほど人がいなくて、もう言うことはない。出かけていっても、何か食事をとるにしても、いつもおすし屋さんですごく高いお金を出さないとおいしいものが食べれないのに、ここではこんな安くて、こんなおいしいネタを出しているのかと。それはもう、都会で暮らす家族からしてみれば、すごく子育てするのに恵まれているというのですよね。
そして、だんなさんが職をなくしてしまって、共働きなので、彼女がSEなので、今まだ生計が保たれている状態なのですが、本当にそのときに相談されたのが、一関でそのSEの仕事がないか、紹介してもらえないかという話だったのですね。私の地元がすごく好きだから、一関にIターンで来て、家族みんなでこっちで土地を買って定住したいと。その相談を受けて残念ながら紹介できるほどSEの仕事ないですね、はっきり言って。

千葉俊哉
持ってきてもらいたいなと思ったりするのです。

宇津野泉
ねえ、本当にそうなのです。もうSEとかITの関係の仕事であれば、地方でもできるのですよね。

千葉俊哉
世界中でできるし、どこでもできる。

宇津野泉
だから、生活の拠点は田舎、だけれども、やる仕事のレベルは高いもので、中央でも通用するものというのが確立されれば、そういう雇用の場があれば、子育てに関してもすごく恵まれているところというのはすごく強みになるなと思いますね。
観光ももちろんですけれども、定住していただければ、それは一番いいなと、皆さんの話を伺って、何か思いました。

千葉俊哉
そういう意味の職業訓練みたいな施設をやってもおもしろいなと思います。

達増知事
北上川流域というのは、地形的にはシリコンバレーにそっくりなのですね。

宇津野泉
そうですよね。

達増知事
カリフォルニアのシリコンバレーは、僕はずっと北から南まで見て歩いたことがあるけれども、向こうは海がそばだとか、気分転換で自然の中で遊ぶことができるというところもまた似てるわけです。こっちはスキー場とか温泉がそばにあるというのがメリットだけれども、あと向こうもヨセミテ国立公園とかそういう風光明媚な自然がすぐそばにあるとか、こっちも国立公園は2つもあるし、ほかにも国定公園もあるし、そういう意味では製造業もですけれども、IT的な誘致もやっぱりしていきたいところですね。システムエンジニアリングみたいな仕事も。

宇津野泉
幼児教育の立場からいうと、やっぱり自然の中で子どもが育つのが一番いいと思うのですね。「心身ともに健やかに」というのはやっぱり自然とのかかわり、直接体験がどうしても必要だと思うので、そういうところで岩手は恵まれていますし、県外、都心のほうから住むのにこっちに移動していただければいいのにな。

達増知事
和賀川流域というのも、すごく奇跡的に自然に恵まれたすごくいいところですよね。

千葉俊哉
そういう意味ではそういう新しい成長産業と言うとあれですけれども、そういう……。

達増知事
豊沢川もだし。

小田島裕樹
上流に行けば泳げますよ。

千葉俊哉
そういうのって、でもないですよね。

宇津野泉
そういう経験を都心の人たちはできないですものね。

千葉俊哉
盛岡だって、あんなきれいな川が流れているところないですよね。ニュースで見たって、子供が水遊びを市内でできる川っていうのは、相当ないなと……

達増知事
北海道を除けば、都道府県で一番人口密度が低いのですね、岩手県は、やっぱ。人口が多ければ多いほど経済にはいいのですが、ただ百三十四、五万という今の規模は、まだいいのではないかなと思っていて、100万を切ると、県としてやっていけないみたいですっけよ。
高知県、この間行ってきたのですけれども、あそこはもう80万ぐらいしかなくて、鳥取、島根みたいな100万にいっていないような県と連携して、もう地方分権では間に合わない、地方分散をせよと言っているんですね。地方分散というのは、もう人口を強制的に移してくれということを本気で訴えているのです、高知とか鳥取、島根みたいなところは。岩手は、まだそこまで、来てくれればいいとは思っているけれども、強制的にやれというところまではいっていなくて、やっぱり100万以上人間がいれば、何かかんか回っているところはあるのですよね。

千葉俊哉
ぎりぎり新しい、僕らより例えば年の若い子がお店出したりというのがまだあるのですよ。ただ、それでもやっぱりお客さんがいないとか、夜出歩いている人がいないという話はよく聞くので。変な話、100万人を切るということは、これがさらに5分の4とか4分の3ぐらいになるということですから、そうなると多分出すメリットがなくなってきて、加速度的に人もいなくなるのかなと……

達増知事
そうなる前にやっぱりいろいろやっておかないと。

後藤大助
今が少しずつ下がっているのですけれども、多分ある程度のところに行って、一気にがんと下がるような、もう仕事がないということなのでしょうかね。

千葉俊哉
そういう意味ではすごく世代間格差があります。10年前にこのまちに戻ってきてお酒飲み出したときに「若いね」と言われました。10年たちますけれども、僕より下の人たちというのは飲みに来ていないので、僕まだ一番若いような。そういう意味で僕はすごい世代間格差というのが出ている、若い子飲まないですし、外に行かないし……

後藤大助
常に「若いね」で。

千葉俊哉
そうなんです。10年たっても「若いね」でおかしいなと思いながら。そもそも僕の若いころは、僕ぐらいの年の人に飲ませてもらっていました。そういう意味では世代間格差というのはすごく感じます。僕より若い人は本当に絶望しているという言い方するとあれですけれども、そういう意味ではすごく危機感を僕らも持っているし、かといって、年配の人が持っているかというと、若干逃げ切った世代だから安心しているのかなと思っています。非常に僕らの危機感とぎりぎりリンクするラインと、もうあとの安心している世代とやっぱりあるなという感覚があるので、やっぱりそういう意味で……

馬場一輝
格差感じるんですね、そうすると、そういう……

千葉俊哉
収入の格差というわけではなくて、世代間の格差ですよ。

馬場一輝
考え方ですよね。

千葉俊哉
考え方もそうだし、僕ははっきり言ってすごく危機感持っています。30年後食っていける、年金もらえるかなとか、食っていけないだろうとか、夕張みたいに奥州市もなるのではないかなとか思ったりもします。でも同時に、60歳の人、50歳の人お金持っていますが、危機感あるかというと多分ないです、何とかなるだろうと思っているので。僕の仕事は年配の人も相手にすることが多いので、年配の人には安心してお金使ってもらったほうがいいのですが、若い人は本当にそういう意味では危機感を持っている人が多いので、やっぱり消費に結びつかないところもあるのかなと思ったりしますね、すごく。

坂本課長
大変活発にご議論いただきまして、実は予定の時間を多少過ごしてしまいました。

知事所感

坂本課長
ここで、最後に知事のほうからご感想も含めてお願いしたいと思います。

達増知事
大分問題点の所在が明らかになり、また一方それぞれが今拠点としている将来に向けて何かできる、そういう手がかりのようなものがあるということもわかったので、このフロンティアフレッシュ・トーク、これで終わりではありません。全く同じ形で2回、3回とやる予定は今のところはないのですけれども、こういう形で集まらなくても、ツイッターの返信でもいいし、いろんな形でここ県南広域振興局のほうとコンタクトをとってもらったりとか、あと私に直接でもいいですし、またいろいろ作戦会議をしながらいろいろ進めていきましょう。今日はありがとうございました。

閉会

坂本課長
皆さん、本日は貴重なご意見ありがとうございました。
これをもちまして、県政懇談会「岩手フロンティアフレッシュ・トーク」を終了いたします。本当にありがとうございました。

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