エンターキーを押すと、ナビゲーション部分をスキップし本文へ移動します。

  • トップページ
  • 震災復興
  • くらし・環境
  • 産業・雇用
  • 県土づくり
  • 教育・文化
  • 県政情報

現在の位置 :  トップページ  ›  教育・文化 ›  国際・多文化共生  ›  いわて親善大使  ›  平成25年夏いわて親善大使 レポート


ここから本文です。

平成25年夏いわて親善大使 レポート

ID番号 N15753 更新日 平成29年4月3日

平成25年6月末現在、「いわて親善大使」に647名が委嘱されており、それぞれの国で岩手県のPRを行っておられます。
「いわて親善大使」の皆さんから届いたレポートをご紹介します。

山内 宏美(やまうち ひろみ)さん(JICA 歯科衛生士 サモア派遣)

間もなく2年という任期を迎えますが、活動の成果や今後の課題について教えてください。

サモアでは歯科診療所の数がとても少なく、国立病院に来院する患者さんは毎日多くいます。
そのなかで、効率よく働けるように、同僚と協力して歯科診療で使用される器具類の整理整頓を行いました。
赴任当初、たくさんの種類の歯科用器具がごちゃごちゃに箱に入っていましたが、今では、サモア人スタッフだけで、器具の種類ごとに整理整頓できるようになりました。また、同僚歯科衛生士と小学校に訪問し、歯ブラシ指導を行ったりもしました。
今後、サモアの国全体で健康教育、歯科予防活動に力を入れていかなくてはならないと思います。

忘れられないエピソードはありますか。

サモアはシェアの文化です。人の物を当たり前のように使い、当たり前のようになくします。
職場にペンを持ってこない人が多く、みんなで使いまわし。私も何本もペンを貸して返ってきていません。
なくしても、なくされても、あまり気にしない、それが、サモアの文化なのだなぁと理解したいですが、やっぱり自分の物をなくされるとイライラしてしまうのでした…。

海外で培った経験を今後どのように活かしていきたいですか。

サモアで暮らしている中で、たくさんのサモア人に助けられました。 その恩返しを岩手で!と思います。まだまだ英語表記の少ない岩手。周りで困っている外国人の方がいたら、手を差し伸べていきたいです。

岩手(日本)を離れて、あらためて感じた岩手(日本)の良いところはありますか。

生まれも育ちも岩手。一度も岩手を離れたことがない程「岩手LOVE」そんな私が初めて海外に飛び出し、感じたことは「四季」があることの素晴らしさです。サモアでは一年中夏で、季節感を感じることができません。それぞれの季節の自然の美しさ、旬の食べ物…そういう豊かな表情を持つ岩手に生まれたことを誇りに思います。

岩手県のみなさんにメッセージをお願いします。

大震災後、落ち着かないままサモアに飛び出してしまいました。岩手が大変な時に、海外でボランティア活動なんて…と迷うこともありましたが、もうすぐ帰国です。帰国後は大好きな岩手のために経験を活かしていきたいと思います。

活動報告

山内さんはJICAのホームページ内でJICA WORLD REPORTER としてブログを掲載されていました。そちらのブログにはいわて親善大使リポートだけでは伝えきれない、サモアの魅力がたくさん綴られています。
今回、その中から山内さんの活動を一つご紹介したいと思います。

小学校での歯ブラシ指導

  • 平成25年5月22日
  • カテゴリ 活動

 

小学校で歯ブラシ指導をしている写真
同期隊員が配属されている小学校に訪問し、歯ブラシ指導をしてきました。

まず始めに、普段の生活の様子から聞きます。サモアの子供達は歯ブラシを一日に1回、朝食前に磨くのみで、おやつを食べる回数も多く、むし歯をもっている子が多いです(人によりますが)。ですので、一日最低でも2回磨くこと。特に寝る前に歯を磨くことは大切だということを強調します。また、一緒に訪問した同僚は「歯垢」についてサモア語でどう説明したら分かりやすいかを考えてきてくれ、生徒たちに爪でこすらせて歯垢を観察させていました。
 

染色液で歯が真っ赤に染まった子どもたちの写真

次に、染色液を使い、歯垢を染め出します。真っ赤に染まる子とそうでない子の個人差が大きいです。真っ赤に染まった自分の歯を見て驚く子も。鏡をみながら一生懸命磨いて、最後はみんなピカピカ白い歯になりました!
 

歯ブラシ指導を楽しんだ子ども達の写真

サモア人は、コーラが大好き!でも、「甘いおかしを食べる時はコーラではなく、水を飲もう」と生徒のみんなにお話したのに、帰り道にコーラを買って同僚と二人で飲んだのは、子供達には内緒(笑)

川畑 享子(かわはた きょうこ)さん(シニア海外ボランティア 畜産学 カンボジア派遣 )

お住まいの国(地域)はどんなところですか。

私の暮らしているバッタンバン市は首都プノンペンから北西約300キロメートルのところに位置し、カンボジア第二の都市で、バスで6時間の道のりです。バッタンバン州は隣国タイと接しており、市内から車で数時間行くとタイ国境です。州全体の人口は約100万人、稲作が盛んで有名な地域です。

あなたの活動(仕事、勉強、取り組み)について教えてください。

バッタンバン大学の農学・食品加工学部の畜産学科で学生を指導したり、学部運営やカリキュラムの向上などの助言をしています。

カンボジアで見つけた岩手

日本の中古自転車が一番

私は自転車を買いに、今まで何人ものJICAボランティアの方が使っている自転車屋さんを教えていただき行ってみました。店先には、中国製やベトナム製の自転車がたくさん並べられています。それらは、どれもかっこ良くて、きれいな新品ばかり。

しかし、店員は私を見ると何も聞かず、りっぱな新品の陳列をさっさと通り過ぎ、お店の奥につれていきました。そこには見栄えのしない日本の中古自転車がたくさん並べられています。

さっそく店員はこれはどうか、これはちょうどいい、と勝手に進めてきます。整備は完璧、買い物かご、ライト、ベルなどもちゃんと付けて、45ドル、お得だよ。

色やデザインを見る余裕もなく、気乗りがしないまま、出された自転車を買いました。

前もって聞いてきたのですが、これはこちらの日本の中古自転車の相場らしいです。私は店先にあった新品の自転車に後ろ髪を引かれつつ、本当に良い買い物をしたのかなと半信半疑で帰りました。

買った中古自転車の写真
買った中古自転車

その後、別の店で中国製かどこかの新品を150ドル位で買ったという日本人の方に会いました。
マウンテンバイクでかっこ良くて、ピカピカです。ところが、1日目は爽快に走って気分最高だったそうですが、次の日にもうパンク、1週間後には変速ギアがおかしくなり、早速修理をしてもらうしまつ。

さて、私の中古自転車は故障知らずで、とても丈夫です。

しかも、見栄えがしないので盗まれる心配もあまりありません。そして、その買った店へ持って行くと、タイヤに空気を入れてくれたり、点検もサービスでしてくれます。パンクをした時にはたったの40円位で直してくれて、アフターケアも嬉しいです。

そして、今回この自転車事情をお伝えしたかった一番の理由があるのです。
なんと私の自転車には『岩手県警の防犯登録証』が貼ってあったのです。

岩手からはるばるカンボジアに送られてきた自転車が岩手から来た私と巡り合ったのは、何かの縁ですね。買った時には気がつかなかったのですが、後で見てびっくりしました。放置自転車の終着点に私は来ていたのです。でも、日本では捨てられてしまった自転車がここではこのように立派に活躍しています。

岩手県警の防犯登録証の写真
岩手県警の防犯登録証!!

ショウ セッキョウさん(交換留学生 中国出身)

日本の大学で勉強しようと思ったきっかけは何ですか。

平成23年交換留学生として岩手大学に来ました。

留学中に苦労したことはありますか。

大きい困難にはあいませんでした。たとえ困難にあっても、先生や友達が親切に手伝ってくれて解決できました。1年間でたくさんの支援をいただき、とても楽しかったです。

現在、どのとうな活動(仕事・勉強・取組み)をされていますか。

去年10月、岩手大学で半年間研究生となり、教育学研究教科教育専攻の試験に合格しました。これからの2年間で頑張って勉強をし、今取り組んでいる多言語地区言語運用状況についての研究を完成したいです。

岩手で生活をされて印象に残っている場所、食べ物などはありますか。

岩手は美しくて、きれいなところです。岩手県で生活していたとき、たくさんの親切で熱心な方々に出会いました。岩手での1年間の交換留学生活は良い思い出ばかりです。岩手、盛岡の方が大好きだからこそ、岩手大学に戻って勉強を続けたいと思うようになりました。

印象深いところが多いです。
例えば、大槌町。最初に行った被災地でした。

被災当時は大槌の神社で被災者の方をお見舞いして、一緒に餃子を作りました。
神社は山腹にあって被災しませんでしたが、目の前の平地は津波にのまれ何も残っていませんでした。当時はどのように被災者の方と向き合えばよいのか分かりませんでした。

つらい思いをしたはずなのに、お昼に一緒に餃子を食べるとき、皆さんは笑顔でボランティアに感謝の気持ちを表してくれました。そのとき、私はとても感動しました。

1年後の11月25日、私は友達と岡崎先生と一緒に山田町に行って、地元の住民と餅つきをしました。それが中国から日本に戻って参加した初めてのボランティア活動で、楽しかったです。イベントでは、いつも交換留学生を連れて参加している岩手県民に会いました。

仮設住宅の被災者の方々が私たちを歓迎してくれて感動しました。
山田町は美しいところです。その日、バスに乗っている途中に静かな海が見え、かもめが飛んでいました。その美しい景色が忘れられません。

岩手の隅々まで行ったわけではありませんが、一関、雫石、八幡平、平泉など、盛岡はもちろん言うまでもなく、私が行ったところはすべて印象に残っています。

食べ物なら、岩手県名物の煎餅、冷麺、わんこそばはとてもおいしかったです。そして、学校のあたりのレストランなども印象深いです。たとえば、当時は会館に住んでいて、キクヤという店によく行きました。今でも友達とよく行きます。じゃじゃ麺を食べたことがまだないので、チャンスがあったら友達と一緒に食べに行きたいです。

岩手での忘れられない出来事はありますか。

岩手での忘れられないことはたくさんあります。交換留学の1年で、たくさんのイベントに参加してたことが記憶に新しいです。
たとえば、「お花見」
5月に先生とクラスメイトと一緒に高松に花見に行きました。初めてこんなに多くの桜を見ました。ピンク色のアイスクリームの販売車、ピンクの桜と相まって、漫画の世界に入った感じがしました。

8月は岩手大学のさんさ踊りチームに参加しました。練習は疲れましたが、岩手大学の浴衣を着て、学生たちと一緒に中央通りで結果を待つときのドキドキや壮行の時に食べたおにぎりの味が本当に忘れられません。盛岡は静かな町ですが、さんさ踊りの日は、たくさんの人が来て、にぎやかでした。それが、盛岡の夏の印象です。

10月は大学祭があり、みんなで一緒に餃子を作り、売っている光景が今でも目に浮かびます。冬は国際科が主催した八幡平のスキーツアーに参加しました。人生初のスキーでした。3日間で段々進歩していきました。初めの怖さと上達していくうれしさは今でも覚えています。当時のコーチにも感謝しています。

岩手での忘れられない出来事はありますか。

岩手県の友人の皆さん、ご熱心と友好、親切、ありがとうございました。おかげさまで、留学生活は楽しさと幸せでいっぱいでした。ご幸福と健康をお祈りします。

高橋 陽平(たかはし ようへい)さん(JICA 理数科教師 物理 タンザニア派遣)

お住まいの国(地域)はどんなところですか。

タンザニアの南、インド洋に面した地域で活動しております。年間を通して日中は毎日30度前後で湿度は低く、しかし紫外線が強い海岸性気候です。地理は海岸に近いせいか砂浜のような真っ白い砂が自宅周辺には見受けられます。内陸に入っていくにつれて徐々に標高が高くなっていきます。

言語はほとんどがスワヒリ語で、たまに町などに行くと英語が話されているようです。しかし、現地人の間ではスワヒリ語をコミュニケーションツールとしています。

食事は気候的に物が腐りやすいので油で揚げる料理がメインではないでしょうか。しかし野菜も豊富でオクラなどを使った料理もおいしいです。

宗教はキリスト教とイスラム教が半々であり、お祈りの日課は習慣化されているようです。学校でも時間になるとお祈りに別室へ行き、儀式を行っています。教員はじめイスラム教なので、暗黙で了承されている環境です。放課後には部活が存在しないのでサッカーを男子生徒はよくやっております。

あなたの活動(仕事、勉強、取り組み)について教えてください。

中学生(14から19歳)に対して、物理を週18コマ教えております。タンザニアでは最終学年時に行われる国家試験の結果で進学するかなどが決められるので、国家試験が目標にあてられ、それらを見据えた授業を行っております。しかし、自分もそうだったようにその歳では自覚があまく、ゆえに集中できない生徒らが多々おり、どうするかについて課題がたくさんあります。

印象に残っている出来事はありますか。

生徒の中でできるいい生徒とは、なにか目標をもっていることです。遊ぶのが好き、授業をずる休みしたい、でも目標を持っている。そういう生徒はだんだ点数が上がっていっている気がいたします。警察官になりたい、では国家試験で平均60点以上取らなければならない。というように生徒自身の生活が具体的になっていっております。そして、その原因をつくってあげているのはそれぞれの親御さんが多いのではないでしょうか。タンザニアでは教育よりも家事が重んじられています。それによってさまざまな影響がでている気がいたします。

岩手(日本)を離れて、あらためて感じた岩手(日本)の良いところはありますか。

それはやはり気候などの日本特有の自然。富士山や岩手山のような水墨画のような?自然は日本固有です!また、社会・生活基盤が繊細でありしっかりしていること。また衛生面で空気中の細菌数が非常に少ないこと。それによって軽い切り傷などは次の日には治っている。そして、日本人の武士道なりの国民性がまだまだ潜在に残っていることや誇り高い国民ということ。県民性にしては忍耐力があり、こころやさしい。それらはあらためて、新しく感じたことです。

岩手について話題になったことや、PRしていただいていることはありますか。

岩手の六魂祭や沿岸の復興について話題になります。

岩手県の皆さんにメッセージをお願いします。

岩手県は非常にかっこいいところです。岩手に対して(日本に対して)誇りをもって、美味しいものをたくさん食べながら頑張ってください。

浦川 純子(うらかわ じゅんこ)さん(JICA 青少年活動 タイ派遣)

お住まいの国(地域)はどんなところですか。

仏教国で、日本よりカラフルで煌びやかなお寺がいたるところにあります。お祭りでは4月の水掛祭りと11月の灯篭流しが有名です。4~5月が一番暑く、「サマーセール」があるのはこの時期です。6月から雨季に入り、一番涼しく過ごしやすいのは乾季の11~2月でしょうか。

ビーチリゾートから世界遺産にも登録されている数々の遺跡、自然あふれるのどかな農村や東南アジア最先端を行く首都バンコクなど、多様な面があり、目的に合わせて観光できるのが魅力だと思います。

あなたの活動(仕事、勉強、取り組み)について教えてください。

人身取引の被害にあった女性(10代が中心)のための保護・職業訓練施設で、13歳以下の子供達に簡単な算数と英語、運動遊び、折り紙などを教えています。

20名ほどの子どもたちのほとんどがカンボジア人で、母国語を読み書きできない子がほとんどなので、本を見ながら文字や単語の練習をさせていますが、自分もできない言葉なので苦労しています。でも成果を感じると嬉しくなります。

印象に残っている出来事はありますか。

私が活動を始めた当初はタイ人、ミャンマー人、カンボジア人がいたので、母国語の読み書きの練習はしていませんでした。少しずつ始めた頃、昼休みに遊んでいる友達の輪から離れ、ミャンマー人の子が唯一のミャンマー語の絵本を見ながら、一人でせっせと書き写しているのを見たときには、胸がいっぱいになりました。普段外国語であるタイ語を何不自由なく操る彼女の母国語への思いを感じたからです。

岩手(日本)を離れて、あらためて感じた岩手(日本)の良いところはありますか。

現在は首都バンコクから20キロほどのところに暮らしているので、やはり人も車も多く、高架道路に区切られて空が小さく切り刻まれている場所もあります。岩手の広い空と美味しい空気が本当に恋しいですね。自然あふれる岩手の風景はやっぱりすばらしいですよね。

岩手について話題になったことや、PRしていただいていることはありますか。

やはり津波については話題になります。今年の3.11には日本でジャイカの研修を受けたタイ人の方々の会が追悼式をして下さり、岩手出身のジャーナリスト佐藤慧さんがその会が支援した孤児の一人の手紙を読み上げ、また陸前高田の写真も会場のお寺に展示しました。タイ人の方々と一緒に日本人の犠牲者の方々のためにお祈りしているという状況に非常に心を打たれました。

岩手県の皆さんにメッセージをお願いします。

岩手県人はまだまだ海外では少数派ですが、それでも意外な国や場所で活躍している方も思いのほかいらっしゃいます。機会を捉え、どんどん外に飛び出して自分の世界を広げましょう!

子ども達との活動の様子の写真
子ども達との活動の様子

タイ式に手を合わせて合掌するマクドナルドのキャラクターの写真
タイ式にワイ(合掌)するマクドナルドのキャラクター

田村 良文(たむら よしふみ)さん(シニア海外ボランティア 農業生産技術(ステビア栽培・生産) ウルグアイ派遣)

お住まいの国(地域)はどんなところですか。

ウルグアイのコロニア・デル・サクラメントに住んでいます。ウルグアイは人口が300万人程度です。私の住んでいるコロニア・デル・サクラメント市は人口3万人程度の落ち着いた小都市です。

ユネスコの世界遺産に登録されているため、隣国のアルゼンチン、またブラジル、ヨーロッパからの観光客が夏を中心に一年を通して来訪し、賑わっています。この地ではポルトガルとスペインに交互に征服されながら生き延びた歴史の足跡を鮮やかに見ることができ、大変印象深いものがあります。

当市の産業は観光と大豆、麦、畜産(肉と乳製品)に代表される農業、並びに港湾業となっています。

あなたの活動(仕事、勉強、取り組み)について教えてください。

今、話題になっている甘味料作物「ステビア」の栽培・生産指導をしています。

特に、南米は肉食でかつ甘いものを多く摂りますので肥満傾向になる方が多く、砂糖に代わる低カロリーのステビアが注目されています。ステビア甘味成分が精製され、粉、液体あるいは錠剤として販売されています。また、最近はII型糖尿病の臨床試験が行われるなど医薬品としての利用についても注目されて研究が進んでいます。

ウルグアイの公用語はスペイン語ですので、スペイン語会話にも取り組んでいます。

印象に残っている出来事はありますか。

こちらの方は家族を特に大切にします。誕生日には年齢にかかわらず皆さん誕生祝をしっかりとやります。
私も67歳ですが、職場で誕生祝をして頂き、記念品も頂きました。こちらの方は誕生日には招待状を出してレストランなどで関係者に参加して頂き誕生祝をすることも多いようです。

家族の写真を持ち歩いて紹介し、家庭の主婦兼業の方は職場に、お子さんの場合が多いですが家族を連れてきて紹介することもあります。また、学校が近い場合は昼食時にお子さんが職場に来て昼食を一緒に取っているなども良くあります。自由で暖かな職場環境と言えるかもしれません。

岩手(日本)を離れて、あらためて感じた岩手(日本)の良いところはありますか。

岩手(日本)は自然に恵まれています。美しい山があり、清らかな水が流れる川に恵まれ、森林が豊かに育ち、牧野は美しい緑に覆われ、輝く海は大変美味しい海産物を提供してくれます。恵まれた自然を背景に優れた日本の文化と産業(工業)が発展したものと思います。

ウルグアイは気候的には日本と似ていますが、日本の2分の1程度の国土は起伏はありますがほとんど平坦で、放牧地と耕地がどこまでも続いています。森林もほとんどなく日本の豊かな(変化の多い)自然とは対照的です。日本、岩手に比較すれば単調な自然と言えるかもしれません。このようなことが文化や産業に大きく影響していると思います。

食事は、肉類、パン、ジャガイモ、サラダ、乳製品ですからお米と魚にしたしんできた私には大変です。岩手(日本)の食習慣は健康に良く、美味しいことを痛感しています。また、自家製のお菓子を販売するお店や自家製アイスクリームを販売するお店があちこちにあります。こちらの方は甘いものも多く摂ります。ついつい甘いものを多く摂ってしまいます。日本ではウルグアイに比較すれば甘いものを摂る量は少ないと思います。この面でも日本の食生活は健康に良いのでしょう。

岩手について話題になったことやPRしていただいていることはありますか。

健康な日本食に大変興味を持っています。また、日本の自動車、電気製品の品質の良さを皆さんが肌で感じています。これに対して中国、韓国製品、特に中国製品に対する信頼は極度に低くなっています。先日、料理教室で日本食(巻き寿司とそば)の講習をしました。殆どの皆さんに好評でした。

JICA雑誌に日本昔話が掲載されていますが、お子さんをお持ちの方は大変興味があり、子供達も心身没頭して読んでいました。やはり、こういう話はどこでも同じなのでしょう。多くの日本昔話のスペイン語訳があると思いますので機会を見つけて入手し、ウルグアイの方々に古い素朴な日本文化の一端を紹介できたらと思っています。

岩手県のみなさんにメッセージをお願いします。

これからは外国で仕事をすることも多くなると思います。また、世界との関係は切ることが出来ません。外国人と対等に仕事をするためにはまず対等に会話が出来ることが不可欠です。

日本の若者が海外への飛躍を躊躇することの大きな理由は語学にあるような気がします。島国の単一民族ですので自らの言語以外に直接肌で触れるチャンスが少なく、他の言語の刺激を日常的に受ける機会が本当に少ないことが語学に対する苦手意識をもたらしているように思います。

若い時代に海外に目を向け、飛び込んで外国の方と対等に会話、論議が出来る力をつけて下さい。

薄衣 俊輔(うすぎ しゅんすけ)さん(JICA 青少年活動 マラウイ派遣)

お住まいの国(地域)はどんなところですか。

世界の最貧国に位置づけられるマラウイ、町並みや暮らしをみているとその意味が分かってきます。しかし、現地の人々はとても明るく、村では顔を合わせると、知らない人でも笑顔であいさつをし、道の真ん中で会話をします。「Warm Heart of Africa」という言葉のとおり、とても温かく接してくれます。

食事はトウモロコシの粉から作られるシマというものが主食で、お昼休みなどにはとても楽しそうにシマを食べている姿が見られます。

あなたの活動(仕事、勉強、取り組み)について教えてください。

私の活動は、日本の小学校にあたるPrimary schoolにおいて、Expressive Arts(体育、音楽、図工、裁縫など)の情操教育分野の授業改善、それらに関連づけた放課後活動クラブの活性化の2つを中心に行っています。

授業は1コマ35分で、朝会を含めて午前7時から午後1時30分まで、日本のように昼食も昼休みもなく、わずかな休憩時間だけで1日が進めらています。授業では、グループごとにダンスや歌をつくって発表したり、外で現地の踊りをおこなったりと、主に音楽、体育の内容を中心に指導しています。

放課後活動では、日本文化紹介ということで、折り紙、ドッジボールなどの日本の小学生がよく遊んでいることを教えています。

印象に残っている出来事はありますか。

地域の11校を巡回していますが、教科書、ノート、筆記用具を用意できている児童は少なく、授業を聞いてしまっているだけの児童が多いです。

教科書に楽譜が載っていても、楽譜を読める先生もほとんどおらず、それを演奏する楽器もなかったり、裁縫をするにしても道具を揃えれず、ほどんどの児童が授業に参加できないなど、教員の知識、物資、お金の不足がどの学校でも見られます。

Primary schoolやSecondary school(日本でいう中学校)を卒業できる生徒もわずかで、日本の学校と比べると、教育の質、制度が全く異なっていることが、とても印象的でした。

岩手(日本)を離れて、あらためて感じた岩手(日本)の良いところはありますか。

マラウイでもお米が手に入り、食事に関しては、現地のシマもおいしくいただき、特に困ったことはありません。しかし、生まれ育った岩手のお米、野菜、お酒などが恋しくなり、その味を懐かしく思う毎日です。

岩手について話題になったことやPRしていただいていることはありますか。

遠野の米をマラウイに、ということで遠野市のふるさと新生モデル事業で遠野の玄米粉をマラウイに届けようという事業が行われています。現地の人と日本の食べ物の話しになったときにそのことを話しています。

岩手県のみなさんにメッセージをお願いします。

中学生の時に参加した、私の住む花巻市とアメリカのホットスプリングス市の姉妹都市交流でアメリカに行ったことをきっかけに、国際的な分野に興味を持つようになりました。岩手県内でも、姉妹都市交流や、多くの国際的なイベントが開かれています。みなさんも是非それらに参加し、自分の知らない世界を体験してみてください。

マラウイの国家を歌っている児童の写真
マラウイの国家を歌っている児童

放課後クラブでの折り紙の写真
放課後クラブでの折り紙

青空教室の様子の写真
青空教室の様子

上舘 文世(かみだて ぶんせい)さん(JICA PCインストラクター ナミビア共和国派遣)

お住まいの国(地域)はどんなところですか。

地理

ナミビア共和国は南アフリカ共和国の北西に位置する国で、首都はウィントフックです。私の活動している町は、首都から北へ450キロメートルほど行ったツメブという町です。亜熱帯地域と乾燥地域がありますが、雨が降るのは年間を通して20日間くらいです。現在(6月)は冬季で、昼は30度くらいですが、朝夕は10度以下になり、生徒達も手袋やマフラーをして登校してきます。

人種・言語

人口228万人。民族はオバンボ族、カバンゴ族、ダマラ族、ヘレロ族、白人など約18の民族があります。英語(公用語)、アフリカーンス、部族語を話します。学校は英語とアフリカーンス語の授業があり、多くの人が3つ以上の言語を話しています。

宗教

キリスト教(プロテスタント)がほとんどです。学校でも、毎朝、聖書を読みお祈りをしますが、私が仏教徒と言っても攻撃的な態度をとることはなく、他の宗教にも寛容的なようです。

食事

牛肉が多く食べられています。牛肉は海外に輸出もしていて、比較的安く買えるので人気があります。主食は、パン・パスタ・米・メイズ(トウモロコシの粉)です。スーパーに行くと、トマト・きゅうり・ナス・かぼちゃ・じゃがいも・人参などの野菜も買うことができます。逆に、魚介類はレストラン以外で見かけることはほとんどありません。

文化・風習

ナミビアに来て1か月ほど、ナミビアの文化が何なのかわかりませんでした。ナミビアは1990年に南アフリカから独立した国であり、また南アフリカによる占領以前はドイツに占領されていました。そのため、独自の文化を守ることよりも、先進国(白人)の文化を受け入れてきた傾向にあります。

文化と言えるかどうかわかりませんが、タウン(富裕層の住む地域)とロケーション(貧困層の住む地域)がはっきりと分かれていること、アパルトヘイト時代のアフリカーンスが使用されていること、上流階級のほとんどが白人であるということが、ナミビアの状況をよく表していると思います。

週末になるとブライというバーベキューのようなものをあちこちで見かけます。また、ロケーションに行くと、カッパーナというサイコロステーキのようなもの、トンボやアマルーラ(伝統的なお酒)、民族衣装などを見ることができます。

これも文化と言えるかわかりませんが、1人の男性が複数の女性と交際していたり、父親と血の繋がっていない子供がたくさんいます。一夫多妻は認められていませんが習慣としてはあるようです。ナミビアの問題として、エイズ感染率が21.3%と高いことが挙げられますが、こういった習慣が影響しているように感じます。

あなたの活動(仕事、勉強、取り組み)について教えてください。

エトーシャセカンダリースクールという日本の中学校、高校に相当する学校で教師として働いています。内容としては、週約25コマのコンピュータスタディーズの授業、担任業務、コンピュータのメンテナンスです。

ナミビアでは、ナショナルイグザムという中学校(高校)卒業認定試験があり、最終的には試験に合格するための授業を行っています。授業の内容としては、ハードウェア、ソフトウェア(WORD、EXCEL、ACCESS)、インターネット、データコミュニケーション、プログラミングです。

パソコンが約30台ほどありますが、生徒の中には、自分のパソコンを持っている生徒がいれば、パソコンを触ったこともない生徒もおり、どのように授業を進めていくかが今後の課題です。

この業務の要請は私で3代目であり、ナミビアにコンピュータの先生がいないためこの要請が必要とされています。しかし、コンピュータの先生がいないにも関わらず科目があること自体が不思議で、今後の活動の中で、教育省や大学の先生などと、そのような話をできるようになることが現在の目標です。

印象に残っている出来事はありますか。

クラスの担任として、欠席をした生徒には両親または保護者の手紙を持ってこさせるのですが、休んだ理由や手紙を持ってこれない理由を聞くと驚かされることがあります。

「家賃が払えずに家を追い出されたため休んだ」、「両親が死んでいて、一緒に住んでいるおばあさんは病気なので手紙が書けない」、「学校を休んで働かないと授業料が払えない」。また、私の生徒ではありませんが、妊娠したため退学したという子もいます。

日本ではこういったことを大きな問題として取り上げますが、ナミビアではよくあることなので、特に大きな問題にはなりません。学校側としても、問題を取り上げたところで対応しようがないのです。こういった生徒たちとどのように向き合っていくのかが、これからの私の課題です。

岩手(日本)を離れて、あらためて感じた岩手(日本)の良いところはありますか。

ナミビアでは失業率と貧富の格差が問題となっています。失業率は40%以上で、町の中心部にはお金持ちが立派な家に住んでいますが、少し郊外に行くと、プレハブやトタンの家に住んでいる人が沢山います。

学校には様々な民族や生活環境の生徒がいますが、優秀な生徒にはお金持ちの子が多く、落第する生徒には貧しい家の子が多いです。また、学校の授業料が払えなかったり、両親が亡くなったために退学する子もいます。

日本はナミビアに比べると、最低限の生活をしていくための保障があり、ある程度平等にチャンスが与えられていると思います。

岩手について話題になったことやPRしていただいていることはありますか。

ナミビアでは日本という国自体があまり知られていません。在留邦人数が30名程度で、そのほとんどが外務省やJICA関係者です。逆に、中国資本や北朝鮮資本が多く入っていているため、町を歩いていると中国人に間違われることがほとんどです。それ故に、現状としては日本を認識してもらう段階であり、岩手について話題になることはありません。

しかし、岩手の紹介資料を作成し、学校で生徒たちに見せたところ、大変興味深く話を聞いてくれました。特に、岩手山や小岩井農場、一本桜などの緑溢れる風景は、乾燥地帯のナミビア人には珍しいようで感動してくれました。
また、津波についてはニュース等で多くの生徒が知っていましたが、なんとなく遠くの国の話として捉えているようでした。これは、ナミビアに限らず日本でも同じような感覚があると思います。しかし、私が津波の話をしたことで、1人でも多くの生徒が、家族の大切さや命の大切さを考えてくれれば、犠牲者の思いを無駄にしなくて済むのかと思いました。

岩手県のみなさんにメッセージをお願いします。

ナミビアは物理的にも関係上も日本からとても遠い国です。しかし、みなさんが想像している以上に生活水準は高いです。

現在、中国や北朝鮮、韓国などの資本がナミビアにはたくさん入ってきています。多くの場合、それは資源や国際的な場面での発言を狙っていると考えられます。これからの時代、国土も小さく、資源も持たない日本は多くの国と関係を気づいていかなくてはいけません。

もし、みなさんがアフリカ地域の人に出会ったら、「Hello.How are you?」と声を掛けてみてください。その一言が、岩手や日本の未来を作っていくと思います。

呂 治(ろ じ)さん(交換留学生 中国出身)

日本の大学で勉強しようと思ったきっかけは何ですか。

子ども時代から日本の音楽と文化に興味を持ち、大学時代は日本語専門を選び、3年生の時に交換留学生として岩手大学に留学し始めました。

留学中に苦労したことはありますか。

日本の文化や生活習慣などに違いがあり、ゴミ分類や自転車の走る方向に迷いました。

現在、どのとうな活動(仕事・勉強・取組み)をされていますか。

今は上海で日系企業の営業担当をしています。

岩手で生活をされて印象に残っている場所、食べ物などはありますか。

一番印象深いところは岩手の県民性です。例えば、町で迷っていると私が尋ねた人は必ず詳しく教えてくれたり、或いは私をその場所まで連れて行ってくれました。

また、わんこそばやさんさ踊りなどの伝統文化がとても特色があり、面白かったです。そして、高松の池の白鳥、道の真ん中にどんぐりを置き車の力を利用してどんぐりを割る大きなカラスなど、岩手は自然に囲まれ、人々がすごくやさしく、住みやすいところでした。

岩手で最も好きなのは、やはりスキー!! 岩手のスキー場面白かったです。!!

岩手での忘れられない出来事はありますか。

やはり3.11地震の時に、親切にしてくださった岩手の県民の方々です。
私が四日間ぐらい上田公民館に避難し、周りの県民の方々自身も避難していたのに、私たちに関心を示してくれて、公民館、アイーナ、市役所などの組織は留学生に対して様々な便利を提供し、我々はすごく感動しました。

その後のボランティアで被災地の方々と交流したり、実際に被災地に行ったりして、被災後の岩手県民の強い心と純朴な品格に心打たれました。

岩手の皆さんへメッセージをお願いします。

岩手の皆様、この3年間半様々なところでご親切にしてくださって、誠にありがとうございます!この3年間半は私にとってものすごく貴重な留学生活であり、一生忘れずに大切にします。また、岩手を自分の日本での故郷として、いつか皆さんに会いに戻ります!岩手の皆様は元気で、楽しく生活をしましょう!

呂治さんの故郷「重慶」と中国での岩手のPR活動についてレポートを頂きました。
以下の添付ファイルをダウンロードしてご覧ください。

PDFファイルをご覧いただくには、Adobe Reader(無償)が必要です。
お持ちでない方は、Adobeのサイトからダウンロードしてください。

このページに関するお問い合わせ

政策地域部 国際室 国際担当
〒020-8570 岩手県盛岡市内丸10-1
電話番号:019-629-5764 ファクス番号:019-629-5766
お問い合わせは専用フォームをご利用ください。




Copyright (C) Iwate Prefecture Government All Rights Reserved.