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平成25年度部課長研修 知事講話

ID番号 N16674 更新日 平成26年1月17日

とき:平成25年10月29日(火曜日)
ところ:アイーナ 7階 アイーナホール
対象者:総括課長級以上の職員

知事講話  「アマノミクスとじぇじぇじぇ改革」

今日の部課長研修のテーマは、お待ちかね「アマノミクスとじぇじぇじぇ改革」です。まず、それぞれ自分の頭の中で「あまちゃん」のオープニングテーマを再生して、BGMにしてほしいと思います。

今年4月1日、ちょうど年度が始まる日が月曜日で、その日が「あまちゃん」の第1回。あの明るいオープニングテーマが岩手県の新年度のスタートと重なって、私たちにとっても大変力強い応援団みたいな感じだったのではないかと思います。

そもそも、この「あまちゃん」という朝ドラ、私は復興支援作品と呼んでいいと思っています。これについては訓覇プロデューサーや、宮藤官九郎さんが「そうじゃない、そうじゃない」みたいなこともあちこちで言っていまして、ちょっとわかりにくくなってはいるのですけれども、しかしその制作の経緯を詳しく見ますと、やはりこれは復興支援作品だなと思います。

2011年3月11日、東日本大震災が発生し、6月には訓覇プロデューサーと宮藤官九郎さんが会って朝ドラをやろう、東北を舞台にした作品にしようということを決めていたようです。そして、8月には井上チーフディレクターが大友良英さんと会って一緒にやろうという話をしています。井上チーフディレクターと大友良英さんは、阪神・淡路大震災をテーマにしたNHKの別のドラマでも組んで仕事をしておりまして、大友良英さんは福島県に住んでいたことがあり、東日本大震災、そして原発事故が起きて、その後ずっと福島県をベースにしたさまざまな活動に取り組んでいるところに、井上ディレクターが訪ねていって、朝ドラ一緒にやりましょうという話をして盛り上がったのです。

そして、その井上ディレクターと訓覇プロデューサー、宮藤官九郎さん、そのお三方が秋に久慈に入って、そして久慈を気に入って、そこでやろうというふうに決めるわけです。その帰りの新幹線の中で、6か月間の作品の概要というのはもう大体決まっていたということでありまして、そこからキャスティングをして、去年の夏、能年さんが岩手県庁にも来ました。撮影が開始されて、今年の4月1日から放映されました。

宮藤官九郎さんはいろんなインタビューや、それから自分で書いたものでも、決して大震災を描こうとしてつくった作品ではないのだよと、みんなを笑わせたい、喜ばせたい、東北の人たちもそうだし、日本全国の人を笑って喜ばせたい、そういう作品をつくりたいというようなことを言っています。

井上ディレクターは、もう一歩震災ということを意識した発言をしていて、象徴的なのは最終回のエピソード、北鉄こと三陸鉄道が部分復旧、その再開式をやって、車両がお座敷列車、アキちゃんとユイちゃんが中で「潮騒のメモリー」を歌いながら、車両が疾走するときに井上ディレクターはあえて堤防の壊れたようなところ、海が見えて砂浜が見えてまだ復旧・復興してないようなところをきちっと映さなければならないということを意識して撮ったと発言していまして、その際、宮藤官九郎さんがつくった「潮騒のメモリー」の歌詞、「来てよ、その火を乗り越えて」、この歌詞を、「そのひ」というのは3月11日という「その日」という意味もあるのではないか、3月11日というその日を乗り越えて、この北三陸に来てくださいと、被災地に来てくださいと、そういうメッセージというつもりでそのシーンを撮ったと言っています。

ただ、それは宮藤官九郎さんと話し合ってそう決めたわけではなく、宮藤官九郎さんとしてはそこまで意識していなかったかもしれません。宮藤官九郎さんは、むしろ抑制的に、あまり震災や復興に関するメッセージ色を出さないようにコントロールしているようなところがありまして、井上ディレクターはそこを一歩踏み込んで描いたというようなところがあります。

でも、宮藤官九郎さんも震災や復興の描き方はものすごく神経を使っていて、北鉄の人たちが、被災地なのだから転んでもただでは起きないと言いながらTシャツをつくって売ったりするシーン、あれは自分自身が東京で芝居をやったときに自分のふるさと宮城県から友達が来て、自分は被災地から来たのでサインくださいとおねだりしている、そういうたくましい姿を見て、これなんだということで作品にもそういうシーンを描いたと言っています。

被災地の人とそうでないところの人の心が微妙にすれ違いながらも触れ合うような感情を大切にしながら描いていたなと思いまして、そういうところに真剣に取り組んでいた宮藤官九郎さんは、口で言う以上にやはり真剣に震災のことを見つめ、復興ということを考えて脚本を書いていたと思います。

作曲者の大友良英さんは、多分関係者の中で一番震災、復興ということを強く意識していたのではないかと思います。サウンドトラックCDの解説は大友さん本人が書きおろしているのですけれども、あの大震災の衝撃、その後の福島県の大変な様子、何とかしたいという思いからこの「あまちゃん」の作曲にも取り組んだというようなことが書いてあります。

そうした、それぞれが思いを持って取り組んだ「あまちゃん」でありますので、それだけ真剣につくられた作品というものは、それだけ人間の真実に迫るところがあり、あるいは世の中の真実を描き出すことに成功する、そういう鑑賞に値する作品になるわけでありまして、「あまちゃん」が空前のヒットになったのはテクニックとして大変おもしろおかしくつくり上げる高度な技術もあったわけですけれども、そこに大震災のこと、そして復興のことを真剣に思うつくり手の皆さんの気持ちがあったからだと思います。

そうそう、キャストでも皆さんそれぞれ思いを持って参加されていて、弥生さんの役をやった渡辺えりさんとは、「あまちゃん」の打ち上げパーティーがあったとき、いろいろ話す機会があったのですけれども、撮影の合間に仮設住宅団地を回ったりとか、何かしなければならないということで、久慈に劇団を連れてきて、そこで芝居をやったりとか、番組に出演することプラスアルファの復興支援活動をやられていました。それぞれ宮本信子さんや小泉今日子さん、能年玲奈さんもいろんなことを番組そのもののほかに岩手や被災地にしてくれています。

また、こういうのが、さっきの脚本家、ディレクター、作曲者の間の関係もそうなのですけれども、みんなで話し合って決めて復興支援しようというような、そういう組織的にかちっとやるのではなくて、一人一人が自分の思いを自分の担当の範囲にぶつけていく。大友さんの作曲した「あまちゃん」のBGMというのはジャズがベースなのですけれども、指揮者がいない中で、みんな自分で周りに合わせながらうまく曲にしつつ、それぞれ自分の得意な楽器のいろんな技を聞かせて、一人一人が自分の個性を出しながらもみんなで力を合わせて一つの作品にしていくという、そういうジャズのノリが「あまちゃん」の作品全体のつくり方にもあらわれています。

そして、訓覇プロデューサーは戦略家で、スタッフやキャストがそれぞれ自分なりの方向性でドラマに参加しているのを、極力それぞれの思いを生かしながら、上手に全体をまとめてひとつの作品にしていたと思います。

そうやってつくられた「あまちゃん」の主題でありますが、まずわかりやすいのは3代の絆が大事だ、ということです。夏ばっぱ、春子さん、アキという老年、壮年、青年、3つの世代がそれぞれいがみ合っていたり、あるいは無理解でいるといろいろうまくいかない。しかし、まずアキが夏ばっぱと仲よくなって海女になる道を進み、そしてその後、アイドルになるということで春子と一緒に東京で新しい挑戦をしていく。そういう中で、夏ばっぱと春子もさまざまわだかまりを越えてお互い理解し合い、協力し合うようになっていく。この老、壮、青、3世代が力を合わせれば地域振興も成功するし、また東京で一旗揚げることにも成功するということが主題として描かれていました。

それから、北三陸という“場の力”と80年代の“時代の力”、これをそれぞれ夏ばっぱと春子からアキが受け継いで、それを自分の力として成功していき、また周りもよくしていく、そういう“場の力”と“時代の力”ということの大事さというのもテーマとしてあったと思います。

天の時、地の利、人の和という言葉があります。まず、歴史的必然性ですよね、過去からの経緯に基づいて今これをやればうまくいくという、そういう過去の経緯をきちんと踏まえるという、そういう歴史的な必然性ということ。あとは地理的な必然性、この地域で何かやるとしたらやはりこの地域ならではの文化でありますとか、自然でありますとか、そういったことを踏まえてやるとうまくいく、これはあらゆることに言えることなのですけれども、「あまちゃん」では、アキがすくすくと成長して、そして成功していくというところに場の力と時代の力の大切さというのがあらわれていたと思います。

それから、私がおもしろいなと思ったのは、太巻プロデューサーが出てきて、最後の方で「あまカフェ」を地元のみんなの力でそれなりに復旧させて、そこで鈴鹿ひろ美さんに歌を歌ってもらうというときに、プロでもない、素人でもない、アマちゃん、それがいいんだな、ということを言います。プロより「あまちゃん」のほうがいいという、その発想、これは80年代の失敗ということとも関係するのですけれども、プロというのはともすれば組織の論理を最優先させて、非人間的になってしまって、それで暴走したり、うまくいかなくなったりすることがあるわけです。80年代のバブル崩壊というのは、そういうことで起きたと言ってもいいですし、若いころの太巻プロデューサーが若いころの春子をアイドルにしようとしてできなかったのも、会社の論理に従って影武者なんかをやらせたから、それでうまくいかなくなってしまった。そういう組織の論理というのをプロは優先させ、言い換えますと滅私奉公といいますか、プロというのは基本的に私というものを滅して、私心をなくして、そして公の論理、会社員であれば会社の論理、地方公務員であれば地方自治体の論理、国家公務員であれば国家の論理とか、そういったものに全てをささげる中でプロとしての論理というのが出てくるわけですけれども、それよりも人間的な私の部分というのを残したアマちゃんとしてやるほうがいいのだよ、ということが「あまちゃん」のメッセージとしてあったと思います。

それと関係するのですけれども、楽しいからやるのだ、やりたいからやるのだ、ということですね、これはアキちゃんの行動原理ですけれども、楽しいから、やりたいから海女もやるし、アイドルもやる。そして、東京でいろいろ培ってきた、蓄積してきたものを振り捨て、地元に戻って復旧・復興関係に邁進するというのも、これも好きだからやるということで、「ダサいくらいなんだよ、我慢しろよ」という名台詞もありましたが、そういう自分の主体性というのを行動原理にしてやっていくという、その力強さというのも「あまちゃん」のテーマだったと思います。

もう一つ、「あまちゃん」の主題としていいなと思うのは、人間不完全でもよい、ということ。最終週で、北鉄駅長の大吉さんが安部ちゃんにプロポーズするという展開があるのですけれども、最後の最後までプロポーズの言葉を言えない。もう情けなさの極みなわけですけれども、それでも安部ちゃんも幸せにするし、自分も幸せになるのだと、そういう展開。およそ「あまちゃん」に出てくる登場人物というのは完璧な人とか完全無欠な人というのは出てこないで、何か大きい欠点とか、欠陥とか、弱さを抱えた人たちばかり出てくるのですけれども、人間というのは大体みんな普通そういうものでありまして、人間が幸せになるには不完全でもいいのだ、という優しいメッセージも「あまちゃん」の主題としてあったと思います。

80年代の話ですけれども、第1話は1984年の北鉄こと三鉄の開業のシーンから始まり、その後もちょくちょく80年代に話が戻ります。80年代というのが「あまちゃん」の影の主役と言ってもいいのですけれども、あの時代は日本にとってとても大事な時代だと私は思っております。

まず、80年代というのは地方の時代になるはずだったのだけれども、ならなかった。それは、「あまちゃん」の第1週の中で大吉駅長もしゃべるのですけれども、あのときみんな希望に燃えていた、これからは地方の時代だと。でも、その後10年、20年、地方は停滞してしまう。80年代は、バブルとその崩壊という、暴走と挫折あるいは屈折の時代になってしまう。とにかく東京に出なければだめだ、アイドルになる、と言って東京に出て、アイドルになれず、結婚してアキが生まれる、そういう春子さんでありますけれども、その後、幸せな家庭とは言えないような鬱屈した10年、20年を過ごしていくわけです。あれはバブルとその崩壊の中でさまざま夢や希望を失った多くの人たちの挫折を象徴していると思います。

一見80年代に成功したかのような太巻プロデューサーと鈴鹿ひろ美さんでありますけれども、それぞれ春子さんを影武者に成功を勝ち取ったという、そういう後ろめたさが屈折となってその後の10年、20年の活動に実は暗い影を落としておりまして、ドラマは最後にそれが解消されて、めでたし、めでたしになるわけであります。80年代というのは、表面的に成功したような人たちでも大きな屈折を抱え込み、その後、やはりぱっとしなくなってしまった、そういう時代だと思います。

それで、日本全体としてもその後、失われた10年、失われた20年というふうに続いてしまうわけですが、ただ80年代の熱い思いというのは、非常に強い力を持っていて、あれを今うまくよみがえらせれば今の時代の閉塞感を変えていくことができる、それだけのパワーをあの80年代の人たち、私たちと言ってもいいのですけれども、私たちも含めた80年代の人たちの熱い思いというのはものすごいパワーを持っている。それは、若い春子がドラマ中、しょっちゅう出てくるのですけれども、若い春子の強い思いが、現代の人たちを突き動かしたり、あるいは揺り動かしたりして、それでドラマ、特に東京編の部分は展開していくというところがありました。

最後の最後、鈴鹿ひろ美さんが歌を上手に歌えるようになるというところでも若春子が重要な役割を果たしておりまして、80年代アイドルになりたい、ということに象徴されるような、80年代の日本が持っていたあの可能性を生かして、それは地方の時代を実現したいであったりとか、アメリカに匹敵する大国になりたいとか、あのときの日本が持っていた可能性と、それを真剣に実現しようとしていた思いを今の時代によみがえらせれば、日本の失われた20年をやり直せるのではないかと言えると思います。

鍵は、「あまちゃん」がテーマとしていた地方重視と人間重視、そして「あまちゃん」で描かれていたように、やはり東日本大震災にきちんと向き合って復興に真剣に取り組んでいくということが、日本全体にとっても大事だと思います。

「あまちゃん」の最後のほうは、北三陸から東京に出て行ったアキちゃんが地元に戻るというだけではなくて、鈴鹿ひろ美さんとか、太巻プロデューサーとか、無頼寿司の大将まで北三陸に来ましたけれども、東京の人たちがどんどん北三陸のほうに来て、そして復興の支援、応援をしながら、それを通じて東京の人たちも自分のあり方がよりよいあり方に変わっていく。大震災に真剣に向き合って復興に取り組んでいくということは、被災地の我々にとって大事であるだけではなくて、被災地ではないところの人たちにとっても自分たちをいいほうに変えていく、過去のわだかまりを乗り越えることができるようになる、そういうことがあるのだということを、「あまちゃん」は描いていたと思います。

それで、「アマノミクス」という「あまちゃん」にヒントを得た政策をこの岩手でどんどん実行していくといいと思っているのですけれども、「アマノミクス」というのは、要するに「復興のための内需拡大型の経済構造改革として地域資源の発掘、磨き上げ、イコール地元に潜るということを基本にして、観光振興、再生可能エネルギー振興を含む産業振興、地域振興を進める」ということであります。そして、ネットの活用が重要というのは、「あまちゃん」で描かれていたとおりでありますし、また好きであることを基盤にする愛好経済、ウニを潜ってとるのも好きだからやっているし、弁当にして売るのも好きだからやっている、ローカル鉄道と連携してやるのも好きだからやっている。そこにインターネットで見て、東京から写真を撮りに駆けつけて、またウニ丼も買って食べるというようなことも、これは好きだからやる。生産者の側、サービスを提供する側も、また消費する側もどっちも好きだからという原動力でやっていく、そういう経済というのがこれからいいのではないかと思うわけであります。

そして、「じぇじぇじぇ改革」、(1)復興と改革ということで、レジュメに(ア)から(ケ)まで書いているのですけれども、これは、今年の4月1日に年度初めの知事訓示の中で話したことであります。復興というのは、イコール改革なのだということで、復興というのは情報公開であり、政策評価であり、新しい公共であり、財政規律と定員管理であり、分権改革であり、国の危機管理体制の強化であり、また情報化や国際化ということでもあって、次の(ク)のところにさっきの「アマノミクス」が入っているのですけれども、さらに国際リニアコライダーもそういう改革としての復興の中に位置づけることができるというわけであります。

「じぇじぇじぇ改革」というのは、「あまちゃん」をヒントにした県政の改革、また改革的な仕事の進め方ということなのですけれども、狭い意味ではこの5の(1)の(ク)、内需拡大型の経済構造改革としての地域資源をベースにした産業振興、地域振興というのがイコール「アマノミクス」で狭い意味の「じぇじぇじぇ改革」です。さっきから言っていますように、東日本大震災にきちんと向き合い、復興に真剣に取り組んでいくということが「あまちゃん」のテーマ、それが全体「じぇじぇじぇ改革」だという広い意味で使いますと、ここに書いているような改革に邁進していくこと全体が「じぇじぇじぇ改革」だというふうに言ってもいいと思います。

最後に、プロ意識を「あまちゃん」意識で変容させるということなのですけれども、「初心忘るるべからず」という言葉があります。これは、世阿弥の「風姿花伝」に出てくる言葉でありまして、能というのを体系化した始祖世阿弥が稽古に稽古を重ねていろんな能の役ができるようになっていく、そのときにも能を始めたばかりのころの初々しい気持ち、その敏感なセンスとか、純粋な向上心、そういうものをずっと持ち続けなければなりませんよと。これは地方公務員である私たちにも言えることだと思います。

太巻プロデューサーみたいな民間の、かつ自営業に近いような仕事をしていると、ビジネスにパーソナルな私としての気持ちとか、また行動というのをどんどん入れていって、プロの仕事に「あまちゃん」的な要素を入れやすいのですが、公務員はやはり法律に基づいて仕事をしなければなりませんので、なかなかがらっと我々の仕事を「あまちゃん」化することはできません。だから、「初心忘るるべからず」ということで「あまちゃん」的な初々しさというのを忘れないでいるということが、これならできるし、大事だと思います。

そして、法令に基づいて仕事をするというのは、そのとおりなのですけれども、そこにできるだけ人間性を加味して人間味があるようにしていくということですね、これは努力しないとなかなかできないと思うし、ともすればプロというのは私を殺して非人間的に組織の論理で邁進しながらやっていくことに妙な快感を覚えてしまったりしまして、それでいろいろ困る人が出てきたり、泣いている人がいても仕方がない、これがプロなんだみたいなことになりがちなので、そうならないようにというのはかなり意識してやらないとできないと思います。

あとはプロとして働いている時間と「あまちゃん」として自分のプライベートなことをする時間を明確に分けながら、「あまちゃん」として、自分個人のさまざまなことをやる時間も充実させていく。

私は先週土曜日に、「いわて復興塾」というのを私の個人的な活動として立ち上げたわけでありますけれども、そういうことをどんどんやってもいいのではないかということです。皆さんの中には、既に休みを利用して沿岸に行ってボランティアをしたり、またこの間の、今年の7、8、9月の豪雨や台風に基づく被害に対してもボランティアとして手伝いに行った人たちがいます。県職員としてのプロとしての仕事のほかに、「あまちゃん」としてのプライベートな活動というのも充実させていくということが大事だと思います。特に復興ということに私たちは取り組んでいるわけで、これが県政の最重要課題なわけですけれども、どうも復興というのはパーソナルなコミットメント、個人的な思いとか、個人的な行動というのもどんどん加えていかないと進めていけないのではないかな、というふうな感じがしております。

それぞれの組織に属する人たちがプロの論理だけで自分のやるべきことをやっていくというのでは、縦割の弊害といいますか、間に落ち込んで誰もやらないでしまうようなことが多々出てくるということがあると思います。これは、公務員でもそうですけれども、民間企業で働く人もそうですし、どんな立場にあっても自分が所属する組織の論理として復興の仕事をしていくということに加えて、一人の人間としてこの東日本大震災ということの深刻さとか、あるいは復興ということの意義というのを受けとめて、そして一個の人間としてそこにどう関与していくかというのを考えて、また行動に移していくということがないと、この復興というのを成功させることは難しいのではないかと最近考えております。

「あまちゃん」は、その復興に対するアプローチというのが主人公のアキちゃんもそうで、太巻プロデューサーとか鈴鹿ひろ美さんもそうなのですが、組織の論理だけでやっているような人はいなくて、組織の論理ということに加えて、この一個の人間としてプライベートに、あるいはパーソナルに復興ということにアプローチしていく、それが重要だということ、またそうやるとうまくいくということを「あまちゃん」は教えてくれているのではないかと思います。

これだけ深い「あまちゃん」の世界でありますから、放送が終了しても、これは夏目漱石の「坊ちゃん」のような名作として残り続けるに違いありません。「坊ちゃん」といえば伊予松山、「あまちゃん」といえば岩手北三陸(久慈)というようなふうに「坊ちゃん」みたいに100年ずっと続くように、さらに私は「源氏物語」のような古典としても「あまちゃん」というのは確立できるのではないかというのを密かに考えていて、それは1,000年とかというスケールになってくるのですけれども、少なくとも100年は名作として残る価値がある、そういう「あまちゃん」でありますので、ぜひ残していきましょうということで、私からの話を終わります。

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